今月の言葉抄 2011年1月

抗がん剤は効かないのか

― 患者代表・立花隆、近藤誠に質す ―

立花 結局僕が本のなかで繰り返し書いたのは、がんのことはまだ分からない、ということなんです。本当に分からない病気の中でみんな手探り状態でいろんなことをやって、いろんなことを言っている。
近藤 がんの基礎学問はずいぶん進歩してきて、どういうレセプター(受容体)があって、細胞内でどういう情報が流れてというメカニズムについては、かなり詳しく分かるようになりました。しかしそれを臨床につなげる方法論というのは全然、未熟なのです。
それでも立花さんが今度の本で紹介されたように、がんは決してエイリアンでも敵でもなくて、自分自身であって、自分の生命現象のある種の必然としてできているもので、それを叩こうというのは無理がある。この一点だけ押さえるだけでもずいぶん自分ががんになった時の考え方が変わるんじゃないかと思うんですね。
立花 そうですね。
最後に、近藤さんは今後の抗がん剤の可能性についてはどうお考えですか。
近藤 旧来の刹細胞毒としての抗がん剤は、ほぼ先行きはないでしょう。
これは、がん細胞も正常細胞も無差別に攻撃しますから、正常細胞が先にやられて、なかなかがんを死滅させるには至らない。近年新たに認可された抗がん剤は、ほとんどが分子標的薬で、製薬会社も刹細胞毒としての抗がん剤の開発は、あまり力を入れていないと思います。
分子標的薬については、がん細胞の中での分子の働きが一体どうなっているのか、まだ完全にはつかめていないわけで、そこがわかってくるにしたがって、新たなアイディア、新たな物質が開発されて、うまく働く、つまり効く抗がん剤が生まれる可能性はあると思います。
しかし、少なくともこれまでの固形がんに対する分子標的薬は副作用も強く、うまく働いているとは言いがたい、すべて落第と言わざるを得ないと思います。
立花 今、がん研究は、とにかく「がんゲノム計画」をやって、全体像を把握しないと、ある薬を開発したところで、それが副作用としてどのくらいの影響を持つかとかわからないんだと、という方向に動いています。そして、その研究はすごいレベルまできているのだけれども、将来解明されるべき全体像からすると、まだほんの一部分でしかない。時間軸で考えると、あと何十年か、あるいはもしかしたら百年しないとがんの世界は征服できないのかもしれない。
ですから、これからもがんの正体がよくわからないうちに、世界のがん患者の大半は一生を終えなければならないわけです。結局、患者はそのタイムラグ中に起こる不都合な現象をすべて引き受けなくてはならない。そういう混沌状態の中にいるのです。我々はそういう不条理な世界の中に生きているのだということをまずは理解しておかないといけないですね。
人間の生のすべてが不条理といえば不条理の中にあるのだから、それも仕方ないのかなと思いますがね。

― 出典:文藝春秋 2月号 2011年 立花隆(ジャーナリスト)近藤誠(慶應大学医学部講師)

更新2011年1月18日