源氏物語  紅葉賀 注釈

HOME表紙へ 源氏物語 目次 07 紅葉賀
御方々、物見たまはぬことを口惜しがりたまふ 女御、更衣など、この人びとは宮中外の催しには参加できない。その女房も同様。
青海波 (せいがいは)唐楽の雅楽の曲名。兜を冠して波模様の服を着た二人が海波のさまを模して舞う。
御迦陵頻伽 (おんかりょうびんが)極楽浄土に棲むという声音絶妙の鳥。
 舞楽の途中、楽がいったん止み、その間舞人によって字音のまま吟詠される詩句のこと。
宮は、やがて御宿直なりけり 「やがて」はそのまま引き続いての意。藤壺(飛香舎)の局にさがらず、上御局に控え、その夜は、帝の御寝に侍した。
おほけなき心のなからましかば 「おおけなし」①身のほどをわきまえない。②大胆である。藤壺に迫る源氏の行動のことを言っていると思った。藤壺の心情ではあるまい。/ 君の一途な恋心がなければ。
ここしうなまめいたる筋を 「ここしふ」は子どもっぽさ、初心さ。「なま(生)めく」とともに、芸能における率直な新鮮さを重視。
さうざうし 物足りない。心寂しい。張り合いがない。
つとめて 早朝。(前夜事のあったその)翌朝。
もの思ふに立ち舞ふべくもあらぬ身の袖うち振りし心知りきや /物思いのために、とても舞うことなどできそうもない私が、とくにあなたのために袖を打ち振るってお目にかけた。この心中をお察しくださいましたか。(小学館古典セレクション)/ 物思いのため、人前で立ち舞うなどできそうにない私が袖ひるがえし舞った心のほどをおくみ下さいましたか。(玉上)
唐人の袖振ることは遠けれど立ち居につけてあはれとは見き 「青海波」は仁名天皇のころ改作されたが、本来は唐の楽なので「から人」といった。/ 唐土の人が袖を振って舞ったという故事には疎うございますが、しみじみ感慨深く拝見いたしました。(小学館古典セレクション)/ 唐朝の 人が袖を振ったという故事はよくわかりませんが、お手振りには感動いたしました。(玉上)
大方には 感動が「おおかたにはあらず」の意。一説には逆に「おほかたにはあわれと見き」として、人並みには感動しました、と解す。後者では、外聞をはばかるあまりできるだけそっけなくの心情が見られる。
持経 常に身につけ大切にしている経典。当時の多くは『法華経』。
楽の舟ども漕ぎめぐりて 池に浮かべて、音楽を奏でる竜頭の舟と鷁(きげ)首の舟。前者で唐楽、後者で高麗楽を奏する。中島に舞台を設けたのである。
垣代 (かいしろ)青海波の舞楽で、笛を吹き拍子をとる楽人。構成人員は40人で、垣のような円陣を作るところからこの名がある。
有職 ここでは、その道に「精通した人」にお意。
宰相 参議の唐名。参議は太政官に属する官名。大・中納言についで重鎮で、四位以上の者が任ぜられる。
顔のにほひ 試楽の時には、「光る」とあった。内からほとばしり出る美しさを、視覚的に「光る」とも、嗅覚的に「にほふ」ともいったようである。
けしきばかり かたちばかり。いささか。
見知り顔 わかっている様子。面識のあるような顔つき。引用。
入綾 引っ込む際に、更に戻って面白く舞うこと。
さしつぎの 二番目にすばらしかった。
心うつくしく かわいらしく。愛らしく。/ 心がさっぱりして。/ 心の純なるさま。素朴で純粋なさま。
/
おだしく 穏やか。
心づきなし 気に入らない。心がひかれない。
見ついたまふ 慣れ親しむ。
ほかなりける御むすめ 姫君が幼いので、娘のように思われる。一夫多妻制で妻問い婚の当時は、父親と子どもは必ずしも同居しないで、「ほかなりける御むすめ」はよくあった。
政所、家司 「政所」は、親王家・摂関家などの貴族の家政や所領のことを扱う所。「家司」はその職員。
けざやかに 馴れ馴れしくせず、主客のけじめをはっきりすること。すなわち、他人行儀にすること。
よしあるさま 由緒ありげな様子。着物や着こなし、態度、ものごし等が凝っていてやわらかくなびくさま。
事ぞ 「事」は格別の用件。「怠り」はご無沙汰。
すくすくし 無愛想だ。生真面目だ。そっけなく。
たばかりきこえむかたなく 「きこえむ」[きこゆ](聞ゆ)①「言う」の謙譲語。申す。②「やる」「おくる」の謙譲語。差し上げる。③(他の動詞の連用形に付いて、その動作をなす主体が対者より身分の低いことを表す謙譲語。たてまつる。この③に該当する。「たばかる」謀る。
かたみに尽きせず お互いに。源氏も藤壺も尽きることがない。思い。恋心。
大殿 「大殿の女君」(葵上)のこと。
そそきゐたまへる 「そそく」せわしく事をする。熱中するさま。
 追儺(ついな)をすると言って。「おにやらひ」ともいい、大晦日の夜悪鬼を払い邪気を除く儀式。
犬君 遊び相手の童女の名。
世づかぬ御添臥 「添臥(そいぶし)」は、添い寝をする人。「世づかぬ御添臥」は夫婦の関係にない添臥。
うるはしうよそほしき御さまにて 「うるわし」は、きちんと整っている、端麗さ。「よそほし」は、いかめしく、立派だ。葵の上が、とりすましてなじみにくい印象を与える麗人としてかかれる。
世づきて 男女の情愛を解して、それになじむこと。
やむごとなく思し定めたることにこそは 「二条院で大切に世話なさる人を、本妻として、尊く大切にお思い定めたことでこそあろう」と、自然に気ばかり置かれるので、葵上は、従来よりももっと、源氏を、よそよそしく気づまりにお思いなさるであろう。
恥づかしく 「はづかし」[恥づかし]①気づまりだ。気が引ける。気恥ずかしい。▽自分の気持ちを表す。 ②こちらが気恥ずかしくなるほどりっぱだ。すぐれている。学研全訳古語辞典。
しひて見知らぬやうにもてなして、乱れたる御けはひには、えしも心強からず、御いらへなどうち聞こえたまへるは、なほ人よりはいとことなり 二条院の人を承知しながらも、葵上は強いて、見知らぬ(少しも気付かず)風をして、何気ない態度を装っており、(源氏が 二条院の人の事などを、少しも口にはださず、素知らぬようにして)打ち解けて、遠慮もせぬ態度(みだれたる御けはひ)に、葵上は、気強くもなれず、(おだやかに)源氏に、ご返事などなさるのは、やっぱり他の女とは違うのである。(岩波大系)/ 強いてご存知ないような風をなさって、おたわむれなさると、すましてばかりもいらっしゃれずに、お返事をなさったりするのは、やはり他に人とはどこか違う。(玉上)/ しいて何気ない風をよそおって、冗談口をたたかれる君のお仕向けに対しては、そうどこまでも気強くはなされないで、ついご返事などをお申し上げになるご様子が、やはりほかの人とは格別と思われる。(小学館古典セレクション)/ 「乱れたる御気配」「乱れ言(みだれごと)」ざれ言。冗談。源氏が冗談を言って戯れること。
このかみ 「子の上」で、兄または姉、の意。さらに年長の意にも用いる。源氏は十八歳、葵の上二十二歳。
うち過ぐし 年齢のうち過ごされたること。お姉さまであること。
恥づかしげに /(源氏が)恥づかしげに。源氏が気後れするほど、葵の上は美しく女盛りである。
おぼえやむごとなく 「おぼえ」「御」の字がないゆえ、帝の御おぼえではなく、世間の評価である。しかし帝の御おぼえが深ければ、自然世評も高いゆえ、両者は無関係ではない。左大臣に対しては、「御おぼえ」が高ったと他の箇所にある(桐壺)。
すこしもおろかなるをば、めざまし 「源氏が、少しでも粗略に扱うのをば、葵上は「心外だ」と、不快に思い申しなさるけれども、、源氏は源氏で、「どうして本当に、それほどまでに、・・・」と思って。
つとめて 早朝。あかつき。
内宴 正月二十一、二十二、二十三のうちの子(ね)の日、宮中の仁寿殿で行われる恒例の私宴。天皇が出席し、公卿以下文人を召し、作詩・賜宴を行った。嵯峨朝に起こり、十一世紀半ば以降廃絶する。
参座 年頭の参賀をしに行く。
一院 (いちのいん)この方はここにだけ出てくる。上皇二人のとき、先に上皇になられた方を一院といい、あとの方を「新院」という。桐壺帝の先帝は、兵部卿の宮ならびに藤壺の宮の御父帝であるが、今は世にない。
ねびたまふままに 年をとる。老人くさくなる。
この御ことの 藤壺の宮のお産の御事。
心もとなきに 待ち遠しくおもうこと。はっきりせず気がかりなこと。
宮人 三条の宮の人びと。内裏に対して用いられている。
御心まうけ お心の準備。そのおつもりになること。
つれなくて立ちぬ 「つれなくて」無情なままで。人に対してのみならず、自然に対しても用いる。「立つ」⑧-②(「経つ」ともかく)時間が経過する。引用。
身のいたづらになりぬべきこと (出産遅延のため)身がはなくなる(空しく死ぬ)に相違ないこと。
男御子 後に東宮となり、即位する皇子。冷泉院。
うけはしげ 「うけふ」(神に祈って人をのろう)を形容詞化したもの。不吉なことを言って呪詛した。
むなしく聞きなしたまはましかば、人笑はれにや 「空し」は死んでいる。/ 死んだとお聞きになったら、さぞ物笑いの種になっただろう。(玉上)
「命長くも」と思ほすは心憂けれど、 藤壺は、あわよくばこのお産で死にたいとも思っている。情けないことに生きながらえた。/長生きを、とお思い遊ばすのは本当につらいことであるが。(玉上)
さはやいたまひける 「さはやぎ」の音便形。気分が爽快になる。
人知れぬ御心にも 人には言えない秘密を抱え込む源氏の心。
人まに参りたまひて 「人ま」[人間]①人のいないすきに。②人とのあいだが疎くなること。
思ひとがめじや 「とがむ」は、気付く、あやしむの意。
かたはらいたきことなれ 「かたはらいたし」は、第三者からどのように見られているかが気になる。
いかさまに昔結べる契りにてこの世にかかるなかの隔てぞ どのような前世でのお約束ゆえに、現世でこうも私たちの仲は隔てられるのであろうか。
えはしたなうもさし放ちきこえず 「はしたなう」無愛想に、中途半端に、そっけなく断ることができない。命婦はそっけなく放置できず、藤壺に代わって返歌する。
見ても思ふ見ぬはたいかに嘆くらむこや世の人のまどふてふ闇 若宮をご覧になっている宮も物思いをなさいますが、ご覧にならぬ君もまたどんなにお嘆きでしょう、これが世の人の、子ゆえに迷うという親心の闇というものでしょう。(小学館古典セレクション)/ 若宮を見ての宮も嘆きですが、見られぬ君もどんなに嘆きでしょう。これが子ゆえに迷う闇でしょうか。(玉上)/ 若宮を見ていても、藤壺は思い悩み、また見ない源氏はどんなに見たくて嘆くであろうか、この物を思い又嘆くのが、子故に惑うという、世の親心の闇であろうか。/ 「人の親の心は闇にあらねども子を思ふ道にまどひぬるかな」(後撰・雑一 藤原兼輔)
心ゆるびなき 気分の緩むことのない。
同じ光 同じ美しさ。
こなたにて 藤壺の御殿。
いたはしうおぼえたまふぞ、あながちなるや 大切に思うこと。「いたはる」と同源の語。自分の身をいたわらなければ、と源氏は思う。/「あながちなるや」道理を越えた身勝手な言動に対する非難の意。自分自身を「いたはし」と思う源氏に対して、語り手の評言。
わが御かた 二条院の東の対。
よそへつつ見るに心はなぐさまで露けさまさる撫子の花 あなたのお袖に濡れる露に縁のあるもの(かなしんでおられるあなたのお子)と思うにつけても、やはり大和撫子をいとおしむ気にはなれません(新潮) / 若宮と思って眺めても心は晴れず、一層露の置き添わる撫子の花です。庭前の撫子の花に若宮を思って、いよいよ涙にくれるばかりです(新潮) / なでしこの花を若宮になぞらえてしのぶつもりでおりましたが、心は慰められず、かえって花の露にもまして涙がこぼれました。(小学館古典セレクション)/ 貴女(あなた)を偲ぶ気で若宮を拝しましたが、心は安まらず、いっそう涙の露がふえました。(玉上)/ 思いよそえて見ているが、気持ちは慰まず涙を催させる撫子の花の花であるよ。(渋谷)/ 撫子、即ち我が愛する子(若宮)を御身(藤壺)なぞらえながら見るけれども、直接御身に逢えぬ私の心は、慰ま(晴れ)なくて悲しくなり、涙の露けさは、撫子の花の上の露にまさっている。(岩波大系)/ 「なでしこ」は「常夏」と同じ花、いま庭前にある。「常夏」が「床」の語感から男女関係を暗示するのに対して、「なでしこ」は「撫でし子」の語音から可憐な愛し児を連想させる。このあたり、常夏の花→なでしこ→若宮→藤壺と、次々にイメージが移っていく文脈。「よそへつつ見れどつゆだに慰まずいかにかすべきなでしこの花」(撫子の花、これをそなたと思って眺めてみるが、少しも心は楽しまない。どうすればよいのでしょう。早く顔を見せて下さい。)(新古今雑上恵子女王)/ 「よそへる」ことよせる。なぞらえる。
袖濡るる露のゆかりと思ふにもなほ疎まれぬ大和撫子 若宮があなたの袖を濡らす涙の露のゆかりと思うにつけても、やはりこれをいとおしむ気になれません。(小学館古典セレクション)/貴方(あなた)の袖をぬらす理由かと思うと、これは、やっぱり大事にします。(玉上) / 袖を濡らしている方の縁と思うにつけてもやはり疎ましくなってしまう大和撫子です(渋谷)/ 「うとまれぬ」の「ぬ」完了の意。「否定」とする説はとらない。(小学館)/ ただし、「うとまれぬ」の「ぬ」を、完了の「ぬ」と解する説もある。「やはりうとまれてしまう」である。「あなたとの間の露のゆかりの子だと思うとやはりうとまれてしまう」この解は、より罪への恐れを訴えた歌ということになる。しかし、罪を恐れつつも、やはり執着を捨てきれない、「ぬ」否定説のほうが意味が深いと思われる。しかもこれは贈答の歌である。(玉上)/ 管理人は罪に悩む藤壷をとる。
うちふくだみ 「うち」接頭語。「ふくだむ」毛ばだつ。
鬢ぐき (びんぐき)鬢は、頭の左右の側面の髪。鬢の毛筋。
あざれたる袿姿 くだけた下着のままの姿。「あざれたる」儀式ばらない装いをする。くつろぐ。 「袿」は直衣の下に着る着物。
ついゐて ひざまずいて。「ついいる」[つい居る]ひざまずく。かしこまる。
入りぬる磯の 「潮満てば入りぬる磯の草なれや見らく少なく恋ふらくの多き」(万葉1392)「お会いする事は時たまで、恋う時間ばかり多い私です」
みるめに飽く 「伊勢の海人の朝な夕なに潜(かづく)てふみるめに人を飽くよしもがな」(古今・恋四 読み人知らず)「海松布」(海草の名)と「見る目」をかける。歌の意は、いくら見ても見飽きない。源氏は見飽きるのはよくないと、引用する。 //
らうらうじう 才気があってすぐれた気性。「らうやうじ」は年功をへて物事が上手になった状態。
見さして 「・・・さす」は動詞について、その状態・動作を中断する意を表す。
ものなど参る 「物参る」食事を召し上がる。
いみじき道 ここでは、死出の旅路をさす。
めざましきことにもあるかな 「めざまし」は、心外で気にくわない、意。
まつはしたはぶれ 「まつわす」[纏はす]まつわるようにする。絶えずつきまとう。「たわぶれ」[戯れ]たわむれるに同じ。(源氏に)まつわり戯れる。
おほなおほなかくものしたる心を 熱心にお世話した気持ちを。
なべてならず ひととおりではない。よのつねでない。
心なげにいはけて 「心なし」思慮のない。思いやりのない。風流を解さない。「いわく」[稚く]子どもっぽい。
さうざうし 物足りない。心寂しい。張り合いがない。/ 現代語「騒々しい」とは別語。
ねびさせたまひぬれど 「ねびる」年をとる。老ける。
采女 (うねべ、うねめ)主水司(もいとりのつかさ)・膳司(かしわでのつかさ)に属し、天皇の御膳や御手水に奉仕する女官。元来諸国の郡の次官以上の娘で、容姿端麗な者が選ばれた。
女蔵人 御匣(みくしば)殿で、裁縫その他に雑用に従事する女官。
げにぞ、あやしう好いたまはざめる 源氏はどうも本当に、不思議に、浮気をなさらないようである。
古めかしきほどなれば 年老いた、の意。
そなたには重からぬあるを その方面(色事)では尻が軽い。
さだ過ぐるまで 「さだ過ぐ」年盛りが過ぎる。「さだ」は時。
御梳櫛 (みけずりぐし)帝の御整髪のこと。御湯殿の間に行われる。上臈の女官が御髪を払い、中臈が櫛を入れるという。
様体 (ようだい)すがた。姿態。なりふり。
かはぼりのえならず 紙を張って作った扇。「えならず」は、並々ならず派手、の意。
見延べたれど 流し目をする。
いみじうはつれそそけたり 顔を扇で隠しているが、かくしきれずにそそけた髪が見えるのである。
森の下草老いぬれば 「大荒木(おおあらき)の森の下草老いぬれば駒もすすめず刈る人もなし」(古今雑上 読み人しらず)大荒木の下草が枯れてしまったので馬も好んで食わず刈る人もいない。誰も相手にしてくれない。
ことしもあれ、うたての心ばへや 「ことしもあれ」こともあろうに。よりによって。「うたて」①ますます甚だしく。②異様に。ひどく。③嫌だ。気に入らない。
森こそ夏の 「ほととぎす来鳴くを聞けば大荒木の森こそ夏の宿りなるらめ」(信明集)。ここでは大荒木の森(典侍の宿)はほととぎすの宿(多くの男たちの泊まる宿)らしい、と先の引歌に応酬したもの。
君し来ば手なれの駒に刈り飼はむ盛り過ぎたる下葉なりとも あなたがおいでくださったら、愛馬に秣を刈って食べさせましょう。盛りの過ぎた下草でありましても(新潮) / 「手なれの駒」は、馴らした馬。「刈り飼う」は刈って餌とする。ここでは来訪を歓迎する、の意。/ あなたがおいでくださるなら、お手ならしの馬に草を刈ってご馳走いたしましょう。盛りも過ぎて若くもない下葉のわたしでございますが。(小学館古典セレクション)/あなたがお出でくださったなら、御愛馬のため草を刈ってあげましょう。盛りも過ぎた若くもない下葉ですが。(玉上)/ 源氏が訪れてくれば、扱いなれた駒として、草を刈って大いに歓待しましょう、盛りを過ぎて私ではあるにしても。(岩波大系)
笹分けば人やとがめむいつとなく駒なつくめる森の木隠れ 私の馬が笹を分けて行ったら、人が見咎めるだろう、いつでも他の馬が馴れ近づいているらしい森の木蔭は(新潮) / 森の木隠れの笹を分け入ったら誰かに叱られよう。終始いろんな馬が寄っていくらしいから。(玉上)/ 何時も、常に、男が馴れ親しんでいる御身(内侍)の所へ、森の木隠れに笹を分け入って私が逢いに行ったならば、その男が、私を見咎めるであろうか。(見咎められたらたいへんである)(岩波大系)/ 笹を踏み分けてあなたに逢いに行ったら、他の人がわたしを見咎めることでしょうに。いつということなく多くの馬が慕い寄って行くらしい、森の木隠れがあなたのところだから。(小学館古典セレクション)
ひかへて 引き止めて。
橋柱 契沖の引く、「思ふこと昔ながらの橋柱ふりぬる身こそ悲しかりけり」(一条摂政御集)「限りなく思ひながらの橋柱思ひながらに仲や絶えなむ」(『拾遺集』巻十四恋四、読み人知らず)読み人知らずのほうが適当であろうか。(お慕いしているのは昔のままですが、年とって相手にされなくなったわが身が悲しゅうございます。
なままばゆけれど 「まばゆい」③気恥ずかしい。「なま」(副詞)なんとなく。どことなく。
語らひつきにけり 「語らひつく」言い寄って親しくなる。
見まほしきは、限りありけるをとや 見たい人には限度があった。見るは、男女があい語らうこと。語らいつきたい人は、光源氏と限度があった。すなわち君ひとりに限られていた。
瓜作りになりやしなまし 「山城の 狛(こま)のわたりの 瓜作り・・・瓜作り 我を欲しと言ふ・・・いかにせむ なりやしなまし 瓜たつまでに」(催馬楽・山城)「狛」は山城国相楽郡にあり、瓜の産地。「瓜たつ」は、瓜が熟す。
東屋 「東屋の 真屋(まや)のあまりの その雨そそぎ 我立ち濡れぬ 殿戸開かせ/ 鎹(かすがい)も 錠(とざし)あらばこそ その殿戸我鎖さめ おし開いて来ませ 我や人妻」(催馬楽・東屋)
立ち濡るる人しもあらじ東屋にうたてもかかる雨そそきかな この東屋の軒からいやな雨だれが落ちかかります。訪れて来てその雨だれに濡れる人なんかいるはずもありません(新潮) / 私を訪ねて雨だれに濡れてくださる人などありますまいに、この東屋には疎ましくも雨のしずくがかかります。(小学館古典コレクション)/ 東屋に立ち、雨に濡れる人などありますまい。ここに困ったことに落ちかかる雨だれ、わたしは泣いています。(玉上)
人妻はあなわづらはし東屋の真屋のあまりも馴れじとぞ思ふ 人妻(ほかに通う男のあるあなた)はもうこと面倒です、あまり親しくすまいと思います(新潮) / 人妻はなんとも面倒でしてね。東屋の真屋の軒先に立ちなれるように、あなたにはあまり馴れ馴れしく近づくことはしますまいと思うのです。(小学館古典セレクション)/ 人妻は事面倒だ。(お前とは)あまり馴れ馴れしくはすまいと思う。(玉上)
人に従へば 「人」は内侍のこと。
もどきたまふ 「もどく」非難する。(頭中将は源氏が日頃の自分の女遊びを非難しているので、口惜しくて)
つれなくて 何食わぬ顔で。素知らぬ風で。
たゆめきこゆ 気を緩めさせる。油断させる。
ねびたれど、いたくよしばみ 年はとっているけれども、ひどく、故ありげに様子ばみ(気取る・もったいらしくみせる)。
なよびたる人の 通う男も多く。(岩波大系)。なよなよして好色なので(内侍が)。
ひかへたり 「ひかえる」ひきとめる。おさえる。
もてなしたる ⑤自分の身を処する。振舞う。
いとつきなし 「つきなし」不似合いである。
をこになりぬ 「をこ」おろかなこと。ばか。
つつむめる名や漏り出でむ引きかはしかくほころぶる中の衣に あなたの隠そうとする浮き名は漏れ出てしまうでしょう引っ張り合って、断ち切れてしまった二人の仲から(新潮) / 包み隠そうとする浮名が漏れ出てしまうことでしょう。引っ張り合って二人の仲を包んでいた中の衣がこんなにほころびてしまったのですから。(小学館古典コレクション)/ お隠しになっていた浮名は、お互いに引っ張り合ってほころびた中着の縫い目から漏れてしまうでしょう。(玉上)
隠れなきものと知る知る夏衣着たるを薄き心とぞ見る あなたと典侍の仲まで世間に知れてしまうと承知の上で、のこのこやってくるとは、思いやりのないことですね(新潮) / あなたの色事も明るみに出るとわかっていながら、私をおどしに来たとは、浅はかだぞ。(玉上)/ この女との仲まで知られてしまうのを承知の上でやって来て夏衣を着るとは、何と薄情で浅薄なお気持ちかと思いますよ。(渋谷)/ 薄い夏衣で何も隠し切れないものと知っていながら、その夏衣を着ているのは浅はかというもの。あなたと典侍との仲は知られずにすまぬものと承知していながら、こうしてやってくるあなたは薄情な人だと思います。(小学館古典セレクション)
あさましく ①驚くばかりだ。意外だ。②情けない。興ざめだ。③あきれるほどひどい。④見苦しい。みっともない。参考:現代語の「あさましい」のもとになる語。現代語では悪い意味にしか使わないが、古語では良い意味にも悪い意味にも驚きあきれたときに使う。
恨みてもいふかひぞなきたちかさね引きてかへりし波のなごりに お恨みしても何のかいもありません、お二人で次々にいらしてさっさとお帰りになったその後では(新潮) / いくらお恨みしてもなんのかいもございません。お二人が次々とたち重ねておいでになり、そのあと、波の引くように連れ立っていっせいにお帰りになったあとでは。(小学館古典セレクション)/ お恨みしても何にもなりません。御一緒にいらして御一緒にお帰りになった、そのあとは。(玉上)
底もあらはに 「別れての後ぞ悲しき涙川底もあらわになりぬと思えば」(新勅撰・恋四 読み人しらず)若い娘のような様。
面無のさまや 「おもなし」[面無し]面の皮の厚いこと。あつかましい。
荒らだちし波に心は騒がねど寄せけむ磯をいかが恨みぬ面無のさまや 荒かった波(頭中将の乱暴)は何とも思わないけれども、その波を寄せさせた磯(中将を近づけたあなた)をどうして恨まずにいられましょうか(新潮)/ 荒々しく暴れた波――頭中将には驚かないが、それを寄せつけた磯――あなたをどうして恨まずにはいられようか(渋谷)
わりなしと思へりしもさすがにて 困りきっていた様子もやはりかわいそうなので(渋谷)。途方にくれていたのもさすがに気の毒で(玉上)。
わが御直衣よりは色深し 帯は直衣と同色のを用いる普通。この場合、季節と年齢から二人はともに二藍(ふたあい・紅花と藍で染めた色)を着ているが、その濃さが違う。官の低い者は、濃い色の直衣を着用する。源氏は自分のと比べて色が濃いことから、中将の帯と察した。
端袖 (はたそで)袍、直衣、直垂などの袖を長くするため、端にさらにつけた部分。
おり立ちて乱るる人は 「下り立つ」は、身も心も打ち込む。ここでは好色の方面に「下り立つ」。
なか絶えばかことや負ふと危ふさにはなだの帯を取りてだに見ず もし帯が中から切れたら文句を言われようとかと(典侍との仲が絶えたら私のせいだと恨まれようかと)、この縹の帯は手に取ってもみません(新潮) / あなた方の仲が切れたらわたしのせいだと非難されようかと思ったがこの縹の帯などわたしには関係ありません。(渋谷)/ 女との中が切れたら、私のせいだと言われるのが心配で、このはなだの帯を取り上げて見ることさえもせぬ。(玉上)/ もしあなたと内侍との仲が絶えたならば、私に帯を取られたせいだと恨み言を言われはしないかと、それが心配なので、この縹色(はなだいろ)の帯には手を触れて見ることもいたしません。(小学館古典セレクション)
君にかく引き取られぬる帯なればかくて絶えぬるなかとかこたむ あなたにこんなことで取られた帯ですからね、こんなことで女との仲がだめになったと恨みますよ。(玉上)/ あなたにこうして帯ー典侍を取られてしまったのですから、、こうしてあの女との仲は絶えてしまったのだと、お恨みいたしましょう。(小学館古典セレクション)
かたみに 互いに。
もの遠きさま 「ものどおし」疎遠である。他人行儀である。引用。
しり目 顔は動かさず眼だけを動かして後方をみやること。またその目つき。
まことは、憂しや、世の中よ 「本当のところは人言がうるさいことですよ。「人言は海女の刈藻に繁くとも思わましかばよしや世の中」(たとえ私たちの仲を人がうるさく噂しようとも、かまわないじゃありませんか。お互い思い合っている、それだけでいいじゃありませんか)(古今六帖・伊勢の歌)をもじったもの。人言のうるさいのは、困った事だ(うしや世の中)。
鳥籠の山なる 「犬上の鳥籠の山なる名取川いさと答えよわが名洩らすな」(古今・恋三 読み人しらず)昨夜の一件を秘密にしようと約束した。
言ひ迎ふるくさはひ 「言ひむかふ」言い争う。「くさはひ」物事の種、材料。
いとどものむつかしき人ゆゑと 厄介な人(源典侍)のせいだ。
さらにおし消たれきこえじ 圧倒されまいと。引けを取るまいと。
源氏の公事しりたまふ筋ならねば 「源氏」とは、通常、皇族でありながら、源姓を賜り臣籍に下りた者。ここでは「源氏」を広く皇族一般とする説をとり、上の「親王たち」を受ける語とする。
御輿 み輿に召された藤壺のお姿も目に浮かんで。后の乗輿(じょうよ)は、帝と同じ鳳輦(ほうれん)、葱花輦(そうかれん)などである。
尽きもせぬ心の闇に暮るるかな雲居に人を見るにつけても 尽きることのない心の闇に目もくらむ思いです。及びもつかぬ雲居ー宮中の人になられたあなたを見るにつけても。(小学館古典セレクション)/ はてしない暗い思いに何も見えぬ。雲の上にあのかたがおられると思うと。(玉上)
 げに、いかさまに作り変へてかは、劣らぬ御ありさまは、世に出でものしたまはまし なるほど、考えてみれば、どのように作り変えたら、源氏に劣らぬ美しい方がこの世のお生まれになるというのか。美しいお方であれば、源氏に似るのも当たり前だ、の意。
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公開日2017年9月23日