今月の言葉抄 2011年1月

柴田トヨさんの詩

92歳で詩を作り初め、98歳で詩集を出した人がいる。柴田トヨさん、1911年(明治44年)6月26日生まれだから、ことし百歳になる方である。栃木県に在住らしい。何度か読み返し、考えさせられた。「人間 所詮は独りよ」と言い放つ柴田さんですが、強い寂しさは感じられない。一人で生きているという実感(一人住まい十八年)と、息子さん夫婦という家族や、ヘルパーさん医師等周囲の人々との交わりが程よくあって、人生に落ち込んでいないのでしょう。しかし読んでいて、わたしは自分の私的事情も加味されて、人間の孤独ということを強く考えさせられました。何篇かをここに掲載します。(管理人)


返事

風が耳元で
「もうそろそろ
あの世に
行きましょう」
なんて 猫撫(ねこな)で声で
誘うのよ

だから 私
すぐに返事したの
「あと少し
こっちに居るわ
やり残した
事があるから」

風は
困った顔をして
すーっと帰って行った

先生に

私を
おばあちゃん と
呼ばないで
「今日は何曜日?」
「9+9は幾つ?」
そんなバカな質問も
しないでほしい

「柴田さん
西条八十の詩は
好きですか?
小泉内閣を
どう思います?」
こんな質問なら
うれしいわ

風と陽射しと私

風が
硝子戸を叩くので
中に入れてあげた
そしたら
陽射しまで入って来て
三人で おしゃべり

おばあちゃん
独りで寂しくないかい?
風と陽射しが聞くから
人間 所詮は独りよ
私は答えた

がんばらずに
気楽にいくのがいいね

みんなで笑いあった
昼下がり

九十六歳の私

柴田さん
なにを考えているの?
ヘルパーさんに
聞かれて
困ってしまいました
今の世の中
まちがっている
正さなければ
そう思って
いたからです

でも
結句(けっく)溜息をついて
笑うだけでした

さびしくなったら
私 空を見るの
家族のような雲
日本地図のような雲
追いかけっこを
している雲たちもいる
みんな 何処へ
流れていくのかしら

夕暮れには茜雲(あかねぐも)
夜には満天の星

あなたにも
空を見上げるゆとりが
必要よ

― 『くじけないで』柴田トヨ著 飛鳥新社 2010年3月

更新2011年1月22日