源氏物語 23 初音 はつね

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原文 現代文
23.1 春の御殿の紫の上の周辺
年立ちかへる朝の空のけしき、名残なく曇らぬうららかげさには、数ならぬ垣根のうちだに、雪間の草若やかに色づきはじめ、いつしかとけしきだつ霞に、木の芽もうちけぶり、おのづから人の心ものびらかにぞ見ゆるかし。まして、いとど玉を敷ける御前の、庭よりはじめ見所多く、磨きましたまへる御方々のありさままねびたてむも言の葉足るまじくなむ
春の御殿の御前、とりわきて、梅の香も御簾のうちの匂ひに吹きまがひ、生ける仏の御国とおぼゆ。さすがにうちとけて、やすらかに住みなしたまへり。さぶらふ人びとも、若やかにすぐれたるは、姫君の御方にと選りたまひて、すこし大人びたる限り、なかなかよしよししく、装束ありさまよりはじめて、めやすくもてつけて、ここかしこに群れゐつつ、歯固めの祝ひして、餅鏡をさへ取り混ぜて、千年の蔭にしるき年のうちの祝ひ事どもして、そぼれあへるに、大臣の君さしのぞきたまへれば、懐手ひきなほしつつ、「いとはしたなきわざかな」と、わびあへり。
「いとしたたかなるみづからの祝ひ事どもかな。皆おのおの思ふことの道々あらむかし。すこし聞かせよや。われことぶきせむ」
とうち笑ひたまへる御ありさまを、年のはじめの栄えに見たてまつる。われはと思ひあがれる中将の君ぞ
『かねてぞ見ゆる』などこそ、鏡の影にも語らひはんべりつれ。私の祈りは、何ばかりのことをか
など聞こゆ。
朝のほどは人びと参り混みて、もの騒がしかりけるを、夕つ方、御方々の参座したまはむとて、心ことにひきつくろひ、化粧じたまふ御影こそ、げに見るかひあめれ。
「今朝、この人びとの戯れ交はしつる、いとうらやましく見えつるを、上にはわれ見せたてまつらむ」
とて、乱れたる事どもすこしうち混ぜつつ、祝ひきこえたまふ。
薄氷解けぬる池の鏡には
世に曇りなき影ぞ並べる

げに、めでたき御あはひどもなり。
曇りなき池の鏡によろづ代を
すむべき影ぞしるく見えける

何事につけても、末遠き御契りを、あらまほしく聞こえ交はしたまふ。今日はの日なりけり。げに、千年の春をかけて祝はむに、ことわりなる日なり。
年が改まった朝の空の気配、晴れ渡ったうららかな空模様は、数ならぬ邸の内にも、雪の間から若草が色づきはじめ、春待つけしきの霞がたち、木も芽生え、おのずと人の心ものびやかに見えてくる。まして、玉を敷きつめった御前の庭からはじまって見所が多く、磨きたてた女君たちの御殿の様子は、そのまま形容しようにも言葉が足りないだろう。
紫の上の春の御殿の前庭は、とりわけ、梅の香も御簾の内に入ってきて、極楽浄土のようだ。さすがにゆったりと、落ち着いてお住いになっている。お仕えしている女房たちも、若く優れた者は、明石の姫君のお付きに選んで、少し年配の者たちは、かえって雅やかで、装束などをはじめとし、見苦しくなく、ここかしこに群れて、歯固めの祝いをし、鏡餅まで取り寄せて、千年の栄をお祝いして戯れあっているところに、源氏の君が覗きに来たので、懐手などをなおして、「行儀の悪いことをしていた」ときまりわるく思って直すのだった。
「これはまたずいぶんな仲間内の祝いですね。皆おのおの願い事があるでしょう。少し聞かせてください。わたしもお祝いしよう」
と笑って言う様は、年のはじめのめでたさと拝見するのだった。ここは出番とばかり中将の君が、
「わが君の千年の栄を、鏡餅に話しておりました。自分の願い事など、何程のことがありましょう」
と言うのだった。
朝は、人びとがきて混んでいて、もの騒がしかったが、夕方になって、女君たちの御殿に行くべく、念入りに衣服を整え、化粧する姿は、実に見栄えがした。
「今朝こちらの人びとが戯れていて、たいへんうらやましかったので、紫の上にはわたしが祝ってあげよう」
とて、色めいた冗談なども少し混ぜて、祝い言を申し上げた。
(源氏)「薄氷がとけた池の表には
晴れわたった二人の影が映っています」
ほんとうにすばらしい御二人だ。
(紫上)「曇りない池の面に幾久しく
生きるお方の姿がはっきり見えます」
何事につけ、末永いお二人の契りを、願って詠み交わしている。今日はの日です。実に千年の春を末長い長寿を願って祝うには、まさに相応しい日だ。
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23.2 明石姫君、実母と和歌を贈答
姫君の御方に渡りたまへれば、童女わらわ下仕しもづかへなど、御前おまえの山の小松引き遊ぶ。若き人びとの心地ども、おきどころなく見ゆ。北の御殿より、わざとがましくし集めたる髯籠ひげごども、破籠わりごなどたてまつれたまへり。えならぬ五葉の枝に移る鴬も、思ふ心あらむかし。
年月を松にひかれて経る人に
今日鴬の初音聞かせよ

『音せぬ里の』」
と聞こえたまへるを、「げに、あはれ」と思し知る。言忌もえしあへたまはぬけしきなり。
「この御返りは、みづから聞こえたまへ。初音惜しみたまふべき方にもあらずかし」
とて、御硯取りまかなひ、書かせたてまつりたまふ。いとうつくしげにて、明け暮れ見たてまつる人だに、飽かず思ひきこゆる御ありさまを、今までおぼつかなき年月の隔たりにけるも、「罪得がましう、心苦し」と思す。
ひき別れ年は経れども鴬の
巣立ちし松の根を忘れめや

幼き御心にまかせて、くだくだしくぞあめる。
明石の姫君の所へお越しになると、童女や下働きの子などが、前庭の小松を引いて遊んでいた。若い女房たちもじっとしていられないようだ。明石の君から、特別に調達された竹の籠や折り箱などがくだされた。見事な五葉の松の枝の鶯も、思うところがある風情だ。
(明石の君)「長い間対面する日を待っているいる人にせめて
今日鶯の初音の文を聞かせてください
『鶯の音もしない里ですから』」
と文が付いているのを、「実に、お気の毒」と思い知った。縁起でもなく涙を流しそうだった。
「このご返事は、姫君ご自分でなさい。初音を控えることはないでしょう」
とて、硯を用意して、書かせた。姫君は、とてもかわいらしく、明け暮れ見ている人でも、飽きることがないご様子で、今まで生みの親を見ることなく隔ててきた年月も、「罪作りで、心苦しい」と源氏は思うのだった。
(明石の姫君)「お別れして年月は経ちましたけれど
鶯は巣立ちした松の根を忘れません」
幼いままに、ごたごたしている。
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23.3 夏の御殿の花散里を訪問
夏の御住まひを見たまへば、時ならぬけにや、いと静かに見えて、わざと好ましきこともなくて、あてやかに住みたるけはひ見えわたる。
年月に添へて、御心の隔てもなく、あはれなる御仲なり。今は、あながちに近やかなる御ありさまも、もてなしきこえたまはざりけり。いと睦ましくありがたからむ妹背の契りばかり、聞こえ交はしたまふ。御几帳みきちょう隔てたれど、すこし押しやりたまへば、またさておはす。
はなだは、げに、にほひ多からぬあはひにて、御髪などもいたく盛り過ぎにけり。やさしき方にあらぬと、葡萄鬘してぞつくろひたまふべき。我ならざらむ人は、見醒めしぬべき御ありさまを、かくて見るこそうれしく本意あれ。心軽き人の列にて、われに背きたまひなましかば」など、御対面の折々は、まづ、「わが心の長きも、人の御心の重きをも、うれしく、思ふやうなり」
と思しけり。こまやかに、ふる年の御物語など、なつかしう聞こえたまひて、西の対へ渡りたまひぬ。
花散里が住まう夏の御殿を見れば、その時節ではないからか、実にひっそりして、風流をてらうこともなく、品よく住んでいる様子である。
長の年月を経て、気持ちが離れることもなく、しみじみとした仲であった。今は、しいて親しい男女の仲であることはなくなっている。実に睦まじくまたとない夫婦の契りを互いに言い交わすのであった。几帳で隔たってはいるが、押しやれば、そのままにしている。
はなだ色の小袿は、はなやかな処もなく、髪なども盛りが過ぎていた。恥ずかしいほどではないが、かもじを添えたほうがいいだろう。自分以外の人は、興ざめするような様子で、こうして世話ができるのもうれしいことだ。気持ちの軽い人でわたしに背いたら」など、逢う折々には、まず「わたしも気が長いし、花散里の浮ついていないご性格も、うれしい」
と思うのだった。心をこめて、昔の話など親しくお話なさって、西の対へ行った。
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23.4 続いて玉鬘を訪問
まだいたくも住み馴れたまはぬほどよりは、けはひをかしくしなして、をかしげなる童女の姿なまめかしく、人影あまたして、御しつらひ、あるべき限りなれど、こまやかなる御調度は、いとしも調へたまはぬを、さる方にものきよげに住みなしたまへり。
正身も、あなをかしげと、ふと見えて、山吹にもてはやしたまへる御容貌など、いとはなやかに、ここぞ曇れると見ゆるところなく、隈なく匂ひきらきらしく、見まほしきさまぞしたまへる。もの思ひに沈みたまへるほどのしわざにや、髪の裾すこし細りて、さはらかにかかれるしも、いとものきよげに、ここかしこいとけざやかなるさましたまへるを、「かくて見ざらましかば」と思すにつけても、えしも見過ぐしたまふまじ。
かくいと隔てなく見たてまつりなれたまへど、なほ思ふに、隔たり多くあやしきが、うつつの心地もしたまはねばまほならずもてなしたまへるも、いとをかし
「年ごろになりぬる心地して、見たてまつるにも心やすく、本意かなひぬるを、つつみなくもてなしたまひて、あなたなどにも渡りたまへかし。いはけなき初琴習ふ人もあめるを、もろともに聞きならしたまへ。うしろめたく、あはつけき心持たる人なき所なり
と聞こえたまへば、
「のたまはせむままにこそは」
と聞こえたまふ。さもあることぞかし。
まだよく住み慣れていないが、趣きある気配がして、かわいらしい童女の姿も優雅で、人がたくさんいるような気配があって、お部屋の様子も、必要なものはあるが、細かな調度類は、まだ十分ではないが、それなりに美しくお住いになっていた。
玉鬘本人も、ああ美しい、と見るなり思われて、山吹襲で一段と引き立った容貌などは、はなやかで曇ったところがなく、隈なく輝くような美しさで、いつまでも見ていたいと思うほどだった。物思いに沈んだ時期があったせいか、髪の裾が少し細って、はらりとか衣の裾にかかっているのも、美しく、あちこちがくっきり目立って、「こうして引き取らなかったら」と思うにつけ、このまま見過ごせないのではないか。
こうして対面して見たのだが、やはり玉鬘はさずがに警戒していて、夢を見ているようで、すっかり打ち解けた態度を見せないのも、源氏には面白かった。
「長年一緒にいる気がして、お目にかかるのも気安く、願いがかないましたので、ご遠慮なさらず、あちらにも行ってご覧なさい。幼い子が琴を習っていますので、一緒に稽古されたらいかがですか。気の許せない軽はずみな人などおりませんよ」
と仰せになると、
「仰るとおりにいたします」
とお答えする。しかるべきご返事だ。
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23.5 冬の御殿の明石御方に泊まる
暮れ方になるほどに、明石の御方に渡りたまふ。近き渡殿の戸押し開くるより、御簾のうちの追風、なまめかしく吹き匂はして、ものよりことに気高く思さる。正身は見えず。いづらと見まはしたまふに、硯のあたりにぎははしく、草子どもなど取り散らしたるなど取りつつ見たまふ。唐の東京錦のことことしき端さしたる茵に、をかしげなる琴うち置き、わざとめきよしある火桶に、侍従をくゆらかして、物ごとにしめたるに、衣被香えびこうの香のまがへる、いと艶なり。手習どもの乱れうちとけたるも、筋変はり、ゆゑある書きざまなり。ことことしう草がちなどにもされ書かず、めやすく書きすましたり。
小松の御返りを、めづらしと見けるままに、あはれなる古事ども書きまぜて、
めづらしや花のねぐらに木づたひて
谷の古巣を訪へる鴬

声待ち出でたる」
なども、
咲ける岡辺に家しあれば
など、ひき返し慰めたる筋など書きまぜつつあるを、取りて見たまひつつほほ笑みたまへる、恥づかしげなり。
筆さし濡らして書きすさみたまふほどに、ゐざり出でて、さすがにみづからのもてなしは、かしこまりおきて、めやすき用意なるを、「なほ、人よりはことなり」と思す。白きに、けざやかなる髪のかかりの、すこしさはらかなるほどに薄らぎにけるも、いとどなまめかしさ添ひて、なつかしければ、「新しき年の御騒がれもや」と、つつましけれど、こなたに泊りたまひぬ。「なほ、おぼえことなりかし」と、方々に心おきて思す
南の御殿には、ましてめざましがる人びとあり。まだ曙のほどに渡りたまひぬ。かうしもあるまじき夜深さぞかしと思ふに、名残もただならず、あはれに思ふ。
待ちとりたまへるはた、なまけやけしと思すべかめる心のうち、量られたまひて、
あやしきうたた寝をして、若々しかりけるいぎたなさを、さしもおどろかしたまはで
と、御けしきとりたまふもをかしく見ゆ。ことなる御いらへもなければ、わづらはしくて、そら寝をしつつ、日高く御殿籠もり起きたり。
暮れ方になると、明石の君の住いに行った。近くの渡り殿の戸を押し開けると、御簾の中を通る風が、なまめかしく吹き渡って、格別に気高く感じられる。本人は見えなかった。どこだろうと見まわすと、硯のあたりが散らかっていて、草子などを手にとって見ていた。唐の東京錦に立派に縁取りした敷物に由緒ある琴を置いて、ことさら手の込んだ火桶に、侍従という名の薫香をくゆらし、あらゆるものにたきしめてあるのに、衣被香えびこうの香が交じっているのは、実に趣きがあった。手習いの思いつくままに書きつけて、書風が独特で、教養がしのばれた。ことさら草書にはせず、感じよく書いている。
姫君の小松の返事を、珍しいことと感じたあまり、由ある古歌などをかき混ぜて、
(明石上)「珍しいことです、美しい花のねぐらがありながら
谷の古巣を訪う鶯がいるとは
やっと鳴く声が聞けました」
なども、
「花咲く岡辺に家が近いので」
など、思いだしてなぐさめなどを書き散らしてあるのを、源氏が手に取って見て微笑んでいる姿は、実に美しい。
筆を濡らして書きすさぶと、明石の君がいざり出てきて、さすがに明石の君自身のお振舞は、へりくだって程よい加減なので、「やはり人とは違う」と源氏は思った。白い小袿に映えた髪のかかりぐあいが、少しはらりとする程に薄くなった髪に、優美さも加わって、心惹かれたので、「新しい年に騒がれても」と気が引けたが、こちらにお泊まりになった。「やはり明石の君は別格だ」と、源氏は女君たちを気にしながら思う。
紫の上の御殿では、けしからぬと思う女房たちがいた。まだ夜明け前のお帰りだ。まだ夜も深いのにと思うと、明石の上はいっそう名残惜しい。
待っている紫の上が、不快に思うであろう気持ちを、源氏はお察しになって、
「うたた寝をして、年甲斐もなく寝込んでしまったのを、起こしてもくださらない」
とご機嫌を取る様もおかしい。特に返事もなく、面倒になったと思い、そら寝して、日が高くなってから起きた。
2019.6.10/ 2021.9.19 / 2023.4.20
23.6 六条院の正月二日の臨時客
今日は、臨時客のことに紛らはしてぞ、面隠したまふ。上達部、親王たちなど、例の、残りなく参りたまへり。御遊びありて、引出物、禄など、二なし。そこら集ひたまへるが、我も劣らじともてなしたまへるなかにも、すこしなずらひなるだにも見えたまはぬものかな。とり放ちては、いと有職多くものしたまふころなれど、御前にては気圧されたまふも、悪しかし。何の数ならぬ下部どもなどだに、この院に参る日は、心づかひことなりけり。まして若やかなる上達部などは、思ふ心などものしたまひて、すずろに心懸想したまひつつ、常の年よりもことなり。
花の香誘ふ夕風、のどやかにうち吹きたるに、御前の梅やうやうひもときて、あれは誰れ時なるに、物の調べどもおもしろく、「この殿」うち出でたる拍子、いとはなやかなり。大臣も時々声うち添へたまへる「さき草」の末つ方、いとなつかしくめでたく聞こゆ。何ごとも、さしいらへしたまふ御光おんひかりにはやされて、色をも音をも増すけぢめ、ことになむ分かれける
今日は、正月の饗応にかこつけて、紫の上と顔を合わせない。上達部、親王たちなど、いつものように皆くやって来た。管弦の遊び、引出物、禄など、他では見られないものだ。大勢集まった人々が、負けじと振舞っているが、源氏と肩を並べられそうな者は一人もいない。ひとりひとりでは、諸道にすぐれた人々がたくさんいたが、源氏の御前では、気圧されてしまう。ものの数にも入らぬ下郎たちも、この院に参上する日は、気持ちが全く違うのだった。まして若い上達部などは、思うところがあって、むやみと緊張して、いつもの年とは違った。
花の香さそう夕風がゆったりと吹いて、前庭の梅がようやく咲き始め、夕暮れになって、楽の音が面白く鳴り、催馬楽の「この殿」がはなやかに演じられた。大臣も時々声を添えてはやす「さき草」の末の方では、実に心惹かれてすばらしかった。何事も、源氏が声を添える威光に引き立てられて、花の色も楽の音もいっそう映えるのが、ほかの場合と違った。
2019.6.11/ 2021.9.19/ 2023.4.20
23.7 二条東院の末摘花を訪問
かうののしる馬車の音を、もの隔てて聞きたまふ御方々は、蓮の中の世界に、まだ開けざらむ心地もかくやと、心やましげなり。まして、東の院に離れたまへる御方々は、年月に添へて、つれづれの数のみまされど、「世の憂きめ見えぬ山路」に思ひなずらへて、つれなき人の御心をば、何とかは見たてまつりとがめむ、その他の心もとなく寂しきことはたなければ、行なひの方の人は、その紛れなく勤め、仮名のよろづの草子の学問、心に入れたまはむ人は、また願ひに従ひ、ものまめやかにはかばかしきおきてにも、ただ心の願ひに従ひたる住まひなり。騒がしき日ごろ過ぐして渡りたまへり。
常陸宮の御方は人のほどあれば、心苦しく思して、人目の飾りばかりは、いとよくもてなしきこえたまふ。いにしへ、盛りと見えし御若髪も、年ごろに衰ひゆき、まして、滝の淀み恥づかしげなる御かたはらめなどを、いとほしと思せば、まほにも向かひたまはず。
柳は、げにこそすさまじかりけれと見ゆるも、着なしたまへる人からなるべし。光もなく黒き掻練の、さゐさゐしく張りたる一襲、さる織物の袿着たまへる、いと寒げに心苦し。襲の衣などは、いかにしなしたるにかあらむ。
御鼻の色ばかり、霞にも紛るまじうはなやかなるに、御心にもあらずうち嘆かれたまひて、ことさらに御几帳引きつくろひ隔てたまふ。なかなか、女はさしも思したらず、今は、かくあはれに長き御心のほどを、おだしきものにうちとけ頼みきこえたまへる御さま、あはれなり
かかる方にも、おしなべての人ならず、いとほしく悲しき人の御さまに思せば、あはれに、我だにこそはと、御心とどめたまへるも、ありがたきぞかし。御声なども、いと寒げに、うちわななきつつ語らひきこえたまふ。見わづらひたまひて、
「御衣どもの事など、後見きこゆる人ははべりや。かく心やすき御住まひは、ただいとうちとけたるさまに、含みなえたるこそよけれ。うはべばかりつくろひたる御よそひは、あいなくなむ」
と聞こえたまへば、こちごちしくさすがに笑ひたまひて、
「醍醐の阿闍梨あざりの君の御あつかひしはべるとて、衣どももえ縫ひはべらでなむ。皮衣かわごろもをさへ取られにし後、寒くはべる」
と聞こえたまふは、いと鼻赤き御せうとなりけり。心うつくしといひながら、あまりうちとけ過ぎたりと思せど、ここにては、いとまめにきすくの人にておはす。
「皮衣はいとよし。山伏の蓑代衣みのしろごろもに譲りたまひてあへなむさて、このいたはりなき白妙の衣は、七重にも、などか重ねたまはざらむ。さるべき折々は、うち忘れたらむこともおどろかしたまへかし。もとよりおれおれしく、たゆき心のおこたりにまして方々の紛らはしき競ひにも、おのづからなむ
とのたまひて、向かひの院の御倉開けさせたまひて、絹、綾などたてまつらせたまふ。
荒れたる所もなけれど、住みたまはぬ所のけはひは静かにて、御前の木立ばかりぞいとおもしろく、紅梅の咲き出でたる匂ひなど、見はやす人もなきを見わたしたまひて、
ふるさとの春の梢に訪ね来て
世の常ならぬ花を見るかな

と独りごちたまへど、聞き知りたまはざりけむかし。
このように雑踏する馬や牛車の音も、離れた御殿で聞く御方々には、蓮の中にあって世界がまだ開かない心地がして、穏やかではないだろう。まして二条院の東の御殿に離れてお住いの方々は、年月が経って、所在ない日々がつのるばかりだが、「世の憂きめ見えぬ山路」に入ったつもりになって、つれない源氏の御心をどうして咎められよう、他に心もとなく寂しいこともないので、勤行に熱心な空蝉は、仏道に励み、仮名がきのいろいろな草子の学問に熱心な末摘花は、願い通りにして、実生活上の気配りもしっかりして、願いどおりの住いであった。騒がしい正月の日々が過ぎてから、訪問した。
末摘花の姫君は、身分が身分なので、気の毒に思って、人目に立派に見えるように、気を配ってよくもてなすのだった。昔は立派だった若髪も、年毎に衰えて、今はまして、白い滝の淀もひけをとるほどの白髪を横から見ると、お気の毒に思って、面と向かうこともなかった。
柳襲の衣装は、まったく似合わないと見えるのも、着る人によるのだろう。艶もなく黒い掻練のさわさわ音がするほど張った一襲に、あの柳の袿を着ていて、ひどく寒そうで気の毒だった。襲の衣など、どうしたのだろう。
鼻の色だけは、霞にも紛れもなく目立っていて、源氏は思わずため息をついて、ことさら几帳を引きつくろって隔てるのだった。一方末摘花はそうは思わず、今はこうしてやさしく変わらぬ御心に、すっかり安心して頼りにしている様は、いじらしいくらいであった。
このような生活上の方面でも、かわいそうで悲しい身の上と見れば、お気の毒に思い、せめて自分だけでもお世話しようと心に留めるのも、滅多にできないことだ。末摘花は、声も寒そうに、震えながら語らうのであった。見過ごせず、
「御衣のことなど、お世話する人はいるのですか。このような心安く住んでいる所では、ごく気楽な格好で、ふっくらしたけた柔らかいのがいいのです。うわべをつくろった衣装は、よくありません」
と仰せになると、さすがにぎこちなく笑って、
「醍醐寺の阿闍梨のお世話をしなければなりませんので、衣も仕立てられません。皮衣かわごろもさえ取られましたので、寒いです」
と言うのは、赤い鼻の兄のことである。素直な性格とはいいながら、あまりに率直にあけすけすぎると思うが、源氏はここでは真面目な人になってしまう。
「皮衣はいいでしょう。山伏の蓑代わりにお上げになっていいが、しかしこの惜しげもなく着られる白い衣は、七重にも重ねて着たらよろしいでしょう。必要なときは、忘れることもあるので言ってください。元来愚かな上に、気の利かない者ですから。まして他の方々のご用もあり、ついうっかりします」
と仰せになって、向かいの院の倉を開けさせて、絹、綾などを差し上げた。
荒れたところはないけれど、自分が住んでいない邸は静かで、前庭の木立がおもしろく、紅梅の咲き始めた匂いなど、見て愛でる人もない庭を見わたして、
(源氏)「昔住んでいた里の春にきて
世にも珍しい花(鼻)を見たものだ」
とひとり言をいったが、末摘花には分からなかっただろう。
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23.8 続いて空蝉を訪問
空蝉の尼衣にも、さしのぞきたまへり。うけばりたるさまにはあらずかごやかに局住つぼねずみにしなして、仏ばかりに所得させたてまつりて、行なひ勤めけるさまあはれに見えて、経、仏の御飾り、はかなくしたる閼伽あかの具なども、をかしげになまめかしう、なほ心ばせありと見ゆる人のけはひなり。
青鈍の几帳、心ばへをかしきに、いたくゐ隠れて、袖口ばかりぞ色ことなるしもなつかしければ、涙ぐみたまひて、
『松が浦島』をはるかに思ひてぞやみぬべかりける。昔より心憂かりける御契りかな。さすがにかばかりの御睦びは、絶ゆまじかりけるよ」
などのたまふ。尼君も、ものあはれなるけはひにて、
かかる方に頼みきこえさするしもなむ、浅くはあらず思ひたまへ知られはべりける
と聞こゆ。
「つらき折々重ねて、心惑はしたまひし世の報いなどを、仏にかしこまりきこゆるこそ苦しけれ。思し知るや。かくいと素直にもあらぬものをと、思ひ合はせたまふこともあらじやはとなむ思ふ」
とのたまふ。「かのあさましかりし世の古事を聞き置きたまへるなめり」と、恥づかしく、
かかるありさまを御覧じ果てらるるよりほかの報いは、いづくにかはべらむ
とて、まことにうち泣きぬ。いにしへよりももの深く恥づかしげさまさりて、かくもて離れたること、と思すしも、見放ちがたく思さるれどはかなきことをのたまひかくべくもあらず、おほかたの昔今の物語をしたまひて、「かばかりの言ふかひだにあれかし」と、あなたを見やりたまふ。
かやうにても、御蔭に隠れたる人びと多かり。皆さしのぞきわたしたまひて、
「おぼつかなき日数つもる折々あれど、心のうちはおこたらずなむ。ただ限りある道の別れのみこそうしろめたけれ。『命を知らぬ』」
など、なつかしくのたまふ。いづれをも、ほどほどにつけてあはれと思したり。我はと思しあがりぬべき御身のほどなれど、さしもことことしくもてなしたまはず、所につけ、人のほどにつけつつ、さまざまあまねくなつかしくおはしませば、ただかばかりの御心にかかりてなむ、多くの人びと年を経ける。
尼衣を着ている空蝉のところにも、顔を出した。得意げになっている様子はみじんもなく、ひっそりと控え目に住んでいて、部屋の大部分を仏にお譲りして、勤行に励む様はあわれに見えて、経典や仏の飾りや質素な閼伽あかの仏具なども、風情があって優美で、気の利いている人の気配がした。
青く鈍色の几帳、風情があり、すっかり隠れて、袖口の異なる色合いだけが見えて心惹かれるので、源氏は涙ぐみ、
「『松が浦島』をはるかに思うだけで逢ってはいけないのですね。昔からつらい契りでした。さすがにこの程度の交わりは続いていましたね」
などと仰せになる。尼君もしんみりした様子で、
「こうして仏道に入っていてもお頼り申しているので、浅からぬご縁ではないのではないかと思います」
と申し上げる。
「つらい折々を経て、わたしの心を惑わしたことの報いが、仏に懺悔することとは、お気の毒です。ご存知ですか。男は素直なものばかりではないと、思い知るときがあろうかと思います」
と仰せになる。「あの古い出来事を聞いて知っているのだろうか」と恥ずかしくなり、
「このような尼姿をお目にかけるよりほかに、どんな報いがありましょうか」
と言って、泣くのであった。昔よりずっと思慮深く落ち着きが加わって、こうして尼になって手の届かぬことになってしまったと思うが、見放しがたくも思うが、色めいたことを言うわけにもゆかず、さしさわりのない昔や今の話をして、「この程度の話ができたらなあ」と、末摘花を思った。
こうして、源氏の庇護を受ける女君は多かったのである。皆に顔をお出しになり、
「お目にかかれない日数が増えても、心のうちでは忘れていません。限りある命、死出の別れが心配ですが。『命だけは分からない』」
など、やさしく仰せになる。どの女君にも、その人に応じてあわれがあった。源氏は自身が気位を高く持ってしかるべきご身分であったが、そのように尊大に振舞うことはせず、所につけ、人につけ、さまざまにやさしくされるので、ただこれだけの御心のもとに、多くの女君たちが庇護されて年を経るのだった。
2019.6.16/ 2021.9.19◎
23.9 男踏歌、六条院に回り来る
今年は踏歌とうかあり。内裏より朱雀院に参りて、次にこの院に参る。道のほど遠くなどして、夜明け方になりにけり。月の曇りなく澄みまさりて、薄雪すこし降れる庭のえならぬに、殿上人なども、物の上手多かるころほひにて、笛の音もいとおもしろう吹き立てて、この御前はことに心づかひしたり。御方々物見に渡りたまふべく、かねて御消息どもありければ、左右の対、渡殿などに、御局しつつおはさす。
西の対の姫君は、寝殿の南の御方に渡りたまひて、こなたの姫君に御対面ありけり。上も一所におはしませば、御几帳みきちょうばかり隔てて聞こえたまふ。
朱雀院のきさいの御方などめぐりけるほどに、夜もやうやう明けゆけば、水駅みずうまやにてこと削がせたまふべきを、例あることより、ほかにさまことに加へて、いみじくもてはやさせたまふ。
影すさまじき暁月夜に、雪はやうやう降り積む。松風木高く吹きおろし、ものすさまじくもありぬべきほどに、青色のなえばめるに、白襲の色あひ、何の飾りかは見ゆる。
插頭かざしの綿は、何の匂ひもなきものなれど、所からにやおもしろく、心ゆき、命延ぶるほどなり。
殿の中将の君、内の大殿の君達ぞ、ことにすぐれてめやすくはなやかなる。
ほのぼのと明けゆくに、雪やや散りて、そぞろ寒きに、「竹河」謡ひて、かよれる姿、なつかしき声々の、絵にも描きとどめがたからむこそ口惜しけれ。
御方々、いづれもいづれも劣らぬ袖口ども、こぼれ出でたるこちたさ、物の色あひなども、曙の空に、春の錦たち出でにける霞のうちかと見えわたさる。あやしく心のうちゆく見物にぞありける。
さるは、高巾子こうこじの世離れたるさま寿詞ことぶきの乱りがはしき、をこめきたることを、ことことしくとりなしたる、なかなか何ばかりのおもしろかるべき拍子も聞こえぬものを。例の、綿かづきわたりてまかでぬ。
今年は男踏歌があった。内裏から朱雀院に行って、次にこの院に来るのだった。道が遠いので、夜明け方になった。月が曇りなく澄みわたって、うっすらと雪が降った庭が美しく、殿上人などもこの道の上手が多く集まっていて、笛の音もおもしろく吹きたてて、源氏の御前ではことに心づかいをした。女君たちに物見に来るように、かねてから案内していたので、左右の対や渡殿に局を作って座についた。
西の対の玉鬘は、寝殿の南の御殿に渡って、明石の姫君と対面した。紫の上も同じ所におられるので、几帳を隔ててそれぞれにご挨拶をした。
朱雀院の大后の方へも巡っていたので、夜も明け始めるころ、水駅で省略すべきところだったが、例によって、他より多く趣向を加えて、たいそう手厚くもてなすのだった。
月の光がすさまじい暁に、雪は次第に降り積っていた。松風が高い木に吹きおろし、すさまじい有様で、青色のよれた袍に白襲の色合いの風情は、何の飾り気も感じられない。
頭にさした造花は、何の匂いもしないが、場所柄おもしろく、心満ちて、長生きしそうな程だ。
夕霧と内大臣の君達が、とりわけすぐれていて見た目に立派であった。
ほのぼのと明けてゆき、雪がちらついて寒い中、「竹河」を謡い、近づく姿、慕わしい声々を絵に書き留めたいくらいで、とても残念なことであった。
女君たちは、いずれ劣らぬ袖口を御簾からこぼれ出した仰々しさ、色合いなど、曙の空に、春の錦が現れた霞のなかかと見えるのだった。不思議に心が満たされる見物であった。
そうは言っても、高い巾子こじの珍しい様、祝い言葉の少しみだらな調子、滑稽なことを大げさに言う様子、むしろ格別に面白そうな調子も聞こえなかったのだが、例によって、綿の禄を頂戴して退出した。
2019.6.17/ 2021.9.19/ 2023.4.20
23.10 源氏、踏歌の後宴を計画す
夜明け果てぬれば、御方々帰りわたりたまひぬ。大臣の君、すこし御殿籠もりて、日高く起きたまへり。
「中将の声は、弁少将にをさをさ劣らざめるは。あやしう有職ども生ひ出づるころほひにこそあれ。いにしへの人は、まことにかしこき方やすぐれたることも多かりけむ情けだちたる筋は、このころの人にえしもまさらざりけむかし。中将などをば、すくすくしき朝廷人にしなしてむとなむ思ひおきてし、みづからのいとあざればみたるかたくなしさを、もて離れよと思ひしかども、なほ下にはほの好きたる筋の心をこそとどむべかめれ。もてしづめ、すくよかなるうはべばかりは、うるさかめり」
など、いとうつくしと思したり。「万春楽ばんすらく」と、御口ずさみにのたまひて、
「人びとのこなたに集ひたまへるついでに、いかで物の音こころみてしがな。私の後宴すべし」
とのたまひて、御琴どもの、うるはしき袋どもして秘めおかせたまへる、皆引き出でて、おし拭ひ、ゆるべる緒、調へさせたまひなどす。御方々、心づかひいたくしつつ、心懸想を尽くしたまふらむかし。
すっかり夜が明けて、女君たちはお帰りになった。源氏は、少し寝入ってから、日が高くなってから起きた。
「夕霧の声は、弁少将に劣るものでもないな。今は妙にその道の達者が輩出する時代なのかな。昔の人は、まことに学問の面ですぐれたことが多かったのだが、風雅の道では、この頃の人に勝っているとは言えない。中将を真面目な朝廷人に仕立てようと思っていたが、自分のように風流にかたよった嗜好にならないでほしいと思ったけれど、しかし心のなかでは多少の遊び心があってもいいものだ。とりすまして、生真面目なうわべばかりでは、うるさいことだ」
など、夕霧を可愛いと思うのだった。「万春楽ばんすらく」と口ずさんで言うに、
「女君たちがこちらに集まったついでに、合奏などをやってみたいものだ。こちらで後宴をしよう」
と仰せになって、琴類を、大事に袋に入れて秘していたのを皆取り出して拭き、ゆるんだ弦を調律するのだった。女君たちはずいぶん、気を使い緊張しておられることだろう。
2019.6.18/ 2021.9.19◎ 文法 完

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読書期間2019年5月31日 - 2019年6月18日