源氏物語  花散里・注釈

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11 花散里

御心づからのもの思はしさは 「心づからの」自分の心から。藤壺の宮や朧月夜との恋、それを「心づから」とする。
かくおほかたの世につけてさへ 「賢木」の後半以後にしるされている、桐壺院崩御後の、弘徽殿大后・右大臣一家が勢力をふるう世のわずらわしさをいう。
さすがなること多かり 厭世の気持ちになるものの、さすがに捨てきれず心にかかることが多い。
おとうと 弟、妹ともに「おとうと」という。
人の御心をのみ尽くし果てたまふべかめるをも 花散里が、源氏の気持ちをはかりかねて煩悶し続けたに違いない。「べかめり」・・・のはずらしく思われる。
このごろ残ることなく思し乱るる世のあはれのくさはひには この頃、ご自分(源氏)も、何事につけても物思いに心を悩ませていらっしゃる、そうした人生の哀しみをそそるものの一つとしては。「くさはい」は物事の種。材料。/ 煩悶のありったけを尽くす、あらん限りの煩悶をする、そういう源氏の現状。
をちかへりえぞ忍ばれぬほととぎすほの語らひし宿の垣根に ほととぎすーこのわたしは、その折の気持ちに立ち返って、恋しさに堪えかねて鳴いているのです。昔いささかお訪ねしたことのあるこの家の垣根に。(小学館古典セレクション)/ むかしちょっと立ち寄ったこの家の垣根に、時鳥が舞いも戻って、恋しさにたえかねています。(玉上)
ほととぎす言問ふ声はそれなれどあなおぼつかな五月雨の空 ほととぎすの訪れる声は、確かに昔のあの声ではあるけれど、五月雨の空がはっきりしないように、どうもはっきり分かりかねております。(小学館古典セレクション)/ ほととぎすがおとずれて鳴く声はたしかに昔のほととぎすだけれど、五月雨の空が曇っているので、どうもはっきりとはわかりません。(玉上)
思しやりつるもしるく 想像なさったしたとおり、の意。
ねびにたれど、あくまで用意あり、あてにらうたげなり 「ねびる」老人くさくなる。「用意」心づかい。配慮。「あて」[貴]身分の高いこと。上品なこと。/ 年は召しているが、あくまで心づかいが行きとどいていて、上品で可愛く見える。(玉上)/
橘の香をなつかしみほととぎす花散る里をたづねてぞとふ 昔の人を思い出させる橘の香りがなつかしいので、ほととぎすは橘の花の散るこのお邸を捜してやってきました。(小学館古典セレクション)/昔を思い出させる橘の香がなつかしくて、時鳥は、その花が咲きそして散る里を探して来て、鳴いています。(玉上)
紛るることも、数添ふこともはべりけれ (来てお会いしていると)古を思う心がまぎれることも、さらに古を思う気持ちが増すこともある。
おほかたの世に従ふものなれば 人は時勢に従うものですから。
かきくづす 「かきくづす」掻き崩す。「かき」は接頭語。くずす。片端からくずしていく。ここでは、少しずつ話していく。
人目なく荒れたる宿は橘の花こそ軒のつまとなりけれ 訪れる人もなく荒れはててしまったこの住まいは、橘の花だけが軒端に咲いて、昔を恋しく思うあなたをお誘いするよすがとなったのでした。(小学館古典セレクション)/ 訪う人もなく荒れはてたこの家は、軒端に咲く橘の花が、やっとあなたをお招きする種子(たね)になったのでした。(玉上)/ 「つま」は端、手がかり、の両方の意。

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公開日2018年2月15日