源氏物語  少女 注釈

HOME表紙へ 源氏物語 目次 21 少女
かけきやは川瀬の波もたちかへり君が禊の藤のやつれを 思いもかけませんでした。賀茂の川波がふたたび寄せてきて、あなたが喪服をぬぐみそぎをなさろうとは。(玉上)「川瀬の波もたちかえり」斎院の御禊の日がふたたび来て。「藤のやつれ」喪服をいう。普通のはなやかな柔らかに着やすい着物にくらべれば、はるかに劣る「ふちごろも」を着るから「やつれ」(粗末な服装をする)と言った。/ 思いもかけませんでした。あなたが斎院を辞されたあげく、除服の禊をなさろうとうは。(新潮日本古典集成)喪の明けには水辺に出て禊をして喪服を脱ぐ。
藤衣着しは昨日と思ふまに今日は禊の瀬にかはる世を 喪服を着たのは昨日と思っておりましたのに、もう今日はそれを脱ぐ禊をするとは、変わりの激しいこと。「瀬」は時の意。/ 父の喪に服したのはつい昨日のことと思われますのに、もう除服しなければならないとは、月日の早く移り変わる世をはかなく存じます。(新潮日本古典集成))/ 「飛鳥川淵にもあらぬ我が宿も瀬にかわりゆくものにぞありける」(古今集巻十八雑下、伊勢)、「世の中は何か常なる飛鳥川昨日の淵ぞ今日は瀬になる」(古今集巻十八雑下、読み人しらず)
服直ぶくなおしのほどなどにも 喪服の期間が過ぎて、常の衣服に着替えること。
いかがは聞こえも紛らはすべからむ どい言い紛らわしておことわり申すこともできようかと。
をかしやかに、けしきばめる御文などのあらばこそ、とかくも聞こえ返さめ 意味ありげに、色めかしいお手紙などがついていれば、何かと申し上げてお返しもしようが。以下宣旨の心中。/
筋異になりたまひて、え見たてまつりたまはぬ嘆きをしたまひては 源氏が三の宮の娘の葵の上と結婚したので、世話ができないと嘆いて。/斎院という神に仕える特別の身分になって、源氏を婿君としてお世話できないと悔やんで。
そのやむごとなくえさらぬ筋にてものせられし人さへ、 れっきとした正妻で、のっぴきならぬ間柄でいらした方も。「えさらぬ」は、葵の上の母大宮が源氏の叔母であるという近い姻戚関係をいう。のっぴきならぬ。/ 葵の上が死んだのは、すでに十三年まえであるが、女五の宮の目から見ればそんな昔とも思えない。
さやうにておはせましも悪しかるまじ< あの方の正室になられても悪いはずがない。/ 「やむごとなくえさらぬ筋に」なられたとしても。
さらがへりて 「[更返る]元にかえって。昔にかえって。/div>
さるべきにもあらむ そのような因縁・宿世であろう。
恥づかしげなる御けしきなれば とりつく島もないご様子なので。「はずかしげ」①きまりが悪そうなさま。②こちらが恥ずかしくなるほど相手が立派で、気おくれするさま。
世の中いとうしろめたくのみ思さるれど (前斎院は女房たちがいつ源氏を手引きするかもしれないと)毎日ご心配でいらっしゃるが。「世の中」は男女の仲。
かの御みづからは 当のご本人の源氏は。前斎院の側に立って書いているのでこういう。草子地。
みな心かけきこえたれば 皆、源氏に好意をもっていたので。
あはれを見えきこえて 「見えきこえて」「見え」は「見られ」。「きこえ」は受手尊敬。朝顔に対する敬語。朝顔にお見せして。/ 愛情のほどをお見せして。心情を理解していただいて。
人の御けしきのうちもゆるばむほどをこそ待ちわたりたまへ 相手のお気持ちがやわらぎもしよう折をいつまでもお待ちになってはいるけれども。
さやうにあながちなるさまに 朝顔が心配するように。女房の手引きで無理に朝顔に迫ること。
御心破りきこえむなどは 前斎院のお心を傷つけようなどはお考えではないようだ。
ゆかしげに思したるも 「ゆかしがる」「床しがる。懐しがる]見たがる。聞きたがる。・知りたがる。
右大将をはじめきこえて 右大将をはじめとして。右大将は、元の頭の中将、今は大納言兼右大将になっている。
浅葱あさぎにて殿上に帰りたまふを 浅葱は六位が着用する浅緑色の袍。夕霧は童殿上していたので、元服後六位でふったび殿上へ戻った。
まだきに老いつかすまじうはべれど こうして(いそいで元服して)無理にまだ幼い年ごろを大人めかすことも内にですが。「老いつかす」大人にする。元服する。
思ふやうはべりて 思うところがあって。
いたづらの年に思ひなして 無題に過ごしたものとして。
今、人となりはべりなむ すぐに、一人前になるでしょう。
音耐へず 音色が十分ではなく。
はかなき親に、かしこき子のまさる例は、いとかたきことになむはべれば つまらぬ親に出来の良い子が勝るという例はめったにない事ですから。時代が下るほど世の中が衰えるという尚古思想。
官位爵位つかさこうぶり 朝廷の官職と位階。
大和魂の世に用ゐらるる方も強うはべらめ 学問の基礎があってこそ、政治家としての臨機の力量が世間に重んじられることも、強みである。大和魂は、「才」が漢学の知識であるのにたいし、わが国の実情に応じた政治的判断や行政能力をいう。
浅葱あさぎ 六位が着用する浅緑色の袍(ほう)。葱(ねぎ)の葉の青く白みがかったものの薄い色をいう。
あざなつくることは 親がつけた名が実名で、これは目上の前で自称するとき以外は使わない。大学の記伝道、平安時代は文章道になっているが、この道に入った者は、中国風の字(あざな)をつける。他の人も、名をよばずこの字でよぶ。漢学の専門家だけにある。/ 『史記』『漢書』『後漢書』の三史と『文選』などが紀伝道のテキストであった。
過ぐしつつ静まれる限りをと 年もいって落ち着いたものばかりを。
瓶子へいじなども取らせたまへるに お酌などもさせたのであったが。「瓶子」は酒を注ぐ細長い瓶。鳥の形をしたものが多い。
筋異なりけるまじらひにて いつもと様子の違った席なので。
おほなおほな土器とりたまへるを 一所懸命になって盃をとる。「おほなおほな」①夢中になる、本気になる。②うっかり、思慮に欠け軽はずみなさま。この箇所でこの場所の引用あり。無造作に盃を受ける。→博士に叱られる。
はなはだ非常にはべりたうぶ 全くもってのほかであられる。右大将たちの無作法を咎める言葉。
おほし、垣下かいもとあるじ おおよそ、相伴役というものは。
かくばかりのしるしとあるなにがしを知らずしてや これほど著名なそれがしを知らずして、朝廷にお仕えしているのか。
をこなり 「おこ」おろか、ばか、たわけ。
見ならひたまはぬ人びとは 大学の課程をご存じない方々は。
いささかもの言ふをも制す。無礼なめげなりとても咎む (博士たちは)ちょっと私語しても制する。無礼だといったりして咎める。
なかなか今すこし掲焉けちえんなる火影に、猿楽がましくわびしげに、人悪げなるなど (昼の光よりも)かえって一段と明るい燈の光で、道化じみて貧相で体裁の悪いことなど。「掲焉」は、はっきり目立つさま。
いとあざれ、かたくななる身にて、けうさうしまどはかされなむ (源氏・わたしのように)とてもだらしなく、気の利かぬ者は、戸惑ってしまうだろう。「けうそう」まどわす。/ わたしみたいにひょうきんで頑固な者は。
左中弁 太政官左弁局(中務、式部、治部、民部の四省を管轄する)の次官。正五位上相当。行政の実務をつかさどるので、漢学の素養を必要とした。
女のえ知らぬことまねぶは憎きことをと、うたてあれば漏らしつ。 女が分りもせぬことを口にするのは生意気だと(言われそうで)、いやなので、書き止めなかった。当時巻漢詩文は男子の業とされていたのでこういう。草子地。
入学といふことせさせたまひて 入学に際して、師に束脩の礼を行う。令制では、布一端(着物一着分)と酒食を添える。
寮試受けさせむとて 大学寮の試験。合格すると、擬文章生(ぎもんじょうしょう)となる。三史のうち、一史の五条を読ましめ、三条以上に通じた者を合格とする。
かへさふべきふしぶしを引き出でて 反問しそうな大事な箇所を。試験官の博士に問われそうな、の意か。
爪じるし残らず 文章の不審なところを爪でしるしをつけること。
人のうへにて、かたくななりと見聞きはべりしを 他人のことで、親ばかだと見聞きしていましたが。「かたくな」見苦しい。
例の、あやしき者どもの立ちまじりつつ来ゐたる座の末をからしと思すぞ、いとことわりなるや。 この前(字をつける儀式の時)と同じような 粗末な身なりの学生たちが出てきて座っている末座に列するのを(夕霧が)つらいと思われるのも、全く無理もないことだ。大学における席次は長幼による。
かくて、后ゐたまふべきを そろそろ立后の儀があってもよい頃だが。冷泉帝即位以来五年目。/ 斎宮の女御、母六条御息所、源氏の養女。弘徽殿の女御(頭中将の娘)。王女御、式部卿の娘。この三人が候補か。
斎宮女御をこそは、母宮も、後見と譲りきこえたまひしかば 「斎宮女御」母は故六条の御憩所。源氏養女。「母宮」冷泉帝の母、故藤壷入道。冷泉帝は即位五年目である。/ 斎宮女御こそは、御母藤壺の宮もご自分の代わりのお世話役として入内申させなさったのだから。/div>
源氏のうちしきり后にゐたまはむこと、世の人許しきこえず その前の藤壺中宮に続き、皇族出身の方が二代続いて皇后の位に即かれることになるのを、世人は賛成なさらないだろう。皇后は代々藤原氏から立てるという、奈良時代聖武天皇以来の政界の風習が背景にある。「源氏」皇族から臣籍に降下したもの、ここでは皇族も含めている。
兵部卿宮と聞こえしは、今は式部卿 藤壺の兄、紫の上の父。
弘徽殿の、まづ人より先に参りたまひにしもいかが 「弘徽殿」女御、右大臣(元の頭の中将)の娘。
なほ梅壺ゐたまひぬ 結局、梅壺が后になられた。斎宮の女御、後宮梅壺を賜る。
女御と今一所なむおはしける 内大臣には娘が二人。女御は入内している弘徽殿の女御、もう一人は、「雲居の雁」である。
御方ことにて お部屋は別々で。「御方」お部屋、住まい。
御後見どもも 雲居の雁の乳母たちも。
はしたなめはきこえむ 「はしたなめ」はしたない思いをさせる、意。どうしようもないみじめな気持ちにさせる。きまり悪くなるほどたしなめる。
さこそものげなきほどと見きこゆ 「さこそ」あのように、見た目に明らかなように。「ものげなきほど」お話にもならない子供ぽい年ごろ。/ あんなにもお話にならぬお年ごろとお見うけしていたのに、いっぱしに、どんなお二人の仲になったことやら。夕霧十二歳、雲居の雁十四歳。直近に「女君」「男は」とあるのは一人前の男女扱いした呼びかた。/ すでに二人が深い仲になったことを暗示する草子地。「ものげない」それと認めるほどの事もない。あまり目立たない。
まだ片生ひなる手の生ひ先うつくしきにて まだ未熟ながら、将来の上達が偲ばれるかわいらしい字で。
荻の上風もただならぬ夕暮に 荻を吹く風も身にしみる夕暮れに。「秋はなほ夕まぐれこそただならぬ荻の上風萩の下露」『藤原義孝集』秋の夕暮れ。『和漢朗詠集』巻上秋、秋興
いと心ことにこそ思ひてのたまふ折々はべれ ことのほか上手だとお思いでよくお褒めになりますが。
こと事よりは、遊びの方の才はなほ広う合はせ ほかのこととは違って、音楽の才能は、やはりいろいろな人と合奏し。
柱さすことうひうひしくなりにけりや 弾くのは久しぶりです。「柱さすこと」琵琶の頸についた4本の駒。これをおさえて絃の緩急を加減する。
幸ひにうち添へて、なほあやしうめでたかりける人なりや わが身の幸運ばかりでなく、やはり並々ならず立派な人柄なのですね。
老いの世に 源氏がお齢をとられて。
身に添へてもやつしゐたらず、やむごとなきに譲れる心おきて 手元において低い身分のままにせず、れっきとしたお方にお預けした心がけをもって。
ゐたちいそぎたまひしものを すわったり立ったりの意。席に安んぜず、しょっちゅう準備に一所懸命でおられた。
きびはにうつくしうて あどけなくかわしらしくて。「きびわ」うら若くかよわいさま。
けしうはあらず 「けし」[異し、怪し]普通と違っている。異様である。(打ち消しをともなって)それほど悪くない。
取由とりゆの手つき、いみじう作りたる物の心地するを 取由の手つきは上手に作ったお人形のような感じなのを。「取由」奏法の一種。右手で弾く弦の、柱(じ)から一寸ほど左手 摘み、弦をゆるめるようにして音にゆらぎを与えること。
すこしそばみたまへるかたはらめ わきをお向きになった横顔は。
才のほどよりあまり過ぎぬるもあぢきなきわざと 学才が身分に過ぎて秀でるのもよろしくないことだと。
湯漬ゆづけ、くだものなど 夜食である。「湯漬」は飯(玄米を蒸したもの)に湯を注いだもの。「くだもの」木の実、果物など。
いとほしきことありぬべき世なるこそ 困ったことが起こりそうな二人の仲だこと。「いとおしい」かわいそう。気の毒である。いたわしい。②困ったことである。③かわいい。可憐である。
忍びて人にもののたまふとて立ちたまへりけるを こっそりこのお邸の女房にお逢いになろうとして、座をお立ちになったのだが。大宮方に内大臣の寵を受ける女房がいるのである。/ 大宮邸に仕える女房の一人が、内大臣の召人なのである。
やをらかい細りて出でたまふ道に そっと小さくなって女の部屋からお帰りになる途中で。「かい細りて」身を小さくして。
おれたることこそ出で来べかめれ 結局、馬鹿げた騒ぎがもちあがるでしょう。「おる」(痴る)おろかな状態であること。
けしきをつぶつぶと心得たまへど 事情を一部始終お悟りになったが。
めづらしげなきあはひに ありふれた親戚同士の結婚だと(世間の人も取り沙汰するだろう)。
大臣の、しひて女御をおし沈めたまふもつらきに 源氏が、強引にわが家の女房をお圧(おさ)えになるのも恨めしいので。藤氏立后の機会を奪ったこと。
殿の御仲の、おほかたには昔も今もいとよくおはしながら 殿同志(源氏と内大臣)の仲は、たいていのことは昔も今も仲が良いのだが。
御心ゆき 「こころゆく」気が晴れる。満足する。
御尼額おんあまびたい 尼削ぎ(肩のあたりで切りそろえる髪型)の額に垂れる前髪。
恥づかしげにおはする御人ざまなれば (母である大宮でさえ)そばにいるのに気を使うくらい、りっぱでいらっしゃる。気がひけるほどご立派なお人柄なので。
ここにさぶらふもはしたなく こちらに伺うのも居心地が悪く。
心置かれにたり 「心置く」①気にかける。心にとめる。②気をつける。用心する。③気をつかう。遠慮する。/ 不快に思っております。気がひけてしまいます。
御目離れず御覧ぜられ、おぼつかなき隔てなくとこそ思ひたまふれ 終始お目通りいたし、どうしておいでか分からぬようなご無沙汰はせぬようにと存じていました。
よからぬもののうへにて 出来の悪い者のことで。娘の雲居の雁のこと。
まづ目に近きが、交じらひなどはかばかしからぬを とりあえず手元にいる娘が、宮仕えなど思わしくないのを。立后できなかったことをいう。
見たまへ嘆きいとなみつつ 心配しながら何かと苦労していますが。
さりとも人となさせたまひてむと頼みわたりはべりつるに 雲居の雁の方は、いくら何でも(養育をお任せしたのだから)一人前に成人させて下さるに違いないと。
まことに天の下並ぶ人なき有職にはものせらるめれど 夕霧のこと。「有識」ここでは学問の良くでき人。
親しきほどにかかるは、人の聞き思ふところも、あはつけきやうになむ、何ばかりのほどにもあらぬ仲らひにだにしはべるを 親戚どうしでこういう風なのは、世間の人が聞いても、大したことではないし、身分の低いものたちもそうした縁組するのだから。/ 「あはつけし」軽率だ、軽薄だ。そぶりが軽々しい。落ち着きがない。思慮が足りない。淡人(あわつけひと) (「あわつけ」は形容詞「あわつけし」の語幹) 軽々しい人。深みのない人。情緒を十分に理解していない人。
かの人の御ためにも、いとかたはなることなり 「かの人」夕霧。「かたはなること」見苦しいことです。「かたは」①不完全なこと。③不都合なこと。見苦しいこと。
さし離れ 全くの他人で。
きらきらしうめづらしげあるあたりに、今めかしうもてなさるるこそ、をかしけれ 世にときめいていて、今まで縁のなかった一族に、はなやかな婿扱いされてこそ、晴れがましいものです。政治家として派閥を拡大したことになる。
ゆかりむつび、ねぢけがましきさまにて、大臣も聞き思すところはべりなむ 縁者どうしでは感心できないことで、大臣もお耳にして不快に思うでしょう。/ 親族同士の縁組は、まともでない感じがして、源氏の大臣もお耳になさって不快の思われることがありましょう。「ゆかりむつび」近親同士が夫婦となること。「ねじけがまし」ひにくれている。
かけてもこの人びとの下の心なむ知りはべらざりける 少しもこの二人の内心は知らなかった。
若き人といひながら、心幼くものしたまひけるを知らで、いとかく人なみなみに思ひける我こそ、まさりてはかなかりけれ いかに年若いとは言え、(雲居の雁が)こんなに無分別でいらっしゃるとは知らず、ほんとにこうまで一心に人並みの出世をと願ったのだが、しんな私こそ姫以上に頼りない人間だった。不明を 恥じる。雲居雁はこれほど幼稚な考え(後先見ずの無分別)でおられるのであった(夕霧と関係を結んだ)事を知らなくて。自嘲のごとき発言が、かえって乳母たちを叱る結果となる。(岩波古典大系)
若き人とても、うち紛ればみ、いかにぞや、世づきたる人もおはすべかめるを 幼いものでも、こっそり隠れて、どうしたものか、ませた真似をするものもいるので。
今かしこに渡したてまつりてむ そのうちあちらにお移しもうそう。内大臣は雲居雁を自邸に引き取るつもり。
そこたちは、さりとも、いとかかれとしも、思はれざりけむ お前たちは、いくらなんでも、事態がこうなればよいと思わなかっただろう。もっとすばらしい結婚(入内)を望んでいたはずだ、という気持ち。
大納言殿に聞きたまはむことをさへ思ひはべれば 雲居の雁の生母は按察使(あぜち)の大納言と再婚している。
いかにしてか、いたづらになりたまふまじきわざはすべからむ どんな手立てをして(雲居の雁の将来が)台無しにおなりでないようにすればよかろうかと。
いといとほしと思すなかにも (二人が)たいへんかわいそうだ。/ たいそうかわいい。/「いとおしい」①見ていられないほどかわいそうである。気の毒である。いたわしい。②困ったことである。われながらみっともない。③かわいい。可憐である。いとしい。
男君の御かなしさはすぐれたまふにやあらむ 男君(夕霧)へのご愛情はまさっていらっしゃるのか。
などかさしもあるべき どうしてそう悪いことがあろう。
情けなく、こよなきことのやうに思しのたまへるを (内大臣が)やさしい思いやりもなく、けしからぬことのように思って、やかましく言われるのを。「こよなきこと」この上もない(ひどい)ことの意。
もとよりいたう思ひつきたまふことなくて 内大臣は、もともと雲居の雁をそうかわいがっていらっしゃったわけでもなく。
かくまでかしづかむとも思し立たざりしを これほどまで(立后を考えるまで)大事にしようともお思いでなかったのに。
わがかくもてなしそめたればこそ 私がこんなにお世話するようになったからこそ。
とりはづして、ただ人の宿世あらば まかり間違って、臣下と結婚する前世からの約束があるのなら。「とりはづして」立后の希望が叶わなくて。
わが心ざしのまさればにや ご自分の愛情が夕霧に傾くせいか。
御心のうちを見せたてまつりたらば そのような大宮のご本心をお見せ申したら。
常よりもあはれにおぼえたまひければ この「おぼえたまひければ」というのは、雲居雁が主語で、雲居雁が夕霧にあはれに思われなさるという受身の意になる。結局は、夕霧が雲居雁を恋しく思うということなのだが、それを雲居雁のほうを主語にした言いまわしをする。「たまふ」は雲居雁にたいする敬語である。(玉上)
例は是非知らず、うち笑みて待ちよろこびきこえたまふを いつもは見境なくにこにこなさり、待ち受けてお喜びなさるのに。
まめだちて物語など聞こえたまふついでに 今日は真面目なお顔でお話なさるついでに。
御ことにより あなたのことで。
いとなむいとほしき とても困っています。「いとおしい」①見ていられないほどかわいそうである。気の毒である。いたわしい。②困ったことである。われながらみっともない。③かわいい。可憐である。いとしい。
ゆかしげなきことをしも思ひそめたまひて 「ゆかしげなきこと」人が聞いても面白くないこと、いとこ同士の恋愛、結婚をいう。
物参りなどしたまへど 夕食を召し上がりなどなさるが。「参る」は、食べるの敬語。
雲居の雁もわがごとや 空飛ぶ雁も私のように悲しいのか。『釈』は「霧深く雲居の雁もわがごとや晴れせずものは悲しかるらむ」出典不詳。この人の慣用の呼称はこの箇所による。
小侍従もえ逢ひたまはず 小侍従にもお会いになれず。小侍従は乳母子。乳母子が二人の仲立ちだったのである。
さ夜中に友呼びわたる雁が音にうたて吹き添ふ荻の上風 真夜中に、友を呼んで鳴く雁の音がもの悲しいのに、さらに吹き加わる荻の上を風よ。(新潮日本古典集成)/真夜中に友を呼びながら飛んでいくかりの声に、さらに荻野の葉ずれの音を吹き加える風が。(玉上)
御後見どももいみじうあはめきこゆれば /御乳母たちもきつくご注意申し上げるので。「あはむ」軽蔑的に非難する。
北の方には 本妻。昔の右大臣の四の君。
中宮のよそほひことにて参りたまへるに 中宮が格別のお支度で宮中に上がられましたが。「中宮」は皇后に同じ。ここは斎宮の女御のこと。立后があるといったん里邸に下がって、立后の宣命を受け、皇后として威儀を整えて、あらためて宮中に入る。
女御の世の中思ひしめりてものしたまふを 弘徽殿女御が悲観しておられるので。「おもいしめる」(思い湿る)物思いにしずむ。「世の中」夫婦の仲。/ 世は冷泉帝、弘徽殿女御は、頭の中将の娘で、中宮は前斎宮で故六条御息所の娘で、源氏の推薦を受けている。中宮争いでも、頭の中将は源氏に負けたのであった。
つれづれに思されむを、姫君渡して お里邸では所在なくていらっしゃいましょうから、姫君(雲居の雁)をこちらにお連れして。
いとさくじりおよすけたる人立ちまじりて 大層こざかしくませた人が一緒にいまして。夕霧のこと。
おのづから気近きも 同じ邸内なのでつい親しくするのですが。
あいなきほどになりにたればなむ (雲居雁が)それも困る年頃になりましたので。「あいなし」 けしからぬことである。困る。
いとあへなしと思して 大層がっかりして。「あえない」今さら仕方がない。どうしようもない。
ひとりものせられし女亡くなりたまひてのち たった一人いらっしゃった姫がお亡くなりになってからは。葵の上のこと。その死は十一年前。
心に飽かず思うたまへらるることは、しかなむ思うたまへらるるとばかり聞こえさせしになむ 私は心中に不満に存ぜられますことは、そう存じられますと正直に申し上げただけでございます。
あからさまにものしはべる ほんの一時引き取るのでございます。「あからさま」②一時的に。ちょっと。しばらく。
故殿の御もてなしのままに、今も参り仕うまつりたまふことねむごろなれば 故太政大臣の躾(教え)に従って、今も大宮を大事に遇するので。
いふかひなきことを、なだらかに言ひなして、さてもやあらまし 今さら言っても仕方のないことだから(出来てしまった二人の仲は悔やんでもはじまらないから)、穏やかにとりつくろって、そうもしようか(結婚させてやろうか)と、内大臣は思うが。
人の御ほどのすこしものものしくなりなむに 男君の官位が少しは高くなったら、結婚相手として見苦しくないと認めて。夕霧は今六位の擬文章生に過ぎない。
御ありさまを見果つまじきことと あなたの行く先を見届けられないことと。
同じ君とこそ頼みきこえさせつれ あなた様(雲居の雁)を、同じくご主人様とお頼り申し上げていましたのに。
ものげなしとあなづりきこえさせたまふにはべるめりかしわが君(夕霧)を、一人前ではないと侮り申していらっしゃる。「ものげなし」それと認めるほどの事もない。あまり目立たない。
さも騒がればと、ひたぶる心に、許しきこえたまはず (一方夕霧は)そんなにやかましく言われるのなら、言われてもかまわないと、一途に思いつめて、(雲居の雁を)お放しなさらない。「ひたぶる心」いちずの心。意地。「許しきこえたまわず」つかまえて離さない。「きこえ」は雲居雁についた敬語、「たまは」は夕霧についた敬語。
あな、心づきなや。げに、宮知らせたまはぬことにはあらざりけり まあ、いやだ。いかにも大宮がご存知ないことではなかったのだ。「こころづきなし」気に入らない。心がひかれない。「知らせたまはぬ」「せ」も「たまふ」も敬語。乳母は心のなかで思うとき、大宮に二重敬語をつけている。
めでたくとも、もののはじめの六位宿世よ (ご婚儀は)結構こととは言え、せっかくの相手が六位風情では。
くれなゐの涙に深き袖の色を浅緑にや言ひしをるべき< あなたを思って流す血の涙に深く染まった袖の色を 六位風情の浅緑にすぎないとけなしていいものでしょうか。「言ひしをる」けなして人を傷つける。(「新潮日本古典集成)/ 血の涙で深い紅に染まっている私の袖の色を浅い緑だと言ってけなしていいものでしょうか。(玉上)
いろいろに身の憂きほどの知らるるはいかに染めける中の衣ぞ さまざまのことでわが身の不運のほどが知られますのは、どのような定めの二人の仲なのでしょう。「中の衣」男女仲を意味する歌語。(新潮日本古典集成) / いろいろなことでいやな運命のわたしとわかりますのは、いったいどのように決められている二人のあいだなのでしょう。(玉上)
召しまつはすべかめれば お側から放さないだろから。
人やりならず 自分のせいだから。
霜氷うたてむすべる明けぐれの空かきくらし降る涙かな 霜が寒々と凍てついているまだ暗い夜明けの空をかくくもらして涙の雨がふることよ。(新潮日本古典集成) / 霜と氷がいやに張りつめたまだ暗い空を真っ暗にしてふる涙の雨だ。(玉上)
五節たてまつりたまふ 五節の舞姫をさしあげなさる。「五節」は大嘗会(だいじょうえ)、新嘗会にあたり十一月の丑(うし)、寅(とら)、卯(う)、辰(たつ)の日に行われる儀式。最後の辰の日が豊明節会(とよのあかりのせつえ)で、舞姫が天女の舞を模したとされる舞を奉する。ここではあおの舞姫。通常、公卿より二人、殿上人、受領から二人(大嘗会では三人)献上する。この時は新嘗会。
按察使大納言あぜちのだいなごん左衛門督さえもんのかみ 按察使大納言は公卿の文の五節を出す一人。雲居の雁生母の再婚先の相手。左衛門督は 内大臣の弟。同じく公卿の分。この年は、太政大臣である源氏を加えて、特に公卿から三人を出したことになる。
物なども見入れられず 食事なども箸をとる気もせず。「もの」食物のこと。
上の御方には、御簾の前にだに、もの近うももてなしたまはず 紫の上の御殿では、御簾の前にもお近づけになるようなお扱いはなさらず。主語は源氏。///
ほどのいとよく思ひ出でらるるさまに 全体の感じがたいそうよく似ている様子なので。/ 全体の感じが(雲居の雁を)思い出されるほどよく似ているので。
天にます豊岡姫の宮人もわが心ざすしめを忘るな 天にいらっしゃる豊岡姫に仕える宮人も、わたしのものと思っているこの気持ちを忘れないでください。(玉上)/ 天上におわす豊岡姫に仕える宮人も、わがものと思う気持ちを忘れないでください。(新潮日本古典集成) 「しめ」は占有のしるし。「宮人」五節の舞姫。
乙女子が袖振る山の瑞垣の 「をとめごが袖ふる山の瑞垣の久しき世より思ひそめてき」(『拾遺集』巻十九、雑恋、柿本人麻呂) ずっと前から思っていたのです。
浅葱あさぎの心やましければ 「浅葱色」薄い藍色。浅葱色がおもしろくないので。六位相当の袍の色。/ 五節だからということで、直衣(貴族の平常服)など、特別の色の衣服を勅許されて参内なさる。太政大臣の子息として直衣の参内を特に許されるのである。直衣には位階による色目の差はない。ここは、若年の冬の装束で、桜襲さくらがさね(表白、裏赤)であろう。(新潮)
きびはにきよらなるものから いかにも幼げで美しい方であるが。「きびわ」うら若くかよわいさま。
まだきにおよすけて、されありきたまふ 年のわりには大人びていて、戯れあるいていたが。
いづれともなく、心々に二なくしたまへるを どの家もまさり劣りなく、それぞれの趣向をこらしてこの上なく立派になさるが。「心心」(こころこころ)ひとそれぞれの心。ひとさまざまであるさま。思い思い。
ここしううつくしげなることは 「ここしう」不詳。「子子し」と解するのは、子どもらしい、無邪気な。ここでは「無邪気で(子どもらしく)かわいらしい」とする。
ものきよげに今めきて、そのものとも見ゆまじう仕立てたる様体などの、ありがたうをかしげなるを きれいな感じで現代的で、だれだかわからないほど、みごとに着飾った姿つきなどが、またとなく立派なので。/ 源氏の舞姫は、衣装がいかにもきれいではなやかに、惟光の娘とも見えぬほど美しく着飾った姿かたちが、真似のできないほど見事なのを。「そのもの」誰それ。<どこの家の者。
乙女子も神さびぬらし天つ袖古き世の友よはひ経ぬれば 天つ少女だったそなたも年とったことだろう、昔の友のわたしも年をとったのだから。「天つ袖」は「ふる」の枕詞。新潮日本古典集成)/ 乙女だったおまえも神さびたことであろう。天の羽衣の袖を振って舞ったころの古い友も年をとったのだから。(玉上)
昔御目とまりたまひし少女の姿思し出づ 源氏の恋人筑紫の五節。太宰の大弐の娘。
かけて言へば今日のこととぞ思ほゆる日蔭の霜の袖にとけしも わざわざお言葉を頂きますと、私にも今日のことのように思われます。君の情けを頂きましたことも。(新潮日本古典集成)/ 五節のことを口にしますと、日かげのかづらをかけて舞った昔、日かげの霜のとけるようい心を許しておあいしたことが、今日のようにおもわれます。(玉上)
大納言もことさらに参らすべきよし奏せさせたまふ 大納言、按察使大納言のこと。頭中将の妻が別れて、北の方になっている。雲居の雁はその子である。つまり、雲居の雁を宮仕えに出すと上奏したのである。
青摺りの紙よくとりあへて、紛らはし書いた 「青摺りの紙」青い紙に、蝋で模様を摺りだしたものかという(『河南抄』)。辰の日に、舞姫が青摺りの唐衣を着、小忌(おみ)の人びとも束帯の上に青摺りを着るのちなむ。青摺りは山藍で青く模様を搾り出したもので、神事に着用する。「紛らわし書いた」誰の手か分からないようにして」/ 「青摺の紙」藍色で文様を摺りだしたもの。辰の日に舞姫は青摺りの唐衣を着るので、これをつかったのである。(玉上)
いとけけしうもてなしたれば 「けけし」よそよそしく。大層無愛想にするので
かくものげなからずは 「ものげなし」それと認めるほどのこともない。あまり目立たない。
先々かやうのことは言ふものを」と苦しけれど 前々からこのような文使いはしてはならないとやかましく言うので、難儀に思うが。
されてやありけむ ませていたのであろう。される=ざれる。
日影にもしるかりけめや少女子が天の羽袖にかけし心は 日の光にもはっきり分かったろうね。おとめ子が天の羽衣の袖をひるがえして舞う姿に思いをかけた私のことは。(玉上)/ 日の光にもはっきり分かったでしょうか、少女が天の羽衣の袖を振って舞った姿、五節の舞姿に恋した私の心は。(新潮日本古典集成)
すこし人数に思しぬべからましかば 娘を多少とも人並みにお考え下さるようなら。夫人の一人として待遇を考えてくださるなら。
おはせしかた 雲居の雁が住んでいた部屋。
ほのかになど見たてまつるにも 夕霧は、花散里を何かの折に御簾の間からわずかに拝見するにつけても。
大宮の容貌ことにおはしませど 大宮が出家して世の常のお姿ではないけれど。髪を尼削ぎにして、肩のあたりで切りそろえている。
浜木綿ばかりの隔てさし隠しつつ 「み熊野の浦の浜木綿百重(ももえ)なる心は思へどただにあはぬかも」(『拾遺集』巻十一恋一、柿本人麻呂。『古今六』三はまゆう)
睦月の御装束など 正月の礼装。
いとけけしうさし放ちて思いたれば、おはしますあたりに、たやすくも参り馴れはべらず 大層きっぱりと私を遠ざけようとなさいますので。居を共にする紫の上に近づけないようにしているらしい。「上の御方には、御簾の前にだに、もの近うもものしたまわず、御達なども気遠きを、今日はもののまぎれに入り立ちたまへるなめり」
限りなき蔭には この上ない庇護者としては。どこまでもかばってくれる人。
青色に、桜襲さくらがさねを着たまふ 青色の袍に桜襲をお召しになる。「青色」は鞠塵(きくじん・淡黄に青みを帯びた色)の袍。常は天皇が召される。「桜襲」は、表白裏紅または紫の下襲。晴れの儀には、諸臣鞠塵の袍を賜り、天皇は赤色の袍を召される。最上席の公卿も同じ赤色を着用する。
調子ども奏するほどの 「調子」演奏の前に調子を整えるために吹く短い曲。
鴬のさへづる声は昔にて睦れし花の蔭ぞ変はれる 鶯の囀る声は昔のままですがあのころ馴れ親しんだ花の陰ー桐壺院の御代とはすっかり変わってしまいました。(新潮日本古典集成)/ 鴬の囀る声は昔のままですが馴れ親しんだあの頃とはすっかり時勢が変わってしまいました。(渋谷)
九重を霞隔つるすみかにも春と告げくる鴬の声 宮中からは霞をへだてるこの住居にもようやく春が来たと告げる鶯の声がします。「霞隔つるすみか」霞の洞、仙人の住むところ。(新潮日本古典集成)/ 宮中から遠く離れた仙洞御所にも春が来たと鴬の声が聞こえてきます(渋谷)
そちの宮と聞こえし 「帥の宮」源氏の弟。絵合で判者を勤めた。
いにしへを吹き伝へたる笛竹にさへづる鳥の音さへ変はらぬ 昔の音色そのままの笛の音に、鶯の鳴く声までも変わりません。(新潮日本古典集成)/ 昔の音色そのままの笛の音にさらに鴬の囀る声までもちっとも変わっていません。(渋谷)
鴬の昔を恋ひてさへづるは木伝ふ花の色やあせたる 鶯が古の聖代(桐壺帝の時代)を慕って鳴くのは、木伝う枝の花の色が褪せたからでしょうか(わたしの治世が昔に及ばないからでしょうか)。朱雀院のさびしい気持ちを汲んで、卑下下もの。(新潮日本古典集成)/ 鴬が昔を慕って木から木へと飛び移って囀っていますのは今の木の花の色が悪くなっているからでしょうか。(渋谷)
大后の宮おはします 弘徽殿の大后。朱雀院に同居しているのである。
安名尊あなとうと」遊びて、次に「桜人」 催馬楽、呂(りょ)、祝宴に歌う。「あなとうと、今日の尊 や いにしへも はれ いにしへも かくやありけむ や 今日の尊さ あはれ そこよしや 今日の尊さ」 催馬楽、呂、「桜人 その舟 止め 島つ田を 十町とまち作れる 見て帰り来むや そよや 明日帰り来む そよや/ 言をこそ 明日とも言わめ 遠方に 妻ざる夫は 明日もさね来じゃ そよや さ明日もさね来じゃ そよや さ明日もさね来じゃ そよや」夫と妻の掛け合いの歌。「妻ざる」は「妻ぞある」の意という。
いかに思し出づらむ。世をたもちたまふべき御宿世は、消たれぬものにこそ (源氏憎んだ)昔をどのように思い出すのだろう。結局は天下を治める源氏の宿世は、どうしようもなかったのだ。/ 結局は政権を握るという運命はおしつぶせなかったのだ。
尚侍ないしのかみの君 朧月夜の君。朱雀院に仕えて、同居しているのである。
御たうばりの年官年爵つかさこうぶり 「とうばり」(賜ばり)たまわること。また、そのもの。多く爵禄などをいう。大后に賜る年官年爵や何かのことにつけて。「年官(つかさ)」は毎年、一定の下級の地方官を任命して、その俸禄を天皇、上皇、三后、東宮、親王などの所得とすること。「年爵(こうぶり)」は、毎年、一定の従五位下を叙して、その位田の収入を上皇及び諸院宮の所得とすること。/ 「年官」毎年春の除目(じもく)のときに、名目だけの掾(じょう・守・介に次ぐ)以下目(さかん)、史生(ししょう)を任命し、その者にでるはずの給料、手当てをその者には与えないで天皇・上皇・三后・皇太子・親王・公卿などに賜った。「年爵」名目だけの爵(従五位以下)ひとりを叙してその位田(八丁)を年官と同じく賜った。
取り返さまほしう 朱雀院の御代に戻したい。
進士しんじになりたまひぬ 式部省の試験に合格したもの。文章生(もんしょうしょう)という。
秋の司召つかさめし 主として中央官(大臣以外)を任命する儀式。
六条京極のわたりに、中宮の御古き宮のほとりを、四町をこめて造らせたまふ 梅壺中宮の旧宅のお近く。中宮が六条の御息所から伝領した邸宅である。「町」、京の市街地において、大路・小路によって区画された地、一町は約一万五千平方メートル。四町のうち、一町は中宮の旧宅の地であった。
御としみのこと 精進落しのこと。賀の祝いには、長寿を祈る法要を行うので、精進落しの宴が催される。
年ごろ、世の中にはあまねき御心なれど、このわたりをばあやにくに情けなく、事に触れてはしたなめ、宮人をも御用意なく (源氏はいままで)世間一般に仁慈のみ心あまねき方ではあるが、わが家に対しは、ご縁戚でありながら思いやりがなく・・・「はしたなめ」はしたない思いをさせる。恥をかかせる。「宮人をも用意なく」宮家に仕える人びとにも恩恵がなく。
心ゆかず、ものし 「心ゆく}満足する。「物し」物々しく厭わしい。不愉快だ。
女御、御まじらひのほどなどにも 女御(式部卿の宮の姫君、北のカタ腹)の宮仕えのことに関しても、源氏の大臣が格別お心遣いさなる様子もないことを。
無徳にけおされたる秋なり さしもの嵯峨の大井のあたりの野山も、顔色なしといった今年の秋である。「無徳」かたなし、というほどの意味。
われは顔なる柞原ははそはら わがもの顔に黄葉する柞の原。「柞」は楢の別名。「ははそ」に母を響かし、姫君の生母として重んじられる明石に君にちなむ。
今一方の御けしきも、をさをさ落としたまはで もう一人のお方(花散里)の行列の様子も、たいして劣らぬようにして。
侍従君添ひて、そなたはもてかしづきたまへば 侍従の君(夕霧)がお供して、そちら(花散里)の方はお世話なさるので。
げにかうもあるべきことなりけりと見えたり いかにも適切なご処置であると見受けられた。///
女房の曹司町ども 女房の部屋部屋のあるそれぞれの一画も。四町の御殿にそれぞれある。
当て当てのこまけぞ、おほかたのことよりもめでたかりける それぞれにあてて細かく分けてあるのが。女房の局の割り当て方が行き届いている。そのほかの全般的なことにもまして。
心から春まつ園はわが宿の紅葉を風のつてにだに見よ ご自分から好んで遠い春をお待ちのお方は、せめてわたしの方の紅葉を、吹き寄せる風の便りにでもご覧ください。(新潮日本古典集成)/ お好みで春をお待ちのお庭では、わたしの方の紅葉をせめて風のたよりにもご覧あそばせ。(玉上)
風に散る紅葉は軽し春の色を岩根の松にかけてこそ見め 風に散る紅葉は心軽いものです。春の美しさを、このどっしりした岩に根ざす常盤の松の緑に見て頂きたいものです。(新潮日本古典集成)/ 風に散る紅葉はたいしたことではございません。この岩根の松の永久に変わらないように変わらずに、いつも見事な春の色を見たいものです。(玉上)

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源氏物語  少女 注釈

公開日2019年4月19日