源氏物語 31 真木柱 まきばしら

HOME表紙へ 源氏物語・目次 真木柱 登場人物・見出し
原文 現代文
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31.1 鬚黒、玉鬘を得る
†「内裏に聞こし召さむこともかしこし。しばし人にあまねく漏らさじ」と諌めきこえたまへど、さしもえつつみあへたまはず。ほど経れど、いささかうちとけたる御けしきもなく、「思はずに憂き宿世なりけり」と、思ひ入りたまへるさまのたゆみなきを、「いみじうつらし」と思へど、おぼろけならぬ契りのほど、あはれにうれしく思ふ
見るままにめでたく、思ふさまなる御容貌、ありさまを、「よそのものに見果ててやみなましよ」と思ふだに胸つぶれて、 石山の仏をも弁の御許をも、並べて預かまほしう思へど、女君の、 深くものしと疎みにければえ交じらはで籠もりゐにけり
げに、そこら心苦しげなることどもを、とりどりに見しかど、心浅き人のためにぞ、寺の験も現はれける。
大臣も、「心ゆかず口惜し」と思せど、いふかひなきことにて、「誰れも誰れもかく許しそめたまへることなれば、引き返し許さぬけしきを見せむも、人のためいとほしう、あいなし」と思して、儀式いと二なくもてかしづきたまふ。
いつしかと、わが殿に渡いたてまつらむことを思ひいそぎたまへど、軽々しくふとうちとけ渡りたまはむに、かしこに待ち取りて、よくも思ふまじき人のものしたまふなるが、いとほしさにことづけたまひて、
「なほ、心のどかに、なだらかなるさまにて、音なく、いづ方にも、人のそしり恨みなかるべくをもてなしたまへ」
とぞ聞こえたまふ。
「このことが内裏に聞こえたら恐れ多い。しばらくは人に漏らさないように」と源氏は髯黒大将に注意したが、大将はそう隠し通すつもりもない。日が経っても、玉鬘が打ち解けた気色もないので、「思いのほか憂き世だこと」と思い詰めている様子が「実に辛い」と思ったが、浅からぬ前世の縁を、しみじみと嬉しく思うのだった。
見るほどに美しく、理想的容姿・容貌を「よその男の物にしてしまうところだった」と思うにつけ、胸がつぶれそうで、 石山寺の本尊と弁の女房を並べて拝み頂きたいと思ったが、玉鬘が弁の女房をひどく嫌っていたので、弁は出仕もできず謹慎していた。
実際、恋になやむ人をたくさん見てきたが、思慮の浅い者に寺の効験も現れるものだ。
源氏も「不本意だが仕方ない」と思うが、今さら言っても仕様がないことでもあり、、「誰もが承知していたのだから、今さら不承知と言ってみたところで、髯黒に悪いし、仕様がない」と思い、行事の格式も申し分のないものにしして遇するのであった。
一日も早く、自邸に移したかったが軽々しく移っても、あちらに待っていて良く思っていない北の方がいるので、これも困ったことだし、それを口実にして、
「もっとゆっくりしてあせらず波風をたてずに音便にどちらに対しても、人のそしりや恨みを受けないように振舞われるがよい」
と源氏も言うのだった。2019.12.1◎
31.2 内大臣、源氏に感謝
父大臣は、
「なかなかめやすかめり。ことにこまかなる後見なき人の、 なまほの好いたる宮仕へに出で立ちて.、苦しげにやあらむとぞ、うしろめたかりし。心ざしはありながら、女御かくてものしたまふをおきて、いかがもてなさまし」
など、忍びてのたまひけり。げに、帝と聞こゆとも、人に思し落とし、はかなきほどに見えたてまつりたまひて、ものものしくももてなしたまはずは、あはつけきやうにもあべかりけり
三日の夜の御消息ども、聞こえ交はしたまひけるけしきを伝へ聞きたまひてなむ、この大臣の君の御心を、「あはれにかたじけなく、ありがたし」とは思ひきこえたまひける。
かう忍びたまふ御仲らひのことなれど、おのづから、人のをかしきことに語り伝へつつ、次々に聞き洩らしつつ、ありがたき世語りにぞささめきける。内裏にも聞こし召してけり。
「口惜しう、宿世異なりける人なれど、さ思しし本意もあるを。宮仕へなど、かけかけしき筋ならばこそは思ひ絶えたまはめ」
などのたまはわせけり
父大臣は
「かえって 宮仕えよりは、いいかも知れない。細かに世話してくれる後見がない人は、なまじ色めいた宮仕え出て苦労する心配があり、親の愛情はあっても、娘の女御がすでにいるのだから、どうしたものだろう」
など秘かに言っていたのだが、実際のところ、帝と言っても、女御の中でも軽く見て、ほんのお情けていどの扱いで、重々しくお扱いにならなかったら、軽率な出仕ということになろう。
三日の夜、二人が文を取り交わした様子を細かに伝え聞いて、源氏の御心を「あわれにかたじけなく、ありがたい」としみじみもったいなく内大臣はありがたいと思うのだった。
このように表ざたならない婚姻のことだけれど、」自ずから、世間の人は興味のある話題として、語り伝え、次ぎ次ぎとうわさは広がって世にも珍しい語り草として広まり内裏にも伝わった。
「残念だ、縁のない人だったが、いち度はそう思った人だったのだから、色事めいたことなら断念するのもよいが、他の職分で出仕するのもいいだろう」
などと帝は仰せになった。2019.12.4◎
31.3 玉鬘、宮仕えと結婚の新生活
霜月になりぬ。神事などしげく、内侍所ないどころにもこと多かるころにて、女官ども、内侍ども参りつつ、今めかしう人騒がしきに、大将殿、昼もいと隠ろへたるさまにもてなして、籠もりおはするを、いと心づきなく、尚侍の君かむのきみ思したり。
宮などは、まいていみじう口惜しと思す。兵衛督ひょうえのかみ、妹の北の方の御ことをさへ、人笑へに思ひ嘆きて、とり重ねもの思ほしけれど、「をこがましう、恨み寄りても、今はかひなし」と思ひ返す。
大将は、名に立てるまめ人の、年ごろいささか乱れたるふるまひなくて過ぐしたまへる、名残なく心ゆきて、あらざりしさまに好ましう、宵暁のうち忍びたまへる出で入りも、艶にしなしたまへるを、をかしと人びと見たてまつる。
女は、わららかににぎははしくもてなしたまふ本性も、もて隠して、いといたう思ひ結ぼほれ、心もてあらぬさまはしるきことなれど、「大臣の思すらむこと、宮の御心ざまの、心深う、情け情けしうおはせし」などを思ひ出でたまふに、「恥づかしう、口惜しう」のみ思ほすに、もの心づきなき御けしき絶えず。
十一月になった。神事が重なり、内侍所は忙しくなり、女官や内侍たちも足しげく来るようになり、はなやかに人の出入りが多くなり、髯黒の大将は、昼も隠れて籠っているのを尚侍の君かむのきみになった玉鬘は、いけ好かないと思うのであった。
蛍兵部卿宮などは、ましてひどく口惜しく思うのだった。兵衛督ひょうえのかみは妹の髯黒の北の方のこともあり、物笑いになるのを嘆いていて、重ねて自分の失恋もあり「厚かましく恨み言を言っても今はかいなし」と思い返すのだった。
大将は、紛れもない堅物で、年頃少しも色香に乱れたこともなく過ごしてきたのだが、その、気配もなくすっかり満足して 今までとはうって変わって色男になり、宵暁に忍んで出入りし、しゃれた振る舞いに女房たちもおかしと見るのであった。
玉鬘は、本来陽気な性格もおし隠して胸がふさぎ、自分からすすんでこうなったのではないことは、誰もが知っていることであり、「源氏の思うこと、宮の心ざまの心深く情けにあふれた心遣い」などを思い出して、「身もすくむ思いで、口惜しい」とのみ思い, 、嫌だとばかり思うのであった。2019.12.9◎
31.4 源氏、玉鬘と和歌を詠み交す
殿も、いとほしう人びとも思ひ疑ひける筋を、心きよくあらはしたまひて、「わが心ながら、うちつけにねぢけたることは好まずかし」と、昔よりのことも思し出でて、紫の上にも、
「思し疑ひたりしよ」
など聞こえたまふ。「今さらに人の心癖もこそ」と思しながら、ものの苦しう思されし時、「さてもや」と、思し寄りたまひしことなれば、なほ思しも絶えず
†大将のおはせぬ昼つ方渡りたまへり。女君、あやしう悩ましげにのみもてないたまひて、すくよかなる折もなくしをれたまへるを、かくて渡りたまへれば、すこし起き上がりたまひて、御几帳にはた隠れておはす。
殿も、用意ことに、すこしけけしきさまにもてないたまひて、おほかたのことどもなど聞こえたまふ。すくよかなる世の常の人にならひては、まして言ふ方なき御けはひありさまを見知りたまふにも、思ひのほかなる身の、置きどころなく恥づかしきにも、涙ぞこぼれける。
やうやう、こまやかなる御物語になりて、近き御脇息に寄りかかりて、すこしのぞきつつ、聞こえたまふ。いとをかしげに面痩せたまへるさまの、見まほしう、らうたいことの添ひたまへるにつけても、「よそに見放つも、あまりなる心のすさびぞかし」と口惜し。
おりたちて汲みは見ねども渡り川
人の瀬とはた契らざりしを

思ひのほかなりや」
とて、鼻うちかみたまふけはひ、なつかしうあはれなり。
女は顔を隠して、
みつせ川渡らぬさきにいかでなほ
涙の澪の泡と消えなむ

「心幼なの御消えどころや。さても、かの瀬は避き道なかなるを、御手の先ばかりは、引き助けきこえてむや」と、ほほ笑みたまひて、
まめやかには、思し知ることもあらむかし世になき痴れ痴れしさも、またうしろやすさも、この世にたぐひなきほどを、さりともとなむ、頼もしき」
と聞こえたまふを、いとわりなう、聞き苦しと思いたれば、いとほしうて、のたまひ紛らはしつつ、
†「内裏にのたまはすることなむいとほしきをなほ、あからさまに参らせたてまつらむ。おのがものと領じ果てては、さやうの御交じらひもかたげなめる世なめり思ひそめきこえし心は違ふさまなめれど、二条の大臣は、心ゆきたまふなれば、心やすくなむ
など、こまかに聞こえたまふ。あはれにも恥づかしくも聞きたまふこと多かれど、ただ涙にまつはれておはす。いとかう思したるさまの心苦しければ、思すさまにも乱れたまはず、ただ、あるべきやう、御心づかひを教へきこえたまふ。かしこに渡りたまはむことを、とみにも許しきこえたまふまじき御けしきなり。
源氏も、困ったことだと心配する 人々の疑いを、潔白だったと晴らすことで、自分ながら、その場限りの間違ったことは好まない、と若かった昔のことも思い出し、紫の上にも、
「あなたもお疑いでしたね」
などと仰せになった。「今さら恋にひかれる自分の癖が出ても困ると」思いながらも、気持ちを抑えかねた時、 「わが物にしよう」と思い寄ったこともあり、未練があった。
髯黒の大将のいない昼時に玉鬘の部屋へ行った。玉鬘は、どうしたことかひどく具合が悪いようで、源氏が来たので、寝込んでいたが、 少し起き上がって几帳の陰に隠れていた。
.源氏も少し他人行儀な様子で、さりげなく世間話をした。生真面目な世間並みの夫に比べたら、言いようも無くすばらしい源氏の様子を見知るにつれ、思いもよらなったわが身の、置き所もない恥ずかしさにとめどなく涙がこぼれるのだった。
ようやく情愛の籠った話になって、源氏は近くの脇息に寄りかかって、少し几帳の中を覗きながら話をするのだった。たいへん美しく面やせしていた玉鬘を見飽きることなく、女らしさも加わって「他人にやるには、あまりに物好きすぎないか」 、と口惜しく思 うのだった。
「あなたと立ち入った関係にはならなかったが、
他人に背負われて渡る約束はしませんでしたよ
思いもしなかった」
と仰せになって、鼻をかむ気配はやさしく心を打つ.
女は顔を隠して、
「三途の川を渡らぬ先にどうかして
流す涙の泡と消えてしまいたい」
「泡となって消えるなんて心幼いことを言いますね。あの川は避けることできない道だから、手先となってお助けしましょう」 と微笑んで、
「まじめな話、憶えておられるでしょう。わたしがとんだばか者なのを。また安心できるのも、世にまたとないほどであるのを、そうであっても、頼もしいのを」
と源氏が言うのを、玉鬘はとて聞きづらいお言葉ともお思いの様子なので、気の毒で、他のことに言い紛らして
「帝が残念がっていることも、お気の毒なので、やはりちょっと出仕するようにとり計らいましょう、髯黒が自分のものとしていては、外との交じらいむつかしいでしょうから。初めの思惑とは違ったけれど、内大臣は満足しているようなので安心です」
など細々せになる。玉鬘は、あわれにも、気恥ずかしい思いで聞いていたが、ただ涙を流していた。このように玉鬘はとても心苦しい有様であったが、源氏は思い乱れることなく、あるべき心得や心遣いを教えるのであった。あちらに移ることは、とてもすぐには許しそうなけしきではなかった。2019.12.14
31.5 鬚黒の北の方の嘆き
内裏へ参りたまはむことを、やすからぬことに大将思せど、そのついでにや、まかでさせたてまつらむの御心つきたまひて、ただあからさまのほどを許しきこえたまふ。かく忍び隠ろへたまふ御ふるまひも、ならひたまはぬ心地に苦しければ、わが殿のうち修理ししつらひて、年ごろは荒らし埋もれ、うち捨てたまへりつる御しつらひ、よろづの儀式を改めいそぎたまふ。
北の方の思し嘆くらむ御心も知りたまはず、かなしうしたまひし君達をも、目にもとめたまはず、なよびかに情け情けしき心うちまじりたる人こそ、とざまかうざまにつけても、人のため恥がましからむことをば、推し量り思ふところもありけれ、ひたおもむきにすくみたまへる御心にて、人の御心動きぬべきこと多かり。
女君、人に劣りたまふべきことなし。人の御本性も、さるやむごとなき父親王の、いみじうかしづきたてまつりたまへるおぼえ、世に軽からず、御容貌なども、いとようおはしけるを、あやしう、執念き御もののけにわづらひたまひて、この年ごろ、人にも似たまはず、うつし心なき折々多くものしたまひて、御仲もあくがれてほど経にけれど、やむごとなきものとは、また並ぶ人なく思ひきこえたまへるを、めづらしう御心移る方の、なのめにだにあらず、人にすぐれたまへる御ありさまよりも、かの疑ひおきて、皆人の推し量りしことさへ、心きよくて過ぐいたまひけるなどを、ありがたうあはれと、思ひましきこえたまふも、ことわりになむ。
式部卿宮聞こし召して、
今は、しか今めかしき人を渡して、もてかしづかむ片隅に、人悪ろくて添ひものしたまはむも、人聞きやさしかるべし。おのがあらむこなたは、いと人笑へなるさまに従ひなびかでも、ものしたまひなむ」
とのたまひて、宮の東の対を払ひしつらひて、「渡したてまつらむ」と思しのたまふを、「親の御あたりといひながら、今は限りの身にて、たち返り見えたてまつらむこと」と、思ひ乱れたまふに、いとど御心地もあやまりて、うちはへ臥しわづらひたまふ。
本性は、いと静かに心よく、子めきたまへる人の、時々、心あやまりして、人に疎まれぬべきことなむ、うち混じりたまひける。
玉鬘が参内することを、髯黒大将は心安からず思っていたが、参内のついでに、そのまま自邸に退去させようと決心して、ただ少しの間なら、と許したようであった。髯黒はこのように人目を忍んで通うことは、慣れていかったのでとてもつらく思い、自分の邸を修理して、年頃荒れ放題に放置していた設えも格式を立派にして改装し、万端の準備を急いだ。
北の方が思い嘆くのも意に介さず、かわいがっていた御子たちにも目を留めなくなり、元来やさしく情のある人なら何かにつけて、女にとって恥じなるようなことはしないように推し量って配慮するものだが、脇目もふらず一途なところのある人なので、北の方の心を騒がせる振る舞いが多かった。
北の方は、人に劣っている訳ではない。お人柄もあの高貴な父宮がとても大事に養育したので、世間の評判も良く、ご容貌も美しい。どうしたことか、妖しい執念深い物の怪にとりつかれて、この年頃は普通の人のようではなく、正気を失うことが多々あり、夫婦仲もとうになくなって久しいしいが、正妻として並ぶ人なき人として敬われており、珍しく髯黒が心を移す女ができて、その女の並はずれて優れた人柄にも、誰もが源氏との関係を疑っていたのだが、それも潔白に過ごしていたことが判明したので、普通ならできないありえないことと感心して髯黒がいっそう惚れこんでしまったのだが、これも至極もっともなことでしょう。
 父の式部卿宮がこのことを聞いて、
「こうなったら、今様の若い女を迎えて、大事に囲ってその片隅に、人聞きの悪い添えもののようにしているのも、外聞の悪いことだろう。わたしの生きている限りは、人の笑い者になるような言いなりになることはさせない」
と仰せになって、宮の東の対をを引き払って、「こちらに移そう」と思っているのを、「親の家と言いながら。今は夫に捨てられた身で、また親に顔を見せるのは」と思い乱れていっそう病気が」悪くなり、すっかり伏してしまった。
北の方は生まれつきもの静かで気立てがよく、おっとりした方だが、と時々狂乱状態になって人に嫌われても仕方ないところがおありだった。2019.12.12
31.6 鬚黒、北の方を慰める その1
† †住まひなどの、あやしうしどけなく、もののきよらもなくやつして、いと埋れいたくもてなしたまへるを、玉を磨ける目移しに、心もとまらねど、年ごろの心ざしひき替ふるものならねば、心には、いとあはれと思ひきこえたまふ。
昨日今日の、いと浅はかなる人の御仲らひだに、よろしき際になれば、皆思ひのどむる方ありてこそ見果つなれ。いと身も苦しげにもてなしたまひつれば、聞こゆべきこともうち出で聞こえにくくなむ。
年ごろ契りきこゆることにはあらずや。世の人にも似ぬ御ありさまを、見たてまつり果てむとこそは、ここら思ひしづめつつ過ぐし来るにえさしもあり果つまじき御心おきてに、思し疎むな
幼き人びともはべれば、とざまかうざまにつけて、おろかにはあらじと聞こえわたるを、女の御心の乱りがはしきままに、かく恨みわたりたまふ。ひとわたり見果てたまはぬほど、さもありぬべきことなれど、まかせてこそ、今しばし御覧じ果てめ
宮の聞こし召し疎みて、さはやかにふと渡したてまつりてむと思しのたまふなむ、かへりていと軽々しき。まことに思しおきつることにやあらむ、しばし勘事したまふべきにやあらむ」
と、うち笑ひてのたまへる、いとねたげに心やまし
住いなども、妙にだらしなく、美しく飾ることもなく貧相で、塵に埋もれたままで、見るかげもない暮らしぶり、玉を磨いたような玉鬘の部屋を見た目には、気に入らず、年来の夫婦の気持ちは変わるものではないので、内心かわいそうに思うのだった。
髯黒は言う「昨日今日の浅い夫婦仲でも、ある程度の身分ならば、互いに我慢して添い遂げるものである。 いかにも具合悪そうにしいているので、言いたいことも、口にだして言いずらくなるもの。
長年約束してきた仲ではないか。普通の人のようではないあなたの病状でも、最後まで見捨てずに添い遂げようと、今まで我慢して過ごしてきたではないのか。そうはさせまいと、思ってわたしを嫌ってくれるな。
小さい御子たちもいることだし、何かにつけて、粗略にはしないとし申しているではないか。、女の心の乱れから、恨みがましく、邸を移るなんて。一通り事が落ち着くまで、恨まれても仕方ないが、今しばらく成り行きを見届けてくれ。
宮がお聞きになって、わたしを嫌い、すぐにも自邸に移すとお思いになるのも、かえって軽率ではないか。本当にそう思っているのか。しばしわたしへの懲らしめではないのか」
髯は笑いながら言う。腹立たしいこと。2019.12.14◎
31.7 鬚黒、北の方を慰める その2
御召人だちて、仕うまつり馴れたる木工もくの君、中将の御許などいふ人びとだに、ほどにつけつつ、「やすからずつらし」と思ひきこえたるを、北の方は、うつし心ものしたまふほどにて、いとなつかしううち泣きてゐたまへり。
「みづからを、ほけたり、ひがひがし、とのたまひ、恥ぢしむるは、ことわりなることになむ。宮の御ことをさへ取り混ぜのたまふぞ、漏り聞きたまはむはいとほしう、憂き身のゆかり軽々しきやうなる耳馴れにてはべれば、今はじめていかにもものを思ひはべらず
とて、うち背きたまへる、らうたげなり。
いとささやかなる人の、常の御悩みに痩せ衰へ、ひはづにて、髪いとけうらにて長かりけるが、わけたるやうに落ち細りて、削ることもをさをさしたまはず、涙にまつはれたるは、いとあはれなり。
こまかに匂へるところはなくて、父宮に似たてまつりて、なまめいたる容貌したまへるを、もてやつしたまへれば、いづこのはなやかなるけはひかはあらむ。
宮の御ことを、軽くはいかが聞こゆる。恐ろしう、人聞きかたはになのたまひなしそ」とこしらへて
「かの通ひはべる所の、いとまばゆき玉の台に、うひうひしう、きすくなるさまにて出で入るほども、かたがたに人目たつらむと、かたはらいたければ、心やすく移ろはしてむと思ひはべるなり。
太政大臣の、さる世にたぐひなき御おぼえをば、さらにも聞こえず、心恥づかしう、いたり深うおはすめる御あたりに、憎げなること漏り聞こえば、いとなむいとほしう、かたじけなかるべき。
なだらかにて、御仲よくて、語らひてものしたまへ。宮に渡りたまへりとも、忘るることははべらじ。とてもかうても、今さらに心ざしの隔たることはあるまじけれど、世の聞こえ人笑へに、まろがためにも軽々しうなむはべるべきを、年ごろの契り違へず、かたみに後見むと、思せ」
と、こしらへ聞こえたまへば、
人の御つらさは、ともかくも知りきこえず.。世の人にも似ぬ身の憂きをなむ、宮にも思し嘆きて、今さらに人笑へなることと、御心を乱りたまふなれば、いとほしう、いかでか見えたてまつらむ、となむ。
大殿の北の方と聞こゆるも、異人にやはものしたまふかれは、知らぬさまにて生ひ出でたまへる人の、末の世に、かく人の親だちもてないたまふつらさをなむ、思ほしのたまふなれど、ここにはともかくも思はずや。もてないたまはむさまを見るばかり」
とのたまへば、
「いとようのたまふを、例の御心違ひにや、苦しきことも出で来む。大殿の北の方の知りたまふことにもはべらず。いつき女のやうにてものしたまへば、かく思ひ落とされたる人の上までは知りたまひなむや。人の御親げなくこそものしたまふべかめれ。かかることの聞こえあらば、いとど苦しかるべきこと」
など、日一日入りゐて、語らひ申したまふ。
召人といった風で髯黒に仕えている木工もくの君、中将の御許なども、それぞれの身分に応じて、髯黒をつらいと思っているのだが、北の方は正気でいらっしゃる時なので、とても可憐に泣いていらっしゃる。
「わたしのことを馬鹿だ、頭がおかしい、と仰るのは、ごもっともですが、父宮のことを、ひき合いに出して、もしお耳に入ったら、おいたわしいことです。拙いわが身の縁で父が引き合いに出されるのは軽々しいようです。悪口は耳慣れていますので今さらなんとも思いません」
とて横を向いてしまった姿は可愛らしい。
ひどく小柄な人が、常日頃病気で痩せ衰え、弱々しく、髪は長く美しいのだが、分けたように薄く細くなり、櫛梳ることもよくせず、涙にくれているのは、たいへんあわれであった。
整って美しいというのではなく、父宮に似て、あでやかな容貌をして、身なりも構わずにやつれていれば、どうして美しく華やかなところなどがあろうか。
「宮のことをどうして軽んじられましょう。滅相もない。人聞きの悪いことをいいなさんな」と髯黒が言うには、
「かの通っている所は、まぶしいほどの玉のようなきれいな処で、女は初々しく、素直で、あれこれ人目につくだろうと、気がひけるのだが、気楽なように、こちらに移ってもらおうと、思っている。
太政大臣は世にも比べようもないご声望は今さら申すまでもない、ご立派で、たしなみ深くいらっしゃるあちらのお邸に、感心しない噂が聞こえては、まことに不都合千万、申し訳ないことです。
角を立てずに、お二人仲良く親しくつきあってほしい。父のお邸に移っても、忘れません。 どうなったとしても、今さらわたしの愛情が離れることはないのです、悪い噂がたち世間の笑い者にならないように、わたしのためにも世間体を思い、年頃契った夫婦の約束を違えず、しっかり後見をすると思ってください」と言い繕うのであった。
「あなたのつらい仕打ちはどうこう申しません。世の常人にない病を患い、父宮も心配して、今更世間の物笑いの種に悩んでいる父が、気の毒で、自邸に戻ってどうして顔をあわすことができましょうか。
「源氏の大殿の北の方という人は、わたしにとって他人でしょうか。あの方は知らないところで育った人で、わたしの晩年になって親のような顔をされているのもつらい、父は言っているが、わたしはなんとも思わない。どうなさろうとただ見ているだけです。
と北の方が言うので、
髯黒は応答する。 「分けの分かった仰りようだが、いつもの御乱心が起きて、困ったことも、出てくるだろう。大殿の北の方は、知らないでしょう。秘蔵の娘のように育っているので、このように格下の人のことまでっは知らないでしょう。人の 親のようにはなさらないでしょう。このようなことがお耳に入ったら、困ったことになりましょう」
など、一日中入って、語るのだった。2019.12.15◎
31.8 鬚黒、玉鬘のもとへ出かけようとする
暮れぬれば、心も空に浮きたちて、いかで出でなむと思ほすに、雪かきたれて降る。かかる空にふり出でむも、人目いとほしう、この御けしきも、憎げにふすべ恨みなどしたまはば、なかなかことつけてわれも迎ひ火つくりてあるべきを、いとおいらかに、つれなうもてなしたまへるさまの、いと心苦しければ、いかにせむ、と思ひ乱れつつ、格子などもさながら、端近ううち眺めてゐたまへり。
北の方はけしきを見て、
「あやにくなめる雪を、いかで分けたまはむとすらむ。夜も更けぬめりや」
とそそのかしたまふ。「今は限り、とどむとも」と思ひめぐらしたまへるけしき、いとあはれなり。
「かかるには、いかでか」
とのたまふものから、
†「なほ、このころばかり。心のほどを知らで、とかく人の言ひなし、大臣たちも、左右に聞き思さむことを憚りてなむ、とだえあらむはいとほしき。思ひしづめて、なほ見果てたまへ。ここになど渡しては、心やすくはべりなむ。かく世の常なる御けしき見えたまふ時は、ほかざまに分くる心も失せてなむ、あはれに思ひきこゆる」
など、語らひたまへば、
「立ちとまりたまひても、御心のほかならむは、なかなか苦しうこそあるべけれ。よそにても、思ひだにおこせたまはば、袖の氷も解けなむかし」
など、なごやかに言ひゐたまへり。
暮れれば、心もうきうきして、髯黒は何とかして出掛けようかと思うが、曇り空に雪が降っている。こんな空模様では、出掛けるにも、人目に立つ。北の方が、憎々しく嫉妬にくすぶって恨みをぶっつけてきたら、かえってそれ口実に応戦しようと思うが、北の方は、いかにもおおらかに気にかけていない風なので、すまない気がして、思い悩み、格子を上げたまま、端近くに物思わし気に座っていた。
北の方この様子を見て、
「あいにくの雪ですわね。どうやって分け入って行きますか。夜も更けました」
とそそのかすように言う。「今夜は止めても無駄だわ」と北の方が思っている風なのも、あわれであった。
.「こんな雪でどうしようか」 ,
と髯黒が言う、
「しかしこの頃は、自分の気持ちも知らないで、とにかく人の噂になっている。大臣たちの、左も右もお耳に入ったら、恐れ多く、今通うのを止めたら、困ったことになる。どうか分かってくれ。ここにお移りいただけば、いいのだが。こうしてあなたが正気になっているときは、他の女に心を分ける気も失せて、おまえをあわれに思うぞ」
などと髯黒が語る
「ここに留まっても、心が他にあるのなら、かえって苦しいでしょう。他にいても、思ってくれさえしてくだされば、袖の氷も解ける気がします」
などと北の方は穏やかに言う。2019.12.16◎
31.9 北の方、鬚黒に香炉の灰を浴びせ掛ける
御火取り召して、いよいよ焚きしめさせたてまつりたまふ。みづからは、萎えたる御衣ども、うちとけたる御姿、いとど細う、か弱げなり。しめりておはする、いと心苦し。御目のいたう泣き腫れたるぞ、すこしものしけれど、いとあはれと見る時は、罪なう思して、
いかで過ぐしつる年月ぞ」と、「名残なう移ろふ心のいと軽きぞや」とは思ふ思ふ、なほ心懸想は進みて、そら嘆きをうちしつつ、なほ装束したまひて、小さき火取り取り寄せて、袖に引き入れてしめゐたまへり。
なつかしきほどに萎えたる御装束に、容貌も、かの並びなき御光にこそ圧さるれど、いとあざやかに男々しきさまして、ただ人と見えず、心恥づかしげなり。
侍に、人びと声して、
「雪すこし隙あり。夜は更けぬらむかし」
など、さすがにまほにはあらで、そそのかしきこえて、声づくりあへり。
中将、木工など、「あはれの世や」などうち嘆きつつ、語らひて臥したるに、正身は、いみじう思ひしづめて、らうたげに寄り臥したまへり、と見るほどに、にはかに起き上がりて、大きなる籠の下なりつる火取りを取り寄せて、殿の後ろに寄りて、さと沃かけたまふほど、人のややみあふるほどもなう、あさましきに、あきれてものしたまふ。
さるこまかなる灰の、目鼻にも入りて、おぼほれてものもおぼえず。払ひ捨てたまへど、立ち満ちたれば、御衣ども脱ぎたまひつ。
うつし心にてかくしたまふぞと思はば、またかへりみすべくもあらずあさましけれど、
「例の御もののけの、人に疎ませむとするわざ」
と、御前なる人びとも、いとほしう見たてまつる。
立ち騷ぎて、御衣どもたてまつり替へなどすれど、そこらの灰の、鬢のわたりにも立ちのぼり、よろづの所に満ちたる心地すれば、きよらを尽くしたまふわたりに、さながら参うでたまふべきにもあらず。
心違ひとはいひながら、なほめづらしう、見知らぬ人の御ありさまなりや」と爪弾きせられ、疎ましうなりて、あはれと思ひつる心も残らねど、「このころ、荒立てては、いみじきこと出で来なむ」と思ししづめて、夜中になりぬれど、僧など召して、加持参り騒ぐ。呼ばひののしりたまふ声など、思ひ疎みたまはむにことわりなり。
北の方は、香炉を取り寄せて、いっそうたきしめさせる。自分は、皺のよった衣、だらしない姿で、痩せて、 弱々しげであった。沈んだ様子で、気の毒であった。目が泣きはれているのは、厭わしいけれど、 かわいそうだと見るときは、別に気にもならず、
「長い年月どうして疎遠にしてきたのか」と、「すっかり他の女に気持ちが移ってしまった心は軽薄だ」とは思うが、恋心はつのって、ため息をつきながら、装束を整えて、小さい火を取り寄せて、袖に引き入れて薫じた。
すっかり着なれた」装束に、容貌もあの並びなき方の光りには圧倒されるが、鮮やかに男らしくいかにも貴人らしく、立派な様子だった。
侍従たちが声をだして、
「雪が小降りになりました。夜も更けました」
などと、さすがに正面きってではなく、うながすように、それぞれ、咳ばらいなどしている。
中将、木工など、「おいたわしい夫婦だこと」嘆いて語らいながら、横になったが、北の方御自身は、ひどく気を落ち着かせて、可愛げに寄り伏したかと見る間に、 にわかに起き出して、大きな伏籠の下から香炉を取り出して、殿の後ろに寄ってさっと浴びせかけた。人が驚いて払いのけるひまもないほどだった。あまりに不意のことで驚きあきれて髯黒は茫然としていた。
あの細かな灰が目鼻に入って、何もわからない。払い落としたが、あたりに満ちて、衣を脱いだ。
北の方が正気でこんなことをしたのなら、二度と見向く気になれないほどひどいことだけれど、
「例の物の怪が髯黒を北の方を嫌わせようとしている」
と御前の女房たちもおいたわしいと見ている。
大騒ぎで衣などを着替えようとするけれど、そこらじゅうの灰が鬢のあたりにもついてすべてが灰だらけになった心地がするので、華美を尽くした処へは、このまま行く訳にはゆかない。
「乱心とはいえ、今までにない見たこともないご所業」と爪弾きされ、嫌われて、あわれと思う心もなくなったが、「今ことを荒立てては、困ったことになろう」と気を静めて、夜中であったが、僧を召して、加持祈祷をさせるのであった。叫びののしる声がなど、髯黒が厭うのも当然であったろう。2019.12.17◎
31.10 鬚黒、玉鬘に手紙だけを贈る
夜一夜、打たれ引かれ、泣きまどひ明かしたまひて、すこしうち休みたまへるほどに、かしこへ御文たてまつれたまふ。
「昨夜、にはかに消え入る人のはべしにより、雪のけしきもふり出でがたく、やすらひはべしに、身さへ冷えてなむ。御心をばさるものにて、人いかに取りなしはべりけむ」
と、きすくに書きたまへり。
心さへ空に乱れし雪もよに
ひとり冴えつる片敷の袖

堪へがたくこそ」
と、白き薄様に、つつやかに書いたまへれど、ことにをかしきところもなし。手はいときよげなり。才かしこくなどぞものしたまひける。
尚侍かむの君、夜がれを何とも思されぬに、かく心ときめきしたまへるを、見も入れたまはねば、御返りなし。男、胸つぶれて、思ひ暮らしたまふ。
北の方は、なほいと苦しげにしたまへば、御修法など始めさせたまふ。心のうちにも、「このころばかりだに、ことなく、うつし心にあらせたまへ」と念じたまふ。「まことの心ばへのあはれなるを見ず知らずは、かうまで思ひ過ぐすべくもなきけ疎さかな」と、思ひゐたまへり。
ひと晩中、北の方は打たれり、引っ張られたりして、泣きまどい、少し静かになった時を見はからって、あちらに文を書いた。
「昨夜は急に死にそうな人がでて、雪も降っていて出がたく、休んでおりましたが、身さえ冷えて、あなたのお気持ちもさることながら、お側の人びとはどう取り沙汰されたででしょうか」
と生真面目に書いた。
「心は千々に乱れて雪模様の空のよう
ひとり冷たく片敷の袖で寝ています
堪えられません」
と、白く薄くすいた紙に、つつかやに書いたのだが、何の趣もなし。手はすばらしく、学問には造詣がありそうだッた。
尚侍の君、夜の独り寝を何とも思わない方で、髯黒がわくわくして書いた文を、見ることもしない。返事も書かない。髯黒はがっかりした思いで過ごした。
北の方はずっと苦しそうにしていたので、修法などを始めさせた。心の内では、「ここ当分の間だけでも、正気になってほしい」と念じていた。「北の方の本当の心ばえがすばらしいのを知らなかったら、こうまで寛容になれなかった」と髯黒は思うのだった。2019.12.17◎
31.11 翌日、鬚黒、玉鬘を訪う
暮るれば、例の、急ぎ出でたまふ。御装束のことなども、めやすくしなしたまはず、世にあやしう、うちあはぬさまにのみむつかりたまふを、あざやかなる御直衣なども、え取りあへたまはで、いと見苦し。
昨夜のは、焼けとほりて、疎ましげに焦れたるにほひなども、ことやうなり。御衣どもに移り香もしみたり。ふすべられけるほどあらはに、人も倦じたまひぬべければ、脱ぎ替へて、御湯殿など、いたうつくろひたまふ。
木工の君、御薫物しつつ、
ひとりゐて焦がるる胸の苦しきに
思ひあまれる炎とぞ見し

名残なき御もてなしは、見たてまつる人だに、ただにやは」
と、口おほひてゐたる、まみ、いといたし。されど、「いかなる心にて、かやうの人にものを言ひけむ」などのみぞおぼえたまひける。情けなきことよ。
憂きことを思ひ騒げばさまざまに
くゆる煙ぞいとど立ちそふ

いとことのほかなることどもの、もし聞こえあらば、中間になりぬべき身なめり
と、うち嘆きて出でたまひぬ。
一夜ばかりの隔てだに、まためづらしう、をかしさまさりておぼえたまふありさまに、いとど心を分くべくもあらずおぼえて、心憂ければ、久しう籠もりゐたまへり。
暮れ方になると、いつものようにそそくさと出掛けるのだった。装束も見栄えがよくできない。みっともなく、体に合わないのが不満で、立派な直衣も間に合わすことができず、ひどく見苦しい。
昨夜の直衣は焼け穴ができて、いやらしくこげた匂いがつき、とても駄目だ。下の衣にも臭いが移っている。嫉妬に狂った跡がはっきりして、玉鬘も疎んじるだろうから、脱ぎ変えて、湯殿につかったりしてあれこれつくろった。
木工の君、衣に香をたきしめながら、
「北の方がひとり邸に残って焦がれる胸の苦しさに
思い余った炎とお見受けします
見限ったお仕打ちは、お側に仕える者にも、平気ではいられません」
と、口は覆っているが、目はものを言っている。しかし、「一体どんな料簡で、このような」女に情けをかけたのだろう」などと髯黒は思うのだった。薄情なことだ。
「北の方との憂きことを思い騒げば、
連れ添ったことがいろいろと後悔されることよ」
まったくとんでもない昨夜のことが、もし漏れ聞こえたら、わたしの立場はどっちつかずになる」
と嘆きながら、出かけた。
一晩逢わなかっただけなのに、また一段と美しさがましたようにおぼえて、他の女に心を分けることはできないと思えて、北の方を思うと心憂くなり、久しく籠っていた。2019.12.18◎
31.12 式部卿宮、北の方を迎えに来る
修法ずほうなどし騒げど、御もののけこちたくおこりてののしるを聞きたまへば、「あるまじき疵もつき、恥ぢがましきこと、かならずありなむ」と、恐ろしうて寄りつきたまはず。
殿に渡りたまふ時も、異方に離れゐたまひて、君達ばかりをぞ呼び放ちて見たてまつりたまふ。女一所、十二、三ばかりにて、また次々、男二人なむおはしける。近き年ごろとなりては、御仲も隔たりがちにてならはしたまへれど、やむごとなう、立ち並ぶ方なくてならひたまへれば、「今は限り」と見たまふに、さぶらふ人びとも、「いみじう悲し」と思ふ。
父宮、聞きたまひて、
「今は、しかかけ離れて、もて出でたまふらむに、さて、心強くものしたまふ、いと面なう人笑へなることなりおのがあらむ世の限りは、ひたぶるにしも、などか従ひくづほれたまはむ
と聞こえたまひて、にはかに御迎へあり。
北の方、御心地すこし例になりて、世の中をあさましう思ひ嘆きたまふに、かくと聞こえたまへれば、
「しひて立ちとまりて、人の絶え果てむさまを見果てて、思ひとぢめむも、今すこし人笑へにこそあらめ」
など思し立つ。
御兄弟の君達、兵衛督は、上達部におはすれば、ことことしとて、中将、侍従、民部大輔など、御車三つばかりしておはしたり。「さこそはあべかめれ」と、かねて思ひつることなれど、さしあたりて今日を限りと思へば、さぶらふ人びとも、ほろほろと泣きあへり。
年ごろならひたまはぬ旅住みに、狭くはしたなくては、いかでかあまたはさぶらはむ。かたへは、おのおの里にまかでて、しづまらせたまひなむに」
など定めて、人びとおのがじし、はかなきものどもなど、里に払ひやりつつ、乱れ散るべし。御調度どもは、さるべきは皆したため置きなどするままに、上下泣き騒ぎたるは、いとゆゆしく見ゆ。
修法など懸命にしているが、物の怪は頻繁に起きてののしるのを聞くと、「あるまじき不名誉も恥がましいこ ともかならずおきる」と、恐ろしくて寄り付こうともしないのだった。
宮邸に移るときも、、離れた場所にいて、子供たちを呼び寄せて、会うのだった。娘がひとり十二三位で、他に次々と男二人いた。近年は夫婦仲もとどこおりがちになって久しいが、高貴で並びなき正妻であってみれば「これが最後」とご覧になる人々も「たいへん悲しい」と思うのだった。
宮、お聞きになって、
「 今は、そのようにはっきりよそよそしい態度を示しているだから、無理にもこの邸にとどまっているのも、不面目で物笑いの種になりましょう。わたしが生きている限り、そう一途に、相手の言いなりになっていることがあろうか」
と言って、すぐにお迎えを出したのであった。
北の方は気持ちが平静になって、夫との仲をなんとあさましいことか、と思い嘆くのだった。このように聞いて、
「強いてここにいて、夫が離れる去るのを見届けてから、あきらめるのも、また物笑いの種となろう」
などと心をきめた。
兄弟の君達、兵衛督は、上達部なので、k大げさになるとして、中将、侍従、民部大輔など、車三台ででやって来た。「そういうことが起こるだろう」とかねてから思っていたので、さしあたり、今日で終わり、と思えば、女房たちもほろほろと泣くのであった。
「日頃慣れていない父宮のお住い、手狭ですから、どうして大勢がお仕えできましょう。半分の人は、それぞれ里に下がって、落ち着いてください」 などを決めて、人々それぞれ身の廻りのものを里に送り、散りじりになるようだ。調度類は、必要なものは、荷造りしたりしているうちに、皆泣き騒ぐのは、まことに縁起でもないことだった。2019.12.18◎
31.13 母君、子供たちを諭す
君たちは、何心もなくてありきたまふを、母君、皆呼び据ゑたまひて、
「みづからは、かく心憂き宿世、今は見果てつれば、この世に跡とむべきにもあらず、ともかくもさすらへなむ。生ひ先遠うて、さすがに、散りぼひたまはむありさまどもの、悲しうもあべいかな。
姫君は、となるともかうなるとも、おのれに添ひたまへ。なかなか、男君たちは、えさらず参うで通ひ見えたてまつらむに、人の心とどめたまふべくもあらず、はしたなうてこそただよはめ。
宮のおはせむほど、形のやうに交じらひをすとも、かの大臣たちの御心にかかれる世にて、かく心おくべきわたりぞと、さすがに知られて、人にもなり立たむこと難し。さりとて、山林に引き続きまじらむこと、後の世までいみじきこと」
と泣きたまふに、皆、深き心は思ひ分かねど、うちひそみて泣きおはさうず。
「昔物語などを見るにも、世の常の心ざし深き親だに、時に移ろひ、人に従へば、おろかにのみこそなりけれ。まして、形のやうにて、見る前にだに名残なき心は、かかりどころありてももてないたまはじ」
と、御乳母どもさし集ひて、のたまひ嘆く。,
子どもたちは、何心なくあちこち歩いていたが、母君が皆呼び寄せて座らせ、
「わたし自身は、こんな憂き世を見極めていますので、この世に未練はありません。どうなりとなるでしょう。あなたがたは生い先長いので、さすがに散りじりになるでしょう。悲しい事です。
姫君は、たとえどうなるとも、わたしと一緒に暮らしなさい。なかなか、男君はよんどころなく父君に終始お目通りするとしたところで、父君が目にかけるはずもなく、どっちつかずの頼りないことになりましょう。
祖父宮ご在世ならば、形どおり宮仕えするにしても、あの大臣たちの意のままの世だから、こうした気をつけなければいけない家系だと、さすがに知られて、立身出世も難しいでしょう。そうは言っても、わたしの後を追って、出家遁世すれば、後の世まで悲しみの種となりましょう」
と泣くのであった。皆、深い心は理解できないが、べそをかいて泣いていた。
「昔物語などを見ても、世の常の愛情の深い親でも、時勢におもねり、人の顔色をうかがい、すっかり愚かになってしまう。まして形どおりに、今からすまったく冷淡な気持ちでは、頼りにはならないでしょう」
と乳母たちもそろって嘆くのだった。2019.12.19◎
31.14 姫君、柱の隙間に和歌を残す
日も暮れ、雪降りぬべき空のけしきも、心細う見ゆる夕べなり。
「いたう荒れはべりなむ。早う」 と、御迎への君達そそのかしきこえて、御目おし拭ひつつ眺めおはす。姫君は、殿いとかなしうしたてまつりたまふならひに、日も暮れ、
「見たてまつらではいかでかあらむ。『今』なども聞こえで、また会ひ見ぬやうもこそあれ」
と思ほすに、うつぶし伏して、「え渡るまじ」と思ほしたるを、
「かく思したるなむ、いと心憂き」
など、こしらへきこえたまふ。「ただ今も渡りたまはなむ」と、待ちきこえたまへど、かく暮れなむに、まさに動きたまひなむや。
常に寄りゐたまふ東面の柱を、人に譲る心地したまふもあはれにて、姫君、桧皮色の紙の重ね、ただいささかに書きて、柱の干割れたるはさまに、こうがいの先して押し入れたまふ。
今はとて宿かれぬとも馴れ来つる
真木の柱はわれを忘るな

えも書きやらで泣きたまふ。母君、「いでや」とて、
馴れきとは思ひ出づとも何により
立ちとまるべき真木の柱ぞ

御前なる人びとも、さまざまに悲しく、「さしも思はぬ木草のもとさへ恋しからむこと」と、目とどめて、鼻すすりあへり。
木工の君は、殿の御方の人にてとどまるに、中将の御許、 「浅けれど石間の水は澄み果てて
宿もる君やかけ離るべき

思ひかけざりしことなり。かくて別れたてまつらむことよ」
と言へば、木工、
ともかくも岩間の水の結ぼほれ
かけとむべくも思ほえぬ世を

いでや」
とてうち泣く。
御車引き出でて返り見るも、「またはいかでかは見む」と、はかなき心地す。梢をも目とどめて、隠るるまでぞ返り見たまひける。君が住むゆゑにはあらで、ここら年経たまへる御住みかの、いかでか偲びどころなくはあらむ。
日も暮れて、雪になりそうな空模様も心細い夕べであった。
「ひどく降ってきそうだ。早くしよう」とお迎えの君達が急がせるが、目をおしのごいて、悲しみにくれていた。姫君は、髯黒に大そう可愛がられていたので、日も暮れて、
「会えなくなったらどうしよう。『今でかけます』とも言わずに、会えなくなったらどうしよう」
と思ったので、うつ伏せになって、「行かない」と駄々をこね、
「そんなことでどうするの。情けない」
などと、なだめるのだった。姫君は「今すぐにも父君が来てほしい」と、待っているが、このように暮れ方では、父は帰ってくるはずもない。
いつも寄りかかっていた、東面の柱を、人に譲る心地がして、悲しく、姫君は、桧皮色の紙を重ね、小さく書きつけて、 柱の干割のすきまに、こうがいに挟んでその先を押し込んだ。
「この家を去っても、
真木の柱はわたを忘れないでおくれ」
すらすらとは書けず、泣いている。
馴れ親しんだ真木の柱は思い出してくれるにしても
わたしたちはどうして、ここに留まれましょう」
御前の女房たちもそれぞれに悲しく、日ごろは気にも留めない、庭の草木も恋しく思われ、目をととめて、鼻をすすりあうのだった。
木工の君は、髯黒の館に留まるので。中将の御許が、
「縁の浅いあなたがここに留まって、
北の方が出てゆくなんて
思いもしなかった。こうしてお別れすることになろうなんて。」
と言えば、木工、
「なんとも申しようもなく、悲しみに心を閉ざされて、
わたしもいつまでこのお邸にいられますことか
そんな、いられませんでしょう」
と言って泣くのだった。
車が出ても、振り返って見た。「また再び見ることはあろうか」中将は心細い気がした。梢にも目を留めて、それが隠れるまで振り返るのだった。髯黒が住んでいるからではなく、長年住んだ所だから、どうして思い出の種にならないものがあろうか。2019.12.19◎
31.15 式部卿宮家の悲憤慷慨
宮には待ち取り、いみじう思したり。母北の方、泣き騷ぎたまひて、
「太政大臣を、めでたきよすがと思ひきこえたまへれど、いかばかりの昔の仇敵にかおはしけむとこそ思ほゆれ。
女御をも、ことに触れ、はしたなくもてなしたまひしかど、それは、御仲の恨み解けざりしほど、思ひ知れとにこそはありけめと思しのたまひ、世の人も言ひなししだに、なほ、さやはあるべき。
人一人を思ひかしづきたまはむゆゑは、ほとりまでもにほふ例こそあれと、心得ざりしを、まして、かく末に、すずろなる継子かしづきをしておのれ古したまへるいとほしみに実法なる人のゆるぎどころあるまじきをとて、取り寄せもてかしづきたまふは、いかがつらからぬ」
と、言ひ続けののしりたまへば、宮は、
「あな、聞きにくや。世に難つけられたまはぬ大臣を、口にまかせてなおとしめたまひそ。かしこき人は、思ひおき、かかる報いもがなと、思ふことこそはものせられけめ。さ思はるるわが身の不幸なるにこそはあらめ。
つれなうて、皆かの沈みたまひし世の報いは、浮かべ沈め、いとかしこくこそは思ひわたいたまふめれ。おのれ一人をば、さるべきゆかりと思ひてこそは、一年も、さる世の響きに、家よりあまることどももありしか。それをこの生の面目にてやみぬべきなめり」
とのたまふに、いよいよ腹立ちて、まがまがしきことなどを言ひ散らしたまふ。この大北の方ぞ、さがな者なりける。
大将の君、かく渡りたまひにけるを聞きて、
「いとあやしう、若々しき仲らひのやうに、ふすべ顔にてものしたまひけるかな。正身は、しかひききりに際々しき心もなきものを、宮のかく軽々しうおはする」
と思ひて、君達もあり、人目もいとほしきに、思ひ乱れて、尚侍の君に、
「かくあやしきことなむはべる。なかなか心やすくは思ひたまへなせど、さて片隅に隠ろへてもありぬべき人の心やすさを、おだしう思ひたまへつるに、にはかにかの宮ものしたまふならむ。人の聞き見ることも情けなきを、うちほのめきて、参り来なむ」
とて出でたまふ。
よき上の御衣、柳の下襲、青鈍の綺の指貫着たまひて、引きつくろひたまへる、いとものものし。「などかは似げなからむ」と、人びとは見たてまつるを、尚侍の君は、かかることどもを聞きたまふにつけても、身の心づきなう思し知らるれば、見もやりたまはず。
父宮は待っていて、ひどい物思いに沈んでいた。母北の方は泣き騒いで、
「太政大臣を大いに頼りにしていいましたが、 どんな昔からの仇敵のように思っておられるのでしょう。、
女御のときにも、 何かにつけて。冷たい仕打ちをしてくれました。それは、源氏との仲が、恨みが解けていないので、思い知れと当てつけているのだ、と世間の人も言っている。そんなことがあっていいものですか。
紫の上を大事にするのなら、それにつながる縁者たちも大事にするのは常ですが、思いもしなかったわ、あんな年になって、わけの分からない継子を引き取って養育して、自分が慰み者にした罪滅ぼしに、浮気などしそうもない律義者を娶わせるのは、ひどい話だこと」
と言い続けののしるので、宮は、
「何とはしたない。人に批判などされることのない大臣を、口にまかせて悪く言うものではありません。賢いお方だから、以前のことをよく覚えていて、こうした報いをお考えなのだろう。そう思われているわが身が不運なのだ。
何気なくよそおっているが、須磨に退去したときの、皆の対応を覚えていて、報いとして浮き沈みを考えているのだ。わたしはひとり縁者として先年、世間が騒ぐほどの過分のお祝いことをしてくれたのは、一生の名誉として満足すべきなのだ]
と言うと、北の方はますます腹を立てて、恨みごとを言い散らすのだった。この大北の方は手に負えない大変な性悪者だった。
髯黒の大将は、こうして実家に帰ったことを聞いて、
「なんとも奇妙な。若い夫婦のように、面当てがましいことをしたものだ。本人は、このような思いきったことをする人ではないので、宮が軽率にもやったのだろう」
と思って、子供たちのこともあり、世間の目もあり思い乱れて、尚侍の君に、
「このように奇妙なことが起きています。かえって気が楽ですが、北の方は邸の隅に隠れていても差し支えない方ですが、にわかに宮がやったのでしょう。世間はわたしが非情な男だと噂するでしょうから、ちょっと顔を出してきます」
と言って出かけた。
上等な上の衣、柳の下襲、青鈍の綺の指貫を着て、身づくろいをした姿は、立派なものだった。「なかなか似合わないどころではない」と女房たちは見た。尚侍の君は、このようなことを聞くにつけ、わが身がいとわしく思って、見向きもしなかった。 2019.12.21◎
31.16 鬚黒、式部卿宮家を訪問
宮に恨み聞こえむとて、参うでたまふままに、まづ、殿におはしたれば、木工の君など出で来て、ありしさま語りきこゆ。姫君の御ありさま聞きたまひて、男々しく念じたまへど、ほろほろとこぼるる御けしき、いとあはれなり。
「さても、世の人にも似ず、あやしきことどもを見過ぐすここらの年ごろの心ざしを、見知りたまはずありけるかな。いと思ひのままならむ人は、今までも立ちとまるべくやはある。よし、かの正身は、とてもかくても、いたづら人と見えたまへば、同じことなり。幼き人びとも、いかやうにもてなしたまはむとすらむ」
と、うち嘆きつつ、かの真木柱を見たまふに、手も幼なけれど、心ばへのあはれに恋しきままに、道すがら涙おしのごひつつ参うでたまへれば、対面したまふべくもあらず。
何か。ただ時に移る心の、今はじめて変はりたまふにもあらず。年ごろ思ひうかれたまふさま、聞きわたりても久しくなりぬるを、いづくをまた思ひ直るべき折とか待たむいとどひがひがしきさまにのみこそ見え果てたまはめ
と諌め申したまふ、ことわりなり。
「いと、若々しき心地もしはべるかな。思ほし捨つまじき人びともはべればと、のどかに思ひはべりける心のおこたりを、かへすがへす聞こえてもやるかたなし。今はただ、なだらかに御覧じ許して、罪さりどころなう、世人にもことわらせてこそ、かやうにももてないたまはめ」
など、聞こえわづらひておはす。「姫君をだに見たてまつらむ」と聞こえたまへれど、出だしたてまつるべくもあらず。
男君たち、十なるは、殿上したまふ。いとうつくし。人にほめられて、容貌などようはあらねど、いとらうらうじう、ものの心やうやう知りたまへり。
次の君は、八つばかりにて、いとらうたげに、姫君にもおぼえたれば、かき撫でつつ、
「あこをこそは、恋しき御形見にも見るべかめれ」
など、うち泣きて語らひたまふ。宮にも、御けしき賜はらせたまへど、
「風邪おこりて、ためらひはべるほどにて」
とあれば、はしたなくて出でたまひぬ。
宮に恨み言を言おうと、出かけるに、まず自邸に寄ると、木工の君が出てきて、そのときの様子を語ってくれた。北の方の有様も聞いて、男らしく堪えていたが、ほろほろと涙がこぼれそうな様子があわれであった。
「それにしても、世の普通の人と違って、長年狂気の沙汰を我慢してきた心根を理解してくれていないな。思い通りにする人なら、今まで留まって堪えてきただろうか。あの北の方は、とにかく廃人と見ればどちらにしても同じことだが、小さい子らもいることだし、どうするつもりだろう」
と嘆きながら、あの真木柱を見ると、手は幼いが、気持ちがよくでていてあわれで、道すがら涙をぬぐいながら訪問したが、面会はかなわなかった。
「いや、会うことはない。時勢におもねっているのだから、今心変わりしたわけではない、以前から玉鬘にうつつをぬかしている噂は久しく聞いていたではないか。またいつ思い直すのを待つというのか。娘の北の方がいっそうひどい姿を見せて終るだけだろう」
と宮は言われるのは。ごもっともだった。
「まったく年甲斐もないことです。思い捨てられない子どもたちもいることだし、のんびり構えていました。何度お侘びしてもお侘びのしようがございません。今はただことを荒立てず、寛恕してください。わたしに罪があると、世間にも公表してこういう措置でご勘弁ください」
などと,髯黒はしどろもどろに言いよどんでいる。「姫君にぜひお会いしたい」と申し出たが、お出しになるはずもなかった。
男君たちの中で、十歳の子は童殿上している。美しい子であった。評判が良く、容貌などは良くないが、とても利発で、分別もようやくついてきている。
次ぎの君は八つほどで、たいへん可愛らしく、姫君に似ているので、頭をなでつつ、
「そなたこそは恋しい方の形見にも思える」
など泣いて話をする。宮にもお目通りをお願いしたのだが、
「風邪をひいて、養生してますので」
とのご返事で、何もしようがなく、退出した。2019.12.22◎
31.17 鬚黒、男子二人を連れ帰る
小君達をば車に乗せて、語らひおはす。六条殿には、え率ておはせねば、殿にとどめて、
「なほ、ここにあれ。来て見むにも心やすかるべく」
とのたまふ。うち眺めて、いと心細げに見送りたるさまども、いとあはれなるに、もの思ひ加はりぬる心地すれど、女君の御さまの、見るかひありてめでたきに、ひがひがしき御さまを思ひ比ぶるにも、こよなくて、よろづを慰めたまふ。
うち絶えて訪れもせず、はしたなかりしにことづけ顔なるを、宮には、いみじうめざましがり嘆きたまふ。
春の上も聞きたまひて、
「ここにさへ、恨みらるるゆゑになるが苦しきこと」
と嘆きたまふを、大臣の君、いとほしと思して、
「難きことなり。おのが心ひとつにもあらぬ人のゆかりに、内裏にも心おきたるさまに思したなり。兵部卿宮なども、怨じたまふと聞きしを、さいへど、思ひやり深うおはする人にて、聞きあきらめ、恨み解けたまひにたなり。おのづから人の仲らひは、忍ぶることと思へど、隠れなきものなれば、しか思ふべき罪もなし、となむ思ひはべる」
とのたまふ。
男君たちを車に乗せて、語らう。六条殿には連れてこれないので、 自邸に居らせて、
「しばらく、ここに居なさい。わたしが来るにも便利だ」
と言う。ぼんやり見送っている二人は心細気だった。あわれな者たちは心配の種が増えた心地がしたが、女君の様子を、見る甲斐があってめでたいので、北の方の気違いじみた様子を思えば、すべてに慰めになった。
その後便りもせず訪れもせず、つれない応対を口実んほようにして、宮は大そうひどい仕打ちだ、と嘆いた。
春の上もこれを聞いて、
「わたしにまで、恨まれる元になるのが、つらいのです」
と嘆くのを、源氏も耳にして、困ったものだと思い、
「むつかしいものです。わたしの一存ではどうにもならぬ人の縁で、帝も快からず思してるとお聞きしております。兵部卿の宮なども、お恨みだとお聞きしましたが、思慮深い人で、事情をよく聞いてからは、恨みも解けたといいます。自然に男女の仲は、人目を忍んでも、自ずからいつかは知れるものですから、そんな苦にするほどのことはないのです」
と源氏は仰せになる。2019.12.22◎
31.18 玉鬘、新年になって参内
かかることどもの騷ぎに、尚侍かむの君の御けしき、いよいよ晴れ間なきを、大将は、いとほしと思ひあつかひきこえて、
「この参りたまはむとありしことも、絶え切れて、妨げきこえつるを、内裏にも、なめく心あるさまに聞こしめし、人びとも思すところあらむ。公人を頼みたる人はなくやはある
と思ひ返して、年返りて、参らせたてまつりたまふ。男踏歌おとこ」とうかありければ、やがてそのほどに、儀式いといまめかしく、二なくて参りたまふ。
かたがたの大臣たち、この大将の御勢ひさへさしあひ、宰相中将、ねむごろに心しらひきこえたまふ。兄弟の君達も、かかる折にと集ひ、追従し寄りて、かしづきたまふさま、いとめでたし。
承香殿しょうじょうきょうでんの東面に御局したり。西に宮の女御はおはしければ、馬道ばかりの隔てなるに、御心のうちは、遥かに隔たりけむかし。御方々、いづれとなく挑み交はしたまひて、内裏わたり、心にくくをかしきころほひなり。ことに乱りがはしき更衣たち、あまたもさぶらひたまはず。
中宮、弘徽殿女御、この宮の女御、左の大殿の女御などさぶらひたまふ。さては、中納言、宰相の御女二人ばかりぞさぶらひたまひける。
このようないろいろの騒ぎがあって、尚侍の君はいよいよふさぎ込んでしまったので、心配した髯黒は気の毒に思って、
「予定されていた参内も、そのままにして、妨げたことも、内裏にも何か意趣のあることのように思われて、人々も懸念しているだろう。公職持つ人を妻にしている人もなくはない」
と思い返して、年が明けて、参内させた。男男踏歌があるので、ちょうどその頃に威儀を正してこの上ない立派な正装で参上た。
それぞれの大臣に髯繰大将の威勢も加わり、宰相中将の夕霧がこまごまと心を配っていた。兄弟の君達もこうした折にと集い、追従し、世話を焼くのであった。とてもはなやかだ。
承香殿の東面に玉鬘の局が用意されていた。西の女御がいるので、馬道だけの隔てである。心の中では遥か彼方に隔たっている。女御たちは、どなたもどなたも競い合っていて、宮中は華やいだご時勢であった。ことに、騒がしい更衣たちは、多くなかった。
中宮、弘徽殿女御、この王女御、左大臣の女御、などが仕えていて、そうして中納言と宰相の娘二人だけが更衣であった。2019.12.23◎
31.19 踏歌、貴顕の邸を回る
踏歌は、方々に里人参り、さまことに、けににぎははしき見物なれば、誰も誰もきよらを尽くし、袖口の重なり、こちたくめでたくととのへたまふ。春宮の女御も、いとはなやかにもてなしたまひて、宮は、まだ若くおはしませど、すべていと今めかし。
御前、中宮の御方、朱雀院とに参りて、夜いたう更けにければ、六条の院には、このたびは所狭しとはぶきたまふ。朱雀院より帰り参りて、春宮の御方々めぐるほどに、夜明けぬ。
ほのぼのとをかしき朝ぼらけに、いたく酔ひ乱れたるさまして、「竹河」謡ひけるほどを見れば、内の大殿の君達は、四、五人ばかり、殿上人のなかに、声すぐれ、容貌きよげにて、うち続きたまへる、いとめでたし。
童なる八郎君は、むかひ腹にて、いみじうかしづきたまふが、いとうつくしうて、大将殿の太郎君と立ち並みたるを、尚侍の君も、よそ人と見たまはねば、御目とまりけり。やむごとなくまじらひ馴れたまへる御方々よりも、この御局の袖口、おほかたのけはひ今めかしう、同じものの色あひ、襲なりなれど、ものよりことにはなやかなり。
正身も女房たちも、かやうに御心やりて、しばしは過ぐいたまはまし、と思ひあへり。
皆同じごと、かづけわたす綿のさまも、匂ひ香ことにらうらうじうしないたまひて、こなたは水駅なりけれど、けはひにぎははしく、人びと心懸想しそして、限りある御饗みあるじなどのことどもも、したるさま、ことに用意ありてなむ、大将殿せさせたまへりける。
踏歌は、それぞれの局の里人が来て、やり方が異なり、実に賑わいになる見物なので、誰もが美しさを尽くして、袖口の重なりなど細かい処まで気をくばって整える。春宮の女御も、はなやかに着飾って、宮はまだ若かったが、すべてに今風であった。
帝の御前、中宮の御方、朱雀院上皇と廻って、夜もかなり更けたので、六条の院は、大そうだからと省略した。朱雀院から帰ってきて、春宮の方々を巡るうちに、夜が明けた。
ほのぼのと趣きある朝ぼらけに、ひどく酔い乱れた様をして「竹河」を謡っていたので、内大臣の君達、四、五人ばかりいて殿上人のなかでも、声に優れて、容貌もいいのが、続いて謡いだしたのもすばらしかった。
童の八郎君は本妻腹の子で、ひどく大事に育てられていた。たいへん美しく、大将殿の太郎君と立ち並んんでいると、尚侍の君も他人ごととは思えず、目に留まった。身分の高い宮仕えになれた方々よりも、この玉鬘の局の女房たちの袖口、全体の気配はしゃれていて今風で、同じものの色合いも、襲でも、他のものより華やかであった。
玉鬘本人も女房たちも、このように晴れやかな気持ちで、しばし過ごせたらと思うのだった。
どこでも同じように与える祝儀の綿も、匂い香が異なり、細やかに行き届いていて、こちらは水駅であったが、雰囲気は賑わっていて、心を込めて接待するので、おきまりのご馳走の支度も殊に気を配って用意をするように、髯黒大将が手配していた。2019.12.24◎
31.20 玉鬘の宮中生活
宿直所とのいどころにゐたまひて、日一日、聞こえ暮らしたまふことは、
「夜さり、まかでさせたてまつりてむ。かかるついでにと、思し移るらむ御宮仕へなむ、やすからぬ」
とのみ、同じことを責めきこえたまへど、御返りなし。さぶらふ人びとぞ、
「大臣の、『心あわたたしきほどならで、まれまれの御参りなれば、御心ゆかせたまふばかり。許されありてを、まかでさせたまへ』と、聞こえさせたまひしかば、今宵は、あまりすがすがしうや
と聞こえたるを、いとつらしと思ひて、
「さばかり聞こえしものを、さも心にかなはぬ世かな」
とうち嘆きてゐたまへり。
兵部卿宮、御前の御遊びにさぶらひたまひて、静心なく、この御局のあたり思ひやられたまへば、念じあまりて聞こえたまへり。大将は、司の御曹司にぞおはしける。「これより」とて取り入れたれば、しぶしぶに見たまふ。
深山木に羽うち交はしゐる鳥の
またなくねたき春にもあるかな
さへづる声も耳とどめられてなむ」
とあり。いとほしう、面赤みて、聞こえむかたなく思ひゐたまへるに、主上渡らせたまふ。
髯黒の大将が、宿直所にいて、一日中言っていたことは、「夜になったら、退出させよう。こういう機会に宮仕えに気持ちが移ったら、厄介だ」
とばかり、同じことを言って催促するが、返事はない。お側の女房たちは、
「大臣が、言っているように<、『急いで退出するようなことをしないで、時々の参内なのだから、帝のご満足がゆくようにいてから、許可をえて退出されるように』と源氏が仰せになっていたたので、今宵は、あまりに急すぎませんように」
と言っているのを、髯黒は困ったことだ、と思って、
「あれほど言ったのに、うまくゆかない夫婦仲だな」
と嘆くのだった。
兵部卿宮は帝の管弦の」遊びに参加して、落ち着かず、この局のあたりを思いやっていたが、こらえかねて文をだした、大将は近衛府にいた。そちらから、と取り次いだので、仕方なく文を見る。
山深い木に羽を交わして仲良くとまっている鳥が
この上なく羨ましいです。
さえずる声も耳にとどまります」
とある。困惑して、顔が赤らみ、返事のしようもないと思っているところに、帝がやって来た。2019.12.24 ◎
31.21 帝、玉鬘のもとを訪う
月の明かきに、御容貌はいふよしなくきよらにて、ただ、かの大臣の御けはひに違ふところなくおはします。「かかる人はまたもおはしけり」と、見たてまつりたまふ。かの御心ばへは浅からぬも、うたてもの思ひ加はりしを、これは、などかはさしもおぼえさせたまはむ。いとなつかしげに、思ひしことの違ひにたる怨みをのたまはするに、面おかむかたなくぞおぼえたまふや。顔をもて隠して、御応へもえ聞こえたまはねば、
「あやしうおぼつかなきわざかな。よろこびなども、思ひ知りたまはむと思ふことあるを、聞き入れたまはぬさまにのみあるは、かかる御癖なりけり」
とのたまはせて、
などてかく灰あひがたき紫を
心に深く思ひそめけむ

濃くなり果つまじきにや」
と仰せらるるさま、いと若くきよらに恥づかしきを、「違ひたまへるところやある」と思ひ慰めて、聞こえたまふ。宮仕への労もなくて、今年、加階したまへる心にや。
「いかならむ色とも知らぬ紫を
心してこそ人は染めけれ
今よりなむ思ひたまへ知るべき」
と聞こえたまへば、うち笑みて、
「その、今より染めたまはむこそ、かひなかべいことなれ。愁ふべき人あらば、ことわり聞かまほしくなむ」
と、いたう怨みさせたまふ御けしきの、まめやかにわづらはしければ、「いとうたてもあるかな」とおぼえて、「をかしきさまをも見えたてまつらじ、むつかしき世の癖なりけり」と思ふに、まめだちてさぶらひたまへば、え思すさまなる乱れごともうち出でさせたまはで、「やうやうこそは目馴れめ」と思しけり。,
月が明るく、ご容貌は言うまでもなく清らかで、ただおの大臣の気配に違うところないのであった。「こんな人が、他にもいたのだ」と見ていた。あの方の気持ちは、浅くはなかったが、どんどん進んでいったので、厭う気持ちもましていったが、こちらの方にはぞんな懸念はなかった。とてもやさしく、最初の思いと違ったの恨み言を仰せになるので、顔も合わせられない気持ちでいる。顔を隠して、ご返事も聞こえないので、
帝は笑って、 、
「どうしました、何も仰らないのですか。昇進のお喜びなども、感じていただけたと思いますが、聞き入れられない様子なのは、そのような性分なのですか」
「どうしてこうも逢いがたい人を
深くj心に染めてしまったのだろう
仲良くなれないのでしょうか」
と仰せられる様子は、若々しく、清らかに美しく、源氏と違うところがあろうか、と気を取り直して、ご返事される。宮仕えの功績もなく、今年位を賜ったそのお礼のつもりだろうか。
「賜った紫はどんなお積もりとも存じませんで
深い思し召しだったのですね
これからよく心得てお仕えします」と申し上げれば、笑って、
「今からではどうにもならないのだ。聞いてくれる人がいるのなら、判断を聞いてみたいものだ」
とひどくお恨みになっている帝の様子が、本当に困ったことだと思われたので、「まことに情けない」、「これからはもう風情のあるそぶりを見せまい、男女の仲はむずかしい」と思い、生真面目な態度で控えていると、帝は思い通りの色めいた言葉も口にすることができず。「そのうち宮仕えにも馴れるだろう」と帝は思うのだった。2019.12.26◎
31.22 玉鬘、帝と和歌を詠み交す
†大将は、かく渡らせたまへるを聞きたまひて、いとど静心なければ、急ぎまどはしたまふ。みづからも、「似げなきことも出で来ぬべき身なりけり」と心憂きに、えのどめたまはず、まかでさせたまふべきさま、つきづきしきことづけども作り出でて、父大臣など、かしこくたばかりたまひてなむ、御暇許されたまひける。
「さらば。物懲りして、また出だし立てぬ人もぞある。いとこそからけれ。人より先に進みにし心ざしの、人に後れて、けしき取り従ふよ。昔のなにがしのが例も、引き出でつべき心地なむする」
とて、まことにいと口惜しと思し召したり。
聞こし召ししにも、こよなき近まさりを、はじめよりさる御心なからむにてだにも御覧じ過ぐすまじきを、まいていとねたう、飽かず思さる
されど、ひたぶるに浅き方に、思ひ疎まれじとて、いみじう心深きさまにのたまひ契りて、なつけたまふも、かたじけなう、「われは、われ、と思ふものを」と思す。
御輦車みてぐるま寄せて、こなた、かなたの、御かしづき人ども心もとながり、大将も、いとものむつかしうたち添ひ、騷ぎたまふまで、えおはしまし離れず。
「かういと厳しき近き守りこそむつかしけれ」
と憎ませたまふ。
九重に霞隔てば梅の花
ただ香ばかりも匂ひ来じとや

殊なることなきことなれども、御ありさま、けはひを見たてまつるほどは、をかしくもやありけむ。
野をなつかしみ、明かいつべき夜を、惜しむべかめる人も、身をつみて心苦しうなむ。いかでか聞こゆべき
と思し悩むも、「いとかたじけなし」と、見たてまつる。
香ばかりは風にもつてよ花の枝に
立ち並ぶべき匂ひなくとも

さすがにかけ離れぬけはひを、あはれと思しつつ、返り見がちにて渡らせたまひぬ。
髯黒大将は、帝がこうして玉鬘の局に赴いたことを聞いて、落ち着かなく、玉鬘を急きたてる。玉鬘は自分でも「不相応なことも、起きかねない」と、心配になり、落ち着いてもおられず、あれこれの口実を作って、退出させるべく父内大臣などが、かしこく手立てを考えて、ようやくお暇の許可が出たのだった。
「それでは、これに懲りて、二度と出仕させないと言う人が出てくるやも知れぬ。それは困る。人より先に思い入れ、人に遅れて、ご機嫌を取ることになるなんて。昔の誰かもこんなことがあった、その例を持ち出したい」
とてまことに残念に思し召した。
玉鬘はかねて聞いていたよりも、側で見る方がはるかに美しかったので、初めからお召しになる気がなくても、放っておけない。帝はなおさら口惜しく、とても残念がった。されど、ほんの一時の出来心だと思われて嫌われることのないよう、大そう心深く約束して、親しくするのも、恐れ多いことだし、玉鬘は「わたしはわたしだ」と思った。
御輦車みてぐるまを寄せて、それぞれの大臣方の付け人が、やきもきしているし、髯黒の大将もあたりをうろうろして急きたてるし、帝は側を離れない。
「こんなに、厳しく近くで守られたら、やりきれない」
と憎むのだった。
霞でも九重に隔てられたら梅の花の
香も匂って来ないだろう
格別の歌でもないが」帝の様子や気配を見ると、趣があった。
「野を懐かしんで一夜を過ごしたいが、それを好まぬ人もいて、身につまされて、お気の毒です。どうやって文を出したらよろしいか」と帝が思い悩むのも恐れ多いかった。
「香ばかりは風にでも運ばせてください、 後宮のうつくしい方々に比ぶべくもないわたしですが」
さすがに、離れがたい気配をあわれと思い、振り返りがちに帰った。2019.12.27◎
31.23 玉鬘、鬚黒邸に退出
やがて今宵、かの殿にと思しまうけたるを、かねては許されあるまじきにより、漏らしきこえたまはで、
「にはかにいと乱り風邪の悩ましきを、心やすき所にうち休みはべらむほど、よそよそにてはいとおぼつかなくはべらむを」
と、おいらかに申しないたまひて、やがて渡したてまつりたまふ。
父大臣、にはかなるを、「儀式なきやうにや」と思せど、「あながちに、さばかりのことを言ひ妨げむも、人の心おくべし」と思せば、
「ともかくも。もとより進退ならぬ人の御ことなれば」
とぞ、聞こえたまひける。
六条殿ぞ、「いとゆくりなく本意なし」と思せど、などかはあらむ。女も、塩やく煙のなびきけるかたを、あさましと思せど、盗みもて行きたらましと思しなずらへて、いとうれしく心地おちゐぬ。
かの、入りゐさせたまへりしことを、いみじう怨じきこえさせたまふも、心づきなく、なほなほしき心地して、世には心解けぬ御もてなし、いよいよけしき悪し。
かの宮にも、さこそたけうのたまひしか、いみじう思しわぶれど、絶えて訪れず。ただ思ふことかなひぬる御かしづきに、明け暮れいとなみて過ぐしたまふ。
髯黒は、今宵から自邸に引き取ろうと思っていたが、事前には許可が出そうもないので、そうは言わずに、
「急に悪い風邪で苦しんでいますので、気の置けないところでゆっくりしようと思いますが、その間離れていては気がかりですので」と穏やかに申し出て、そのまま邸に引き取ってしまった。
父大臣は、急だったので、儀礼もないみたいだと思ったが、強いてこのような仔細なことに口出しするのも気分を害するだろうと思い、ともかくも、玉鬘の進退にどうこう言える立場でない」
と答えた。
六条殿は、あまりに急で、不本意だったけれども、どうしようもない。女は塩焼く煙よろしくあてどのないわが身を嘆くが、髯黒は女を盗んできたような気になって、うれしくてたまらないのだった。
髯黒が、帝が渡ったのにひどく焼餅を焼くのを、女は気に入らず、いかにも劣っている人のような気持ちがして、まるっきり冷たい態度で接して、気色が悪かった。
式部卿の宮家でも、あれ程きついことを言ったものの、ひどく困ってしまって、髯黒はまったく音沙汰なかった。思うことがかなって、玉鬘の世話に明け暮れていた。2019.12.29◎
31.24 二月、源氏、玉鬘へ手紙を贈る
二月にもなりぬ。大殿は、
「さても、つれなきわざなりや。いとかう際々しうとしも思はで、たゆめられたるねたさを」、人悪ろく、すべて御心にかからぬ折なく、恋しう思ひ出でられたまふ。
「宿世などいふもの、おろかならぬことなれど、わがあまりなる心にて、かく人やりならぬものは思ふぞかし」
と、起き臥し面影にぞ見えたまふ。
大将の、をかしやかに、わららかなる気もなき人に添ひゐたらむに、はかなき戯れごともつつましう、あいなく思されて、念じたまふを、雨いたう降りて、いとのどやかなるころ、かやうのつれづれも紛らはし所に渡りたまひて、語らひたまひしさまなどの、いみじう恋しければ、御文たてまつりたまふ。
右近がもとに忍びて遣はすも、かつは、思はむことを思すに、何ごともえ続けたまはで、ただ思はせたることどもぞありける。
かきたれてのどけきころの春雨に
ふるさと人をいかに偲ぶや

つれづれに添へて、うらめしう思ひ出でらるること多うはべるを、いかでか分き聞こゆべからむ」
などあり。
隙に忍びて見せたてまつれば、うち泣きて、わが心にも、ほど経るままに思ひ出でられたまふ御さまを、まほに、「恋しや、いかで見たてまつらむ」などは、えのたまはぬ親にて、「げに、いかでかは対面もあらむ」と、あはれなり。
時々、むつかしかりし御けしきを、心づきなう思ひきこえしなどは、この人にも知らせたまはぬことなれば、心ひとつに思し続くれど、右近は、ほのけしき見けり。いかなりけることならむとは、今に心得がたく思ひける。
御返り、「聞こゆるも恥づかしけれど、おぼつかなくやは」とて、書きたまふ。
「眺めする軒の雫に袖ぬれて
うたかた人を偲ばざらめや
ほどふるころは、げに、ことなるつれづれもまさりはべりけり。あなかしこ」
と、ゐやゐやしく書きなしたまへり。
二月になった。源氏は、
「髯黒のやり方はつれない仕打ちだ、まったくこうまで思い切ったことをするとは。油断した悔しさ」体裁も悪く、何をするにも、玉鬘を恋しく思うのだった。
「前世の因縁など、軽く見てはいけないが、自分のどうにもならぬ思いから、自ら求めて物思いに苦しんでいる」
寝ても覚めても、玉鬘の面影が浮かぶのだった。
髯黒の大将は、風流気もなく愛嬌もない人だが、そんな人と一緒になって、ちょとした冗談も、似合わず、我慢してしまうのだが、雨がひどく降って、退屈しているころ、源氏はこうしたつれづれを紛らわすために玉鬘と語り合ったことなど、ひどく恋しくなって、文を書いた。
源氏は右近宛にこっそり出すが、右近がどう思うかわからないので、詳しくは書かず、受け手の想像に任せるように書いたのだった。
「しとしとふるのどかな春雨、
昔なじみだった私をどう思っておられますか
つれづれにつけても、恨めしく思い出されることが多いのですが、どうやって気持ちを申しあげたらよいか」
などと書かれていた。
髯黒がいないすきに、右近が見せると、玉鬘は泣いて、時間がたって自分の心に思い浮かぶ源氏の姿がほんとうに「恋しい、どうやってお逢いすることができましょう」など、言えない親なので、「どうしたら対面できますか」とあわれであった。
時々源氏がどうしてよいか対応に困る振る舞いをして、嫌だと思ったこともあったけれど、右近にも打ち明けず、ひとり胸のうちに納めていたが、右近は察していた。源氏と玉鬘に何があったか、今も納得がいかないのであった。
返事に「何か恥ずかしいけれど、ご心配するでしょうから」とて、書くのだった。
「この春雨の軒のしずくに、物思いにふって袖が濡れました
あなたを思わずにはいられません
時がたつと、おっしゃるとおり、格別さびしさもつのります。あなかしこ」
と礼儀正しく書いた。2019.12.30◎
31.25 源氏、玉鬘の返書を読む
引き広げて、玉水のこぼるるやうに思さるるを、「人も見ば、うたてあるべし」と、つれなくもてなしたまへど、胸に満つ心地して、かの昔、尚侍の君を朱雀院の后の切に取り籠めたまひし折など思し出づれど、さしあたりたることなればにや、これは世づかずぞあはれなりける。
「好いたる人は、心からやすかるまじきわざなりけり。今は何につけてか心をも乱らまし。似げなき恋のつまなりや」
と、さましわびたまひて、御琴掻き鳴らして、なつかしう弾きなしたまひし爪音、思ひ出でられたまふ。あづまの調べを、すが掻きて、
「玉藻はな刈りそ」
と、歌ひすさびたまふも、恋しき人に見せたらば、あはれ過ぐすまじき御さまなり。
内裏にも、ほのかに御覧ぜし御容貌ありさまを、心にかけたまひて、
赤裳垂れ引き去にし姿を
と、憎げなる古事なれど、御言種になりてなむ、眺めさせたまひける。御文は、忍び忍びにありけり。身を憂きものに思ひしみたまひて、かやうのすさびごとをも、あいなく思しければ、心とけたる御いらへも聞こえたまはず。
なほ、かの、ありがたかりし御心おきてを、かたがたにつけて思ひしみたまへる御ことぞ、忘られざりける。
源氏は、文を引き広げて、恋しさに涙があふれ、胸いっぱいになり、あの昔の、尚侍の君の朧月夜を朱雀院の弘徽殿女御が自分に逢わせないようにを籠もらせたことなどを思い出し、ただ今のことなので、世にあまり例のないことだと感動するのだった。
「色を好む人は、物思いの絶えない人なのだ。今は何につけて心を乱すのだろう。自分に不似合いな恋の相手なのか」
と気持ちを平静に努めようとするが、それもできかねて、琴を掻き鳴らして、玉鬘の懐かしい爪音を偲ぼうとして、あづまの調べを掻き鳴らして、
「玉藻はな刈りそ」
と歌いすさぶのだが、恋しい人に見せたら、感動するに違いない様子であった。
帝もほのかにご覧になった玉鬘の容貌が心にかかって、忘れられず、
「赤裳垂れ引き去にし姿を」
と耳慣れない古歌だが、戯れに歌って、物思いにふけっていた。帝の文も人目を忍んで時々あるのだが、玉鬘自身がわが身を情けないものと思っていたので、このようなすさびごとも不似合いと思い込み、打ち解けた返事もださないのであった。
やはり、あの源氏のありがたい心くばりが、何につけても、思いしみて忘れがたいのだった。2019.12.31◎
31.26 三月、源氏、玉鬘を思う
三月になりて、六条殿の御前の、藤、山吹のおもしろき夕ばえを見たまふにつけても、まづ見るかひありてゐたまへりし御さまのみ思し出でらるれば、春の御前をうち捨てて、こなたに渡りて御覧ず。
呉竹の籬に、わざとなう咲きかかりたるにほひ、いとおもしろし。
色に衣を
などのたまひて、
思はずに井手の中道隔つとも
言はでぞ恋ふる山吹の花

顔に見えつつ」
などのたまふも、聞く人なし。かく、さすがにもて離れたることは、このたびぞ思しける。げに、あやしき御心のすさびなりや。
かりの子のいと多かるを御覧じて、柑子、橘などやうに紛らはして、わざとならずたてまつれたまふ。御文は、「あまり人もぞ目立つる」など思して、すくよかに、
「おぼつかなき月日も重なりぬるを、思はずなる御もてなしなりと恨みきこゆるも、御心ひとつにのみはあるまじう聞きはべれば、ことなるついでならでは、対面の難からむを、口惜しう思ひたまふる」
など、親めき書きたまひて、
同じ巣にかへりしかひの見えぬかな
いかなる人か手ににぎるらむ

などか、さしもなど、心やましうなむ」
などあるを、大将も見たまひて、うち笑ひて、
「女は、まことの親の御あたりにも、たはやすくうち渡り見えたてまつりたまはむこと、ついでなくてあるべきことにあらず。まして、なぞ、この大臣の、をりをり思ひ放たず、恨み言はしたまふ」
と、つぶやくも、憎しと聞きたまふ。
御返り、ここにはえ聞こえじ
と、書きにくくおぼいたれば、
「まろ聞こえむ」
と代はるも、かたはらいたしや。
巣隠れて数にもあらぬかりの子を
いづ方にかは取り隠すべき

よろしからぬ御けしきにおどろきて。すきずきしや」
と聞こえたまへり。
「この大将の、かかるはかなしごと言ひたるも、まだこそ聞かざりつれ。めづらしう」
とて、笑ひたまふ。心のうちには、かく領じたるを、いとからしと思す。
三月になって、源氏の御殿の前の、藤、山吹が美しく夕映えに映えるのを見るにつけて、まず見る甲斐のあった玉鬘の姿が思い出されて、春の御前の紫の上の御殿を見ずに、こちらにやって来て庭を眺めていた。
呉竹の籬に、自然に咲きかかっている山吹の色香が実に美しい。
「色に衣を」
などと口ずさんで、
「思いもかけず、女との仲は隔たったけれど、
恋しく思っています
面影に見えて忘れられない」
などと仰せになるが、聞く人はない。 こんな風に諦めてしまったことを、今になってはっきり知るのだった。ほんとに変な御心のすさびだこと。
鴨の卵が沢山あるのを見て、柑子や橘に見えるように紛らわせって、それとなく差し上げる。文は人に目立つと思って、そっけなく、
「長いことお目にかかっておりませんが、思いもかけない、おあしらいと恨んでおりますが、あなたひとりの意向でないことを承知しております。格別の機会でもなければ、対面は難しいのを、残念に思っております」
などと、親めいた書きぶりで、
「同じ巣で孵った雛が見当たりません、
誰がその手を握って放さないのでしょう
どうしてこんなにと、嫌な気がします」
などとあるのを、大将も見て、笑いながら、
「女は実の親の所でも、おいそれとは気軽に戻らないものです。ちゃんとした用事以外は、帰ってはいけない。ましてこの大臣は実の親でもないのに、折にふれ、恨みがましく言ってくるのだろう」
とつぶやくのも、玉鬘は憎らしいと思う。
「ご返事はわたしにはとても書けません」
と玉鬘は書きにくいと思っているので、
「私が書こう」
と髯黒が代わるのも、身の程知らだ。
「巣が隠れて数にも入らない鴨の子を
どちらにお返しするのでしょう
ご機嫌斜めに驚いて、物好きが過ぎたことをいたしました」
と書くのだった。
「この大将が、こんな戯れ言を言うのも、聞いたことがない、珍しいことだ」
と源氏は笑うのだった。心の中では、このように自分ものにしきっているのを、とてもつらく思っていた。 2020.1,1◎
31.27 北の方、病状進む
かの、もとの北の方は、月日隔たるままに、あさましと、ものを思ひ沈み、いよいよ呆け疾れてものしたまふ。大将殿のおほかたの訪らひ、何ごとをも詳しう思しおきて、君達をば、変はらず思ひかしづきたまへば、えしもかけ離れたまはず、まめやかなる方の頼みは、同じことにてなむものしたまひける。
姫君をぞ、堪へがたく恋ひきこえたまへど、絶えて見せたてまつりたまはず。若き御心のうちに、この父君を、誰れも誰れも、許しなう恨みきこえて、いよいよ隔てたまふことのみまされば、心細く悲しきに、男君たちは、常に参り馴れつつ、尚侍の君の御ありさまなどをも、おのづからことにふれてうち語りて、
「まろらをも、らうたくなつかしうなむしたまふ。明け暮れをかしきことを好みてものしたまふ」
など言ふに、うらやましう、かやうにても安らかに振る舞ふ身ならざりけむを嘆きたまふ。あやしう、男女につけつつ、人にものを思はする尚侍の君にぞおはしける。
あの元の北の方は、日が経つにつれ、あまりのひどい仕打ちに、悲観して、さらに呆け痴れていった。大将の生活上の世話は万事につけ細かいところまで行き届いていて、君達も変わらず大事に養育していて、北の方は、縁を切ってしまうことができず、まめな男を頼っているのは、以前と同じであった。
姫君を、恋しく思うが、北の方は会わせようとしない。若い心のうちに、この父君を、宮家の誰もが許さず怨んでいて、いっそう遠ざけているのでますます疎遠になり、姫君は心細く悲しく思い、男君たちは、いつも髯黒邸に来て馴れていたので、尚侍の君の有様も、おのずからなにかにつけて話題になり話にでるので、
「私たちも、かわいがってくれますよ。風流なことをして過ごしています」
などと言うので、姫君は羨ましく、このように気楽に振舞える男君になりたかったと嘆くのであった。不思議と、男につけ女につけ、人に物を思わせる尚侍の君であった。2019.1.2◎
31.28 十一月に玉鬘、男子を出産
その年の十一月に、いとをかしき稚児をさへ抱き出でたまへれば、大将も、思ふやうにめでたしと、もてかしづきたまふこと、限りなし。そのほどのありさま、言はずとも思ひやりつべきことぞかし。父大臣も、おのづから思ふやうなる御宿世と思したり。
わざとかしづきたまふ君達にも、御容貌などは劣りたまはず。頭中将も、この尚侍の君を、いとなつかしきはらからにて、睦びきこえたまふものから、さすがなる御けしきうちまぜつつ
宮仕ひに、かひありてものしたまはましものを
と、この若君のうつくしきにつけても、
「今まで皇子たちのおはせぬ嘆きを見たてまつるに、いかに面目あらまし」
と、あまりのことをぞ思ひてのたまふ。
公事は、あるべきさまに知りなどしつつ、参りたまふことぞ、やがてかくてやみぬべかめる。さてもありぬべきことなりかし。
その年の十一月に、たいそうかういらしい赤ちゃんが生まれた。大将も願ってもないめでたいと大事にすること限りなく大事にするのだった。その有様は言わずとも想像できることでしょう。父大臣にしても、おのずからなる宿世だと思うのだった。
特別大事にされているお子たちにも容貌など劣ることがない。頭の中将もこの尚侍の君を心から親しみのある姉弟としてお付き合いされているものの、さすがに未練が残っている気色で、
「宮仕えなら、せめて帝のお子をものしてほしかった」
と赤子の美しさにつけても
「今まで皇子のいないのを嘆いていらっしゃるので、どんなに面目を施したことか」
と、虫のいいことを思うのであった。
公務はしかるべく仕切っているが、ご自身が参内されることは、このままないであろう。それも当然のことと思われる。2020.1.2◎
31.29 江の君、活発に振る舞う
まことや、かの内の大殿の御女の、尚侍のぞみし君も、さるものの癖なれば、色めかしう、さまよふ心さへ添ひて、もてわづらひたまふ。女御も、「つひに、あはあはしきこと、この君ぞ引き出でむ」と、ともすれば、御胸つぶしたまへど、大臣の、
「今は、なまじらひそ」
と、制しのたまふをだに聞き入れず、まじらひ出でてものしたまふ。
いかなる折にかありけむ、殿上人あまた、おぼえことなる限り、この女御の御方に参りて、物の音など調べ、なつかしきほどの拍子打ち加へてあそぶ。秋の夕べのただならぬに、宰相中将も寄りおはして、例ならず乱れてものなどのたまふを、人びとめづらしがりて、
「なほ、人よりことにも」
とめづるに、この近江の君、人びとの中を押し分けて出でゐたまふ。
「あな、うたてや。こはなぞ」
と引き入るれど、いとさがなげににらみて、張りゐたれば、わづらはしくて、
「あうなきことや、のたまひ出でむ」
と、つき交はすに、この世に目馴れぬまめ人をしも、
「これぞな、これぞな」
とめでて、ささめき騒ぐ声、いとしるし。人びと、いと苦しと思ふに、声いとさはやかにて、
沖つ舟よるべ波路に漂はば
棹さし寄らむ泊り教へよ

棚なし小舟漕ぎ返り、同じ人をや。あな、悪や」
と言ふを、いとあやしう、
「この御方には、かう用意なきこと聞こえぬものを」と思ひまはすに、「この聞く人なりけり」
と、をかしうて、
よるべなみ風の騒がす舟人も
思はぬ方に磯伝ひせず

とて、はしたなかめり、とや。
そう言えばあの内大臣の娘の、尚侍の就任を希望した君、そうした者にありがちな、色気づいて 男をあさるので、手を焼いていた。女御も、「いつかは軽々しい失敗をこの近江の君がしでかすだろう」と、ともすれば肝をつぶすことがあり、大臣が、
「今は出仕させるとな」
と制したのだが、聞き入れることなく、平気で出仕して交じらっている。
どんな折だったか、殿上人の評判のよい人たちばかり多く集ってこの女御の御殿に参って、管弦の遊びをし、くつろいで拍子を打って、遊んでいた。秋の夕べのただならぬ折、宰相中将も寄っていて、常ならずくだけた冗談を飛び交って、女房たちも珍しがって、
「やはり人に優れた方」
と賞賛するが、この近江の君が、人々の中から押し分けて出てきた。
「あら、困った、大変だ」
と引きとめようとするが、意地悪そうににらみつけるので、面倒と思って、
「余計なことを喋るのでは」
と言い合っていると、この世にも稀な堅物を指して、
「この人だ、この人だ」
と言って小声で騒ぐ声がはっきりする。女房たちは、困っているのに、はっきり通る声で
「沖つ舟が寄る辺なく波に漂っているのなら
私が寄りましょう泊まりはどこですか
いつまでも同じ人雲井の雁ですか、だらしのない人」
と言う。不審に思い、
「この殿には、不用意なことを言う人はいない」と思ったが、「その人だ」
と思って、
「沖つ舟のように風のままに漂う舟人でも
思っていない人にはなびきませんよ」
と、近江の君にとってはそっけない返事だったとか。2020.1.3◎

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