源氏物語  横笛・注釈

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37 横笛

御果てにも 一周忌の法要。
世を別れ入りなむ道はおくるとも同じところを君も尋ねよ この世を捨ててお入りになった仏道は、私の後からであるにしても、同じように、極楽浄土を求めてきてください(新潮)/ この世を捨ててお入りになった道はわたしより遅くとも同じ極楽浄土をあなたも求めて来て下さい(渋谷)
青鈍の綾一襲あおにびのあやひとがさね 青色がかった縹色(はなだ)の綾の袿一襲。尼衣である。 
憂き世にはあらぬところのゆかしくて
背く山路に思ひこそ入れ
 こんなつらい世の中ではないところに住みたくて、私も父上と同じ山寺に入りたく思います。/ こんな辛い世の中とは違う所に住みたくてわたしも父上と同じ山寺に入りとうございます(渋谷)
憂き節も忘れずながら呉竹のこは捨て難きものにぞありける あの嫌なことも忘れはしないものの、この子はかわいくて捨てがたく思われることだ。「憂き節は」女三の宮との密通をさす。/ いやなことは忘れられないがこの子はかわいくて捨て難く思われることだ(渋谷)
この人の出でものしたまふべき契りにて、さる思ひの外の事もあるにこそはありけめ。逃れ難かなるわざぞかし こんな立派な子が生まれていらっしゃる因縁があって、あのような慮外な出来事があったのだろう。
あまた集へたまへる中にも、この宮こそは、かたほなる思ひまじらず、人の御ありさまも、思ふに飽かぬところなくてものしたまふべきを、かく思はざりしさまにて見たてまつること 大勢お集めになった女君のなかでも、女三の宮こそは、自分として不足に思うところなく、宮ご自身の身の上にも、何一つ物足りぬところもなくていらっしゃるはずだったのに、こんな思いがけない尼姿でお世話申し上げるとは。
ほの心得て思ひ寄らるることもあれば 薄々そうではないかと思い当たることもあるので。
院の御前にて、女宮たちのとりどりの御琴ども、試みきこえたまひしにも、かやうの方は、おぼめかしからずものしたまふとなむ、定めきこえたまふめりしを、あらぬさまにほれぼれしうなりて、眺め過ぐしたまふめれば、世の憂きつまにといふやうになむ見たまふる 朱雀院の御前で、女官たちのそれぞれの琴の、腕前を試したときに、この方は(二の宮)この方面のしっかりしていらっしゃると、ご判定されたようでございますのに、今は別人のようぼんやりして、物思いに沈んで暮らしているので、琴も悲しい思い出を催す種となるようです。「ほれぼれし」ぼんやりしたさまである。
かれ、なほさらば、声に伝はることもやと、聞きわくばかり鳴らさせたまへ。ものむつかしう思うたまへ沈める耳をだに、明きらめはべらむ その琴の音に、故人の音色が伝わっているかどうか分かるように、お弾きください。なにやら気も晴れず思い沈んでおります私の耳でも、せめてさっぱりさせましょう。
思ひ及び顔なるは、かたはらいたけれど、これは、こと問はせたまふべくや お心の内をお察ししてのことのようですのは、恐縮ですが、この曲なら何かお言葉をいただけるのではないかと思いまして。合奏していただけるのではないか、と暗にすすめる。
ことに出でて言はぬも言ふにまさるとは人に恥ぢたるけしきをぞ見る 何も仰せでないのも、言葉に出しておっしゃる以上に深いお気持ちからなのだとは、ご遠慮深いご様子でよく分かります(新潮)/ 言葉に出しておっしゃらないのも、おっしゃる以上に深いお気持ちなのだと、慎み深い態度からよく分かります(渋谷)
深き夜のあはればかりは聞きわけど ことより顔にえやは弾きける あなた様の琵琶をうかがって、秋の夜の趣深い風情はよくわかりますが、琴を弾くよりほか、言葉で何を申し上げることができましたでしょうか(新潮)/ 趣深い秋の夜の情趣はぞんじておりますが、靡き顔に琴をお弾き申したでしょうか(渋谷)
露しげきむぐらの宿にいにしへの秋に変はらぬ虫の声かな 涙にくれて暮らすこの荒れた家に、昔に変わらぬ笛の音を聞かせていただきました(新潮)/ 涙にくれていますこの荒れた家に昔の秋と変わらない笛の音を聞かせて戴きました(渋谷)
横笛の調べはことに変はらぬをむなしくなりし音こそ尽きせね 横笛の調べは昔と変わっていませんが、、亡くなった人を偲んで泣く声は尽きません。巻の命名はこの歌による(新潮)/ 横笛の音色は特別昔と変わりませんが亡くなった人を悼む泣き声は尽きません(渋谷)
見劣りせむこそ、いといとほしかるべけれ。おほかたの世につけても、限りなく聞くことは、かならずさぞあるかし しかし、実際に会って、がっかりするような方だと、お気の毒だ。大体世間のどんな話でも、素晴らしいらしいという評判のことは、いつもそんなものだ。
わが御仲の、うちけしきばみたる思ひやりもなくて、睦びそめたる年月のほどを数ふるに、あはれに、いとかう押したちておごりならひたまへるも、ことわりにおぼえたまひけり 自分たちの夫婦仲が、お互い恋のかけひきなど気にすることもなく、仲睦まじくなった。今までの年数を数えてみると、雲居の雁がわがままに大きな顔をしてずっと過ごしているのも無理もないという気がされるのだった。
笛竹に吹き寄る風のことならば末の世長きねに伝へなむ この笛に吹き寄る風は、同じことなら、笛の音を末の世まで長く続くものとして伝えてほしい。
今めかしき御ありさまのほどにあくがれたまうて、夜深き御月愛でに、格子も上げられたれば、例のもののけの入り来たるなめり 今どきの若い人のような格好で、落葉の宮にうつつを抜かして、家を外にうろつきなさって、夜更けの月を眺め、格子を上げたので、例によって、物の怪が入ってきたのでしょう。
女御の御方におはしますほどなりけり 源氏は、明石の女御のお部屋にいらしゃる時で。「三の宮」明石の女御腹の御子。後の匂宮(におうみや)
こなたにも、二の宮の、若君とひとつに混じりて遊びたまふ 明石の女御方でも、二の宮が、若君(源氏の子薫)と一緒になって、遊んでいる。「二の宮」明石の女御腹の皇子、匂宮の兄君で後に式部卿の宮という。「若君」薫。女三の宮は、女御と同じ寝殿の西面に住む。
見苦しく軽々しき公卿の御座なり。あなたにこそ /公卿には、見苦しく失礼なお席だ。あちらへどうぞ。夕霧は匂宮を下ろしたまま簀子にいるのであろう。
母宮の、御心の鬼にや思ひ寄せたまふらむと、これも心の癖に、いとほしう思さるれば、いとらうたきものに思ひかしづききこえたまふ こえってその心遣いを、母三の宮が心に咎めて気をまわされるであろうと、(女三の宮を)お気の毒に思われて。
二藍の直衣の限りを着て 二藍の直衣だけを着て。指貫などを着けない幼児の常の姿。「二藍」は、藍を紅で染めた、紫に近い色。貴族の若者の着料の色。
なま目とまる心も添ひて見ればにや 何となくそう思って見るせいか
かの想夫恋の心ばへは、げに、いにしへの例にも引き出でつべかりけるをりながら その(落葉の宮が)想夫恋をお弾きになったお気持ちは、いかにも、昔こんなことがあったと引き合いに出されてもよいような、ものあわれな折柄ではあるが。
女は、なほ、人の心移るばかりのゆゑよしをも、おぼろけにては漏らすまじうこそありけれと、思ひ知らるることどもこそ多かれ 女は何といっても、男が気持ちを動かすようなたしなみや風雅のほども、並大抵のことでは見せてはいけないものだと、つくづく考えさせられることも多い。
過ぎにし方の心ざしを忘れず、かく長き用意を、人に知られぬとならば、同じうは、心きよくて 亡き人への情誼を忘れず、こうしていつまでも変わらぬ心遣いをするのだということを、先方に分かってもらっている以上、同じことならきれいな気持ちで。
とかくかかづらひ、ゆかしげなき乱れなからむや、誰がためも心にくく 何かとかかわりあって世間によくある間違いなどしない方が、どちらにとっても奥ゆかしい。
想夫恋は、心とさし過ぎてこと出でたまはむや、憎きことにはべらまし、もののついでにほのかなりしは、をりからのよしづきて、をかしうなむはべりし あの想夫恋は、(落葉の宮が)ご自分から進んでお弾きになったのなら、出過ぎたことでしょうが、ことのついでにほんの少しお弾きになったのは、折も折とてみやびやかな感じで、結構に存じました。
その笛は、ここに見るべきゆゑあるものなり その笛は、私が預からなくてはならないわけのあるものだ。内心、薫に伝えるべきものだと判断しての発言。
しかしかなむ深くかしこまり申すよしを、返す返すものしはべりしかば これこれしかじかと、(源氏に対して)深く申し訳なく思っている旨を、繰り返し申したので。
しか、人の恨みとまるばかりのけしきは、何のついでにかは漏り出でけむと、みづからもえ思ひ出でずなむ そんな人に恨まれるような態度は、いつどんな時に見せたものやら、自分でもとても思い出せない。
公開日2020年6月25日