源氏物語  藤袴 注釈

HOME表紙へ 源氏物語 目次 30 藤袴
ましてさやうの交じらひにつけて、心よりほかに便なきこともあらば まして宮中に出仕するにつけて、自分の意思に反して不都合なことでも起こったら。帝の寵愛を受けることをいう。「心よりほか」自分は考えもしない。
中宮も女御も、方がたにつけて心おきたまはば 秋好む中宮(源氏の養女)も弘徽殿女御(内大臣の娘)のどちらも、それぞれが繋がりがあるにつけお気持ちを損じられたら。
さりとて、かかるありさまも悪しきことはなけれど かといって、このままの状態も悪くはないけれど。源氏の養女として六条院にいること。
もて離れて、人の推し量るべかめる筋を、心きよくもあり果つべきすっきりと断ち切って、世間が邪推しているらしいことを、潔白で押し通すことができよう。 (六条の院にいればできそういもない)
うけばりてとり放ち、けざやぎたまふべきことにもあらねば 堂々と引き取って、自分の娘として扱いそうもないので。
かけかけしきありさまにて 好色めいたこと。男女の間に心にかけている。
いづ方もいづ方も、いと恥づかしげに、いとうるはしき御さまどもには (ご相談しようにも)どちらの親御も大層ご立派で、まことに近づきにくいご様子の方々に向かって。
薄き鈍色の御衣、なつかしきほどにやつれて 薄色の喪服を人懐かしい感じに身にまとい。「やつる」は質素な服装にすること。玉鬘が祖母大宮の喪に服していることを、ここに初めて告げる。
今、あらざりけりとて 今さら、実の姉弟でなかったからと言って。
おほどかなるものから、いとめやすく聞こえなしたまふけはひの おっとりしていらっしゃるものの、どこにも難のない申し上げようをなさるご様子ご様子が。「めやすし」見苦しくない。感じが良い。
らうらうじくなつかしきにつけても 才気があって女らしい魅力があるにつけても。「ろうろうじ」気が利いている。物馴れている。いきとどいている。洗練されている。品がある。「なつかしい」親しみがもてる。心引かれる。
おほかたにしも思し放たじかし 「おほかたにも」おそらく。多分。「おもいはなつ」(思い放つ)あきらめる。
さばかり見所ある御あはひどもにて、をかしきさまなることのわづらはしき、はた、かならず出で来なむかし あれほどすばらしい六条の院の夫人方との間柄ながら、優婉な色恋沙汰ながら面倒なことが、きっと起こるに違いないと思うと。紫の上との間に嫉妬や争いが起こることを言う。
そら消息をつきづきしくとり続けて (夕霧はとっさに)作り事の伝言を、仔細らしく次から次へとこまごまと申し上げる。
漏らさじと、つつませたまふらむこそ、心憂けれ 世間に知らせまいとわたしにまでもご用心なさるのが情けなく存じます。
さても、あやしうもて離れぬことの、また心得がたきにこそはべれ それにしても、なぜか私どもとご縁があるのが、また腑に落ちないことなのです。
何ごとも思ひ分かぬ心には 何の分別もないわたしなどには。
蘭の花のいとおもしろきを持たまへりけるを 藤袴(ふじばかま)のこと。初秋、淡い紫色の小花をつけ、秋の七草のひとつ。
うつたへに思ひ寄らで取りたまふ御袖を、引き動かしたり (夕霧の真意に)気づかず藤袴を取った玉鬘の袖を、夕霧が引き動かした。
同じ野の露にやつるる藤袴あはれはかけよかことばかりも 同じ祖母の死を悲しんで身をやつす私たちではありませんか。やさしいお言葉を聞かせてください。ほんの申し訳でも。(新潮)/ //
道の果てなる 「東路の道の果てなる常陸帯のかことばかりも逢い見てしがな」(古今六帖五 帯)
いと心づきなくうたてなりぬれど 「心づきなし」気に入らない。心がひかれない。「うたて」①はなはだしくひどい。②嫌だ。不快だ。
尋ぬるにはるけき野辺の露ならば薄紫やかことならまし お尋ねになってみて、あなたとはご縁の遠い間柄だったならば、この花の薄紫は格好の口実でもありましょうが。「薄紫」に「紫のゆえ」(血縁)に意 を響かせる。こうして源氏の許にいるのだから、実の姉弟にも等しいではないか。求愛を退ける意。(新潮)/もとをただせば遠く離れた野の露ですから、うす紫のゆかりとは言いがかりでしょう。(玉上)
これも御覧ずべきゆゑはありけり 喪服を「藤衣」というところから、「藤袴」とも無縁でないという気持ち。
まめやかには、いとかたじけなき筋を思ひ知りながら 実際には、まことに恐れ多い宮仕えの話を承知しながら。
なかなか思し疎まむがわびしさに (口に出して言えば)かえって疎まれるのがつらくて。
今はた同じと、思ひたまへわびてなむ もはや同じこと。「わびぬれば今はた同じ難波なる身をつくしても逢はむとぞ思ふ」(『後撰集』巻十三恋五)澪漂(みおつくし)」と「身を尽くす」の掛詞です。澪漂は海に建てられた船用の標識。「身を尽くし」は「身を滅ぼす」という意味。
人の上に、なんど思ひはべりけむ 人ごとのようにどうして思っていたのでしょう。
尚侍かむの君 玉鬘のこと。すでに尚侍に就任していることを示す呼称。
なかなかにもうち出でてけるかな 言わでものことを口に出してしまった。余計なことを言わなければよかった。
かの、今すこし身にしみておぼえし御けはひを あの一段と身にしみて恋しく思われたお姿を。紫の上のこと。
さても、人ざまは、いづ方につけてかは、たぐひてものしたまふらむ それにしても、玉鬘のお人柄は、帝と兵部卿の宮のどちらとご結婚なされば、ふさわしくていらっしゃるのでしょう。
わざと、さる筋の御宮仕へにもあらぬものから 後宮に入るのではなく、尚侍として公職につくというのであるにしても。
ひき違へたらむさまに御心おきたまはむも 宮の心に違うさまに配慮したら。宮がご自分のお気持ちを無視した取り計らいのように、不快にお思いになるとしたら。「心おく」①気にかける②用心する③気を使う。遠慮する。④わだかまりの気持ちをだく。心の隔てをおく。よそよそしくする。疎んずる。
さる御仲らひにては 仲の良い兄弟であってみれば。源氏と宮が仲が良い。
かの大臣、はた、聞き入れたまふべくもあらずと 源氏の作り事である。
などのたまふけしきの見まほしければ などと言う源氏の真意を知りたいので、
女は三つに従ふものにこそあなれど 『礼記』に、「婦人有三従之義、無専用之道 故未嫁従父 既嫁従夫、 夫死従子」
うちうちにも (内大臣は)内心では。
捨てがてらにかく譲りつけ、おほぞうの宮仕への筋に、領ぜむと思しおきつる 半分は捨てるつもりでわたしに譲って、通りいっぺんに宮仕えさせて、わが物にしておこうと。
思ひ隈なしや 思慮分別がない。一方的である。思いやりがない。
案に落つることもあらましかば その思惑通りの事実があったとあったとしたら。
聞こえたまふ人びとは 言い寄ってこられる人々は。蛍兵部卿や髯黒の大将のこと。
絶えぬたとひもはべなるは 姉弟は切っても切れないという諺もあるようです。「絶えぬたとひ」は兄弟について、当時そんな諺があったのであろう。
ものしと思ひたまへり 「ものし」(物し)厭わしい。気障りである。不愉快だ。
いでや、をこがましきことも、えぞ聞こえさせぬや いやもう、馬鹿げたお手紙も差し上げられないことです。「おこがましい」ばかげている。みっともない。物笑いになりそうだ。さしでがたましい。
年ごろの埋れいたさをも、あきらめはべらぬは、いとなかなかなること多くなむ 今までずっとひどい引っ込み思案でまいりましたのを、(この際)気ままにもいたしませんのは、源氏の元にいるので、相変わらず控え目にしているという弁解。/ 長年こらえていた気持ちも晴らしませず、前よりもつらいことが多うございます。
妹背山深き道をば尋ねずて緒絶の橋に踏み迷ひける 実の姉弟という深いつながりがあることを知らずに、成らぬ恋に思い惑うて、文を送ったことです。「妹背山」紀ノ川をはさんで向かいあう山。歌枕。ここでは姉弟のこと。「緒絶の橋」陸奥の歌枕。「絶え」を響かせ、行き来に難渋する意の「踏みまどう」を言い出す。「ふみ」は「文」を掛ける。(新潮)/兄妹という実のところは知らず、末とげられない恋の道に踏み迷ったことです。(玉上)
惑ひける道をば知らず妹背山たどたどしくぞ誰も踏み見し 事情をご存じなかったとは知らず、妙だと思いながらお便りを拝見していました。(新潮)/ まちがっていらっしゃるのは知らず兄妹にしては変な手紙だと思っておりました。(玉上)
やうやう労積もりてこそは、かことをも 段々お世話の実績が積み重なってはじめて、/こまごましとしたお勤めもさせていただけるのでしょう。/ 恨み言も申しましょう。「かこと」(託言)言い訳、非難、恨み言。「恪勤}(かくごん)雑役。とする本もあり。
これもをかしかめるは /こちら(柏木)も美しい方と言えるのは、どうしてこう揃いも揃って美しいご一族であったのかと。こんなに美しい血筋なのだろう、という気持ち。
かの大臣のかくしたまへることを あちらの大臣(太政大臣たる源氏)が、こうとお決めになったことを。玉鬘の典侍出仕のこと。
大将は、この中将は同じ右の次将なれば 髯黒の大将は長官。柏木の中将の同じ右近衛府の次官。
sさるやうあることにこそ それにはそれだけの理由(わけ)があるに違いないと。
春宮の女御の御はらからにぞおはしける 朱雀院の女御で、東宮の御母。承香殿(しょうきょうでん)の女御。
式部卿宮の御大君よ 部卿宮のご長女であった。
御後見どもの お世話役たち。恋文の取次ぎをする女房たち。
なほ頼み来しも、過ぎゆく空のけしきこそ、心尽くしに 頼みにしてきましたのに空しく過ぎ行く空の気色に、気が気でありませんので。「心尽くし」さまざまに物思いする。気をもませられること。
数ならば厭ひもせまし長月に命をかくるほどぞはかなき 人並みだったら嫌がりもしましょうに、その九月を頼みに生きているわたしは何とはかない身の上であることか。九月は結婚を忌み、玉鬘も出仕しないことから、こういう。(新潮)/ 人並みだったら、この月を嫌がりもしましょうが、九月は結婚なさらないと、それを頼みに生きているとは情けない。(玉上)
いふかひなき世は、聞こえむ方なきを 言っても仕方がないことは、何も申しようがありませんが。
朝日さす光を見ても玉笹の葉分けの霜を消たずもあらなむ たとえ帝のご寵愛を受けられても、はかない私を忘れないでください。「朝日さす」帝のこと。「玉笹の葉分けの露」笹の葉の茂みを分けて下葉にわずかに置く霜。(新潮)/ たとえ帝の寵愛をえても、玉笹の葉末についた霜のようなわたしを忘れないでください。(玉上)
式部卿宮の左兵衛督は、殿の上の御はらからぞかし 「左兵衛督」式部卿の宮の子息。玉鬘の恋人として初出。紫の上の異母兄弟。
忘れなむと思ふもものの悲しきをいかさまにしていかさまにせむ あなたのことを忘れてしまおうと思うにつけても、それがまた悲しいの、一体どうしたらよいのだろう。「忘るれどかく忘るれど忘られずいかさまにしていかさまにして」(『義孝集』『実頼集』(新潮)/ 忘れようとすること自体が悲しくて、いったいどのようにしたものでしょうか。(玉上)
さうざうしけれ 物足りない。張り合いがない。物寂しい。「騒々しい」とは別語。
心もて光に向かふ葵だに朝おく霜をおのれやは消つ 自分から進んで光に向かう葵でも、朝置く露を自分で消すでしょうか。まして私は進んで宮仕えに出るのではない身、何で消したりしましょう。忘れはしません、の意。(新潮)

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公開日2019年11月6日