源氏物語  空蝉 注釈

HOME表紙へ 源氏物語 目次 03 空蝉
ならはぬ ならう[慣らう・倣う]たびたび経験して馴れる。人に憎まれた経験がない。憎まれることに慣れていない。
らうたし いじらしい。いとおしい。
かよひたる [通う]④似かよう。相通じる。
たどり寄らむも 空蝉の隠れ場所を捜し出して言い寄る。
人悪かるべく ひとわろし[人悪し] 外聞がわるい。みっともない。
まめやかにめざましと思し明かしつつ 真実、心外だ(癪に障る)とお思いになって、夜を明かしながら。/ 「まめやかに」 心から。「めざまし」心外だ。気に入らぬ。「思しあかしす」思い明かすの敬語。考え事をするうちに夜を明かす。
例のやうにものたまひまつはさず 「例のやうにも」いつものように。「のたまひまつはさず」「言いまつわす」(あれこれとうるさく言葉をかける)の敬語。
夜深う出でたまへば 夜明け前のまだ暗いうちに紀伊守の邸をでる。今夜の空蝉との逢瀬は断念して、早目に帰邸する。
いといとほしく、さうざうしと思ふ (小君が源氏を)かわいそうで、また物足りないとも思う。「さうぞうし」(あるべきものややるべきものがなくて)物足りない。
かたはらいたし (女が源氏を思う)気の毒である。
いとほしき ②困ったことだ、辛い、嫌だ。
うたてあるべし 心に染まない感じを表す。どうしようもない。いやだ。情けない。
かくて 現在の音信の途絶えた状態で。
ながめがち [眺め勝ち]物思いにふけることが多いさま。 
心づきなし [心付き無し]気に入らない。心がひかれない。  
人悪ろく思ほしわびて 人悪ろく(人目悪いほど)思ほしわびて(憔悴されて)/傍目にも体裁悪いまでにお困りになって(渋谷訳)/ 「人悪く、おもほしわびて」(岩波大系)/ ひと わろ・し 【人悪▽し】( 形ク )人に見られて体裁が悪い。恥ずかしい。みっともない。ひとわるし。/ 外聞がわるい。みっともない。/ みっともない程落ちこんで。(管理人)
うれたう うれたし(ウラ(心)イタ(痛)シの約) 相手の仕打ちが、腹立たしい。いまいましい。(広辞苑)
しひて思ひ返せど、心にしも従はず 「思い返す」考えなおす。非と知って改心する。「心にしも従わず」自分の心が、自分自身の思いい通りにならぬ。/ 無理に忘れようと思うが、思いどおりにならず苦しいのだよ。(渋沢訳)/ 強(し)ひて(忘れんと)思ひかへせど、(思返す)心にもしたがはず苦(くる)しきを。(岩波大系)
夕闇の道たどたどしげなる 「夕闇は道たどたどし月待ちて帰れわが背子その間にも見む」(古今六帖)
さのみもえ思しのどむまじければ 小君が頼りにならないからといって、いつまでも待ってはいられない。「のどむ」はのどかにする、落ち着いている。
追従せず 言葉をかけてご機嫌取りをする。
妻戸 寝殿の四隅に設けられた両開きの板の扉。
立てたてまつりて 「立つ」は源氏を立たせるの意。
格子叩きののしりて入りぬ 格子をあけさせて、そこから入った。「叩きののし」ったのは、人々の注意を自分の方に引き付けて、妻戸にいる源氏の姿に気づかせないようにする策略。
御達 御の複数。「御」は婦人の尊称。上級、したがって年輩の女房たちの意となる。
あらはなり 格子を上げ、簾を上げて入ってきたから、「外からまる見えになる」と文句を言う。
西の御方 紀伊守邸の西の対に住んでいる紀伊守の妹(軒端萩と称する)のこと。
几帳 室内に立てて隔てとし、また座側に立ててさえぎるための具。台に2本の柱を立て、柱の上に1本の長い横木をわたし、その横木にとばりを掛けたもの。 
うち掛けて 几帳の帷子(かたびら)をまくり上げて、几帳の横木に掛けてあって。風通しをよくするため。
側める 「側む」は横向きになる。
濃き綾の単衣襲 「濃き綾」濃い紫色。綾は模様を織り出した絹布。「単衣襲」夏に、女が表着(うわぎ)の下に重ねて着る単衣。もとは肌の上に薄物の単(ひとえ)二枚を重ね着たが、後にこれを綴じ重ねて、一枚とした。(小学館古典セレクション) / 下に紅の濃い綾の単襲、すなわち単物(ひとえもの)のようなものを着ている。夏に、女子は襟の部分はひねり重ね、端の部分は縫った単衣を二枚重ねる。一枚のときは、一般に下に汗取りをきるのであろう。(岩波大系)
ものげなき 見栄えがしない。/ それと認めるほどの事もない。あまり目立たない。
ひき隠しためり 腕や手があらわにならないよう、袖口を引き出して気をつける。
二藍 紅花と藍との二種の染料で染めた色。
小袿 礼服である唐衣・裳の代用として着る婦人の通常の礼服。下に打衣、単衣を重ねる。
腰ひき結へる 「腰引き結う」袴紐を結ぶ。袴は肌の上に直接着る。
ばうぞくなる だらしないさま。/ あらわなさま。無遠慮。
ぶつぶと つぶつぶ[円円]まるまると肥えたさま。
そぞろかなる 背の高いさま。
かどなきにはあるまじ 才気のない女ではあるまい。かど[才]。
 けち。囲碁用語。今日のいわゆる「だめ」。
心とげに見えて こころとし[心疾し]心の動きがはやい。さとりが早い。接尾語「げ」がついたもの。
きはぎはと [際際と]はっきりと。
さうどけば 陽気にさわぐ。はしゃぐ。
 じ。勝負のない箇所。今日の「せき」。
伊予の湯桁 伊予国(愛媛県)道後温泉。「湯桁」は、大きな湯船のなかに角材を格子状に組み、区画を設けて、入浴の便宜としたもの。数の多いことの譬えに用いられる。
たとしえなく たとえようがない。
しつけ 「し」は強意の助詞。
ねびれて ねびれる。 ①老人くさくなる。老成する。②草木がなえしぼむ。①で引用。
いといたうもてつけて 以下(学研全訳古語辞典)より。もて-つ・く 【もて付く】他動詞カ行下二段活用活用{け/け/く/くる/くれ/けよ} ①身に付ける。身に備える。出典源氏物語 東屋「田舎びたるざれ心もてつけて、品々しからず」[訳] 田舎じみたしゃれっけを身に備えて、品がなく。 ②(気にかけて)取りつくろう。装う。出典源氏物語 空蟬「わろきによれる容貌(かたち)を、いといたうもてつけて」 [訳] 不器量に近い顔だちを、たいそうはなはだしく取りつくろって。「もて」は接頭語。/ もてつく[もて付く](モテは接頭語)(態度・様子を)取りつくろう。枕草子(195)「わがもちつけたるをつつみなくいひたるは」(広辞苑)
そぼるれば 「そぼる」 ふざける。戯れる。
さる方に 「品おくれ」てはいるが、それなりに。/ それ相応おうに。それはそれでまた。
あはつけし うわついている。軽薄である。
見たまふかぎりの人 源氏の脳裏には、葵の上や、夕顔巻に登場する六条御息所はど上流の女性の冷たく取り澄ました姿が思い浮かべられていよう。
うちとけたる世なく 世④(特定の)期間、時期、時節。うちとけた時がなく。
何心もなうさやかなるはいとほしながら 二人の女たちが、(少しも気づかずに)、姿形が、はっきりと丸見えなのは、気の毒ながら。/ 「いとおしい」気の毒である。可哀そうだ。
例ならぬ人 いつもはいない人。軒端萩をさす。
からうこそ 辛うこそ。ひどい仕打ち。
あなたに帰りはべりなば、たばかりはべりなむ お客(軒端萩)が西の対に帰ってしまったならば、きっと工夫致しましょう。たばかり[謀り]①思案。工夫②はかりあざむくこと。
さもなびかしつべき気色にこそはあらめ 小君が、思うとおりに言うことをきかすことができる女のようす。源氏の想像、思い込み。
そよめく そよそよ音がする。人の動く気配がする。
さもなびかしつべき気色にこそはあらめ 小君が、思うとおりに言うことをきかすことができる女のようす。源氏の想像、思い込み。
あかるる あかる[散る・分かる]ちりじりになる。分散する。 
さかし 「かし」は助詞。「さ」[然](上言葉をうけて)そう。
いとほし 見ていられない。かわいそうである。気の毒である。
こたみは 今度は。先ほどは格子をあけて入ったが。
心もとなさ こころもとながる [心許無がる]待ち遠しがる。
畳広げて臥す 薄縁(うすべり)を広げて敷いて寝た。中古、単に畳といったのは、すべて薄縁である。裏をつけ、縁をつけた筵(むしろ)で、家の中や縁側に敷くもの。
とばかり ちょっとの間。しばし。暫時。
をこがましきこと 「をこ」は愚かなること。
つつましけれど つつましい[慎ましい]①ある事柄をしたり、ある状態を他に知られたりすることが、遠慮される。気恥ずかしく感じられる。
やはらかなるしも 源氏の衣服の練絹(ねりぎぬ・練ってやわらかくした絹布)柔らかい衣ずれの音。高貴な人の気配と分かる。「しも」それがかえって。
さこそ忘れたまふをうれしきに思ひなせど 如何にもあんな風(「御消息も絶えてなし」)で、私(空蝉)を源氏の君が忘れなさるのは、嬉しいことに思うけど。
心とけたる寝だに寝られず ゆったり眠れない。寝を寝る(いをぬる)で一語。「寝(い)」は睡眠。眠るの意。
ながめ (物思いにふけりながら)ぼんやりと見ていること。物思い。
春ならぬ木の芽も 「夜はさめ昼はながめに暮らされて春はこのめもいとなかりける」(一条摂政御集)。「木のめ(芽)」に「このわたしの目」をかける。「いとなく」は、「いとまなく」の約。眠れなくて夜昼なしに目の休まるときがなく、の意。引歌は春のことだが、今は夏だから「春ならぬ」という。
今めかしく いまめく[今めく]①当世風に振る舞う。今風である。②はでに振る舞う。はでな感じがする。
若き人は 軒端萩のこと。
しるし しるし[著し]きわだっている。はっきりしている。
あさましく あさましい[浅ましい](動詞アサムの形容詞形。意外なことに驚くが原義で、善いときにも悪いときにも用いる)①意外である。驚くべきさまである。
生絹すずし。 繭からとったままの絹。堅くさらさらしている。夏の衣料。 
床の下 母屋の下長押(しもなげし)の下で、北廂。廂は母屋より一段低い。
ありしけはひよりは、ものものしく 「ありしけはひよりは」方違えの夜の感触よりは。「ものものし」肥って大柄なのをいう。
思ほしうも寄らずかし 「思い寄る」の敬語。おもいよる 思いあたる。考えつく。
いぎたなきさま いぎたない[寝穢い]眠りこけていて、目を覚まさない。
見あらはしたまひて みあらわす[見顕す]①隠れていたものを取り出して、あきらかに見る。②正体を見破る。
心やましけれど 「こころやまし」いやだ。不快だ。
たどりて見えむ 「たどる」は、源氏があれこれと考えてやっと勘づく意。「たどりて見えん」は「たどりたどりと見られん」の意。人違いをしたとやっと自分で気づいたらしい、と女に思われるのも。「見える」③(他から)見られる。
をこがましく おこがましい ばかげていて、みっともない。物笑いになりそうだ。
のをかしかりつる灯影ならば かいま見したとき灯影に見えた美しい人。軒端萩。
いかがわせむ 如何はせむ ①どうしよう。②どうしょうもない。しかたがない。「いかがはせむに思しなるも」仕方がないと思うのも。
心浅さなめりかし こころあさし[心浅し」①思慮が浅い。②情け心が薄い。 「悪ろき御心みこころ浅さなめりかし」この一文を、昔の注釈家は「草子地」といっている。作中世界の外の人、物語の語り手が源氏を批評していう言葉である。
おぼえず 思いがけず。突然。
何の心深くいとほしき用意もなし 女が思慮深くなく、源氏から見て気の毒な程何の心構えもない。/「いとほしき」(源氏から見て)可愛そう・気の毒だ(と感じさせる)。「用意」(女の所作)気をつけること。心づかい。./ 男を拒もうとして女が苦慮する様子を、男の目から気の毒と感じる。
世の中をまだ思ひ知らぬほどよりは 「世の中」男女の仲。ここは情交。/ 男女の契り。/ 男女の道を、まだ知らない年齢の割に比較しては、風流(洒落)がかった女で、弱ったようにもうろたえない。
さればみたる方にて、あえかにも思ひまどはず 風流(洒落)がかった女で、弱ったようにもうろたえない。「さればむ」ざればむ[戯ればむ]しゃれたさまをする。気取ったふうをする。「あえかにも思ひまどはず」「あえか」はかよわいさま。このあたり情交のあったことを示唆する(岩波大系)。ういういしくうろたえるでもない(玉上)。
わがためには事にあらねど 自分の利益については、何ほどの事もない。たいして不利になることはないが。/ 自分にとっては何でもないことだが。 
あのつらき人 空蝉のこと。自分につらく当たる人。
あながちに名をつつむも 「あながちに」[強ち]あまりに強引で。「つつむ」[慎む]①堪えしのぶ。用心する。②はばかる。気がねする。遠慮する。
たびたびの御方違へにことつけたまひしさまを (空蝉に浮名がたたないように)軒端萩に逢いたいために何度も方違えと称して訪れたのだと言いくるめる。
たどらむ人は 「たどる」あれこれ考える。あれこれ考える人なら、嘘だと気づくだろうが。
さし過ぎたるやうなれど 「さし過ぎる」でしゃばる。ませている。
うれたき人 「うれたし」腹立たしい。いまいましい。空蝉のこと。
ゆゑ 理由。
かたくなし [頑し]①頑固である。片意地が強い。②愚かで見苦しい。(空蝉が源氏を)かたくなしと思っている、と想像する。
あやにくに、紛れがたう 「あやにく」意地悪く。皮肉にも。「紛れがたう」ほかの気の紛らしようもなく。
この人の 軒端萩。
さすがに情け情けしく 前文の「御心とまるべきゆゑもなき心地して」を受けて、そう思うものの。「情け情けし」いかにも情けが深いようである。
あひ思ひたまへよ 私が御身を思うように、御身も私を思いなさいよ。私は世間を憚る理由がない身でもありませんから、わが身ながら、、我が心にどうも任せることができそうもないのです。
さるべき人びと しかるべき人々。軒端萩の父や兄など、結婚を取り決める後見の人びとをさす。
なほなほしく 「直々し]おざなりに。月並みな口説き文句を並べた。
人の思ひはべらむことの恥づかしきになむ 私は他人が何かと思いますかもしれないことが、どうもきまり悪くて困る故に、消息を申し上げることはできますまい、と隠し隔てなく思ったまま言う。
うらもなく言ふ 「うら」下心。警戒心。
あらめ 前文の軒端萩の言葉のなかの「恥づかしきになん」を受け、「恥づかしくもあらめ」の意。
小さき上人 小君のこと。
うしろめたう 源氏の首尾はどうか気にかけて。
さかしがりて おせっかいなふるまいをする。余計なお世話をやいて。
外ざまへ来 「とざま」[外様・外方]外の方へ。「外ざまへ来」外に出てきた。
民部のおもとなめり 相手の返事を待たずに老女が自分で答えたもの。/ 民部は女房の呼び名。父か兄が民部省の役人だったのであろう。ここだけにしか見えない人物。「おもと」は女房を親しんで呼ぶ敬称。
けしうはあらぬおもとの丈だちかな 悪くはない(相当立派な)民部のおもとの背丈ですな。/ 「けしゅうはあらず」それほど悪くない。そう不自然ではない。
連ねて 連れて。伴って。
今、ただ今立ちならびたまひなむ 小君はすぐに、身長が、民部の御許(おもと)と並んでしまいなさるでしょう、と言いながら自分も外に出てきた。
わびしければ、えはた押し返さで 老女房が出て来ては、源氏は困るけれども、そうかといって、また老女房を内に押し戻すこともできないので・・・。
このおもとさし寄りて 老女(おもと)が源氏に寄ってきて。以下源氏に話しかけている。老女は源氏を民部のおもとと思っている。
御車の後にて 牛車の乗るときは、前の方が上席、後ろの方が末席である。
二条院 源氏の自邸。
あはめたまひて あはむ [淡む]非難する。/ うとんずる。ばかにする。
爪弾きをしつつ 人差し指の爪と親指の腹に掛けてはじくこと。人を非難する動作。
いとほしうてものもえ聞こえず 「いとほしう」 見ていられないほどかわいそうである。気の毒である。「聞こえず」→「聞えさす」の否定 「言う」の謙譲語。お耳の入れる。申し上げる。/ (源氏が)お気の毒で、小君は物も言えなかった。 
おはしましぬ あり、をり、行く、来る、着くの最高敬語。
思ひ果てぬ 「思い果(は)つ」愛想がつきた。
よそにても、なつかしき答へばかりはしたまふまじき 逢いはせずとも、やさしいお返事ぐらい、してくださらないのか(玉上)。/ 「よそにても」 よそ(余所・他所)にても 他所にいても、離れていても。「よそ」離れた所。別の所。/ 「なつかしき」心惹かれる。親しみがもてる。好ましい。源氏イラスト訳参照 どうして、離れた場所にいても、親しみをこめた返事ぐらいはしなさることができないのか。
こそ こそ(わびしけれ)。
つらきゆかりにこそ 「つらきゆかりにこそ」薄情な人(空蝉)の縁者。
え思ひ果つまじけれ とても長つづきしそうもないな。え(副詞)思いはつ(動詞)まじけれ(打消しの推量助動詞「まじ」の已然形。「こそ」の結び)。「思い果つ」①おもいきる。あきらめる。②最後に思いあたる。③最後まで愛しきる。
まめやかにのたまふを 「まめやか」 きまじめに。まともに。
さしはへたる御文 わざわざやるご消息ではなしに。「さしはう」わざわざする。
畳紙 懐紙。柔らかい楮紙を畳んで懐中にいれて持ち歩き、鼻紙、詠草、消息などに使う。
空蝉の身をかへてける木のもとになほ人がらのなつかしきかな 蝉が殻抜けていったあとに残された殻に、憎くはあるがやはりあなたをなつかしむことです(新潮) / あなたは蝉が殻を脱ぐように、衣を脱ぎ捨てて逃げ去っていったがその木の下でやはりあなたの人柄が懐かしく思われますよ(渋谷) / 蝉が脱け殻を残して姿を変え、去ってしまった後の木の下で、もぬけの殻の衣を残していったあの人の気配をやはりなつかしく思っている。
持ちたり 主語は小君。
かの人 軒端萩。
あさましかりしに あまりの事であきれる。(玉上)/ 源氏の君が忍び込まれたことに、私は肝をつぶした。、こんなことをとやかくとごまかしても、他の人が思うようなことをば、避ける所がない故に、どうにもならず、ひどく困る。(岩波大系)
とかう紛らはしても こうごまかし、ああごまかしても。
人の思ひけむことさりどころなきに 誰かが思っただろうことは避けようがない。/ 他人が思う事は避けようがない。
恥づかしめたまふ 恥をかかせる。叱りつける。
左右に苦しう思へど 源氏からは役に立たぬと責められ、姉からは分別が足らぬと叱られて。
伊勢をの海人のしほなれてや 「鈴鹿山伊勢をの海女(あま)の捨て衣しほなれたりと人やみるらむ」(後撰・恋三 女のもとにきぬを脱ぎおきて取りに遣わすとて/ 藤原伊尹)
あさましと思ひ得る方もなくて  あまりのことだと気づくすべもなくて、陽気な性格ながら、何となく悲しい思いをしているようである。(渋谷訳)/ (・・・源氏の君からはなんのお便りもない)それをあまりのことと思う分別もなくて、世なれた物分りのよい心にも、さすがになんとなく寂しい思いでいるらしい。(小学館古典セレクション)/ (・・・お便りもない。)変だこと、と、わけもわからずに、お転婆ながらも、しょげかきっている。(玉上訳)/ 源氏の態度は、呆れたことだ、人違いであったのだ、と気のつき得る方法もないので、浮いた気持ちにも。(岩波大系)/ 非礼なことと心得る分別もなくて。関係成立後に手紙をよこさぬことは男女の仲におけるルール違反である。(岩波新大系)// される・ざれる[戯れる] ①たわむれる。ふざける。②気がきいている。しゃれる。③趣がある。風雅である。(広辞苑)/ お転婆ながらも(玉上)/     
さこそしづむれ (空蝉が)(どんなにか)気持ちを静めているが。 
いとあさはかにもあらぬ御気色を (源氏の君の心が)そう浅はかでもないようなので。
空蝉の羽に置く露の木隠れて忍び忍びに濡るる袖かな 蝉の羽根に置く露が木の間隠れに見えぬように、人目に隠れてひっそり涙に濡れている私の袖でございます(新潮)/ 空蝉の羽に置く露が木に隠れて見えないようにわたしもひそかに、涙で袖を濡らしております(渋谷) / 空蝉の羽におく露のように、木陰に隠れて、人目を忍んで、涙のぬれています、わたしの袖は。

HOME表紙へ 源氏物語 目次 03 空蝉
公開日2017年2月28日