源氏物語  若菜下 あらすじ 章立て 登場人物

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若菜下 あらすじ

源氏 41才~47才 准太上天皇じゅんだいじょうてんのう
源氏は准太上天皇になり、その周辺の日常が淡々と語られる。六条院で、競射を催したり、女神楽を催したりするのだった。
柏木は猫好きな春宮の処に行き、女三の宮の猫と血統の同じ猫をもらい受けて、女三の宮を偲ぶのだった。
冷泉帝が退位した。
源氏は願果たしで住吉神社へお礼参りに行くが、何ごとも控え目に準備したつもりが、自ずから、その盛大な権勢を見せることになった。
六条院では、女神楽を計画し、その練習に明け暮れるのだった。女三の宮へ源氏は、琴の演奏を直接伝授するのだった。
柏木は、三の宮を諦められず、姉の二の宮と結婚するが、本命ではなく、適当なあしらいであった。
朱雀院の五十の賀が、それぞれで執り行われた。 
三の宮お付きの女房は、小侍従といって、柏木の乳母の姉妹で三の宮の乳母の娘であった。柏木は小侍従を説得して手引することを承諾させた。
一方、紫の上が病になり、一度は息絶えるが、源氏が生霊のなせることだと喝破し、祈祷を続けさせると、紫の上は生き返った。六条御息所の生霊だった。
柏木は、小侍従の導きで女三の宮の寝屋に入り、強引に、長年の思いを遂げるのだった。
女三の宮は妊娠した。柏木は体の具合が悪くなり、邸にこもりがちになった。
源氏は、紫の上が死んでしまう懸念の中、女三の宮を訪問した時、柏木が不用意にも遣った文を、敷物の隙から見つけ密通を疑うのだった。

若菜下 章立て

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35.1 六条院の競射
 ことわりとは思へども、 「うれたくも言へるかな。いでや、なぞ、かく異なることなきあへしらひばかりを慰めにては、いかが過ぐさむ。かかる人伝てならで、一言をものたまひ聞こゆる世ありなむや」 と思ふにつけて、おほかたにては、惜しくめでたしと思ひきこゆる院の御ため、なまゆがむ心や添ひにたらむ。
35 2 柏木、女三の宮の猫を預る
女御の御方に参りて、物語など聞こえ紛らはし試みる。いと奥深く、心恥づかしき御もてなしにて、まほに見えたまふこともなし。
 
35.3 真木柱姫君には無関心
 左大将殿の北の方は、大殿の君たちよりも、右大将の君をば、なほ昔のままに、疎からず思ひきこえたまへり。
35.4 真木柱、兵部卿宮と結婚
 兵部卿宮、なほ一所のみおはして、御心につきて思しけることどもは、皆違ひて、世の中もすさまじく、人笑へに思さるるに、「さてのみやはあまえて過ぐすべき」と思して、このわたりにけしきばみ寄りたまへれば、大宮、 「何かは。かしづかむと思はむ女子をば、宮仕へに次ぎては、親王たちにこそは見せたてまつらめ。
35.5  兵部卿宮と真木柱の不幸な結婚生活
 †宮は、亡せたまひにける北の方を、世とともに恋ひきこえたまひて、「ただ、昔の御ありさまに似たてまつりたらむ人を見む」と思しけるに、「悪しくはあらねど、さま変はりてぞものしたまひける」と思すに、口惜しくやありけむ、通ひたまふさま、いともの憂げなり。
35.6 冷泉帝の退位
 はかなくて、年月もかさなりて、内裏の帝、御位に即かせたまひて、十八年にならせたまひぬ。
35.7 六条院の女方の動静
 姫宮の御ことは、帝、御心とどめて思ひきこえたまふ。
35.8 源氏、住吉に参詣
住吉の御願、かつがつ果たしたまはむとて、春宮女御の御祈りに詣でるためたまはむとて、かの箱開けて御覧ずれば、さまざまのいかめしきことども多かり。
35.9 住吉参詣の一行
 上達部も、大臣二所をおきたてまつりては、皆仕うまつりたまふ。
35.10 住吉社頭の東遊び
 十月中の十日なれば、神の斎垣いがきにはふ葛も色変はりて、松の下紅葉など、音にのみ秋を聞かぬ顔なり。
35.11 源氏、往時を回想
 大殿、昔のこと思し出でられ、中ごろ沈みたまひし世のありさまも、目の前のやうに思さるるに、その世のこと、うち乱れ語りたまふべき人もなければ、致仕の大臣をぞ、恋しく思ひきこえたまひける。
35.12 終夜、神楽を奏す
  夜一夜遊び明かしたまふ。
35.13 明石一族の幸い
 ほのぼのと明けゆくに、霜はいよいよ深くて、本末もたどたどしきまで、酔ひ過ぎにたる神楽おもてどもの、おのが顔をば知らで、おもしろきことに心はしみて、庭燎にわびも影しめりたるに、なほ、「万歳、万歳」と、榊葉を取り返しつつ、祝ひきこゆる御世の末、思ひやるぞいとどしきや。
35.14 女三の宮と紫の上
 入道の帝は、御行なひをいみじくしたまひて、内裏の御ことをも聞き入れたまはず。春秋の行幸になむ、昔思ひ出でられたまふこともまじりける。
35.15 花散里と玉鬘
 夏の御方は、かくとりどりなる御孫扱ひをうらやみて、大将の君の典侍ないしのすけ腹の君を、切に迎へてぞかしづきたまふ。
35.16 朱雀院の五十賀の計画朱雀院の五十賀の計画
 朱雀院の、 「今はむげに世近くなりぬる心地して、もの心細きを、さらにこの世のこと顧みじと思ひ捨つれど、対面なむ今一度あらまほしきを、もし恨み残りもこそすれ、ことことしきさまならで渡りたまふべく」、聞こえたまひければ、大殿も、 「げに、さるべきことなり。かかる御けしきなからむにてだに、進み参りたまふべきを。まして、かう待ちきこえたまひけるが、心苦しきこと」 と、参りたまふべきこと思しまうく。
35.17 女三の宮に琴を伝授
 宮は、もとより琴きんの御琴をなむ習ひたまひけるを、いと若くて院にもひき別れたてまつりたまひしかば、おぼつかなく思して、 「参りたまはむついでに、かの御琴の音なむ聞かまほしき。さりとも琴ばかりは弾き取りたまひつらむ」 と、しりうごとに聞こえたまひけるを、内裏にも聞こし召して、 「げに、さりとも、けはひことならむかし。
35.18 明石女御、懐妊して里下り
 女御の君にも、対の上にも、琴は習はしたてまつりたまはざりければ、この折、をさをさ耳馴れぬ手ども弾きたまふらむを、ゆかしと思して、女御も、わざとありがたき御暇を、ただしばしと聞こえたまひてまかでたまへり。
35.19 朱雀院の御賀を二月十日過ぎと決定
 院の御賀、まづ朝廷よりせさせたまふことどもこちたきに、さしあひては便なく思されて、すこしほど過ごしたまふ。
35.20 六条院の女楽
 正月二十日ばかりになれば、空もをかしきほどに、風ぬるく吹きて、御前の梅も盛りになりゆく。おほかたの花の木どもも、皆けしきばみ、霞みわたりにけり。
35.21 孫君たちと夕霧を召す
 廂の中の御障子を放ちて、こなたかなた御几帳ばかりをけぢめにて、中の間は、院のおはしますべき御座よそひたり。
35.22 夕霧、箏を調絃す
大将、いといたく心懸想して、御前のことことしく、うるはしき御試みあらむよりも、今日の心づかひは、ことにまさりておぼえたまへば、あざやかなる御直衣、香にしみたる御衣ども、袖いたくたきしめて、引きつくろひて参りたまふほど、暮れ果てにけり。
35.23 女四人による合奏
 御琴どもの調べども調ひ果てて、掻き合はせたまへるほど、いづれとなき中に、琵琶はすぐれて上手めき、神さびたる手づかひ、澄み果てておもしろく聞こゆ。
35.24 女四人を花に喩える
 月心もとなきころなれば、灯籠こなたかなたに懸けて、火よきほどに灯させたまへり。
35.25 夕霧の感想
 これもかれも、うちとけぬ御けはひどもを聞き見たまふに、大将も、いと内ゆかしくおぼえたまふ。対の上の、見し折よりも、ねびまさりたまへらむありさまゆかしきに、静心もなし。
35.26 音楽の春秋論
 夜更けゆくけはひ、冷やかなり。
35.27 琴の論
 よろづのこと、道々につけて習ひまねばば、才といふもの、いづれも際なくおぼえつつ、わが心地に飽くべき限りなく、習ひ取らむことはいと難けれど、何かは、そのたどり深き人の、今の世にをさをさなければ、 片端をなだらかにまねび得たらむ人、さるかたかどに心をやりてもありぬべきを、琴なむ、なほわづらはしく、手触れにくきものはありける。
35.28 源氏、葛城を謡う
 女御の君は、箏の御琴をば、上に譲りきこえて、寄り臥したまひぬれば、和琴を大殿の御前に参りて、気近き御遊びになりぬ。
35.29 女楽終了、禄を賜う
 この君達の、いとうつくしく吹き立てて、切に心入れたるを、らうたがりたまひて、 「ねぶたくなりにたらむに。今宵の遊びは、長くはあらで、はつかなるほどにと思ひつるを。とどめがたき物の音どもの、いづれともなきを、聞き分くほどの耳とからぬたどたどしさに、いたく更けにけり。心なきわざなりや」 とて、笙の笛吹く君に、土器さしたまひて、御衣脱ぎてかづけたまふ。
35.30 夕霧、わが妻を比較して思う
 大将殿は、君達を御車に乗せて、月の澄めるにまかでたまふ。
35.31 源氏、紫の上と語る
 院は、対へ渡りたまひぬ。上は、止まりたまひて、宮に御物語など聞こえたまひて、暁にぞ渡りたまへる。日高うなるまで大殿籠れり。
35.32 紫の上、三十七歳の厄年
 かやうの筋も、今はまたおとなおとなしく、宮たちの御扱ひなど、取りもちてしたまふさまも、いたらぬことなく、すべて何ごとにつけても、もどかしくたどたどしきこと混じらず、ありがたき人の御ありさまなれば、いとかく具しぬる人は、世に久しからぬ例もあなるをと、ゆゆしきまで思ひきこえたまふ。
35.33 源氏、半生を語る
 「みづからは、幼くより、人に異なるさまにて、ことことしく生ひ出でて、今の世のおぼえありさま、来し方にたぐひ少なくなむありける。
35.34 源氏、関わった女方を語る
 「多くはあらねど、人のありさまの、とりどりに口惜しくはあらぬを見知りゆくままに、まことの心ばせおいらかに落ちゐたるこそ、いと難きわざなりけれとなむ、思ひ果てにたる。
35.35 紫の上、発病す
 対には、例のおはしまさぬ夜は、宵居したまひて、人びとに物語など読ませて聞きたまふ。
35.36 朱雀院の五十賀、延期される
 女御の御方より御消息あるに、 「かく悩ましくてなむ」 と聞こえたまへるに、驚きて、そなたより聞こえたまへるに、胸つぶれて、急ぎ渡りたまへるに、いと苦しげにておはす。
34.37 源氏、女三の宮と和歌を贈答
 今朝は、例のやうに大殿籠もり起きさせたまひて、宮の御方に御文たてまつれたまふ。
3.38 明石女御、看護のため里下り
 女御の君も渡りたまひて、もろともに見たてまつり扱ひたまふ。
35.39 柏木、女二の宮と結婚
 まことや、衛門督は、中納言になりにきかし。今の御世には、いと親しく思されて、いと時の人なり。
35.40 柏木、小侍従を語らう
 かくて、院も離れおはしますほど、人目少なくしめやかならむを推し量りて、小侍従を迎へ取りつつ、いみじう語らふ。
35.41 小侍従、手引きを承諾頼
 「いで、あな、おほけな。
35.42 小侍従、柏木を導き入れる
 いかに、いかにと、日々に責められ極じて、さるべき折うかがひつけて、消息しおこせたり。喜びながら、いみじくやつれ忍びておはしぬ。
35.43 柏木、女三の宮をかき抱く
 宮は、何心もなく大殿籠もりにけるを、近く男のけはひのすれば、院のおはすると思したるに、うちかしこまりたるけしき見せて、床の下に抱き下ろしたてまつるに、物に襲はるるかと、せめて見上げたまへれば、あらぬ人なりけり。
35.44 柏木、猫の夢を見る
 よその思ひやりはいつくしく、もの馴れて見えたてまつらむも恥づかしく推し量られたまふに、「ただかばかり思ひつめたる片端聞こえ知らせて、 なかなかかけかけしきことはなくて止みなむ」と思ひしかど、いとさばかり気高う恥づかしげにはあらで、なつかしくらうたげに、やはやはとのみ見えたまふ御けはひの、あてにいみじくおぼゆることぞ、人に似させたまはざりける。
35.45 きぬぎぬの別れ
 明けゆくけしきなるに、出でむ方なく、なかなかなり。
35.46 柏木と女三の宮の罪の恐れ
 女宮の御もとにも参うでたまはで、大殿へぞ忍びておはしぬる。
35.47 柏木と女二の宮の夫婦仲
 督の君は、まして、なかなかなる心地のみまさりて、起き臥し明かし暮らしわびたまふ。
35.48 紫の上、絶命す
 大殿の君は、まれまれ渡りたまひて、えふとも立ち帰りたまはず、静心なく思さるるに、 「絶え入りたまひぬ」 とて、人参りたれば、さらに何事も思し分かれず、御心も暮れて渡りたまふ。道のほどの心もとなきに、げにかの院は、ほとりの大路まで人立ち騒ぎたり。
35.49 六条御息所の死霊出現
 いみじく調ぜられて、 「人は皆去りね。
35.50 紫の上、死去の噂流れる
 かく亡せたまひにけりといふこと、世の中に満ちて、御弔らひに聞こえたまふ人びとあるを、いとゆゆしく思す。
35.51 紫の上、蘇生後に五戒を受く
 かく生き出でたまひての後しも、恐ろしく思して、またまた、いみじき法どもを尽くして加へ行なはせたまふ。
35.52 紫の上、小康を得る
 五月などは、まして、晴れ晴れしからぬ空のけしきに、えさはやぎたまはねど、ありしよりはすこし良ろしきさまなり。
34.53 精進落としの宴
 二十三日を御としみの日にて、この院は、かく隙間なく集ひたまへるうちに、わが御私の殿と思す二条の院にて、その御まうけせさせたまふ。御装束をはじめ、おほかたのことどもも、皆こなたにのみしたまふ。御方々も、さるべきことども分けつつ望み仕うまつりたまふ。
35.54 源氏、紫の上と和歌を唱和す
 池はいと涼しげにて、蓮の花の咲きわたれるに、葉はいと青やかにて、露きらきらと玉のやうに見えわたるを、 「かれ見たまへ。
35.55 源氏、女三の宮を見舞う
 宮は、御心の鬼に、見えたてまつらむも恥づかしう、つつましく思すに、物など聞こえたまふ御いらへも、聞こえたまはねば、日ごろの積もりを、さすがにさりげなくてつらしと思しけると、心苦しければ、とかくこしらへきこえたまふ。大人びたる人召して、御心地のさまなど問ひたまふ。
35.56 源氏、女三の宮と和歌を唱和す
 夜さりつ方、二条の院へ渡りたまはむとて、御暇聞こえたまふ。
35.57 源氏、柏木の手紙を発見
 まだ朝涼みのほどに渡りたまはむとて、とく起きたふ。
35.58 小侍従、女三の宮を責める
 出でたまひぬれば、人びとすこしあかれぬるに、侍従寄りて、 「昨日の物は、いかがせさせたまひてし。今朝、院の御覧じつる文の色こそ、似てはべりつれ」 と聞こゆれば、あさましと思して、涙のただ出で来に出で来れば、いとほしきものから、「いふかひなの御さまや」と見たてまつる。
35.59 源氏、手紙を読み返す
 大殿は、この文のなほあやしく思さるれば、人見ぬ方にて、うち返しつつ見たまふ。
35.60 源氏、妻の密通を思う
 「さても、この人をばいかがもてなしきこゆべき。めづらしきさまの御心地も、かかることの紛れにてなりけり。
35.61 紫の上、女三の宮を気づかう
 つれなしづくりたまへど、もの思し乱るるさまのしるければ、女君、消え残りたるいとほしみに渡りたまひて、「人やりならず、心苦しう思ひやりきこえたまふにや」と思して、 「心地はよろしくなりにてはべるを、かの宮の悩ましげにおはすらむに、とく渡りたまひにしこそ、いとほしけれ」 と聞こえたまへば、 「さかし。例ならず見えたまひしかど、異なる心地にもおはせねば、おのづから心のどかに思ひてなむ。
35.62 柏木と女三の宮、密通露見におののく
 姫宮は、かく渡りたまはぬ日ごろの経るも、人の御つらさにのみ思すを、今は、「わが御おこたりうち混ぜてかくなりぬる」と思すに、院も聞こし召しつけて、いかに思し召さむと、世の中つつましくなむ。
35.63 源氏、女三の宮の幼さを非難
 「良きやうとても、あまりひたおもむきにおほどかにあてなる人は、世のありさまも知らず、かつ、さぶらふ人に心おきたまふこともなくて、かくいとほしき御身のためも、人のためも、いみじきことにもあるかな」 と、かの御ことの心苦しさも、え思ひ放たれたまはず。
35.64 源氏、玉鬘の賢さを思う
右の大臣の北の方の、取り立てたる後見もなく、幼くより、ものはかなき世にさすらふるやうにて、生ひ出でたまひけれど、 かどかどしく労ありて、我もおほかたには親めきしかど、憎き心の添はぬにしもあらざりしを、なだらかにつれなくもてなして過ぐし、髭黒の大臣の、さる無心の女房に心合はせて入り来たりけむにも、けざやかにもて離れたるさまを、人にも見え知られ、ことさらに許されたるありさまにしなして、わが心と罪あるにはなさずなりにしなど、今思へば、いかにかどあることなりけり。
35.65 朧月夜、出家す
 二条の尚侍の君をば、なほ絶えず、思ひ出できこえたまへど、かくうしろめたき筋のこと、憂きものに思し知りて、かの御心弱さも、少し軽く思ひなされたまひけり。
35.66  源氏、朧月夜と朝顔を語る
 二条院におはしますほどにて、女君にも、今はむげに絶えぬることにて、見せたてまつりたまふ。
35.67 女二の宮、院の五十の賀を祝う
 かくて、山の帝の御賀も延びて、秋とありしを、八月は大将の御忌月にて、楽所のこと行なひたまはむに、便なかるべし。
35.68 朱雀院、女三の宮へ手紙
 御山にも聞こし召して、らうたく恋しと思ひきこえたまふ。月ごろかくほかほかにて、渡りたまふこともをさをさなきやうに、人の奏しければ、いかなるにかと御胸つぶれて、世の中も今さらに恨めしく思して、 「対の方のわづらひけるころは、なほその扱ひにと聞こし召してだに、なまやすからざりしを、そののち、直りがたくものしたまふらむは、そのころほひ、便なきことや出で来たりけむ。みづから知りたまふことならねど、良からぬ御後見どもの心にて、いかなることかありけむ。内裏わたりなどの、みやびを交はすべき仲らひなどにも、けしからず憂きこと言ひ出づるたぐひも聞こゆかし」 とさへ思し寄るも、こまやかなること思し捨ててし世なれど、なほ子の道は離れがたくて、宮に御文こまやかにてありけるを、大殿、おはしますほどにて、見たまふ。
35.69 源氏、女三の宮を諭す
 ††「いと幼き御心ばへを見おきたまひて、いたくはうしろめたがりきこえたまふなりけりと、思ひあはせたてまつれば、今より後もよろづになむ。 .かうまでもいかで聞こえじと思へど、上の、御心に背くと聞こし召すらむことのやすからず、いぶせきを、 ここにだに聞こえ知らせでやはとてなむ。
35.70 朱雀院の御賀、十二月に延引
 参りたまはむことは、この月かくて過ぎぬ。二の宮の御勢ひ殊にて参りたまひけるを、古めかしき御身ざまにて、立ち並び顔ならむも、憚りある心地しけり。
35.71 源氏、柏木を六条院に召す
 十二月になりにけり。十余日と定めて、舞ども習らし、殿のうちゆすりてののしる。二条の院の上は、まだ渡りたまはざりけるを、この試楽によりてぞ、えしづめ果てで渡りたまへる。女御の君も里におはします。このたびの御子は、また男にてなむおはしましける。
35.72 源氏、柏木と対面す
  まだ上達部なども集ひたまはぬほどなりけり。例の気近き御簾の内に入れたまひて、母屋の御簾下ろしておはします。
35.73  柏木と御賀について打ち合わせる
 「月ごろ、かたがたに思し悩む御こと、承り嘆きはべりながら、春のころほひより、例も患ひはべる乱り脚病といふもの、所狭く起こり患ひはべりて、はかばかしく踏み立つることもはべらず、月ごろに添へて沈みはべりてなむ、内裏などにも参らず、世の中跡絶えたるやうにて籠もりはべる。
35.74 御賀の試楽の当日
 今日は、かかる試みの日なれど、御方々物見たまはむに、見所なくはあらせじとて、かの御賀の日は、赤き白橡しらつるばみに、葡萄染えびぞめの下襲したがさねを着るべし、今日は、青色にの蘇芳襲すほうがさね、楽人三十人、今日は白襲しらがさねを着たる、辰巳の方の釣殿に続きたる廊を楽所にて、山の南の側より御前に出づるほど、「仙遊霞せんゆうか」といふもの遊びて、雪のただいささか散るに、春のとなり近く、梅のけしき見るかひありてほほ笑みたり。
35.75 源氏、柏木に皮肉を言う
 主人の院、 「過ぐる齢に添へては、酔ひ泣きこそとどめがたきわざなりけれ。衛門督、心とどめてほほ笑まるる、いと心恥づかしや。さりとも、今しばしならむ。さかさまに行かぬ年月よ。老いはえ逃れぬわざなり」 とて、うち見やりたまふに、人よりけにまめだち屈じて、まことに心地もいと悩ましければ、いみじきことも目もとまらぬ心地する人をしも、さしわきて、空酔ひをしつつかくのたまふ。戯れのやうなれど、いとど胸つぶれて、盃のめぐり来るも頭いたくおぼゆれば、けしきばかりにて紛らはすを、御覧じ咎めて、持たせながらたびたび強ひたまへば、はしたなくて、もてわづらふさま、なべての人に似ずをかし。
35.76 柏木、女二の宮邸を出る
  †ことなくて過ぐす月日は、心のどかにあいな頼みして、いとしもあらぬ御心ざしなれど、今はと別れたてまつるべき門出にやと思ふは、あはれに悲しく、後れて思し嘆かむことのかたじけなきを、いみじと思ふ。
35.77 柏木の病、さらに重くなる
 大殿に待ち受けきこえたまひて、よろづに騷ぎたまふ。さるは、たちまちにおどろおどろしき御心地のさまにもあらず、月ごろ物などをさらに参らざりけるに、いとどはかなき柑子などをだに触れたまはず、ただ、やうやうものに引き入るるやうに見えたまふ。

若菜下 登場人物

  • 光る源氏  ひかるげんじ  呼称---六条院・主人の院・院・大殿・大殿の君、四十一歳から四十七歳
  • 朱雀院  すざくいん  呼称---入道の帝・山の帝・院の上・院・帝・上、源氏の兄
  • 女三の宮  おんなさんのみや  呼称---六条院の姫宮・姫宮・宮・二品の宮・姫宮の御方・女宮・若君・女、源氏の正妻
  • 柏木  かしわぎ  呼称---衛門督・督の君・中納言・君、太政大臣の長男
  • 夕霧  ゆうぎり  呼称---右大将の君・左大将・大将の君・君、光る源氏の長男
  • 雲井雁  くもいのかり  呼称---北の方、夕霧の北の方
  • 太政大臣  <だじょうだいじん  呼称----太政大臣・致仕の大殿・父大臣・大殿・大臣
  • 紫の上  むらさきのうえ  呼称---対の上・対の方・対・二条の院の上・上の御方・御方・女君・君、源氏の妻
  • 花散里  花散里  呼称---六条の東の君・夏の御方・御方
  • 朧月夜の君  おぼろづきよのきみ  呼称---二条の尚侍の君・尚侍の君・君
  • 秋好中宮  あきこのむちゅうぐう  呼称---冷泉院の后・中宮
  • 冷泉帝  れいぜいてい  呼称---内裏の帝・院の帝・帝の君・内裏・院
  • 明石の尼君  あかしのあまぎみ  呼称---明石の尼君
  • 明石御方  あかしのおんかた  呼称---桐壺の御方・内裏の御方・淑景舎・六条の女御・春宮の女御・女御の君・女御殿・女御、源氏の娘
  • 今上帝  きんじょうてい  呼称---春宮・宮・帝・主上・内裏・内裏の帝・朝廷・国王、朱雀帝の御子
  • 玉鬘  たまかずら  呼称--左大将殿の北の方・右の大臣の北の方・右大臣殿の北の方・北の方・尚侍の君・継母・君、鬚黒の北の方
  • 蛍兵部卿宮  ほたるひょうぶきょうのみや  呼称---兵部卿宮・親王・宮
  • 落葉宮  おちばのみやや  呼称---二宮・女二宮・女宮・宮、朱雀院の第二内親王
  • ※ このページは、渋谷栄一氏の源氏物語の世界によっています。人物の紹介、見出し区分等すべて、氏のサイトからいただき、そのまま載せました。ただしあらすじは自前。氏の驚くべき労作に感謝します。

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    源氏物語  若菜上 あらすじ 章立て 登場人物

    公開日2023年7月18日