源氏物語  行幸 注釈

HOME表紙へ 源氏物語 目次 29 行幸
かく思しいたらぬことなく、いかでよからむことはと、思し扱ひたまへど このようにあらゆることをお考えになって、何とか良い方法はないものかと思案なさるけれども。玉鬘の身の振り方を考える。
この音無の滝こそ 「とにかくに人目つつみをせきかねて下にながるる音なしの滝」(出典未詳、『釈』『奥入』(人目に触れないようにしていたが、その自制心もやぶれて、音なしの滝のように、ひそかに心を通わせてしまった、と注す)
うたていとほしく 「いとおしい」① 見ていられないほどかわいそう。②困ったことである。「うたて」まずますひどく。
さて思ひ隈なく、けざやかなる御もてなしなどのあらむにつけては、をこがましうもや 玉鬘とのことが知れて、内大臣が誰憚らず派手な婿扱いなどなさるものなら、世間の物笑いになる。「思い隈なく」一方的に。思慮分別なしに。「おlこがましい」馬鹿げていて、物笑いになる。
大原野の行幸ぎょうこう 「大原野」京都市西京区。大原野神社がある。桂川の西にひらける野で、鷹狩りが行われた。冷泉帝が催す鷹狩りである。
卯の時 午前五時から七時までの間。
葡萄染えびぞめ下襲したがさね 薄紫色の下襲。
青色のうえのきぬ 麹塵(きくじん・淡い黄緑色・浅黄に青みを帯びた色)の袍。天皇の日常着であるが、晴れの儀式には諸臣が着用し、主上は赤色を召す。
そこばく挑み尽くしたまへる人の御容貌ありさまを見たまふに たくさんの我こそはと綺麗を尽くした供奉の方々の御容貌態度をご覧になるに。
出で消えどものかたはなるにやあらむ 晴れの場で見劣りしている者たち(中少将や殿上人たち)がまともでないのだろうか。「出で消え」できばえのはえないこと。見劣りのすること。
右大将の 髯黒の右大将。
心づきなし 気に入らない。心がひかれない。
宮仕へは、心にもあらで、見苦しきありさまにや 宮仕えは、自分の意思に反して、見苦しいことになるのではないかと尻ごみしていらっしゃるのでが。源氏が後見する秋好む中宮や、父大臣の娘弘徽殿女御と、帝寵を競うことになるからである。
n馴れ馴れしき筋などをばもて離れて、おほかたに仕うまつり御覧ぜられむは 帝の寵愛を受けるといったこととは関係なく、一般の女官職としてお仕えしお目通り願うということなら。尚侍は一般職として最高位。
雪深き小塩山にたつ雉の古き跡をも今日は尋ねよ 雪深い小塩山に飛び立つ雉の古い跡ー昔の大原野の行幸の跡をも、今日は尋ねて見られよ。(新潮)/ 雪の深い小塩山に雉が飛び立っているが、先例に従って今日こちらに参られればよかったのに。(玉上)
小塩山深雪積もれる松原に今日ばかりなる跡やなからむ 小塩山の雪の積もっている松原に、昔も行幸はありましたが、今ほどの盛儀はございませんでしょう。(新潮)/ 小塩山の雪の積もった松原に今日ほど足跡が多く盛大だったことはないでしょう。(玉上)
うちきらし朝ぐもりせし行幸にはさやかに空の光やは見し 霧渡るように朝曇りして雪が降っていましたのに、はっきりと日の光ー帝を拝むことができたでしょうか。(新潮)/ 朝曇した雪の日でははっきり空の光を(帝を)見たりいたせましょうか。(玉上)/「うちきらし」空を曇らせる。霧で見えなくする。
かの大臣に知られても あの内大臣に打ち明けて出仕しても。
女御かくてまたさぶらひたまへばなど、思ひ乱るめりし筋なり 弘徽殿女御がおられますので、などと玉鬘は思い悩む。
あかねさす光は空に曇らぬをなどて行幸に目をきらしけむ 日の光は空に曇りなく照っていましたのに(帝は輝くばかりの美しさでしたのに)どうして雪に目を曇らせたのですか。(新潮)/ 日の光は曇りなく空にさしていますのにどうして雪のために目がかすんで見えなかったのでしょう。(玉上)「きらす」(霧らす)霧で見えなくなる。
女は、聞こえ高く、名隠したまふべきほどならぬも 総じて婦人は、評判が高くお名を隠さなければならないといった身分でない人でも(評判の高くない、名を隠す必要のない人でも)。
人の御むすめとて、籠もりおはするほどは 誰かの姫君として深窓に養われていらっしゃる間は。
かならずしも、氏神の御つとめなど、あらはならぬほどなればこそ 必ずしも、氏神の参拝など、表立ってしなくても済むので。
年月はまぎれ過ぐしたまへ 玉鬘も今までは源氏の娘として、分からずに(世間から目立たずに)日を送っていたが。
この、もし思し寄ることもあらむには 今考慮中の尚侍として出仕のことがもし実現でもしたら。/
春日の神の御心違ひぬべきも 春日大社。藤原氏の氏神。玉鬘んは藤原氏だから、源氏の娘として出仕しては、氏神の御心に背くことになる。
氏改むることのたはやすきもあれ 養子になって氏を改めるのが容易な者もいようが。
あぢきなく、わざとがましき後の名まで、うたたあるべし おもしろくもない。故意にしたこととして後々まで取り沙汰されても、いやなことであろう。玉鬘を引き取ったのは偶然。
なほなほしき人の際こそ 並の身分の者なら。「なほなほし」普通である。平凡である。劣っている。下品だ。
つひには隠れてやむまじきものから 結局は真相を伏せておけるものではないであろうから。
心の隙なくものしたまうて ご看護に余念なくいらっしゃって。
よだけくなりにてはべり 「よだけし」①大げさである。②面倒だ。おっくう。
あやしくおれおれしき本性に、添ふもの憂さになむはべるべき おかしなほどばかばかしい生まれつきにものうさが添いまして。何ごともめんどうくさがるというふりをするのが、源氏の態度である。積極的に働くという意思をもっていないようなふりをする。それが生まれながらの貴族の態度、というふうに、源氏はしている。(玉上)/ 私の場合は、なぜか愚かな生まれつきの上に、ものぐさになったからでしょう。(新潮)/ 「おれおれしき」(愚愚しき)愚かな。
いふかひなきに、許し捨てたまふこともやと聞きはべりて 今さら言っても仕方のない事と、お構いなくお許しくださることもあろうかと。「許し捨つ」は、許して放っておくこと。
ここにさへ 「こゝ」わたくし。近称が一人称に用いられる。中称が「あなた」(二人称)。遠称が「かれ」「かなた」(三人称)。
何にさまで言をもまぜはべりけむと なんでそこまで口出をしたのかと。
人悪う悔い思うたまへてなむ 面目なく後悔しております。
かの知りたまふべき人をなむ あちら(内大臣)がお世話なさる筋合いの方を。/ 「知る」⑥関わりをもつ。関知する。
尚侍ないしのかみ 尚侍ないしのかみは、内侍所(ないしどころ・後宮十三司の一)の長官。定員二名。従五位相当。天皇に常侍し、奏請、宣伝、女官の監督、宮廷儀式をつかさどった。後従三位相当。女御などに準ずる地位にもなった。それで、「宮仕へする人なくては」という事態も起こってくるのである。l現在一人は朧月夜の尚侍である。あとひとりの任命について帝の仰せがあったのである。典侍(すけ)は内侍所の次官。
その人ならでも 名門の出でなくても。
おほかたのおぼえをだに選らせたまはむとなむ せめて世間一般の人望によって、お選びになろうと。
宮仕へは、さるべき筋にて、上も下も思ひ及び、出で立つこそ心高きことなれ 宮仕えというものは、しかるべき地位について(女御、更衣になって)身分の高い者も低い者も帝寵に望みをかけ、宮中に出仕することこそ理想が高いというものです。/ 宮中にお仕えするのは、女御更衣になり、身分の上のものも下のものも寵を望んで入内するのが理想も高いというもので。
公様おおやけざまにて 表向きの役について。一般職について。女御、更衣のような特別職ではない。
思ひ弱りはべりしついでになむ 気持ちが傾いてきましたのを機会に。
かの御尋ねあべいことになむありけるを あちら(内大臣)がお引き取りになるはずの人であることが分かりましたので。「あべい」あるべき。
いかなべいことぞとも、申しあきらめまほしうはべる どうした事情だったのかといったことも、事情をお話してはっきりさせたく存じます。
よろしうものせさせたまひければ (大宮の)ご気分がよろしいようですので。
なほ、かう思ひおこせるついでにとなむ思うたまふる やはりこういう風に一旦決意した機会にと存じます。
くだくだしき直人の仲らひに似たることにはべれば ごたごたした、身分の低い者の間柄にあるような話ですので。
もの寂しげにはべれば、人目のいとほしうも、かたじけなうもあるを 人手も少なく、はたの見る目も気になるし、恐れ多いこともありして。
この姫君の御こと、中将の愁へにや 雲居の雁のこと、夕霧の愁いのこと。
人の御言になびき顔にて許してむ 大宮や源氏のお言葉に折れたふりをして承諾しよう。
宮もかう御世残りなげにて、このことと切にのたまひ、大臣も憎からぬさまに一言うち出で恨みたまはむに、とかく申しかへさふことえあらじかし 大宮もこうして余命少ないのに、このことを切に頼み、源氏も穏やかに一言恨み言を申すのであれば、とかく反対することもない。
つれなくて思ひ入れぬを見るにはやすからず /夕霧が(縁組を断られても)平気な顔をして心にとめないのを見るのは、胸がおさまらない。
いと宿徳しゅくとく 「宿徳」老成して威厳があるさま。
面もち、歩まひ 「面もち」顔付。「歩まひ」歩き方。
おのおのかう幸ひ人にすぐれたまへる御ありさまを物語にしけり それぞれがこのように幸福(しあわせ)が誰よりも優れていらっしゃる大宮のことを話題にしていた。
葡萄染えびぞめくの御指貫さしぬきく 薄紫色の御指貫。「指貫」は、直衣の下に着用する袴(はかま)。
桜の下襲 「桜」は襲の色目(いろめ)。表白、裏蘇芳(すおう・古くから重要な赤色染料)
御土器など勧め参りたまふ /お酒、肴、果物などを、主人側の内大臣のほうから、客である源氏におすすめする。
大小のこと聞こえうけたまはり 重大なことでもなんでもないことでも申し上げたりお話をうかがったり。「きこえ」はあちらに自分が申す。「うかたまはり」はあちらの言うことをこちらが聞く。いずれも内大臣を尊敬した言い方になっている。
末の世となりて 年月がたちまして。
そのかみ思うたまへし本意なきやうなること、うち交りはべれど、うちうちの私事にこそは そのころ考えていましたのとは違うようなことが時にはありますが、それは個人的な家同士のことです。夕霧と雲居の雁のことをいう。
おほかたの心ざしは、さらに移ろふことなくなむ 総じてあなたへの気持ちは、少しも変わるところはありません。
こと限りありて、世だけき御ふるまひとは思うたまへながら ご身分がら、きまりがあって、威儀を張ったお振る舞いをなさらねばならぬことと存じますが。軽々しくわたしなどにお会いくださらぬのも無理はないが、の意。
親しきほどには、その御勢ひをも、引きしじめたまひてこそは、訪らひものしたまはめとな 昔の友人には、その権勢も控え目にして、お訪ね下さればようのにと。「ひきしじむ」(引き縮む)「しじむ」を強めた言い方。弱くする。低くする。
あやしくたいだいしきまで馴れさぶらひ 身分のほどもわきまえず失礼なほどいつもご一緒申し。
朝廷に仕うまつりし際は、羽翼を並べたる数にも思ひはべらで 朝廷にお仕えした当初は、お言葉のようなお仲間の一人とも考えませず。
うれしき御かへりみをこそ あなた様のお世話、ご厄介になりましたことを、「思うたまへ知らぬにははべらぬを」と続く。あなたさまからお引きたていただいたことを、それはもう心からありがたいとは存じますけれども、となる。
齢の積もりには、げにおのづからうちゆるぶことのみなむ、多くはべりける 年をとって、仰せのとおりついつい途絶えがちのことばかりが、多うございました。
そのついでに、ほのめかし出でたまひてけり そのついでに、(源氏は玉鬘のことを)ほのめかすのだった。
またさるさまにて、数々に連ねては また、そんな子どもなりに、大勢並べてみますと。
おのおのあかれたまふ それぞれお帰りになる。「あかれ」別々になり。別れ散る。
ありしにまさる御ありさま (源氏の)昔に勝るお姿(威厳)。
ひとふし用意なしと思しおきてければ、口入れむことも人悪く思しとどめ (内大臣のなさり方が)一ふし配慮が足りぬと、根に持っておいでになっていたので、今さら口出しするのも外聞がわるいと思って、おやめになった。
かの大臣はた、人の御けしきなきに、さし過ぐしがたくて、さすがにむすぼほれたる心地したまうけり あちらの大臣は大臣で、先方からのお言葉もないのに、出すぎたこともしにくくて、そうは言うものの、胸の晴れぬ思いがなさったのだった。
かしこまり [畏り]①恐れ慎むこと。畏敬。遠慮 ②もったいなく思うこと。ありがたいこと。お礼。謝辞。
大臣、うちつけにいといぶかしう、心もとなうおぼえたまへど 内大臣は、もう早速(玉鬘が)どんな娘か、早く会いたいと思われなさるのだが。(新潮)/ 内大臣は、突然のことだし、腑に落ちず、不安にお思いなさるが。(玉上)/「いぶかしい」①気がかりである。②(様子が分からないから)知りたい。見たい。聞きたい。③不審に思う。「こころもとない」待ち遠しくていらいらしている。
尋ね得たまへらむ初めを思ふに、定めて心きよう見放ちたまはじ 源氏が玉鬘をさがしだしてお引き取りになった当初に事情を考えてみると、きっと何事もなく玉鬘を放っておくことはなさるまい。
やむごとなき方々を憚りて、うけばりてその際にはもてなさず れっきとしたご婦人方に遠慮して、大っぴらにその方々の一人としては扱わず。「うけばる」他に憚らずことを行う。
ことさらにも、かの御あたりに触ればはせむに、などかおぼえの劣らむ こちらからすすんで源氏のお側に娘をさし上げたとlしても、何の体裁が悪いことがあろうか。/ 進んであちらのお側にさし上げたとしたところで、どうして評判が悪かろうぞ。
ともかくも、思ひ寄りのたまはむおきてを違ふべきことかは ともかく源氏の考え付かれて仰せになったことに背けよう科かと。
忍びてかかることの心のたまひ知らせけり 内々にこうした事情(玉鬘が内大臣の娘だったこと)をご説明なさった。
かのつれなき人の御ありさまよりも、なほもあらず思ひ出でられて あの自分に冷たい雲居の雁のご様子よりも、あの瞥見した玉鬘の様子が、たまらなく思い出されて。
あるまじう、ねじけたるべきほどなりけり (雲居の雁がありながら玉鬘に思いを寄せるのは)してはならない間違ったことなのだ。
聞こえむにも、いまいましきありさまを、今日は忍びこめはべれど お祝いを申そうにも、縁起でもない尼姿ですので、今日は遠慮しておりましたが。
さるかたにても、長き例ばかりを思し許すべうや、とてなむ そうであっても(尼だとしても)長生きの例にあやかっていただくということで、お許し下さるだろうかと存じまして(お便りをさし上げます)
あはれにうけたまはり、あきらめたる筋をかけきこえむも、いかが 聞き知りまして感動しましたことを申し上げますのも、どういうものか。/ 玉鬘が孫と知ってうれしく思っていることを、相手の気持ちも知らずに言うのは遠慮される、の意。
御けしきに従ひてなむ あなたのお気持ち次第です。(祖母と思ってくれるならうれしい)
ふたかたに言ひもてゆけば玉櫛笥わが身はなれぬ懸子かけごなりけり どちらから申しましても、あなたは私と切っても切れぬ縁のある方なのです。(新潮)/ どちらの方から申しても、わたしの方からは切っても切れぬ孫ということになります。(玉上)
かばかりの御心ばせどもに、挑み尽くしたまへれば、をかしう見ゆるを 源氏の寵を受けるほどのご婦人たちがご趣向をこらして、競走でなさったものだから。
東の院の人びとも 二条院の東の対。末摘花と空蝉が住まう。
青鈍あおにび細長一襲ほそながひとかさね落栗おちぐりとかや 「青鈍」青みがかった薄墨色。多く喪中、または尼僧が着用し、祝儀には適切ではない。「細長襲」貴婦人の表着。「落栗」落栗色。「濃き紅なり」『河海抄』
が身こそ恨みられけれ唐衣君が袂に馴れずと思へば わが身が恨めしく思われます。いつもあなたのお側にいることができないと思いますと。親しくしていただけないので残念だ、の意。(新潮)/ 私自身を恨んでしまいますこと。あなたのおそばにいることができない自分d名と思いますと。(玉上)
この歌詠みつらむほどこそ。まして今は力なくて、所狭かりけむ /この歌を詠んだ時は、どんなに大変だったやら。昔以上に今は頼りにする人がなくて、もてあましたことだろう。「所せかりけむ」動きがとれない。たいへんだったことだろう。
唐衣また唐衣唐衣かへすがへすも唐衣なる 唐衣、また唐衣唐衣と、あなたはいつまでも唐衣の繰り返しなのですね。(新潮)/ 唐衣、そしてまた唐衣唐衣、いついつも唐衣とおっしゃいますこと。(玉上)
ようなしごといと多かりや つまらぬお話が大層多いことです。末摘花が登場する滑稽な一段はこれにておしまい。といった気持ちの草子地。
さしも急がれたまふまじき御心なれど (はじめは)さほど進んでともお思いになれないお気持ちだったのだが。それで、大宮の病気を口実に断った。
あべい限りにまた過ぎて しきたり通りのことにまた事を加えて。「あべい」「あるべき」の音便形。
げにわざと御心とどめたまうけること いかにも源氏が格別お心をこめてのことと。
かたじけなきものから、やう変はりて思さる もったいないとは思うものの、一風変わっているとお思いになる。娘でもない妻でもない女への心入れを不審に思う。
いみじうゆかしう思ひきこえたまへど とても玉鬘のお顔を見たいとお思いになるが。
ゆくりかなべければ 急なことであるから。「ゆくりかなし」思いがけない。突然である。
今宵は、いにしへざまのことはかけはべらねば、何のあやめも分かせたまふまじくなむ 今夜は昔のことは口にいたしませんので。//祝儀でもあり、亡き夕顔にかかることには触れない用意。/
げに、さらに聞こえさせやるべき方はべらずなむ まったく何と申し上げてよいかわかりません。
限りなきかしこまりをば、世に例なきことと聞こえさせながら 言葉に尽くせぬお礼は、世にまたとないご厚意と感謝します。
恨めしや沖つ玉藻をかづくまで磯がくれける海人の心よ 恨めしいことだ、裳を着る日まで、名乗って出てくれなかった海女(玉鬘)の心は。(新潮)「かづく」は水中に潜って藻や貝を採ること。頭からかぶる意の、「被(かづ)く」を掛ける。/ うらめしいことだ。裳を着る日まで隠れていて自分には何も知らせなかった海女(玉鬘)の心が。(玉上)
いと恥づかしき御さまどものさし集ひ、つつましさに 大層気後れするほど立派なご風采の方々がお揃いで、気恥ずかしく。(源氏と内大臣がお揃いであること)
よるべなみかかる渚にうち寄せて海人も尋ねぬ藻屑とぞ見し 寄る辺もなくこんな所に身を寄せたので、誰にも顧みられぬかわいそうな者だと思っていたのです。実父に見捨てられた娘だと思って自分が面倒を見たのだ、の意。(新潮)/ 寄る辺がなくてこのような所に身を寄せたので、取るにも足らぬものとおもって探してもくれなかった。(玉上)
なほ、しばしは御心づかひしたまうて、世にそしりなきさまにもてなさせたまへ 今しばらくはご注意下さって、世間から悪口を言われぬようにしてください。
何ごとも、心やすきほどの人こそ、乱りがはしう、ともかくもはべべかめれ 何ごとも気楽な身分の者なら、きちんとしないことが、何かとあってもいいでしょうが。
こなたをもそなたをも、さまざま人の聞こえ悩まさむ、ただならむよりはあぢきなきを 私の方もあなたの方も、いろいろの人が(縁組を望んで)うるさく申し上げるのは、普通の場合より具合が悪いでしょうから。結婚の申し込みが二手に分かれては面白くないの意。(新潮)/ わたしもあなたもいろいろな人が噂して困らせるとあっては、普通の身分の者よりは弱ることであるから。(玉上)
今はことづけやりたまふべき滞りもなきを もう、口実にお使いになるようなさし障りもないのですから。
内裏より御けしきあること、かへさひ奏し、またまた仰せ言に従ひてなむ 帝からご内意のあったこと(尚侍就任のこと)を、ご辞退の旨奏上し、(それについて)改めて何と仰せられるかによって。「かえさいそうす」(帝にたいして)御辞退申し上げる。
なまかたほなること見えたまはば 「なまかたほ→なまかたわ」欠点のあること。不完全なこと。
女御ばかりには 弘徽殿女御。
かの御夢も 今になってあの夢も正夢だったとお分かりになった。夢占いに、わが子を人の養女にしているかもしれないとあった。(「蛍」)
かのさがな者の君聞きて あおの手に負えない姫君。近江の君のこと。
女御の御前に 弘徽殿の女御。
尚侍あかば、なにがしこそ望まむと思ふを、非道にも思しかけけるかな 尚侍に欠員がでれば、わしが応募しようと思っているのに、無茶なことをお望みなのですね。柏木中将の言。「なにがし」は男言葉。「非道」も男言葉。柏木たちが近江の君を愚弄しているのである。
めでたき御仲に、数ならぬ人は、混じるまじかりけり 立派な家族のなかに、人並みでない者はお仲間入りできないことなのでした。
さかしらに迎へたまひて 「さかしら」①賢そうに。利口ぶって。②自分から進んで。③差し出た振る舞い。お節介に。
せうせうの人は、え立てるまじき殿の内かな なまなかの人では、とてもやってゆけないお邸のなかですこと。「せうせう」は、少々。漢語で、女の用語としては相応しくない。
見おこせたまふ 「みおこす」遠くからこちらを見る。視線をこちらに向ける。
かかる方にても、類ひなき御ありさまを、おろかにはよも思さじ こちらの宮仕えの方も、またとないお勤めぶりですから、(女御も)よもや疎かにはお思いではないでしょう。「かかる方にても」尚侍を望んでいる事にしても。
堅き巌も沫雪になしたまうつべき御けしきなれば 堅い岩も抹雪のように蹴散らしておしまいになりそうなお元気ですから。/ 「弓弭を振り立て、剣の柄を握りしめ、地面を踏みに踏んで、淡雪のように蹴散らかし、」日本書紀にあるによる。姉弟不和の連想によるのだろう。
いとかやすく、いそしく 身軽に、かいがいしく。
いとかやすく、いそしく 身軽に、かいがいしく。
恥ぢがてら、はしたなめたまふ ご自分でも恥ずかしくて、(そのため)ひどい目にお会わせになる。

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公開日2019年10月9日