様々な思想


思想とはもの思うことの言いである
   

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以下全文引用し、掲載します。

4月18日に行われた文部科学省の「全国学力・学習状況調査」(全国学力テスト)の中学校・国語の問題文に、小林秀雄の「読書について」が使われていた。

「読書について」学テに

小林秀雄は、私が受験生だった頃には、よく試験問題に出ていたが、近年はそうでもないようである。それが、今回、中学3年生を対象とした問題文に採用されているのを見て、うれしかった。小林秀雄は、これからの若い日本人にも読まれ続けるべきだと思っているからだ。
小林秀雄は今年、没後40年になるが、いまだに小林を論じた本は少なからず出版されており、記念行事もいろいろ行われていると聞く。小林秀雄の批評が持つ意義は今日、一層高まっていると私は思う。
「読書について」は、「る作家の全集を読むのは非常にいいことだ」と書き出される。その中で、小林は「文は人なり」という深い意味を了解するには、一流と言われる作家の全集を隅から隅まで読むのが一番手っ取り早く確実な方法であり、そうすると、その人が、どんなに色々な事を試み、考えていたかに驚き、作家の表面的なイメージは滅茶苦茶めちゃくちゃになるはずで、作家の個性は、「いよいよ奥の方の小暗いところに、手探りで捜さなければならぬ」ものとなるという。
「こうして、小暗い処で、顔は定かにわからぬが、手はしっかり握ったという具合の解り方をしてしまうと、その作家の傑作とか失敗作とかいう様な区別も、別段大した意味を持たなくなる、というより、ほんの片言隻句せっくにも、その作家の人間全部が感じられるという様になる」小林秀雄一流の表現をしているが、これが「文は人なり」の意味なのだ。
私は令和2年11月に上梓した『ベートーヴェン 一曲一生』で、ベートヴェンの曲を全曲聴くことを試みた。それは、「小暗い処で、顔が定かにわからぬが、手はしっかり握ったという具合の解り方」でベートヴェンという音楽家を把握したかったからだ。「音は人なり」を実感したかったのである。

知を通した直感を磨く

この小林の文章は、我々が普段、通念的理解に安住し、それを突き破る知を通した直感を磨いていないことに気づかせる。作家の個性を表面的に捉え、代表作は何かといった浅い理解で済ませているということだ。表面に見えるものを整理して分類することや傑作と失敗作を区別する知的操作だけで終わっていることが多い。このようなことは作家論に限った話ではなく世界の物事について水平的な知識の集積にとどまり、垂直的な把握に達しないのである。
ここで、今話題のチャットGPTを問題にするならば、解説や情報を整理、分類、区別する程度のことは、いずれこの対話型AIに取って代わられてしまう。それらを案配して創作することも可能に違いない。しかし、出合ったものを直感によって血肉化することは、機械にはできない人間の精神の深遠な動きであり、人間の尊厳の根拠である。この「人なり」の深さを保持することが、人間の精神と社会の根底を支えるのだ。
チャットGPTは、今後、教育現場にも導入されていき、今回、全国学力テストを受けた若い諸君も、その影響をうけるであろうが、彼らが、解説や情報から遠く離れた精神の力の大切さを教えてくれる小林秀雄の文章を読むことを期待する。

解答を忘れる「感嘆」

試験問題に出た小林秀雄に触れたときの驚きを語った興味深いエピソードがある。文芸誌「新潮」の名編集者で、昨年1月に亡くなった坂本忠雄氏は『小林秀雄と河野徹太郎』の中で、小林の「実朝」にまつわる話を書いている。
実朝の有名な「箱根路をわれ越えくれば伊豆の海や沖の小島に波の寄るみゆ」について、小林が「大きく開けた伊豆の海があり、その中に遙かに小さな島が見え、又その中に更に小さく白い波が寄せ、又その先に自分の心の形が見えて来るという風に歌は動いている。こういう心に一物も貯えぬ秀抜な叙景が、自ら示す物の見え方というものは、この作者の資質の内省と分析との動かし難い傾向を暗示している様に思われてならぬ」と書いているのを引用した上で、坂本氏は「私はこの一節を高校在学中の模擬試験問題で初めて読んだ時、解答を忘れる位その精妙な文脈に感嘆したのを懐かしく思い出す」と回想している。
この話を、私は氏から直接聞いたことがあるが、その時の話ぶりに「感嘆」の深さがにじみ出ていた。思わず鉛筆を落としてしまったと言われたように覚えている「感嘆」できるのは、重要な才能である。このときの「感嘆」が、氏の生涯を或る意味で決定した。人間は「感嘆」できるが、AIは「感嘆」することはない。
今回の全国学力テストにおいても、小林秀雄の文章の「いよいよ奥の方」に「解答を忘れる位」「感嘆」した若者がいたに違いないと思う。そこに、日本の希望がある。
新保祐司(しんぽゆうじ)文芸評論家  産経新聞 正論 令和5年5月8日(月)からの引用


今時、新聞紙上に小林秀雄についての感想文が載るのは珍しいと思い、また嬉しかったので、全文拝借し載せました。たまたま『小林秀雄の悲哀』(橋爪大三郎著 講談社選書メチエ)を読んでいるときなので。(読み通せるかどうかわからない。小林の最後の著書『本居宣長』は、結論まで行き届かないで終わった―挫折した?ことを探った本である。)  サイト管理人

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公開日2023年5月8日