源氏物語  夕顔・注釈

4 夕顔

六条わたり 後の文によって、六条御息所(亡くなった前東宮の妃)邸のある所と分かる。
忍び歩き 人目を忍んで女の所へ通うこと。
惟光 後の文から、大弐の乳母の子と分かる。源氏の乳兄弟で、腹心の家来。母の看病のためにきている。この物語で実名を記すのは、家司(けいし)階級以下に限る。
中宿 外出の途中足をとどめる所。
大弐の乳母 源氏の乳母。太宰大弐(大宰府の次官、従四位相当)の妻であったのか。
尼になりにける 当時は出家の功徳によって、寿命を延ばすことができるとされた。
惟光 後の文から大弐の乳母の子とわかる。源氏の乳兄弟で、腹心の家来。母の看病のためにきている。この物語で実名を記すのは、家司(けいし)階級以下に限る。
むつかしげ 当時五条大路はさびれていたらしい。/ むさくるしい。/ 不快だ。めんどうだ。きみがわるい。
桧垣 檜の薄い板を網代風に斜めに編んだ張った粗末な垣。
半蔀 蔀(しとみ)は格子の裏に板を張ったもの。半蔀は蔀の上半分だけで外上方向に釣鉤でつるしあげ、あるいはつっかい棒で押し上げ、窓のようにする。
額つき 当時の女は顔を扇や懐紙や袖で隠すのがふつうで、見えるとすれば額に近い感じがある。(玉上)
覗く (たくさんの女たちが)源氏の君を覗く、のである。
やうかはりて 様(よう)変わりて。源氏の生活と違って。
やつしたまへり 目立たぬ姿に変える。みすぼらしい様子に変える。
前駆も追はせたまはず 「先を追う」貴人の通行のとき、さきばらいをする。先を払う。
見入れのほどなく、ものはかなき住まひ 「見入れのほどなく」ひと目で奥まで見とおせる狭さの、何とも頼りない、みずぼらしい住い。
「何処かさして」と思ほしなせば、玉の台も同じことなり。 「世の中はいづれかさしてわがならむ行きとまるをぞ宿とさだむる」(古今・雑下 読み人知らず)(この無常の世の中では、どの家を指定して自分の家とできよう。たまたま行き止まる家をわが宿と定めるまでである。自分の家さえ不変とは頼まれない、はかない現世なのだ)。「何せむに玉の台(うてな)も八重葎はへらむ宿に二人こそ寝め」玉の台(うてな)「玉台」の訓読語。玉のように美しい高殿。立派な御殿。/ しみじみ「どこが自分の指定した家であろうか、行き着いた所が自分の家である」と敢えてお思いになると、この様なみすぼらしい住まいも、玉のごとき宮殿や楼閣も、この世は仮の宿りとなれば同じことだ。
切懸 二本の柱の間に、横板を下から少しずつ重ねて打ち付けて作った板塀。これも身分の低い家の造作。
おのれひとり笑みの眉 擬人法による表現。古くは「咲」と「笑」は意が通じ、「眉ひらく」は憂いが去ってほっとした表情になること。
白き花ぞ 白は、これ以外に、前出の白い伊予簾、後出の白い扇、女の白い衣服など、本巻の基調的色彩。清楚だが空しくはかない印象を与える。
遠方人にもの申す 「うちわたす遠方人にもの申すわれ そのそこに白く咲けるは何の花そも」(古今・雑射・旋頭歌)この歌の花は梅。
御随身ついゐて 「随身」は勅命で、貴人に供奉(ぐぶ)警護する近衛の舎人(とねり)。中将(源氏)には四人つく。「ついゐて」源氏の質問に対して、膝をついてかしこまって答えるさま。
人めきて 花の名は女の名らしくて。
あやしき ⑤(貴人・都人から見て)卑しい。粗末である。
むつかしげなる ⑤風情がなく、むさくるしい。見苦しい。
むねむねしからぬ 頼もしそうでない。/ しっかりしていない。
うちよろぼひて 「よろぼふ」は、よろよろする。倒れそうな建物の粗末な様子。
口惜しの花の契りや 立派な庭には咲かないで、こんな賤しい庭に咲くとは、残念な花の運命であるなあ。「契り」運命。
こがしたるを 香を深くたきしめてあること。/ [焦がす]②薫物(たきもの)の煙でくすべる。引用。
参らせよ 二①身分の尊い人の手もとに差し上げる。(何かの仕事をして)してさし上げる。
枝も情けなげなめる花を (茎も)枝も、風情がなさそうに見える花でございますから、そのままでは差し上げにくうございましょう。
もののあやめ あやめ[文目]①模様。色合い。②物のすじ。条理。区別。引用。/ これが源氏の君だなどと、物のわけをお見分けできなさる人も、ございませぬ辺りなれど。
らうがはしき [乱がはし]①多くのものが雑然とある。乱暴である。むさくるしい。引用。
思うたまへ 「たまへ」は、自卑の助動詞。
おこたりがたく 「おこたる」は病状が弱まってすこしよくなること。/ なかなか良くならない。
ものせらるる [物する]ある動作をする。ある物事を行う。「言う」「食べる」「書く」など種々の動作を婉曲にいう語。/ ある。いる。・・している。の婉曲語。/ 「ものす」は、ある、いる、の意。(玉上)
九品の上 極楽往生には、上品上生・上品・中生・上品下生・・・下品中生・下品下生の九段階がある。その最上、上品上生。
かたほ 後文の「まほ」(完全である)の反対語。
面立たしう (おもてを起こす意)名誉なことである。/ めんぼくをほどこす。対立語は「おもなし」
なづさひ 「なづさう」は「なづむ」と同根の語。親しむなじむ、の意。
いたはしう [労しい]①骨が折れてつらい。苦労だ。②病気でなやましい。③気の毒だ。不憫である。④大切に思う。心配に思う。
ひそみ 顔をしかめる。泣きべそをかく。
つきしろひ目くはす 「尼君の体のある部分を突っついて、未練がましく見苦しいから、泣かないようにと、尼に目くばせする。
御覧ぜられたまふ 「られ」は、受身の助動詞。「たまふ」は、為手敬語、尼君にたいする敬意表現。/ 自分からべそをかいて、源氏に御覧にi入れなさると。
いはけなかりけるほどに いわけなし[稚し]こどもらしい。あどけない。おさない。
思ふべき人びと 自分を可愛がってくれるはずの人びと。源氏は三歳のとき母を失い、六歳のとき祖母を亡くした。
うち捨ててものしたまひにけるなごり 私を後に残して亡くなりなされてしまったっけが、その後に。
またなくなむ思ほえし 二人となく。「なむ」は係り助詞、結びは「し」(過去の」助動詞「き」の連体形。
人となりて後は 大人になってからは。成人。
限りあれば 高貴な身分から生ずる制約。
さらぬ別れはなくもがな 「さらぬ別れ」避けられない別れ、死別。在原業平母子の贈答歌「老いぬればされぬ別れもありといえばいよいよ見まくほしき君かな」「世の中にさらぬ別れのなくもがな千代もとなげく人の子のため」(古今・雑上)
所狭きまで 物が満ちて、そのあたりが狭い感じ。香の匂いが強く一面にただようこと。
げに 尼君が思う通り。
よに思へば よく考えてみると。よに→世に。非常に。まったく。ほんとうに。
おしなべたらぬ 通り一遍ではない(尼の前世の因縁であるよ)。
人の御宿世 「人の御宿世」で一続きの語。(これほどすぐれている源氏の乳母になったのは)特別な因縁なのだ。
掟てのたまはせて 「おきて」は、動詞、命ずる。「宣たまわす」は「言う」の最高敬語。「掟つ」②命ずる。指図する。
げに 尼君が思う通り。
紙燭 「脂燭」とも書く。「ししょく」の直接表記。松の木を長さ45cm、直径1cmほどの棒に削り、手もとは紙で巻、先端を焦がし油をぬって火をともす。主として屋内の照明用。
移り香 持ち物に移りしみている持主の常用の香などの匂い。
すさみ すさび[荒び・進び・遊び]気の向くままにすること。気慰みのわざ。もてあそび。
心あてにそれかとぞ見る白露の光そへたる夕顔の花 《当て推量にあの方かしらと見当をつけております。白露の美しさで、こちらの夕顔の花もいっそう美しくなります》。/ 「白露」は主格。君の御光来によってとくに花が輝く意。/ 「心あて」あて推量。/ 類歌。「心あてに折らば折らむ初霜のおきまどわせる白菊の花」(古今・五・秋下 白菊の花をよめる 凡河内躬恒) 《折るとすれば、あて推量で折るかな、今朝の初霜が置いて、どれが白菊やらわからなくなってしまった。》
書き紛らはしたる (誰が書いたか)まぎらわしいように書く。引用。
あてはかにゆゑづきたれば 「あてはか」[貴はか]高貴なさま。上品なさま。引用。「ゆえずく」[故付く]わけがありそうである。仔細ありげである。く
うるさき御心 やっかいな浮気心。「例の」に注意。「うるさい」[煩い・五月蠅い]①しつこくされてやりきれない。②扱いに手間がかかり厄介である。
はしたなやかに 無愛想に申し上げると。/ かえって、源氏と惟光の間の親しさがうかがえる。
 「男(をのこ)」は男子一般。「男(おとこ)」は女性の相手としての男性、夫・愛人。
はらから 同じ母親から生まれた兄弟姉妹。転じて一般に兄弟姉妹。
揚名介 国司にのみある名誉職で、国務もとらず、俸禄もないが、その地位は希望者に売られ、そのポストの任命権を有する貴人の収入となる。男は任地に行っているのではなく、別の所用である。
めざましかるべき際にやあらむ 興ざめしそうな低い身分の者であろうと。/ 興味のさめる身分の女であろうか。
さして聞こえかかれる心の 名指しで歌をおくってくる心意気。(を憎からず見すごせない)
この方には 女性関係の方面では。
寄りてこそそれかとも見めたそかれにほのぼの見つる花の夕顔 近よってこそあなたをはっきり見えるでしょう たそがれ時にはぼんやりしか見えない花の夕顔です。/ 女は君を「夕顔の花」と言い、君は女を「花の夕顔」と言う。相手の武器を取り上げて、相手に打ってかかるのが、贈答歌の常法である。(玉上)
なまはしたなきに どっちつかず、いい加減、きまりがわるい。
まだ見ぬ御さまなりけれど、いとしるく思ひあてられたまへる御側目を見過ぐさで、さしおどろかしけるを、 全くはっきり源氏であると推定せられなされた御横顔を、女は見過ごさず、早速和歌を送って、源氏をびっくりさせたけれども。
かくわざとめかしければ 「わざとめかす」で一語。わざわざ返事をくれた、の意。
あまえて いい気になって。つけあがって。
いかに聞こえむ 「きこゆ」は「言う」の受手尊敬。
言ひしろふ 言いあう。
めざまし 心外だ。気にくわない。/ 「めざましい」(驚くほど)すばらしい・気に入らない、両方の意味につかう。
蛍よりけに 「夕されば蛍よりけに燃ゆれども光見ねばや人のつれなき」(古今・恋二 紀友則)【通釈】夕方になると、私の思いは蛍よりひどく燃えるけれども、蛍と違って光は見えないので、恋人は冷淡な態度をとるのだろうか。 
御心ざしの所 お目当ての所。冒頭の「六条のわたり」をいう。
朝明 夜明け。明け方。「あさあけ」の音変化したもの。
見たまへあつかひてなむ 「見あつかう」(世話をする。看護する)の間に、謙譲の「たまふ」が加わった形。「なむ」(えまうで来ざりける)。
かことばかり 「かごとばかり」申し訳程度に。ほんの少しばかり。形だけ。
 上裳(うわも)ともいい、男は袴、女は唐裳の上にまとい着用するもの。主人の前に出るときの礼装の代用品とも、それを汚さぬためのものともいう。
おぼえこそ重かるべき御身のほどなれど 源氏は、声望が如何にも重いはずで、軽率な行動はできないご身分だけれども、御年齢のまだ若い程度や、女が心を傾けて源氏をお褒め申している有様など。これは惟光の(源氏にたいする)考えを述べている箇所である。/ おぼえ[覚え]①人に思われること。寵愛されること。②世間の評判。世評。
好きたまはざらむも、情けなくさうざうしかるべしかし 源氏が浮気をもしなさらむとしたら、それも風情がなく、物足らないであろうよ。/ 「そうぞうし」あるべき物やなすべき事がなくて物足りない。
人のうけひかぬほどにてだになほ、さりぬべきあたりのことは、 あの男ならば、浮気も当然だ、とて、浮気を人が承知するならば問題はないが、承知してくれない身分の低い男にだって、やっぱり、きっと相当な女の事は、自然に好ましく思われるものであるから、まして源氏が。「好き給はざらむも」である。/ 「うけひく」[承け引く]承諾する。同意する。
さりぬべきあたりのことは 「さりぬべき」当然そうあるべき。適当な。適った。「あたりのことは」女のこととなると。
口とく くちとし[口疾し]受け答えがはやい。
もし、見たまへ得ることもやはべると もしや、何か発見いたすこともありましょうかと。(渋谷)
さうざうしかりなむ 「そうぞうし」 あるべき物やなすべき事がなくて物たりない。ものさみしい。/div>
下が下と、人の思ひ捨てし住まひなれど 「中の品になむ、人の心々、おのがじしの立てたるおもむきも見えて、分かるべきことかたがた多かるべき。下のきざみといふ際になれば、ことに耳たたずかし」・・・中流の人は、人それぞれの趣が見えて、他との違いもそれぞれに多いのである。下流の人は、聞くまでもない。(帚木 「雨夜の品定め」頭の中将の言葉。
おいらかならましかば おっとりしている。穏やかだ。おっとりしている。/ 素直であったならば。(渋谷訳)/おとなしかったならば。(玉上訳)/ 素直になびいてくれていたのだったら。(小学館古典セレクション)。/ それでも、もしあの夜、空蝉が源氏の言うままに、すなおな態度であったならば、(よかったであろうに。そうすれば、)源氏は気の毒な過失をしたということでまあ、あれだけで、きっとやめてしまったに違いないものを。(然し実際はおいらかでなかった)<(岩波大系)/div>
かやうの並々までは思ほしかからざりつるを このような空蝉級の平凡な女にまでは、以前には、思いがかからなかったのに、今、思いがかるようになったのは。
いぶかしく いぶかる[訝る] 不審に思う。怪しむ。
品々 「しな」階級の複数形。
うらもなく なに心もなく。隠し立てせずに。正直に。
片つ方人 軒端萩のこと。
つれなくて聞きゐたらむことの恥づかしければ (空蝉が一部始終を)つれなく聞いていると思うと、恥かしくて。
人もいやしからぬ筋に 素性がいやしくないこと。
ねびたれど 「ねびる」①老人くさくなる。老成する。②草木がなえてしぼむ。
ふつつかに心づきなし ふつつか[不束]太くしっかりしている。不格好である。(ごつごつして)風情がない。「心づきなし」気にくわない。感じがわるい。
あいなくまばゆくて 「あいなし」は、関連性がない、理由がない、の意。こんな老受領相手に何もひけ目を感ずる必要はない、と思いながら、気恥ずかしさに、目をそらしたくなる。
をこがましく ばかげていて、みっともない。物笑いになりそうだ。引用。 
なのめならぬ片は 「なのめならぬ」[斜めならず] ひととおりではない。ななめならず。引用。「かたわ」[片端]不完全なこと。不格好。欠点、不具。見苦しいこと。/ ほんに、左馬頭の言ったように、この(空蝉や軒端萩に関係した)恋こそは、並大抵でない失体(間違い)であるはずなのであったと。(岩波大系)
いとほしきに 見ていられないほどかわいそうである。気の毒である。/ 源氏の伊予の介に対する感情。
馬頭の諌め 雨夜の品定めにおける馬の頭の発言「なにがしがいやしき諌めにて」は「すきたわめらむ女に」気をつけよ、で、空蝉とは逆である。それで、馬の頭の発言全部とさしたのだ。とする説もある。(玉上)
人のためは 夫の伊予介をさす。
娘をばさるべき人に預けて 結婚さすこと。
人の心を合せたらむ (空蝉が)同意したとしても。 「む」は仮定を表す。
軽らかにえしも紛れたまふ 「紛れたまうまじき」 (源氏の)姿を紛らして目立たないように微行(お忍び)する。
似げなきこと 以下主格が空蝉。空蝉の心の思いを書いている。/ にげない[似気無い]似つかわしくない。ふさわしくない。つりあわない。
さすがに、絶えて思ほし忘れなむことも・・・ さすがに、(源氏が)絶えて(空蝉を)思ほし忘れなむことも、いと言ふかひなく、憂かるべきことに(空蝉は)思ひて、(源氏への)さるべき折々の御答へなど、なつかしく聞こえつつ、なげの筆づかひにつけたる言の葉、あやしくらうたげに、(源氏の)目とまるべきふし加へなどして、(源氏が)あはれと思しぬべき(空蝉の)人のけはひなれば、(空蝉が)つれなくねたきものの、(源氏は)忘れがたきに思す。 (岩波大系)
いま一方は 軒端萩。
主強くなるとも 「持主」の意で、夫。夫が決まっても。
人やりならず 人のせいにできない。
心づくし 物思いのかぎりをつくすこと。主として藤壺への思慕をさす。/ 「木の間よりもりくる月の影見れば心づくしの秋は来にけり」(古今・秋上 読人しらず)秋はもともと物思いの季節である。
大殿 左大臣邸。葵の上のもと。
恨めしくのみ思ひ聞こえたまへり (葵の上は源氏を)恨めしく思っている。「きこえ」は源氏に対する敬意。「たまへ」は葵の上に対する敬意を表す。
とけがたかりし御気色を 源氏の求愛になかなか応じなかったこと。
おもむけ聞こえたまひて 「おもむ(面向)く」は、こちらへ面を向けさせ従わせることで、ここでは、くどき落とす、の意。「きこえ」は女君、「たまえ」は男君に対する敬意。
ひき返し、なのめならむはいとほしかし うって変わって不熱心になってはお可哀そうだ(玉上)。/ うって変わって、通り一遍なお扱いのようなのは気の毒である(渋谷)。「なのめ」[斜め]②際立たないこと。ありふれていること。→なのめならず。
よそなりし 御息所が、(まだ源氏の手に入らず)余所の人であった頃の、源氏のやきもきした恋の迷いのように、源氏が無理に熱中する事の無いのも。
あまりなるまで あまり[余り]②(副詞的にも使う)物事が普通(正当)と思われる程度を越えること。過度。法外。あんまり。
思ししめたる 「思ししむ」で、思いつめる、の敬語表現。
夜がれ [夜離れ]男が女のところへ通ってこなくなること。
寝覚め 物思いのため、夜、眠れないでいること。
齢のほども似げなく 宣長の説によると、この時源氏は17歳、六条の女君は24歳、7歳年長である。(玉上)
中将のおもと 御息所つきの女房。上臈である。
見たてまつり送りたまへ 「たてまつり」は源氏に対する、「たまへ」は御息所に対する敬語。
咲く花に移るてふ名はつつめども 折らで過ぎ憂き今朝の朝顔  美しく咲いている花のようなそなたに心を移したという評判は憚られますがやはり手折らずには素通りしがたい今朝の朝顔の花です(渋谷)/ 咲く花に気が移る、と評判されては困るけれども、このままでは帰れぬ今朝の朝顔だ(玉上)。いづれも咲く花は目の前の中将としている。/ 咲く花を六条の女とする解釈。咲く花に色があせる即ち「うつる」と言う言葉は、慎むものであるけれども、美しさがわたしの心に移って、折らなくては通り過ぎる事のつらい朝顔の花である。(咲く花即ち御息所に対しては、私の心が他に移ることは慎み憚るものではあるけれども、心が移って、手折らないでそのまま通りすぎる事のつらい、中将の今朝の顔の美しさである。)私はどうしたらよいであろうか。この朝顔は桔梗であろう。(岩波大系)
朝霧の晴れ間も待たぬ気色にて 花に心を止めぬとぞ見る 朝霧の晴れる間も待たないでお帰りになるご様子なので朝顔の花に心を止めていないものと思われます(渋谷)/ 朝霧の晴れれのも待たずお帰りの御様子は、花に心をおとめでないとお見うけします(玉上)。
紫苑色の折にあひたる 紫苑色の、季節に合ったのを着て(その上に薄物の裳を)。紫苑色はかさねの色目の一つ。
ひき据ゑたまへり (源氏が中将を座らせる所作。)/ 強いてその場に座らせる。しっかりと据える。/ 手をかけて座らせる動作。/ 引っ張って座らせる。
うちとけたらぬ 気を許していない(態度)。
おほやけごと 御息所に仕える女房の立場から、故意に、源氏の歌を主人に対する歌として扱ったこと。/ 中将自身への和歌であったのに、主人御息所の事(おほやけ事)として、敢えて申す。
ことさらめきたる 特別に作ったらしい。この邸の優雅な趣味の表れ。
大方に 特別の個人的関係なしに。/ 一般的に(特別に源氏と関係なくて)源氏を見申すだけの女でも、源氏に心を打ちこんで熱中しない者はない。
ほどほどにつけて それぞれの身分相応に。
まことや 話の途中で忘れていたことを思い出して語るさいの発語。前述のことに話を戻す。
預かりのかいま見は 担当の覗き見の件は。あずかり[預かり]②引き受けて世や管理をする人。仕事などの担当者。
はひわたる 「這い」は、そろそろと、こわごわと、の意の接頭語。
右近の君 女房の名。「こそ」は人名につけて、呼びかけに用いる。
中将殿 頭中将のこと。後に明らかになる。
あなかま 右近(女房)がいうのである。「あな、かまし」(ああ、やかましい)の略。
手かくものから 手まねで黙らせる。
打橋 取り外しのできる簡単な板の橋。
葛城の神 大和国(奈良県)葛城山の一言神が、役行者に命ぜられて、金峰山と葛城山との間に橋を架けさせられたとき、顔が醜いからとて、夜間だけ働いたため完成しなかったという伝説がある。
むつかりて むずかる[憤る]機嫌を悪くする。
さがしうしおきたれ 「さがし」は「険し」「嶮し」で、危険である、の意。「しおく」①しておく。処置する。処分する。?どうして橋を作るとなるのか?
なにがし、くれがし 誰、彼。具体的に官名・人名などをさして言ったのを惟光が要約した形。
小舎人童 近衛の中将や少将が召し連れる少年。
たしかにその車をぞ見まし 源氏の言葉。できるものなら、見たいものだった。「まし」はありえないことをあってほしいと希望する意。
もし、かのあはれに忘れざりし人にや 雨夜の品定めの折に、頭中将が語った常夏の女。
私の懸想 「私の」個人としての、プライベートな。「おほやけの」に対する。「懸想」恋慕。/ 主人の用向きではなく、自分個人のこことして、夕顔の女房の一人とうまく恋仲になって。
我れどちと知らせて 「我どち」自分たちどうし。仲間どうし。
そらおぼれして そらとぼけて。
おはしまさせ 「おはしまさ」(「行く」の最高敬語、未然形)せ(使役の助動詞「す」連用形)そめ(下二段活用、連用形)て(完了の助動詞「つ」連用形)けり(過去の助動詞、終止形)。
女、さしてその人と尋ね出でたまはねば 女を、はっきり誰とお聞きただしなさらないので。(玉上)/ この女を、どこの誰とその素性をおつきとめにもなれないので。(岩波大系)
やつれたまひつつ 「やつれ」粗末な服をきること。
下り立ち 身を入れて事にあたる、の意、馬に乗らないことをかけた用語。貴人は牛車を使いのが普通。ここは女を安心させるため下級者をよそおう。
おろかに思されぬなるべし おろか[疎か]実が十分にこもっていないこと。いい加減。/ おろそかに思っていない。真剣に思っている。「ぬ」打消の助動詞「ず」の連体形。
懸想人のいとものげなき足もとを、見つけられてはべらむ時、からくもあるべきかな 惟光が思ったのである。恋をしている身で、まったくみすぼらしい徒歩姿(足もと)を、もし見つけられたら、その時は、つらいでしょうよなどと、迷惑がるけれども。
もし思ひよる気色もや 「思いよる」思いあたる。考えつく。もし(源氏と)思いよる気色があれば。「気色」そぶりをすること。気配を感じさせること。「もや」問いただす意を表す。強い詠嘆を表す。/ もし源氏とわかってしまうそぶりがあれば。
便なく 
[便無し]「都合」の意の漢語「便(びん)」に形容詞「無し」が複合した語。▼物事の条件が整わず、都合が悪い状態を表すのが本来の意。▼また、そのような状態にあるものをよくないこととしてとがめるさまを表す。▼さらに、近世では、「不便・不憫」からの連想で、気の毒だなどと哀れに思う心情を表す。①都合が悪い。具合が悪い。②感心しない。不都合である。③気の毒である。かわいそうである。(三省堂全訳読解古語辞典)/ ここでは②の意にとり「好ましくない」とした。
かかる筋は 女との事。色恋沙汰。
めやすくしづめたまひて 「めやすし」[目安し]見苦しくない。感じがよい。「しづめる」[沈める・鎮める・静める]物事を乱れなくやりおおせる。
今朝のほど 女から別れて帰邸した朝の間、(宵には逢うるのだが)昼間だけの離れも待ち遠しく思うjなど・・・。
いみじく まことにうまく。適切に。
人のけはひ 人とは夕霧のこと。/ 女のしぐさ様子が、じつにびっくりするほど柔順におっとりして、思慮深さや重々しさは足りなくて、 ただひたすら若々しげに見える一方であるにもかかわらず男女の仲をしらぬというのでもなく。
やはらかにおほどきて 柔和でおおらかで。「おおどく」おおようである。うちとけている。
狩の御衣 狩衣。本来は狩猟用。直衣よりも一段と略装である。「奉る」は「着る」の敬語。
ものの変化 「物の変化」で一語。「変化」とは人間以外のものが、人間の姿となって現れたもの。三輪山・葛城伝説など古代の神婚説話などに例が多い。
うたて思ひ嘆かるれど、人の御けはひ 以下主格を補う。(女が)うたて思い嘆くが、(源氏の)気配は・・・
手さぐりもしるべきわざなりければ 「手さぐり」夜の寝間の所作。「しるべきわざ」すぐれた方だと、はっきりわかる事であったから。
大夫 惟光のこと。五位の官人の称。
せめてつれなく知らず顔にて 強いて素知らぬ顔をした。(以下惟光の態度を描写)
かけて 「かけて」は下に打消しの語を伴うときは、「まったく・・・しない」の意。
あざれ あざる[狂る・戯る]たわむれる。ざれる。ふざける。
うらなくたゆめて 「うらなく」腹蔵なく。隠すところなく。「たゆめ」油断させる。引用。女が自分(源氏)を。
いづこをはかりとか (女がこっそり身を隠したら))どこを目当てとして女を探そうか、どこにも当てはない。/ 「はかり」は目処、目当て。係助詞「か」疑問、推量の助動詞「む」連体形。係結びの法則。反語表現。探し当てることができない。
なのめに思ひなしつべくは 「なのめ」[斜め]際立たないこと。ありふれていること。通り一遍。「おもいなし」[思い做し]思いなすこと。それだろうと推量してきめること。
はひ隠れなば] はいかくる[はうようにして逃げ隠れる。ひそみ隠れる。/ (女が)ひっそり隠れてしまったら。
かばかりのすさび 名も知らぬ女との行きずりのたわむれという程度の、の意。
追ひまどはして 跡を追っても分からない時。/ 行方を追って見失って、しかもそのまま諦めることができるならば。/ 「惑わす」方向が分からないようにする。見失わせる。
誰れとなくて 身分不明のまま。身分によって待遇を変えるのである。身分にふさわしくない待遇をしては、男君が笑いものになってしまう。
さるべきにこそは そうなるはずの宿縁。「こそは(あらめ)」
しむ 「染む」で、執心する。
のどかに のんびり。ゆったりと。
聞こえむ 「きこえ」は「言う」の受手尊敬。
世づかぬ 世間の普通の場合とちがっている。名前を明かさないなどのこと。
かたはなること 不完全なこと。欠陥があること。
忍ぶるやうこそは 「きっと隠すような事情があるのだろう」と。
気色ばみて 源氏が源氏なら自分も自分だ、自分にも考えがあるという風に気どって、突然、源氏に背こうと思うような心持などないものだから。(全く軟らかくおとなしい女である)/ 芝居じみて。
かれがれに 「かる」(離れる意)の連用形を重ねた形。
心ながらも 自分の心得ではあるが。自分のいつわりなない気持ちから見ても。/ 我ながら(変なことを考えるようだが)、少しは女の方でほかの男に心を移すようなことがあったほうがかえっていとしさが募るだろう。
田舎の通ひも思ひかけねば 「田舎の通ひ」田舎への行商。「思いかける」期待をかける。「ね」は否定。
こそ 呼びかけの語。
いとあはれなる 全く気の毒な各自の仕事のために、早くから起き出してざわざわ音を立て、忙しそうにしているのも、夕顔の宿に距離が近いから、女(夕顔)はむさくるしい自分の宿を。/ 男君から見れば、これらの」の人びとがすることは、皆、つまらない情けない可哀そうなことばかりである。/ まことにほそぼそとした(各自の生計のために起き出して)/ ほんの細々した(それぞれの仕事に起き出して)
ほどなき ほど[程]①時間的度合を示す。②空間的な度合いを示す。/ すぐ近いこと。
艶だち気色ばまむ人 「艶だつ」様子ぶる。風流がる。「気色ばむ」は気どる。
かたはらいたきこと 「かたわらいたい」気まり悪い。恥かしい。
思ひ入れたるさまならで 気に病む様子でもなく。「思い入れ」⑤深く心にかけること。
あてはかにこめかしくて 「あてはか」高貴なさま。上品なさま。「こめかしくて」[児めかしくて]子供らしくて。ほめことばである。
らうがはしき 「乱がはし」で、乱雑で騒がしい。
用意なさ 「用意」心づかい。意を用いること。
かがやかむ 顔がほてる。恥かしく思う。
あえか かよわく、なよなよとしたさま。たよりないさま。
あな、心苦し ああ気の毒だ(痛々しい)と、一筋に全く、可憐だと自然に見られる。/ ああ、いじらしい。(渋谷訳)
心ばみたる 積極的な気分を少し加えたらよかろう。「心ばむ」は気どった気張ったような点である。夕顔の柔らかすぎる性格に対する希望。/ いい意味の気どりをもつ意。
いかでか 源氏の突然の提案ゆえに、女がすぐさまに応じかねている言葉。
白き袷、薄色のなよよかなるを重ねて 白と薄紫(薄色)はともに清楚で淡くはかない。/ 白は本巻の基調的色合い。清楚だが空しくはかない印象を与える。/ 白い袷の下襲したがさねに、薄紫色で柔らかな上着(小袿こうちき)を重ねて着ているので、色合いが地味で、ぱっと晴れやかでない姿は、(落ち着いているので)本当に可憐げで可愛い気がし、、しかもどの点が勝れているといって、特にとりたてて。/ 袷 表裏を合わせて作った衣服。/ 「なよよかなる」したておろしではないのである。
たをたを しなやか。しとやか。
頼めたまふ (相手に)信頼するように言う。こちらを頼みにするように言う。
人の思はむ所もえ憚りたまはで 主格は源氏。
御嶽精進 吉野の金峰山(御岳)に参籠する前には、千日間の精進をする。当時流行した。修験道の祖、役の行者がしたのに始まる。
ぬかづく 一日何千回となく立って仏名を唱え、座してぬかづくことを繰り返す行。
朝の露に異ならぬ世 「朝露に名利を貪り 夕陽に子孫を憂う」(白氏文集・巻二)
南無当来導師 「なも」 梵語。南無、と同じ。帰命・敬礼・帰依。「当来」は未来。釈迦入滅後五十六億七千万年に人間を済度する出征して弥勒菩薩のこと。
優婆塞が行ふ道をしるべにて 来む世も深き契り違ふな 優婆塞の修行を道案内として、来世も、二人の堅い約束を破らないように。(玉上)/ 優婆塞がお勤めしている仏の道に導かれて、あなたも来世までの深い約束にそむかないでください。(岩波大系)
長生殿 唐代の宮殿。そこで玄宗皇帝が楊貴妃に愛を誓ったという。
ゆゆしくて 不吉なので。
かねたまふ 「かぬ(兼ねる)」は将来のことを予定する。
こちたし ④程度がはなはだしい。分に過ぎている。⑤様子や状態がものものしい。仰々しい。引用。
前の世の契り知らるる身の憂さに行く末かねて頼みがたさよ」 前世の約束事の程度も知られるわたくしの不運さゆえ、未来まで頼むわけには参らないようです。(玉上)/ 前世の因縁の思い知られる身の上のつらさを思いますと、これから先のことはとても頼みがとうございます。(岩波大系)
かやうの筋なども 詠歌の方面。仏道とも。/ 返歌のしかたなんかも。
いさよふ 進みそうで進まない。沈みそうで沈まない。
ゆくりなくあくがれむことを 「ゆくりなく」思いがけず。偶然にも。「あくがる」(本来いるべき所を離れて)浮かれ出る。
やすらひ 「やすらふ」は、躊躇する。山の端にたゆたう月のイメージと、宿を出るのをためらう女の心情とは微妙に響きあう。当時西に沈む月に、浄土ー死が連想された。女のためらいは、死の予感のためと感じさせる。
はしたなきほどにならぬ先にと 明るくなって人目につくようにならないうちに。
預かり 院の管理人。
かやうなること 女を連れ出して逢うこと。
心尽くしなる さまざまに物思いすること。また、気をもませられること。
いにしへもかくやは人の惑ひけむ我がまだ知らぬしののめの道 昔の人もこのようにさ迷い歩いたものだろうか、わたしの今まで知らなかった夜明けの恋の道行に。(岩波大系)/ 昔の人もこんなにうろうろしたのだろうか、わたしは経験したこともない明け方の道を。(玉上)
山の端の心も知らで行く月はうはの空にて影や絶えなむ 山の端がどういう気持ちでいるのかも知らずに、そこを目ざして渡ってゆく月は、もしかしたら空の途中で姿が消えてしまうのかもしれません。(岩波大系)/ 山の端の心も知らず渡りゆく月(そしてわたくし)は、大空の途中で影もなくなるのではございませんかしら。心細うございます。(玉上)
高欄に御車ひきかけて立ちたまへり 牛をはずして、欄干に車の轅(ながえ)をもたせかける。内々の気楽なやり方である。./ 「立つ」は路上に車を止めること。
経営しありく 世話に忙しく奔走すること。
艶なる心地 この恋の場に立ち会って、ほのぼのと浮き立つ気持ちである。恋愛にからまる感情。
この御ありさま知りはてぬ 主題は右近。皇室御領の院に前触れもなく入りこんだり、その留守役の懸命の接待ぶりを見て、この人の貴い素性が分かった。
下家司 家司(いえづかさ→けいし)はは、摂関・大臣・三位以上の家で、家政をとりしきる職。下家司は、その中の下役。
殿にも仕うまつる者 「殿」は二条院(源氏自邸)あるいは、左大臣邸。両方か。二説あり。
旅寝 自宅以外で寝ること。
息長川 二人の仲の絶えることはないと誓う意。「にほ鳥の息長川は絶えぬとも君に語らむ言尽きめやも」(万葉集4458馬史国人)「にほ鳥」はかいつぶりで、水にもぐって魚を取るので「息長川」の枕となる。
別納 別棟の雑舎。母屋の他に、物などを納めておくため別に建てた家屋。
曹司 宮中または官署などの官吏史または女官の用部屋。
 「粥(かゆ)」は米たいたもの。固粥(かたがゆ)は今日のご飯、汁粥(しるがゆ)は今日も粥と称するもの。/ 当時は米を蒸して食べるのが普通。
たくるほど 「たくる」じゅうぶんになる。盛りになる。日が高くのぼる。
かばかり この様に深い仲になっても(なお隠し立てしているのも(源氏は素性を明かしていない)。
ことのさまに違ひたり 男女のあるべきさまと違っている。(渋谷)/ 今となってはそぐわぬことと思って。(小学館古典セレクション)/ 変な話だとお思いになって。(玉上)
夕露は女、花は源氏をさしている。/ 夕露に紐とく花は玉鉾のたよりに見えし縁にこそありけれ こうして夕べの露に花を開いて顔を見せてくださるのも、あの通りすがりの道でお逢いしたご縁によるものだったのですね。(小学館古典セレクション) / 夕露にほだされて堅い莟が紐を解き顔を見せる花は、道の通りすがりに逢った縁があったのだ。(玉上)/ 夕べの露を待って花開いて顔をお見せするのは   道で出逢った縁からなのですよ(渋谷) / 夕方の露にうるおされて莟の咲く花の顔は(只今わたしの顔をお見せするのは)、通りがかりに、如何にもわたしの顔を御身に見られた因縁からであった。(岩波大系) / 「ひもとく」莟が花咲くこと、と、覆面の紐を解くこと、を、かけた。/ 「玉鉾」道の枕詞。「紐とく」は下紐を解いて契りを交わす、意。
顔はなほ隠したまへれど 主格は源氏。源氏は覆面で顔を隠している。
露の光やいかに わたし(源氏)の美しい顔を見てください。(小学館古典セレクション))/ わたしの顔の光(美しさ)は、どうであるか。美しいかね。(岩波大系/ 「心あてにそれかとぞ見る白露の光そへたる夕顔の花」最初に女が(あるいは女房たちが)送った歌によっている。個々では白露(源氏)が夕顔の花に美しさを添えている。
後目 流し目。顔は動かさず眼だけ動かして後方を<見やること。
光ありと見し夕顔のうは露はたそかれ時のそら目なりけり 光り輝いていると拝見したあの夕顔の上露のようなお顔は、夕暮れ時の見間違いでございました。(小学館古典セレクション)/ 光り輝くと見ました夕顔の上におく露は、暮れ方の見そこないでございました。(玉上)
所から 場所からして。薄気味悪い所。
まいてゆゆしきまで 「まいて」まして、の音便。「ゆゆし」は忌むべきことで、不吉だ、縁起が悪いの意で、容貌、才能などあまりに秀でた人は神怪妖物に魅入られて、災いを受けるとの俗信がある。/div>
尽きせず隔てたまへる これだけの仲になったのに、いつまでも、へだてをおいて、名を言わない。
今だに せめて今。自分が覆面をとった今。
むくつけし ①おそろしい。気味がわるい。こわい。②むさくるしい。無骨でうとましい。
海人の子なれば 「白波の寄する渚に世を過ぐす海女の子なれば宿も定めず」(和漢朗詠集・巻下・遊女)落ちぶれた身分の子ですから申し上げられません。
あいだれたり 「あいだる」は、なよなよと甘えた様子。
くだもの 果実。また菓子。
右近が言はむこと 惟光と源氏との主従関係を右近に悟られると、これまで隠してきたと、右近に責められるだろうと、惟光が恐れる。
いとほし かわいそうだ。気の毒だ。
かくまでたどり歩きたまふ 惟光の源氏評。源氏の君がこれほど、歩き回って逢う手だてを求めるのも。
さもありぬべきありさま (源氏をこれほど夢中にさせる)それだけのものが夕顔にはあるのだろう。
夕映えを見交はして 「夕映え」は、日没前後に一時薄明るくあたりが浮き出て見えることで、その薄明の中に浮かぶ互いの顔の意。/ 夕日に照り映えて美しい顔を、互いに見合って。
名残りなくなりにたる 余すところなくお互いに知り合ってしまった仲になりながら。
内裏に、いかに求めさせたまふらむを、いづこに尋ぬらむ 帝がどんなに自分をお捜しでいらっしゃることか、お使者がどこを捜しているだろうかとお思いやりになって。(小学館古典セレクション)/ 宮中ではどんなにかお探せ遊ばしていらっしゃろうが、何処を探しているやらと、思いをお馳せになり。(玉上)/ 「求めさせたまふ」二重敬語。光る源氏が心に思う時に二重敬語を使うのだから「うち」は帝だ、と知れる。「尋ぬらむ」敬語がない。帝の命を受けた人々が、である。
宵過ぐるほど 午後十時頃。日没から日の出までの間を三分して、宵・夜・暁と称し、宵はほぼ十時ころまで。
いとをかしげなる女 ひどく美しげな女がすわっていて。/div>
己がいとめでたしと見たてまつるをば、尋ね思ほさで 「おの」は、僧・男子・老人・物の怪などの自称で、若い女には使わない。源氏の頭に浮かんだ六条御息所の姿は、夕顔に溺れることの御息所への後ろめたさが、夢になって源氏を責めるものと理解できる。/ この私が、まことにご立派なお方とお慕い申しているのに、尋ねようともお思いにならず・・・(小学館古典セレクション)/ ほんとにご立派とお見あげ申しておりますわたしを訪ねようともなさらないで。(玉上)/ わたしがあなたをとても素晴らしいとお慕い申し上げているそのわたしには、お訪ねもなさらず(渋谷)/ 私が、御身(源氏)を大層お美しいと見申すのに、それをば源氏は尋ねることをお考えにならずして、こんな格別取柄もない女を・・・(岩波大系)/この夢の中の美人の言葉が、よくわからない。「おのがめでたしと見たてまつる六条の女君をば」と見る説もあるが、それではずいぶんおせっかいなものになってしまう。「男君をおのがめでたしとみたてまつるに」の意と、「を」を接続詞的に考える説もあるが、その時は「をば」とは言わないようだ。で、結局、「君をめでたしと見たてまつるおのれをば、たづねも思ほさで」の意とみることにしたが、なお落ち着かない。夢の中でもののけが言う言葉なのだから、少しは変でもしょうがなかろうか。(玉上)
時めかしたまふ ちやほやする。大切にする。
めざましく 意外な事を見て目を見張る感情。
うたて 程度が甚だしく進んで普通とちがうさま。異様に。ひどく。
太刀を引き抜きて 平安時代には、儀礼用・護身用の太刀をいう。太刀を抜き刀身を現すのは、魔よけのまじない。
思へり 敬語がない。主語は女君。
我かの気色なり 「我か人か」で自他の見分けもできない。意識を失った様子。
いかさまにせむと思へり 「思へり」敬語がない。主語は女君。女は、どうしていいか分からない有様。
弦打 魔よけのため、弓の弦を鳴らすこと。
滝口 滝口の武士。滝口は清涼殿東北の前庭、皇居守護の武士の詰所があった所。本来は滝の落ち口の意で、内裏の御清水の落ち口は切り石で畳まれた貯水井となっている。
名対面 毎夜亥の一刻(午後九時)に宿直・勤番の従臣らが名を名乗り、出勤報告をすること。
宿直奏し 滝口の武士が点呼を受けて名乗ること。官人の名対面の後に行われるので、九時半過ぎになるだろう。
さながら臥して さっきの通り横たわっていて。
うたて 副詞。事態のますます悪化することを嘆く意を表す。
乱り心地の悪しう 気分の悪いこと。病気にかぎって用いる。
わりなく思さるらめ 「わりなくおそろし」の意。
そよ。などかうは 右近の「御前にこそ・・・」を受けて、「そう、そのことよ・・・」と源氏が言う。
若びたる人 (夕顔はたいそう)子どもみたいな人なので。
物にけどられぬる 「物」は、霊的な存在。「鬼」を「モノ」と訓した例が万葉集にある。「けどる」魂を奪う。
近き御几帳を引き寄せて 滝口の男に紙燭を手もとまで届けさせるため、男の目から夕顔の姿を隠そうとする動作。
例ならぬこと 主人が女といる寝所まで従者を呼び入れられるのは異例。
長押にもえ上らず 母屋と廂との境の下の下長押。長押は母屋と廂、または廂と簀子(縁)との境にある長い横木。上の長押(鴨居)と下の長押がある。廂は下長押を境に、母屋より一段下がる。女房たちは廂に寝ている。
所に従ひてこそ 慎むのも「所に従ひて」適宜にすべきだ。
むくつけけれ おそろしいこと。むさくるしいこと。
いふかひなくなりぬる 何を言ってもその甲斐がない。女が死んでしまったこと。
けはひものうとくなりゆく 気配もの疎くなりゆく。夕顔に死人らしい様子が現れ始めた。
むつかし ④気味が悪い。おそろしい。引用。
南殿の鬼 『大鏡』忠平伝に、太政大臣忠平(880-949)が若い頃、夜間、人気のない紫宸殿(南殿ともいう)で、鬼に太刀のこじりを捕えられたので、勅使を妨げると容赦せぬと一喝したところ、鬼は東北の隅へ退散したとある。
この男を召して 滝口の男。
かかる歩き 供人なしに忍び歩きすること。
むくむくしさ 非常に気味の悪いさま。
気色ある鳥から声に 「気色ある」①趣きある。おもしろい。②異様だ。一癖ある。引用。/ 「から声」しわがれ声。一説に、うつろな声。引用。
また、これもいかならむ 源氏が「この女(右近)もどうなってしまうか」と上の空で掴まえている。
隈々しくおぼえたまふ 「くま」は灯火の届く範囲外。不気味にとりまいている暗闇が、魔性のものの潜む場所であるように感じられるのである。
千夜 「秋の夜を千夜を一夜になせりとも言葉のこりて鶏やなきなむ」(伊勢物語)。秋の長夜の千夜を一夜にしたところで、まだ語り尽くせないうちに、夜明けを告げる鶏が鳴くことでしょう。恋のむつ言である。
かかる筋 対女性関係のこと。
おほけなくあるまじき心 藤壺の宮への思慕をさす。/ 「おおけなし」身の程をわきまえない。「おおけ」は分不相応に大きい意。
童べ 京童部。京都の若者ら。口やかましくうわさ好きなならず者、ごろつき、といった感じで用いられた語
ありありて 事態がさまざまに推移した後、が原意。常套的な連語で副詞。とどのつまりは。
をこがましき ばかげていて、みっともない。
あへなき 力を落とすさま。がっかりだ。惟光に事情を説明しようにも、もはやどうにも仕方がない事態なので、惟光に何も言う気になれない。
息をのべたまひて 緊張がとけて一息つく。
抱き持たまへりける (女の死体を)抱き持たまへりける。
とみ (「頓」の字音から)にわかなこと。急なこと。→とみに[頓に]。
例ならず ①普通とは変わってめずらしい。②身体が普通の状態ではない。病気である。
言ひつるは 言ったのだが、どうして来ないのだ。
ためらひて 「ためらう」[躊躇う]①気持ちを静める。心を落ち着かせる。
さいへど そうは言っても。
年うちねび 「ねびる」老人くさくなる。老成する。
世の中のとあることと 「とあることとかかることと」の意。あれこれのことに。
しほじみぬる ①湖水または潮気にしむ。潮馴る。②(転じて)物事に馴れる。なじむ。よなれる。
もののをりふし 「物」④世間で知られている内容。世間一般の事柄。「おりふし」その時々のこと。
便なかるべし ①折がわるい。都合が悪い。②不都合である。あってはならぬことである。③いたわしい。かわいそうである。
みづはぐみて 「みずはぐむ」甚だしく年をとる。引用。
かごかに「かごか」ひっそりとしたさま。静かにこもったさま。かごやか。 
ささやか (夕顔の死体の様子)小さくこまかいさま。こじんまりした。
疎ましげもなく (死体なれど)気味悪さもなく。
上蓆 帳台の内の畳の上に敷く上敷き。唐綾の表に錦のヘリをつけ、裏をして中に綿を入れてある。昨夜、源氏と夕顔が共寝したものであろう。
したたかにしもえせねば 死者に対して手荒にきつく処理するにしのびない。そっとくるんである。
なり果てむさま 最後の姿。葬送の場に立ち会って、夕顔の死を見極めないではいられない。
くくり引き上げ 奴袴(指貫・さしぬき)は通常足首のところを紐で括るが、それを膝の下あたりまで上げて括った。かいがいしいいでたち。
我かのさま 「我か人か」で自他の区別がつかない。意識を失った様子。
いみじき ①(忌避したいものの程度が甚だしい意)大変つらい、悲しい、おそろしい、情けない。
かつは、いとあやしく、おぼえぬ送りなれど・・・ 惟光は一方から考えると全く不思議で、思いもよらない葬送であるが、源氏の様子がひどく悲嘆なのを見ると、気の毒でたまらないから、我が身の外聞も忘れて、右近の車と共に、自分も夕顔の死体を送って行く故に。
人びと 二条院の女房たち。
いたづらになりぬる 「いたづらになる」は、だめになってしまう、の意で、死ぬこと。
そそのかしきこゆ お勧め申し上げる。「そそのかす」その気になるように誘いすすめる。
立ちながら ちょっとの間。「立ちながら」は「立ったまま」の本義から転じて、「一寸の間」の慣用句となる。/ 源氏は穢 れているので、憚って御簾越しのまま話し、直接には面談しない。
大殿 左大臣邸。/ 「君だち」葵の上の父左大臣殿の子息たち。
忌むこと受け 「いむこと」[斎事・忌事・戒事]仏の戒。戒を受ける。受戒。
いと無礼にて 簾越しに会うことの失礼を詫びる。
かしこく 熱心に。
御遊び 管弦の遊び。
行き触れ 行きずれに穢れにあうこと。隠れ遊びのせいでしょうとからかう。
たいだいし 怠々し、か。不心得である。もってのほかだ。
蔵人弁 後に頭中将の弟と分かる。蔵人で太政官の中弁(正五位上)または少弁(正五位下)を兼ねる。
大殿 左大臣邸。すなわち正妻葵の上。
今はと見果てつや 「いまはと」もはやこれまでと。「いまわ(今わ・今際)」死に際。最後。臨終。
谷に落ち入りぬ 飛び込む。身投げする意。「世の中の憂きたびごとに身をなげば深き谷こそ浅くなりぬめ」(古今・雑躰 読み人知らず)
こしらへおき 「こしらふ」は、なだめる。すかす。
思ほしものせさせたまふ 「思ほしものす」で一語。あれこれと考え込む、の敬語。
さるべきにこそ、よろづのことはべらめ 前世の因が今世のこの果になったのでしょう。/ 万事そうなるべき前世からの定め事であろう。/ 「さるべし」そういう因縁である。
おり立ちて 自分で直接行う。
さかし そうだ。そのとおりだ。「かし」は助詞。
浮かびたる心のすさび 浮ついた気持ち。/ 浮気心の気まぐれ遊びのために、人ひとり死なしてしまった恨みを、きっと負うに違いないことが大層つらいのだ。
かごと ぐち。恨み。
少将の命婦 惟光の姉妹らしい。「命婦」は、令制では五位以上の女官(内命婦)、または五位以上の官人の妻(外命婦)をいう。
かかりたまへる 「かかる」は、生死がかかっている、の意。ただ一つの頼りとしてすがりつく思いだ。
ばら 人について、多数であることを現す。
さらに事なくしなせ 言うまでもなく、漏れぬようこの上はすこしでも手ぬかりなく(支障なく)処置してしまえと、その時の。/ 内密にの意ととる説もある。
いぶせかるべき 「いぶせし」は「心が沈み込んで陰気になる」意。
たいだいしきこと 「たいだいし」厄介である。不都合である。
やつれ やつれ【×窶れ】③人目につかないように、みすぼらしい姿になること。また、そのための服装。デジタル大辞泉、引用。/ 最近の忍び歩きの粗末なお姿のために準備された、狩衣の御装束。「やつれ→やつる」は、「身なりが粗末になること・様子を粗末に見っともなくすること」などの意。(小学館古典セレクション)
かきくらし かきくらす[掻き暗す]心を暗くする。悲しみにくれる。「かき」[掻き]動詞に冠し語勢を強める。
危かりし物懲り 十六日夜廃院でこりごりするような怪異にあったこと。
/河原 賀茂川の河原。
鳥辺野/// 京の東南郊外、当時の火葬場。現在の清水寺南方から泉涌寺北峰方に及ぶらしい。
ものむつかしき [物難し]何となく厭わしい。気がむさくさする。
板屋 板葺の家。檜皮葺や瓦葺きでない粗末な造り。
法師ばら 死人の通夜などに、臨時に招かれて報酬を得る「念仏法師」なるものがあった。
声たてぬ念仏 無言念仏。葬送以前には、念仏の声をひそめて行うのが通例。死者が念仏を聞くと、蘇生できる者もその声をおそれて蘇生できなくなるといわれる。
初夜 夜を三区分して、初夜・中夜・後夜とし、初夜(午後八時頃)に行う勤行。
火取り背けて 灯を夕顔の遺体からそむけてある。
とあるもかかるも 長生きするのもあるいは早死にするのも、結局は。どちらにしても。
こしらへて ことばをもって相手をこちらの思うようにする。導く。説得する。言いくるめる。
返りみ [顧み]後ろをふりかえって見ること。
生きとまる 生きてこの世にとどまる。生きながらえる。引用。
道の空 「道の空」で一語。道中。途上。
はふれぬ 野垂れ死にする。
我がはかばかしくは わたしがしっかりしていたら。「はかばかし」③しっかりしていて頼みにできる。たのもしい。
さのたまふとも 昨夜源氏が「いま一たびかの亡骸を見ざらむがいといぶせかるべきを、馬にてものせん」と言ったこと。
むげに まったく。ひたすら。容赦なく。
隙なくののしる 不断の祈祷である。
ゆゆしき御ありさまなれば 不吉な連想(早死にしないかと)があるほどに美しい。
心地も騒ぎ惑へど 源氏の忍び歩きの手引きをして以来のことに責任を感じて。
のどめて 気持ちを落ち着かせる。
たづきなし (右近が)よるべない。たよりとするものがない。引用。/ 急に一人が大勢の中に入って、教えたりかばったりしてくれる人もない。
かたはに見苦しからぬ 「かたわならず見苦しならぬ」
たち添ひぬべき よりそう。つきそう。あとを追うようにつづく。/ 夕顔の後について死んでいく。
いみじく惜し おしい[惜しい・愛しい]④よすぎる。もったいない。/ 「はなはだもったいないことだ」と右近は思う。
足を空にて うろたえる様を誇張したもの。足も地につかない。
大殿 左大臣。
雨の脚 漢語「雨脚」の和訳。物事の頻繁なことにたとえる。
ことなる名残のこらず 変わった(悪い)跡(余病)もなく、快方に向かうと見られなさる。/ ことなる[異なる]?
おぼつかながらせたまふ御心 帝が全体の主格。「おぼつかない」③(状況がはっきりしなくて)気がかりだ。不安だ。⑤もっと詳しく知りたい。待ち遠しい。逢いたい。「せる」[迫る]せきたてる。促す。/ (帝の) 御心配あそばされていらっしゃるお気持ちが
わりなくて どうにもならなくて、捨ててもおけず。
おこたり おこたる[怠る・惰る]②病勢がゆるむ。病気がなおる。
なかなか ③逆の状況や意味をもたらすこと。かえって。
いみじくなまめかしくて 病人や病後の人に美を認めることは、当時一般的であった。『枕草子』にもその例が多い。
ながめがちに 外をぼんやり見つめて、物思い勝ちで声をあげてばかり。
ねをのみ泣きたまふ 「音をのみ泣く」は常套的表現。この時代、男も声を上げて泣くことは、公家の日記にもしばしばみられる。
さばかりに思ふを知らで、隔てたまひしかば (源氏が)さばかりに思ふを知らで、(源氏に)隔てたまひしかば。/ 「知らで」とんちゃくせず、かまわぬ、の意。(玉の小櫛)
さばかりにこそはと聞こえたまひながら 「さばかりにこそは」身分が高くて明かせない事情があるのでは。 / 「さ」は源氏をさす。「こそは(あらめ)」。「聞こえ」源氏に対して直接言うのではなく、話題にのぼらせる場合でも「聞こゆ」という。源氏への敬語。。
なほざりにこそ紛らはしたまふらめ 「なおざり」いいかげんにする。かりそめ。おろそか。(源氏が)なほざりにこそ(御名を)紛らはしたまうらめ。
あいなかりける 「あいなし」⑤何のかいもない。むだである。
心比べ 互いに意地を張りあうこと。引用。
所狭う 「ところせし」[所狭し]①場所が狭い。いっぱいになっている。②身動きができない。気づまりである。
取りなしうるさき 「取り成す」(言いふらす。取り沙汰する。
あながちに見たてまつりし 「あながちに」]①強引であるさま。身勝手であるさま。②しいて。/ 強引に(無理に)お会いして。
かかるべき契りこそはものしたまひけめと思ふも こうなるべき前世からの約束事。
あはれになむ 如何にも、しみじみとなつかしく感ずる。又、反対に、つらくも思わ(感じら)れます
うち返し (副詞的に用いて)反対に。
七日七日に仏描かせても 死者の供養のために、七日ごとに十三仏を絵に描き、あるいは木像を造ること、といわれるが、平安中期にここまで整った行事があったかどうか、明らかではない。十三仏は、不動・釈迦・文殊・普賢・地蔵・弥勒・薬師・観音・勢至・阿弥陀・阿閦・大日・虚空蔵。このうち薬師までを七七日までにあて、以後の仏を順に、百日・一周忌・三回忌・七回忌・十三回忌・三十三回忌にあてる。
三位中将 位が三位で、官は近衛中将である者。中将は通常従四位下相当の官である。
ものづつみ [物慎み]遠慮すること。引っ込み思案。引用。
あとはかなく あとかたがない。なにものこさない。
かこと 恨みごと。不平。ぐち。
とざまかうざま いずれにしても。
いとしも人に あまり人には親しく馴れない方がよいと、どうも悔しゅうございます。「思ふとていとしも人に むつれけむしかならひてぞ見ねば恋しき」(拾遺抄・恋下)あの人を思っているからといって、なぜこんなにもむつまじい仲になってしまったのだろうか。それが習わしなって、逢わないでいると恋しい、の意。
ものはかなげにものしたまひし人の御心を、頼もしき人にて 何だか、頼りにもならない有様でいらっしゃった夕顔の御心を、頼りにする人として、今まで長い間、御馴染み申し続けていたのでございます。
はかなびたるこそは・・・ この段落は難しいので、参考として尊敬するお二人の全訳を掲載した。/ 頼りなさそうなのが、愛らしいものだ。利口で、人の言うことを聞かないのは、決して好ましいものではない。わたし自身が、はきはきせず、きつくない生まれつきゆえ、女はただやさしくて、うっかりすると男にだまされそうでいて、それでいて慎ましく、夫の心には従うというふうなのが、可愛いもので、自分の思うとおりに矯め直して暮らしたら、仲よくゆけるだろうと思う。(玉上琢弥訳)/ 頼りなげな人こそ、女はかわいらしいのだ。利口で我の強い人は、とても好きになれないものだ。自分自身がてきぱきとしっかりしていない性情だから、女はただ素直で、うっかりすると男に欺かれてしまいそうなのが、そのくせ引っ込み思案で、男の心にはついていくのが、愛しくて、自分の思いのままに育てて一緒に暮らしたら、慕わしく思われることだろう。(渋谷栄一訳)
心づきなきわざ 「こころづきなし」[心付き無し]気に入らない。心がひかれない。
はかばかしくすくよかならぬ心ならひに 物事にはきはきとせず、気の強くない心のくせ(生まれつき)である故に。/ 「はかばかしい」しっかりして、頼みにできる。「すくよか」心や体のしっかりしているさま。すこやか。源氏の性格はこれらの否定・反対である。
とりはづして ①(うっかりして)取り落とす。取りそこなう。②間違える。失敗する。(学研全訳古語)/ うっかりすると。これが諸訳の定番になっているが、どうしてか?
ものづつみし 遠慮すること。引っ込み思案。
見む人 夫婦として暮らす相手。
我が心のままにとり直して見むに 夫が自分の思い(好み)通りに、その女の悪い点を直して見るとすれば。「とり直す」なおす。改める。
見し人の煙を雲と眺むれば夕べの空もむつましきかな 連れ添ったあの人を葬った煙があの雲かと思って眺めていると、この夕べの空もなつかしくてならない。(小学館古典セレクション)/ あの人のなきがらを燃やした煙があの雲と思って眺めると、この夕空も親しみを覚える事だ。(玉上)
憂しと思し果てにけるを、いとほしと思ふ (空蝉が思うに、源氏の君は自分を)憂しと思し果てにけるを、(それが空蝉は)いとほしと思ふ/ 自分を嫌な女だとお見限りになられたのを、つらいと思っていた折柄。(渋谷訳)
け近くとは思ひよらず 暗に、男女の交わりに入ることをいう。「け近く(逢わん)」
言ふかひなからずは見えたてまつりてやみなむ 「言ふかひなし」[言う甲斐無し]言っても効果がない。②役に立たない。意訳→つれない。木石のような。「見えたてまつりてやみなむ」思われてしまわないように。
問はぬをもなどかと問はでほどふるにいかばかりかは思ひ乱るる お見舞いできませぬのを、なぜかとお尋ねくださることもないままに日がたちますにつけて、どれほど私は思い乱れておりますことやら。(小学館古典セレクション)
空蝉の世は憂きものと知りにしをまた言の葉にかかる命よ 空蝉のようにはかないあなたとの仲はつらいものととっくにわかっていたのに、お便りをいただくと、またその言葉にすがって生きていたい気になります。(小学館古典セレクション)
いとほしうもをかしうも思ひけり お気の毒にも、くすぐったくも思うのだった。(玉上)/ おいたわしくも、また心そそられる思いであった。(小学館古典セレクション)/ 気の毒にもおもしろくも思うのであった。(渋谷)/ 「いとおしい」①見ていられないほどかわいそうである。気の毒である。②困ったことである。われながらみっともない。③かわいい。可憐である。いとしい。「おかしい」①こっけいである。②変だ。変わっている。①心ひかれる。②おもしろい。興味がある。
『益田』はまことになむ 「ねぬなはの苦しかるらむ人よりも我ぞ益田の生けるかひなき」(拾遺・恋四 読み人知らず)「ねぬなは」はじゅんさいの異名。根が長いので「繰る」(苦し)の枕言葉。益田池は大和国橿原市にある。
ゆかしければ ゆかしい[床しい]何となく知りたい、見たい、聞きたい。②何となくなつかしい。何となくしたわしい。
蔵人少将 蔵人で近衛少将を兼ねる人。この人物はここでしか登場しない。
あやしや。いかに思ふらむ (源氏が少将の気持ちを想像している)変な話だなあ。軒端の萩と自分との関係を知ったならば、蔵人少将は。/ おかしなことよ。どういう気持ちでいるいるのだろう。/ 変な話だ。どう思っているのかしら。
死に返り 死ぬほど苦しい。
ほのかにも軒端の荻を結ばずは露のかことを何にかけまし ほんのちょっとであるにせよ、あなたとああして軒端の荻を結ぶ契りをかわさなかったら、このいささかの恨み言でも、何にかこつけて訴えることができるでしょう。(小学館古典セレクション)/ わずかながらも軒端の荻を結ばなかったらわずかばかりの恨み言も言えたものではない。(玉上)/ 一夜の逢瀬なりとも軒端の荻を結ぶ契りをしなかったらわずかばかりの恨み言も何を理由に言えましょうか。(渋谷)/ はっきりしない程度にでも、御身と契りを結ばないならば、御身が男を通わすと知っても、何を理由に恨みを言おうか。いいがかり(かごと)はないのである(然し、関係があったからこそ恨みを言う)。「結ぶ」と「かけまし」は、露の縁語。「萩」も「露」縁語に用いた。(岩波古典大系))
いとほしく 「いとおしい」①見ていられなきほどかわいそうである。気の毒である。いたわしい。②困ったことである。われながらみっともない。③可愛い。可憐である。
高やかなる荻 丈の高い萩を用いるのは、相手が背の高いゆえのからかい。
あいなかりける 困ったもの。つける薬もない。(玉上)/ 「あいなし」①あるべき筋から外れている。けしからぬことである。
心憂しと思へど (夫ある身でお手紙とは)困ったものだと思うが、(こうして思い出してくださったのもうれしく)。
口ときばかりをかことにて取らす 「くちとし」[口疾し]受け答えがはやい。「かこと」[託言]言い訳。「取らす」小君に渡す。
ほのめかす風につけても下荻の半ばは霜にむすぼほれつつ 
さればみて 「さればむ」[戯ればむ]しゃれたさまをする。気取ったふうをする。引用
うちとけで向ひゐたる人は 取りつくろって対座していた人は。「うちとけで」うちとけてとも解される。空蝉である。
何の心ばせありげもなく、さうどき誇りたりしよ 今思い出している人(軒端の萩)は、別に何という心がまえもありそうでなく、ざわざわとはしゃいで、得意であったよ。/ 何の嗜みもありそうもなく、はしゃいで得意になっていた。/ 「そうどき」騒動の音を四段動詞化したもの。
宿世の高さ 宿縁の高さ(えらさ)よ。果報者よ。/ 果報の高いこと。なんとすぐれた果報のお方よ。/ 宿縁 前世からの因縁。
忍びて調ぜさせたまへりける 故人の装束や調度などを布施として寺に寄進するならわしがある。夕顔には何もないので、源氏がひそかに新調する。
泣く泣くも今日は我が結ふ下紐をいづれの世にかとけて見るべき 「ふたりして結びし紐をひとりして我は解きみじただに逢うまでは」(万葉2919)。古代に、男女が互いに貞操を守るしるしとして、下袴の紐を結び交わし、他人には解かせないことを誓い合う風習が古代にはあった。「とけて」に、「紐を解いて」と、「男女が打ち解けあって」の意を、「見る」に「逢う」の意をかける。/ 涙ながらに今日は私が一人で結ぶ袴の下紐を、いつの世に再びあの人とともに解き、打ち解けて逢うことができるだろうか。(小学館古典セレクション)/ 泣きの涙で今日私が結ぶこの紐をいつの世にかまた相逢って解き、打ち解けて相逢おうか。(玉上)
念誦 心に仏を念じ、口に仏名や経文などを誦すること。
このほどまでは漂ふなるを 四十九日までの中陰の間、死んだ人の魂はまだ来世の生が定まらず、中有(ちゅうう)にさまよっているといわれる。「なる」は伝聞。行く処は六道(地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天)
けはひをさばかりにやと、ささめきしかば 男(源氏)の持っていた雰囲気からして、男は源氏の君だったであろうと。
家主人 この夕顔の宿の主人は、夕顔の、西の京にいる乳母の長女であったのだ。(帚木)に「揚名介の妻」の由が見える。右近は湯顔の早く亡くなった別の乳母の娘であった。
なほ同じごと好き歩きければ 以前と同様に、この宿の女に通っている。夕顔の一件は関知しないことをよそおってである。
いとど夢の心地して 何が何やらわからず、すっかり夢のような気がして。
若君 撫子のこと。姫君でも若君という。
ゆゆしくなむ 自分もそんな結果(死ぬこと)になるのかなどと思うと、どうも気味悪く恐ろしい。
添ひたりし女 枕元にいた女。
たむけ 餞別。元来は旅の途中、道祖神(さえのかみ)に奉る物の意。
内々にも 家の中。うちわ。ここは、伊予介へとは別に、空蝉にも人知れず。
 、神に奉る幣帛(へいはく)。布・紙などを用いた。旅の途中の要所(峠や難所など)、道祖神に捧げた。
逢ふまでの形見ばかりと見しほどにひたすら袖の朽ちにけるかな また逢う日までの形見までと見ているうち、何時か落ちる涙にすっかり袖が朽ちはててしまった。(玉上)
蝉の羽もたちかへてける夏衣かへすを見てもねは泣かれけり 衣替えも終わった今、お返し下さった夏衣を見ると、もう声をあげて泣いてしまいます。(玉上)/ 蝉の羽のような夏衣を脱ぎ替えて、秋の衣替えをすませた今になって、お返しくださったのを拝見しますにつけても、声をたてて泣かずにはいられません。(小学館古典セレクション)/ 蝉の羽。薄い夏衣にたとえる。「鳴く声はまだ聞かねども蝉の羽のうすき衣はたちぞ着てける」(拾遺・夏・大中臣能宣)「たち」に「立ち」と「裁ち」をかける。
過ぎにしも今日別るるも二道に行く方知らぬ秋の暮かな 死んだ女、去りゆく女。共に行方知らずに行ってしまう。今日が最後の、秋と同じだ。
いとほしくて ①見ていられないほどかわいそうである。気の毒である。いわたしい。
みな漏らしとどめたるを 「漏らしとどめるい」言わずにおいた。
かたほならず 「かたほ」[偏・片秀]不完全。不十分。
とりなす 誤認する。誤解する。
なむ 下に「かく記しはべりぬ」などの意味を含む。
もの言ひさがなき つつしみなく人の事を言う。悪口を言いちらす。
さりどころなく 避けどころ。逃げ場所。/ 作者として、口が悪い(慎みがない)罪(非難)は、免れないと存じます。(岩波大系)/ 無遠慮すぎたお喋りの非難は、免れ難いことで。(玉上)/ ・・・あんまりおしゃべりが過ぎるというお咎めは、のがれようもないことで・・・。(小学館古典セレクション)

公開日2017年4月28日