今月の言葉抄 2010年5月

宇沢弘文が語る 哲学者D

1966年頃、ヴェトナム戦争の最中、シカゴ大学で学生たちが成績を徴兵局に送らないよう大学当局に要求して本部棟を占拠するという事件が起こった。私は哲学の助教授D君と2人で調停に当たった。私たちの調停案は全学の教授が学生の成績は付けないという案だった。かなりの紆余曲折を経た末、大学当局が了承して、本部棟の占拠は解かれた。
一年後、私がケムブリッジからシカゴに帰ってきたときにはD君は大学から姿を消してしまっていた。
1993年、私はある州立大学に滞在した。ある日、D君から突然電話がかかってきた。早速会いに行った。その大学の哲学の教授として、医の倫理にかかわる研究に携わっているという。私も社会的共通資本としての医療を中心的な研究テーマとしていて、偶然を喜び合い、2人で共同的研究を始めることになった。
D君は日本にくるとわが家に泊まって夜遅くまで語り合うのを常としていた。あるときD君が寂しそうに言った。「ノーム・チョムスキーは偉い。五十四回も逮捕されている。それに比べると私はまだ一回しか逮捕されていない」。じつはD君は反戦運動を扇動したとして懲役十年の重い刑に服し家族は塗炭の苦しみを嘗(な)めたのである。
D君との共同研究をベースにした『社会的共通資本としての医療』(宇沢弘文・鴨下重彦編)がこの三月東京大学出版会から出版されたが、D君は重い癌(がん)ですでに亡くなってしまった。

『私の収穫』哲学者D 宇沢弘文 3 朝日新聞 2010年5月13日夕刊より

更新2010年5月14日