源氏物語 19 薄雲 うすぐも

HOME表紙へ 源氏物語・目次 薄雲登場人物・見出し あらすじ
原文 現代文
19.1 明石、姫君の養女問題に苦慮する
冬になりゆくままに、川づらの住まひ、いとど心細さまさりて、うはの空なる心地のみしつつ明かし暮らすを、君も、
「なほ、かくては、え過ぐさじ。かの、近き所に思ひ立ちね」
と、すすめたまへど、「つらき所多く心見果てむも、残りなき心地すべきを、いかに言ひてか」などいふやうに思ひ乱れたり。
「さらば、この若君を。かくてのみは、便なきことなり。思ふ心あれば、かたじけなし。対に聞き置きて、常にゆかしがるを、しばし見ならはさせて、袴着の事なども、人知れぬさまならずしなさむとなむ思ふ」
と、まめやかに語らひたまふ。「さ思すらむ」と思ひわたることなれば、いとど胸つぶれぬ。
「改めてやむごとなき方にもてなされたまふとも、人の漏り聞かむことは、なかなかにや、つくろひがたく思されむ」
とて、放ちがたく思ひたる、ことわりにはあれど、
うしろやすからぬ方にやなどは、な疑ひたまひそ。かしこには、年経ぬれど、かかる人もなきが、さうざうしくおぼゆるままに、前斎宮のおとなびものしたまふをだにこそ、あながちに扱ひきこゆめれば、まして、かく憎みがたげなめるほどを、おろかには見放つまじき心ばへに」
など、女君の御ありさまの思ふやうなることも語りたまふ。
げに、いにしへは、いかばかりのことに定まりたまふべきにかと、つてにもほの聞こえし御心の、名残なく静まりたまへるは、おぼろけの御宿世にもあらず、人の御ありさまも、ここらの御なかにすぐれたまへるにこそは」と思ひやられて、「数ならぬ人の並びきこゆべきおぼえにもあらぬを、 さすがに、立ち出でて、人もめざましと思すことやあらむ。わが身は、とてもかくても同じこと。生ひ先遠き人の御うへも、つひには、かの御心にかかるべきにこそあめれ。さりとならば、げにかう何心なきほどにや譲りきこえまし」と思ふ。
また、「手を放ちて、うしろめたからむこと。つれづれも慰む方なくては、いかが明かし暮らすべからむ。何につけてか、たまさかの御立ち寄りもあらむ」など、さまざまに思ひ乱るるに、身の憂きこと、限りなし。
冬になるにつれて、川沿いの住まいは、ひどく心細くなり、実に頼りない気持ちで日々を暮らしていたのだが、君も、
「こんな所では、暮らせないでしょう。近いところへいらっしゃい」
とすすめたが、「つれないお気持ちをたくさん見てしまえば、無残な心地がするだろうが、なんと言って嘆くのか」と思い乱れるのだった。
「しかしこの姫君を。こんな所では不都合であろう。思う処があり、恐れ多くもある。紫の上にも言ってあるので、いつも会いたがっているので、しばらく馴れさせてから、袴着のことも、立派にしてあげたい」
と、とまじめに相談する。「そういう意向であろう」と思っていたので、どきりとした。
「今さら高貴な方に育てられても、世間では、自分が生母と知っているので、どうやってもとりつくろうのは難しいでしょう」
とて、手放しがたく思うのももっとであるので、
「後の扱いが心配だ、などと疑いなさるな。あちらには年を経てもこういう子が生まれず、物足りなく思っておられるし、前斎宮がすっかり大人になられていたのを、しいてお世話しました位ですから、ましてこのように可愛らしいお子をを、おろそかにほって置けない性分ですから」
など女君の気立てが申し分ないことをお話になるのだった。
「ほんとうに、昔は、どの女(かた)に落ち着くのか、明石から噂もちらほら聞こえてきた浮気心が、すっかり静まったのは、女君とは並の宿縁ではないし、お人柄もそこらの女御のなかではことに秀でて いるのでは」と思われて、「わたしなど物の数ではない者が肩を並べるべくもあらぬを、さすがに目だってしまっては、女君は目障りと思うこともあろう。自分はどうなっても所詮は低い身分のまま。生い先長い姫君は、女君の意向に左右されるのだろう。そうなら、まだ幼いうちに譲ってしまおう」と思うのだった。
また、「手放して、その後のことが心配。無聊を慰める幼子がいなければ、どうやって日々を暮らしていったらいいのだろう。何につけて君がお立ち寄りになるのだろうか」など様々に思い乱れ、すっかり落ち込むのだった。2018.10.27◎
19.2 尼君、姫君を養女に出すことを勧める
尼君、思ひやり深き人にて、
あぢきなし。見たてまつらざらむことは、いと胸いたかりぬべけれど、つひにこの御ためによかるべからむことをこそ思はめ。浅く思してのたまふことにはあらじ。ただうち頼みきこえて、渡したてまつりたまひてよ。母方からこそ、帝の御子も際々におはすめれ。この大臣の君の、世に二つなき御ありさまながら、世に仕へたまふは、故大納言の、今ひときざみなり劣りたまひて、更衣腹と言はれたまひし、けぢめにこそはおはすめれ。まして、ただ人はなずらふべきことにもあらず。また、親王たち、大臣の御腹といへど、なほさし向かひたる劣りの所には、人も思ひ落とし、親の御もてなしも、え等しからぬものなり。まして、これは、やむごとなき御方々にかかる人、出でものしたまはば、こよなく消たれたまひなむ。ほどほどにつけて、親にもひとふしもてかしづかれぬる人こそ、やがて落としめられぬはじめとはなれ。御袴着のほども、いみじき心を尽くすとも、かかる深山隠れにては、何の栄かあらむ。ただ任せきこえたまひて、もてなしきこえたまはむありさまをも、聞きたまへ」
と教ふ。
さかしき人の心のうらどもにも、もの問はせなどするにも、なほ「渡りたまひてはまさるべし」とのみ言へば、思ひ弱りにたり。
殿も、しか思しながら、思はむところのいとほしさに、しひてもえのたまはで、
「御袴着のことは、いかやうにか」
とのたまへる御返りに、
「よろづのこと、かひなき身にたぐへきこえては、げに生ひ先もいとほしかるべくおぼえはべるを、たち交じりても、いかに人笑へにや」
と聞こえたるを、いとどあはれに思す。
日など取らせたまひて、忍びやかに、さるべきことなどのたまひおきてさせたまふ。放ちきこえむことは、なほいとあはれにおぼゆれど、「君の御ためによかるべきことをこそは」と念ず。
乳母めのとをもひき別れなむこと。明け暮れのもの思はしさ、つれづれをもうち語らひて、慰めならひつるに、いとどたつきなきことさへ取り添へ、いみじくおぼゆべきこと」と、君も泣く。
乳母も、
さるべきにや、おぼえぬさまにて、見たてまつりそめて、年ごろの御心ばへの、忘れがたう恋しうおぼえたまふべきを、うち絶えきこゆることはよもはべらじ。つひにはと頼みながら、しばしにても、よそよそに、思ひのほかの交じらひしはべらむが、安からずもはべるべきかな」
など、うち泣きつつ過ぐすほどに、師走にもなりぬ。
尼君は思慮深い方で、
「くよくよしても無駄です。子どもに会えないのは辛いだろうが、最後はこの子のためにになることを思いなさい。浅い考えで申しているのではありません。ただ源氏の君を頼みとして、お渡ししなさい。母方から、帝の御子も身分がきまるのです。この大臣の君が、世に二人といないすばらしい方ですが、帝にお仕えしているのは、故大納言のもうひとつ身分が劣り、更衣腹と言われたことによるのです。まして臣下の場合は、比較にもなりません。また、親王たちが、大臣の娘腹といっても、その時の勢力が劣っている所では、人も軽く見て、親の育て方も同じようにできないものです。ましてこの姫は、貴い方たちのなかに姫が生まれたら、すぐに無視されてしまうでしょう。身分相応に、親にも大事に育てられた人は、将来も軽くは見られないものです。御袴着のことも、こちらでいくら心を尽くしてやってみても、こんな深山に隠れたところでは、何の誉れがあるものでしょうか。一切を殿に任せて、姫をどのようにお扱いされるかその有様をお聞きになるのがよいのです」
と諭した。
賢い人に相談しても、陰陽師などに占ってみても、やはり「お移りになった方がよいでしょう」とばかり言うので、すっかり弱気になった。
源氏の君も、そう思っていたが、明石の君がひどくかわいそうで、あえて言わず、
「袴着はどのようになさるのか」
との仰せになるご返事に、
「何事につけ、ふがいないこの身のそばに置いても、この先が可哀想に思われ、また女御たちの仲間入りしても、物笑いになるでしょう」
と言うのを、君は不憫に思った。
日取りなどを占わせてきめ、ひそかにご指示されて移転の準備をさせるのだった。手放してしまうことは、ひどく辛かったが、「姫君のために良いことならば」と願うのだった。
「乳母とも別れなければならない。何につけ日頃もの憂いときや所在ないときの語らいで慰めを得て、乳母まで行かれる頼りなさが加わって、どんなに辛いことだろう」と君も泣くのだった。
乳母も、
「前世のご縁でしょうか。思いもよらずお仕えすることになり、年ごろのお気持ちがが忘れられず恋しく覚えるでしょが、縁が切れることは決してありますまい。また再会できると願いながら、しばらくはお別れして思いもかけないお仕えすることが、気に染まないことでしょう」
などと泣いて過ごすうちに、師走になった。2018.10.28◎
19.3 明石と乳母、和歌を唱和
雪、霰がちに、心細さまさりて、「あやしくさまざまに、もの思ふべかりける身かな」と、うち嘆きて、常よりもこの君を撫でつくろひつつ見ゐたり。
雪かきくらし降りつもる朝、来し方行く末のこと、残らず思ひつづけて、例はことに端近なる出で居などもせぬを、汀の氷など見やりて、白き衣どものなよよかなるあまた着て、眺めゐたる様体、頭つき、うしろでなど、「限りなき人と聞こゆとも、かうこそはおはすらめ」と人びとも見る。落つる涙をかき払ひて、
「かやうならむ日、ましていかにおぼつかなからむ」と、らうたげにうち嘆きて、
雪深み深山の道は晴れずとも
なほ文かよへ跡絶えずして

とのたまへば、乳母、うち泣きて、
雪間なき吉野の山を訪ねても
心のかよふ跡絶えめやは

と言ひ慰む。
雪や霰が降って、心細さがまさって、「どうしてこうも様々に物思いにふける身なのだろ」と、嘆いて、いつもより姫君をなで見ているのであった。
雪が空を暗くして降っている朝、来し方行く末をいろいろ思って、いつもは部屋の端にいることもないのに、水際の氷などを見やって、白い衣の柔らかいのをたくさん着込んで、眺めている姿は、頭つきや後ろ姿など、「この上なく高貴なお方と申しても、こうであろう」と女房たちも見ていた。落ちる涙を払って、
「このような日は、なおさら頼りない気がすることだろう」といたいたしく嘆いて、
「雪深い山の道は晴れるときがなくても
文は絶えず通うようなってください」
と詠えば、乳母は泣いて、
「雪が絶え間なくふる吉野の山に行っても
心の通う跡が絶えることがありましょうか」
と詠って慰めるのだった。2018.10.28◎
19.4 明石の母子の雪の別れ
この雪すこし解けて渡りたまへり。例は待ちきこゆるに、さならむとおぼゆることにより、胸うちつぶれて、人やりならず、おぼゆ。
「わが心にこそあらめ。いなびきこえむをしひてやは、あぢきな」とおぼゆれど、「軽々しきやうなり」と、せめて思ひ返す。
いとうつくしげにて、前にゐたまへるを見たまふに、
おろかには思ひがたかりける人の宿世かな
と思ほす。この春より生ふす御髪、尼削ぎのほどにて、ゆらゆらとめでたく、つらつき、まみのかおれるほどなど、言へばさらなり。よそのものに思ひやらむほどの心の闇、推し量りたまふに、いと心苦しければ、うち返しのたまひ明かす。
何か。かく口惜しき身のほどならずだにもてなしたまはば
と聞こゆるものから、念じあへずうち泣くけはひ、あはれなり。
姫君は、何心もなく、御車に乗らむことを急ぎたまふ。寄せたる所に、母君みづから抱きて出でたまへり。片言の、声はいとうつくしうて、袖をとらへて、「乗りたまへ」と引くも、いみじうおぼえて、
末遠き二葉の松に引き別れ
いつか木高きかげを見るべき

えも言ひやらず、いみじう泣けば、
「さりや。あな苦し」と思して、
生ひそめし根も深ければ武隈の
松に小松の千代をならべむ

のどかにを」
と、慰めたまふ。さることとは思ひ静むれど、えなむ堪へざりける。乳母の少将とて、あてやかなる人ばかり、御佩刀はかし天児あまがつやうの物取りて乗る。人だまひによろしき若人、童女など乗せて、御送りに参らす。
道すがら、とまりつる人の心苦しさを、「いかに。罪や得らむ」と思す。
雪が少し融けてから君はお越しになった。いつもはお待ちしているのだが、姫を連れに来たのだと思うと、胸がつぶれて、自分を責めるのだった。
「自分が決めたのだ。強いて断ってしまえば、つまらぬことをした」と思うだろうが、「軽はずみなこと」と思い返すのだった。
とてもかわいい様子で、姫が前にいるのを見ると、
「明石の上との縁は前世から深いのだ」
と君は思うのだった。この春からのばしはじめた髪は、尼そぎの程にのびて、ゆらゆらとみごとで、顔つきや目の輝きなどすばらしい。他人のものになる苦しい心の闇を推し量るに、ひどく気の毒になり、また安心するように仰せになる。
「いいえ、わたしのような賎しい身分としてではなく育てて下されば」
と言うのだが、こらえきれずに泣くさまは、あわれであった。
姫君は、無邪気に、車に乗ろうと急ぐのだった。車を寄せた所に、母君もずから抱いて出てきた。片言の声がかわいらしく、袖をつかんで「乗りましょう」と引くのも、悲しくなり、
「生い先長い幼子に今別れて
大きく育った姿をいつ見れるでしょうか」
最後まで言えずに、激しく泣けば、
「そうだね。つらいね」と思って、
「生まれた縁も深いので母の松に
幼子の小松もそろって末長く暮すでしょう、
ご安心を」
と慰めるのであった。きっとそうなる思いを静めるが、堪えがたいのだった。乳母の少将など、高貴な方々が御佩刀はかし天児あまがつと一緒に乗り込む。お供の車には美しい若人や童女などを乗せて、お見送るのだった。
道すがら、残った人の苦悩を思うと、自分はどんなに罪深いことをしているのかと思うのだった。2018.10.30◎
19.5 姫君、二条院へ到着
暗うおはし着きて、御車寄するより、はなやかにけはひことなるを、田舎びたる心地どもは、「はしたなくてや交じらはむ」と思ひつれど、西表をことにしつらはせたまひて、小さき御調度ども、うつくしげに調へさせたまへり。乳母の局には、西の渡殿の、北に当れるをせさせたまへり。
若君は、道にて寝たまひにけり。抱き下ろされて、泣きなどはしたまはず。こなたにて御くだもの参りなどしたまへど、やうやう見めぐらして、母君の見えぬをもとめて、らうたげにうちひそみたまへば、乳母召し出でて、慰め紛らはしきこえたまふ。
「山里のつれづれ、ましていかに」と思しやるはいとほしけれど、明け暮れ思すさまにかしづきつつ、見たまふは、ものあひたる心地したまふらむ
いかにぞや、人の思ふべき瑕なきことは、このわたりに出でおはせで
と、口惜しく思さる。
しばしは、人びともとめて泣きなどしたまひしかど、おほかた心やすくをかしき心ざまなれば、上にいとよくつき睦びきこえたまへれば、「いみじううつくしきもの得たり」と思しけり。こと事なく抱き扱ひ、もてあそびきこえたまひて、乳母も、おのづから近う仕うまつり馴れにけり。また、やむごとなき人の乳ある、添へて参りたまふ。
御袴着は、何ばかりわざと思しいそぐことはなけれど、けしきことなり。御しつらひ、雛遊びの心地してをかしう見ゆ。参りたまへる客人ども、ただ明け暮れのけぢめしなければ、あながちに目も立たざりき。ただ、姫君の襷引き結ひたまへる胸つきぞ、うつくしげさ添ひて見えたまひつる。
暗くなってからお着きになり、車寄せから邸の華やかな様子が感じられて、田舎びた女房たちには、「居心地の悪いお勤めになるのか」と思ったが、西面に別に造作させて、小さい調度類なども美しくそろえていた。乳母の局として、あえて西の渡り殿の北の当たる処に新たに設けていた。
姫君は道中寝てしまった。抱き下ろされても、泣かなかった。こちらへ菓子類が持ってこられたが、ようやく見めぐらして、母君が居ないのに気づいて、可愛らしくべそをかいたが、乳母が呼ばれて、あやして気を紛らわすのだった。
「山里の所在ない日々をどうしていられるか」とかわいそうに思いやるが、朝晩、思いのままに世話をして見られるのは、至極満足な気持ちであろう。
「世人が非難する余地のない子が、こちらに生まれないのは」
と口惜しく思うのだった。
しばらくは、だれかれと捜して泣いていたが、元来が素直でかわいらしい性格なので、紫の上によくなついたので、「ほんとうに可愛らしい子がさずかった」と思うのだった。他のことはそっちのけで、抱いたり可愛がったりするので、乳母も自然と近くに仕えることに慣れるのだった。また、高貴で乳の出る方をそばにつけた。
御袴着は、何か特別に準備するということもなかったが、やはりすばらしかった。飾りつけは、雛遊びを思わせて見事だった。参列した客人たちもたくさん来ていたが、日頃から多いので、特に目立つこともなかった。ただ姫君の襷を前で結ぶ胸の様子が、ことさら可愛らしく見えたのだった。2018.10.31◎
19.6 歳末の大堰の明石
大堰には、尽きせず恋しきにも、身のおこたりを嘆き添へたり。さこそ言ひしか、尼君もいとど涙もろなれど、かくもてかしづかれたまふを聞くはうれしかりけり。何ごとをか、なかなか訪らひきこえたまはむ、ただ御方の人びとに、乳母よりはじめて、世になき色あひを思ひいそぎてぞ、贈りきこえたまひける。
待ち遠ならむも、いとどさればよ」と思はむに、いとほしければ、年の内に忍びて渡りたまへり。
いとどさびしき住まひに、明け暮れのかしづきぐさをさへ離れきこえて、思ふらむことの心苦しければ、御文なども絶え間なく遣はす。
女君も、今はことに怨じきこえたまはず、うつくしき人に罪ゆるしきこえたまへり。
大井では、姫君をたいへん恋しがり、自分が手放したことを悔いて嘆くのだった。あのように言ったが、尼君も涙もろくなってしまうが、こうして大切にされているのを聞くとうれしかった。こちらから何ができるだろ、ただお付の人々に、乳母をはじめとして、世にも珍しい色合いの衣を用意して、贈った。
「待ち遠しい思いをさせるのも、やっぱりだ」と思われると、かわいそうなので、年の内に訪れた。
さびしい住まいにいて、明け暮れ大事にしていた姫を手放してしまった、と嘆いていると思うとお気の毒なので、文を絶え間なく遣わすのだった。
紫の上も今は恨みもなく、美しい姫君に免じて大目に見ていた。2018.11.1◎
19.7 東の院の花散里
年も返りぬ。うららかなる空に、思ふことなき御ありさまは、いとどめでたく、磨き改めたる御よそひに、参り集ひたまふめる人の、おとなしきほどのは、七日、御よろこびなどしたまふ、ひき連れたまへり。
若やかなるは、何ともなく心地よげに見えたまふ。次々の人も、心のうちには思ふこともやあらむ、うはべは誇りかに見ゆる、ころほひなりかし。
東の院の対の御方も、ありさまは好ましう、あらまほしきさまに、さぶらふ人びと、童女の姿など、うちとけず、心づかひしつつ過ぐしたまふに、近きしるしはこよなくて、のどかなる御暇の隙などには、ふとはひ渡りなどしたまへど、夜たち泊りなどやうに、わざとは見えたまはず。
ただ御心ざまのおいらかにこめきて、「かばかりの宿世なりける身にこそあらめ」と思ひなしつつ、ありがたきまでうしろやすくのどかにものしたまへば、をりふしの御心おきてなども、こなたの御ありさまに劣るけぢめこよなからずもてなしたまひて、あなづりきこゆべうはあらねば、同じごと、人参り仕うまつりて、別当どもも事おこたらず、なかなか乱れたるところなく、目やすき御ありさまなり。
年も改まった。うららかな空に、何一つ心配することがない有様は、たいへんめでたく、調度類も磨き清められ、年賀に来る人々の、年輩の方々は、七日、お礼の言上のため途切れることがなかった。
若い人々は、何ということもなく、心地よげだに見えた。下位の人々も、思うこともあろうが、うわべは陽気に見える時節でもあった。
東の院の対の花散里も、暮らしぶりは好ましく、申し分のない様子で、お仕えする人々や童女の姿など、きちんとして、気を配りながら過ごしているが、近いことの利点はてきめんで、のんびりした暇な折には、お越しになるが、夜の泊まりなどのように、わざわざ出かけることもない。
ただ女君のご性格がおおらかで素直で、「この程度の宿世の定めの身だから」と思って、めったにないほど気安くのんびりしているので、その時々の心付けなども、こちらの紫の上に劣らず差をつけないもてなしであって軽んじられることがないので、こちらも同じように人が集まってお仕えし、別当たちも怠らず仕事にはげむので、万事がきちんとして、結構な模様であった。2018.11.3◎
19.8 源氏、大堰山荘訪問を思いつく
山里のつれづれをも絶えず思しやれば、公私もの騒がしきほど過ぐして、渡りたまふとて、常よりことにうち化粧じたまひて、桜の御直衣に、えならぬ御衣ひき重ねて、たきしめ、装束きたまひて、まかり申したまふさま、隈なき夕日に、いとどしくきよらに見えたまふ。女君、ただならず見たてまつり送りたまふ。
姫君は、いはけなく御指貫の裾にかかりて、慕ひきこえたまふほどに、外にも出でたまひぬべければ、立ちとまりて、いとあはれと思したり。こしらへおきて、「明日帰り来む」と、口ずさびて出でたまふに、渡殿の戸口に待ちかけて、中将の君して聞こえたまへり。
「舟とむる遠方人のなくはこそ
明日帰り来む夫と待ち見め」
いたう馴れて聞こゆれば、いとにほひやかにほほ笑みて、
「行きて見て明日もさね来むなかなかに
遠方人は心置くとも」
何事とも聞き分かでされありきたまふ人を、上はうつくしと見たまへば、遠方人のめざましきも、こよなく思しゆるされにたり。
「いかに思ひおこすらむ。われにて、いみじう恋しかりぬべきさまを」
と、うちまもりつつ、ふところに入れて、うつくしげなる御乳をくくめたまひつつ、戯れゐたまへる御さま、見どころ多かり。御前なる人びとは、
「などか、同じくは」
「いでや」
など、語らひあへり。
19.9 源氏、大堰山荘から嵯峨野の御堂、桂院に回る
かしこには、いとのどやかに、心ばせあるけはひに住みなして、家のありさまも、やう離れめづらしきに、みづからのけはひなどは、見るたびごとに、やむごとなき人びとなどに劣るけぢめこよなからず、容貌、用意あらまほしうねびまさりゆく。
「ただ、世の常のおぼえにかき紛れたらば、さるたぐひなくやはと思ふべきを、世に似ぬひがものなる親の聞こえなどこそ、苦しけれ。人のほどなどは、さてもあるべきを」など思す。
はつかに、飽かぬほどにのみあればにや、心のどかならず立ち帰りたまふも苦しくて、「夢のわたりの浮橋か」とのみ、うち嘆かれて、箏の琴のあるを引き寄せて、かの明石にて、小夜更けたりし音も、例の思し出でらるれば、琵琶をわりなく責めたまへば、すこし掻き合はせたる、「いかで、かうのみひき具しけむ」と思さる。若君の御ことなど、こまやかに語りたまひつつおはす。
ここは、かかる所なれど、かやうに立ち泊りたまふ折々あれば、はかなき果物、強飯ばかりはきこしめす時もあり。近き御寺、桂殿などにおはしまし紛らはしつつ、いとまほには乱れたまはねど、また、いとけざやかにはしたなく、おしなべてのさまにはもてなしたまはぬなどこそは、いとおぼえことには見ゆめれ。
女も、かかる御心のほどを見知りきこえて、過ぎたりと思すばかりのことはし出でず、また、いたく卑下せずなどして、御心おきてにもて違ふことなく、いとめやすくぞありける。
おぼろけにやむごとなき所にてだに、かばかりもうちとけたまふことなく、気高き御もてなしを聞き置きたれば、
「近きほどに交じらひては、なかなかいと目馴れて、人あなづられなることどももぞあらまし。たまさかにて、かやうにふりはへたまへるこそ、たけき心地すれ」
と思ふべし。
明石にも、さこそ言ひしか、この御心おきて、ありさまをゆかしがりて、おぼつかなからず、人は通はしつつ、胸つぶるることもあり、また、おもだたしく、うれしと思ふことも多くなむありける。
19.10 太政大臣薨去と天変地異
そのころ、太政大臣亡せたまひぬ。世の重しとおはしつる人なれば、朝廷にも思し嘆く。しばし、籠もりたまひしほどをだに、天の下の騷ぎなりしかば、まして、悲しと思ふ人多かり。源氏の大臣も、いと口惜しく、よろづこと、おし譲りきこえてこそ、暇もありつるを、心細く、事しげくも思されて、嘆きおはす。
帝は、御年よりはこよなう大人大人しうねびさせたまひて、世の政事も、うしろめたく思ひきこえたまふべきにはあらねども、またとりたてて御後見したまふべき人もなきを、「誰れに譲りてかは、静かなる御本意もかなはむ」と思すに、いと飽かず口惜し。
後の御わざなどにも、御子ども孫に過ぎてなむ、こまやかに弔らひ、扱ひたまひける。
その年、おほかた世の中騒がしくて、朝廷ざまに、もののさとししげく、のどかならで、
「天つ空にも、例に違へる月日星の光見え、雲のたたずまひあり」
とのみ、世の人おどろくこと多くて、道々の勘文どもたてまつれるにも、あやしく世になべてならぬことども混じりたり。内の大臣のみなむ、御心のうちに、わづらはしく思し知らるることありける。
19.11 藤壺入道宮の病臥
入道后の宮、春のはじめより悩みわたらせたまひて、三月にはいと重くならせたまひぬれば、行幸などあり。院に別れたてまつらせたまひしほどは、いといはけなくて、もの深くも思されざりしを、いみじう思し嘆きたる御けしきなれば、宮もいと悲しく思し召さる。
「今年は、かならず逃るまじき年と思ひたまへつれど、おどろおどろしき心地にもはべらざりつれば、命の限り知り顔にはべらむも、人やうたて、ことことしう思はむと憚りてなむ、功徳のことなども、わざと例よりも取り分きてしもはべらずなりにける。
参りて、心のどかに昔の御物語もなど思ひたまへながら、うつしざまなる折少なくはべりて、口惜しく、いぶせくて過ぎはべりぬること」
と、いと弱げに聞こえたまふ。
三十七にぞおはしましける。されど、いと若く盛りにおはしますさまを、惜しく悲しと見たてまつらせたまふ。
「慎ませたまふべき御年なるに、晴れ晴れしからで、月ごろ過ぎさせたまふことをだに、嘆きわたりはべりつるに、御慎みなどをも、常よりことにせさせたまはざりけること」
と、いみじう思し召したり。ただこのころぞ、おどろきて、よろづのことせさせたまふ。月ごろは、常の御悩みとのみうちたゆみたりつるを、源氏の大臣も深く思し入りたり。限りあれば、ほどなく帰らせたまふも、悲しきこと多かり。
宮、いと苦しうて、はかばかしうものも聞こえさせたまはず。御心のうちに思し続くるに、「高き宿世、世の栄えも並ぶ人なく、心のうちに飽かず思ふことも人にまさりける身」と思し知らる。主上の、夢のうちにも、かかる事の心を知らせたまはぬを、さすがに心苦しう見たてまつりたまひて、これのみぞ、うしろめたくむすぼほれたることに、思し置かるべき心地したまひける。
19.12 藤壺入道宮の崩御
大臣は、朝廷方ざまにても、かくやむごとなき人の限り、うち続き亡せたまひなむことを思し嘆く。人知れぬあはれ、はた、限りなくて、御祈りなど思し寄らぬことなし。年ごろ思し絶えたりつる筋さへ、今一度、聞こえずなりぬるが、いみじく思さるれば、近き御几帳のもとに寄りて、御ありさまなども、さるべき人びとに問ひ聞きたまへば、親しき限りさぶらひて、こまかに聞こゆ。
「月ごろ悩ませたまへる御心地に、御行なひを時の間もたゆませたまはずせさせたまふ積もりの、いとどいたうくづほれさせたまふに、このころとなりては、柑子などをだに、触れさせたまはずなりにたれば、頼みどころなくならせたまひにたること」
と、泣き嘆く人びと多かり。
「院の御遺言にかなひて、内裏の御後見仕うまつりたまふこと、年ごろ思ひ知りはべること多かれど、何につけてかは、その心寄せことなるさまをも、漏らしきこえむとのみ、のどかに思ひはべりけるを、今なむあはれに口惜しく」
と、ほのかにのたまはするも、ほのぼの聞こゆるに、御応へも聞こえやりたまはず、泣きたまふさま、いといみじ。「などかうしも心弱きさまに」と、人目を思し返せど、いにしへよりの御ありさまを、おほかたの世につけても、あたらしく惜しき人の御さまを、心にかなふわざならねば、かけとどめきこえむ方なく、いふかひなく思さるること限りなし。
「はかばかしからぬ身ながらも、昔より、御後見仕うまつるべきことを、心のいたる限り、おろかならず思ひたまふるに、太政大臣の隠れたまひぬるをだに、世の中、心あわたたしく思ひたまへらるるに、また、かくおはしませば、よろづに心乱れはべりて、世にはべらむことも、残りなき心地なむしはべる」
など聞こえたまふほどに、燈火などの消え入るやうにて果てたまひぬれば、いふかひなく悲しきことを思し嘆く。
19.13 源氏、藤壺を哀悼
かしこき御身のほどと聞こゆるなかにも、御心ばへなどの、世のためしにもあまねくあはれにおはしまして、豪家にことよせて、人の愁へとあることなどもおのづからうち混じるを、いささかもさやうなる事の乱れなく、人の仕うまつることをも、世の苦しみとあるべきことをば、止めたまふ。
功徳の方とても、勧むるによりたまひて、いかめしうめづらしうしたまふ人なども、昔のさかしき世に皆ありけるを、これは、さやうなることなく、ただもとよりの宝物、得たまふべき年官、年爵、御封の物のさるべき限りして、まことに心深きことどもの限りをし置かせたまへれば、何とわくまじき山伏などまで惜しみきこゆ。
をさめたてまつるにも、世の中響きて、悲しと思はぬ人なし。殿上人など、なべてひとつ色に黒みわたりて、ものの栄なき春の暮なり。二条院の御前の桜を御覧じても、花の宴の折など思し出づ。「今年ばかりは」と、一人ごちたまひて、人の見とがめつべければ、御念誦堂に籠もりゐたまひて、日一日泣き暮らしたまふ。夕日はなやかにさして、山際の梢あらはなるに、雲の薄くわたれるが、鈍色なるを、何ごとも御目とどまらぬころなれど、いとものあはれに思さる。
「入り日さす峰にたなびく薄雲は
もの思ふ袖に色やまがへる」
人聞かぬ所なれば、かひなし。
19.14 夜居僧都、帝に密奏
御わざなども過ぎて、事ども静まりて、帝、もの心細く思したり。この入道の宮の御母后の御世より伝はりて、次々の御祈りの師にてさぶらひける僧都、故宮にもいとやむごとなく親しきものに思したりしを、朝廷にも重き御おぼえにて、いかめしき御願ども多く立てて、世にかしこき聖なりける、年七十ばかりにて、今は終りの行なひをせむとて籠もりたるが、宮の御事によりて出でたるを、内裏より召しありて、常にさぶらはせたまふ。
このごろは、なほもとのごとく参りさぶらはるべきよし、大臣も勧めのたまへば、
「今は、夜居など、いと堪へがたうおぼえはべれど、仰せ言のかしこきにより、古き心ざしを添へて」
とて、さぶらふに、静かなる暁に、人も近くさぶらはず、あるはまかでなどしぬるほどに、古代にうちしはぶきつつ、世の中のことども奏したまふついでに、
「いと奏しがたく、かへりては罪にもやまかり当たらむと思ひたまへ憚る方多かれど、知ろし召さぬに、罪重くて、天眼恐ろしく思ひたまへらるることを、心にむせびはべりつつ、命終りはべりなば、何の益かははべらむ。仏も心ぎたなしとや思し召さむ」
とばかり奏しさして、えうち出でぬことあり。
19.15 冷泉帝、出生の秘密を知る
主上、「何事ならむ。この世に恨み残るべく思ふことやあらむ。法師は、聖といへども、あるまじき横様の嫉み深く、うたてあるものを」と思して、
「いはけなかりし時より、隔て思ふことなきを、そこには、かく忍び残されたることありけるをなむ、つらく思ひぬる」
とのたまはすれば、
「あなかしこ。さらに、仏の諌め守りたまふ真言の深き道をだに、隠しとどむることなく広め仕うまつりはべり。まして、心に隈あること、何ごとにかはべらむ。
これは来し方行く先の大事とはべることを、過ぎおはしましにし院、后の宮、ただ今世をまつりごちたまふ大臣の御ため、すべて、かへりてよからぬ事にや漏り出ではべらむ。かかる老法師の身には、たとひ愁へはべりとも、何の悔かはべらむ。仏天の告げあるによりて奏しはべるなり。
わが君はらまれおはしましたりし時より、故宮の深く思し嘆くことありて、御祈り仕うまつらせたまふゆゑなむはべりし。詳しくは法師の心にえ悟りはべらず。事の違ひめありて、大臣横様の罪に当たりたまひし時、いよいよ懼ぢ思し召して、重ねて御祈りども承はりはべりしを、大臣も聞こし召してなむ、またさらに言加へ仰せられて、御位に即きおはしまししまで仕うまつることどもはべりし。
その承りしさま」
とて、詳しく奏するを聞こし召すに、あさましうめづらかにて、恐ろしうも悲しうも、さまざまに御心乱れたり。
とばかり、御応へもなければ、僧都、「進み奏しつるを便なく思し召すにや」と、わづらはしく思ひて、やをらかしこまりてまかづるを、召し止めて、
「心に知らで過ぎなましかば、後の世までの咎めあるべかりけることを、今まで忍び籠められたりけるをなむ、かへりてはうしろめたき心なりと思ひぬる。またこの事を知りて漏らし伝ふるたぐひやあらむ」
とのたまはす。
「さらに、なにがしと王命婦とより他の人、この事のけしき見たるはべらず。さるによりなむ、いと恐ろしうはべる。天変しきりにさとし、世の中静かならぬは、このけなり。いときなく、ものの心知ろし召すまじかりつるほどこそはべりつれ、やうやう御齢足りおはしまして、何事もわきまへさせたまふべき時に至りて、咎をも示すなり。よろづのこと、親の御世より始まるにこそはべるなれ。何の罪とも知ろし召さぬが恐ろしきにより、思ひたまへ消ちてしことを、さらに心より出しはべりぬること」
と、泣く泣く聞こゆるほどに、明け果てぬれば、まかでぬ。
主上は、夢のやうにいみじきことを聞かせたまひて、いろいろに思し乱れさせたまふ。
「故院の御ためもうしろめたく、大臣のかくただ人にて世に仕へたまふも、あはれにかたじけなかりける事」
かたがた思し悩みて、日たくるまで出でさせたまはねば、「かくなむ」と聞きたまひて、大臣も驚きて参りたまへるを、御覧ずるにつけても、いとど忍びがたく思し召されて、御涙のこぼれさせたまひぬるを、
「おほかた故宮の御事を、干る世なく思し召したるころなればなめり」
と見たてまつりたまふ。
19.16 帝、譲位の考えを漏らす
その日、式部卿の親王亡せたまひぬるよし奏するに、いよいよ世の中の騒がしきことを嘆き思したり。かかるころなれば、大臣は里にもえまかでたまはで、つとさぶらひたまふ。
しめやかなる御物語のついでに、
「世は尽きぬるにやあらむ。もの心細く例ならぬ心地なむするを、天の下もかくのどかならぬに、よろづあわたたしくなむ。故宮の思さむところによりてこそ、世間のことも思ひ憚りつれ、今は心やすきさまにても過ぐさまほしくなむ」
と語らひきこえたまふ。
「いとあるまじき御ことなり。世の静かならぬことは、かならず政事の直く、ゆがめるにもよりはべらず。さかしき世にしもなむ、よからぬことどももはべりける。聖の帝の世にも、横様の乱れ出で来ること、唐土にもはべりける。わが国にもさなむはべる。まして、ことわりの齢どもの、時至りぬるを、思し嘆くべきことにもはべらず」
など、すべて多くのことどもを聞こえたまふ。片端まねぶも、いとかたはらいたしや。
常よりも黒き御装ひに、やつしたまへる御容貌、違ふところなし。主上も、年ごろ御鏡にも、思しよることなれど、聞こし召ししことの後は、またこまかに見たてまつりたまひつつ、ことにいとあはれに思し召さるれば、「いかで、このことをかすめ聞こえばや」と思せど、さすがに、はしたなくも思しぬべきことなれば、若き御心地につつましくて、ふともえうち出できこえたまはぬほどは、ただおほかたのことどもを、常よりことになつかしう聞こえさせたまふ。
うちかしこまりたまへるさまにて、いと御けしきことなるを、かしこき人の御目には、あやしと見たてまつりたまへど、いとかく、さださだと聞こし召したらむとは思さざりけり。
19.17 帝、源氏への譲位を思う
主上は、王命婦に詳しきことは、問はまほしう思し召せど、
「今さらに、しか忍びたまひけむこと知りにけりと、かの人にも思はれじ。ただ、大臣にいかでほのめかし問ひきこえて、先々のかかる事の例はありけりやと問ひ聞かむ」
とぞ思せど、さらについでもなければ、いよいよ御学問をせさせたまひつつ、さまざまの書どもを御覧ずるに、
「唐土には、現はれても忍びても、乱りがはしき事いと多かりけり。日本には、さらに御覧じ得るところなし。たとひあらむにても、かやうに忍びたらむことをば、いかでか伝へ知るやうのあらむとする。一世の源氏、また納言、大臣になりて後に、さらに親王にもなり、位にも即きたまひつるも、あまたの例ありけり。人柄のかしこきにことよせて、さもや譲りきこえまし」
など、よろづにぞ思しける。
19.18 源氏、帝の意向を峻絶
秋の司召に、太政大臣になりたまふべきこと、うちうちに定め申したまふついでになむ、帝、思し寄する筋のこと、漏らしきこえたまひけるを、大臣、いとまばゆく、恐ろしう思して、さらにあるまじきよしを申し返したまふ。
「故院の御心ざし、あまたの皇子たちの御中に、とりわきて思し召しながら、位を譲らせたまはむことを思し召し寄らずなりにけり。何か、その御心改めて、及ばぬ際には昇りはべらむ。ただ、もとの御おきてのままに、朝廷に仕うまつりて、今すこしの齢かさなりはべりなば、のどかなる行なひに籠もりはべりなむと思ひたまふる」
と、常の御言の葉に変はらず奏したまへば、いと口惜しうなむ思しける。
太政大臣になりたまふべき定めあれど、しばし、と思すところありて、ただ御位添ひて、牛車聴されて参りまかでしたまふを、帝、飽かず、かたじけなきものに思ひきこえたまひて、なほ親王になりたまふべきよしを思しのたまはすれど、
「世の中の御後見したまふべき人なし。権中納言、大納言になりて、右大将かけたまへるを、今一際あがりなむに、何ごとも譲りてむ。さて後に、ともかくも、静かなるさまに」
とぞ思しける。なほ思しめぐらすに、
「故宮の御ためにもいとほしう、また主上のかく思し召し悩めるを見たてまつりたまふもかたじけなきに、誰れかかることを漏らし奏しけむ」
と、あやしう思さる。
命婦は、御匣殿の替はりたる所に移りて、曹司たまはりて参りたり。大臣、対面したまひて、
「このことを、もし、もののついでに、露ばかりにても漏らし奏したまふことやありし」
と案内したまへど、
「さらに。かけても聞こし召さむことを、いみじきことに思し召して、かつは、罪得ることにやと、主上の御ためを、なほ思し召し嘆きたりし」
と聞こゆるにも、ひとかたならず心深くおはせし御ありさまなど、尽きせず恋ひきこえたまふ。
19.19 斎宮女御、二条院に里下がり
斎宮の女御は、思ししもしるき御後見にて、やむごとなき御おぼえなり。御用意、ありさまなども、思ふさまにあらまほしう見えたまへれば、かたじけなきものにもてかしづききこえたまへり。
秋のころ、二条院にまかでたまへり。寝殿の御しつらひ、いとど輝くばかりしたまひて、今はむげの親ざまにもてなして、扱ひきこえたまふ。
秋の雨いと静かに降りて、御前の前栽の色々乱れたる露のしげさに、いにしへのことどもかき続け思し出でられて、御袖も濡れつつ、女御の御方に渡りたまへり。こまやかなる鈍色の御直衣姿にて、世の中の騒がしきなどことつけたまひて、やがて御精進なれば、数珠ひき隠して、さまよくもてなしたまへる、尽きせずなまめかしき御ありさまにて、御簾の内に入りたまひぬ。
19.20 源氏、女御と往時を語る
御几帳ばかりを隔てて、みづから聞こえたまふ。
「前栽どもこそ残りなく紐解きはべりにけれ。いとものすさまじき年なるを、心やりて時知り顔なるも、あはれにこそ」
とて、柱に寄りゐたまへる夕ばえ、いとめでたし。昔の御ことども、かの野の宮に立ちわづらひし曙などを、聞こえ出でたまふ。いとものあはれと思したり。
宮も、「かくれば」とにや、すこし泣きたまふけはひ、いとらうたげにて、うち身じろきたまふほども、あさましくやはらかになまめきておはすべかめる。「見たてまつらぬこそ、口惜しけれ」と、胸のうちつぶるるぞ、うたてあるや。
「過ぎにし方、ことに思ひ悩むべきこともなくてはべりぬべかりし世の中にも、なほ心から、好き好きしきことにつけて、もの思ひの絶えずもはべりけるかな。さるまじきことどもの、心苦しきが、あまたはべりし中に、つひに心も解けず、むすぼほれて止みぬること、二つなむはべる。
一つは、この過ぎたまひにし御ことよ。あさましうのみ思ひつめて止みたまひにしが、長き世の愁はしきふしと思ひたまへられしを、かうまでも仕うまつり、御覧ぜらるるをなむ、慰めに思うたまへなせど、燃えし煙の、むすぼほれたまひけむは、なほいぶせうこそ思ひたまへらるれ」
とて、今一つはのたまひさしつ。
「中ごろ、身のなきに沈みはべりしほど、方々に思ひたまへしことは、片端づつかなひにたり。東の院にものする人の、そこはかとなくて、心苦しうおぼえわたりはべりしも、おだしう思ひなりにてはべり。心ばへの憎からぬなど、我も人も見たまへあきらめて、いとこそさはやかなれ。
かく立ち返り、朝廷の御後見仕うまつるよろこびなどは、さしも心に深く染まず、かやうなる好きがましき方は、静めがたうのみはべるを、おぼろけに思ひ忍びたる御後見とは、思し知らせたまふらむや。あはれとだにのたまはせずは、いかにかひなくはべらむ」
とのたまへば、むつかしうて、御応へもなければ、
「さりや。あな心憂」
とて、異事に言ひ紛らはしたまひつ。
「今は、いかでのどやかに、生ける世の限り、思ふこと残さず、後の世の勤めも心にまかせて、籠もりゐなむと思ひはべるを、この世の思ひ出にしつべきふしのはべらぬこそ、さすがに口惜しうはべりぬべけれ。かならず、幼き人のはべる、生ひ先いと待ち遠なりや。かたじけなくとも、なほ、この門広げさせたまひて、はべらずなりなむ後にも、数まへさせたまへ」
など聞こえたまふ。
御応へは、いとおほどかなるさまに、からうして一言ばかりかすめたまへるけはひ、いとなつかしげなるに聞きつきて、しめじめと暮るるまでおはす。
19.21女御に春秋の好みを問う
「はかばかしき方の望みはさるものにて、年のうち行き交はる時々の花紅葉、空のけしきにつけても、心の行くこともしはべりにしがな。春の花の林、秋の野の盛りを、とりどりに人争ひはべりける、そのころの、げにと心寄るばかりあらはなる定めこそはべらざなれ。
唐土には、春の花の錦に如くものなしと言ひはべめり。大和言の葉には、秋のあはれを取り立てて思へる。いづれも時々につけて見たまふに、目移りて、えこそ花鳥の色をも音をもわきまへはべらね。
狭き垣根のうちなりとも、その折の心見知るばかり、春の花の木をも植ゑわたし、秋の草をも堀り移して、いたづらなる野辺の虫をも棲ませて、人に御覧ぜさせむと思ひたまふるを、いづ方にか御心寄せはべるべからむ」
と聞こえたまふに、いと聞こえにくきことと思せど、むげに絶えて御応へ聞こえたまはざらむもうたてあれば、
「まして、いかが思ひ分きはべらむ。げに、いつとなきなかに、あやしと聞きし夕べこそ、はかなう消えたまひにし露のよすがにも、思ひたまへられぬべけれ」
と、しどけなげにのたまひ消つも、いとらうたげなるに、え忍びたまはで、
「君もさはあはれを交はせ人知れず
わが身にしむる秋の夕風
忍びがたき折々もはべりかし」
と聞こえたまふに、「いづこの御応へかはあらむ。心得ず」と思したる御けしきなり。このついでに、え籠めたまはで、恨みきこえたまふことどもあるべし。
今すこし、ひがこともしたまひつべけれども、いとうたてと思いたるも、ことわりに、わが御心も、「若々しうけしからず」と思し返して、うち嘆きたまへるさまの、もの深うなまめかしきも、心づきなうぞ思しなりぬる。
やをらづつひき入りたまひぬるけしきなれば、
「あさましうも、疎ませたまひぬるかな。まことに心深き人は、かくこそあらざなれ。よし、今よりは、憎ませたまふなよ。つらからむ」
とて、渡りたまひぬ。
うちしめりたる御匂ひのとまりたるさへ、疎ましく思さる。人びと、御格子など参りて、
「この御茵の移り香、言ひ知らぬものかな」
「いかでかく取り集め、柳の枝に咲かせたる御ありさまならむ」
「ゆゆしう」
と聞こえあへり。
19.22源氏、紫の君と語らう
対に渡りたまひて、とみにも入りたまはず、いたう眺めて、端近う臥したまへり。燈籠遠くかけて、近く人びとさぶらはせたまひて、物語などせさせたまふ。
「かうあながちなることに胸ふたがる癖の、なほありけるよ」
と、わが身ながら思し知らる。
「これはいと似げなきことなり。恐ろしう罪深き方は多うまさりけめど、いにしへの好きは、思ひやりすくなきほどの過ちに、仏神も許したまひけむ」と、思しさますも、「なほ、この道は、うしろやすく深き方のまさりけるかな」
と、思し知られたまふ。
女御は、秋のあはれを知り顔に応へ聞こえてけるも、「悔しう恥づかし」と、御心ひとつにものむつかしうて、悩ましげにさへしたまふを、いとすくよかにつれなくて、常よりも親がりありきたまふ。
女君に、
「女御の、秋に心を寄せたまへりしもあはれに、君の、春の曙に心しめたまへるもことわりにこそあれ。時々につけたる木草の花によせても、御心とまるばかりの遊びなどしてしがなと、公私のいとなみしげき身こそふさはしからね、いかで思ふことしてしがなと、ただ、御ためさうざうしくやと思ふこそ、心苦しけれ」
など語らひきこえたまふ。
19.23源氏、大堰の明石を訪う
「山里の人も、いかに」など、絶えず思しやれど、所狭さのみまさる御身にて、渡りたまふこと、いとかたし。
「世の中をあぢきなく憂しと思ひ知るけしき、などかさしも思ふべき。心やすく立ち出でて、おほぞうの住まひはせじと思へる」を、「おほけなし」とは思すものから、いとほしくて、例の、不断の御念仏にことつけて渡りたまへり。
住み馴るるままに、いと心すごげなる所のさまに、いと深からざらむことにてだに、あはれ添ひぬべし。まして、見たてまつるにつけても、つらかりける御契りの、さすがに、浅からぬを思ふに、なかなかにて慰めがたきけしきなれば、こしらへかねたまふ。
いと木繁き中より、篝火どもの影の、遣水の螢に見えまがふもをかし。
「かかる住まひにしほじまざらましかば、めづらかにおぼえまし」
とのたまふに、
「漁りせし影忘られぬ篝火は
身の浮舟や慕ひ来にけむ
思ひこそ、まがへられはべれ」
と聞こゆれば、
「浅からぬしたの思ひを知らねばや
なほ篝火の影は騒げる
誰れ憂きもの」
と、おし返し恨みたまへる。
おほかたもの静かに思さるるころなれば、尊きことどもに御心とまりて、例よりは日ごろ経たまふにや、すこし思ひ紛れけむ、とぞ。

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読書期間2018年10月25日 - 2018年//月//日