様々な思想


思想とはもの思うことの言いである
   

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愉気の方法

これから気を伝えるということをやるのですが、そうするとやり方も伝わってしまう。こちらが北だ、こちらが頭だ、こちらをこう向けるのだとか意識で考えなくても、着磁した鋼鉄はすぐに北を向くように、やり方も皆一緒に分かってしまうのです。やり方が一緒に分からないのは、利巧過ぎるというか、まあ俗念の強い人なのです。意地の悪い人です。それよりもポカンとすればいいのです。

〔気の誘導〕

私が回って気を伝えていきますから、最初、皆さん目を瞑って手を繋いで、そしてポカンとして一緒に息を吸い込んでいただきます。私が「息を吸い込んでください。ハイ」と言いますから、「ハイ」と言い終えた時に一緒に息を吸い込んでいただきます。それからゆっくり息を吐いて、あとはポカンとしていればいい。それから最後にもう一回息を吸い込んで、目を開いて手を離し、それから吐いて終えます。

〔合掌行気〕

その次にご自分の両手を三センチはど離して待っていると、手がくっついてきます。くっついてきたら、指先から掌へ息を吸い込む。そして指先から息を吐く。つまり手で呼吸するのです。これを合掌行気と言いますが、できてもできなくてもよい。できない人はそういうつもりでやってください。人間はどうせ体中で呼吸しているのですから、手の呼吸に注意すれば、手で呼吸していることが感じられるのです。それを自分の息に乗せれば、どんどんその手は温かくなってきて、ビリビリしたそういう感じになるのです。だから手で呼吸できるはずがないなどと言う人は、手の皮膚感覚を盛んにする。手の皮膚呼吸に注意を集めるというそれだけでもいいのです。そう考えるとそうなっていきます。これも最初と最後に呼吸を合わせます。

この二つがやれるともうすぐにも愉気できるようになります。

〔気の確かめ〕

念のために右の手に力を入れて指先に気を集める。そしてそして力を入れて左手に向ける。そして自分の指先に注意を集めると、左手の掌に何か感じが起こりますが、それが起こったらそうっと右の手を動かしてみると、その感じも移ります。手を動かしたように移っていく。これは他人の方がよく感じますから、隣の人の掌を借りてやってみてください。

感じたら、今度は相手の方の背中のどこでもいいですから手を当てて、手から息を吐くようなつもりで、フーッと気を集める。そうすると温かに感じたり冷たく感じたり冷たく感じたりいろいろに感じます。温かいのは敏感な時、冷たく感じるのは鈍っている時、あまり感じないでもやもやしているのは鈍い処ですが、とにかく一ヶ処に手を当ててジーッと愉気してください。その際に、左の手は相手の前に当てて挟むようにして気を送りますと、もっとよく感じます。今の合掌行気をしている時のように、相手の体を挟んで合掌行気を続けるつもりで愉気していると運動が出てきます。

どなたも気を感じていることは分かるけれども、見えないのです。そこで今度は、相手の人に目を瞑って立ってもらう。それから相手の背骨に愉気して行く。すると、ビクッと感じたり、左右に動いたり、前に行ったりします。ビクっと感じる処ははたらき過ぎている。過敏な処、或いは急性的な変動のある 場処です。左右に動く処は怠けている処。前に行く処、感じにくい処です。そういう区分があります。

その鈍い処に愉気していると活元運動が出ます。過敏な処を愉気していると、異常感がなくなります。鈍い処を愉気していると、異常感が方々に出てきます。だから十日前も半年前も、一年前の打ち身なども、また痛みを感じ出します。感じた時から体がよくなります。

無心に手を出す

気というのは、だいたい引っ張る力なのです。だから上から愉気していると、相手は引っ張ります。ただ下からやると、前へ押します。そういう力が人間にはありまして、立っていれば引っ張るのです。ごく僅かな力ですけれど、そういう力はあります。

相手が動かないように柱などにかじりついていますと、相手が動く代わりにこちらの手が吸いつきます。本当は相手を引っ張っているのですが、相手が動かないからこちらの手が吸いつくのです。それ、相手をうつぶせにしておいて動かない状態でこちらの手をスーッと乗せると、相手の体に手がくっついて行くのです。それだけのことで、無心になれば手が自然に相手の悪い処に行きます。その体で調整しなければならない処があればそこへ手が行ってくっつきます。そうでなければ相手が動きます。だから、非常に強い人なら座っていても動かせます。しかし、寝ているのを動かすのは難しい。特にうつぶせになったら難しい。うつぶせしたところで手をだすと、手が自然に相手の悪い処へ行くのはそういうためです。

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ともかく、愉気をしていくとちゃんと必要な処に吸いつきますが、「ここが悪い、これは何だ」なんていうのは知らない方がいいのです。そんな専門的な知識は初めからお持ちにならずに、手が行った処を愉気していればいい。ここでは家族でやり合う程度の知識ですけれども、同じ家族だと無心に手を出せばそれで十分です。友達でも同じです。自分の気の合う人にだけやって、気の合わない人、嫌な人にはやらないことです。

愉気というのはいつ終わるか分からない。だからプロには向きません。プロは愉気ができないのです。ただ親切な人だけがやれるのです。相手のために時間を潰してもかまわない人だけがやれるのです。これで人の鼻をあかそうとか、恩を売ろうとか思うと利かない。ここを良くしようと思っても、早く良くしようと思っても本当ではないのです。無心に手を出して愉気する。すると、本能の裡の注意を要求する要求がどこかで満たされて変わるのです。良くなるという動きはお互いの体の意識しない部分の力であって、それが感応するのです。だから意識して早く良くしようとか、自分の孫だから一生懸命やるとか言ってもそれは駄目なのです。一生懸命も雑念なのです。意識以外の処にある力が感応すのだから、あまり一生懸命になってもいけない。純粋にス―ッと手を当てて、その感じがなくなるまで手を当てるのです。

息静かに愉気する

それから、愉気している方々が痒くなります。これは中で悶えていた処が動き出したので、まあ血行が行われ出したと考えてよろしいのでしょう。そういう処から体が良くなり出します。どこが良くなるか、どこから良くするかは相手の体が知っているのです。一番正確に無理なくそこから変化していきます。だから、自分はここが悪いと思っていても、愉気すると他の処へ行って、他の処から感じが起こることがありますが、それは他の処が悪かったのです。自分で気がついている処だけが悪いわけではないのです。いろいろな処から感じが起こります。

愉気した翌日下痢をしたとか、風邪を引いたとかいう人がありますが、それは潜伏状態が一遍に顕在状態になったのです。体は自分の感じ方の閾値が鈍っていると感じないのです。すると相当悪くならないと感じない。ところが体が敏感になるとちょっと悪いままでもすぐ感じるのです。だか愉気すると潜伏期が非常に短くなります。二週間、三週間潜伏期があると言われる麻疹や耳下腺炎でも、三日か一週間で兆候が起こります。潜伏期の人はすぐに症状が出てくるのです。それは体が敏感になったからだとお考えになって、そういう兆候が多くなっても、それは回復の経路なのですから、ビックリしないでじっと愉気しているとそのまま経過いたします。

ビックリして早く良くしようとなどと思わないで、いつでも息を静かにして愉気をするというのがコツで、自分がざわざわしてしまって、まあどうしようかとなどと思って一生懸命やっていたのでは、それは心配を愉気しているようなものです。そういうものを愉気しても駄目です。意識以前の心にある気を感じ合うのですから、本当は意識しても邪魔にならないのです。心配しても大したことではないのです。意識以前の心さえ静かなら大丈夫です。ただ、呼吸が乱れるといけない。だから呼吸を静かにして愉気するというそれさえ心構えとしていただければ心配はございません。

『愉気法 2』野口晴哉著 株式会社全生社 平成18年10月11日発行

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公開日2022年7月12日