源氏物語  薄雲・注釈

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19 薄雲

つらき所多く心見果てむも、残りなき心地すべきを、いかに言ひてか そこにまた移って源氏のつれないお気持ちを数々ためし尽くしてしまう結果になるのも、見も蓋もない思いがされるだろうから。源氏の気持ちを大井でためし、東の院でためしして・・・。「宿かへて待つにも見えずなりぬればつらき所の多くもあるかな」(後撰集巻十一恋三)
うしろやすからぬ方にやなどは、な疑ひたまひそ 生みの親として気がかりな扱いをされるのではないかなどといった心配はご無用です。継子扱いはしない。
げに、いにしへは、いかばかりのことに定まりたまふべきにかと、つてにもほの聞こえし御心の ほんとうに、昔は、どのようなお女(ひと)に満足なさって落ち着きなさることやらと、遠い明石でも人伝(ひとづて)にほのかにお噂を耳にした浮気なご性分が、紫の上によってすっかり静まってしまわれたのは、並大抵の前世からの宿縁ではなく。/ ほんとうは、昔は、どれほどの女(かた)に落ち着きなさるのか、と、噂ながら(明石でも)ちらと耳にしたおかたが、あとかたもなくお静まりなさったのは、なみひととおりにお約束事ではない。
数ならぬ人の並びきこゆべきおぼえにもあらぬを 自分のようなしがない女が肩を並べられる分際でもないのに。
わが身は、とてもかくても同じこと 自分はどうなったにしても、もともと身分の低い女として終わる身の上。
あぢきなし くよくよしてもつまりません。/ どうにもならない。無意である。
なほさし向かひたる劣りの所には 当面の勢力、経済力が劣っている所では。
ほどほどにつけて それぞれの身分相応に。
やがて落としめられぬはじめとはなれ そのまま将来人にも軽く見られぬことになるわけのものです。
さかしき人の心のうらどもにも、もの問はせなどするにも 思慮深い人たちの将来の見通しも、陰陽師などに占ってもらっても。「心の占」 心の中で未来を推察すること。推量。予想。
いとどたつきなきことさへ取り添へ これからは、(姫君のみか)その乳母までいなくなってますます頼るものもない身の上になって。/ ひとしお頼るすべもないことにまでなってしまって。
さるべきにや これもしかるべき前の世からのご縁でしょうか。
雪深み深山の道は晴れずともなほ文かよへ跡絶えずして 雪の深さに、山深いここまでの道は通れなくなろうとも、どうか文の使いはいつも都から寄越してください、途絶えることなく。(新潮日本古典集成)/ 雪が深くて山奥の道は晴れなくても、それでも手紙ででも尋ねてください。跡の絶えないように。(玉上)
雪間なき吉野の山を訪ねても心のかよふ跡絶えめやは 雪の消えることがない吉野の山に分け入ることになりましても、心の通う文の使いの踏み跡が絶えるようなことがありましょうか。(新潮日本古典集成)/ 雪の晴れ間のない吉野の山の中を捜し回ってでも、わたくしの心の行きかうようなことが絶えたりいたしましょうか。(玉上)
さならむとおぼゆることにより 姫君を迎えにいらしたのだろうと思われるので。
人やりならず 誰のせいでもない、自分のせいだと。/「人やりならず」他人がさせることではなく。自分の心からしての意。
おろかには思ひがたかりける人の宿世かな 源氏は、とてもおろそかには思えないこの人との前世からの因縁であることだとお思いになる。「人」は明石の君。
まみの薫れるほどなど 「まみ」は物を見る目つき、動いている目つきのこと。それがはつらつとしているのが「薫れる」である。視覚的美である。嗅覚ではない。
何か。かく口惜しき身のほどならずだにもてなしたまはば (明石の上)いいえ、こんなしがない私のような娘としてでなくせめてもお育て下さるなら。
末遠き二葉の松に引き別れいつか木高きかげを見るべき 生い先遠いこの姫君に今別れて、一体いつ、立派に生い育った姿を見ることができるのでしょう。(新潮日本古典集成)/ 将来あるこのお小さい姫君といまここでお別れしては、いつ御りっぱにおなりのお姿をおがめますやら。(玉上)
末遠き二葉の松に引き別れいつか木高きかげを見るべき 生い先遠いこの姫君に今別れて、一体いつ、立派に生い育った姿を見ることができるのでしょう。(新潮日本古典集成) 「二葉」は芽をだしたばかりの二枚の葉。/ 将来あるこのお小さい姫君といまここで別れしては、いつご立派におなりのお姿をおがめますやら。(玉上)
生ひそめし根も深ければ武隈の松に小松の千代をならべむ 母子の深い宿縁もあることなのだから、いずれあなたと姫君は末長く暮らすことになるでしょう。「武隈の松」は、明石の君のたとえ。 / 生まれてきたその因縁もふつうでないンおだもの。二人でこの将来ある姫を幸福にしてあげようね。(玉上)
天児あまがつ 「三歳までこれを用ふ。諸事凶事、これにおすすなり」(仙源抄)。一種の人形であって、悪いことはすべてこれに移して、本人には来ないようにするまじない。
明け暮れ思すさまにかしづきつつ、見たまふは、ものあひたる心地したまふらむ 朝晩、思い通りに大切にお世話して姫君を見られるのは、至極満足なことであろう。「物あひたる心地」理想どおりになったという気持ち。
いかにぞや、人の思ふべき瑕なきことは、このわたりに出でおはせで どんなものかと非難がましく世人の思うような欠点のないお子の生まれることは、この紫の上にはおありでなくて。/ どんなものか。だれも非難する欠点がない子が、こちらにお生まれにならないで。
ただ明け暮れのけぢめしなければ 常日頃と人の出入りの多さには少しも変わりないので。
大堰には、尽きせず恋しきにも、身のおこたりを嘆き添へたり /明石の君は姫君がとても恋しいく、姫君を手放した自分のふがいなさを今までの嘆きに加えて悲しんでいる。「身のおこたり」わが身(明石の君)の過ち。姫君手放したこと。
何ごとをか、なかなか訪らひきこえたまはむ (なに不足ないあちらでの生活に)一体どんなことをこちらからお世話できようか。何もできない。「なかなか」 なまなか。なまじっか。下手な物ではかえって物笑いになる。
待ち遠ならむも、いとどさればよ 明石の上に待ち遠しい思いをさせることも、ますますやはり思ったとおりだ(姫君を手放したからだ)と思うであろうと、かわいそうなので。
いはけなく 子供らしく。あどけなく。幼く。
こしらへおきて なだめすかして。
中将の君して聞こえたまへり 紫の上は、中将の君をとおして申し上げた。「聞こえ」は源氏に対する敬語、「たまえり」は紫の上に対する敬語。「中将の君」は女房で源氏の思い人の一人。/div>
舟とむる遠方人のなくはこそ明日帰り来む夫と待ち見め あなたを引きとめる遠くのお人(明石の上)がいないのでしたら、明日帰ってくる夫(せな)とお待ちすることができるのですが。(新潮)/ あなたをお引きとめするあちらのかたがいらっしゃらないのなら、明日お帰りのあなたとお待ちいたしましょう。(玉上)
行きて見て明日もさね来むなかなかに遠方人は心置くとも あちらに泊まって明日にもきっと帰ってきましょう、なまじ短い訪れで、あちらの人は気を悪くしようとも。(新潮社)/ 行ってちょっと様子を見たら明日かならず帰ってこよう。そのためにかえってあちらが機嫌を悪くしても。(玉上)
何事とも聞き分かでされありきたまふ人を 大人のやりとりを理解せずざれあっている姫君を。
めざましき 「目覚しい」①目の覚めるようなすばらしい。驚くほどの。②(目が覚める程)心外である、気に入らない、憎い。
御前なる人びとは 紫の上のおぞばに仕えている女房たちは。
「などか、同じくは」「いでや」 などか 同じくは いでや。「などか」(どうして紫の上にお子が生まれないのかしら、「同じくは」(同じことならこちらに生まれたらよかったのに、「いでや」(ほんとうに、思うようにならないものね)という気持ち。
ただ、世の常のおぼえにかき紛れたらば、さるたぐひなくやはと思ふべきを、世に似ぬひがものなる親の聞こえなどこそ、苦しけれ。人のほどなどは、さてもあるべきを ただ普通に受領の娘というだけでほかにすぐれた所もないならば、そうした女が自分のような高貴な人の妻になるといった例もないことではないと軽く思われようが。/ ただ世間によくある受領の娘というだけの取り得もない女なら、そうした(自分のような高貴な男との)縁組も他に例もないわけではないと軽く思われもしようが、世にも稀な偏屈者の父入道の評判などまったく困り者だけれど、この女の人柄などはこれはこれで十分というものなのに。(岩波 新日本古典文学大系)
はつかに、飽かぬほどにのみあればにや はかない逢瀬でいつも心を残して別れるからだろうか・・・。「はつか」(僅か)わずか。いささか。
いとまほには乱れたまはねど 心底から明石の上に夢中といった態度はお見せにならないけれど。「いとまほ」まほなり。完全には、十分に。
いとけざやかにはしたなく はっきりとは相手が困ることはせず。「はしたない」無作法な。きまりが悪い。
いとおぼえことには見ゆめれ まことに格別のご寵愛だと思われることだ。
おぼろけにやむごとなき所にてだに 並々ならず身分の高い女の人のもとでも。「おぼろげに」は、「聞き置きたれば」にかかる。
明石にも、さこそ言ひしか 明石に留まった父入道も、あんな強いことを言ったが。(松風)「この身は長く世を捨てし心はべり」もう自分はいないものと思ってくれ、と入道は言っている。
太政大臣亡せたまひぬ 葵の上の父、源氏の舅。太政大臣になったのが、六十三歳(澪標)。この年、六十六歳。
籠もりたまひしほどをだに 朱雀院の治世に、一時、左大臣を辞して隠居したこと。
うしろめたく思ひきこえたまふべきにはあらねども 「うしろめたく」頼りなく気がかりなこと。
後の御わざなどにも 追善の法事。
道々の勘文かんがえぶみ 陰陽道・天文道・易学など、それぞれの道の博士たちが勘文を陛下にさしあげる。
内の大臣 光る源氏のこと。
入道きさいの宮 藤壺の入道。
思し召さる 非常に丁重な言い方である。「思す」でも敬語であり、「思し召す」では二重敬語、「思し召さる」は、それにもうひとつ尊敬の助動詞「る」がついたので、最高敬語である。(玉上)
いといはけなくて 桐壺院崩御のときは、帝は五歳、今年は十五歳である。
人やうたて、ことことしう思はむと憚りてなむ 世間の人が厭味なわざとらしいことと思いはしないかと、気づかって。「人やうたて」→ 人や、うたて。世間の人はさぞかし。
うつしざまなる折少なくはべりて、口惜しく、いぶせくて過ぎはべりぬること 「うつしざま」(現し様)意識がはっきりしていること。正気のさま。「いぶせく」(いぶせし)気分が晴れない。うっとうしい。
慎ませたまふべき御年なるに 三十七歳は厄年。
御慎みなど 「つつしみ」精進、潔斎、祈祷など、これをすると命が延びると信じられていた。
心のうちに飽かず思ふことも人にまさりける身 宮が心中ひそかにものたりなくおもうこと、人一倍強い身であった。
夢のうちにも、かかる事の心を知らせたまはぬを 「夢のうちにも」少しも。「事の心」で一語。こうした事情をご存知でいらせられないのを。実の父が源氏であること。
朝廷方おおやけがたざまにても わたくしに対してrおおやけ。公私の公。個人的感情ではなく、国家に立場から言っても。今上のご治世の上から申しても。
思ひ知りはべること 源氏のことをありがたいと、心のうちに分かっていること。
何につけてかは、その心寄せことなるさまをも、漏らしきこえむとのみ 一体どうした折に、それを並々ならずうれしく思っていますことをちらりとでもも申し上げられましょうかと。
いにしへよりの御ありさまを 昔からの藤壺のお姿。
おほかたの世につけても一般世間のこととしても。恋人であったことを除いても。
あたらしく惜しき人の御さまを 「あたらし」(可惜し)惜しい。もったいない。惜しいほど立派だ。すばらしい。「新 (あたら)し」と、平安期以後混同した。
かけとどめきこえむ方なく 「かけとどむ」ひきとどめる。
かしこき御身のほどと聞こゆるなかにも 尊いご身分のお方と申し上げる中でも。(小学館)/ 高いご身分であられるかたながらも。(玉上)高い御身分と申すかたの中にありながら。御身分は高かったが。(玉上・注釈)
御心ばへなどの 「心ばえ」気立て。性格。心づかい。
豪家こうけにことよせて 権勢を笠に着て。「豪家」権力のある家。「高家」とも。
人の仕うまつることをも 家来筋(下々)のものが奉仕することでも。
功徳の方とても< (善根を積む)仏事供養でも。
ただもとよりの宝物、得たまふべき年官つかさ年爵こうぶり御封みふの物 {ただもとよりの宝物」宮が相続した宝物。「年官」(つかさ)名目だけの官史を地方に派遣させて、その俸禄は皇族や貴族がもらう。「年爵」年官と同様、太上天皇・女院などの収入のため、従五位下に叙して、その位田は皇族がもらうのである。「御封」皇族、諸臣の贈る民戸。地租の半分、庸、調の全部を所得とする。藤壺は太上天皇に準じて二千戸。
何とわくまじき山伏などまで 物のわけもわからぬ山の修行者まで。
をさめたてまつるにも ご葬儀にさいしても。火葬に付し、お骨を墓所に納める。
今年ばかりは 「深草の野辺の桜し心あらば今年ばかりは墨染めに咲け」(古今集巻十六哀傷 堀川の太上大臣みまかりけるとき、深草の山におさめてける後に詠みける 上野岑雄(かみつけのみねお)
入り日さす峰にたなびく薄雲はもの思ふ袖に色やまがへる 入日さす峰にたなびく薄雲は、悲しみの喪に服しているわたしの袖に色を似せているのだろうか。(小学館)巻名はこの歌による。/夕日がさしている峰にたなびいている薄雲、悲しみに嘆くわたくしの喪服の袖の色に似せたのであろうか。(玉上)
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公開日2018年//月//日