源氏物語  鈴虫 注釈

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蓮葉を同じ台と契りおきて 露の分かるる今日ぞ悲しき 来世には極楽の同じ蓮台に乗ろうと約束しておきながら、今は蓮の葉に置く露のように別々に暮らすのがかなしい(新潮)/ 来世は同じ蓮の花の中でと約束したがその葉に置く露のように別々でいる今日が悲しい(渋谷)
隔てなく蓮の宿を契りても 君が心や住まじとすらむ 共に仲良く蓮の花に住みましょうと約束しても
あなたの心は一緒ではないでしょう。 
例の御心はあるまじきことにこそはあなれ いつもの困った御心癖は、とんでもないことだろうと。女三の宮の思い。/ 例の好き心は(尼の身には)とんでもないこと。
人目にこそ変はることなくもてなしたまひしか、内には憂きを知りたまふけしきしるく よそ目にこそ以前と変わらぬお扱いではあったが、内々は、あの嫌なことをご存じのそぶりがはっきりと分かって。
いかで見えたてまつらじの御心にて、多うは思ひなりたまひにし御世の背きなれば、今はもて離れて心やすきに もうどうしても源氏にお逢いすまいというお気持ちご決心なさった出家ですので、今は夫婦の繋がりも切れて、気がねせずにいられるのに。
阿弥陀の大呪 無量寿如来根本陀羅尼。「陀羅尼」は、梵音を漢字に写し取ったもの。そのい長いものが大呪という。一度誦すれば、もろもろの罪障を滅し、一万遍になれば、不廃忘の菩提心三魔地を得、命終わる時、阿弥陀仏の来迎をうけ、極楽往生するという。「念誦」は、心に仏を念じ、口に仏名、経文などを唱えること。
おほかたの秋をば憂しと知りにしを ふり捨てがたき鈴虫の声 秋という季節はつらいものと、よく分かったのですが、鈴虫の声にはまだ心引かれます。/ 下は、源氏はわたしに飽き(秋)なされたと知ってしまった、と恨む心である。(新潮)/ 秋という季節はつらいものと分かっておりますがやはり鈴虫の声だけは飽きずに聴き続けていたいものです(渋谷)
心もて草の宿りを厭へども
なほ鈴虫の声ぞふりせぬ
ご自分から、この家をお捨てになったのですが、今も鈴虫の声は変わらず美しく聞こえます。「ふりせぬ」古くならない。女三の宮を鈴虫にたとえた。なお思いきれぬ気持ちを訴える。 
宮も 兵部卿の宮も、こちらにお席をしつらえてお入れ申される。 
内裏などにも思し出でける。 (源氏はもとより)帝におかせられても、ご追懐になる。やや唐突な一行であるが、柏木のすぐれた人柄を強調するためだろう。 
雲の上をかけ離れたるすみかにももの忘れせぬ秋の夜の月 宮中を離れてしまった私の住処にも忘れずに中秋の名月は照り渡っております(新潮)/ 宮中から遠く離れて住んでいる仙洞御所にも忘れもせず秋の月は照っています(渋谷)
何ばかり所狭き身のほどにもあらずながら、今はのどやかにおはしますに、参り馴るることもをさをさなきを、本意なきことに思しあまりて、おどろかさせたまへる、かたじけなし 大して窮屈な身分でもないのだが、ご退位の後はお気楽にお過ごしなのに、親しく参上することもめったにないので、(冷泉院が)不本意なことに思し召すあまり、お便りを下さったのは、もったいない。
月影は同じ雲居に見えながら わが宿からの秋ぞ変はれる 月は昔に変わらぬ光に輝いていますが、私の方がすっかり変わってしまいました(新潮)/ 月の光は昔と同じく照っていますがわたしの方がすっかり変わってしまいました(渋谷) 
我より後の人びとに、方々につけて後れゆく心地しはべるも  わたしより若い人たちに、先を越される思いがいたしますのも。柏木との死別、女三の宮、朧月夜、朝顔の前斎院の出家などが念頭にある。
何にもつかぬ身のありさまにて、さすがにうひうひしく  「何にもつかぬ身のありさまにて」どっちつかずの身の有様で。ただの臣下でもなく、真の上皇でもない。准太政天皇の身分をいう。源氏の卑下の言葉。「うひうひし」は馴れない感じをいう。
異なることなかめれど、ただ昔今の御ありさまの思し続けられけるままなめり 何ほどのこともないご返事だが、ご在位の昔に変わる冷泉院のご様子に、何かと感慨を催されてのお作であろう。
定めなき世と言ひながらも、さして厭はしきことなき人の、さはやかに背き離るるもありがたう、心やすかるべきほどにつけてだに、おのづから思ひかかづらふほだしのみはべるを、などか、その人まねにきほふ御道心は、かへりてひがひがしう推し量りきこえさする人もこそはべれ。かけてもいとあるまじき御ことになむ 無常なこの世とは申せ、これといって出家の理由のない人が、きっぱりと背き出家することも難しく、簡単に出家できる身分の者でも、いつしか心にかかる係累ができて世を背くこともままなりませんのに、どうしてそんな人真似をして負けじと競われるような出家の志では、かえって、おかしな心がけと、想像する者があっても困ります、出家など夢にもお考えになってはいけません。「ひがひがし」は、変わり者。
みづからの勤めに添へて、今静かにと思ひたまふるも、げにこそ、心幼きことなれ 自分の後生を願う勤行とともに、(御息所の供養も)そのうちゆっくりと存じますのも、考えてみればあさはかなことでございます。「心幼し」は無常の世にいつまでも命があるような油断をしていることの自嘲。 
中宮ぞ 秋好む中宮。冷泉院の妃であり、今上帝の春宮の母である。今上帝の妃は、明石の姫君。
やつしにくき御身のありさまどもなり やはり、出家は難しいお二人のお身の上である。「やつす」は、粗末な服装をすること。
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公開日2020年7月1日