源氏物語 38 鈴虫 すずむし

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原文 現代文
38.1 持仏開眼供養の準備
夏ごろ、蓮の花の盛りに、入道の姫宮の御持仏どもあらはしたまへる、供養ぜさせたまふ。
このたびは、大殿の君の御心ざしにて、御念誦堂の具ども、こまかに調へさせたまへるを、やがてしつらはせたまふ。幡のさまなどなつかしう、心ことなる唐の錦を選び縫はせたまへり。紫の上ぞ、急ぎせさせたまひける。
花机の覆ひなどのをかしき目染もなつかしう、きよらなる匂ひ、染めつけられたる心ばへ、目馴れぬさまなり。夜の御帳の帷を、四面ながら上げて、後ろの方に法華の曼陀羅かけたてまつりて、銀の花瓶に、高くことことしき花の色を調へてたてまつり、名香に、唐の百歩の薫衣香を焚きたまへり。
阿弥陀仏、脇士きょうじの菩薩、おのおの白檀して作りたてまつりたる、こまかにうつくしげなり。閼伽あかの具は、例の、きはやかに小さくて、青き、白き、紫の蓮を調へて、荷葉かようの方を合はせたる名香、蜜を隠しほほろげて、焚き匂はしたる、一つ薫りに匂ひ合ひて、いとなつかし。
経は、六道の衆生のために六部書かせたまひて、みづからの御持経は、院ぞ御手づから書かせたまひける。これをだに、この世の結縁にて、かたみに導き交はしたまふべき心を、願文に作らせたまへり。
さては、阿弥陀経、唐の紙はもろくて、朝夕の御手慣らしにもいかがとて、紙屋の人を召して、ことに仰せ言賜ひて、心ことにきよらに漉かせたまへるに、この春のころほひより、御心とどめて急ぎ書かせたまへるかひありて、端を見たまふ人びと、目もかかやき惑ひたまふ。
罫かけたる金の筋よりも、墨つきの上にかかやくさまなども、いとなむめづらかなりける。軸、表紙、筥のさまなど、いへばさらなりかし。これはことに沈の花足の机に据ゑて、仏の御同じ帳台の上に飾らせたまへり。
夏ごろ、蓮の花の盛りに、女三の宮の持仏の仏像を出して開眼供養を行うことになった。
源氏の君の志で、建てられる予定の念誦堂の調度類を、細かに用意してあったのも、同じく供養することになった。幡などやさしい感じで、特に立派な唐の錦を選んで縫わせた。紫の上が、急いで用意させた。
花机の覆いはあざやかな目染めもやさしい感じで、美しい色合いや染めの趣向など、またとない様であった。夜の帳の帷子を、四面を上げて、後ろの方に法華の曼陀羅をかけて、銀の花瓶に、丈の高い見事な蓮の花をそろえてお供えになり、香には唐の百歩の衣香を焚きしめていた。
阿弥陀仏に、脇士きょうじの菩薩、それぞれ白檀の材で作り、細かに美しい出来であった。閼伽あかの器は、例の通り、際立って小さく、青い、白い、紫の造花の蓮を整えて、荷葉かようの調合の香が漂い、蜜を控えてぼろぼろに崩して、焚き匂わしているのが、ひとつになって匂った。
経は、六道の衆生のためにそれぞれに六部作って、自分の持経は、源氏自ら書いた。これをこの世の結縁として、互いに手を引きあって、極楽往生する願文を作った。
そのほかには、阿弥陀経、唐の紙はもろくて、朝夕の読経に堪えられないので、紙屋の役人を呼んで、 特に注文をだして、ことさら美しく漉かせたもので、この春頃より、念入りに用意し急がせていたので、一端を見た人も驚くほどの見事な出来栄えだった。
罫を引いてある金泥の線よりも、墨付きの美しく輝く様は、まことに見事だった。軸、表紙、箱などは言うに及ばない。阿弥陀経は特別に沈の花足の机に載せ、本尊の安置してある同じ帳台に供して、飾りつけた。
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38.2 源氏と女三の宮、和歌を詠み交わす
堂飾り果てて、講師参う上り、行道の人びと参り集ひたまへば、院もあなたに出でたまふとて、宮のおはします西の廂にのぞきたまへれば、狭き心地する仮の御しつらひに、所狭く暑げなるまで、ことことしく装束きたる女房、五、六十人ばかり集ひたり。
北の廂の簀子まで、童女などはさまよふ。火取りどもあまたして、煙たきまで扇ぎ散らせば、さし寄りたまひて、
「空に焚くは、いづくの煙ぞと思ひ分かれぬこそよけれ。富士の嶺よりもけに、くゆり満ち出でたるは、本意なきわざなり。講説の折は、おほかたの鳴りを静めて、のどかにものの心も聞き分くべきことなれば、憚りなき衣の音なひ、人のけはひ、静めてなむよかるべき」
など、例の、もの深からぬ若人どもの用意教へたまふ。宮は、人気に圧されたまひて、いと小さくをかしげにて、ひれ臥したまへり。
「若君、らうがはしからむ。抱き隠したてまつれ」
などのたまふ。
北の御障子も取り放ちて、御簾かけたり。そなたに人びとは入れたまふ。静めて、宮にも、ものの心知りたまふべき下形を聞こえ知らせたまふ、いとあはれに見ゆ。御座を譲りたまへる仏の御しつらひ、見やりたまふも、さまざまに、
「かかる方の御いとなみをも、もろともに急がむものとは思ひ寄らざりしことなり。よし、後の世にだに、かの花の中の宿りに、隔てなく、とを思ほせ」
とて、うち泣きたまひぬ。
蓮葉を同じ台と契りおきて
露の分かるる今日ぞ悲しき

と、御硯にさし濡らして、香染めなる御扇に書きつけたまへり。宮、
隔てなく蓮の宿を契りても
君が心や住まじとすらむ

と書きたまへれば、
「いふかひなくも思ほし朽たすかな」
と、うち笑ひながら、なほあはれとものを思ほしたる御けしきなり。
法要の場の飾りつけも終わって、僧が高座に上り、行道の人々もそろったので、法要の場に出ようと、西の廂の場を覗くと、 狭い気がする仮の御座所に、狭苦しく暑そうな様子で、改まった装束に着替えた女房たちが五、六十人ばかり集まっていた。
北の廂の簀子まで、童女が集っていた。香炉もたくさん使って、煙たいくらい扇であおいでいるので、寄って、
「空薫物は、どこから匂ってくるのか分からないのがいいのだ。富士の峰より煙が立っているのは、よくない。僧の高説のときは、静かにして、ゆっくりと物の心も聞いて分かるようにして、衣の音もひかえて、人の気配も静かにしているものだ」
などと、いつもながら、たしなみのない若い女房たちに心構えを教えるのだった。宮は人気に圧倒されて、小さくなって臥していた。
「若君がむつがるといけない。抱いてあちらに連れて行きなさい」
など仰せになる。
北の障子も取り払って、御簾をかけた。そちらに女房たちを入れた。静かにして、宮も、法要の内容が分かるように予備知識を教えている。とてもやさしく見える。御座を法会の場に譲った仏のしつらいを見て、さまざまに、
「このような催しを、一緒に用意する時があろうとは、思いも寄らなかった。まあ、来世は、あの蓮の花の中に仲良くご一緒できることを祈ってください」
とて、泣くのだった。
(源氏)「来世は同じ蓮の葉にと約束したのに、
今は露の玉のように別々に住むのが悲しい」
と、硯に筆をつけて、香染めの扇に書き付けた。宮は、
(女三の宮)「仲良く一緒に蓮の花にと約束しても、
あなたの心は別の所にあるのでしょう」
と宮は書いたので、
せっかくの申し出も、一蹴されますか」
と笑って、やはりしんみりと感に堪えない気色である。
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38.3 持仏開眼供養執り行われる
例の、親王たちなども、いとあまた参りたまへり。御方々より、我も我もと営み出でたまへる捧物のありさま、心ことに、所狭きまで見ゆ。七僧の法服など、すべておほかたのことどもは、皆紫の上せさせたまへり。綾のよそひにて、袈裟の縫目まで、見知る人は、世になべてならずとめでけりとや。むつかしうこまかなることどもかな。
講師のいと尊く、ことの心を申して、この世にすぐれたまへる盛りを厭ひ離れたまひて、長き世々に絶ゆまじき御契りを、法華経に結びたまふ、尊く深きさまを表はして、ただ今の世の、才もすぐれ、豊けきさきらを、いとど心して言ひ続けたる、いと尊ければ、皆人、しほたれたまふ。
これは、ただ忍びて、御念誦堂の初めと思したることなれど、内裏にも、山の帝も聞こし召して、皆御使どもあり。御誦経の布施など、いと所狭きまで、にはかになむこと広ごりける。
院にまうけさせたまへりけることどもも、削ぐと思ししかど、世の常ならざりけるを、まいて、今めかしきことどもの加はりたれば、夕べの寺に置き所なげなるまで、所狭き勢ひになりてなむ、僧どもは帰りける。
例によって、親王たちもたくさん来た。御婦人方から、われもわれもと競って差し出された布施の数々は、格別立派で、置き場もないほどだった。七僧の法服など、すべて一通りのことは、紫の上が用意された。綾の装いなど、袈裟の縫い目まで、見る人は、稀なもので素晴らしい出来だと褒めたそうな。うるさく細かい話ですこと。
講師の僧は尊い方で、法要の趣旨を申して、この世に若く栄華の盛りの身でありながら、世を厭い離れて、長い世々の絶えることのない契りを、法華経に結んで、尊く深い帰依をした僧で、当世、才もすぐれて文才もあり、熱心に言い続けるので、ことのほか尊く、皆人は涙を流した。
今回の法要はごく内輪で、念誦堂の手始めにと思ったのだが、帝も、山の帝もお聞きになって、それぞれ使いを立てるのだった。誦経の布施などたくさんで、にわかに大げさな法要になった。
六条の院で用意したお布施も、簡素に、と思っていたが、それでも並み一通りのことではなかったので、今様のことも加わって、夕べの寺に置き所もない位になって、僧たちは帰って行った。
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38.4 三条宮邸を整備
今しも、心苦しき御心添ひて、はかりもなくかしづききこえたまふ。院の帝は、この御処分の宮に住み離れたまひなむも、つひのことにて、目やすかりぬべく聞こえたまへど、
「よそよそにては、おぼつかなかるべし。明け暮れ見たてまつり、聞こえ承らむこと怠らむに、本意違ひぬべし。げに、あり果てぬ世いくばくあるまじけれど、なほ生ける限りの心ざしをだに失ひ果てじ」
と聞こえたまひつつ、この宮をもいとこまかにきよらに造らせたまひ、御封みふの物ども、国々の御荘、御牧などより奉る物ども、はかばかしきさまのは、皆かの三条の宮の御倉に納めさせたまふ。またも、建て添へさせたまひて、さまざまの御宝物ども、院の御処分に数もなく賜はりたまへるなど、あなたざまの物は、皆かの宮に運び渡し、こまかにいかめしうし置かせたまふ。
明け暮れの御かしづき、そこらの女房のことども、上下の育みは、おしなべてわが御扱ひにてなど、急ぎ仕うまつらせたまひける。
源氏は、女三の宮をおいたわしく思い、この上もなく大切にお世話する。院の帝は、三の宮が相続された邸に別居するのも、いずれそうなるのだから世間体もよかろうと許されて、
「離れ離れは、よくない。明け暮れお会いして、何か申し上げたり、伺ったりできないのは、本意ではありません。限りある命、余命幾ばくもないが、生きている限り、お世話する志を失いたくない」
と源氏は仰せになり、この邸も細かに美しく改装させた。御封みふの物ども、国々の御荘、御牧などより奉納される物ども、これはと思われる物は、皆かの三条の邸の宮の倉に運び入れて、納めさせた。倉を建て増して、さまざまな宝物などを、院から賜ったたくさんの相続の物も、宮のものは、皆あの三条邸に運び込ませて、細かく、しっかりと管理させるのだった。
宮の日常のお世話や、女房たちの経費は、上下の人々の面倒など、一切源氏の側でまかない、三条の宮の手入れを急がせた。
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38.5 女三の宮の前栽に虫を放つ
秋ごろ、西の渡殿の前、中の塀の東の際を、おしなべて野に作らせたまへり。閼伽あかの棚などして、その方にしなさせたまへる御しつらひなど、いとなまめきたり。
御弟子に従ひきこえたる尼ども、御乳母、古人どもは、さるものにて、若き盛りのも、心定まり、さる方にて世を尽くしつべき限りは選りてなむ、なさせたまひける。
さるきほひには、我も我もときしろひけれど、大殿の君聞こしめして、
「あるまじきことなり。心ならぬ人すこしも混じりぬれば、かたへの人苦しう、あはあはしき聞こえ出で来るわざなり」
と諌めたまひて、十余人ばかりのほどぞ、容貌異にてはさぶらふ。
この野に虫ども放たせたまひて、風すこし涼しくなりゆく夕暮に、渡りたまひつつ、虫の音を聞きたまふやうにて、なほ思ひ離れぬさまを聞こえ悩ましたまへば、
例の御心はあるまじきことにこそはあなれ
と、ひとへにむつかしきことに思ひきこえたまへり。
人目にこそ変はることなくもてなしたまひしか、内には憂きを知りたまふけしきしるく、こよなう変はりにし御心を、いかで見えたてまつらじの御心にて、多うは思ひなりたまひにし御世の背きなれば、今はもて離れて心やすきに
† 「なほ、かやうに」
など聞こえたまふぞ苦しうて、「人離れたらむ御住まひにもがな」と思しなれど、およすけてえさも強ひ申したまはず。
秋ごろ、三条宮邸の西の渡殿の前の、中の塀の東の際を、一様に野原にした。閼伽あかの棚など、出家に相応しいように作って、大そう優雅である。
宮の弟子として従った尼たちが、乳母、老女たちは当然として、若い盛りの娘たちも、決心が固く、尼として一生を送れそうな者たちは選んで、出家させた。
当座は勢いで、我も我もと競ったが、源氏がそれを聞いて、
「あるまじきことだ。本心から決心したのではない者が混じっていたら、まわりの者が迷惑する。浮ついた評判も立ってしまう」
と諫めて、十余人ほどが尼になった。
源氏はこの野原に虫を放って、風が少し涼しくなった夕暮れに、三の宮邸に行き、虫の音を聞くふりをして、今なお諦めきれない気持ちを申し上げて困らせる、
「困った好き心だこと、出家の身としては、とんでもない」
宮はただもう、厄介なことと思っている。
宮は、人の見ているところでは、変わりなくお扱いされているが、心の中では厭う気持ちが強く、ひどく変わってしまった自分の気持ちは、もう決して逢うまいと決心して出家した身なので、今は夫婦の契りもなく気兼ねせずにいられるのに、
「相変わらずこのようなことを」
と申し上げるのがつらくて、「人里離れた住まいにでも」と思うのだが、大人ぶってそのように強いて申し上げられないのだった。
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38.6 八月十五夜、秋の虫の論
十五夜の夕暮に、仏の御前に宮おはして、端近う眺めたまひつつ念誦したまふ。若き尼君たち二、三人、花奉るとて鳴らす閼伽坏あかつきの音、水のけはひなど聞こゆる、さま変はりたるいとなみに、そそきあへる、いとあはれなるに、例の渡りたまひて、
「虫の音いとしげう乱るる夕べかな」
とて、われも忍びてうち誦じたまふ阿弥陀の大呪、いと尊くほのぼの聞こゆ。げに、声々聞こえたる中に、鈴虫のふり出でたるほど、はなやかにをかし。
「秋の虫の声、いづれとなき中に、松虫なむすぐれたるとて、中宮の、はるけき野辺を分けて、いとわざと尋ね取りつつ放たせたまへる、しるく鳴き伝ふるこそ少なかなれ。名には違ひて、命のほどはかなき虫にぞあるべき。
心にまかせて、人聞かぬ奥山、はるけき野の松原に、声惜しまぬも、いと隔て心ある虫になむありける。鈴虫は、心やすく、今めいたるこそらうたけれ」
などのたまへば、宮、
おほかたの秋をば憂しと知りにしを
ふり捨てがたき鈴虫の声

と忍びやかにのたまふ。いとなまめいて、あてにおほどかなり。
「いかにとかや。いで、思ひの外なる御ことにこそ」とて、
心もて草の宿りを厭へども
なほ鈴虫の声ぞふりせぬ

など聞こえたまひて、きんの御琴召して、珍しく弾きたまふ。宮の御数珠引き怠りたまひて、御琴になほ心入れたまへり。
月さし出でて、いとはなやかなるほどもあはれなるに、空をうち眺めて、世の中さまざまにつけて、はかなく移り変はるありさまも思し続けられて、例よりもあはれなる音に掻き鳴らしたまふ。
十五夜の夕暮れ、宮は仏の御前にいて、廂の端近くを眺め物思いがちに念誦していた。若い尼僧たち二、三人が、花を手向けるとき鳴る閼伽坏あかつきの音、水の音などが聞こえる、様変わりの生活ぶりに、あわれを感じながら、源氏がやってきて、
「虫の音がたいそう鳴き乱れる夕べだな」
と言って、自分も低い声で阿弥陀の大呪を念誦するのは尊くほのぼのと聞こえた。実に、色々な虫の声が聞こえる中で、鈴虫の音が、ことさら趣深い。
「秋の虫の声、たくさんある中で、松虫がすぐれているといって、中宮が、はるかな野辺に分け入って、特別に取って来て放ったものだが、よく鳴くのは少ないようですね。名と違って、命のはかない虫のようだ。
存分に、人のいない奥山、広い野辺の松原など、人のいない所で、思いっきり鳴いているのだろう。鈴虫は、何気なく、はなやかに鳴くのがいいのだが」
などと仰せになると、宮は、
(宮の歌)「秋は、憂きものと知っていましたが、
鈴虫の鳴く音は捨てがたいですね」
と宮は小声で言う。優雅で気品があっておっとりしている。
「何と仰る。思いがけないお言葉ですね」といって、
(源氏)「この家を厭っても
なお鈴虫の声は飽きることはありません」
と仰せになり、きんの琴を持って来させて、久しぶりに弾いた。宮は数珠を手繰るのも忘れて、琴を聞き入っていた。
十五夜の月が出て、はなやかな月の光にあわれを感じ、空を眺めては、世の中の様々に、はかなく移り変わる有様も思いだされて、いつもよりあわれを催す音を掻き鳴らした。
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38.7 六条院の鈴虫の宴
今宵は、例の御遊びにやあらむと推し量りて、兵部卿宮渡りたまへり。大将の君、殿上人のさるべきなど具して参りたまへれば、こなたにおはしますと、御琴の音を尋ねて、やがて参りたまふ。
「いとつれづれにて、わざと遊びとはなくとも、久しく絶えにたるめづらしき物の音など、聞かまほしかりつる独り琴を、いとよう尋ねたまひける」
とて、宮も、こなたに御座よそひて入れたてまつりたまふ。内裏の御前に、今宵は月の宴あるべかりつるを、とまりてさうざうしかりつるに、この院に人びと参りたまふと聞き伝へて、これかれ上達部なども参りたまへり。虫の音の定めをしたまふ。
御琴どもの声々掻き合はせて、おもしろきほどに、
「月見る宵の、いつとてもものあはれならぬ折はなきなかに、今宵の新たなる月の色には、げになほ、わが世の外までこそ、よろづ思ひ流さるれ。故権大納言、何の折々にも、亡きにつけていとど偲ばるること多く、公、私、ものの折節のにほひ失せたる心地こそすれ。花鳥の色にも音にも、思ひわきまへ、いふかひあるかたの、いとうるさかりしものを」
などのたまひ出でて、みづからも掻き合はせたまふ御琴の音にも、袖濡らしたまひつ。御簾の内にも、耳とどめてや聞きたまふらむと、片つ方の御心には思しながら、かかる御遊びのほどには、まづ恋しう、内裏などにも思し出でける。
「今宵は鈴虫の宴にて明かしてむ」
と思しのたまふ。
今夜は、例によって管弦の遊びがあるだろうと推測して、蛍兵部卿の宮がやって来た。夕霧も、殿上人のしかるべき者たちを連れてやって来ると、琴の音を聞きつけて、こちらに参上する。
「所在がないので、たいそうな管弦の宴ではなくても、久しく絶えた物の音などを、聞いてみたく独り琴を弾いていました、よく尋ねてくれました」
と源氏は仰せになり、宮も蛍兵部卿の座を作って、招じ入れた。帝の御前の、予定されていた月の宴が中止になって物足りなく、この院に人々が集うと聞いて、あれこれの上達部なども参上した。虫の音の良し悪しを品評される。
色々な弦楽器を合奏して、興がのってきたので、
「月見る宵には、いつでも物のあわれがないところはないものだが、今宵の新たな月の光には、実に、この世の外のことまで、よろず思いだされます。故権大納言の柏木は、何の折につけても、亡きことの偲ばれることが多く、公、私に渡ってものの折節につけて何か欠けた気がします。花鳥の色にも音にも、違いが分かり、まったく大したものだった」
など源氏が仰せになり、自分で合奏する琴の音にも、袖を濡らすのだった。御簾の内でも、あの方は耳をとどめて聞いているだろうと、一方では思いながら、このような管弦の遊びのときは、まず柏木を恋しく思い、帝も思い出すであろう。
「今宵は鈴虫の宴で夜を明かしましょう」
と源氏が仰せになった。
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38.8 冷泉院より招請の和歌
†御土器二わたりばかり参るほどに、冷泉院より御消息あり。御前の御遊びにはかにとまりぬるを口惜しがりて、左大弁、式部大輔、また人びと率ゐて、さるべき限り参りたれば、大将などは六条の院にさぶらひたまふ、と聞こし召してなりけり。
雲の上をかけ離れたるすみかにも
もの忘れせぬ秋の夜の月

同じくは」
と聞こえたまへれば、
何ばかり所狭き身のほどにもあらずながら、今はのどやかにおはしますに、参り馴るることもをさをさなきを、本意なきことに思しあまりて、おどろかさせたまへる、かたじけなし
† とて、にはかなるやうなれど、参りたまはむとす。
月影は同じ雲居に見えながら
わが宿からの秋ぞ変はれる

異なることなかめれど、ただ昔今の御ありさまの思し続けられけるままなめり。御使に盃賜ひて、禄いと二なし。
盃が二回りするほどに、冷泉院から文があった。御前の遊びが中止になって残念がっている、左大弁、式部大輔たちが、別に大勢の人々を引き連れて、冷泉院に参上していて、夕霧などは六条の院にいると聞いて、文を出した。
(冷泉院)「宮中を離れたわたしの住処にも
忘れずに秋の月は照りわたっております
同じくはあなたにも見てもらいたい」
と文にあったので、
「それほど窮屈なご身分ではないが、ご退位されてお気軽に過ごされているところ、親しく参上しないのを、院が不本意に思って、文を下されたのは、恐れ多いです」
と急なようだが、冷泉院に参上しようとする。
(源氏)「月は変わらぬ光に輝いていますが、
わたしの方はすっかり変わりました」
何ほどのこともないご返事だが、今昔の変わりように感慨を催しての作であろう。使いには盃を賜って、この上ない立派な禄を賜った。
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38.9 冷泉院の月の宴
人びとの御車、次第のままに引き直し、御前の人びと立ち混みて、静かなりつる御遊び紛れて、出でたまひぬ。院の御車に、親王たてまつり、大将、左衛門督、藤宰相など、おはしける限り皆参りたまふ。
直衣にて、軽らかなる御よそひどもなれば、下襲ばかりたてまつり加へて、月ややさし上がり、更けぬる空おもしろきに、若き人びと、笛などわざとなく吹かせたまひなどして、忍びたる御参りのさまなり。
うるはしかるべき折節は、所狭くよだけき儀式を尽くして、かたみに御覧ぜられたまひ、また、いにしへのただ人ざまに思し返りて、今宵は軽々しきやうに、ふとかく参りたまへれば、いたう驚き、待ち喜びきこえたまふ。
ねびととのひたまへる御容貌、いよいよ異ものならず。いみじき御盛りの世を、御心と思し捨てて、静かなる御ありさまに、あはれ少なからず。
その夜の歌ども、唐のも大和のも、心ばへ深うおもしろくのみなむ。例の、言足らぬ片端は、まねぶもかたはらいたくてなむ。明け方に文など講じて、とく人びとまかでたまふ。
車は身分に応じて、並び替え、前駆の者たちは混みあい、合奏もうやむやになって、出かけた。源氏の車には、親王たちが乗り、夕霧、左衛門督、藤宰相など、六条院にいる限りの者たちは皆参上した。
直衣の気軽な格好で、下襲ばかりを重ねてはおって、月がややさし昇り、更け行く空の趣もおもしろく、若い人々は、笛などそれとなく吹いて、世間の人目に立たぬ参内である。
改まった行事の時は、いかめしい威儀の限りを整えて、お互いに対面するのであるが、源氏は昔の臣下でおられたときの気持ちにかえって、今宵は無礼講のようにして参上すると、冷泉院はひどく喜んで、待っていた。
院の成長された容貌は、ますます源氏にそっくりだった。人生の盛りで、自ら譲位して、静かに暮らしているご様子は、とてもあわれを感じた。
その夜の歌は、唐のも大和のも、心が深くいいものができた。例によって、至らぬ言葉でほんの一端をお伝えするのは気が引ける。明け方に詩など朗誦して、供人たちは早々に退出した。
2020.6.30/ 2022.2.18/ 2023.7.29
38.10 秋好中宮、出家を思う
†六条院は、中宮の御方に渡りたまひて、御物語など聞こえたまふ。
「今はかう静かなる御住まひに、しばしばも参りぬべく、何とはなけれど、過ぐる齢に添へて、忘れぬ昔の御物語など、承り聞こえまほしう思ひたまふるに、何にもつかぬ身のありさまにて、さすがにうひうひしく、所狭くもはべりてなむ。
我より後の人びとに、方々につけて後れゆく心地しはべるも、いと常なき世の心細さの、のどめがたうおぼえはべれば、世離れたる住まひにもやと、やうやう思ひ立ちぬるを、残りの人びとのものはかなからむ、漂はしたまふな、と先々も聞こえつけし心違へず、思しとどめてものせさせたまへ」
など、まめやかなるさまに聞こえさせたまふ。
例の、いと若うおほどかなる御けはひにて、
「九重の隔て深うはべりし年ごろよりも、おぼつかなさのまさるやうに思ひたまへらるるありさまを、いと思ひの外に、むつかしうて、皆人の背きゆく世を、厭はしう思ひなることもはべりながら、その心の内を聞こえさせうけたまはらねば、何事もまづ頼もしき蔭には聞こえさせならひて、いぶせくはべる」
と聞こえたまふ。
「げに、公ざまにては、限りある折節の御里居も、いとよう待ちつけきこえさせしを、今は何事につけてかは、御心にまかせさせたまふ御移ろひもはべらむ。定めなき世と言ひながらも、さして厭はしきことなき人の、さはやかに背き離るるもありがたう、心やすかるべきほどにつけてだに、おのづから思ひかかづらふほだしのみはべるを、などか、その人まねにきほふ御道心は、かへりてひがひがしう推し量りきこえさする人もこそはべれ。かけてもいとあるまじき御ことになむ
と聞こえたまふを、「深うも汲みはかりたまはぬなめりかし」と、つらう思ひきこえたまふ。
源氏は、秋好む中宮の上皇御所に行かれて、お話をされた。
「今はこうして静かなお住まいで、時々は参上するべきですが、過ぐる年のせいもあり、忘れぬ昔の話など、お聞きしたりお話ししたりしたいと思っておりますが、何せどっちつかずの身ゆえ、やはり気が引けて億劫になります。
若い人たちに、何かにつけて後れをとっている気がして、無常の世の心細さが、穏やかならず身にしみますので、世を離れて住もうかとようやく思い立ちましたが、残った人々を路頭に迷わせてはいけないので、先々にもお願いしましたが、その時は心に留めて気にかけてやってください」
などと、源氏は細やかに仰せになった。
例によって、中宮は若々しくおっとりした気配で、
「宮中の奥まったところに住んでいましたころより、お会いする機会が少なくなって、思いのほかつまらなく思っておりましたが、皆人の背く世を、わたしも厭わしく思っておりまして、まずこの心の内を申し上げて、何ごとも頼りにしていますお方にご相談しなければと鬱々としておりました」
と言うのであった。
「実際に、宮中にいるときは、折々の里帰りも楽しみで、よくお待ちしておりましたが、上皇であられる今は何を理由にお出かけするのでしょう。 定なき世とは申せ、さして世を厭う理由のない人が、きっぱりと世に背くのはむずかしいでしょうし、簡単に出家できる身分の者ですら自ずから思い切れないしがらみもあるだろうし、どうして他人をまねて競うように出家すれば、かえって邪推する者も出て来るだろうし。出家など夢にもお考えになってはいけません」
と源氏が仰せになるのを、「深くご理解していただけない」と、中宮はつらく思うのだった。
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38.11 母御息所の罪を思う
御息所の、御身の苦しうなりたまふらむありさま、いかなる煙の中に惑ひたまふらむ、亡き影にても、人に疎まれたてまつりたまふ御名のりなどの出で来けること、かの院にはいみじう隠したまひけるを、おのづから人の口さがなくて、伝へ聞こし召しける後、いと悲しういみじくて、なべての世の厭はしく思しなりて、仮にても、かののたまひけむありさまの詳しう聞かまほしきを、まほにはえうち出で聞こえたまはで、ただ、
「亡き人の御ありさまの、罪軽からぬさまに、ほの聞くことのはべりしを、さるしるしあらはならでも、推し量り伝へつべきことにはべりけれど、後れしほどのあはればかりを忘れぬことにて、もののあなた思うたまへやらざりけるがものはかなさを、いかでよう言ひ聞かせむ人の勧めをも聞きはべりて、みづからだに、かの炎をも冷ましはべりにしがなと、やうやう積もるになむ、思ひ知らるることもありける」
など、かすめつつぞのたまふ。
「げに、さも思しぬべきこと」と、あはれに見たてまつりたまうて、
「その炎なむ、誰も逃るまじきことと知りながら、朝の露のかかれるほどは、思ひ捨てはべらぬになむ。目蓮が仏に近き聖の身にて、たちまちに救ひけむ例にも、え継がせたまはざらむものから、玉のかんざし捨てさせたまはむも、この世には恨み残るやうなるわざなり。
やうやうさる御心ざしをしめたまひて、かの御煙晴るべきことをせさせたまへ。しか思ひたまふることはべりながら、もの騒がしきやうに、静かなる本意もなきやうなるありさまに明け暮らしはべりつつ、みづからの勤めに添へて、今静かにと思ひたまふるも、げにこそ、心幼きことなれ
など、世の中なべてはかなく、厭ひ捨てまほしきことを聞こえ交はしたまへど、なほ、やつしにくき御身のありさまどもなり
母御息所の、あの世で苦しんでいる様子が、どんな業火のなかをさ迷っているか、亡くなった後までも人に疎まれる物の怪になって出てくるのを、源氏はひた隠しに隠していたけれど、自然に人の口の端にのぼり、伝え聞こえてくるので、中宮は大そう悲しくつらく、すべて世の中が厭わしく なり、仮にも、憑座よりましに取りついて言った言葉だけでも詳しくお聞きしたいと思っていたのだが、とても率直には言い出せなくて、ただ、
「亡き母のあの世でのご様子が、罪が軽くないような噂をお聞きしますし、そんな証拠がはっきりしていなくても、娘のわたしが気づかなくてはならないですが、後に残された悲しみを悲しんで、あの世の苦しみまで思いめぐらせませんでした至らなさに、何とかして上手に説いてくれる僧などを探して、わたしだけでも母の苦しみをしずめてあげられればと、年を重ねて、ようやく思うようになりました」
などとそれとなく言うのであった。
「もっともなことです」と、源氏はあわれを感じて、
「その炎は、誰も逃れることができないと知りながら、命の限りでは執着を捨て切れないのです。釈迦に侍していた目連が、餓鬼道から母を救ったのも、そのような技は継ぐことができないですが、玉のかんざしを捨てて仏道にはいるにも、この世の恨みが残るでしょう。
今出家なさらずとも、だんだんに菩提心を強くして供養し、地獄の業火が晴れるようにされたまえ。わたしもそのように出家を思いながら、静かな暮らしが できない有様で明け暮れしております。自分の勤行に加えて、そのうちゆっくりと母君の供養をと思っていますのも、あさはかです」
など、世の中すべてはかなく、世に背くことが望ましいととお話しされるが、それでも、出家をするのは難しい身の上だった。
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38.12 秋好中宮の仏道生活
昨夜はうち忍びてかやすかりし御歩き、今朝は表はれたまひて、上達部ども、参りたまへる限りは皆御送り仕うまつりたまふ。
† 春宮の女御の御ありさま、並びなく、いつきたてたまへるかひがひしさも、大将のまたいと人に異なる御さまをも、いづれとなくめやすしと思すに、なほ、この冷泉院を思ひきこえたまふ御心ざしは、すぐれて深くあはれにぞおぼえたまふ。院も常にいぶかしう思ひきこえたまひしに、御対面のまれにいぶせうのみ思されけるに、急がされたまひて、かく心安きさまにと思しなりけるになむ。
中宮ぞ、なかなかまかでたまふこともいと難うなりて、ただ人の仲のやうに並びおはしますに、今めかしう、なかなか昔よりもはなやかに、御遊びをもしたまふ。何ごとも御心やれるありさまながら、ただかの御息所の御事を思しやりつつ、行なひの御心進みにたるを、人の許しきこえたまふまじきことなれば、功徳のことを立てて思しいとなみ、いとど心深う、世の中を思し取れるさまになりまさりたまふ。
昨夜はお忍びで出かけたのだが、今朝は世間に知れ渡って、上達部たちが、参上している限りは、源氏のお供についた。
春宮の母の明石の女御の立場も、源氏が丹精してお育てした素晴らしさもあり、夕霧の格別に優れた様子も、どれも結構なことと世間の評判もあり、やはり源氏のこの冷泉院を思うお気持ちは、すぐれて深くあわれに思うのだった。院も気にかけていて、対面する機会も少なく気がかりに思っていたので、それが原因で、退位してこうした気楽な境遇になられたのだった。
秋好む中宮は、なかなか里帰りも難しくなり、今は普通の夫婦のように一緒にいるので、当世風に、かえって昔よりも華やかに、遊びもするのであった。何ごとも思いが叶う身分なので、ただあの母君のことを思いやって、仏道修行の気持ちがいよいよ深まるが、源氏の許しがでないので、善行を積み追善供養を熱心に行い、いよいよ思いを深めて、人の世の無常を悟るようになった。
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読書期間2020年6月26日 - 2020年7月1日