阿含経を読む

南伝 相応部経典14-7 想
漢訳 雑阿含経16-54 想
かようにわたしは聞いた。
ある時、世尊は、サーヴァッティー(舎衛城)のジェータ(祗陀)林なるアナータビンディカ(給孤独)の園にましました。
その時、世尊は、かように説いて仰せられた。
「比丘たちよ、種々の異なる世界があるがゆえに、種々の表象(想)が生ずるのであり、種々の異なる表象があるがゆえに、種々の思い(思)が生ずるのであり、種々の異なる思いがあるがゆえに、種々の欲が生ずるのであり、また、種々の異なる欲があるがゆえに、種々の激情が生ずるのであり、そして、種々の異なる激情があるがゆえに、種々の要求が生ずるのである。
比丘たちよ、では、種々の異なる世界とはなんであろうか。物(色)の世界・声の世界・香の世界・味の世界・感触(蝕)の世界・観念(法)の世界。比丘たちよ、これを種々の異なる世界とはいうのである。
では、比丘たちよ、種々の異なる世界があるによって、種々の表象が生ずるのであり、種々の異なる表象があるがゆえに、種々の思いが生ずるのであり、種々の異なる思いがあるがゆえに、種々の欲が生ずるのであり、また、種々の異なる欲があるがゆえに、種々の激情が生ずるのであり、そして、種々の異なる激情があるがゆえに、種々の要求が生ずるというのは、どのようなことであろうか。
比丘たちよ、物(色)の世界があるによって物の表象(想)が生じ、物の表象があるによって物の思いが生じ、物の思いがあるによって、物への欲が生じ、また、物への欲があるによって物への激情が生じ、そして、物への激情があるによって物への要求が生じるのである。また、声の世界があるによて・・・、香の世界があるによって・・・、感触の世界があるによって・・・、そして、観念の世界があるによって観念の表象が生じ、観念の表象がありによって観念の思いが生じ、観念の思いがあるによって観念の欲が生じ、観念の欲があるによって、観念の激情が生じ、そして、観念の激情があるによって、観念への要求が生じるのである。
比丘たちよ、そのようにして、種々の異なる世界があるがゆえに、種々の表象が生じるのであり、種々の異なる表象があるがゆえに、種々の思いが生ずるのであり、種々の異なる思いがあるがゆえに、種々の欲が生ずるのであり、また、種々の異なる欲があるがゆえに種々の激情が生ずるのであり、そして、種々の異なる激情が存するがゆえに、種々の要求が生ずるのである」
注解
 ここに「想」(Sannâ=perception)というのは、表象もしくは知覚である。与えられたる感覚によって像をつくるのであって、古来、そお過程を「想」をもって訳したのである。
この経の説くところは、かくして種々の表象が生ずれば、さらに、それによって思(し)が生じ、欲が生じ、また種々の要求が生ずることを語っている。
思い(sankappa=thought) 意図というところである。
欲(chanda=wish for) 欲望の動きである。
激情(parilâha=burning) 熱くなることである。別のことばでいえば貪である。
要求(pariyesana=inquiry) 得たいと思うことである。
更新2007年5月13日