源氏物語  人物一覧

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参考図書
♦ 源氏物語事典 (増補版)編者 三谷榮一 有精堂出版株式会社 1992年発行
♦ 源氏物語大辞典 編者 秋山虔・室伏信助 株式会社角川グループパブリッシング

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葵上あおいのうえ 左大臣の娘。母は桐壷帝の妹女三宮(大宮)。頭中将と同腹。光源氏の正妻。源氏12才、葵上16才で結婚。源氏の四歳年上ということもあり、端正すぎて源氏に打ち解けなかった。夕霧を出産し、死去す。葵の上(Wikipedia)
明石尼君 あかしのあまぎみ  明石入道の妻、明石御方の母。夫入道の播磨守赴任に際し任国に下り、その国司の任が果てた後も夫と共に播磨に留まり、一人娘明石御方の養育に心を尽くす。 明石尼君(Wikipedia)
明石君あかしのきみ
あかしのおんかた
明石御方。明石入道と明石尼君との間の一人娘。その誕生前に不思議な夢を見た父入道は、一族再興の期待を娘明石君にかけ、その養育費捻出のため、田舎に下り受領階級となった。明石の浦で、父入道の方針通り育てられた。多くの求婚者が現れたが、父入道が退ける。入道は娘に、もし念願がかなわなかったら海に身を投げよと言い聞かせつつ、住吉をはじめとして諸々の神仏に娘の開運を祈った。源氏と結ばれ、姫君(のち今上帝の中宮)を生む明石御方(Wikipedia)
明石君乳母あかしのきみのめのと 明石尼君と共同戦線を組み、明石の入道の頑固な一徹さを非難して、明石の君に同情する。
明石中宮あかしのちゅうぐう 父は光源氏、母は明石の御方。明石で誕生。父光源氏が許されて都へ帰った、二年後、母・祖母と共に上京、大井の山荘に入る。その美しさに源氏は感嘆する。二条院の紫の上の養女となり養育される。四年後六条院への移住で、母明石御方も同じ邸内の西北の町に住むこととなったが顔を合わせることはなかった。その後冷泉帝の譲位があり、春宮が即位し、明石女御腹の第一皇子が新しい春宮と決まった。明石の姫君(Wikipedia)
明石入道あかしのにゅうどう さる大臣の息子であったが、父が失脚したためもあって、出世できず、中年になってもまだ近衛中将にしかなれず前途を悲観して受領となった。近衛中将という名を捨て、播磨守という実をとった明石入道の行為は、当時の貴族たちから奇異の目で見られた。入道の方でも「ひがもの」をもって自ら任じ、娘明石君の将来に夢を託し、地方官として財をなすことにもっぱら務めた。光源氏が須磨に退去したことを知ると、かねがね血縁ということで親近感を持っていたこともあって(光源氏の母方の祖父按察使大納言は入道の父大臣と兄弟である)、この光源氏こそ、自分の娘の夫として住吉の神がさしむけてくださった人だと確信、源氏を明石浦に迎えた。入道は箏と琴の名手で、特に箏は醍醐天皇の手法を弾き伝えていたが娘も又自分に劣らぬ名手であることを源氏に告げる。入道は光源氏を巧みに導き、岡部の娘の元に源氏を通わせることに成功する。明石入道(wikipedia)
秋好中宮あきこのむちゅうぐう父は前坊(桐壷帝の弟)、母は六条御息所。生後三年で父宮に死別し、以後母一人子一人の境遇で育ち、朱雀帝即位の際、斎宮となり、伊勢へは母御息所と二人で下る。六年後斎宮を退き、源氏の後見で、冷泉帝の後宮に入る。梅壺女御とも呼ばれる。秋好中宮(Wikipedia>
秋好中宮乳母あきこのむちゅうぐうのめのと六条母は六条御息所没後、源氏が秋好の親代わりとして後見しようと申し出たのに対する返事を自らするように秋好に」勧める。
朝顔姫君あさがおのひめぎみ桃園式部卿宮の姫君。兄弟は多いが皆別腹で疎遠。源氏とはいとこにあたる。青年時代の源氏に朝顔につけて歌を送られたことがあり、当時の評判になった。斎院になる。六条御息所が源氏の冷たい仕打ちを嘆いているのを聞くにつけ、源氏の誘いに乗ろうとしない。源氏の求愛を拒み続けた。朝顔姫君(Wikipedia>
阿闍梨あざり→宇治の阿闍梨、小野の律師、惟光の兄の阿闍梨、少将の尼の兄の阿闍梨、醍醐阿闍梨、大徳の叔父の阿闍梨、横川の僧都の弟子たち。
按察使君あぜちのきみ ①朱雀院女三の宮の女房。柏木が女三宮のもとに忍んだ折、情人である源中将?に呼び出されて女三宮の側を離れていた。
②女三宮の女房。薫を慕ってその母である女三宮のもとに仕えるようになった女たちの一人らしい。薫が外の女房よりは目をかけている召人である。
按察使大納言あぜちのだいなごん ①桐壷更衣の父。明石入道の父大臣とは兄弟である。自分が亡くなっても娘を入内させよと繰り返し言い置いて亡くなった。
②妻は北山の尼君。紫の上の母方の祖父にあたる。その邸は六条京極辺りにあった。
③雲居雁の母が頭中将と離別後嫁いだ相手。
→紅梅。致仕大臣(頭の中将)の二郎。柏木の弟。紅梅大納言とも呼ばれる。蛍兵部卿の北の方だった真木柱を宮亡きあと北の方に迎える。
按察使大納言北方あぜちのだいなごんきたのかた ①桐壷更衣の母。由緒ある家柄の出。亡夫の遺言に従い娘を入内させ他の女御・更衣に劣らない世話をすることを生き甲斐としていた。
②雲居雁の母。王族の出で、頭中将と結ばれて雲井雁を生んだが、離別して按察使大納言と再婚し、多くの子をもうけた。
按察使大納言娘あぜちのだいなごんのむすめ母は北山の尼君・紫の上の母。十二歳の頃父大納言と死別、父はこの娘を入内させようと願っていたが、兵部卿宮(式部卿宮)が秘かに通うようになり、娘紫の上が生まれたが、宮の北の方におどされ、それを気にして亡くなった。
あてきあてき葵上に仕えた女童。孤児で葵上に特にかわいがられた。
姉御許あねおもと太宰少弐の娘。母は夕顔の西の京の乳母。三人姉妹で、妹にあてき(兵部の君)、姉に揚名介の妻がいる。父が太宰少弐になると共に九州に下り、玉鬘を同道する。大夫の監の求愛をうまく退け、玉鬘を上洛させるが、自身は筑紫に留まる。上京する妹と別れを惜しむ。

和泉前守いずみのさきのかみ 朧月夜尚侍の侍女中納言の君の兄。朱雀院山籠もり後、独り住む朧月夜尚侍への手引きを源氏に頼まれ、やむなく二条宮に案内する。
一條御息所いちじょうのみやすどころ 朱雀院の更衣。落葉宮の母。朱雀院の出家後、自邸の一条宮に帰った。一條宮では落葉の宮と共に暮らしていたが、柏木とその父大臣(頭中将)の懇望により、やむなく柏木を落葉宮の元に通わせた。柏木の死後、夕霧に柏木の笛を譲る。まもなく死去す。一條御息所(Wikipedia)
一院いちのいん 桐壷院の父か兄。藤壺などの父である先帝との関係は明らかではない。十九歳になった孫の源氏が正月年頭の参賀に行っている。
因幡守いなばのかみ時方の叔父。八宮の宇治山荘の対岸に別荘を持ち、甥の依頼によって、匂宮と浮舟にこの別荘を提供した。
因幡守の宿守いなばのかみのやどもり 因幡守の宇治別荘の管理人。匂宮の供としてきた時方を、主君のように大事に世話する。
犬君いぬき 紫上付きの女童。紫上の遊び仲間。
今宮いまみや冷泉院の皇子。母は玉鬘の姉娘。冷泉院の只一人の皇子で、退位後に生まれたことを父院は残念に思う。
伊予介いよのすけ空蝉の夫。前妻との間に紀伊守・軒端荻・右近将監などの子がある。息子の紀伊守とともに、源氏の家司であるらしい。受領で、裕福である。

上命婦うえのみょうぶ 桐壷帝の女房。源氏元服の夜、左大臣への禄を取り次ぐ。
右衛門督うえもんのかみ
えもんのかみ
衛門督えもんのかみとも呼称される。夕霧の雲井雁腹の長男。六条院の賭弓の還饗二列席。匂宮が中君訪問の口実で紅葉狩りを行っている所に、中宮の命を受けて宇治まで迎えにくる。
浮舟うきふね 父は宇治の八宮。母は八宮北方の姪中将君。八宮は浮舟親子を認知しない。母中将は浮舟を連れて陸奥守(常陸介)の妻となる。のち上京して、母は浮舟を異母姉の中君に預ける。浮舟(Wikipedia)
浮舟乳母うきふねのめのと浮舟の母と共に浮舟を溺愛し、薫と結婚させようと母に進言する。二条院の中君のもとに身を寄せていた時、匂宮が浮舟に近づくのを発見して、中の君の侍女右近に急を告げ、どうにかことなきを得る。
浮舟乳母娘うきふねのめのとのむすめ この娘の出産のため、浮舟の乳母は宇治の浮舟のもとを離れ一時京に戻った。
右京大夫うきょうのかみ 匂宮の二条院の侍所の長官。匂宮不在の二条院を訪れた薫が、中君との仲を疑われぬように言い訳を言う。
右近うこん ①母は夕顔の乳母。母に死なれて孤児になってしまったのを夕顔の父三位中将が養って育てた。夕顔の腹心の侍女である。源氏の部下惟光と恋愛関係を結び、彼女の口から夕顔方の事情も源氏に漏れている。
②大輔の君の娘。中君の侍女。匂宮が浮舟に近づいたとき、中君に急報し、その場を救った。
③浮舟の乳母子、「ままの娘」の妹か。薫を装って訪れた匂宮にだまされて浮舟のもとに導き入れてしまう。
右近の姉うこんのあね 浮舟の乳母子右近の姉。常陸国へ下った時、二人の男と関係し、その二人が殺傷沙汰にまで発展したため、国司の館を追放され。東国の田舎人となって、土着した。
右近将監うこんのぞう①父は伊予介。軒端荻の兄。新斎宮御禊の際は源氏の仮の随身となったときは蔵人を兼ねた近衛将監であったが、須磨退去の源氏に随行する。
②夕霧の家人。夕霧と雲井雁の文遣いなどをする。
③薫の宇治の荘園の役人。宇治の姫君へ薫の文遣いをする。
右近大夫うこんのたいふ①源氏の家人。
②薫の家人。薫の指図で宇治の警戒を厳重にする。薫に相談せず、浮舟の葬送をするのを批判する。
宇治阿闍梨うじのあざり宇治山に籠る高徳の僧。宇治の八宮の仏道修行の師として、冷泉院の仏道の師でもある。阿闍梨は道心の深い薫のことを八宮に伝えた。
宇治家主うじのいえあるじ横川の僧都の知人。小野の尼君が初瀬詣での帰路煩ってこの家に泊まるが、主人は御嶽精進中で汚れを気にする。
宇治院宿守うじのいんのやどもり 宇治院の院守の不在中、留守番をして横川僧都一行を泊める。僧都一行が変化のものを発見しても恐ろしい出来事に馴れているようで、何とも思っていない。
宇治院守うじのいんもり 故朱雀院の院守で、横川僧都の知人。横川僧都が泊まりたいと言ってきたときは物詣中で留守であった。
宇治宿直人うじのとのいびと①宇治の八宮邸の宿直人。かなりの頑固者で、人相は悪かったが、誠意ある家人であった。
②浮舟の警護を薫に命じられた夜番。薫の宇治領に住む内舎人の一族である。
右大将うだいしょう 夕霧の前任者。源氏の四十賀が行われた年、病気のため辞任した。
右大臣うだいじん①弘徽殿女御、朧月夜の父。桐壷帝の一宮(朱雀院)の外祖父。孫の一宮は順当に春宮となったが、帝の二宮(源氏)に対する寵愛が深いので、春宮を越えて帝位につけるのではないかと気を揉んだ。源氏を婿に迎えた左大臣家の勢力が強いので、対抗上蔵人の少将(頭中将)を娘四君の婿に迎えた。娘の六君(朧月夜の君)を春宮(朱雀院)に入内させようとしていたが、六の君は源氏と親しくなってしまう。家風は派手で明るい、奥ゆかしいところがなく、思慮が浅いところがある。葵上没後、六君を源氏と結婚させようと考えるが弘徽殿の女御に反対され、尚侍として宮仕えさせる。桐壷院が亡くなると、弘徽殿大后とともに政治をとりしきり、左大臣家と源氏を圧倒した。左大臣が辞表を提出したあとは右大臣一門ばかりが栄達するようになった。雷鳴の暁、朧月夜のもとに忍んでいた源氏を発見すると、性急な性格もあって弘徽殿太后に報告してしまう。大后の激怒を見て少し後悔し、娘の朧月夜に罰が及ばないよう奔走する。太政大臣まで昇るが、源氏の須磨退去の翌年、相当の高齢で亡くなる。邸は藤壺の三条向い。
 右大臣(Wikipedia)
②髭黒の父。承香殿女御の父。今上の外祖父にあたるが、即位前に没していたらしい。
③雲井雁との仲を許されずにいる夕霧を婿にと望むが、夕霧の返事をもらえない。三年前、大原野行幸に供奉した右大臣・翌年帝が主催した源氏の四十賀の饗宴に連なった右大臣も同一人か。
→紅梅、髭黒、夕霧。
右大弁うだいべん①源氏の後見のようになって何かと世話し、高麗の相人が来朝すると桐壷帝の命を受けて源氏を伴い観想させた。学識も深く、相人と漢詩のやりとりをした。
②桐壷の院のときより源氏に親しく仕えていた。桂院にて源氏遊園の折に歌をよむ。夕霧に寮試の模擬試験をしたとき、召されたのも同一人物と思われる。
③髭黒の四郎。母は玉鬘。同腹の兄に、右兵衛門、弟に侍従がいる。
④夕霧の雲井雁腹の三男。
内の君うちのきみ髭黒の三女。玉鬘腹の二女。父は早くに死ぬ。中君、典侍。
右中弁うちゅうべん 右大臣の子。花宴の翌日、退出する姉弘徽殿を見送るため、兄の四位少将とともに内裏を退出した。
空蝉うつせみ故衛門督の娘。伊予介の妻。父は宮仕えを希望していたが、没したので、親子ほど年の違う伊予介の後妻になった。方違えに一時寄っていた源氏に言い寄られ、無理に源氏と契るが、その後源氏を近づけなかった。後夫とともに常陸に下る。夫の死後、継子の河内守が言い寄ってきたので、出家した。その後源氏に迎えられ二条東院で仏道修行に専念する。空蝉(Wikipedia)
内舎人うどねり 薫の宇治の荘園の役人の長。山城・大和地方の薫の荘園の役人は皆この一族。
右兵衛督うひょうえのかみ髭黒の三男。玉鬘腹の長男。父髭黒の死後は夕霧を頼る。
馬頭うまのかみ蜻蛉式部卿宮の後妻の兄。格別とりえもない男であったが、妹の北の方は、宮の死後、継娘(宮の君)をこの男にめあわせようとした。
馬介うまのすけ 夕霧の家人。夕霧が雲井雁にあてた文を届けさせる。
雲林院律師うんりいんのりっし 桐壷更衣の兄。世間に嫌気がさして雲林院に参籠した源氏はこの伯父の坊に泊まり、経文などを読んで日を送った。

衛門督えもんのかみ ①空蝉や小君の父。父とは早く死別。空蝉を宮仕えに出そうとしていたが果たせず死ぬ。
②夕霧の子。
③横川僧都の妹小野の妹尼の夫で、早くに死んだらしい。
→柏木。
衛門督娘えもんのかみのむすめ母は横川の僧都の妹、小野の妹尼で、父に死別して母に育てられ、中将と結婚するが早世、ため母は出家し、常に娘を偲んでいる。浮舟を救い出した母妹尼は、娘が冥途から生き返ってきたかと思い、初瀬にお礼参りする。

王女御おうにょうご 冷泉院女御。式部卿宮(紫上の父・藤壺の兄)の中君。紫上には継母にあたる北方は、実の娘が幸運に恵まれないのを嘆いていた。父宮は、権中納言(頭中将)の娘(弘徽殿女御)が冷泉帝に入内したのに引き続いて、中君を入内させようとするが、源氏との不仲がたたって、支援を得られず、果たせない。斎宮女御(秋好中宮)にも先を越され、やがて入内するが、立后争いにも負ける。承香殿の西面を局としていた。
王命婦おうみょうぶ藤壺付き女房。源氏に責められて、密会の手引きをする。
近江君おおみのきみ 頭中将の妾腹の娘。母は早く亡くなり乳母に育てられる。柏木によって見いだされ、内大臣邸に迎えられたが、軽々しい性格で一族でもてあます。
近江君母おおみのきみのはは頭中将の妾の一人。近江君を生んだが、頭中将の認知は受けられなかった。近江君が内大臣邸に迎えられる前に没する。
大君おおいきみ ①夕霧の長女。母は雲井雁。今上の春宮に参って並ぶ者もない寵愛を受けている。
②宇治の八宮の長女。母は大臣の娘で、大君が三歳のころ、妹を生んで亡くなった。思慮深く沈着で、容姿裳も態度も奥ゆかしく。琵琶をひき、歌を詠み、妹との合奏は、薫に耳に入った。
③髭黒の次女。玉鬘腹の姉娘。
→麗景殿女御。
大井宿守おおいのやどもり 明石尼君が祖父中務宮より伝承した大井山荘の管理人。付属の田畑を譲りうけて耕している。明石入道の依頼で、大井山荘を修理する。
大蔵卿おおくらきょう①源氏元服のとき、その髪上に奉仕した。
②左大臣の子。今上の藤壺女御の異腹の兄弟。女二宮の叔父にあたる。
近江君乳母おおみのきみのめのと無教養な訛りのある女で、近江君を甘やかせてわがままに育ててしまう。
大宮おおみや左大臣の北方。桐壷帝と同腹の女三宮。葵上と頭中将の母。夕霧と雲井雁を一緒に育てる。二人は恋仲になってしまう。それに頭中将は不満をいい、二人を引き離す。大宮(Wikipedia)
落葉宮おちばのみや朱雀院の女二宮。母は一條御息所。父院出家後、柏木の懇望によって妻になるが、妹三宮に魅かれている柏木は身分の低い更衣の腹に生まれた落葉宮を軽く見ていた。落葉の宮(Wikipedia)
大臣おとど ①明石入道の父。桐壷更衣の伯父。忠誠を尽くして朝廷に仕えたが失態があり、子孫は栄えなかった。
②六条御息所の父。
③宇治の八宮の北方の父。
小野妹尼おののいもうとあま 小野の尼君の娘、横川の僧都の妹。衛門督の妻となる。早く夫に死別し、残された娘を愛育して、婿に中将を迎える。しかしその娘にも先立たれ、悲しみのうちに出家する。母とともに初瀬詣に出かけ。帰途母が急病になり、宇治院で介抱する。そこで女(浮舟)を発見し、娘が生き返ったかと思い、小野に連れ帰る。
小野尼君おののあまぎみ横川僧都の母で、八十余歳の時、娘の小野の妹尼とともに初瀬詣でに出かけ帰途奈良坂あたりで急病になり、朱雀院の御領所の宇治院に二日ほど逗留する。そこで物の怪に打たれた浮舟が発見される。病癒えて浮舟と一緒に小野の山荘に帰る。
小野律師おののりし一條御息所の祈りの師。叡山に山籠もりして里に出る意志がないので、一条御息所は小野へ移り住むことになる。夕霧が朝早く落葉宮のもとから出て来たという話を供の僧たちから聞き御息所に直言して二人の仲に反対する。
朧月夜君おぼろづきよのきみ右大臣の六女。右大臣は春宮(後の朱雀院)に参らせるつもりだったが、花宴の夜、宮中で偶然源氏と知り契り、扇を形見として別れて以後、源氏のことが忘れられない。春宮に四月に入内するはずだったが、源氏とのことが露見してとりやめとなり弘徽殿大后の怒りをかい、源氏の須磨蟄居の一因となる。後、尚侍となり朱雀院の寵愛を受ける。朧月夜(Wikipedia)
御許おもと空蝉の女房。源氏を民部のおもとと誤認する。
女一宮おんないちのみや ①桐壷院皇女。母は弘徽殿大后。弘徽殿大后には皇女が二人いる。
②朱雀院の皇女四人のひとりで、その存在が語られるだけである。
③冷泉院皇女。母は弘徽殿の女御。唯一の皇女として院は大切にかしずいている。容姿端麗。
④今上帝皇女。母は明石中宮。紫の上が特にかわいがっている。
女五宮おんなごのみや 桐壷院や桃園宮とは兄妹、葵上の母大宮の妹で、源氏には叔母にあたる。桃園宮の死後、桃園宮の遺児、朝顔姫君と桃園邸に住んでいいる。源氏は女五宮を見舞うという体で朝顔の姫君を訪問する。
女三宮おんなさんのみや ①桐壷院皇女。母は弘徽殿大后。弘徽殿大后には皇女が二人ある。
②朱雀院第三皇女。母は藤壺女御。十三四のころ、母女御とは死別し、朱雀院の格別の寵愛を受けている。源氏に降嫁し、六条院へ移る。柏木が懸想し、強引に押し入って契りを結ぶ。薫を生む。源氏亡き後は六条院を出て、朱雀院から譲られた三条宮で余生を送る女三宮(Wikipedia)
女三宮乳母おんなさんのみやのめのと中納言の乳母と侍従の乳母の二人がいる。
女四宮おんなしのみや朱雀院の皇女四人のひとりでその存在が語られるだけである。
女二宮おんなにのみや ①冷泉院の皇女。母は玉鬘の大君。
②今上帝の皇女。母は藤壺女御。女御は亡き左大臣の娘にあたる。薫に降嫁する。
③→落葉宮 女二宮(Wikipedia)

かおる 母は朱雀院女三宮。父は源氏。実は柏木と女三宮の不義の子である。夕霧の幼児や、明石中宮腹の皇子たちと比較しても格段に優れた容姿であった。六条院では明石中宮の若君たちの遊び相手で、匂宮とは特に仲が良かった。その美しさを匂宮と並び称された。特に体臭の香がすばらしく、負けじと香をたきしめている匂宮とともに「匂ふ兵部卿・薫る中将」と呼ばれた。 薫(Wikipedia)
薫随身かおるのずいじん薫の文使いとして宇治の浮舟の所に行っているうちに、匂宮の文使いと遭遇したが、その時には気づかず、再びその匂宮の使いと宇治で会い、不審に思って供のものに後をつけさせ、薫に報告した。
薫供人かおるのともびと薫の供をして宇治を訪れるうちに八宮邸の女房と関係し、匂宮が夕霧の六の君と結婚する噂を伝えた。
薫乳母かおるのめのと薫が宇治の姫君たちに贈る更衣の衣装の調達を薫に依頼される。
蜻蛉宮かげろうのみや式部卿。桐壷帝の皇子。源氏の弟。八宮の兄。薫には叔父にあたる。亡くなった前北方との間に生まれた娘を春宮に入内させるか薫の妻にしたいと思っていたが、果たせないまま死んだ。
蜻蛉宮今北方かげろのみやのいまきたのかた蜻蛉式部卿宮の後妻。
蜻蛉宮前北方かげろうのみやのさきのきたのかた夫の式部卿との間に、侍従と宮君を生んで早くなくなった。

柏木かしわぎ頭中将の長男。母は右大臣の四君。和琴の名手で、筆跡も美しく、夕霧に比肩する貴公子。夕霧と仲が良い。ふとしたことから源氏の妻の女三宮を垣間見て以来恋情やみがたく、女三宮の閨に侵入し、薫が生まれる。柏木は罪の意識にさいなまれ病死する。 柏木(Wikipedia)
柏木乳母かしわぎのめのと 女三宮の乳母の姉。弁君の母。左中弁との間に一女をもうけたが、この娘(弁君)は後に宇治八宮に仕えた。
葛城聖かずらきのひじり柏木が重態になった時、致仕大臣(頭中将)に招かれ、下山して加持にあたった。身長が高く、目つきが悪く、大声で陀羅尼を読んで柏木に嫌われる。
門守かどもり桃園宮の門守、源氏の訪れに、平素開けない表門を開けようとして苦労する。
上野親王かんづけのみこ 今上が碁の相手を求めて殿上にいる人を聞いたとき、中務宮とともに殿上に伺候していた。

北政所別当きたのまんどころのべっとう紫上の家司。源氏四十賀において、宴のあと、楽人に引き出物を配る。
北山尼君きたやまのあまぎみ 故按察使大納言の北方。夫の没後出家して、一人娘を育てたが、その娘も兵部卿宮(後の式部卿宮)との間にできた若紫(紫の上)を残して他界する。若紫を養って兄北山僧都のもとで暮らしている。病の加持に北山にきた源氏に垣間見られたとき、四十余歳であった。
北山僧都きたやまのそうず 北山の尼君の兄。北山に坊をもうけて、二年この方籠っている有徳の僧。
北山聖きたやまのひじり北山の高峰に庵をもうけ、て籠る高僧。加持祈祷に優れていたが、脱俗の心から北山にひきこもっていた。労を積んだ高僧であったが朝廷にしられないまま、阿闍梨にもなっていなかった。
紀伊守きのかみ①伊予守の子。源氏の家人で中河辺に風流な家を持ち、その家を源氏の方違えに提供した。ちょうど父の後妻(空蝉)も来ていた。須磨退去のとき誠意を見せなかったので、須磨まで行った弟に差をつけられ、浅慮を恥じる。継母に言い寄って空蝉を出家においこむ。
②薫の家人で小野の大尼君の孫。常陸守の北方(浮舟の母とは別人)の兄弟。任国から上京して薫の伴をして宇治に行く。
桐壷院きりつぼいん 父は一院か。前坊・桃園宮・大宮・女五宮などが兄弟にいる。好色で、容姿の美しい女を後宮に集めた。特に桐壷更衣を寵愛し、源氏が生まれた。左大臣の妻である三条の大宮と同腹。桐壺更衣を寵愛したため、「桐壺帝」と呼ばれる。桐壷帝(Wikipedia)
桐壺院女御きりつぼいんのにょうご 藤壺女御(後に中宮)・弘徽殿女御(後に大后)・承香殿女御・ハ宮の母女御など。桐壷更衣の寵愛を嫉妬する。桐壷院の死後四十九日まで院の御所に止り。後退出。
桐壷更衣きりつぼのこうい父は故按察使大納言。母北方は名門の出。母北方は、亡き父の遺言を守り娘を桐壷帝の後宮に入れた。帝に寵愛され皇子(源氏)を生む。他の妃たちの妬まれそれを気にして病気になり、源氏が三歳のとき亡くなる。桐壷更衣(Wikipedia)
今上帝きんじょうのみかど源氏物語に登場する四番目の帝。朱雀院の皇子。母は右大臣の娘承香殿女御。三歳で立坊。母と共に梨壺に住み、隣の桐壷を宿直所にする源氏に好意を寄せられる。元服の夜、左大臣の三君が入内、二か月後明石姫君入内。明石女御に対する寵が厚い。今上帝(Wikipedia)
今上帝更衣きんじょうのみかどのこうい今上の帝の四宮(常陸宮)の母。

宮内卿宰相くないきょうのさいしょう宣旨の娘(明石中宮の乳母)の父。明石姫君の乳母の父。妻は桐壷院の宣旨。
雲井雁くもいのかり父は頭中将(致仕大臣)。母は、再婚して按察使大納言の北の方となったので、 祖母大宮のもとで、従兄弟の夕霧とともに養育された。幼なじみで夕霧と恋しあう。父内大臣は雲井雁を春宮妃にしようという望みを抱き、夕霧との同居を好まなかった。雲井雁(Wikipedia)
蔵人右近将監くろうどのうこんのぞう 父は常陸介、母は浮舟と同じ(中将の君)。浮舟の異父弟。入水の決心後、浮舟はいつもは思い出すこともない兄弟を恋しく思う。薫の引き立てで蔵人左衛門尉(くらうどさえもんじょう)になる。
蔵人左衛門尉くろうどのさえもんのじょう 大原行幸の折、冷泉帝の使者として枝につけた雉と御製を源氏に届ける。
蔵人式部丞くろうどのしきぶのぞう 父は常陸介、母は常陸介故北方で、浮舟の母(中将の君)の継子。宮中から匂宮への使者として二条院へ行く。来合わせていた継母がのぞき見る。
蔵人少将くろうどのしょうしょう①軒端荻の夫。
②頭中将の子。
③夕霧の子。母は雲井雁。
④→頭中将。
蔵人頭くろうどのとう 内大臣(頭中将)が母大宮を見舞う時従う。
蔵人兵衛佐くろうどのひょうえのすけ夕霧の六男とも七男とも。
蔵人弁くろうどのべん①左大臣の子。頭中将の兄弟。夕顔の急死で参内しない源氏を見舞う。左中弁になる(頭中将の異腹の兄弟かと思われる)。
②桂の院で遊宴する源氏の元へきた、冷泉院の使者。

下臈侍げろうさぶらい薫の命を受け、弁尼の供をして三条の浮舟の元へ行く。
下臈女房げろうにょうぼう女一宮の女房。
下臈法師げろうほうし 横川僧都の弟子、浮舟を発見した時に居合わせる。
源少将げんしょうしょう夕霧の五男か、あるいは六男。
源少納言げんしょうなごん常陸介の先妻の娘の婿。常陸介邸の東の対に住んでいる。
源少納言北方げんしょうなごんのきたのかた常陸介の先妻腹の娘。浮舟の母(中将の君)の継子。
源中将げんちゅうじょう女三宮の女房按察使の君に通う。
→薫、夕霧。
源中納言げんちゅうなごん 式部卿宮の子。左兵衛督で玉鬘に懸想して歌をおくる。
源中納言子げんちゅうなごんのこ紫上の甥にあたる。朱雀院の五十の賀の試楽に六条院で舞う。
源典侍げんのないしのすけ身分もあり才覚もすぐれているが、好色な老女房。後尼となって女五の宮の邸に住み、朝顔の君を訪れた源氏に、昔のままの色めかしさで話しかける。

五位蔵人ごいのくろうど①源氏の見舞いを受けた大宮に呼ばれて、内大臣(頭中将)が三条宮にでかけるのに従う。
②匂宮の乳母の子で、五位の蔵人になった若者。浮舟のもとへ行く匂宮の供をする。
更衣こうい ①桐壷帝に仕える更衣たち。
②冷泉帝に仕える更衣たち。中納言の娘と宰相の娘の二人。
③朱雀帝に仕える更衣たち。
紅梅こうばい頭中将の二郎(太郎とも)。母は、右大臣の四の君。声が美しい。夕霧の後任として右大臣になる。娘の婿に匂宮あるいは薫をと思う。初めの北方と死別し、いまの北方は故蛍宮未亡人の真木柱。
紅梅北方こうばいのきたのかた紅梅右大臣の最初の北の方。すでに女君二人を残して死去している。のち真木柱が北の方になる。
木枯女こがらしのおんな雨夜の品定めで左馬頭が語った体験談のなかの女。他に秘かに殿上人を通わせていた浮気な女。
弘徽殿大后こきでんのおおぎさき 右大臣の娘。桐壷帝の女御。第一皇子(朱雀院)の母。第二皇子(源氏)の誕生で春宮の位を奪われるのではないかと疑う。桐壷更衣とのゆかりで源氏を幼少から憎み続け、藤壺とも仲が悪い。源氏を生涯目の敵にする。弘徽殿女御(Wikipedia)
弘徽殿女御こきでんのにょうご 頭中将の娘。母は右大臣の四の君。父、宰相中将(頭中将)が権中納言になった時、十二歳。冷泉帝の女御となる。
小君こぎみ①衛門督の末子。幼く両親に死別し、姉(空蝉)のもとに身を寄せている。空蝉の弟。空蝉との間で、源氏の使い走りをする。
②常陸介の子。母は浮舟と同じ。浮舟の死後、薫は母に幼い兄弟たちの後見をすることを申し出る。
小宰相こざいしょう女一宮の女房。姿、様子が清楚である。薫は心遣いの深い人と思っていた。匂宮も懸想したが靡かず、薫が浮舟のことで悲嘆にくれているので、慰めに歌を送った。
五師ごし 玉鬘らは上京した。豊後介は神仏こそと八幡に詣でさせる。五師といって、昔、親の少弐と親しくしていた大徳で年老いた者を呼んで案内させ、玉鬘を詣でさせた。
小侍従こじじゅう ①雲井雁の乳母子。
②女三宮の乳母の娘。伯母が柏木の乳母。女三宮は源氏へ降嫁した。柏木は女三宮が忘れられず、柏木が強引に手引を乞うので、断りきれず対面の手引きをする。
五節ごせち ①雲井雁の継父(按察使大納言)の側室腹の娘。藤壺の亡くなった翌年は五節を奉った。宮仕えの仰せがあった。
②内大臣(頭中将)の弟(左衛門督)の娘。宮仕えの仰せがあった。
③良清(近江守で左中弁)の娘。藤壺の亡くなった翌年の五節の一人。
④近江君の侍女。近江君と双六を打ったりする。
故大将殿こだいしょうどの左近少将の父。常陸介が若い頃、仕えていた。
五君ごのきみ①右大臣の五女。源氏は朧月夜を知ったあと、弘徽殿女御の妹の五六の君ではないかと推量した。
②夕霧の五女。母は雲井雁。
五宮ごのみや①今上帝の第五皇子。母は明石中宮。
高麗人こまうど明石姫君の裳着のため、源氏は準備する。その中で新しいものはよくないと、桐壷院の御世の初め、高麗人が奉った綾・緋金錦など世になくすぐれているとして用意した。
高麗相人こまのそうにん 源氏が書き始めのころ高麗人が来朝したが、その中の一人。相人は、源氏の相を見て驚き、源氏の並々ならぬ未来を占った。光源氏という名は高麗人のでつけた名という。
こもきこもき 小野の妹尼の女童。浮舟が意識を回復して、妹君の侍従とともに浮舟の召使になった。
惟光これみつ大弐の乳母の子。源氏とは乳兄弟。腹心の家来の一人であり、数多くの源氏物語の登場人物の中で本名が明らかにされている数少ない人物の一人である。/ 乳兄弟。のち、参議まで出世。源氏の須磨・明石流浪の間もつき従った腹心。藤典侍の父。/惟光は宰相にまで昇った一方自身の登場の機会は大きく減ったが、娘の藤典侍が光源氏の子夕霧の側室となって多くの子を産み、男の子供は夕霧に仕える人物として姿を見せている。藤原惟光(Wikipedia)
惟光の兄の阿闍梨これみつのあにのあじゃり 病気の母のもとへ集う。物の怪に遭遇した源氏は祈祷を期待するが、すでに帰山していた。
惟光父乳母これみつのちちのめのと現在は尼になって東山に住んでいる老女。惟光が夕顔の亡骸を運んで来た。子供の大徳が、夕顔の葬儀に経を読む。
惟光妻これみつのつま 娘(藤典侍)に夕霧から懸想分が来たのを喜んだ惟光から、見せられる。
五郎ごろう 夕霧の五男。母は雲井雁。数多い夕霧の子のひとり。
権大納言ごんだいなごん →薫、柏木、光源氏。
権中将ごんちゅうじょう夕霧の五男か、夕霧の子。
権中納言ごんちゅうなごん ① 左大臣の子で、頭中将の異腹の兄弟。父左大臣の遺志に従って、同腹の左衛門督とともに継母の大宮のもとに親しく出入りする。
②夕霧の次男か。 ③→頭中将、夕霧。

斎院さいいん  ①桐壷帝の御代の賀茂の斎院。侍従君(末摘花の乳母子)も参り通ってきている。
②賀茂祭の御禊に、女三宮から女房十二人を手伝いに遣わされる。/ 伊勢神宮の斎王を「斎宮」と、賀茂神社の斎王を「斎院」とそれぞれの居所から呼ばれる。
斎宮女御さいぐうのにょうご→秋好中宮。
宰相さいしょう ①朱雀院行幸の折、舞楽をつかさどった二人の参議。
②夕顔の伯父。娘(宰相の君)は、源氏に引き取られて玉鬘に仕える。
③娘は冷泉帝の更衣である。
宰相君さいしょうのきみ①夕霧の乳母。葵上の死後、源氏の歌を大宮に届ける。
②夕顔の叔父宰相の娘。玉鬘の侍女になる。
③秋好中宮の侍女。
④玉鬘邸の侍女。
宰相中将さいしょうのちゅうじょう→薫、蔵人少将、頭中将、光源氏、夕霧。
左衛門さえもん小野の妹尼の侍女。初詣での時、残る浮舟のために少将の尼と留守番する。
左衛門督さえもんのかみ①左大臣の子で、頭中将とは異母兄弟。故左大臣の遺志に従って、同腹の権中納言とともに、実母ではない大宮の許に子息を連れて親しく出入りする。
②入内する明石姫君の仮名手本を源氏に依頼される。
③頭中将の子。源氏に伴い冷泉院へ参上。
④頭中将の子で雲井雁と同腹。夕霧の六君と匂宮の三日夜に参加。
左衛門乳母さえもんのめのと大弐の乳母に次いで源氏が大切にした乳母。兵部大輔との間に娘(大輔命婦)があり、のちに筑前の守の妻となって下る。
左近さこん落葉宮の侍女。
左近少将さこんのしょうしょう故大将殿の子。二十二、三歳。浮船に熱心に求愛するが、浮舟が常陸介の継娘であることを知り、急に態度を変え、実子の娘と結婚をする。
左近少将北方さこんのしょうしょうのきたのかた常陸介の娘。浮舟との婚約を破棄し、父に取り入った左近少将と結婚する。
左近少将北方乳母さこんのしょうしょうのきたのかたのめのと常陸介の娘と左近少将の結婚式の準備をする。
左近将監さこんのぞう薫の文使いで宇治に行く。
左近中将さこんのちゅうじょう冷泉帝の午前で絵合わせが催されることを聞いた朱雀院から、梅壺女御(秋好中宮)にすばらしい絵巻が贈られた時の使いをする。
左近命婦さこんのみょうぶ肥後の采女とともに赤鼻で有名な女房。
左少将さしょうしょう冷泉帝、朱雀院が六條院に行幸した折、池の魚を取って奉る。
②→柏木
左大将さだいしょう①朱雀院行幸の日、青海波を舞う源氏の冠に挿した紅葉を菊に取り換える。
②→紅梅、髭黒、夕霧。
左大臣さだいじん①源氏元服の折、引き入れ役をつかさどり、その夜、東宮より望まれていたみこ腹の一人娘(葵上)を源氏の添臥しにする。帝の信任厚く、妻は桐壷帝の同腹の妹宮であるうえ、源氏も婿になったので、右大臣を物ともしない勢いである。源氏帰京後、冷泉院の即位により源氏から譲られて63歳で太政大臣になる。その後、世の中のことはこの太政大臣と源氏の思いのままである。左大臣(Wikipedia)
②冷泉帝の女御(左大臣女御)を娘に持つ。
③藤壺女御の父。
④→竹河左大臣→夕霧。
左大臣女御さだいじんのにょうご冷泉帝の女御の一人。
左中弁さちゅうべん
①夕霧の字付けの式後の詩宴で講師をする。
②女三宮の乳母の兄で、源氏と親しく、朱雀院にも長く仕えている。
③弁尼の父。
④→蔵人弁、→良清
讃岐守さぬきのかみ常陸介の前北方腹の娘婿。
讃岐守北方さぬきのかみのきたのかた常陸介の前北方腹の娘。
左兵衛督さひょうえのかみ式部卿宮の子で紫上の異母兄弟。
三郎さぶろう太宰少弐の三男で、夕顔の乳母を母に持つ。玉鬘を京へ連れて帰るように少弐に遺言される。結婚し筑紫に住みついた二郎・三郎は太夫監に味方し、玉鬘と大夫監の結婚を母に勧める。
②夕霧の子。母は雲井雁。
三条さんじょう夕顔、玉鬘の侍女。夕顔失踪後もずっと玉鬘の仕えている。玉鬘の初詣に従って椿市で右近に再会する。
三君さんのきみ夕霧の三女で母は藤典侍。典侍腹の子供たちは容姿端麗で才覚があり、同腹の二郎君と共に花散里の養子になっている。
三位中将さんみのちゅうじょう夕顔の父。官位昇進の覚束なさを気にかけながら早くに没する。

四位少将しいのしょうしょう①右大臣の子。桜花の宴の翌日、姉妹にあたる弘徽殿女御や朧月夜の退出を見送る。右大臣邸で催された藤花の宴に、源氏を招待する使者となる。
②夕霧の子
式部しきぶ春宮(冷泉院)に仕えている老女房。
式部卿宮しきぶきょうのみや ①先帝の皇子で藤壺中宮の兄。紫の上の父。母后の死後、妹藤壺を入内させる。按察大納言の娘のもとに通い、紫上が生まれる。流浪中の源氏に冷淡で世評を気にしていたため、帰京した源氏化から疎んぜられる。先帝の皇子であり、藤壺中宮の兄である(呼称)兵部卿の親王、兵部卿の宮、宮、父宮、親王、父親王、式部卿宮、式部卿、式部卿の親王、祖父宮、大宮。兵部卿の宮→式部卿の宮になる。)式部卿は、親王(皇族男子、天皇の兄弟、皇子)が任ぜられるのが恒例であった。兵部卿(Wikipedia)
②故式部卿の宮。陽成院から相伝した笛を柏木に贈る。のちに夕霧を経て薫にわたる。
③今上帝の二の宮で母は明石の中宮。その楽才で源氏に将来を嘱望される。紫上や源氏亡き後、六条院を里下がりの休み所にして、梅壺を曹司にしている。夕霧の中君を妻にし、次の春宮候補としての評判も高く、人柄はまじめである。母、明石中宮の伯父(蜻蛉の宮)の死後、代わって式部卿を継ぎ、気軽に明石中宮の所にも行けない。
④→蜻蛉宮、桃園園宮。
式部卿宮大北方しきぶきょうのみやのおおきたのかた紫上の継母。夫が按察使大納言の娘(紫上の母)に通ったのを嫉妬し、身分をかさにきて紫上の母を威す。自分の娘たちがはかばかしくないのに引き換え、継子の紫上の幸運を嫉妬する。
式部大輔しきぶのたいふ①夕霧が源氏の前で寮試の模擬試験を行った時に召された。
②宮中の月の宴が中止になった十五夜、冷泉院に参上。
侍従じじゅう①式部卿宮の子で髭黒北方の兄。父の命により兄弟の中将や民部大輔とともに髭黒北方を迎えに来る。
②蛍宮の子。父の命で、明石姫君に贈る「古万葉集」や「古今集」の古能筆を宮邸から六条院へ持参する。源氏から立派な唐本や高麗笛をもらう。
③蜻蛉宮の子で宮の君の兄。宮の君の不幸に同情する明石中宮に宮の君をあずける。
④小野の妹尼の侍女で、こもきと二人だけで浮舟付きとなる。
⑤→薫、藤侍従、夕霧。
侍従君じじゅうのきみ①末摘花の乳母の子。才ある若女房。源氏からの後朝の文の返事の書き方を教える。
②浮舟の侍女。薫が浮舟を三条の隠れ家から宇治へ移す時に同乗する。
侍従宰相じじゅうのさいしょう夕霧の四男。匂い宮の初詣に兄弟と一緒にお供する。
侍従内侍じじゅうのないし藤壺中宮が女房たちに絵合わせをさせたときに出席する。
侍従乳母じじゅうのめのと女三宮の乳母で娘(小侍従)も女三宮に仕えている。姉は柏木の乳母。
七郎しちろう夕霧の子。藤壺の藤花の宴で、笛を吹く。
四君しのきみ①右大臣の娘。父の政治的配慮で左大臣の息子(頭中将)と結婚する。夕顔を脅迫で威圧し、姿を隠す原因となった。
②夕霧の四女。母は雲井雁。
四皇子しのみこ桐壷帝の第四皇子で母は承香殿の女御。朱雀院行幸の折、まだ童であったが秋風楽を舞う。
承香殿女御じょうきょうでんのにょうご①桐壷帝の女御で四の皇子の母。
②朱雀帝の女御。右大臣の娘。二歳になる男御子がいる。兄弟に頭中将や髭黒大将がいる。
少将しょうしょう①侍従の君の叔母。侍従の君が九州へ下向した後も末摘花に仕えた。
②明石中宮の乳母。明石姫君が大井から二条院へ養女となって移るとき、同乗した。
③落葉宮の侍女。御息所の甥である大和守の妹。
④中君の侍女。
⑤→柏木、蔵人少将、源少将、紅梅、左近少将、四位少将、藤少将、頭中将。
少将尼しょうしょうのあま小野の妹尼の弟子。
少将尼の兄の阿闍梨しょうしょうのあまのあにのあじゃり横川の僧都に従って小野を訪れた妹と対面。
少将命婦しょうしょうのみょうぶ絵合わせで論ずる女房として出席、梅壺の方にいた。
少納言しょうなごん頭中将の子。大宮邸に行く内大臣(頭中将)に従う。
少納言乳母しょうなごんのめのと紫上の乳母。
四郎しろう夕霧の四男。母は藤典侍。
二郎じろう①太宰少弐の次男で、夕顔の乳母を母に持つ。玉鬘を京へ連れて帰るように少弐に遺言される。結婚し筑紫に住みついた二郎・三郎は太夫監に味方し、母と仲たがいする。
②髭黒の次男。母はんもとの北の方。
③夕霧の次男。母は藤典侍。
二郎君じろうぎみ髭黒の次男で母は式部卿の宮の姉娘。母北の方とともに宮邸に引き取られるが、兄太郎とともに髭黒に連れ戻される。

随身ずいじん薫の随身。源氏の随身。
末摘花すえつむはな常陸の宮の晩年に生まれた姫君。興味本意で源氏が関心を寄せる。不美人で鼻が長く赤い。父宮亡きあと、旧邸にひっそり暮らしている。末摘花(Wikipedia)
末摘花乳母すえつむはなのめのとすでに故人。娘侍従君に末摘花のことを遺言して死んだ。
朱雀院すざくいん桐壷院の第一皇子。母は弘徽殿女御。春宮となり、即位して朱雀帝となる。 東宮時代に葵の上を妃にと申し入れたが、左大臣に断られる。その後朧月夜が入内する予定だったが、これも源氏との密通により中断を余儀なくされ(その後朧月夜は尚侍として出仕)、結局有力な妃のない朱雀帝の後宮に中宮は立たなかった。気性が柔和で母后や外祖父に逆らえず政務が思うにまかせない。源氏と典侍(朧月夜)の関係を知っているが咎めない。娘の女三宮を源氏に降嫁させる。 朱雀院(Wikipedia)
修理太夫すりのかみ①源典侍を忘れられない男
②左大臣の子。大蔵卿の弟。今上の帝の麗景殿の女御は異腹の妹。
修理宰相すりのさいしょう親しくしていた源氏から、秋好む中宮入内の準備の采配を任された。
受領ずりょう①末摘花の住む、荒廃した故常陸邸を買いたいと申し出る。
②匂宮の乳母の夫。遠い任国へ妻(乳母)と共に下る。下京にあるこの家に浮舟を隠そうとする。

宣旨せんじ①桐壷院の女房。宣旨が亡くなったあと、その娘は明石の姫君の乳母になった。
②朝顔姫君の女房。
禅師君ぜんじのきみ横川僧都の弟子。小野の妹尼の娘婿にあたる中将の弟。横川僧都のもとで山籠もりをしていた。
宣旨娘せんじのむすめ明石中宮の乳母。桐壷院の宣旨の娘。宮内卿の宰相の子。明石の姫君が生まれたとき、明石にはよい乳母もなかろうと、宣旨の娘を乳母に選んで送った。その後、ずっと明石の姫君に同行する。京の大井に移り、六条院の紫の上の処にも移る。
先帝せんだい藤壺中宮・式部卿宮などの父。この人の四宮が桐壷帝に入内、藤壺とよばれる。
先帝(Wikipedia)
先帝更衣せんだいのこうい藤壺の女御の母。家柄は高くなかった。早逝した。
先帝后せんだいのきさき桐壷帝は桐壷更衣のことが忘れられない。そんな折、更衣に似ている、先帝の四宮のことを聞く。四宮の母后は桐壷の更衣のような目に合うのを恐れ、入内の申し入れを受けかねてうるうちに亡くなった。
先大王せんだいおう明石の入道は源氏の筝の音をほめた後、延喜の御年から弾き伝えたが、自分をまねる者がおり、前大王の手法に通じていると語る。
前坊ぜんぼう秋好の中宮の父。桐壷帝と実兄弟でたいそう仲が良かった。六條御息所が十六の時、結婚し、二十の時前坊は亡くなった。

帥親王そちのみこ桐壷院の皇子。源氏の弟。源氏が花散里に兵部卿の宮(蛍宮) のことを評していうと、花散里は帥親王について、顔などはよいが、蛍宮には劣り、諸王らしい様子であると評する。

醍醐阿闍梨だいごのあざり常陸宮の子。末摘花の兄。末摘花の処には訪れる人もなく、この禅師がたまに来る。世離れした聖僧。
大将だいしょう→右大将、薫、左大将、頭中将、光源氏、髭黒。
太政大臣だじょうだいじん→右大臣、左大臣、頭中将、光源氏、髭黒。
大徳だいとこ①惟光の父の乳母の子。源氏らは夕顔の死骸を東山に運び、供養する。その地の尼君の子である大徳の声は尊い。
②長谷寺の僧。右近が昔から知っている大徳。
③明石入道の弟子。童の時京より下り、老法師になるまで仕えた。
④紫上の加持をする。源氏、紫上落飾を命じようとする。
⑤宇治の阿闍梨の寺の僧。薫は布施をするだろうと絹などを贈った、行が果てた日、八宮はそれらを大徳たちにつかわした。
⑥浮舟の乳母子。浮舟の仮の葬を行った。
⑦→北山の聖、五師、妙法寺の別当、横川の僧都の弟子たち。
大内記だいないき夕霧の学問の師。夕霧が寮試験を受ける前、予備試験をした。その時召された。一風変わり者で、才学の割には、世に登用されず貧しかったのを、源氏の目にとまって、夕霧の師に召される。
大納言だいなごん→按察使大納言、薫、柏木、紅梅、頭中将、光源氏、別当大納言、夕霧。
大納言君だいなごんのきみ今上女一の宮の女房。
大弐だいに女三の宮の女房。
大弐典侍だいにのないしのすけ初度の絵合わせで、弘徽殿方の右の方にいた。
大弐乳母だいにのめのと惟光の母。源氏の一番の乳母。源氏の六条あたりの忍び歩きの頃、尼になって病に伏していた時、源氏が見舞ったのを喜ぶ。
大弐乳母娘だいにのめのとのむすめ①惟光の妹。三河守の妻か。
②惟光の妹。少将の命婦。
大夫たいふ①頭中将の子息。
②紅梅の子。母は真木柱。紅梅は真木柱に通い、男の子がなかったので神仏に祈って男子が生まれた。これが大夫である。
③→右近将監、右近大夫、惟光、時方。
大輔君たいふのきみ①紫上の女房。二条院に迎えようと源氏は紫上邸にきて、紫上を抱きかかえて邸を出たので、大輔は少納言とともに驚く。
②弘徽殿女御の女房。
③内裏君(玉鬘の次女)の侍女。
④宇治中君の侍女。
太夫監たいふのげん肥後の国の豪族。無骨な心にも好き心があって、玉鬘に求婚する。年の頃は三十位で、丈高く、太り、荒々しいふるまいをする。
大輔命婦たいふのみょうぶ兵部大輔の娘。左衛門の乳母(源氏の二番目の乳母)の娘。色好みの若人で源氏も召し使っている。末摘花邸に時折通っている。源氏を末摘花に手引する。
大輔乳母たいふのめのと雲井雁の乳母。夕霧を六位ふぜいとさげすむ。
平重経たいらのしげつね中宮職の役人。匂い宮が浮舟に言い寄っているときに、明石中宮の病を二条院へ知らせに来る。
竹河左大臣たけがわのさだいじんだい竹河の巻にのみ現れる左大臣。娘が夕霧の子(三位中将、蔵人少将)の妻になっている。
竹河左大臣娘たけかわのさだいじんのむすめ夕霧の子(宰相中将)と結婚。あまり思われなかった。
太宰少弐だざいのしょうに夕顔の乳母の夫。夕顔の消息が知れぬまま乳母の夫が太宰少弐になったので、筑紫に下った。玉鬘も同行した。
太宰少弐妻だざいのしょうにのつま夕顔の乳母。夕顔が右の大殿の北の方からの脅迫におびえて頭中将から姿を消し、隠れていたこともある。源氏が夕顔を見出した家の主は乳母の娘である。玉鬘は乳母の家で養育された。夫が太宰少弐になった時、一緒に筑紫へ下った。
太宰大弐だざいのだいに①筑紫の五節の父。源氏が須磨にいるとき大弐は任期が満ちて都に上った。途中、須磨で子の筑前の守を源氏の元に遣わし消息した。
②末摘花の叔母にあたる人の夫。受領であったが大弐に昇進して、九州に下った。
③玉鬘の侍女の三条は初詣で右近にばかにされて大弐の北の方の観世音参詣の豪華さをいった。しかし玉鬘が六条院に迎えられてから後、大弐をあなどるようになった。
④明石の姫君の裳着と入内の準備のため、源氏は薫物を合わせる。大弐の奉った香は昔に劣っていると思う。
太宰大弐甥だざいのだいにのおい末摘花の乳母子(侍従の君)と結婚して、筑紫に下る。
太宰大弐北方だざいのだいにのきたのかた①娘たちを伴って舟で京に上る折、源氏がわび住まいする須磨を通り、趣のある所だと思う。
②末摘花の母北の方の妹。姉(常陸)に受領の妻になったことを軽蔑された返事に、末摘花を娘の侍女にしようとする。
③観世音寺の参詣。三条、その威勢にあこがれる。
玉鬘たまかずら父は頭中将(致仕太政大臣)、母は夕顔。夕顔の乳母に養育され、乳母の夫(太宰少弐)に伴われて筑紫へ下る。夕顔より品位があり美しく求婚者が多く、乳母は玉鬘を「自分の孫」ということにして、病気で結婚できないと断り続ける。肥後の国の豪族(大夫監)の強引な懸想から逃れ、上京して九条の旧知の人の家に宿る。初瀬に詣でた時偶然夕顔の侍女(右近)に再会し、実父の頭中将は子どもが多く、六条へ来る好色な貴公子たちの気をもませる種にしようと、源氏が預かることになる。玉鬘(Wikipedia)
玉鬘の侍女たまかずらのじじょ蔵人少将が玉鬘邸の人々がみんな薫に心を寄せるのを嘆いて詠んだ歌に返歌する。
太郎たろう夕霧の子。

筑前守ちくぜんのかみ①源氏の乳母(左衛門の乳母)の後夫。源氏に末摘花を手引きした大輔の命婦の継夫にあたる。
②太宰大弐の子。筑紫五節の兄。源氏の推挙で蔵人となる。
致使大臣ちじのおとど→左大臣、頭中将。
中宮ちゅうぐう→明石中宮、秋好中宮、藤壺中宮。
中宮亮ちゅうぐうのすけ六条院の秋好中宮付き。季の読経の折、紫上から遣わされた舞の童女に中宮からの禄を与える。
中宮大夫ちゅうぐうのだいぶ①藤壺中宮付き。三条宮へ退出した藤壺のもとに源氏が忍んでいった明け方、心地を悪くした藤壺に祈祷の手配をする。
②秋好中宮付き。女三宮が出産した薫の五日の産養を行うとき参上する。
③明石中宮付き。宇治八宮の娘中君を訪ねようとの下心で宇治紅葉狩りにやってきた匂宮を、明石中宮の命で迎えに行き、歌を詠む。
中将ちゅうじょう①右大臣の子。朧月夜の兄弟。右大臣、朧月夜に、雷雨の折中将らが伺候したかを聞く右大臣のことばに出てくる。
②式部卿宮の次男。父式部卿宮の命で、兄弟と共に、髭黒の北方を引き取りに行く。
③小野の妹尼の娘婿。亡妻の母が住む小野を訪問、浮舟をかいま見る。弟は横川僧都の弟子の禅師の君。
④→右兵衛督、薫、柏木、蔵人少将、頭中将、光源氏、夕霧。
中将御許ちゅうじょうのおもと①六條御息所の女房。
②髭黒の女房で木工の君とともに髭黒の召人。北の方と共に式部卿の宮に引き取られる。
③玉鬘の女房。夕霧の六郎君の蔵人少将(宰相中将)から玉鬘の長女(御息所)への文の仲介をする。
④今上帝の女一宮の女房。秋、女房の局に歌を詠みかけた薫に返歌する。
中将君ちゅうじょうのきみ①空蝉の女房。紀伊守の中川家へ方違えにきた源氏が、空蝉に忍びよったのを見て驚く。
②源氏付きの女房。源氏の若いころからの侍女で、葵上の忌があけて二条院に帰った源氏の足をさする。須磨下向時は紫上に仕える。
③朝顔姫君の女房。朝顔姫君が斎院になった後も、源氏の文を取り次ぐ。
④浮舟の母。宇治の八宮の北の方の姪。八宮がまだ京にいたころ、仕えていた上臈の女房で、北の方が亡くなったあと、八宮の愛を受けて浮舟を生んだ。
中将命婦ちゅうじょうのみょうぶ1藤壺午前の絵合わせに梅壺女御方として出席。
中納言ちゅうなごん①冷泉帝の更衣の父。
②→衛門督、薫、柏木、左衛門督、藤中納言、頭中将、夕霧。
中納言君ちゅうなごんのきみ①葵上付の侍女。源氏の召人。源氏がが長い間寵愛したが、葵上死後は、そのようなことはなかった。
②藤壺中宮の侍女。
③朧月夜の侍女。和泉の前の守の妹。弘徽殿の細殿で、源氏と朧月夜に密会の手引きをした。
④弘徽殿女御の女房。
⑤源氏付きの侍女。葵上の死後、孤独な源氏の話相手をする。左大臣邸で源氏の寵を受けた女房(中納言の君)と同一人物かとも思われる。
中納言娘ちゅうなごんのむすめ冷泉帝の更衣。
中納言乳母ちゅうなごんのめのと女三宮の乳母。

筑紫の五節つくしのごせち太宰大弐の娘。源氏が若い時、五節の舞姫に選ばれ、源氏と逢ったがある。
摂津守つのかみ①光源氏の殿人。
②住吉参詣の源氏を供応する。
③→惟光。
椿市の僧つばいちのそう玉鬘一行の宿主。この僧のもと初瀬寺参詣の玉鬘一行が夕顔の女房だった右近と泊り合わせて再会した。

春宮とうぐう①今上の帝の第一皇子。母は明石中宮。源氏四十一歳の時、六條院で誕生した。
②→今上帝、朱雀院、冷泉院。
春宮宣旨とうぐうのせんじ明石女御皇子の誕生の折、御湯殿の奉仕をする。
藤宰相とうさいしょう頭中将の子。兄柏木らと、祭りの帰さを見学、紫上死去の報に二条院へ行く。
頭中将の子。雲井雁と同腹。匂宮・六君の三日夜の宴に列席。
導師どうし①六条院の灌仏会に参加。
②源氏邸の仏名会に参上した。
藤式部丞とうしきぶのぞう雨夜の品定めで、賢女(博士娘)のもとに通った時のことを語る。
藤侍従とうじじゅう①頭中将の子。大宮を訪れる孫は夕霧以外簾中を許されない。
②髭黒の五男、玉鬘腹の三男。
藤少将とうしょうしょう右大臣の子。承香殿女御の兄。朧月夜との密会から帰る源氏を目撃。
藤大納言とうだいなごん①弘徽殿の大后の兄弟。娘は麗景殿の女御。子は頭弁。
②→紅梅、左衛門督、別当大納言。
藤中納言とうちゅうなごん①髭黒の長男。
②小野の尼君の妹の娘婿(中将)がこの人の娘に通っていると人がうわさしている。
藤典侍とうのないしのすけ惟光の娘、夕霧の側室。子供が三人。三君、二郎君は花散里、六君は落葉の宮の許に引き取られる。
頭中将とうのちゅうじょう左大臣の嫡男で、母は大宮。右大臣の四君と結婚した。若い頃から源氏の親しい友であった。姉妹の葵の上が源氏の妻となっている。太政大臣まで上りつめる。頭中将(Wikipedia)
②兵衛督とともに、明石の御方の大井の山荘に源氏を迎えに行くき、その夜桂院の遊宴に同行する。
③冷泉帝の勅令による源氏四十賀に、宣旨をうけて屯食などの手配をする。
⑤頭中将の子
⑥夕霧の子。
⑦→柏木、藤侍従。
頭中将子とうのちゅうじょうのこ(柏木、紅梅は別項) ①→蔵人少将
②左衛門督
③式部大輔
④藤宰相
⑤藤侍従
⑥頭中将
⑦八郎
⑧兵衛督
頭弁とうのべん①弘徽殿大后の甥。藤大納言の子。麗景殿女御の兄。
②明石女御と春宮(今上帝)の若宮誕生の折、宣旨を受け、七日の産養いに仕える。
③→紅梅。
時方ときかた匂宮の従者。
時方従者ときかたのずさ匂君の従者。匂い宮に頼まれた文を宇治の浮舟の許に届ける。
主殿とのもり小野尼君の侍女で、尼君の呼びかけで和琴を取り出す。

内侍ないし①源氏の元服の折、左大臣に帝の仰せを伝える。
②斎宮(秋好中宮)の侍女。宰相の君と共に夕霧とは個人的にも親しい。
③明石の姫君の裳着の折、髪上げをした。
④→源内侍、藤内侍。
尚侍ないしのかみ①桐壷帝時代の尚侍。院の喪に服しそのまま尼になった。この人の後で朧月夜が尚侍になる。
典侍ないしのすけ①桐壷帝まで三代にわたって仕える。先帝の四宮(藤壺中宮)が亡き桐壷更衣に大変良く似ていることを上奏する。
②桐壷更衣の死後、靫負命婦のまえに更衣の母を弔問し、帝にその様子を奏上した。
③冷泉帝の御代の年老いた典侍。二人いてともに典侍になりたいと思っている。
中川女なかがわのおんな源氏が一度だけ思いをかけた女。花散里のもとへ行こうとするが、琴の音に立ち止まり、ふと思い出して時鳥の歌の贈答をする。
媒、仲人なかだち妹が浮舟の所で仕えていることから、左近少将と浮舟との仲立ちをすることになる。浮舟が常陸介の実の娘でないことを北方から聞き少将に告げた。それを聞いた少将は常陸介の実の娘との縁組の仲立ちをさせる。
媒妹、仲人の妹なかだちのいもうと浮舟のもとに仕えている侍女。
中務なかつかさ①左大臣家の女房。琵琶をよく弾く。頭中将が思いをかけているが相手にせず、ときどきやってくる源氏のやさしい態度に靡くので大宮によく思われていない。源氏の召人。
②藤壺中宮に仕える女房。三条宮に退出した藤壺を訪ねた源氏に応対した。
③源氏が思いをかけた女房。源氏の須磨下向にあたり、源氏の意向で紫上付きとなる。
中務宮なかつかさのみや①明石尼君の祖父。大井に山荘を持っている。
②右大臣とともに夕霧を娘の婿にと望んでいる。
③今上帝の皇子。匂宮の弟。秋、上野の親王、薫とともに殿上にいた。
中君なかのきみ①夕霧の雲井雁腹の次女。今上帝の二宮(明石中宮腹で匂宮の兄)と結婚している。
②紅梅右大臣の次女で、母北の方は亡くなっている。同腹の姉(麗景殿女御)と継母の真木柱の娘(蛍宮の子で宮の御方)と、父紅梅右大臣と真木柱との間に生まれた弟(大夫)がいる。
③宇治の八宮の次女。母は大臣の娘で八宮の北方。中君を出産後、病を得て他界。早逝するのではないかと心配するほど美しい。
中君侍女なかのきみのじじょ薫と匂宮が大君、中君とそれぞれ結婚することを望んでいた。
中君乳母なかのきみのめのと①宇治八宮邸の状態がはかばかしくなくなると、思慮の浅さから幼い中君を見捨てて去った。
②匂宮に迎えられて二条院に移った中君の面倒を折に触れてみる薫を非難する。
仲信なかのぶ薫が日頃親しく使っている家司大内記道定の妻の父で、大蔵大輔。
某僧都なにがしそうず①紫上が存命中に自分の死後を託した僧。
②中君が悩まし気なのを見て、匂宮が夜居に伺候させようとした僧。
某朝臣なにがしのあそん源氏が明石君のもとへ泊った翌日、小鷹狩りをしていて同行に遅れた。
某院預なにがしのいんのあずかり源氏の親しい家司で、左大臣にも仕えている。源氏が夕顔を伴って隠れ家を求めたとき、奔走した。
某院預子なにがしのいんのあずかりのこ源氏に親しく仕えた若い男。滝口の武士。夕顔が急死したとき、この人を起こし様々な指示をする。源氏の命で弦打ちや声づくりをした。紙燭をもって来たり惟光を呼びに行ったのもこの男とおもわれる。
なれきなれき玉鬘の大君の女童。大君と中君の碁のあと、歌を詠んだ。

匂宮におうのみや今上帝の第三皇子。母は明石中宮。六条院で誕生。紫の上に引き取られて養育される。紫上の二条院が里邸。今上帝や明石中宮から格別の寵愛を受ける。薫から宇治の姫君の話を心惹かれるようになる。匂宮(Wipipedia)
匂宮子におうのみやのこ匂宮と中君の子。薫が権大納言になった二月初旬誕生。産養い、五日、七日と盛大な儀式が行われ方々から祝いものが届けられる。匂宮、中君、薫などまわりに人々に可愛がられる。
匂宮子乳母におうのみやのこのめのと早く見たがる匂宮に、若君を抱いて見せる。いつも若君の相手をする。
匂宮乳母におうのみやのめのと匂宮の乳母で、その子供(五位蔵人)は匂宮に仕えている。遠国の受領の妻となって下るので、匂宮はその空き家に浮舟を隠そうとする。
女別当にょべとう六條御息所の娘斎宮(秋好中宮)の女別当。斎宮が伊勢へ下る時、源氏から斎宮に贈られた歌の返歌を斎宮に代わって書いた。

ねび御達ねびごたち花散里に仕える老女房たち。染物・裁縫の上手な花散里を手伝って裁縫などをする。
念仏僧ねんぶつのそう①葵上の葬送に参列した僧。
②落葉宮の母一条御息所の喪中に念仏を唱えた僧。
③宇治八宮の法要に伺候した僧。
④浮舟入水後の供養に参列した僧。

軒端荻のきばのおぎ伊予介の先妻の娘。空蝉と碁を打っているところを源氏に見られ、空蝉と間違えられて源氏と契りを結ぶ。蔵人少将を夫として通わすことになり、それを聞いた源氏から歌が贈られ、返歌をする。

博士はかせ雨夜の品定めの時、藤式部丞の語った体験談の中で、文章生の時通った賢女の父。
博士娘はかせのむすめ前項の博士の娘。藤式部丞の愛人。
八宮はちのみや桐壷院第八皇子。母は大臣の娘だが、素性は不明。桐壷院にも母女御にも早く死別した。冷泉院が東宮であったころ、弘徽殿大后らの陰謀で東宮に立てようと隠された陰謀があり、失意の日々を送る。京の邸が焼失して宇治の山荘にこもる。不如意な生活で乳母たちも去り。自らの手で二人の娘(大君、中君)を育てる。また浮舟の父でもあるが認知していない。信仰心厚く、仏教に造詣が深い。宇治八宮(Wikipedia)
八宮北方はちのみやのきたのかた宇治八宮の北方。大臣の娘。大君、中君を生んで没した。弁の尼の父はこの北方の叔父にあたり、浮舟の母中将の君はこの北方の姪にあたる。
八宮母女御はちのみやのははにょうご宇治八宮の母。大臣の娘で、桐壷院の女御であった。八宮の幼時に亡くなった。
八郎はちろう頭中将の子。
花散里はなちるさと麗景殿女御の妹。かって宮中で源氏と逢い、現在は姉ともに源氏の庇護のもとに暮らしている。容姿はあまり美しくはないが、性格が穏やかで気立てがよく、染色・裁縫に精通し、六条院で一つの対を与えられ、夕霧の母代わりをしている。また夕霧の藤典侍腹の三君と次郎の世話もするようになる。花散里(WIkipedia)
播磨守はりまのかみ①良清の父、明石入道の後任。
②源氏の家司。須磨に退去した源氏にひそかに心を寄せる。

東山聖ひがしやまのひじり宇治の浮舟のもとへ泊った匂宮のことを、時方は匂宮はこの聖に会いに行ったと京へ報告する。
光源氏ひかるげんじ桐壷帝の第二皇子。帝の寵愛を一身に集めた桐壷更衣との間に生まれる。源氏物語の主人公。母更衣とは三歳の時死別する。この上なく美しい容姿と、学問管弦の道にも優れた才能を示す。源氏幼少時、ひそかに来朝した高麗の相人に見てもらうと、相人は大変驚いて、「国の親となりて、帝王の上なき位に昇るべき相おはします人の、そなたにて見れば、乱れ憂ふることやあらむ。朝廷の重鎮かためとなりて、天の下を輔くる方にて見れば、またその相違ふべし」(天下を補佐する方から見ればまたその相でもないようです)と占ったので、帝は、源氏姓を与えて臣籍降下させた。須磨・明石に蟄居する不遇な時もあったが、最後は准太上天皇の待遇を得て、六條に大きな邸を構えて、妻妾を集め、一代の栄華を極める。葵上との間に、子、夕霧がいる。また明石の君との間に、姫君がいる。子どもは二人だが、藤壺との密通により子が生まれていて、その子は冷泉帝となる。光源氏(Wikipedia)
髭黒ひげぐろ右大臣の子。承香殿女御の兄弟。元の北方は兵部卿宮の長女で、紫上の姉にあたる。玉鬘に求愛し、妻に得る。源氏や内大臣(頭中将)に次いで帝の信任がある。髭黒(Wikipedia)/ 髭黒の父親は右大臣にまで登った人物であるとされるが、登場までの本文中には一切現れておらず、初登場の時点ですでに死去しているとされる。登場時点での東宮(=後の今上帝)の母・承香殿女御の兄にあたる。兵部卿宮の長女(紫の上の異母姉にあたる)とはすでに長年連れ添っており、女子(真木柱)と2人の男子をもうけていた。2番目の妻となった玉鬘との間にも大君など3人の男子と2人の女子をもうけた。
髭黒元北方ひげぐろのもとのきたのかた兵部卿宮(式部卿宮)の長女で紫上の姉。夫婦仲は悪く、心の病がありよく発作を起こす。髭黒は玉鬘を得て離縁する。元北方は実家に帰る。
肥後采女ひごのうねめ左近命婦の同輩で、赤鼻の女房。
樋洗童ひすましわらわ近江君の許の今参りの童。
常陸北方ひたちのきたのかた小野の大尼君の孫の紀伊守の妹で、長く音信がない。紀伊守と妹尼の会話の中に現れる。
常陸介ひたちのすけ①浮舟の母(中将君)の後夫。継子の浮舟も連れて陸奥守として下り、次いで常陸介となった。
」②→伊予介
常陸介故北方ひたちのすけのこきたのかた常陸介の前妻で、蔵人式部丞などの母。常陸介との間に子どもが何人もいる。
常陸宮ひたちのみや①末摘花、醍醐の阿闍梨の父。源氏が末摘花に逢った時は、すでに故人。
②今上帝の第四皇子。母は今上帝の更衣。夕霧の六条院の賭弓の宴に招かれた。また後、女二宮の藤宴に参列した。
常陸宮預翁ひたちのみやのあずかりのおきな常陸宮邸の門番の翁。雪の朝、末摘花の許から帰る源氏は、門を開けわずらっているのを見て、白氏文集の一節を口ずさむ。
左馬頭ひだりうまのかみ雨夜の品定めで、藤式部丞と共に源氏と頭中将の処にやってきて豊富な体験談を語る。
兵衛督ひょうえのかみ源氏を迎えに頭中将(別人)と共に明石君の大井の山荘に行き、車の後ろの部分に乗って桂院に行く。
兵衛尉ひょうえのぞう惟光の子で藤内侍の兄。殿上童をしていて、夕霧はその妹藤内侍への文を託す。六条院で行われた薫物合わせの頃兵衛尉で、源氏の命で西の渡殿の方に埋めてあった香を掘りだして夕霧に渡す。
兵衛佐ひょうえのすけ①頭中将の子。大宮邸に参集。
②夕霧の子。玉鬘の参院に供奉。
兵衛命婦ひょうえのみょうぶ絵合わせの際右方(弘徽殿女御御方)の方人として参加。
兵部卿宮→式部卿宮、匂宮、蛍宮。
兵部君ひょうぶのきみ太宰少弐の娘で、母は夕顔の乳母。幼名あてき。玉鬘のために九州に夫や子供を残して上京した。初瀬詣の折、椿市で偶然夕顔の侍女であった右近と対面。玉鬘の侍女として六条院へ入る。
兵部大輔ひょうぶのたいふ皇族の血統で、大輔命婦の父。末摘花の父常陸宮の近親者。娘大輔命婦が源氏に末摘花を手引きするのを知らない。
兵部大輔後妻ひょうぶのたいふのごさい大輔命婦の継母。命婦はなじめず。寄りつかない。

豊後介ぶごのすけもとの名を兵藤太といった。太宰少弐の長男で、母は夕顔の乳母。父少弐の遺言を守って母、妹の兵部君と共に玉鬘を上京させる。
藤壺中宮ふじつぼのちゅうぐう故先帝の四宮。桐壷更衣に似ていることから、兄(式部卿)の勧めもあり入内する。「かがやく日の宮」と呼ばれ、「光る君」と呼んだ源氏と並び称えられた。源氏の永遠のあこがれの人となる。密通し、冷泉帝が生まれる。藤壺(Wikipedia)
藤壺女御ふじつぼのにょうご①藤壺中宮の妹で紫上の叔母。女三宮の母。朱雀院が春宮のとき入内し女御となる。朧月夜に圧倒されたが、帝は遺児女三宮を溺愛した。
②左大臣の三女、今上帝の女御。女二宮の母。
古大君女ふるおおきみおんな九州で玉鬘に琴を教えた。

平典侍へいないしのすけ冷泉帝付きの女房。絵合わせに左梅壺方で参加。
別当べとう二条院の東院の花散里方の別当。別当らの勤務ぶりによって、花散る里方は整って感じのよい様である。
別当大納言べとうだいなごん朱雀院に長年別当として仕える大納言。女三宮の降嫁を望む。
べん①紫上の乳母(少納言乳母)の娘。紫上の新枕の三日夜の餅を、惟光から託され、事情を深く気づかず、紫上の几帳に差し入れる。
②藤壺中宮の女房。藤壺中宮の乳母子。王命婦とともに藤壺中宮に親しく侍す。
弁尼べんのあま父は左中弁、母は柏木の乳母。宇治の八宮に仕え、姫君たちの後見をする老女房。柏木と女三宮の事件を知るものは、弁と女三宮の侍女の故小侍従だけであることや柏木の臨終の様を薫に語る。
弁尼夫べんのあまのおっと弁尼によると、弁をだまし、九州に連れて行った良からぬ懸想人。かの地で死ぬ。
弁御許べんのおもと①玉鬘の侍女。髭黒にせかされて、玉鬘に逢う手引きをする。
②女一宮の侍女と思われる。六条院の東の渡殿を訪れた薫に応対する。

蛍宮ほたるのみや桐壷院の皇子。源氏の異母弟。花宴で右大臣の美貌の娘を北方にもつ 師宮そつのみやとして登場。源氏の須磨蟄居の折には、頭中将とともに訪れ、別れを惜しむ。絵合わせの時は判者をする。少女の巻では、すでに兵部卿宮。通称 蛍兵部卿宮。蛍兵部卿宮(Wikipedia)
蛍宮の北方ほたるみやのきたのかた右大臣の娘。蛍宮が帥宮の時の北方で佳人。蛍宮が兵部卿として登場の頃には。すでに死去していた。蛍宮は真木柱と結婚後もこの亡き北方を恋しく思い出す。

真木柱まきばしら父は髭黒、母は式部卿宮の大君。蛍宮の北方となる。蛍宮の死後、紅梅大納言(柏木の弟)と再婚する。真木柱(Wikipedia)

三河守みかわのかみ大弐の乳母(惟光の母)の女婿。源氏が十七歳の夏、六條御息所を訪れる途中、大弐の乳母の病気を見舞った時、源氏に会う。
右のすけみぎのすけ六条院への冷泉帝と朱雀院の同時行幸の折、蔵人所の鷹匠が、鷹狩りでとった鳥を奉る。池の魚を奉った「左の少将」に対して、「右のすけ」と略して対句にしたもの。右近少将とおもわれる。
道定みちさだ大内記兼式部少輔。薫に仕える。家司大蔵大輔(仲信)の婿であり、薫の事情を匂宮に告げる。
道定の妻みちさだのつま父仲信は薫の家司、その娘。
御息所みやすどころ‪→明石中宮、一条御息所、桐壷更衣、六条御息所。
宮御方みやのおんかた異称、宮君、東の御方。蛍兵部卿宮の姫宮。母は真木柱。父宮の死後、紅梅と再婚した母と共に紅梅邸に入り、寝殿の東に住む。紅梅の姫君たちとも和歌や音楽など師のように慕われ仲がいい。匂宮に思われる。とても内気な性格で母にさえはっきり向き合わないほどなので、結婚など考えられない。
宮君みやのきみ光源氏の弟で八宮の兄である蜻蛉式部卿の宮の姫君。
宮亮みやのすけ①弘徽殿大后付き。朧月夜にも近侍。
②中宮の亮
命婦みょうぶ命婦は、宮中や後宮(こうきゆう)の女官の一つ。五位以上の女官(内(ない)命婦)と、五位以上の役人の妻(外(げ)命婦)がある。平安時代以後は、中級の女官をいう。
→上の命婦、王命婦、左近命婦、少将命婦、大輔命婦、中将命婦、兵衛命婦、靫負命婦。
妙法寺の別当みょうほうじのべっとう近江君の誕生の折の祈祷僧。近江君の早口はこの僧にあやかったと亡き母が常に嘆いていたという。
みるこみるこ玉鬘の女童。
民部卿みんぶきょう夕霧の字付けの儀式に参列。
民部御許みんぶのおもと空蝉の女房。背の高いのを人に笑われている。
民部大輔みんぶのたいふ①中務宮(明石尼君の祖父)の子孫にあたる縁者。中務宮の大井の山荘の持ち主で、物語では故人。明石尼君の父かと思われる。
②父は式部卿宮(紫上の父)。髭黒に立腹した父宮が、髭黒の北の方を引き取った時、兄弟の中将、侍従と共に邸へ迎えに行く。
③→惟光

紫上むらさきのうえ父は藤壺中宮の兄兵部卿宮。母は按察使大納言の娘。源氏が北山の聖僧の許へ病気祈祷を受けるために行った時、坊の柴垣のもとで、十歳ばかりの美しい姫君を見つける。これが後の紫上である。終生最愛の理想的な女性として書かれるが、正式な妻ではない。/ 「紫」の名は古今集の雑歌「紫のひともとゆゑに武蔵野の草はみながらあはれとぞみる」にちなみ、源氏の「永遠の女性」である藤壺の縁者(紫のゆかり)であることを婉曲に表す。また「上」の呼称が示すように、源氏の正妻格として源氏にも周囲にも扱われるが、正式な結婚披露をした北の方ではない。(Wikipedia より)紫の上(Wikipedia)

木工君もくのきみ髭黒の侍女。中将御許と同じく髭黒の召人。
桃園宮ももぞののみや桐壷院の皇弟。朝顔姫君の父。式部卿宮として物語に登場。朝顔君が源氏との結婚を拒否したため、源氏を婿にできなかったことを後悔する。
文章博士もんぞうはかせ①源氏の親しい学問の師。
②夕霧の字付け儀式に参列。

大和守やまとのかみ一条御息所の甥。御息所の葬儀を仕切る。夕霧の懸想を望ましく思い、落葉宮が応じるように説得する。
大和守の北方やまとのかみのきたのかた初瀬参詣の折、玉鬘一行に出会い、その威勢に三条が驚嘆する。会う。
山の座主やまのざす①比叡山延暦寺の天台座主。葵上の夕霧出産の時、物の怪を屈服させ安産祈願をする。
②藤壺中宮の落飾の授戒をする。
③朱雀院の落飾の授戒をする。
④明石中宮の病の祈祷に招請。

夕顔ゆうがお父は三位中将だが両親とは早くに死別する。頭中将が三年ばかり通い、娘も生まれていたが、北の方(右大臣の四の君)の脅しがあって、身を隠す。方違えもあって、近所の声も聞こえる陋屋に住んでいた時、源氏に会う。源氏が通っている時、物の怪によって、夕顔は死ぬ。忘れ形見が玉鬘である。夕顔(WiKipedia)
夕顔家宿守ゆうがおのいえのやどもり惟光に五条の夕顔の家の様子を教える。
夕顔乳母ゆうがおのめのと右近の母で早くに亡くなっている。
夕霧ゆうぎり源氏と葵の長男。母は葵上。祖母大宮の許で、頭中将の娘、雲井の雁と一緒に育てられ、二人は好意を寄せて育つ。花散里が母代わりに夕霧の世話にあたる。中将、中納言、右大将、左大将、右大臣、左大臣と昇進する。夕霧(Wikipedia)
夕霧の子ゆうぎりのこ子女あわせて12人いると思われる。
①雲井雁腹 太郎君、三郎君、四郎君、六郎君、大君、中君、四君、五君
②藤典侍腹 三君、六君、二郎君、五郎君、
二郎、三君は花散里に託されて養育されている。
靫負の命婦ゆげいのみょうぶ桐壷帝付きの女房。桐壷更衣の死後、その里に更衣の母を見舞う。

夜居僧都よいのそうず藤壺中宮の母后のときからの護持僧で、藤壺や冷泉帝にも重く用いられる。夜居僧として宮中にあり、藤壺から祈祷を依頼をされて秘密を知るようになる。冷泉帝に帝の出生の秘密を奏上する。
陽明介ようめいのすけ宿守によれば、五条の夕顔の家の持ち主で田舎に住む。西の京の夕顔の乳母(太宰少弐の妻)の娘の夫。
陽明介妻ようめのすけのつま西の京に住む夕顔の乳母の娘で、まだ若く、夫とは離れて五条の家にいる。
横川僧都よがわのそうず①藤壺中宮の伯父で、藤壺出家の時、その髪を剃った。
②比叡山横川に住む高徳の僧。その老母(小野の尼君)が、初瀬詣の帰途急病にかかり、横川へも消息が届きかけつけて、知り合いの宇治院の院守のもとに母を移す。そこで倒れている浮舟が発見され、伴って小野に帰還する。のち、浮舟を出家させる。横川の僧都(Wikipedia)
横川僧都の弟子よがわのそうずのでし複数いる。老母の初瀬詣でに従う。宇治院で浮舟を発見する。浮舟を加持する。浮舟授戒の手伝いをする。
良清よしきよ源氏の家司で、播磨守の子。源氏がわらわ病の加持に北山に行った時同行した。その時、自分も関心を持っている、明石入道とその娘の話をする。須磨退去にも源氏に同行する。近江守兼左中弁となる。

麗景殿女御れいけいでんのにょうご①弘徽殿女御の姪にあたり、藤大納言の娘。頭弁の妹。朱雀院の女御という。
②桐壷院の女御。院の崩御後は源氏の世話になっている。花散里は妹。
③左大臣の三君。春宮(今上帝)の元服のとき、添臥として入内。後、藤壺女御とも呼ばれる。明石中宮に圧倒されがちであった。女二宮を生み、物の怪のため他界。
④紅梅の長女。母は紅梅の北の方。妹中君。
冷泉院れいぜんいん桐壷帝第十皇子。母は藤壺中宮。実は源氏の子。源氏にそっくりの顔をしている。朱雀院のあとの天皇となる。冷泉帝(Wikipedia)

六條御息所ろくじょうのみやすどころ大臣の娘。十六歳で前坊に参り、姫君(秋好中宮)を生み、二十歳で前坊と死別す。桐壷帝は前坊と親しい兄弟。その筆跡は見事で、風雅をよく解した。葵上、紫上に物の怪として憑りつく。六條御息所(wikipedia)
六君ろくのきみ夕霧の六女。母は藤典侍。親王や上達部で心を寄せる者が多く、夕霧は、六君が軽視されるのを惜しんで、落葉宮の養女とした。匂宮と結婚する。

渡守孫童わたしもりのまごのわらわ浮舟の女房たちの話で、先ごろ棹をさしはずして川に落ちたという形で登場する。
わらわ①夕顔の女童。源氏が夕顔の花を見て随身に手折らせたところ、家から出てきて、香を焚きしめた白い扇を差し出す。
②玉鬘の中君(内の君)の女童。花争いの唱和に参加。
②中君に仕える女童。宇治からの手紙を、匂宮のいるとき中君に持ってきて、浮舟の居所が知られるきっかけとなる。
③浮舟に仕える女童で、二条院で匂宮に新参の女房と思われる。
童孫王わらわそんのう蛍兵部卿宮の子で、朱雀院の五十賀に舞人に選ばれた。髭黒の太郎君や夕霧の三郎君とともに万歳楽を舞った。孫王は天皇の孫の意。

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公開日2022年3月24日/ 改定2022年9月16日