源氏物語  匂兵部卿 注釈

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光隠れたまひにし後 光源氏がお亡くなりになったあと。
りゐの帝をかけたてまつらむはかたじけなし 譲位された冷泉院上皇。どうこう申し上げるのは恐れ多いことだ。
当代の三の宮、その同じ御殿にて生ひ出でたまひし宮の若君と、この二所なむ 「当代の三の宮」は今上帝(母は明石の君)の三の宮の匂い宮のこと、今上の第三皇子。明石の中宮腹。源氏の孫にあたる。/「その同じ御殿にて生ひ出でたまひし宮の若君」とは女三の宮腹の子、薫のこと。匂宮は六条院の紫の上に育てられた。匂宮が育ったのと同じ六条院の南の御殿。匂宮は、女一の宮とともに紫の上の手許で育てられた。匂い宮は二条院が実家と思われる。紫の上に育てられた。
女一の宮は 明石の中宮腹。紫の上の手許に引き取られて愛育された。
二の宮 東宮の弟君。同じく明石の中宮腹。
大殿の御女は 右大臣夕霧の長女。中の姫君とともに雲居の雁腹とされる。
大姫君は ご長女。
何かは、やうのものと、さのみうるはしうは なんの、皆同じように、(親王方と)そんな格式ばった縁組ばかりしなくても、と落ち着き払ってはいらっしゃるが、「やふ(様)のものと」は、同じようにの意の慣用句。
六の君なむ 六番目の姫君。典侍(ないしのすけ)腹。以下、この人が美人の聞こえ高く、貴公子たちの求婚の的になっている。
今后は 新しく后になった方。明石の中宮のこと。
二品にほん宮の若君 女三の宮腹の若君。薫。二品は、親王、内親王の位。一品から四品まである。
后の宮 秋好む中宮。源氏の養女。
故致仕の大殿 亡くなった致仕の太政大臣(昔の頭中将)の姫君で、冷泉院の女御。弘徽殿の女御。父の権中納言時代に入内。致仕の大臣死去のこと、ここにはじめて見える。
月の御念仏 毎月の、僧を招じて念仏の法要。当時は、天台の行法として、引声(いんじょう・声を長く引き曲節をつけて唱える)の阿弥陀経を朗誦することが多い。
年に二度の御八講 年二回の法華八講。法華経八巻を、普通四日(一日を朝座、夕座に分ける)に分けて論議賛嘆する。
ことのけしきにても、知りけりと思されむ、かたはらいたき筋なれば、世とともの心にかけて 母宮には、秘密をおぼろげにでも子供の自分が知ったとお思いになることは、具合の悪い筋合いのことなので。「世とともに心にかけて」それ以来心から離れることなく。「けしきにても」少しでも。
おぼつかな誰れに問はましいかにして 初めも果ても知らぬわが身ぞ 気にかかることだ、誰に聞いたらよいだろう、どうして、始めもまた行く末も分からぬわが身の上なのだろう(新潮)/ 気になることだ。だれに聞いたらいいのだろう。どうして初めも終わりも分からない自分なのだろうか(玉上)
蓮の露も明らかに、玉と磨きたまはむことも難し きっぱり煩悩を断って極楽に往生することもむつかしい。往生の人は極楽の蓮華の上に生まれ変わるので、明らかな悟りを開くことを、蓮に置く露の玉の清らかさに喩えて言った。
さるべくて、いとこの世の人とはつくり出でざりける、仮に宿れるかとも見ゆること添ひたまへり 前世の因縁により、全くこの人間世界の人として生まれ出たのではない。仏菩薩が仮に人間の姿を借りたのではないかとも思われるところがあった。/
源中将 薫。右近の中将である。
匂ふ兵部卿、薫る中将 それぞれに薫香を好み、身に芳香のそなわるところからの綽名。また視覚的には、「匂ふ」は照り映えるような美しさ。「薫る」はほんのりした奥深い美しさをいう言葉である。
わづらはしき思ひあらむあたりにかかづらはむは、つつましく (妻の扱いについて)面倒な思いをしなくてはならないような高貴な家と縁組するのは、気が進まない。
なかなか心とどめて、行き離れがたき思ひや残らむ なまじ女に執着して、出家するにも後ろ髪引かれる思いが残ろうか、
我が、かく、人にめでられむとなりたまへるありさまなれば ご自分がこのように女にちやほやされるように生まれついている美しい方なので。
はかなくなげの言葉を散らしたまふあたりも、こよなくもて離るる心なく、なびきやすなるほどに、おのづからなほざりの通ひ所もあまたになるを さほど深くもない愛の言葉をあちこちにかける女も、全然相手にしない、すぐ意のままになるので、いつかたいして気に染まぬ通い所もたくさんになり、
人のために、ことことしくなどもてなさず 相手に対して特別に扱ったりせず、
そこはかとなく情けなからぬほどの、なかなか心やましきを、思ひ寄れる人は、誘はれつつ、三条の宮に参り集まるはあまたあり どこがということもないが、情合いがなくはない扱いぶりが(女にとっては)かえってやきもきする思いなので、薫に情を寄せる女は、気が引かれて、三条の宮に女房として集まるのたくさんいた。
さすがに、いとなつかしう、見所ある人の御ありさまなれば、見る人、皆心にはからるるやうにて、見過ぐさる そうはいってもとても人を引きつける美しい薫のご容姿なので、情を交わす女は皆、自分の気持ちに騙されるような具合で(そういう冷淡な薫を)つい大目に見てしまう。
一条の宮 落葉の宮。六条の院。朱雀帝の第二皇女(女二宮)で、母は朱雀帝の更衣であった一条御息所。柏木の正室。柏木の死後、夕霧に懸想され、隠棲した、小野山荘から本邸の一条宮に移されて求婚され、初めは拒んだが結局は結婚を余儀なくされてしまう。光源氏没後、六条院の北東の町に居を移した。
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公開日2020年8月28日