源氏物語 35 若菜 下 わかな げ

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原文 現代文
35.1 六条院の競射
ことわりとは思へども、
うれたくも言へるかないでや、なぞ、かく異なることなきあへしらひばかりを慰めにては、いかが過ぐさむ。かかる人伝てならで、一言をものたまひ聞こゆる世ありなむや」
と思ふにつけて、おほかたにては、惜しくめでたしと思ひきこゆる院の御ため、なまゆがむ心や添ひにたらむ
晦日の日は、人びとあまた参りたまへり。なまもの憂く、すずろはしけれど、「そのあたりの花の色をも見てや慰む」と思ひて参りたまふ。
殿上の賭弓のりゆみ、如月にとありしを過ぎて、三月はた御忌月きづきなれば、口惜しくと人びと思ふに、この院に、かかるまとゐあるべしと聞き伝へて、例の集ひたまふ。左右の大将、さる御仲らひにて参りたまへば、次将すけたちなど挑みかはして、小弓とのたまひしかど、歩弓のすぐれたる上手どもありければ、召し出でて射させたまふ。
殿上人どもも、つきづきしき限りは、皆前後の心、こまどりに方分きて、暮れゆくままに、今日にとぢむる霞のけしきもあわたたしく、乱るる夕風に、花の蔭いとど立つことやすからで、人びといたく酔ひ過ぎたまひて、
艶なる賭物ども、こなたかなた人びとの御心見えぬべきを。柳の葉を百度当てつべき舎人どもの、うけばりて射取る、無人なりや。すこしここしき手つきどもをこそ、挑ませめ」
とて、大将たちよりはじめて、下りたまふに、衛門督、人よりけに眺めをしつつものしたまへば、かの片端心知れる御目には、見つけつつ、
「なほ、いとけしき異なり。わづらはしきこと出で来べき世にやあらむ」
と、われさへ思ひつきぬる心地す。この君たち、御仲いとよし。さる仲らひといふ中にも、心交はしてねむごろなれば、はかなきことにても、もの思はしくうち紛るることあらむを、いとほしくおぼえたまふ。
みづからも、大殿を見たてまつるに、気恐ろしくまばゆく、
「かかる心はあるべきものか。なのめならむにてだに、けしからず、人に点つかるべき振る舞ひはせじと思ふものを。ましておほけなきこと」
と思ひわびては、
「かのありし猫をだに、得てしがな。思ふこと語らふべくはあらねど、かたはら寂しき慰めにも、なつけむ」
と思ふに、もの狂ほしく、「いかでかは盗み出でむ」と、それさへぞ難きことなりける。
小侍従の返事は当然とは思うが、
「痛い所をついた言い方だ。いやしかし、どうしてこんな通り一遍の返事で、気休めしてなければならないのか。人を介してではなく、本人から直接一言がほしい」
と思うにつけ、こんなことがなければ、素晴らしいお方と慕っている源氏に対して、邪心が起こったのであろうか。
晦日には、大勢の人が集まった。柏木は、気が重く、落ち着かない気がしたが、「姫君の近くの花の色を見て慰めにしよう」と思って行った。
殿上の賭弓のりゆみは、二月の予定だったが延びて、三月は忌月きづきなので、残念なことだ、と人々が思ったが、六条の院でこうした催しがあると聞いて、いつものように集った。 左右の大将は、身内ということで参上し、以下の次将すけたちが交互に競って、小弓ということだったが、歩弓かちゆみの上手が参加していたので、召し出して射させた。
殿上人たちも射手としてふさわしい者はすべて、前後の組、左右に分けて、夕方になるまで、今日を限りの霞の様子も気ぜわしく、吹き乱れる夕風に、花の下から立去り難く、人々はすっかり飲みすぎて酔ってしまい、
「しゃれた賭物には、あちこちのご婦人方の趣味が見えますね。柳の葉を百発百中で射たという射手が、得意顔で受けるのも、面白くない。下手な連中も競わせるがよい」
ということで、大将たちから庭に下りて、柏木は、人より物思いに沈んでいる様子なので、事情を知っている夕霧には、それを見つけて、
「やはり、とても様子が変だ。やっかいなことが起きる仲になったのか」
と自分まで悩んでいる心地がするのだった。この君たちは、とても仲が良い。普通に仲が良いだけでなく、気心通じ合っているので、相手が物思わしく沈んでおるのをわがことのように分かるのだった。
柏木が、自分で源氏を見るときも、気恐ろしくまばゆく見えて、
「こんなことを思っていいものか。普通のことでも、不届きな、人に非難される振舞いはしまいと思っているのに。身の程しらずのことを」
と思い悩んでは、
「あの猫だけでも、手に入れたい。思いを告げる相手にはならないが、寂しさを紛らす慰めに手なずけよう」
と思うと、狂おしくなり、「どうやって盗み出そう」と、それさえ難しく思われた。
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35.2 柏木、女三の宮の猫を預る
女御の御方に参りて、物語など聞こえ紛らはし試みる。いと奥深く、心恥づかしき御もてなしにて、まほに見えたまふこともなし。かかる御仲らひにだに、気遠くならひたるを、「ゆくりかに,あやしくは、ありしわざぞかし」とは、さすがにうちおぼゆれど、おぼろけにしめたるわが心から、浅くも思ひなされず。
春宮に参りたまひて、「論なう通ひたまへるところあらむかし」と、目とどめて見たてまつるに、匂ひやかになどはあらぬ御容貌なれど、さばかりの御ありさまはた、いと異にて、あてになまめかしくおはします。
内裏の御猫の、あまた引き連れたりけるはらからどもの、所々にあかれて、この宮にも参れるが、いとをかしげにて歩くを見るに、まづ思ひ出でらるれば、
「六条の院の姫宮の御方にはべる猫こそ、いと見えぬやうなる顔して、をかしうはべしか。はつかになむ見たまへし」
と啓したまへば、わざとらうたくせさせたまふ御心にて、詳しく問はせたまふ。
「唐猫の、ここのに違へるさましてなむはべりし。同じやうなるものなれど、心をかしく人馴れたるは、あやしくなつかしきものになむはべる」
など、ゆかしく思さるばかり、聞こえなしたまふ。
聞こし召しおきて、桐壺の御方より伝へて聞こえさせたまひければ、参らせたまへり。「げに、いとうつくしげなる猫なりけり」と、人びと興ずるを、衛門督は、「尋ねむと思したりき」と、御けしきを見おきて、日ごろ経て参りたまへり。
童なりしより、朱雀院の取り分きて思し使はせたまひしかば、御山住みに後れきこえては、またこの宮にも親しう参り、心寄せきこえたり。御琴など教へきこえたまふとて、
「御猫どもあまた集ひはべりにけり。いづら、この見し人は」
と尋ねて見つけたまへり。いとらうたくおぼえて、かき撫でてゐたり。宮も、
「げに、をかしきさましたりけり。心なむ、まだなつきがたきは、見馴れぬ人を知るにやあらむ。ここなる猫ども、ことに劣らずかし」
とのたまへば、
「これは、さるわきまへ心も、をさをさはべらぬものなれど、その中にも心かしこきは、おのづから魂はべらむかし」など聞こえて、「まさるどもさぶらふめるを、これはしばし賜はり預からむ」
と申したまふ。心のうちに、あながちにをこがましく、かつはおぼゆるに、これを尋ね取りて、夜もあたり近く臥せたまふ。
明け立てば、猫のかしづきをして、撫で養ひたまふ。人気遠かりし心も、いとよく馴れて、ともすれば、衣の裾にまつはれ、寄り臥し睦るるを、まめやかにうつくしと思ふ。いといたく眺めて、端近く寄り臥したまへるに、来て、「ねう、ねう」と、いとらうたげに鳴けば、かき撫でて、「うたても、すすむかな」と、ほほ笑まる。
恋ひわぶる人のかたみと手ならせば
なれよ何とて鳴く音なるらむ

これも昔の契りにや」
と、顔を見つつのたまへば、いよいよらうたげに鳴くを、懐に入れて眺めゐたまへり。御達などは、
「あやしく、にはかなる猫のときめくかな。かやうなるもの見入れたまはぬ御心に」
と、とがめけり。宮より召すにも参らせず、取りこめて、これを語らひたまふ。
弘徽殿の女御の所に行って、話をして紛らわそうとした。女御は、たしなみ深く、気恥ずかしくなるような様子で、じかに姿を見せない。こうした兄妹の間でも、隔てを置いていて、「あの垣間見の件は、思いがけずあり得ないことであった」と、さすがに思ったが、一途に思いつめた心には、姫宮の不注意とは思わない。
春宮の所に行って、「当然姫宮に似ているところがあるだろう」と、目をこらして見たが、匂うような容貌ではないが、尊いご身分の所作はさすがに、格別で、気品がありどことなく優雅な気配があった。
内裏の猫が、たくさん仔猫を産むので、あちこちにもらわれて、この宮にも来ているが、大そう可愛らしく歩くのを見ると、まず思い出されるので、
「六条の院の姫宮の方にいる猫こそ、まことに珍しい顔をして、かわいらしいです。ほんのちょっと見ました」
と話を持っていくと、春宮は格別に猫をかわいがるご性格で、詳しく問うた。
「唐猫で、ここのと違うような様子でした。猫は同じようなものに思われますが、利口で人に馴れれば、奇妙にかわいらしいものです」
などと、柏木は、春宮が興味をもつように、言うのだった。
春宮は聞いて置いて、桐壷の方から先方に伝えてもらうと、その猫が献上された。「本当にかわいい猫ですね」と人々が興じているので、柏木は「ほしいと思っていました」と春宮の気色を見て、日を経て参上した。
柏木は、子供の頃から、朱雀院がとりわけ目をかけて使っていたので、院が山に籠ってからは、この宮にも親しく参って、お仕えしていた。琴の弾き方を教えたりして、
「猫がたくさんいますね。どこにいるのかな、あのひとが見た猫は」
と探し出して見付けた。とてもかわいらしく思って、撫でていた。春宮も、
「ほんとうにとてもかわいい猫だね。内心、まだ用心しているのは、見知らぬ人がいるからかな。ここの猫たちに、劣らない可愛さだね」
と春宮は仰せになる。
「猫は、そんな分別は、ないでしょうが、その中でも賢いのは、自ずから性根がすわっているのでしょう」などと柏木は言って、「もっとよい猫がいるようですから、これはしばらくお預かりしたい」
と申し出たのだった。心の内では、我ながらあまりに馬鹿げている、と思うのだが、これを預かって、夜も側に伏せさせた。
夜が明ければ、猫の世話をし、撫でてかわいがる。人になつかなかった性格も、よく馴れてきて、ともすれば、衣の裾にまつわって、寄り伏して甘えるのを、心からかわいいと思う。物思いに沈んでいると、端近くに寄って来て、「ねう、ねう」と、かわいく鳴けば、撫でて「いやに積極的だな」と微笑むのだった。
(柏木)「恋する人の形見と思って撫で親しんでいると
にゃにゃと何で鳴くのか
お前とこうしているのも前世の宿命だろう」
と顔を見ながら言うと、いよいよかわいらしく鳴くので、懐に入れて物思いに沈んでいる。女房の御達などは、
「不思議なこと、急に猫が好きになるとは。動物などお好きでないご性分なのに」
と不審がった。春宮より返すよう催促があっても、参上しないのだった。
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35.3 真木柱姫君には無関心
左大将殿の北の方は、大殿の君たちよりも、右大将の君をば、なほ昔のままに、疎からず思ひきこえたまへり。心ばへのかどかどしく、気近くおはする君にて、対面したまふ時々も、こまやかに隔てたるけしきなくもてなしたまへれば、大将も、淑景舎しげいさなどの、疎々しく及びがたげなる御心ざまのあまりなるに、さま異なる御睦びにて、思ひ交はしたまへり。
男君、今はまして、かのはじめの北の方をももて離れ果てて、並びなくもてかしづききこえたまふ。この御腹には、男君達の限りなれば、さうざうしとて、かの真木柱の姫君を得て、かしづかまほしくしたまへど、祖父宮おおじみやなど、さらに許したまはず、
「この君をだに、人笑へならぬさまにて見む」
と思し、のたまふ。
親王の御おぼえいとやむごとなく、内裏にも、この宮の御心寄せ、いとこよなくて、このことと奏したまふことをば、え背きたまはず、心苦しきものに思ひきこえたまへり。おほかたも今めかしくおはする宮にて、この院、大殿にさしつぎたてまつりては、人も参り仕うまつり、世人も重く思ひきこえけり。
大将も、さる世の重鎮となりたまふべき下形なれば、姫君の御おぼえ、などてかは軽くはあらむ。聞こえ出づる人びと、ことに触れて多かれど、思しも定めず。衛門督を、「さも、けしきばまば」と思すべかめれど、猫には思ひ落としたてまつるにや、かけても思ひ寄らぬぞ、口惜しかりける。
母君の、あやしく、なほひがめる人にて、世の常のありさまにもあらず、もて消ちたまへるを、口惜しきものに思して、継母の御あたりをば、心つけてゆかしく思ひて、今めきたる御心ざまにぞものしたまひける。
髭黒の北の方である玉鬘は、太政大臣の子息たちよりも、夕霧をば、今でも昔のままに、疎からず思っていた。玉鬘は気立てがはきはきして、気さくなお方で、対面するときも、細かく隔てを立てたりせずにもてなすので、夕霧も、桐壷の女御などのよそよそしく及び難く取り澄まし過ぎているのに比べて、玉鬘とは一風変わった親しさで付き合っていた。
夫の髭黒は、元の北の方とはすっかり縁が切れて、玉鬘をこの上なく大切にしている。この腹には、男の子ばかりで、物足りないので、あの真木柱の姫君をもらい受けて育てようと思ったが、祖父の式部卿の宮が、許そうとしないのであった。
「この娘だけは、人に笑われぬような立派な婿を取りたい」
と思い、言うのであった。
式部卿の宮の声望は高く、内裏も、この宮への信頼は、とても厚く、これは是非と奏することがあれば、帝も、お断わりにはなれず、心にかけて大切な方と思っておられた。おおよその人柄も派手な性格で、源氏と太政大臣の次はこの方と思われ、人も宮邸に集まり、世人も重く思っていた。
髭黒も、この先世の重鎮になる有力者であれば、姫君の真木柱の世評も高く、どうして軽いことがあろうか。嫁にと希望を申し出る人も多く、何かにつけて申し出が多いのであるが、宮はお決めにならない。柏木は、猫より下に見ているのか、全然その気がないのは残念なことだった。
母君は、気が変になって、どうしたことか未だにおかしく、世間の普通の様子ではなく、廃人のようになっているのを残念に思い、真木柱は継母の玉鬘のことを、心からあこがれており、今風の派手な気性だった。
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35.4 真木柱、兵部卿宮と結婚
兵部卿宮、なほ一所のみおはして、御心につきて思しけることどもは、皆違ひて、世の中もすさまじく、人笑へに思さるるに、「さてのみやはあまえて過ぐすべき」と思して、このわたりにけしきばみ寄りたまへれば、大宮、
「何かは。かしづかむと思はむ女子をば、宮仕へに次ぎては、親王たちにこそは見せたてまつらめ。ただ人の、すくよかに、なほなほしきをのみ、今の世の人のかしこくする、品なきわざなり」
とのたまひて、いたくも悩ましたてまつりたまはず、受け引き申したまひつ。
親王、あまり怨みどころなきを、さうざうしと思せど、おほかたのあなづりにくきあたりなれば、えしも言ひすべしたまはで、おはしましそめぬ。いと二なくかしづききこえたまふ。
大宮は、女子あまたものしたまひて、
「さまざまもの嘆かしき折々多かるに、物懲りしぬべけれど、なほこの君のことの思ひ放ちがたくおぼえてなむ。母君は、あやしきひがものに、年ごろに添へてなりまさりたまふ。大将はた、わがことに従はずとて、おろかに見捨てられためれば、いとなむ心苦しき」
とて、御しつらひをも、立ちゐ、御手づから御覧じ入れ、よろづにかたじけなく御心に入れたまへり。
蛍兵部卿の宮は、未だに独身で、熱心に望んだことは皆成就せず、世の中が面白くなく、世間の笑いものになっていると思って、「こんなふうにのんびり構えていられない」と思って式部卿の宮家に寄って漏らしたところ、式部卿宮は、
「いや何、大切な娘は、帝にさし上げる。次いでは、親王の妻にさし上げる。臣下人の堅い一方で、おもしろくない連中ばかりを、今の世の人が有り難がるのは、品がない」
と仰って、それほども気を持たせずにあっさりと、結婚を承諾されたのだった。
親王、あまりに恋の恨みがないのが、物足りなく思ったが、大体が軽んじられない権勢がある宮家なので、あえて言い逃れることもできず、通うことになった。大切にせわするのだった。
式部卿宮には娘がたくさんいて、
「様々に嘆かわしいときがあって、もう懲りたと思ったが、それでもこの娘のことは放っておけない。母君はおかしな正体もない人間になってしまい、年がたつにつれて悪化した。大将は、思い通りにならないと言って、北の方を見捨てたので、まことに不憫でね」
と言って、部屋の飾りも立ち居して、熱心に自ら世話をし、何かと恐れ多くも、自分でするのであった。
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35.5 兵部卿宮と真木柱の不幸な結婚生活
宮は、亡せたまひにける北の方を、世とともに恋ひきこえたまひて、「ただ、昔の御ありさまに似たてまつりたらむ人を見む」と思しけるに、「悪しくはあらねど、さま変はりてぞものしたまひける」と思すに、口惜しくやありけむ、通ひたまふさま、いともの憂げなり。
大宮、「いと心づきなきわざかな」と思し嘆きたり。母君も、さこそひがみたまへれど、うつし心出で来る時は、「口惜しく憂き世」と、思ひ果てたまふ。
大将の君も、「さればよ。いたく色めきたまへる親王を」と、はじめよりわが御心に許したまはざりしことなればにや、ものしと思ひたまへり。
尚侍かむの君も、かく頼もしげなき御さまを、近く聞きたまふには、「さやうなる世の中を見ましかば、こなたかなた、いかに思し見たまはまし」など、なまをかしくも、あはれにも思し出でけり。
「そのかみも、気近く見聞こえむとは、思ひ寄らざりきかし。ただ、情け情けしう、心深きさまにのたまひわたりしを、あへなくあはつけきやうにや、聞き落としたまひけむ」と、いと恥づかしく、年ごろも思しわたることなれば、「かかるあたりにて、聞きたまはむことも、心づかひせらるべく」など思す。
これよりも、さるべきことは扱ひきこえたまふせうとの君たちなどして、かかる御けしきも知らず顔に、憎からず聞こえまつはしなどするに、心苦しくて、もて離れたる御心はなきに、大北の方といふさがな者ぞ、常に許しなく怨じきこえたまふ
親王たちは、のどかに二心なくて、見たまはむをだにこそ、はなやかならぬ慰めには思ふべけれ
とむつかりたまふを、宮も漏り聞きたまひては、「いと聞きならはぬことかな。昔、いとあはれと思ひし人をおきても、なほ、はかなき心のすさびは絶えざりしかど、かう厳しきもの怨じは、ことになかりしものを」、心づきなく、いとど昔を恋ひきこえたまひつつ、
故里にうち眺めがちにのみおはします。さ言ひつつも、二年ばかりになりぬれば、かかる方に目馴れて、ただ、さる方の御仲にて過ぐしたまふ。
蛍兵部卿の宮は、亡くなった北の方を、ずっと忘れがたく思っていて、「ただ、亡き北の方に似ている人を見つけたい」と思っていたので、「真木柱は悪くはないが、全然気配や感じが違う」と思うと、残念な気持ちがして、通うのもいかにも億劫そうだった。
式部卿宮は、「まったくひどいやり方だな」と思い嘆いた。母君も、気がおかしな人だが、正気になった時には、「うまくいかない世」と、すっかり悲観している。
髭黒の大将も、「やはりそうか。とても好色な宮だからな」と初めから賛成ではなかったので、やはりそうかと面白くない気持ちだった。
玉鬘も、つれない蛍兵部卿の宮の仕打ちを、近くに聞いて「そのようなひどい扱いをわたしが受けたなら、君や大臣は、どう思うであろうか」など、何かおかしく、あわれに思った。
「その昔、宮と結婚しようとは、思わなかったが、ただ、情のこもった優しい文を頂いた時があり、わたしが髭黒と一緒になって、宮は手に平を返すように、軽薄な女と見下すようになったかも」と、恥ずかしく思い、年来思いだすので、「こんな近い間柄で、どんな噂が伝わるか、気を付けなければ」などと思うのだった。
玉鬘の方からも真木柱にそれとなくとりなした。真木柱の弟たちをつかって、このような冷たい仕打ちは知らぬふうに、親しく世話するので、宮も気の毒に思い、離縁するつもりはないが、大北の方という性悪女を、いつも悪く言っていた。
「親王たちは、二心なく浮気をしないのが取り得で、その代わり華やかな暮らしぶりは期待できない、と思うべき」
とぶつぶつ言うのを、宮も漏れ聞いて、「いや、聞いたこともないひどい言い方だ。昔、あわれと思っていた北の方を差し置いて、それでも、折々の浮気はあったが、こんなきびしい恨み言は言われたことがない」と不愉快で、ますます昔が恋しく、
昔仲睦まじく住んでいた自邸でぼんやり時をすごしていた。そう言いながらも、二年も経つと、こうした間柄にも馴れて、そうした淡い夫婦仲で暮らしている。
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35.6 冷泉帝の退位
はかなくて、年月もかさなりて、内裏の帝、御位に即かせたまひて、十八年にならせたまひぬ。
つぎの君とならせたまふべき御子おはしまさず、もののはえなきに、世の中はかなくおぼゆるを、心やすく、思ふ人びとにも対面し、私ざまに心をやりて、のどかに過ぎまほしくなむ」
と、年ごろ思しのたまはせつるを、日ごろいと重く悩ませたまふことありて、にはかに下りゐさせたまひぬ。世の人、「飽かず盛りの御世を、かく逃れたまふこと」と惜しみ嘆けど、春宮もおとなびさせたまひにたれば、うち嗣ぎて、世の中の政事など、ことに変はるけぢめもなかりけり。
太政大臣、致仕ちじの表たてまつりて、籠もりゐたまひぬ。
「世の中の常なきにより、かしこき帝の君も、位を去りたまひぬるに、年深き身の冠を挂けむ、何か惜しからむ」
と思しのたまひて、左大将、右大臣になりたまひてぞ、世の中の政事仕うまつりたまひける。女御の君は、かかる御世をも待ちつけたまはで、亡せたまひにければ、限りある御位を得たまへれど、ものの後ろの心地して、かひなかりけり。
六条の女御の御腹の一の宮、坊にゐたまひぬ。さるべきこととかねて思ひしかど、さしあたりてはなほめでたく、目おどろかるるわざなりけり。右大将の君、大納言になりたまひぬ。いよいよあらまほしき御仲らひなり。
六条院は、下りゐたまひぬる冷泉院の、御嗣おはしまさぬを、飽かず御心のうちに思す。同じ筋なれど、思ひ悩ましき御ことならで、過ぐしたまへるばかりに、罪は隠れて、末の世まではえ伝ふまじかりける御宿世、口惜しくさうざうしく思せど、人にのたまひあはせぬことなれば、いぶせくなむ。
春宮の女御は、御子たちあまた数添ひたまひて、いとど御おぼえ並びなし。源氏の、うち続き后にゐたまふべきことを、世人飽かず思へるにつけても、冷泉院の后は、ゆゑなくて、あながちにかくしおきたまへる御心を思すに、いよいよ六条院の御ことを、年月に添へて、限りなく思ひきこえたまへり。
院の帝、思し召ししやうに、御幸も、所狭からで渡りたまひなどしつつ、かくてしも、げにめでたくあらまほしき御ありさまなり。
これということもなく、年月も経ち、冷泉帝は、即位して、すでに十八年が経っていた。
「世継ぎの君となる子もいないので、子孫が栄えることもなく、先々も心もとなく思われ、気楽に話しできる人々に会って、自分の自由にのんびり暮らしたい」
と、年来思っていたことを、近頃はことに強く悩みを感じて、にわかに譲位したのだった。世間の人は、「まだ若い盛りの御代なのに、こうして譲られるとは」と惜しんで嘆くが、春宮も十分に大人になったので、後を継いで、世の中の政事などが、格別に大きく変わることはなかった。
太政大臣は、辞職届を提出し、籠ってしまった。
「世は無常である、恐れ多くも、帝も位を去り、老年のこの身も冠を掛けて去るに何か惜しまれよう」
と言って、左大将の髭黒が、右大臣になって、世の政事の補佐をすることになった。承香殿の女御は、こうした御代を待たずに亡くなったので、規定のご称号を得たけれど、草場の陰で追贈されたので、甲斐がなかった。
明石の女御のお生みになった第一の皇子は東宮の位についた。当然のことと予想はされたが、とりあえずめでたく、目も覚めるような事だった。夕霧は、大納言になり、ますます良好な髭黒と夕霧の関係であった。
源氏は、退位した冷泉院に、直系の後継ぎがいないことを、大そう残念に思う。新春宮も同じ血筋だが、冷泉院が大過なく治世を全うしたことで、自分の罪は隠れて、末の世まで子孫が続かないことの宿世を、口惜しく物足りなく思うが、人に語ることもできないので、気が晴れない。
春宮の母である女御は、子供がたくさんいて、帝の寵愛も並ぶものがない。源氏の系統が、続いて后にいることを、世間では不満の声も上がったが、冷泉帝の后である秋好む中宮は、格別の理由もなく、強引に自分を后に据えたことを思うと、いよいよ源氏を、年月が経つにつれ、感謝するのであった。
冷泉院は、思い通りに、御幸も、窮屈でなく外出したりして、ご譲位の後も、確かに申し分のない暮らしぶりであった。
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35.7 六条院の女方の動静
姫宮の御ことは、帝、御心とどめて思ひきこえたまふ。おほかたの世にも、あまねくもてかしづかれたまふを、対の上の御勢ひには、えまさりたまはず。年月経るままに、御仲いとうるはしく睦びきこえ交はしたまひて、いささか飽かぬことなく、隔ても見えたまはぬものから、
今は、かうおほぞうの住まひならで、のどやかに行なひをも、となむ思ふ。この世はかばかりと、見果てつる心地する齢にもなりにけり。さりぬべきさまに思し許してよ
と、まめやかに聞こえたまふ折々あるを、
「あるまじく、つらき御ことなり。みづから、深き本意あることなれど、とまりてさうざうしくおぼえたまひ、ある世に変はらむ御ありさまの、うしろめたさによりこそ、ながらふれ。つひにそのこと遂げなむ後に、ともかくも思しなれ
などのみ、妨げきこえたまふ。
女御の君、ただこなたを、まことの御親にもてなしきこえたまひて、御方は隠れがの御後見にて、卑下しものしたまへるしもぞ、なかなか、行く先頼もしげにめでたかりける。
尼君も、ややもすれば、堪へぬよろこびの涙、ともすれば落ちつつ、目をさへ拭ひただして、命長き、うれしげなる例になりてものしたまふ。
女三の宮のことは、新帝も心にとどめられて、世間からも、大切にされ敬われていたが、紫の上の勢いには、到底及ばない。年月を経ても、源氏と紫上の仲はむつまじく、いささかも不足な点はなく、互によそよそしいところもないので、
「今は、こうした成り行き任せではなく,心静かにお勤めをしたいと思う。この世はこの程度、と見極めがついた歳にもなりました。どうぞわたしの願いを叶えてください」
と紫上がまじめにいう時が折々あるので、
「とんでもない、ひどい仰りようですね。わたし自身が、出家の本懐がありながら、あなたが後に残って物寂しく思い、まったく変わるだろう暮らしを心配して、果さないできたのです。わたしが思いを遂げてから、どうともお考え下さい」
などと、源氏が反対した。
明石の女御は、紫の上を本当の親と思っているので、明石の上は陰の世話役に甘んじて、しっかり分を守っているので、かえって将来が安心できると思えた。
尼君も何かといえば、こらえきれない喜びに涙が落ちるので、涙をぬぐった目もぱっちりして、長生きした、幸せ者の例になっておられる。
2020.4.27/ 2021.11.28/ 2023.6.30
35.8 源氏、住吉に参詣
住吉の御願、かつがつ果たしたまはむとて、春宮女御の御祈りに詣でるためたまはむとて、かの箱開けて御覧ずれば、さまざまのいかめしきことども多かり。
年ごとの春秋の神楽に、かならず長き世の祈りを加へたる願ども、げに、かかる御勢ひならでは、果たしたまふべきこととも思ひおきてざりけり。ただ走り書きたる趣きの、才々しくはかばかしく、仏神も聞き入れたまふべき言の葉明らかなり。
「いかでさる山伏の聖心に、かかることどもを思ひよりけむ」と、あはれにおほけなくも御覧ず。「 さるべきにて、しばしかりそめに身をやつしける、昔の世の行なひ人にやありけむ」など思しめぐらすに、いとど軽々しくも思されざりけり。
このたびは、この心をば表はしたまはず、ただ、院の御物詣でにて出で立ちたまふ。浦伝ひのもの騒がしかりしほど、そこらの御願ども、皆果たし尽くしたまへれども、なほ世の中にかくおはしまして、かかるいろいろの栄えを見たまふにつけても、神の御助けは忘れがたくて、対の上も具しきこえさせたまひて、詣でさせたまふ、響き世の常ならず。いみじくことども削ぎ捨てて、世の煩ひあるまじく、と省かせたまへど、限りありければ、めづらかによそほしくなむ。
住吉神社への祈願は、とりあえず御礼参りをしようと、明石の姫君のための祈願に詣でることとし、あの箱を開けると、さまざまな盛大なお礼参りが書いてある。
年ごとの春秋の神楽に、必ず行く末長い世の栄を祈願し、実に源氏の威勢がなければ、お礼参りを果せそうもないことは考えていなかったようだ。ただ走り書きであったが、学才の程が偲ばれ、神仏も聞き入れざるを得ない言葉の力があった。
「どうしてあのような山伏の聖心に、このようなことが思いつけたのだろう」とあわれを感じ、分に過ぎたことと思うのだった。「前世の因縁で人の姿に身をやつした、昔は修行僧だったのだろう」などと思いめぐらす、ますます軽くは扱えない。
今回は、明石の女御の行く末の祈願を表に立てず、ただ源氏の物詣でということで出立した。須磨明石に流浪して苦労した当時の願はみな成就してしまい、さらに、なおこの世で栄華の頂を極めて、いろいろの栄を得たので、神の助けは忘れがたく、紫の上も同行して、詣でさせたので、世間の騒ぎは並大抵ではなかった。大げさにならないように質素にして、世間に迷惑をかけないようにしたが、身分が身分なので限りがあり、またなくきらびやかなものになった。
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35.9 住吉参詣の一行
上達部も、大臣二所をおきたてまつりては、皆仕うまつりたまふ。舞人は、衛府の次将どもの、容貌かたちきよげに、丈だち等しき限りを選らせたまふ。この選びに入らぬをば恥に、愁へ嘆きたる好き者どもありけり。
陪従べいじゅうも、石清水、賀茂の臨時の祭などに召す人びとの、道々のことにすぐれたる限りを整へさせたまへり。加はりたる二人なむ、近衛府の名高き限りを召したりける。
御神楽の方には、いと多く仕うまつれり。内裏、春宮、院の殿上人、方々に分かれて、心寄せ仕うまつる。数も知らず、いろいろに尽くしたる上達部の御馬、鞍、馬副うまぞい、随身、小舎人童ことねりわらわ、次々の舎人などまで、整へ飾りたる見物、またなきさまなり。
女御殿、対の上は、一つに奉りたり。次の御車には、明石の御方、尼君忍びて乗りたまへり。女御の御乳母、心知りにて乗りたり。 方々のひとだまひ、上の御方の五つ、女御殿の五つ、明石の御あかれの三つ、目もあやに飾りたる装束、ありさま、言へばさらなり。さるは、
「尼君をば、同じくは、老の波の皺延ぶばかりに、人めかしくて詣でさせむ」
と、院はのたまひけれど、
「このたびは、かくおほかたの響きに立ち交じらむもかたはらいたし。もし思ふやうならむ世の中を待ち出でたらば」
と、御方はしづめたまひけるを、残りの命うしろめたくて、かつがつものゆかしがりて、慕ひ参りたまふなりけり。 さるべきにて、もとよりかく匂ひたまふ御身どもよりも、いみじかりける契り、あらはに思ひ知らるる人の御ありさまなり
上達部も、左右の大臣を除いて、皆随行した。舞人は衛府の次将たちの中で、容貌がよく、背丈もそろったものを選んだ。この選にもれた者たちがそれを恥じて、愁え嘆いた芸熱心な者たちも大勢いた。
専従の楽人たちも、石清水、加茂の臨時の祭りなどに召される人々を選び、それぞれの楽器に優れたのを選んで整えた。加わった二人の楽人も、 近衛府の名高い者を選んだ。
神楽の方は、大勢そろった。内裏、春宮、院の殿上人、それぞれに目指す方に奉仕するのだった。大勢が、善美を尽くして、上達部の馬、鞍、馬の従者、護衛の兵、小舎人童、それぞれの舎人などに至るまで、選んで飾り立てたのは見物で、またとなく素晴らしい。
明石の女御と紫の上は、ひとつの車に乗り、次の車には明石の上と尼君が乗った。女御の乳母は、事情を知る者として同乗した。それぞれ女房たちの車は、紫の上のは五つ、女御のは五つ、明石の上は三つで、目も鮮やかに飾った装束、その有様は、言うまでもない。実は、
「尼君を、どうせなら、老いのしわも延びるように、家族の一員として連れて行こう」
と、源氏は仰せになったが、
「今回は世をあげての盛んな催しに御一緒するのも憚られます。もし思うよな世が来たら、その時でも」
と明石の上は止めたのだが、余命が心配で、ともあれ盛儀の様も見たくて、ついてお出でになった。高い宿縁により、元々こうして栄達する身分ではなく、まことに素晴らしい宿縁によって、はっきり思い知られる御身であった。
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35.10 住吉社頭の東遊び
十月中の十日なれば、神の斎垣いがきにはふ葛も色変はりて、松の下紅葉など、音にのみ秋を聞かぬ顔なり。ことことしき高麗こま唐土もろこしの楽よりも、 東遊びの耳馴れたるは、なつかしくおもしろく、波風の声に響きあひて、さる木高き松風に吹き立てたる笛の音も、ほかにて聞く調べには変はりて身にしみ、御琴に打ち合はせたる拍子も、鼓を離れて調へとりたるかた、おどろおどろしからぬも、なまめかしくすごうおもしろく、所からは、まして聞こえけり。
山藍に摺れる竹の節は、松の緑に見えまがひ、插頭かざしの色々は、秋の草に異なるけぢめ分かれで、何ごとにも目のみまがひいろふ。
求子もとめご」果つる末に、若やかなる上達部は、肩ぬぎて下りたまふ。匂ひもなく黒き袍に蘇芳襲すほうがさねの、葡萄染えびぞめの袖を、にはかに引きほころばしたるに、紅深きあこめの袂の、うちしぐれたるにけしきばかり濡れたる、松原をば忘れて、紅葉の散るに思ひわたさる。
見るかひ多かる姿どもに、いと白く枯れたるおぎを、高やかにかざして、ただ一返り舞ひて入りぬるは、いとおもしろく飽かずぞありける。
十月の中旬になり、神社の斎垣に這う葛も色が変わって、松の下の紅葉も、風の音だけでなく色も変わって秋知り顔である。 ものものしい高麗唐土の楽よりも、東遊びの耳馴れた音がやさしくおもしろく、波風の音に呼応して、小高い松風に吹きたてた笛の音も他で聞くのと違って身に染みて、琴に合わせた拍子も、鼓をつかわずに調子をとって、大げさなところがなく、優雅でこころに響く、場所が場所だけにいっそう素晴らしい。
山藍で染めた竹の節は、松の緑に見えまがい、插頭かざしの花のさまざまな色は秋の草花と違い、どれもこれも目先がちらつく。
求子もとめごの終わるころに、若い上達部たちは、右肩を脱いで庭に出た。何の映えもない黒の袍に蘇芳襲すほうがさねの、葡萄染えびぞめの袖を、にはかに引き出して、紅深きあこめの袂の、さっと時雨てほんのわずか濡れて、松原にいるのを忘れて、紅葉の散る思いがする。
皆見栄えのする容姿で、その中で白く枯れた荻を冠に高くかざして、ただひと舞して退出するのは、大へん趣があった。
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35.11 源氏、往時を回想
大殿、昔のこと思し出でられ、中ごろ沈みたまひし世のありさまも、目の前のやうに思さるるに、その世のこと、うち乱れ語りたまふべき人もなければ、致仕ちじの大臣をぞ、恋しく思ひきこえたまひける。
入りたまひて、二の車に忍びて、
「誰れかまた心を知りて住吉の
神代を経たる松にこと問ふ

御畳紙に書きたまへり。尼君うちしほたる。かかる世を見るにつけても、かの浦にて、今はと別れたまひしほど、女御の君のおはせしありさまなど思ひ出づるも、いとかたじけなかりける身の宿世のほどを思ふ。世を背きたまひし人も恋しく、さまざまにもの悲しきを、かつはゆゆしと言忌して、
住の江をいけるかひある渚とは
年経る尼も今日や知るらむ

遅くは便なからむと、ただうち思ひけるままなりけり。
昔こそまづ忘られね
住吉の神のしるしを見るにつけても

と独りごちけり。
源氏は昔を思いだして、須磨明石に流浪した頃の落ち込んでいた時のことを、つい昨日のように思い出し、その頃のことを、思う存分語りあえる人もいないので、致仕の大臣を恋しく思った。
二の車に入って、
(源氏の歌)「わたしの他に誰が昔のことを知っていて、
住吉の神代を経た松に話かけるでしょうか」
懐紙に書いた。尼君は涙にくれている。このような栄えある世を見るにつけても、あの浦で、今生の別れをしたこと、女御の君が明石で暮らした頃の様子を思い出して、大へん身の程過ぎた幸運な宿世を思う。出家した人も恋しく、さまざまに物悲しいのを、縁起でもないと思い直して、
(尼)「この住の江を生きてきた甲斐がある渚と
年を経た尼も今日やっと知ることであった」
遅くなっては失礼と思い、思ったままを詠った。
(尼)「昔のことが忘れられない
住吉の神の霊験あらたかなしるしを見るにつけても」
と独り言を口ずさむのだった。
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35.12 終夜、神楽を奏す
夜一夜遊び明かしたまふ。二十日の月はるかに澄みて、海の面おもしろく見えわたるに、霜のいとこちたく置きて、松原も色まがひて、よろづのことそぞろ寒く、おもしろさもあはれさも立ち添ひたり。
対の上、常の垣根のうちながら、時々につけてこそ、興ある朝夕の遊びに、耳古り目馴れたまひけれ、御門より外の物見、をさをさしたまはず、ましてかく都のほかのありきは、まだ慣らひたまはねば、珍しくをかしく思さる。
住の江の松に夜深く置く霜は
神の掛けたる木綿鬘ゆうかずらかも

たかむらの朝臣の、「比良の山さへ」と言ひける雪の朝を思しやれば、祭の心うけたまふしるしにやと、いよいよ頼もしくなむ。女御の君、
神人の手に取りもたる榊葉に
木綿かけ添ふる深き夜の霜

中務の君、
祝子はふりこが木綿うちまがひ置く霜は
げにいちじるき神のしるしか

次々数知らず多かりけるを、何せむにかは聞きおかむ。かかるをりふしの歌は、例の上手めきたまふ男たちも、 なかなか出で消えして松の千歳より離れて、今めかしきことなければ、うるさくてなむ。
ひと晩中遊び明かした。二十日の月はくっきり澄み渡って、海の面が美しく見渡せて、霜がたくさんおりていて、松原も霜に紛れて、すべてがそぞろ寒く、趣もあわれもひどく身に染た。
紫の上は、普段は邸の内にいながら、ときどきは、興ある朝夕の遊びに、馴れていたが、自邸の外での物見は、ほとんどしたことがなく、ましてこのような都の外では、まだ慣れていなく、珍しく興あることと思った。
(紫の上)「住江の松に夜遅くおく霜は
神が掛けた木綿鬘かも」
たかむらの朝臣の、「比良の山さへ」と詠んだ雪の朝が思いやられ、奉納を神がお受けになった徴だろうと、いよいよ心強くなった。女御の君、
(女御)「神に仕える人が手に取った榊の葉に
木綿を掛けたのかと見まがう夜の霜です」
中務の君は、
(中務の君)「神に仕える人が手にする木綿かとうちまがう
霜はほんとうに神の応答のしるしでしょう」
次々とたくさん歌が詠まれたが、何でいちいち覚えておりましょう。こうした祝いの歌は、歌の上手な男たちも、いいものがなく、「松の千歳」などの決まり文句を離れて、今風ではなく、わずらわしい。
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35.13 明石一族の幸い
ほのぼのと明けゆくに、霜はいよいよ深くて、本末もたどたどしきまで、酔ひ過ぎにたる神楽おもてどもの、おのが顔をば知らで、おもしろきことに心はしみて、庭燎にわびも影しめりたるに、なほ、「万歳、万歳」と、榊葉を取り返しつつ、祝ひきこゆる御世の末、思ひやるぞいとどしきや。
よろづのこと飽かずおもしろきままに、千夜を一夜になさまほしき夜の、何にもあらで明けぬれば、返る波にきほふも口惜しく、若き人びと思ふ。
松原に、はるばると立て続けたる御車どもの、風にうちなびく下簾の隙々も、常磐の蔭に、花の錦を引き加へたると見ゆるに、袍の色々けぢめおきて、をかしき懸盤かけばん取り続きて、もの参りわたすをぞ、下人などは目につきて、めでたしとは思へる。
尼君の御前にも、浅香せんこう折敷おしきに、青鈍の表折りて、精進物を参るとて、「めざましき女の宿世かな」と、おのがじしはしりうごちけり。
詣でたまひし道は、ことことしくて、わづらはしき神宝、さまざまに所狭げなりしを、帰さはよろづの逍遥を尽くしたまふ。言ひ続くるもうるさく、むつかしきことどもなれば。
かかる御ありさまをも、かの入道の、聞かず見ぬ世にかけ離れたうべるのみなむ、飽かざりける。難きことなりかし、交じらはましも見苦しくや。世の中の人、これを例にて、心高くなりぬべきころなめり。よろづのことにつけて、めであさみ、世の言種にて、「明石の尼君」とぞ、幸ひ人に言ひける。かの致仕の大殿の近江の君は、双六打つ時の言葉にも、「明石の尼君、明石の尼君」とぞ、賽は乞ひける。
ほのぼのと明けてゆき、霜はいよいよ深く、神楽の本末も聞きわけられなくなり、酔いすぎた神楽人の面が、自分の顔の様も知らず、面白くて夢中になり、庭の火影も弱くなり、それでも、「万歳、万歳」と榊葉を取り直しして、末の世を祝っているのを、想像するのはめでたい限りだ。
何もかもがこの上なく面白く、千夜を一夜にしたような夜の、あっけなく明けてゆけば、返る波と競うように帰るのも口惜しく、若い人々は思った。
松原に延々と車がとまっていて、風に揺られて御簾の下の方に隙間があって、常盤の松の陰に、花の錦を加えたように見えるので、袍の色がいろいろ違って、立派な膳にのせた食事が運ばれ、下人には目新しくて、めでたいと思うのだった。
尼君の御前にも、浅香せんこうの盆に青鈍の絹を折り敷いて、精進物を供するので、「何とも大そうな女の運だこと」と男たちは陰口を言った。
こちらまでの道中は、ものものしく、疎略に扱えない神宝や、いろいろあって窮屈だったが、帰りは物見遊山であった。これ以上書き連ねるのも面倒なので、略します。
このような盛儀にも、あの入道が、聞けず見れず、世をかけ離れてしまったのは残念だった。入道が参列するのは難しい、また見苦しいことだろう。世の中の人は、これを先例として、高望みが流行りそうである。何かにつけて、喜び驚き、世の言い草になって、「明石の尼君」と、運のいい人を言うのだった。あの致仕の大臣の近江の君は、双六の時に、「明石の尼君、明石の尼君」と言って、賽を振った。
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35.14 女三の宮と紫の上
入道の帝は、御行なひをいみじくしたまひて、内裏の御ことをも聞き入れたまはず。春秋の行幸になむ、昔思ひ出でられたまふこともまじりける。姫宮の御ことをのみぞ、なほえ思し放たで、この院をば、なほおほかたの御後見に思ひきこえたまひて、うちうちの御心寄せあるべく奏せさせたまふ。二品になりたまひて、御封などまさる。いよいよはなやかに御勢ひ添ふ。
対の上、かく年月に添へて、かたがたにまさりたまふ御おぼえに、
「わが身はただ一所の御もてなしに、人には劣らねど、あまり年積もりなば、その御心ばへもつひに衰へなむ。さらむ世を見果てぬさきに、心と背きにしがな」
と、たゆみなく思しわたれど、さかしきやうにや思さむとつつまれて、はかばかしくもえ聞こえたまはず。内裏の帝さへ、御心寄せことに聞こえたまへば、おろかに聞かれたてまつらむもいとほしくて、渡りたまふこと、やうやう等しきやうになりゆく。
さるべきこと、ことわりとは思ひながら、さればよとのみ、やすからず思されけれど、なほつれなく同じさまにて過ぐしたまふ。春宮の御さしつぎの女一の宮を、こなたに取り分きてかしづきたてまつりたまふ。その御扱ひになむ、つれづれなる御夜がれのほども慰めたまひける。いづれも分かず、うつくしくかなしと思ひきこえたまへり。
朱雀院入道は、毎日お勤めを一途に行い、まつりごとには一切口を出さなかった。春秋の朝観行幸ちょうきんのぎょうこうには、出家前のことも時々思いだされるようであった。姫宮のことだけは、今なお忘れることなく、源氏を、表向きの後見と思い込んで、帝にも内々のご配慮をされるよう奏するのだった。女三の宮は二品の位を賜って、封戸も増えた。ますます勢いがついた。
紫の上も、年月が経ち、何かにつけ三の宮の声望が高くなるので、
「わたしは、ただ御一人方の寵愛を受けること、人には劣らないが、あまり年をとったら、そのご寵愛も衰えるだろう。そうならないうちに、出家しよう」
とずっと思い続けていたが、小賢しいと思われそうで、はっきりとは言い出せなかった。内裏の帝も格別の配慮を女の三宮に賜っているので、疎略に扱っていると思われるのも心苦しく、夜の通いも、紫上とようやく等しくなった。
紫の上は、それも当然のこととは思いながらも、穏やかではなかったが、素知らぬ顔をして普段と変わらぬようにしていた。春宮のすぐ下に生まれた妹の女一の宮を自分の方に引き寄せてかわいがっている。そのお世話に、所在ない源氏の来ない夜のつれづれに慰めている。紫の上はどの宮様もかわいらしく愛おしいと思う。
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35.15 花散里と玉鬘
夏の御方は、かくとりどりなる御孫扱ひをうらやみて、大将の君の典侍ないしのすけ腹の君を、切に迎へてぞかしづきたまふ。いとをかしげにて、心ばへも、ほどよりはされおよすけたれば、大殿の君もらうたがりたまふ。少なき御嗣と思ししかど、末に広ごりて、こなたかなたいと多くなり添ひたまふを、今はただ、これをうつくしみ扱ひたまひてぞ、つれづれも慰めたまひける。
右の大殿の参り仕うまつりたまふこと、いにしへよりもまさりて親しく、今は北の方もおとなび果てて、かの昔のかけかけしき筋思ひ離れたまふにや、さるべき折も渡りまうでたまふ。対の上にも御対面ありて、あらまほしく聞こえ交はしたまひけり。
姫宮のみぞ、同じさまに若くおほどきておはします。女御の君は、今は公ざまに思ひ放ちきこえたまひて、この宮をばいと心苦しく、幼からむ御女のやうに、思ひはぐくみたてまつりたまふ。
夏の御方である花散里は、紫の上がそれぞれの孫の面倒を見ているのがうらやましく、夕霧の典侍ないしのすけ腹の子を、切に頼んで世話をしていた。大そう可愛らしく、心ばえも、年の割には利発でしっかりしているので、源氏もかわいがった。後継ぎが少ないと思ったが、末広がりで、あちらこちらと多くなり、今はただ、これらをかわいがって、つれづれの慰めにしていた。
右大臣の髭黒は以前より親しく頻繁に来るようになり、今は北の方もすっかり落ち着いた年になって、あの昔の色めかした気持ちはなく、何かの折にはご挨拶にお見えになる。紫の上とも対面して、申し分のない睦まじいお付き合いである。
姫宮だけは、変わらずに若く子供っぽくおっとりしている。女御の君のことは、すっかり帝にお任せして、源氏はこの三の宮だけを気にかけて、幼い幼女のように、かわいがっていた。
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35.16 朱雀院の五十賀の計画
朱雀院の、
今はむげに世近くなりぬる心地して、もの心細きを、さらにこの世のこと顧みじと思ひ捨つれど、対面なむ今一度あらまほしきを、もし恨み残りもこそすれ、ことことしきさまならで渡りたまふべく」、聞こえたまひければ、大殿も、
げに、さるべきことなり。かかる御けしきなからむにてだに、進み参りたまふべきを。まして、かう待ちきこえたまひけるが、心苦しきこと」
と、参りたまふべきこと思しまうく。
ついでなく、すさまじきさまにてやは、はひ渡りたまふべき。何わざをしてか、御覧ぜさせたまふべき」
と、思しめぐらす。
このたび足りたまはむ年、若菜など調じてや」と、思して、さまざまの御法服のこと、いもいの御まうけのしつらひ、何くれとさまことに変はれることどもなれば、人の御心しつらひども入りつつ、思しめぐらす。
いにしへも、遊びの方に御心とどめさせたまへりしかば、舞人、楽人などを、心ことに定め、すぐれたる限りをととのへさせたまふ。右の大殿の御子ども二人、大将の御子、典侍の腹の加へて三人、まだ小さき七つより上のは、皆殿上せさせたまふ。兵部卿宮の童孫王わらわそんおう、すべてさるべき宮たちの御子ども、家の子の君たち、皆選び出でたまふ。
殿上の君達も、容貌よく、同じき舞の姿も、心ことなるべきを定めて、あまたの舞のまうけをせさせたまふ。いみじかるべきたびのこととて、皆人心を尽くしたまひてなむ。道々のものの師、上手、暇なきころなり。
朱雀院の、
「もうすっかり生涯の終わりに近い心地がして、心細く、さらにこの世のことは顧みないと覚悟していたが、今一度会いたいと、万一未練が残ってはいけないから、大げさにはせず、御所にお出になるように、と女三の宮にお便りしたので、源氏も、
「ほんとうに、そうだ。わざわざこういう申し入れがなくても、こちらから進んで参るべきことだ。まして、待たせているのは、お気の毒だ」
と、ご訪問のことを計画なさる。
「何の都合もなく、ただ気軽に来られるわけにもゆくまい。どういう儀礼をして、お目にかけたらいいだろう」
と源氏は思いめぐらすのだった。
「この度五十になられたので、若菜など調進しようか」と思って、さまざまな僧衣のこと、精進料理の段取り、何くれとなく、出家者への待遇を、人の意見も聞きながら、思いめぐらすのであった。
朱雀院は昔から音楽に関心があったので、舞人、楽人など、入念に選び、優れた者ばかりを選んだ。髭黒の子二人、夕霧の子で藤典侍腹の子一人を加えて、計三人、まだ小さい者たちで七つから上は、今回皆殿上させた。兵部卿宮の童孫王わらわそんおう、すべてのしかるべき宮たちの子や、名家の子たちを、選りすぐって選び出した。
若い殿上人たちも、容姿よく、同じ舞の姿でも、目立つのを定めて、たくさんの舞の準備をなさるのであった。大へんな盛儀になるだろうことなので、皆心を尽くして練習した。その道の師や、上手、が忙しかった。
2020.5.1/ 2021.12.1/ 2023.7.5
35.17 女三の宮に琴を伝授
宮は、もとよりきんの御琴をなむ習ひたまひけるを、いと若くて院にもひき別れたてまつりたまひしかば、おぼつかなく思して、
「参りたまはむついでに、かの御琴の音なむ聞かまほしき。さりとも琴ばかりは弾き取りたまひつらむ」
と、しりうごとに聞こえたまひけるを、内裏にも聞こし召して、
「げに、さりとも、けはひことならむかし。院の御前にて、手尽くしたまはむついでに、参り来て聞かばや」
などのたまはせけるを、大殿の君は伝へ聞きたまひて、
「年ごろさりぬべきついでごとには、教へきこゆることもあるを、そのけはひは、げにまさりたまひにたれど、まだ聞こし召しどころあるもの深き手には及ばぬを、何心もなくて参りたまへらむついでに、聞こし召さむとゆるしなくゆかしがらせたまはむは、いとはしたなかるべきことにも
と、いとほしく思して、このころぞ御心とどめて教へきこえたまふ。
調べことなる手、二つ三つ、おもしろき大曲どもの、四季につけて変はるべき響き、空の寒さぬるさをととのへ出でて、やむごとなかるべき手の限りを、取り立てて教へきこえたまふに、心もとなくおはするやうなれど、やうやう心得たまふままに、いとよくなりたまふ。
「昼は、いと人しげく、なほ一度も揺し按ずる暇も、心あわたたしければ、夜々なむ、静かにことの心もしめたてまつるべき」
とて、対にも、そのころは御暇聞こえたまひて、明け暮れ教へきこえたまふ。
女三の宮は、もともときんの琴を習っていたが、ごく若いときに院と別れてしまって暮らしたので、(院は)気がかりに思っていて、
「参上するついでに、姫の琴が聞きたい。それでも、琴くらいは上手に弾けるようになっただろう」
と、陰口を言うように仰せになったのを、帝にも聞こえて、
「本当に、やはり相当に上達されたでしょう。院の御前で秘術を尽くす技を聞きたいものだ、わたしも参ろう」
などと仰せになるのを、源氏の君は伝え聞いて、
「年頃そのような機会がある度に、お教えしてきましたが、その技量は、上達していますが、院にお聞かせするほどの深味のある所までは行きません。そんなおつもりはなく来られて、院がたって所望されて、ぜひお聞きしたいと申されれば、三の宮としては大へん困ったことになろう」
と、三の宮を気の毒に思って、この頃は熱心に教えるのだった。
珍しい調子の曲を、二つ三つ、興のある大曲を、四季につけて変わる響きを、気候の寒暖で音色で変わるような微妙な曲を選んで、上手な弾き方を、取り分けて熱心に教えたので、初めは自信なさそうに弾いていたが、ようやく三の宮も得心して、たいそうよくなった。
「昼は、人の出入りも多く、弦を一押しする間も、落ち着かないので、夜になって静かになったら、いろいろな勘所を教えましょう」
と言って、紫の上にも、暇を取って、明けても暮れても練習するのだった。
2020.5.1/ 2021.12.2/ 2023.7.5
35.18 明石女御、懐妊して里下り
女御の君にも、対の上にも、琴は習はしたてまつりたまはざりければ、この折、をさをさ耳馴れぬ手ども弾きたまふらむを、ゆかしと思して、女御も、わざとありがたき御暇を、ただしばしと聞こえたまひてまかでたまへり。
御子二所おはするを、またもけしきばみたまひて、五月ばかりにぞなりたまへれば、神事などにことづけておはしますなりけり。十一日過ぐしては、参りたまふべき御消息うちしきりあれど、かかるついでに、かくおもしろき夜々の御遊びをうらやましく、「などて我に伝へたまはざりけむ」と、つらく思ひきこえたまふ。
冬の夜の月は、人に違ひてめでたまふ御心なれば、おもしろき夜の雪の光に、折に合ひたる手ども弾きたまひつつ、さぶらふ人びとも、すこしこの方にほのめきたるに、御琴どもとりどりに弾かせて、遊びなどしたまふ。
年の暮れつ方は、対などにはいそがしく、こなたかなたの御いとなみに、おのづから御覧じ入るることどもあれば、
「春のうららかならむ夕べなどに、いかでこの御琴の音聞かむ」
とのたまひわたるに、年返りぬ。
明石の女御にも、紫の上にも、琴は習わせなかったので、この折に、めったに聞いたこともない曲を弾くのを、聞きたいと思って、女御も、特にお許しの出ない暇を、ほんの少しだけとお願いして里下がりして来た。
子が二人いるが、またも懐妊の兆しがあって、五か月ばかりになるので、宮中の神事にかこつけて、里下がりした。十二月十一日も過ぎて、帝から帰るよう催促が何度もあって、こんな折りに、面白い夜々の遊びがうらやましく、「どうしてわたしに伝授してくださらなかったのか」と、恨めしく思うのだった。
冬の夜の月は、源氏が人と違って特に好んだので、おもしろい夜の雪の光に、この季節に合った曲のあれこれを弾いて、側に仕える女房たちも、少したしなみのある者はたちは、とりどりに合奏して遊ぶのであった。
年の暮れ方で、紫の上などは、忙しく、あちこちのご婦人方の新春の支度に、どうしても自分ですることもあるので、
「新春のうららかな夕べにぜひ女三の宮の琴を聞きたいものだ」
と言っているうちに、年が改まった。
2020.5.1/ 2021.12.2/ 2023.7.5
35.19 朱雀院の御賀を二月十日過ぎと決定
院の御賀、まづ朝廷よりせさせたまふことどもこちたきに、さしあひては便なく思されて、すこしほど過ごしたまふ。二月十余日と定めたまひて、楽人、舞人など参りつつ、御遊び絶えず。
「この対に、常にゆかしくする御琴の音、いかでかの人びとの箏、琵琶の音も合はせて、女楽試みさせむ。ただ今のものの上手どもこそ、さらにこのわたりの人びとの御心しらひどもにまさらね。
はかばかしく伝へ取りたることは、をさをさなけれど、何ごとも、いかで心に知らぬことあらじとなむ、幼きほどに思ひしかば、世にあるものの師といふ限り、また高き家々の、さるべき人の伝へどもをも、残さず試みし中に、いと深く恥づかしきかなとおぼゆる際の人なむなかりし。
そのかみよりも、またこのころの若き人びとの、されよしめき過ぐすに、はた浅くなりにたるべし。琴はた、まして、さらにまねぶ人なくなりにたりとか。この御琴の音ばかりだに伝へたる人、をさをさあらじ」
とのたまへば、何心なくうち笑みて、うれしく、「かくゆるしたまふほどになりにける」と思す。
二十一、二ばかりになりたまへど、なほいといみじく片なりにきびはなる心地して、細くあえかにうつくしくのみ見えたまふ。
「院にも見えたてまつりたまはで、年経ぬるを、ねびまさりたまひにけりと御覧ずばかり、用意加へて見えたてまつりたまへ」
と、ことに触れて教へきこえたまふ。
「げに、かかる御後見なくては、ましていはけなくおはします御ありさま、隠れなからまし」
と、人びとも見たてまつる。
朱雀院の五十の御賀は、まず帝から始まって盛大になるので、重なってはいけないと思い、少し過ぎてから行うことにした。二月十余日と決めて、楽人、舞人を呼んで、練習に励んだ。
「紫の上が、いつも聞きたいと思っていた琴の音、どうかして他の婦人たちの箏や、琵琶も合わせて、女楽をやってみたい。ただ今の上手どもは、六條の邸にいる婦人方のたしなみには及ばないね。
わたしは、本格的に伝授されたことはないが、どんなことでも何とかして、及ばないことがないようにと、幼いころから思っていたので、世間で師と言われる人、また名家のしかるべき人の秘伝をすべて試すうちに、造詣がふかくなって、こちらが恥じ入る程の人はいなくなった。
その頃より、今頃の若い人々はしゃれて風流ぶりが過ぎるので、浅薄になってしまったようです。琴はまた、さらに、学ぶ人も少なくなってしまった。あなたほど琴を弾ける人は、めったにいないでしょう」
と源氏が仰せになると、女三の宮は、にっこりして、うれしく、「こんなに認められるほどになったのだ」と思った。
二十一、二ほどになっていたが、まだとても幼げで年端もいかないような気がして、細くなよなよとかわいらしく見える。
「院に久しく会わずに、年が経ってしまったが、立派に大人になったと見るだろう。十分に気を配ってお会いするように」
と、ことある毎に、教えきかすのだった。
「ほんとうに、このような後見がなければ、子供っぽい幼さが目立っていたことだろう」
と、人々も見ていた。
2020.5.2/ 2021.12.2/ 2023.7.5
35.20 六条院の女楽
正月二十日ばかりになれば、空もをかしきほどに、風ぬるく吹きて、御前の梅も盛りになりゆく。おほかたの花の木どもも、皆けしきばみ、霞みわたりにけり。
「月たたば、御いそぎ近く、もの騒がしからむに、掻き合はせたまはむ御琴の音も、試楽めきて人言ひなさむを、このころ静かなるほどに試みたまへ」
とて、寝殿に渡したてまつりたまふ。
御供に、我も我もと、ものゆかしがりて、参う上らまほしがれど、こなたに遠きをば、選りとどめさせたまひて、すこしねびたれど、よしある限り選りてさぶらはせたまふ。
童女は、容貌すぐれたる四人、赤色に桜の汗衫かざみ薄色の織物のあこめ、浮紋の表の袴、紅のちたる、さま、もてなしすぐれたる限りを召したり。女御の御方にも、御しつらひなど、いとどあらたまれるころのくもりなきに、おのおの挑ましく、尽くしたるよそほひども、鮮やかに二なし。
童は、青色に蘇芳すほう汗衫かざみ、唐綾の表の袴、あこめは山吹なる唐の綺を、同じさまに調へたり。明石の御方のは、ことことしからで、紅梅二人、桜二人、青磁の限りにて、衵濃く薄く、擣目うちめなどえならで着せたまへり。
宮の御方にも、かく集ひたまふべく聞きたまひて、童女の姿ばかりは、ことにつくろはせたまへり。青丹あおにに柳の 汗衫かざみ葡萄染えびぞめあこめなど、ことに好ましくめづらしきさまにはあらねど、おほかたのけはひの、いかめしく気高きことさへ、いと並びなし。
正月も二十日ばかりになると、空模様も変わり、ぬるい風が吹き、御前の梅も盛りになっていく。ほとんどの花の木が、皆芽吹いて、霞がかかっていた。
「月が改まれば、催しも近く、支度に騒がしくなる、合奏する琴の音も、予行演習になると、人も取りざたするからから、静かな今のうちに練習したらいい」
と仰せになって、寝殿に行くのであった。
お供に、我も我もとご一緒したくて、参加したがるのが多かったが、こうした方面に疎い女房は残して、少し年配でも、たしなみのある者を選んで参加させた。
童女は、容貌の優れたのを四人、赤色の表着に桜襲の汗衫かざみ、薄紫の織物のあこめ、浮紋の表袴、紅の艶出ししたもの、姿形のよい者を選んである。女御の方も、部屋のしつらいなど、面目を改めた新春の風情は華やかで、女房たちも競って意匠を尽くした装いは、鮮やかだった。
童は、青色に蘇芳襲すほうがさね汗衫かざみ、唐綾の表の袴、あこめは山吹なる唐の綺を、同じように整えている。明石の御方の童女は、大げさではなく、紅梅襲二人、桜襲二人、それぞれ青磁の汗衫かざみを着せ、あこめの紫が濃く薄く、擣目うちめなど、素晴らしかった。
女三の宮にもこのように集っている旨報告して、童女の姿はことに整えた。青丹あおにに柳の 汗衫かざみ葡萄染えびぞめあこめなど、とりわけ好ましく珍しいものではないが、全体の雰囲気は、厳粛で気高いこと、この上もなかった。
2020.5.2/ 2021.12.3/ 2023.7.7
35.21  孫君たちと夕霧を召す
廂の中の御障子を放ちて、こなたかなた御几帳ばかりをけぢめにて、中の間は、院のおはしますべき御座よそひたり。今日の拍子合はせには童べを召さむとて、右の大殿の三郎、尚侍かむの君の御腹の兄君、笙の笛、左大将の御太郎、横笛と吹かせて、簀子にさぶらはせたまふ。
内には、御茵ども並べて、御琴ども参り渡す。秘したまふ御琴ども、うるはしき紺地の袋どもに入れたる取り出でて、明石の御方に琵琶、紫の上に和琴、女御の君に箏の御琴、宮には、かくことことしき琴はまだえ弾きたまはずやと、あやふくて、例の手馴らしたまへるをぞ、調べてたてまつりたまふ。
「箏の御琴は、ゆるぶとなけれど、なほ、かく物に合はする折の調べにつけて、琴柱の立処乱るるものなり。よくその心しらひ調ふべきを、女はえ張りしづめじ。なほ、大将をこそ召し寄せつべかめれ。この笛吹ども、まだいと幼げにて、拍子調へむ頼み強からず」
と笑ひたまひて、
「大将、こなたに」
と召せば、御方々恥づかしく、心づかひしておはす。明石の君を放ちては、いづれも皆捨てがたき御弟子どもなれば、御心加へて、大将の聞きたまはむに、難なかるべくと思す。
「女御は、常に上の聞こし召すにも、物に合はせつつ弾きならしたまへれば、うしろやすきを、和琴こそ、いくばくならぬ調べなれど、あと定まりたることなくて、なかなか女のたどりぬべけれ。春の琴の音は、皆掻き合はするものなるを、乱るるところもや」
と、なまいとほしく思す。
廂の中の障子を取り払って、それぞれのご婦人たちには几帳だけを仕切りにして、なかの間には、源氏の御座をつくった。今日の練習には童べを召し出して、髭黒の三男の三郎、玉鬘の御腹の兄君には、笙の笛、夕霧の子の御太郎には横笛を吹かせるので、簀子すのこに控えさせている。
なかでは、敷物を並べて、琴を方々にお渡しする。源氏秘蔵の琴も立派な紺地の袋に入れていたのを取り出して、明石の御方には琵琶、女御の君には筝の琴、女三の宮には、このように由緒ある楽器はまだ弾けないだろうと、心配になって、いつも稽古に使って馴れたのを、調子を整えて渡した。
「筝の琴は、弛むというのではないが、合奏するとき、よく琴柱の位置がずれる。よくその点に気を付る必要があるが、女は絃を張るのが難しいだろう。そうだ、夕霧を呼んだらいい。この笛吹きたちは、まだ幼くて、調子合せには頼みにならない」
と笑って、
「大将、こちらへ」
と呼び寄せると、ご婦人方は緊張して、気を遣っている。明石の君を除いては、どなたも皆大切な弟子たちなので、気を遣って、大将が聞いて、難点がないようにと思う。
「女御は、いつも帝が聞いていて、合奏するのが馴れているから、心配ないが、和琴こそ、たいして変化のない音色だが、奏法に決まったものがなくて、かえって女はとまどうだろう。春の琴の音は、皆で合奏するので、乱れることもあろう 」
と、いささか気がかりのようだ。
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35.22  夕霧、箏を調絃す
大将、いといたく心懸想して、御前のことことしく、うるはしき御試みあらむよりも、今日の心づかひは、ことにまさりておぼえたまへば、あざやかなる御直衣、香にしみたる御衣ども、袖いたくたきしめて、引きつくろひて参りたまふほど、暮れ果てにけり。
ゆゑあるたそかれ時の空に、花は去年の古雪思ひ出でられて、枝もたわむばかり咲き乱れたり。ゆるるかにうち吹く風に、えならず匂ひたる御簾の内の香りも吹き合はせて、鴬誘ふつまにしつべく、いみじき御殿のあたりの匂ひなり。御簾の下より、箏の御琴のすそ、すこしさし出でて、
「軽々しきやうなれど、これが緒調へて、調べ試みたまへ。ここにまた疎き人の入るべきやうもなきを
とのたまへば、うちかしこまりて賜はりたまふほど、用意多くめやすくて壱越調いちこちちょう」の声に発の緒を立てて、ふとも調べやらでさぶらひたまへば
「なほ、掻き合はせばかりは、手一つ、すさまじからでこそ」
とのたまへば、
さらに、今日の御遊びのさしいらへに、交じらふばかりの手づかひなむ、おぼえずはべりける
と、けしきばみたまふ。
「さもあることなれど、女楽にえことまぜでなむ逃げにけると、伝はらむ名こそ惜しけれ」
とて笑ひたまふ。
調べ果てて、をかしきほどに掻き合はせばかり弾きて、参らせたまひつ。この御孫の君達の、いとうつくしき宿直姿どもにて、吹き合はせたる物の音ども、まだ若けれど、生ひ先ありて、いみじくをかしげなり。
夕霧はひどく緊張して、帝の御前でやる厳粛な、華やかな試楽のときよりも、今日の気持ちは、ことのほか緊張して、鮮やかな直衣、香を焚いた衣、袖によく焚きしめて、身なりをしっかり整え参上するときには、すっかり日も暮れていた。
趣のある黄昏の空に、花は去年の残雪を思わせて、枝もたわむばかりに咲き乱れていた。緩やかに吹く風に、すばらしく匂う御簾の内の香りも一緒に吹き合わせて、鶯を誘うきっかけになりそうな、すばらしい御殿のあたりの香りであった。御簾の下から、筝の琴の端が少し見えていて、
「左大将に恐れ入りますが、この弦を調弦していただけませんか。他の人は入れませんので」
と源氏が仰せになると、すっかりかしこまって、非の打ちどころのない所作で受け取り、「壱越調いちこちょう」の調子で発の緒に合わせて、それだけで終わったので、
「掻き合わせわせをしたら、一曲、興のある曲を弾いてください」
と源氏が仰せになると、
「とても今日の皆様方に交らって演奏のお相手が務まるほど、腕前に自信はありません」
と夕霧が遠慮する、
「そうかもしれないが、女楽の相手もできずに逃げたと噂でも立ったら、どうしますか」
と源氏が笑う。
調弦して、おもしろい掻き合わせをさらりと弾いて、お返しした。この孫の君達が、大そう美しい宿直姿で合奏する音は、まだ若いけれど、これから先の上達が見込まれて、とても可憐に聞こえるのだった。
2020.5.3/ 2021.12.3/ 2023.7.9
35.23  女四人による合奏
御琴どもの調べども調ひ果てて、掻き合はせたまへるほど、いづれとなき中に、琵琶はすぐれて上手めき、神さびたる手づかひ、澄み果てておもしろく聞こゆ。
和琴に、大将も耳とどめたまへるに、なつかしく愛敬づきたる御爪音に、掻き返したる音の、めづらしく今めきて、さらにこのわざとある上手どもの、おどろおどろしく掻き立てたる調べ調子に劣らず、にぎははしく、「大和琴にもかかる手ありけり」と聞き驚かる。深き御労のほどあらはに聞こえて、おもしろきに、大殿御心落ちゐて、いとありがたく思ひきこえたまふ。
箏の御琴は、ものの隙々に、心もとなく漏り出づる物の音がらにて、うつくしげになまめかしくのみ聞こゆ。
琴は、なほ若き方なれど、習ひたまふ盛りなれば、たどたどしからず、いとよくものに響きあひて、「優になりにける御琴の音かな」と、大将聞きたまふ。拍子とりて唱歌したまふ。院も、時々扇うち鳴らして、加へたまふ御声、昔よりもいみじくおもしろく、すこしふつつかに、ものものしきけ添ひて聞こゆ。大将も、声いとすぐれたまへる人にて、夜の静かになりゆくままに、言ふ限りなくなつかしき夜の御遊びなり。
琴の調弦をし終えて、合奏したところ、優劣つけがたい中で、明石の君の琵琶がきわめて上手で、神々しい手つきで、澄んだ音色が美しく響く。
紫の上の和琴に、夕霧も耳を止めて聞くと、やさしく魅力的な爪音に、掻き立てた音の、珍しく今めきて、当節世間に名の通った上手たちの、ものものしく掻き立てた調べに劣らず、華やかで、「大和琴にもこのような弾き方があるのだ」と感嘆を禁じ得ない。深いたしなみのほどが見えて、おもしろく、源氏は安堵して、ほんとうにまたとないお方だ、と思うのだった。
女御の筝の琴は、他の琴の合間々々に、心もとなく漏れいづる音のようで、可憐で優美な音色だった。
女三の宮の琴は、まだ未熟といっていい程度だが、習っている最中なので、たどたどしくはなく、よく響きあって、「上手になったものだ、この琴の音は」と、夕霧は聞いた。拍子をとって、謡う。源氏も時々扇を鳴らして、謡いだした声は、昔よりもとてもおもしろかった。少し声が太く、どっしりした感じが加わって聞こえる。夕霧も、声がよく、夜が静かになってゆく程に、得も言われぬ優しい夜の遊びであった。
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35.24  女四人を花に喩える
†月心もとなきころなれば、灯籠とうろこなたかなたに懸けて、火よきほどに灯させたまへり。
宮の御方を覗きたまへれば、人よりけに小さくうつくしげにて、ただ御衣のみある心地す。匂ひやかなる方は後れて、ただいとあてやかにをかしく、二月の中の十日ばかりの青柳の、わづかに枝垂りはじめたらむ心地して、鴬の羽風にも乱れぬべく、あえかに見えたまふ。
桜の細長に、御髪は左右よりこぼれかかりて、柳の糸のさましたり。
「これこそは、限りなき人の御ありさまなめれ」と見ゆるに、女御の君は、同じやうなる御なまめき姿の、今すこし匂ひ加はりて、もてなしけはひ心にくく、よしあるさましたまひて、よく咲きこぼれたる藤の花の、夏にかかりて、かたはらに並ぶ花なき、朝ぼらけの心地ぞしたまへる。
さるは、いとふくらかなるほどになりたまひて、悩ましくおぼえたまひければ、御琴もおしやりて、脇息におしかかりたまへり。ささやかになよびかかりたまへるに、御脇息は例のほどなれば、およびたる心地して、ことさらに小さく作らばやと見ゆるぞ、いとあはれげにおはしける。
紅梅の御衣に、御髪のかかりはらはらときよらにて、火影の御姿、世になくうつくしげなるに、紫の上は、葡萄染えびぞめにやあらむ、色濃き小袿、薄蘇芳うすすほうの細長に、御髪のたまれるほど、こちたくゆるるかに、大きさなどよきほどに、様体あらまほしく、あたりに匂ひ満ちたる心地して、花といはば桜に喩へても、なほものよりすぐれたるけはひ、ことにものしたまふ。
かかる御あたりに、明石はけ圧さるべきを、いとさしもあらず、もてなしなどけしきばみ恥づかしく、心の底ゆかしきさまして、そこはかとなくあてになまめかしく見ゆ。
柳の織物の細長、萌黄にやあらむ、小袿着て、うすものの裳のはかなげなる引きかけて、ことさら卑下したれど、けはひ、思ひなしも、心にくくあなづらはしからず。
高麗の青地の錦の端さしたる茵に、まほにもゐで、琵琶をうち置きて、ただけしきばかり弾きかけて、たをやかに使ひなしたる撥のもてなし、音を聞くよりも、またありがたくなつかしくて、五月待つ花橘、花も実も具しておし折れる薫りおぼゆ。
月の出が遅い頃なので、灯籠とうろを軒先のあちこちにかけて、ちょうど程よい明るさだった。
女三の宮の御方を覗いてみると、一段と小さくかわいい感じで、衣だけがそこにあるような感じであった。つややかな美しさは劣るが、気品があって美しく、二月の半ば頃の青柳のわずかに枝がたれ始めた風情もかくやと思われ、鶯の羽風にも乱れそうな、か弱げに見える。
桜襲の細長に、髪は左右に美しくよりかかり、まるで柳の糸のようだ。
「これこそは、この上ない高貴な人の様子というものだ」と見えるが、女御の君の方は、同じような優雅な姿だが、いま少しつややかさが加わって、物腰しといい感じといい奥ゆかしく、風情のある様子で、よく咲いた藤の花の、夏に、そばに美しさを競う花のない、朝ぼらけの心地がする。
とは言え、女御の君は(懐妊で)とてもふっくらとして、気分がすぐれないので、琴も脇に押しやって、脇息に寄りかかっている。小柄でなよなよと寄りかかっていて、脇息は通常のもので、無理に背を伸ばしている感じで、特別小さく作ったらと思われ、とても可憐だ。
紫の上は、紅梅襲の衣に、髪がかかってはらはらと美しく、火影の姿、またとなくかわいらしげだが、葡萄染えびぞめめだろうか、色の濃い小袿、薄蘇芳うすすほうの細長に、髪の量も多くゆったりとして、体の大きさも程よく、姿つきも申し分なく、あたり一面照り映えるほどの美しさで、花というなら桜に譬えられよう、なお衆に抜きんでた様子は、格別の風情があった。
明石の上は、こうした方々のお側では、圧倒さるだろうに、そうでもなく、身のこなしは風格があり、心底を覗いてみたいくらい、気品がありあでやかに見える。
柳襲の織物の細長、薄緑だろうか小袿を着て、うすものの裳のはかな気な感じなのを身に着けて、自分を卑下した様子だが、その様子は立派で、とても心にくい。
高麗の青地の錦の端を縁取りした敷物に、まともに座らず、琵琶を置いて、ほんの少しばかり弾こうとして、しなやかにさばいた撥ちの扱い、音を聞くよりも、立派でやさしく、五月を待つ花橘、花も実も一緒に手折った香りもかくやと覚える。
2020.5.4/ 2021.12.4/ 2023.7.10
35.25  夕霧の感想
これもかれも、うちとけぬ御けはひどもを聞き見たまふに、大将も、いと内ゆかしくおぼえたまふ。対の上の、見し折よりも、ねびまさりたまへらむありさまゆかしきに、静心もなし。
「宮をば、今すこしの宿世及ばましかば、わがものにても見たてまつりてまし。心のいとぬるきぞ悔しきや。院は、たびたびさやうにおもむけて、しりう言にものたまはせけるを」と、ねたく思へど、すこし心やすき方に見えたまふ御けはひに、あなづりきこゆとはなけれど、いとしも心は動かざりけり。
この御方をば、何ごとも思ひ及ぶべき方なく、気遠くて、年ごろ過ぎぬれば、「いかでか、ただおほかたに、心寄せあるさまをも見えたてまつらむ」とばかりの、口惜しく嘆かしきなりけり。あながちに、あるまじくおほけなき心地などは、さらにものしたまはず、いとよくもてをさめたまへり。
どのご婦人方も、隙のないたしなみ深い様子は、夕霧も、覗いてみたくなる。紫の上は、以前見たときよりも、ずっと美しくなられた様子が一目見たくて、じっとしていられない。
「三の宮は、いま少し宿世が違っていたら、自分のものとして見られた。のんびり構えていたのが悔しい。朱雀院はたびたびそのように水を向けて、陰でも仰っていたのに」と、悔やまれるが、少し近づきやすい軽率そうな女三の宮の様子に、軽く見るわけではないが、夕霧の心はさほど動かなかった。
紫の上の方をば、手の届かない方として、何のかかわりも持てずに何年も過ごしてきたが、「どうかして、ただ家族の一員として、好意を寄せているのを伝えたい」とばかり、不本意に思っていた。一方的な、大それた気持ちなどは、さらさらないのだった。大へんよく冷静に身を処していた。
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35.26音楽の春秋論
夜更けゆくけはひ、冷やかなり。臥待ふしまちの月はつかにさし出でたる、
「心もとなしや、春の朧月夜よ。秋のあはれ、はた、かうやうなる物の音に、虫の声縒り合はせたる、ただならず、こよなく響き添ふ心地すかし」
とのたまへば、大将の君、
「秋の夜の隈なき月には、よろづの物とどこほりなきに、琴笛の音も、あきらかに澄める心地はしはべれど、なほことさらに作り合はせたるやうなる空のけしき、花の露も、いろいろ目移ろひ心散りて、限りこそはべれ。
春の空のたどたどしき霞の間より、おぼろなる月影に、静かに吹き合はせたるやうには、いかでか。笛の音なども、艶に澄みのぼり果てずなむ。
女は春をあはれぶと、古き人の言ひ置きはべりける。げに、さなむはべりける。なつかしく物のととのほることは、春の夕暮こそことにはべりけれ」
と申したまへば、
「いな、この定めよ。いにしへより人の分きかねたることを、末の世に下れる人の、えあきらめ果つまじくこそ。物の調べ、曲のものどもはしも、げに律をば次のものにしたるは、さもありかし
などのたまひて、
「いかに。ただ今、有職のおぼえ高き、その人かの人、御前などにて、たびたび試みさせたまふに、すぐれたるは、数少なくなりためるを、そのこのかみと思へる上手ども、いくばくえまねび取らぬにやあらむ。このかくほのかなる女たちの御中に弾きまぜたらむに、際離るべくこそおぼえね。
年ごろかく埋れて過ぐすに、耳などもすこしひがひがしくなりにたるにやあらむ、口惜しうなむ。あやしく、人の才、はかなくとりすることども、ものの栄ありてまさる所なる。その、御前の御遊びなどに、ひときざみに選ばるる人びと、それかれといかにぞ」
とのたまへば、大将、
「それをなむ、とり申さむと思ひはべりつれど、あきらかならぬ心のままに、およすけてやはと思ひたまふる。上りての世を聞き合はせはべらねばにや、衛門督の和琴、兵部卿宮の御琵琶などをこそ、このころめづらかなる例に引き出ではべめれ。
げに、かたはらなきを、今宵うけたまはる物の音どもの、皆ひとしく耳おどろきはべるは。なほ、かくわざともあらぬ御遊びと、かねて思うたまへたゆみける心の騒ぐにやはべらむ。唱歌など、いと仕うまつりにくくなむ。
和琴は、かの大臣ばかりこそ、かく折につけて、こしらへなびかしたる音など、心にまかせて掻き立てたまへるは、いとことにものしたまへ、をさをさ際離れぬものにはべめるを、いとかしこく整ひてこそはべりつれ」
と、めできこえたまふ。
「いと、さことことしき際にはあらぬを、わざとうるはしくも取りなさるるかな」
とて、したり顔にほほ笑みたまふ。
「げに、けしうはあらぬ弟子どもなりかし。琵琶はしも、ここに口入るべきことまじらぬを、さいへど、物のけはひ異なるべし。おぼえぬ所にて聞き始めたりしに、めづらしき物の声かなとなむおぼえしかど、その折よりは、またこよなく優りにたるをや」
と、せめて我かしこにかこちなしたまへば、女房などは、すこしつきしろふ。
夜が更けてゆく気配が、冷ややかだ。遅い月がわずかに出でて、
「心もとないね、春の朧月は。それに較べて秋のあわれは、このような楽の音、虫の声が合わさって、格別の趣で、この上なく響きあう心地がする」
と仰せになれば、夕霧が、
「秋の夜の澄み渡った月は、何もかも遠くまで見渡せるので、琴笛の音も、はっきり澄んだ心地がするが、(秋の空の)ことさら作ったような空模様や、花の露も、いろいろ目移りして心が散漫になり、自ずから限界があります。
春の空の、ぼんやりした霞の間から、おぼろな月影に、静かに吹き合わせるのはどうでしょうか。笛の音なども、しゃれた感じで澄み渡るでしょう。
女は春をあわれむと、昔の人は言い残していますが、実際、そうでしょう。優雅にすべてのものがしっくり調和するというのは、春の夕暮れこそ格別です」
と夕霧が申し上げると、
「いや、この春秋の議論だが、昔から、判断しかねた問題だし、末世の劣った者が、はっきり結論をだすことはできないだろう。調子や楽曲については、確かに律を呂の次としたのは、さもあろう」
などと仰せになって、
「どうであろう。現在、名手といわれている、あれこれの人を、帝の御前などで奏するのをたびたび聞いたが、名手は、少なくなったが、人に勝っていると自認する上手も、さほど習得していないのではないか。この頼りない女たちの中で弾かせても、飛びぬけて優れているとも思えない。
年来こうして埋もれて暮らしていると、耳なども少しおかしくなっているのだろうか。残念だ。どういうわけか、ここのご婦人方は、ちょっと習った芸事も、場所柄からして見栄えがするのだろう。御前で演奏する、第一等の上手の誰それと較べてどうだろう」
と仰せになれば、夕霧は、
「それを、言おうと思っていましたが、物の分からぬわたしごときが、偉そうな口をきくのもいかがとおもいました。ずっと昔の世のことは聞いていませんが、柏木の和琴、蛍兵部卿宮の琵琶など、当代随一と言われています。
確かに、お二人とも比べる者もない名手ですが、今宵お聞きしました演奏は、皆が驚くほどの上手だった。ごく気楽な催しなので、事前に軽く思っていたので、なおさら心が騒ぐのだろう。謡いなどとてもついてゆけない。
和琴は、前太政大臣こそ、その時々につけて、巧みにその場に合わせた音色など、思いのままに掻きならして、格別の上手です、この琴はなかなか巧みには弾けない楽器であるが、紫の上は見事に弾いた」
と誉めるのだった。
「それほどの上手の技量でもないと思うのだが、大そう誉めてくれのですね」
とて、源氏も得意そうに笑うのだった。
「ほんとうに、悪くもない弟子たちだな。琵琶はともかく、わたしが口を出すことでもないのだが、やはり、どことなく普通とは違うな。意外な場所で聞き始めたのだが、世にも珍しい上手の音色だと記憶しているが、その時よりも、いっそう上達している」
と、自分の手柄のように自慢するので、女房たちは突っつき合って笑った。
2020.5.5/ 2021.12.4/ 2023.7.10
35.27 琴の論
よろづのこと、道々につけて習ひまねばば、才といふもの、いづれも際なくおぼえつつ、わが心地に飽くべき限りなく、習ひ取らむことはいと難けれど、何かは、そのたどり深き人の、今の世にをさをさなければ、 片端をなだらかにまねび得たらむ人、さるかたかどに心をやりてもありぬべきを、琴なむ、なほわづらはしく、手触れにくきものはありける
この琴は、まことに跡のままに尋ねとりたる昔の人は、天地をなびかし、鬼神の心をやはらげ、よろづの物の音のうちに従ひて、悲しび深き者も喜びに変はり、賤しく貧しき者も高き世に改まり、宝にあづかり、世にゆるさるるたぐひ多かりけり。
この国に弾き伝ふる初めつ方まで、深くこの事を心得たる人は、多くの年を知らぬ国に過ぐし、身をなきになして、この琴をまねび取らむと惑ひてだに、し得るは難くなむありける。げにはた、明らかに空の月星を動かし、時ならぬ霜雪を降らせ、雲雷を騒がしたる例、上りたる世にはありけり。
かく限りなきものにて、そのままに習ひ取る人のありがたく、世の末なればにや、いづこのそのかみの片端にかはあらむ。されど、なほ、かの鬼神の耳とどめ、かたぶきそめにけるものなればにや、なまなまにまねびて、思ひかなはぬたぐひありけるのち、これを弾く人、よからずとかいふ難をつけて、うるさきままに、今はをさをさ伝ふる人なしとか。いと口惜しきことにこそあれ。
琴の音を離れては、何琴をか物を調へ知るしるべとはせむ。げに、よろづのこと衰ふるさまは、やすくなりゆく世の中に、一人出で離れて、心を立てて、唐土、高麗と、この世に惑ひありき、親子を離れむことは、世の中にひがめる者になりぬべし。
などか、なのめにて、なほこの道を通はし知るばかりの端をば、知りおかざらむ。調べ一つに手を弾き尽くさむことだに、はかりもなきものななり。いはむや、多くの調べ、わづらはしき曲多かるを、心に入りし盛りには、世にありとあり、ここに伝はりたる譜といふものの限りをあまねく見合はせて、のちのちは、師とすべき人もなくてなむ、好み習ひしかど、なほ上りての人には、当たるべくもあらじをや。まして、この後といひては、伝はるべき末もなき、いとあはれになむ」
などのたまへば、大将、げにいと口惜しく恥づかしと思す。
「この御子たちの御中に、思ふやうに生ひ出でたまふものしたまはば、その世になむ、そもさまでながらへとまるやうあらば、いくばくならぬ手の限りも、とどめたてまつるべき。三の宮、今よりけしきありて見えたまふを」
などのたまへば、明石の君は、いとおもだたしく、涙ぐみて聞きゐたまへり。
どんなことでも、その道を極めようとして学ぶならば、才芸というものは、限りがないものだが、自分の気持ちとして十分やったと言えるほど習い尽くすのは難しいもので、そうした奥義を極めた人は今ではほとんどいなくなった。ほんの一端を学んだ人が、その一端で満足してしまいがちだが、この琴はそれでも厄介で、なかなか手を出しにくいものだ。
七絃のきんは、ほんとうに奏法通りに技量を身につけた昔の人は、天地を揺るがし、鬼神の心をやわらげ、他の楽器の域を破ることなく、悲しみも喜びに変わり、賎しく貧しい者も高貴になり、宝を得て、世に認められ尊敬される者が多い。
この国に伝えられた初めの頃は、深くこの道を心得た人は、長年異国で過ごし、身命をなげうって、この琴を学ぼうとあらゆる努を力したのだが完全に習得するのは難しかった。確かに、明らかに空の月星を動かし、時ならぬ霜雪を降らせ、雲雷を騒がせた例が、昔の話にはある。
このように最高の楽器なので、それを習得しようとするう人はめったになく、今は末の世だから、昔の一端も伝わっていようか。けれども。あの鬼神も耳を傾け、傾聴するのも遠い昔から言われてきたものだから、生半可に学んで、出世が果たせなかった例があり、これを弾く人は不幸になるなどと難癖をつけて、面倒に思われて、今は伝える人がいないのは、まことに残念だ。
琴の音なくして、どの楽器を音律の基準にできようか。何事もすたれてしまう末の世で、何事も安易になってしまう世の中で、実際、自分ひとりが世間に背を向けて、唐土、高麗と、渡り歩いて苦労し、親子を離れることは、世の変わり者だろう。
どうして、それほどにしなくても、それでもこの道を習い一端でも、知っておきたいものだ。曲ひとつでも、極めつくすと、計り知れないものがある。いわんや、多くの曲の中には、手がかかるのもたくさんあるが、わたしが、熱中していた頃は世にありとあらゆる、伝わっていた譜をすべて較べて、のちのちは、師とする人もなく、好きで学んでいたが、それでも昔の人には、かないそうもなかった。まして、この後の世となれば、伝授する子孫もないのは、寂しいことだ」
などと源氏が仰せになり、夕霧は残念で恥ずかしいと思う。
「女御の御子たちのなかで、思うように成長されたなら、わたしもそれまで生き長らえるようだったら、わたしの中の幾ばくもない手の限りを、伝授することもできるだろう。三の宮は、今からでも素質はあるようだが」
などと仰せになると、明石の君は大そう名誉なことと、涙ぐんで聞いている。
2020.5.6/ 2021.12.4/ 2023.7.10
35.28 源氏、葛城を謡う
女御の君は、箏の御琴をば、上に譲りきこえて、寄り臥したまひぬれば、和琴を大殿の御前に参りて、気近き御遊びになりぬ。「葛城」遊びたまふ。はなやかにおもしろし。大殿折り返し謡ひたまふ御声、たとへむかたなく愛敬づきめでたし。
月やうやうさし上るままに、花の色香ももてはやされて、げにいと心にくきほどなり。箏の琴は、女御の御爪音は、いとらうたげになつかしく、母君の御けはひ加はりて、揺の音深く、いみじく澄みて聞こえつるを、この御手づかひは、またさま変はりて、ゆるるかにおもしろく、聞く人ただならず、すずろはしきまで愛敬づきて、りんの手など、すべてさらに、いとかどある御琴の音なり。
返り声に、皆調べ変はりて律の掻き合はせども、なつかしく今めきたるに、琴は、五個の調べ、あまたの手の中に、心とどめてかならず弾きたまふべき五、六の発剌を、いとおもしろく澄まして弾きたまふ。さらにかたほならず、いとよく澄みて聞こゆ。
春秋よろづの物に通へる調べにて、通はしわたしつつ弾きたまふ。心しらひ、教へきこえたまふさま違へず、いとよくわきまへたまへるを、いとうつくしく、おもだたしく思ひきこえたまふ。
女御の君は、筝の琴を紫の上に譲って、寄りかかっていたので、和琴が源氏の御前に出されて、くつろいだ遊びになった。「葛城」を奏した。華やかでおもしろい。源氏が繰り返しを謡う声が、たとえようもなく魅力があっておもしろい。
月がようやくさし昇ってきて、花の色香が一段とさえて、心憎いほどだった。筝の琴の、女御の爪音は、かわいらしく優しい音色で、母君の気配すら感じられて、揺の音が深く、きれいに澄んで聞こえるが、紫の上の手さばきは、また違って、ゆったりとしておもしろく、聞く人は感に堪えず、気もそぞろになるほど、魅力があって、りんの手法を加えて、すべてにわたり才気溢れた琴の音であった。
律の調べに全体が変わって、律の掻き合わせも、親しみがあってしゃれていて、琴は五個の調べで、たくさんの奏法のなかで、注意して弾くところの五六のはらを女三の宮はおもしろく、澄んだ音色で弾いた。少しも変なところはなく、美しく澄んで聞こえる。
女三の宮が春秋どちらの季節にも調和する調子で、自在に弾いている。その心配りは、源氏が教えた通りだったので、源氏は大そう可憐で、晴れがましく思った。
2020.5.7/ 2021.12.4/ 2023.7.10
35.29 女楽終了、禄を賜う
この君達の、いとうつくしく吹き立てて、切に心入れたるを、らうたがりたまひて、
「ねぶたくなりにたらむに。今宵の遊びは、長くはあらで、はつかなるほどにと思ひつるを。とどめがたき物の音どもの、いづれともなきを、聞き分くほどの耳とからぬたどたどしさに、いたく更けにけり。心なきわざなりや」
とて、笙の笛吹く君に、土器さしたまひて、御衣脱ぎてかづけたまふ。横笛の君には、こなたより、織物の細長に、袴などことことしからぬさまに、けしきばかりにて、大将の君には、宮の御方より、杯さし出でて、宮の御装束一領かづけたてまつりたまふを、大殿、
「あやしや。物の師をこそ、まづはものめかしたまはめ。愁はしきことなり」
とのたまふに、宮のおはします御几帳のそばより、御笛をたてまつる。うち笑ひたまひて取りたまふ。いみじき高麗笛なり。すこし吹き鳴らしたまへば、皆立ち出でたまふほどに、大将立ち止まりたまひて、御子の持ちたまへる笛を取りて、いみじくおもしろく吹き立てたまへるが、いとめでたく聞こゆれば、いづれもいづれも、皆御手を離れぬものの伝へ伝へ、いと二なくのみあるにてぞ、わが御才のほど、ありがたく思し知られける。
この子供たちが、上手に吹いて、一生懸命な心持なのを、かわいく思って、
「もう眠くなったであろうに。今宵の遊びは、長くならずにほんの短い間と思っていたが、止めるのは惜しい楽の音だったので、甲乙つけがたく、聞き分けるほどの耳がないので、すっかり夜も更けた。気がつかなかった」
といって、源氏は笙の笛吹く君に盃を差し出して、衣を脱いで賜った。横笛の君には、紫の上から織物の細長に袴など、大げさにならぬように、ほんの形ばかりのことで、夕霧の君には、女三の宮より、盃が出されて宮の装束一揃いを賜ったので、源氏は、
「おかしいな、師匠のわたしこそ引き立ててもらいたいが。残念なことだ」
と仰せになると、宮のいる几帳の端から、笛が奉られた。笑って手に取った。素晴らしい高麗笛であった。少し吹き鳴らすと、皆退出するところであったが、夕霧が立ち止まって、子の持っていた笛を取って、大そう調子よく吹きたてると、興にのってすばらしく聞こえたので、誰もが皆源氏が手ずから伝授されたものであってみれば、すばらしく上手なので、それぞれが皆自分の楽才が世にも稀なものと思い知るのであった。
2020.5.7/ 2021.12.4 / 2023.7.10
35.30 夕霧、わが妻を比較して思う
大将殿は、君達を御車に乗せて、月の澄めるにまかでたまふ。道すがら、箏の琴そうのことの変はりていみじかりつる音も、耳につきて恋しくおぼえたまふ。
わが北の方は、故大宮の教へきこえたまひしかど、心にもしめたまはざりしほどに、別れたてまつりたまひにしかば、ゆるるかにも弾き取りたまはで、男君の御前にては、恥ぢてさらに弾きたまはず。何ごともただおいらかに、うちおほどきたるさまして、子ども扱ひを、暇なく次々したまへば、をかしきところもなくおぼゆ。さすがに、腹悪しくて、もの妬みうちしたる、愛敬づきてうつくしき人ざまにぞものしたまふめる。
夕霧は、子供たちを車に乗せて、月が澄んでいるうちに、退出した。道すがら、筝の琴の、弾き手が変わって紫の上のすばらしい音色が、耳についた。
わが北の方の雲井の雁は、故大宮が教えたのだが、熱心に習わないうちに、別れたので、ゆっくりと伝授されなかったので、男君の御前では、恥じて決して弾こうとしなかった。何事にも、素直でおっとりして、次々と子供の世話に忙しく、暇がなくて、風情がないと夕霧は思っている。そうはあっても、一筋縄ではいかないところがあり、機嫌が悪く、嫉妬することもあり、愛嬌があって、憎めなかった。
2020.5.7/ 2021.12.5/ 2023.7.11
35.31 源氏、紫の上と語る
院は、対へ渡りたまひぬ。上は、止まりたまひて、宮に御物語など聞こえたまひて、暁にぞ渡りたまへる。日高うなるまで大殿籠れり。
「宮の御琴の音は、いとうるさくなりにけりな。いかが聞きたまひし」
と聞こえたまへば、
「初めつ方、あなたにてほの聞きしは、いかにぞやありしを、いとこよなくなりにけり。いかでかは、かく異事なく教へきこえたまはむには」
といらへきこえたまふ。
「さかし。手を取る取る、おぼつかなからぬ物の師なりかし。これかれにも、うるさくわづらはしくて、暇いるわざなれば、教へたてまつらぬを、院にも内裏にも、琴はさりとも習はしきこゆらむとのたまふと聞くがいとほしく、さりとも、さばかりのことをだに、かく取り分きて御後見にと預けたまへるしるしにはと、思ひ起こしてなむ」
など聞こえたまふついでにも、
「昔、世づかぬほどを、扱ひ思ひしさま、その世には暇もありがたくて、心のどかに取りわき教へきこゆることなどもなく、近き世にも、何となく次々、紛れつつ過ぐして、聞き扱はぬ御琴の音の、出で栄えしたりしも、面目ありて、大将の、いたくかたぶきおどろきたりしけしきも、思ふやうにうれしくこそありしか」
など聞こえたまふ。
源氏は、自分の居室の東の対へお帰りになった。紫の上は残って、三の宮に話をして、東の対へ暁に帰った。日が高くなるまで、寝ていた。
「宮の琴は、ずいぶん上達しましたね。どうお聞きになりましたか」
と源氏が、紫の上に問うと、
「初めは、あちらで弾いているのをちらりと聞きまして、どうかと思いましたが、とても良くなりました。熱心に教えられたのですから」
と紫の上がお答えになる。
「そうだ。手を取らんばかりに、しっかり教えた師匠だったからね。どなたにとっても、琴は厄介で伝授するのに時間がかかるので、教えたがらない、院にも帝にも、琴はそうは言っても習っているでしょうと聞くのも気の毒なので、それでも、そのようなことでも、あえて後見として預かった証し、と思い起こして頑張りました」
などと源氏は答えたついでにも、
「昔、あなたが幼くて、お世話したときは、その頃は暇もなくて、ゆっくりと教えることができず、近頃も、次々と用事が出来て忙しさに紛れて、身を入れて聞いてあげなかったあなたの琴が、出来栄えがよくて、わたしも面目が立ったが、夕霧がひどく感心していたので、うれしかったです」
などと源氏は仰せになる。
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35.32 紫の上、三十七歳の厄年
かやうの筋も、今はまたおとなおとなしく、宮たちの御扱ひなど、取りもちてしたまふさまも、いたらぬことなく、すべて何ごとにつけても、もどかしくたどたどしきこと混じらず、ありがたき人の御ありさまなれば、いとかく具しぬる人は、世に久しからぬ例もあなるをと、ゆゆしきまで思ひきこえたまふ。
さまざまなる人のありさまを見集めたまふままに、取り集め足らひたることは、まことにたぐひあらじとのみ思ひきこえたまへり。今年は三十七にぞなりたまふ。見たてまつりたまひし年月のことなども、あはれに思し出でたるついでに、
「さるべき御祈りなど、常よりも取り分きて、今年はつつしみたまへ。もの騒がしくのみありて、思ひいたらぬこともあらむを、なほ、思しめぐらして、大きなることどももしたまはば、おのづからせさせてむ。故僧都のものしたまはずなりにたるこそ、いと口惜しけれ。おほかたにてうち頼まむにも、いとかしこかりし人を」
などのたまひ出づ。
 紫の上は、このような音楽の面でも、年配者らしく、孫たちの世話も、自分から買ってやり、至らぬところなく、何事につけ、非の打ちどころがなく、世にも稀な有様なので、このように何もかも備わっている人は、長生きはしないといわれる例ももあり、源氏はひどく心配されるのであった。
様々な多くの女性を見てきたが、すべてにわたって備わっていて難がない人は、まことに類がないと源氏は思うのであった。今年三十七になる。今まで一緒に暮らしてきた歳月のことを、感慨深く思いめぐらすにつけ、
「必要な祈祷など、常よりも、特別にやって、今年は用心してください。わたしはいつも取り紛れているので、気のつかないこともあるでしょうが、もしあなたの方で考えて、大がかりな仏事を催すのでしたら、当然わたしの方でさせましょう。僧都が亡くなったのが、残念です。仏事のことで頼むのに、信頼できる人だったのに」
などと仰せになるのだった。
2020.5.8/ 2021.12.5/ 2023.7.11
35.33 源氏、半生を語る
「みづからは、幼くより、人に異なるさまにて、ことことしく生ひ出でて、今の世のおぼえありさま、来し方にたぐひ少なくなむありける。されど、また、世にすぐれて悲しきめを見る方も、人にはまさりけりかし。
まづは、思ふ人にさまざま後れ、残りとまれる齢の末にも、飽かず悲しと思ふこと多く、あぢきなくさるまじきことにつけても、あやしくもの思はしく、心に飽かずおぼゆること添ひたる身にて過ぎぬれば、それに代へてや、思ひしほどよりは、今までもながらふるならむとなむ、思ひ知らるる。
君の御身には、かの一節の別れより、あなたこなた、もの思ひとて、心乱りたまふばかりのことあらじとなむ思ふ。后といひ、ましてそれより次々は、やむごとなき人といへど、皆かならずやすからぬもの思ひ添ふわざなり。
高き交じらひにつけても、心乱れ、人に争ふ思ひの絶えぬも、やすげなきを、親の窓のうちながら過ぐしたまへるやうなる心やすきことはなし。そのかた、人にすぐれたりける宿世とは思し知るや。
思ひの外に、この宮のかく渡りものしたまへるこそは、なま苦しかるべけれど、それにつけては、いとど加ふる心ざしのほどを、御みづからの上なれば、思し知らずやあらむ。ものの心も深く知りたまふめれば、さりともとなむ思ふ」
と聞こえたまへば、
「のたまふやうに、ものはかなき身には、過ぎにたるよそのおぼえはあらめど、心に堪へぬもの嘆かしさのみうち添ふや、さはみづからの祈りなりける
とて、残り多げなるけはひ、恥づかしげなり。
「まめやかには、いと行く先少なき心地するを、今年もかく知らず顔にて過ぐすは、いとうしろめたくこそ。さきざきも聞こゆること、いかで御許しあらば」
と聞こえたまふ。
「それはしも、あるまじきことになむ。さて、かけ離れたまひなむ世に残りては、何のかひかあらむ。ただかく何となくて過ぐる年月なれど、明け暮れの隔てなきうれしさのみこそ、ますことなくおぼゆれ。なほ思ふさま異なる心のほどを見果てたまへ
とのみ聞こえたまふを、例のことと心やましくて、涙ぐみたまへるけしきを、いとあはれと見たてまつりたまひて、よろづに聞こえ紛らはしたまふ。
「自分は、幼い時から、人と異なった境遇で、大そうな育ち方をして、今も世人から尊崇されること、過去にもその例がないほどです。しかし、また悲しみの極みを、経験していることも、人並み以上です。
まずは、かわいがってくれた人々に先立たれ、残り少ない齢になっても、いっそう悲しいことが多く、不本意で感心しないことも多く、妙に物思いがちで、不満足な思いが付きまとったままに暮らしてきたが、その代わりというか、思ったより、今まで長生きしたのだ、と思い知るのです。
あなたには、須磨の別離より他に、その前もそのあとも、悩みごとといって、心を乱すほどのことはなかっただろうと思います。后といっても、それより下位の高貴な方々でも、皆必ずや心穏やかならぬ物思いはあるものです。
入内して交わるにも、心を乱し、人と競う思いが絶えず、安らかではないし、親の家で深窓に過ごすような気楽なことはないでしょう。その点ではあなたは良い宿世だったと思い知るべきでしょう。
思いがけなく、女三の宮がお輿入れされたのも、何ともつらいでしょうが、それについては、いよいよ勝るわたしの愛情を、ご自身で、お気づきでないのでしょうか。物の心を深くお知りなのですから、承知のことと思いますが」
と仰せになれば、
「仰るように、寄る辺なき身には、過ぎた宿世だと世間で言われていますが、心に嘆きが絶えないのは、それが自分の祈祷となって命永らえているのでしょうか」
と言って多くを言い残した様子は、源氏が気後れするほどだった。
「本当のところ、先行き少ない心地がします。厄年の今年も知らぬ顔で過ごしているのは、心配です。先にもお願いしましたように、どうか出家をお許しください」
と紫の上が申し上げる。
「それは、できない。あなたと離れてわたしが世に残っては、何の生き甲斐がありましょう。ただなんとなく過ごす年月のように思われますが、明け暮れ親しく過ごすのはうれしいことです。最後まで、格別にあなたを思う気持ちを見届けてください」
と仰せになって、いつものように、紫の上が涙ぐんでいるのを、あわれと思い、あれこれと仰せになって源氏が慰めている。
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35.34 源氏、関わった女方を語る
†「多くはあらねど、人のありさまの、とりどりに口惜しくはあらぬを見知りゆくままに、まことの心ばせおいらかに落ちゐたるこそ、いと難きわざなりけれとなむ、思ひ果てにたる。
大将の母君を、幼かりしほどに見そめて、やむごとなくえ避らぬ筋には思ひしを、常に仲よからず、隔てある心地して止みにしこそ、今思へば、いとほしく悔しくもあれ。
また、わが過ちにのみもあらざりけりなど、心ひとつになむ思ひ出づる。うるはしく重りかにて、そのことの飽かぬかなとおぼゆることもなかりき。ただ、いとあまり乱れたるところなく、すくすくしく、すこしさかしとやいふべかりけむと、思ふには頼もしく、見るにはわづらはしかりし人ざまになむ。
中宮の御母御息所なむ、さま異に心深くなまめかしき例には、まづ思ひ出でらるれど、人見えにくく、苦しかりしさまになむありし。怨むべきふしぞ、げにことわりとおぼゆるふしを、やがて長く思ひつめて、深く怨ぜられしこそ、いと苦しかりしか。
心ゆるびなく恥づかしくて、我も人もうちたゆみ、朝夕の睦びを交はさむには、いとつつましきところのありしかば、うちとけては見落とさるることやなど、あまりつくろひしほどに、やがて隔たりし仲ぞかし。
いとあるまじき名を立ちて、身のあはあはしくなりぬる嘆きを、いみじく思ひしめたまへりしがいとほしく、げに人がらを思ひしも、我罪ある心地して止みにし慰めに、中宮をかくさるべき御契りとはいひながら、取りたてて、世のそしり、人の恨みをも知らず、心寄せたてまつるを、かの世ながらも見直されぬらむ。今も昔も、なほざりなる心のすさびに、いとほしく悔しきことも多くなむ」
と、来し方の人の御上、すこしづつのたまひ出でて、
「内裏の御方の御後見は、何ばかりのほどならずと、あなづりそめて、心やすきものに思ひしを、なほ心の底見えず、際なく深きところある人になむ。うはべは人になびき、おいらかに見えながら、うちとけぬけしき下に籠もりて、そこはかとなく恥づかしきところこそあれ」
とのたまへば、
異人ことびとは見ねば知らぬをこれは、まほならねど、おのづからけしき見る折々もあるに、いとうちとけにくく、心恥づかしきありさましるきを、いとたとしへなきうらなさを、いかに見たまふらむと、つつましけれど、女御は、おのづから思し許すらむとのみ思ひてなむ
とのたまふ。
さばかりめざましと心置きたまへりし人を、今はかく許して見え交はしなどしたまふも、女御の御ための真心なるあまりぞかしと思すに、いとありがたければ、
君こそは、さすがに隈なきにはあらぬものから、人により、ことに従ひ、いとよく二筋に心づかひはしたまひけれ。さらにここら見れど、御ありさまに似たる人はなかりけり。いとけしきこそものしたまへ
と、ほほ笑みて聞こえたまふ。
「宮に、いとよく弾き取りたまへりしことの喜び聞こえむ」
とて、夕つ方渡りたまひぬ。我に心置く人やあらむとも思したらず、いといたく若びて、ひとへに御琴に心入れておはす。
「今は、暇許してうち休ませたまへかし。物の師は心ゆかせてこそ。いと苦しかりつる日ごろのしるしありて、うしろやすくなりたまひにけり」
とて、御琴どもおしやりて、大殿籠もりぬ。
「多くはないが、女性の人柄は、それぞれに見捨てがたく立派な女性を知るにつけ、本当に心ばせがおおらかで落ち着いている女性は、めったにいない、と思うようになりました。
夕霧の母は、幼い頃に見初めて、高貴な大切な方と思っておりましたが、いつも仲が良くなくて、打ち解けた心地になれなかったのは、今思えば、残念に思います。
また、わたしばかりの落ち度でもないが、自分の胸ひとつに思い出しています。端正で重々しく、どの点が不満と思われることもなかった。ただあまりくつろいだことがなく、几帳面で、頭が良すぎる人だったのです、離れて思うには信頼がおけて、共に暮らすには面倒な人だった。
六条の御息所は、人並み優れてたしなみ深い方としてまず思い出されるが、付き合いにくく、気づまりなことも多かった。恨むのも当然と思われることを、長く思いつめて、深く恨むようになったのは、とてもつらかった。
一時も油断できず気を張って、お互いに、朝夕に睦び交わすのは、遠慮して、気を許しては馬鹿にされるのではないか、と体裁をつくろってしまって、そのまま疎遠になってしまった。
わたしと浮名を流して、身分にふさわしくない軽薄さを嘆き、ひどく思いつめていたのが気の毒で、確かに人柄を思いましても、わたしの方が悪かった気がして終わったので、罪滅ぼしに、中宮をこのような宿世にあったとはいえ、取り立てて、世のそしり、人の恨みも意に介さず、お世話したので、あの世からも見直されるだろう。今も昔も、いい加減な好き心に、気の毒なことをし、悔やまれます」
と、今までかかわりのあった女性を少しづつ仰せになって、
「今上帝の女御の母の明石の上は、大した身分でもないので、と軽く見て、気楽な相手と思っていたが、それでも心の底は見えず、きわめて深いところがある人です。うわべは、人に従って、おっとりして見えますが、気を許さないところが底にあって、気を遣う必要のある人です」
と仰せになって、
「他の人は知りませんが、明石の上は、はっきりとではありませんが、何かと様子を見る機会もあるので、とても気安くできず、気おくれするので、わたしの途方もない単純なところを、どう見ていたことか、気が引けますが、女御は、大目に見てくださるだろうと思っています」
と仰せになる。
あれほど身分が低いと遠ざけていた人を、今はこうして許して会って交わるのも、女御の御為に真心から思っているからだと思うに、大そうありがたければ、
「あなたこそ、心に思うところがあっても、相手により、事と次第により、二筋に心遣いしている。まったく大勢の女を見てきましたが、あなた程の人はいない。とても感心させられるお人柄です」
と微笑んで仰せになる。
「三の宮によく弾けたお祝いを言いに行きましょう」
と言って、夕方お渡りになった。三の宮は、自分を快からず思っている人がいると思いもせず、無邪気に、琴を弾いていた。
「今は、師匠を休養させてください。時々は喜ばせてあげないと。つらい日々の苦労があって、もう安心できるまでに上達しました」
と言って、琴を押しやって、寝るのだった。
2020.5.9/ 2021.12.5/ 2023.7.11
35.35 紫の上、発病す
対には、例のおはしまさぬ夜は、宵居したまひて、人びとに物語など読ませて聞きたまふ。
「かく、世のたとひに言ひ集めたる昔語りどもにも、あだなる男、色好み、二心ある人にかかづらひたる女、かやうなることを言ひ集めたるにも、つひに寄る方ありてこそあめれ。あやしく、浮きても過ぐしつるありさまかな。げに、のたまひつるやうに、人より異なる宿世もありける身ながら、人の忍びがたく飽かぬことにするもの思ひ離れぬ身にてや止みなむとすらむ。あぢきなくもあるかな」
など思ひ続けて、夜更けて大殿籠もりぬる、暁方より、御胸を悩みたまふ。人びと見たてまつり扱ひて、
「御消息聞こえさせむ」
と聞こゆるを、
「いと便ないこと」
と制したまひて、堪へがたきを押さへて明かしたまひつ。御身もぬるみて、御心地もいと悪しけれど、院もとみに渡りたまはぬほど、かくなむとも聞こえず。
紫の上は、源氏がいない夜は、宵の間起きていて、女房たちに物語など読ませて聞いていた。
「こうして、世間によくある話として集められた昔物語にも、浮気な男や好色な男や、不実な男にかかわった女、こんな話をたくさん集めたものにも、ついには頼りになる人がいるのだが、自分は寄る辺ない生涯であった。事実、源氏が仰せになったように、人より恵まれた宿世である身ながら、女が堪えがたく不満な気持ちである物思いが離れぬ身で終わるのか。つまらない一生であった」
などと思い続けて、夜更けてから就寝した。明け方頃から、胸が痛む。女房たちが介抱に手を焼いて、
「君にお知らせしよう」
と言うのを聞いて、
「いけません」
と制して、堪えがたいのを押さえて夜を明かした。体も熱くなって、気分が悪かったが、源氏も早くは戻ってこないので、これこれとも、知らせなかった。
2020.5.9/ 2021.12.5/ 2023.7.11
35.36 朱雀院の五十賀、延期される
女御の御方より御消息あるに、
「かく悩ましくてなむ」
と聞こえたまへるに、驚きて、そなたより聞こえたまへるに、胸つぶれて、急ぎ渡りたまへるに、いと苦しげにておはす。
「いかなる御心地ぞ」
とて探りたてまつりたまへば、いと熱くおはすれば、昨日聞こえたまひし御つつしみの筋など思し合はせたまひて、いと恐ろしく思さる。
御粥などこなたに参らせたれど、御覧じも入れず、日一日添ひおはして、よろづに見たてまつり嘆きたまふ。はかなき御くだものをだに、いともの憂くしたまひて、起き上がりたまふこと絶えて、日ごろ経ぬ。
いかならむと思し騒ぎて、御祈りども、数知らず始めさせたまふ。僧召して、御加持などせさせたまふ。そこところともなく、いみじく苦しくしたまひて、胸は時々おこりつつ患ひたまふさま、堪へがたく苦しげなり。
さまざまの御慎しみ限りなけれど、しるしも見えず。重しと見れど、おのづからおこたるけぢめあらば頼もしきを、いみじく心細く悲しと見たてまつりたまふに、異事思されねば、御賀の響きも静まりぬ。かの院よりも、かく患ひたまふよし聞こし召して、御訪らひいとねむごろに、たびたび聞こえたまふ。
女御の方から使いがあって、
「紫の上がお具合が悪い」
と女房から返事があって驚き、女御から源氏に伝わり、源氏がびっくりして急いで行くと、大そう苦しそうにしている。
「どんな気持ちだ」
と体に触ってご覧になると、ひどく熱いので、昨日紫の上に格別に用心するようにと仰せになったことを思い合わせて、恐ろしく感じた。
御粥などが持参され供されたが、源氏は見向きもせず、日がな一日側にいて何やかやと介護して嘆いていた。ちょっとした果物もひどく物憂い気持ちになり、億劫がり、起き上がらずに、日が経った。
どうなることかと胸騒ぎがして、祈りなど、数知れず始めさせた。僧を呼んで、加持をさせた。どこということもなく、ひどく苦しがって、胸の痛みは時々発作が起きて苦しがる様は、堪えがたい苦しみのようだ。
様々の禁忌の慎みが数限りなくされたが、しるしが見えない。重態と見えても、たまたま快方に向かうような兆しがあれば希望が持てるが、ひどく心細く悲しいと思うので、他のことを考える余裕もないので、朱雀院の準備も沙汰止みになった。朱雀院からも、病が重いと聞いて、お見舞いが何度も来た。
2020.5.9/ 2021.12.6/ 2023.7/11
35.37 紫の上、二条院に転地療養
同じさまにて、二月も過ぎぬ。いふ限りなく思し嘆きて、試みに所を変へたまはむとて、二条の院に渡したてまつりたまひつ。院の内ゆすり満ちて、思ひ嘆く人多かり。
冷泉院も聞こし召し嘆く。この人亡せたまはば、院も、かならず世を背く御本意遂げたまひてむと、大将の君なども、心を尽くして見たてまつり扱ひたまふ。
御修法などは、おほかたのをばさるものにて、取り分きて仕うまつらせたまふ。いささかもの思し分く隙には
聞こゆることを、さも心憂く
とのみ恨みきこえたまへど、限りありて別れ果てたまはむよりも目の前に、わが心とやつし捨てたまはむ御ありさまを見ては、さらに片時堪ふまじくのみ、惜しく悲しかるべければ、
「昔より、みづからぞかかる本意深きを、とまりてさうざうしく思されむ心苦しさに引かれつつ過ぐすを、さかさまにうち捨てたまはむとや思す」
とのみ、惜しみきこえたまふに、げにいと頼みがたげに弱りつつ、限りのさまに見えたまふ折々多かるを、いかさまにせむと思し惑ひつつ、宮の御方にも、あからさまに渡りたまはず。御琴どももすさまじくて、皆引き籠められ、院の内の人びとは、皆ある限り二条の院に集ひ参りて、この院には、火を消ちたるやうにて、ただ女どちおはして、人ひとりの御けはひなりけりと見ゆ。
同じ状態が続いて、二月も過ぎた。言いようもなく思い嘆いて、試しに場所を変えてみようと、二条の院に移転した。六条院の中は大騒ぎで、思い嘆く人も多かった。
冷泉院も聞いて嘆いくのであった。紫の上が亡くなれば、源氏も、必ず出家の本懐を遂げてしまうだろうと、夕霧も懸命になって世話をするのだった。
修法などは、普通に行うのはもとより、特別のものを行わせた。紫の上の意識がはっきりしている時は、
「かねてお願いしていることは、お許しがなく残念です」
とのみ、残念そうに言うが、寿命で死んで別れるよりも、目の前に出家して身をやつした姿を見れば、いっそう堪えがたく、悲しいだろうと思い、
「昔から自分が出家したいと思い、後に残して寂しい思いをさせるのを心苦しく思っていたのに、反対に、お前がわたしを捨てて出家するのか」
とのみ、源氏は引き留めるが、確かに、望みが持てないほど弱って、もう最後と思われる折も多々あったので、思い惑いつつ、宮の部屋にも行かなくなった。琴も弾かず、皆片付けられて、六条院の人々は、皆二条の院に集まって、こちらの院は、火を消したようになって、ただ女房たちがいるだけで、紫の上一人の存在がこの院で威勢を誇っていたのだと見えるのだった。
2020.5.10/ 2021.12.6/ 2023.7.11
35.38 明石女御、看護のため里下り
女御の君も渡りたまひて、もろともに見たてまつり扱ひたまふ。
ただにもおはしまさで、もののけなどいと恐ろしきを、早く参りたまひね」
と、苦しき御心地にも聞こえたまふ。若宮の、いとうつくしうておはしますを見たてまつりたまひても、いみじく泣きたまひて、
「おとなびたまはむを、え見たてまつらずなりなむこと。忘れたまひなむかし」
とのたまへば、女御、せきあへず悲しと思したり。
「ゆゆしく、かくな思しそ。さりともけしうはものしたまはじ。心によりなむ、人はともかくもある。おきて広きうつはものには、幸ひもそれに従ひ、狭き心ある人は、さるべきにて、高き身となりても、ゆたかにゆるべる方は後れ、急なる人は、久しく常ならず、心ぬるくなだらかなる人は、長き例なむ多かりける」
など、仏神にも、この御心ばせのありがたく、罪軽きさまを申し明らめさせたまふ。
御修法みずほうの阿闍梨たち、夜居などにても、近くさぶらふ限りのやむごとなき僧などは、いとかく思し惑へる御けはひを聞くに、いといみじく心苦しければ、心を起こして祈りきこゆ。すこしよろしきさまに見えたまふ時、五、六日うちまぜつつ、また重りわづらひたまふこと、いつとなくて月日を経たまへば、「なほ、いかにおはすべきにか。よかるまじき御心地にや」と、思し嘆く。
御もののけなど言ひて出で来るもなし。悩みたまふさま、そこはかと見えず、ただ日に添へて、弱りたまふさまにのみ見ゆれば、いともいとも悲しくいみじく思すに、御心の暇もなげなり。
女御の君もやってきて、源氏と一緒に介護した。
「普通の身体ではないのですから、物の怪が移ると恐ろしい、早くお帰りください」
と、苦しい中で言うのであった。連れていた若宮の、大そう美しい姿を見ても、ひどく泣き出して、
「大きくなるのを、見られないでしょう。わたしのことは、お忘れになるでしょう」
と紫の上が言えば、女御は涙をとどめがたく悲しいと思う。
「縁起でもない。そんなことを思ってはいけません。人は気の持ちようで、どうにもなります。広い心をお持ちの人は幸いもそれに従い、狭い心の人には、そうなるものでして、出世をしても、ゆとりのある点では劣り、気の短い人は、長く地位を保ことはないし、心が穏やかな人は、寿命も長くなる例が多いのです」
と仰せになり、神仏にも(紫の上の)心ばせが稀有で、罪も軽いことを、誓おう。
修法の阿闍梨たちは、寝所の近くに夜中も詰めて、お側近くに控えている高僧などは、源氏が取り乱している様を聞くと、いたわしく思い、奮起して祈るのであった。少し快方に向かったと思われる時が、五、六日あって、また、具合が悪くなって、いつ果てるともなく月日が経ったので、「やはりどうなるのだろう、よくならない病気なのか」と、思い嘆くのだった。
物の怪が出てくるわけでもない。病気の原因が、どこが悪いとも見えず、ただ日が経って、弱ってゆく様子ばかりなので、とにかく悲しく、つらいのだった。心に余裕もない。
2020.5.10/ 2021.12.6/ 2023.7.11
35.39 柏木、女二の宮と結婚
まことや、衛門督は、中納言になりにきかし。今の御世には、いと親しく思されて、いと時の人なり。身のおぼえまさるにつけても、思ふことのかなはぬ愁はしさを思ひわびて、この宮の御姉の二の宮をなむ得たてまつりてける。下臈の更衣腹におはしましければ、心やすき方まじりて思ひきこえたまへり。
人柄も、なべての人に思ひなずらふれば、けはひこよなくおはすれど、もとよりしみにし方こそなほ深かりけれ、慰めがたき姨捨にて、人目に咎めらるまじきばかりに、もてなしきこえたまへり。
なほ、かの下の心忘られず、小侍従といふ語らひ人は、宮の御侍従の乳母の娘なりけり。その乳母の姉ぞ、かの督の君の御乳母なりければ、早くより気近く聞きたてまつりて、まだ宮幼くおはしましし時よりいときよらになむおはします、帝のかしづきたてまつりたまふさまなど、聞きおきたてまつりて、かかる思ひもつきそめたるなりけり。
そう言えば、柏木は、中納言になった。今上のご時世では、ご信任が厚く、今を時めく人だった。声望が高まるにつれ、思いの叶わない愁えが心にわだかまっていて、女三の宮の姉の二の宮を北の方に得た。身分の低い更衣腹であったので、多少軽く思う気持ちがどうしてもあった。
人柄も、普通の身分の女に較べれば、上品な気配はするけれど、元々心にしみている方への思いは深かった。慰めがたい姨捨の月ではないが、人目にあやしまれない程度に、大切に遇していた。
今なお、内心に刻まれた思いが忘れられず、小侍従という相談相手は、宮の侍従の乳母の娘であった。その乳母の姉が、柏木の乳母だったので、三の宮のことは早くから親しく聞いていて、まだ宮が幼いころから、大そう美しいと聞いていた。帝がとても大切にお育てしている様子などを、耳にしていたので、このような思いも生じたのだろう。
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35.40 柏木、小侍従を語らう
かくて、院も離れおはしますほど、人目少なくしめやかならむを推し量りて、小侍従を迎へ取りつつ、いみじう語らふ。
「昔より、かく命も堪ふまじく思ふことを、かかる親しきよすがありて、御ありさまを聞き伝へ、堪へぬ心のほどをも聞こし召させて、頼もしきに、さらにそのしるしのなければ、いみじくなむつらき。
院の上だに、『かくあまたにかけかけしくて、人に圧されたまふやうにて、一人大殿籠もる夜な夜な多く、つれづれにて過ぐしたまふなり』など、人の奏しけるついでにも、すこし悔い思したる御けしきにて、
『同じくは、ただ人の心やすき後見を定めむには、まめやかに仕うまつるべき人をこそ、定むべかりけれ』と、のたまはせて、『女二の宮の、なかなかうしろやすく、行く末長きさまにてものしたまふなること』
と、のたまはせけるを伝へ聞きしに。いとほしくも、口惜しくも、いかが思ひ乱るる。
げに、同じ御筋とは尋ねきこえしかど、それはそれとこそおぼゆるわざなりけれ」
と、うちうめきたまへば、小侍従、
こうして、源氏が離れている間に、人目が少なくひっそりしている間に、柏木は、小侍従を度々邸に呼んで説得するのだった。
「昔からこんなに命を宿めるほど思っているのを、こんな近しいつてがあって御有様を聞き伝え、抑え難い心の程を、伝えて、頼もしく思っていたのに、その効果がなければ、ずいぶんひどいことでしょう。
朱雀院さえ、『源氏がたくさんの女性に情けをかけて、女三の宮が紫の上に気圧されるようになり、姫君は一人寝る夜が多く、所在なく過ごしている』などの噂がある、院は少し悔いる気色をされて、
『同じことなら、臣下を気楽なお世話役に決めていれば、そしてまじめに仕える人にすればよかった』と仰せになって、『女二の宮は、かえって心配がなく、行く末長く無事に過ごすことになるのか』
と仰せになったと伝え聞いております。残念で、口惜しくて、院はどんな気持ちでいることか。実際、同じ血筋と思って、頂戴したのだが、それはそれとして別なのだ」
と思わず嘆声を上げると、小侍従は、
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35.41 小侍従、手引きを承諾
いで、あな、おほけな。それをそれとさし置きたてまつりたまひて、また、いかやうに限りなき御心ならむ
と言へば、うちほほ笑みて、
さこそはありけれ。宮にかたじけなく聞こえさせ及びけるさまは、院にも内裏にも聞こし召しけり。などてかは、さてもさぶらはざらましとなむ、ことのついでにはのたまはせける。いでや、ただ、今すこしの御いたはりあらましかば 
など言へば、
「いと難き御ことなりや。御宿世とかいふことはべなるを、もとにて、かの院の言出でてねむごろに聞こえたまふに、立ち並び妨げきこえさせたまふべき御身のおぼえとや思されし。このころこそ、すこしものものしく、御衣の色も深くなりたまへれ」
と言へば、いふかひなくはやりかなる口強さに、え言ひ果てたまはで、
「今はよし。過ぎにし方をば聞こえじや。ただ、かくありがたきものの隙に、気近きほどにて、この心のうちに思ふことの端、すこし聞こえさせつべくたばかりたまへ。おほけなき心は、すべて、よし見たまへ、いと恐ろしければ、思ひ離れてはべり」
とのたまへば、
「これよりおほけなき心は、いかがはあらむ。いとむくつけきことをも思し寄りけるかな。何しに参りつらむ」
と、はちふく。
「いで、あな、聞きにく。あまりこちたくものをこそ言ひなしたまふべけれ。世はいと定めなきものを、女御、后も、あるやうありて、ものしたまふたぐひなくやは。まして、その御ありさまよ。思へば、いとたぐひなくめでたけれど、うちうちは心やましきことも多かるらむ。
院の、あまたの御中に、また並びなきやうにならはしきこえたまひしに、さしもひとしからぬ際の御方々にたち混じり、めざましげなることもありぬべくこそ。いとよく聞きはべりや。世の中はいと常なきものを、ひときはに思ひ定めて、はしたなく、突き切りなることなのたまひそよ」
とのたまへば、
「人に落とされたまへる御ありさまとて、めでたき方に改めたまふべきにやははべらむ。これは世の常の御ありさまにもはべらざめり。ただ、御後見なくて漂はしくおはしまさむよりは、親ざまに、と譲りきこえたまひしかば、かたみにさこそ思ひ交はしきこえさせたまひためれ。あいなき御落としめ言になむ」
と、果て果ては腹立つを、よろづに言ひこしらへて、
「まことは、さばかり世になき御ありさまを見たてまつり馴れたまへる御心に、数にもあらずあやしきなれ姿を、うちとけて御覧ぜられむとは、さらに思ひかけぬことなり。ただ一言、物越にて聞こえ知らすばかりは、何ばかりの御身のやつれにかはあらむ。神仏にも思ふこと申すは、罪あるわざかは」
と、いみじき誓言をしつつのたまへば、しばしこそ、いとあるまじきことに言ひ返しけれ、もの深からぬ若人は、人のかく身に代へていみじく思ひのたまふを、え否び果てで、
「もし、さりぬべき隙あらば、たばかりはべらむ。院のおはしまさぬ夜は、御帳のめぐりに人多くさぶらひて、御座のほとりに、さるべき人かならずさぶらひたまへば、いかなる折をかは、隙を見つけはべるべからむ」
と、わびつつ参りぬ。
「まあ、とんでもない。女二の宮を差し置いて、途方もないことをお考えになる」
と言えば、微笑んで、
「そういうものです。三の宮に恐れ多くもわたしが求婚したことは、院も帝もご存じです。どうして、柏木が夫になって不足があろうと、ことのついでに院も仰せになっていました。いや、今少しお情けがありましたら」
などと言えば、
「難しいです。元々、宿世ということもあるし、源氏の君が口に出してお望みになったとき、それを阻止でできるほど御身に威勢があったと思っておられるのですか。このころになって、少し出世されて、衣の色も深くなったようですが」
と言えば、とても敵わない口達な女房で、柏木は最後まで言えずに、
「もうよい。過ぎたことを言うのは止めよう。ただこのようなめったにない機会で、近くにいるのに、わたしの心の内の一端でも、少しでも伝えてもらえませんか。大それたことは、そんな恐ろしいことは、よく見ていてください。考えていません」
と言うと、
「これ以上大それた心は、ないでしょう。とても恐ろしいことを思いついたものです。わたしは何しに来たのでしょう」
と、口をとんがらせた。
「まあ、何とも聞きにくいことを。あまり嫌なことを言いなさんな。世は定めなきものにて、女御、后も、事情があって男と情けを交わすこともあるでしょう。まして、宮の様子と言ったら。思えば、大そう高貴な身分に恵まれたお方が、内心不満に思っていることも多いのです。
「朱雀院の多くの御子の中で、並びようもないほどに大切にされて、身分から言えば劣る六条の婦人方に、心外な扱いを受けることもあるのです。よく知っているでしょう。男女の仲は常なきものだから、一概に決めてかかって、はしたなく、言い切るのはよしなさい」
と柏木が言えば、
「ほかの方に引けを取っているからと言って、よい縁組に代えることなどできないでしょう。今の有様は、世の普通の夫婦ではありません。ただ後見がなく頼りない境遇でなく、親代わりにと、譲ったものですから、お互いにそう思ってまじわっているのです。的外れな悪口を言うもんではありません」
と、小侍従が最後は腹を立てたのを、あれこれ言いなだめて、
「本当のところ、あれほど世にも稀な源氏の立派な姿を見馴れた姫君に、物の数でもないあやしい姿を、親しく御覧に入れることなど、思ってもいません。ただ一言、物越しに伝えるだけでは、どんなに御身を汚すことになりましょう。神仏にも思うこと申すのは、罪になるでしょうか」
と、大そうな誓約をしながら言うと、初めのうちは、とんでもないことと断って言い返していたが、考えの浅い若い女房は、柏木が命懸けで思い込んでいるのを断れきれず、
「もしそのような隙があれば、やってみましょう。源氏の院のいない夜は、几帳の周りに女房が多く侍していますので、姫君の御座の側に、侍女が必ず侍しているので、その折がむつかしが、そのうちに、適当な隙を見付けましょう」
と困りながら帰参した。
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35.42 小侍従、柏木を導き入れる
いかに、いかにと、日々に責められ極じて、さるべき折うかがひつけて、消息しおこせたり。喜びながら、いみじくやつれ忍びておはしぬ。
まことに、わが心にもいとけしからぬことなれば、気近く、なかなか思ひ乱るることもまさるべきことまでは、思ひも寄らず、ただ、
「いとほのかに御衣のつまばかりを見たてまつりし春の夕の、飽かず世とともに思ひ出でられたまふ御ありさまを、すこし気近くて見たてまつり、思ふことをも聞こえ知らせては、一行の御返りなどもや見せたまふ、あはれとや思し知る」
とぞ思ひける。
四月十余日ばかりのことなり。御禊明日とて、斎院にたてまつりたまふ女房十二人、ことに上臈にはあらぬ若き人、童女など、おのがじしもの縫ひ、化粧などしつつ、物見むと思ひまうくるも、とりどりに暇なげにて、御前の方しめやかにて、人しげからぬ折なりけり。
近くさぶらふ按察使の君も、時々通ふ源中将、責めて呼び出ださせければ、下りたる間に、ただこの侍従ばかり、近くはさぶらふなりけり。よき折と思ひて、やをら御帳の東面の御座の端に据ゑつ。さまでもあるべきことなりやは。
いつだ、いつだ、と日々責められて、窮してその折をうかがっていて、その時が来て知らせた。喜びながらも、やつれて忍んでやって来た。
実に、自分でもけしからぬことと思うが、近くで見れば、かえって思い乱れる気持ちがまさることまでは、思い及ばなかった、ただ、
「かすかに衣の端を見ることができた春の夕べの、いつまでも忘れられず思い出すようなお姿を、少し近くで見て、思うことをお伝えすれば、一行の返事もいただけるだろう、自分をあわれと思ってくれるだろう」
と思うのだった。
四月十余日ほどのことだった。賀茂の祭りの御禊は明日なので、斎宮に侍する女房たち十二人、ことに身分は高くない若い人々、童女など、それぞれが縫物ををしたり化粧などをしたり、見物に出ようと支度している、忙しそうにして、御前には人があまりいなかった。
近くに侍する按察使あぜち の君も、時々通る源中将げんのちゅうじょう も、無理に呼び出されて、局に下がっている間、ただ小侍従だけ、近くにいた。いい折だと見て、やおら帳の東面の御座の端に柏木を座らせた。そんなところに座らせていいものか。
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35.43 柏木、女三の宮をかき抱く
宮は、何心もなく大殿籠もりにけるを、近く男のけはひのすれば、院のおはすると思したるに、うちかしこまりたるけしき見せて、床の下に抱き下ろしたてまつるに、物に襲はるるかと、せめて見上げたまへれば、あらぬ人なりけり。
あやしく聞きも知らぬことどもをぞ聞こゆるや。あさましくむくつけくなりて、人召せど、近くもさぶらはねば、聞きつけて参るもなし。わななきたまふさま、水のやうに汗も流れて、ものもおぼえたまはぬけしき、いとあはれにらうたげなり。
「数ならねど、いとかうしも思し召さるべき身とは、思うたまへられずなむ。
昔よりおほけなき心のはべりしを、ひたぶるに籠めて止みはべなましかば、心のうちに朽たして過ぎぬべかりけるを、なかなか、漏らしきこえさせて、院にも聞こし召されにしを、こよなくもて離れてものたまはせざりけるに、頼みをかけそめはべりて、身の数ならぬひときはに、人より深き心ざしを空しくなしはべりぬることと、動かしはべりにし心なむ、よろづ今はかひなきことと思うたまへ返せど、いかばかりしみはべりにけるにか、年月に添へて、口惜しくも、つらくも、むくつけくも、あはれにも、いろいろに深く思うたまへまさるに、せきかねて、かくおほけなきさまを御覧ぜられぬるも、かつは、いと思ひやりなく恥づかしければ、罪重き心もさらにはべるまじ」
と言ひもてゆくに、この人なりけりと思すに、いとめざましく恐ろしくて、つゆいらへもしたまはず。
「いとことわりなれど、世に例なきことにもはべらぬを、めづらかに情けなき御心ばへならば、いと心憂くて、なかなかひたぶるなる心もこそつきはべれ、あはれとだにのたまはせば、それをうけたまはりてまかでなむ」
と、よろづに聞こえたまふ。
三の宮は、無心に眠っていたが、近くに男の気配がしたので、源氏の君か来たのかと思ったが、相手はかしこまった様子で、床の下に抱き下ろすので、魔物に襲われたか思い、必死に見上げると、それは違う人だった。
あやしく聞いたこともないことを言った。あさましく気味が悪くなって、人を呼んだが、近くにおらず、聞きつけてくる者もない。わなわなと震えて、水のような汗が流れて、気が動転している様は、あわれに痛々しかった。
「数ならぬ身だが、このようなつれない扱いを受けるとは、思いませんでした。
昔から大それた思いを持っていたので、一心に心に籠めておりましたが、心の中に朽ちさせるべきを、かえって、漏らしましたので朱雀院にも聞こえたのですが、まったく問題にならないことのように、仰せにならなかったので、望みをかけておりましたが、一段劣っていただけで、人より深い心ざしを空しくしてしまう、無念に思う気持ちが、何もかも甲斐なく思い返すのですが、どれほど深く心に取りついてしまったのか、年月が経つにつれ、口惜しくも、つらくも、気味悪くも、あわれにも、さまざまに深く思いがつのるので、堪えかねて、このような大それた様をご覧に入れることになって、いかにも浅はかで恥ずかしいのですが、これ以上の罪を重ねることはしません」
とあれこれ言ったので、この人だ分かったが、何とも意外で恐ろしく、一言も返事をしなかった。
「ご返事がないのもごもっともですが、世に例がないわけでもないが、つれない仕打ちをされるなら、心憂く、かえって一途な気持ちが起きてしまいます、せめて不埒者とだけ仰っていただければ、それを受けて辞去します」
と、あれこれ言うのだった。
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35.44 柏木、猫の夢を見る
よその思ひやりはいつくしく、もの馴れて見えたてまつらむも恥づかしく推し量られたまふに、「ただかばかり思ひつめたる片端聞こえ知らせて、 なかなかかけかけしきことはなくて止みなむ」と思ひしかど、いとさばかり気高う恥づかしげにはあらで、なつかしくらうたげに、やはやはとのみ見えたまふ御けはひの、あてにいみじくおぼゆることぞ、人に似させたまはざりける。
賢しく思ひ鎮むる心も失せて、「いづちもいづちも率て隠したてまつりて、わが身も世に経るさまならず、跡絶えて止みなばや」とまで思ひ乱れぬ。
ただいささかまどろむともなき夢に、この手馴らしし猫の、いとらうたげにうち鳴きて来たるを、この宮に奉らむとて、わが率て来たるとおぼしきを、何しに奉りつらむと思ふほどに、おどろきて、いかに見えつるならむ、と思ふ。
宮は、いとあさましく、うつつともおぼえたまはぬに、胸ふたがりて、思しおぼほるるを、
「なほ、かく逃れぬ御宿世の、浅からざりけると思ほしなせ。みづからの心ながらも、うつし心にはあらずなむ、おぼえはべる」
かのおぼえなかりし御簾のつまを、猫の綱引きたりし夕べのことも聞こえ出でたり。
「げに、さはたありけむよ」
と、口惜しく、契り心憂き御身なりけり。「院にも、今はいかでかは見えたてまつらむ」と、悲しく心細くて、いと幼げに泣きたまふを、いとかたじけなく、あはれと見たてまつりて、人の御涙をさへ拭ふ袖は、いとど露けさのみまさる。
女三の宮は、はたから見れば、威厳があり、馴れ馴れしくお会いするのも気が引けるが、「ただこれほどまでに思いつめている一端でも、伝えて、好色なことはしない」と思っていたが、姫はそれほど気位が高くなく、近づきやすく、やさしく可憐な感じで、どこまでももの柔らかな感じに見える気配で、上品でとても美しく思われるところは、誰とも違う感じだった。
賢く冷静に自制する気持ちも失せて、「どこでもいいから宮を連れ出して隠して、わが身も世に生きず、姿をくらそう」とまで柏木は思い乱れた。
ほんの一瞬うとうとした夢の中で、馴らした猫が、可愛げに鳴いて寄ってきて、この宮にさしあげようと、自分が連れてきたと思われるのだが、どうしてお返しするのだろうとおもい、目が覚めて、何故こんな夢をみたのだろう、と思うのだった。
宮は、ことの成り行きに呆然として、うつつとも思えず、胸がふさがって、悲しみに沈んでいた。
「やはり、逃れられない宿世が、浅くなかったのです、諦めてください。わたしの所業だが、正気ではなかったとお考えください」
柏木は、あの宮にしてみれば覚えがなかった御簾の端を、猫が引いた夕べのことを語った。
「なるほど、そんなことがあったのか」
と、情けなく、こんな宿縁にあった憂きわが身なのだ。「源氏の君にどうしてお会いできようか」と悲しく心細く、子供のように泣きじゃくるのを、柏木は、恐れ多く、あわれと見て、宮の涙ををぬぐう袖は、いつまでも乾くことがなかった。
2020.5.12/ 2021.12.7/ 2023.7.12
35.45 きぬぎぬの別れ
明けゆくけしきなるに、出でむ方なく、なかなかなり
「いかがはしはべるべき。いみじく憎ませたまへば、また聞こえさせむこともありがたきを、ただ一言御声を聞かせたまへ」
と、よろづに聞こえ悩ますも、うるさくわびしくて、もののさらに言はれたまはねば、
「果て果ては、むくつけくこそなりはべりぬれ。また、かかるやうはあらじ」
と、いと憂しと思ひきこえて、
さらば不用なめり。身をいたづらにやはなし果てぬ。いと捨てがたきによりてこそ、かくまでもはべれ。今宵に限りはべりなむもいみじくなむ。つゆにても御心ゆるしたまふさまならば、それに代へつるにても捨てはべりなまし」
とて、かき抱きて出づるに、果てはいかにしつるぞと、あきれて思さる。
隅の間の屏風をひき広げて、戸を押し開けたれば、渡殿の南の戸の、昨夜入りしがまだ開きながらあるに、まだ明けぐれのほどなるべし、ほのかに見たてまつらむの心あれば、格子をやをら引き上げて、
「かう、いとつらき御心に、うつし心も失せはべりぬ。すこし思ひのどめよと思されば、あはれとだにのたまはせよ」
と、脅しきこゆるを、いとめづらかなりと思して物も言はむとしたまへど、わななかれて、いと若々しき御さまなり。
ただ明けに明けゆくに、いと心あわたたしくて、
「あはれなる夢語りも聞こえさすべきを、かく憎ませたまへばこそ。さりとも、今思し合はすることもはべりなむ」 とて、のどかならず立ち出づる明けぐれ、秋の空よりも心尽くしなり
起きてゆく空も知られぬ明けぐれに
いづくの露のかかる袖なり

と、ひき出でて愁へきこゆれば、出でなむとするに、すこし慰めたまひて、
明けぐれの空に憂き身は消えななむ
夢なりけりと見てもやむべく

と、はかなげにのたまふ声の、若くをかしげなるを、聞きさすやうにて出でぬる魂は、まことに身を離れて止まりぬる心地す
夜が明けてゆき、帰る気にもなれず、つらい逢瀬であった。
「どうしましょう。ひどくわたしを憎んでいますね、また話ができる機会はないだろうから、ただ一声言ってください」
と、あれこれと言って悩ますが、宮はにはうるさく情けなく、何も仰らないので、
「しまいには、疎ましくなる。それにこんなことはほかに例がないでしょう」
と、柏木はひどいと思って、
「それではもう駄目なのですね。いっそ死んだ方がましだ。命に未練があるから、逢いに来ているのです。今宵限りの命と覚悟を決めますのもとても悲しい。少しでも気持ちを聞いてくだされば、その代わりに命を捨ても悔いがありません」
とて、柏木が抱いて出ようとすると、どうするつもりと、姫君は呆然としいる。
隅の間の屏風を開いて、妻戸を押し開ければ、渡殿の南の戸が、昨夜入って来たままに開いていたので、まだ明け切れていないほの暗さのなかで、少しでも宮を見たい気持ちで、格子をやおら引き上げて、 
「こんなに、つれない御心に正気も失せます。少し落ち着かせようとお思いなら、不憫な奴とでも仰ってください」
と脅すように言うのを、宮は、珍しい人と思って、物を言おうとしたが、わなわなと震えが止まらず、いかにも幼いのだった。
だんだんに明けてゆくので、とても気が気でなく、
「あわれな夢物語もしたいですが、こんなに憎まれては。それでも、いずれ思い当たることもありましょう」 とて、気もそぞろに、明けてゆく朝を、秋の空よりもあらゆる悲しみをそそる。
(柏木)「起きてどこへいったらいいのか明けぐれの
どこの露がこの袖にかかっているのか」
と、袖を引き出して憂いを述べれば、帰ろうとするので、少しほっとして、
(女三の宮)「明けぐれの空に悲しいこの身は消えてほしい
あのことは夢であってほしい」
とか細く言う声の、幼く可愛らしい声を、聞き終わらぬうちに出た男の魂は、本当に身を離れて宮の袖に止まった気がする。
2020.5.12/ 2021.12.7/ 2023.7.12
35.46 柏木と女三の宮の罪の恐れ
† 女宮の御もとにも参うでたまはで、大殿へぞ忍びておはしぬる。うち臥したれど目も合はず、見つる夢のさだかに合はむことも難きをさへ思ふに、かの猫のありしさま、いと恋しく思ひ出でらる。
「さてもいみじき過ちしつる身かな。世にあらむことこそ、まばゆくなりぬれ」
と、恐ろしくそら恥づかしき心地して、ありきなどもしたまはず。女の御ためはさらにもいはず、わが心地にもいとあるまじきことといふ中にも、むくつけくおぼゆれば、思ひのままにもえ紛れありかず。
帝の御妻をも取り過ちて、ことの聞こえあらむに、かばかりおぼえむことゆゑは、身のいたづらにならむ、苦しくおぼゆまじ。しか、いちじるき罪にはあたらずとも、この院に目をそばめられたてまつらむことは、いと恐ろしく恥づかしくおぼゆ。
限りなき女と聞こゆれど、すこし世づきたる心ばへ混じり、上はゆゑあり子めかしきにも、従はぬ下の心添ひたるこそ、とあることかかることにうちなびき、心交はしたまふたぐひもありけれ、これは深き心もおはせねど、ひたおもむきにもの懼ぢしたまへる御心に、ただ今しも、人の見聞きつけたらむやうに、まばゆく、恥づかしく思さるれば、明かき所にだにえゐざり出でたまはず。いと口惜しき身なりけりと、みづから思し知るべし。
悩ましげになむ、とありければ、大殿聞きたまひて、いみじく御心を尽くしたまふ御事にうち添へて、またいかにと驚かせたまひて、渡りたまへり。
そこはかと苦しげなることも見えたまはず、いといたく恥ぢらひしめりて、さやかにも見合はせたてまつりたまはぬを、「久しくなりぬる絶え間を恨めしく思すにや」と、いとほしくて、かの御心地のさまなど聞こえたまひて、
「今はのとぢめにもこそあれ。今さらにおろかなるさまを見えおかれじとてなむ。いはけなかりしほどより扱ひそめて、見放ちがたければ、かう月ごろよろづを知らぬさまに過ぐしはべるぞ。おのづから、このほど過ぎば、見直したまひてむ」 など聞こえたまふ。かくけしきも知りたまはぬも、いとほしく心苦しく思されて、宮は人知れず涙ぐましく思さる。
柏木は北の方の所へゆかず、実家にこっそり帰った。うつぶせになって目を合わせられず、見た夢が確かにその通りになることも難しく、あの猫の有様を、恋しく思い出すのだった。
「それにしてもとんでもない過ちをした。この世に生きてゆくことができなくなった」
と、恐ろしくもひどく恥ずかしく、外歩きもできない。女のためにも、自分の心にも、あるまじきことをしたという気持ちでいっぱいで、恐ろしいことをしたという思いで、思うままに外歩きもできない。
たとえ、帝の妻と間違いを犯してことが露見したとしても、これ程の慚愧の念に苦しむのなら、命を捨ててしまえば、苦しまなくてすむだろう。もっと軽い罪でも、源氏の君に睨まれたら、とても恐ろしく顔向けできないと思った。
この上なく高貴な婦人であっても、少し男女の仲も知り、表面はたしなみがありおっとりしていても、素地がそうでない人は、あれやこれやの男の甘言になびき、情を交える例もある。女三の宮は、情を交えて承知の上で許したわけではなく、ただ一途にものにおびえる性分で、今も、人に知られたらどうしよう、後ろめたく、顔向けできないと思うので、明るい所にいざり出ることもしない。いかにも情けない身と自分でも思うのであった。
宮が病気のようだ、と連絡があり、源氏がそれを聞いて、紫の上の看病に専念していることに加えて、またどうしたことかと驚いて、見舞いに来た。
どことなく苦しいところもよくわからず、ひどく恥じらって、目を合わせるのを避けてはっきりとは顔も見せないので、「久しく来なかったので、恨んでいるのだろうか」と、かわいそうになって、紫の上の病状をあれこれ話して、
「これが最後かもしれません。今になって、薄情な扱いを受けたと思われてもいけない。幼いころから面倒を見ているから、放っておけません。ここ何か月は、ほかのことは全部放置してきました。この時期が過ぎましたら、改めましょう」など、仰せになる。源氏が何も知らないのも、申し訳なく心苦しく、宮は人知れず涙むのであった。
2020.5.13/ 2021.12.8/ 2023.7.13
35.47 柏木と女二の宮の夫婦仲
かむの君は、まして、なかなかなる心地のみまさりて、起き臥し明かし暮らしわびたまふ。祭の日などは、物見に争ひ行く君達かき連れ来て言ひそそのかせど、悩ましげにもてなして、眺め臥したまへり。
女宮をば、かしこまりおきたるさまにもてなしきこえて、をさをさうちとけても見えたてまつりたまはず、わが方に離れゐて、いとつれづれに心細く眺めゐたまへるに、童べの持たる葵を見たまひて、
悔しくぞ摘み犯しける葵草
神の許せるかざしならぬに

と思ふも、いとなかなかなり。
世の中静かならぬ車の音などを、よそのことに聞きて、人やりならぬつれづれに、暮らしがたくおぼゆ。
女宮も、かかるけしきのすさまじげさも見知られたまへば、何事とは知りたまはねど、恥づかしくめざましきに、もの思はしくぞ思されける。
女房など、物見に皆出でて、人少なにのどやかなれば、うち眺めて、箏の琴なつかしく弾きまさぐりておはするけはひも、さすがにあてになまめかしけれど、「同じくは今ひと際及ばざりける宿世よ」と、なほおぼゆ。
もろかづら落葉を何に拾ひけむ
名は睦ましきかざしなれども

と書きすさびゐたる、いとなめげなるしりうごとなりかし。
柏木は、鬱屈した気持で、起き伏し所在なく暮らしている。葵祭の日は、物見に競ってゆく君達が連れ立って、誘ってくるが、病気をよそおって、物思いに沈んでいる。
北の方の二の宮を、かしこまって遇しているが、親しくお逢いすることもない、自分の部屋に籠って、所在なげに心細く思いに沈んでいて、童の持っている葵を見て、
(柏木) 「悔いている大それた過ちを犯した葵草
神の許した仲でもないのに」
と思うが、鬱屈した気持ちは晴れない。
世の中のあわただしい車の音など、他所のことに聞いて、誰のせいでもない所在なさに一日がとても長く感じる。
女二の宮も、柏木のこのようなすさまじい様子も知っているので、その理由は知らなかったが、自尊心は傷つき、おもしろくない思いでいる。
女宮の女房たちは、皆物見に出かけて、閑散として、物思いに沈み、筝の琴を懐かしそうに弾いている様子は、さすがに上品で優雅であり、柏木は、「同じ皇女でも、今ひとつ上の宮を頂けなかった」と、今でも思っている。
(柏木)「ご姉妹の中で、どうして落ち葉を拾ったのか
どちらも朱雀院のご息女だけど」
と書きすさんでいる。いかにも馬鹿にした言い草だ。
2020.5.14/ 2021.12.9/ 2023.7.13
35.48 紫の上、絶命す
大殿の君は、まれまれ渡りたまひて、えふとも立ち帰りたまはず、静心なく思さるるに、
「絶え入りたまひぬ」
とて、人参りたれば、さらに何事も思し分かれず、御心も暮れて渡りたまふ。道のほどの心もとなきに、げにかの院は、ほとりの大路まで人立ち騒ぎたり。殿のうち泣きののしるけはひ、いとまがまがし。我にもあらで入りたまへれば、
「日ごろは、いささか隙見えたまへるを、にはかになむ、かくおはします」
とて、さぶらふ限りは、我も後れたてまつらじと、惑ふさまども、限りなし。御修法どもの檀こぼち、僧なども、さるべき限りこそまかでね、ほろほろと騒ぐを見たまふに、「さらば限りにこそは」と思し果つるあさましさに、何事かはたぐひあらむ。
「さりとも、もののけのするにこそあらめ。いと、かくひたぶるにな騷ぎそ」
と鎮めたまひて、いよいよいみじき願どもを立て添へさせたまふ。すぐれたる験者どもの限り召し集めて、
「限りある御命にて、この世尽きたまひぬとも、ただ、今しばしのどめたまへ。不動尊の御本の誓ひあり。その日数をだに、かけ止めたてまつりたまへ」
と、頭よりまことに黒煙を立てて、いみじき心を起こして加持したてまつる。院も、
「ただ、今一度目を見合はせたまへ。いとあへなく限りなりつらむほどをだに、え見ずなりにけることの、悔しく悲しきを」
と思し惑へるさま、止まりたまふべきにもあらぬを、見たてまつる心地ども、ただ推し量るべし。いみじき御心のうちを、仏も見たてまつりたまふにや、月ごろさらに現はれ出で来ぬもののけ、小さき童女に移りて、呼ばひののしるほどに、やうやう生き出でたまふに、うれしくもゆゆしくも思し騒がる。
源氏は、たまに宮のところに寄って、すぐにも帰るわけにもゆかず、落ち着きなく思っていると、
「息が絶えました」
と、使いが来たので、もう何も考えられず、心が真っ暗になって帰った。道のほども心もとなく、実に二条院は、大路まで人が騒いでいた。邸の中は、泣き叫ぶ声がかしましい、不吉な感じがして、我を忘れて邸に入ると、
「ここ数日は、容体が少しよろしかったのですが、にわかにお亡くなりました」
と、侍する限りの女房たちは、遅れずに後をお供しようと惑い泣くこと限りない。修法の壇を壊して、僧もしかべき者たちを残して辞去した。ほろほろと騒ぐのを見ると、「もう最後なのだ」と思い果てる様は、何にたとえられよう。
「しかし、それでも物の怪のしわざであろう。そんなに大仰に騒ぐでない」
と静めて、いよいよ蘇生の願を立てようとするのだった。すぐれた験者たちだけ集めて、
「限りある命は、この世では尽きた。しかし今少し命を延したまえ。不動尊の御本尊もあります。その日数だけこの世に命を長らえてください」
と頭から本当に黒煙を立てて、僧たちは必死に加持祈祷する。源氏も、
「ただ今一度、会わせてください。はかない最後のときも、会えなかったのですから、口惜しく悲しい」
と思いまどう様に、命が止まるべくもないのだが、見ている人々の動揺は、推し量ってください。必死の願いに、仏も見てあわれを感じたのであろう、月ごろ現れなかった物の怪が、小さい童女に移って、大声で呼びののしるうちに、死者はようやく生き返って、源氏はうれしくも由々しくも心が騒いだ。
2020.5.13/ 2021.12.9/ 2023.7.14
35.49 六条御息所の死霊出現
いみじく調ぜられて
「人は皆去りね。院一所の御耳に聞こえむ。おのれを月ごろ調じわびさせたまふが、情けなくつらければ、同じくは思し知らせむと思ひつれど、さすがに命も堪ふまじく、身を砕きて思し惑ふを見たてまつれば、今こそ、かくいみじき身を受けたれ、いにしへの心の残りてこそ、かくまでも参り来たるなれば、ものの心苦しさをえ見過ぐさで、つひに現はれぬること。さらに知られじと思ひつるものを」
とて、髪を振りかけて泣くけはひ、ただ昔見たまひしもののけのさまと見えたり。あさましく、むくつけしと、思ししみにしことの変はらぬもゆゆしければ、この童女の手をとらへて、引き据ゑて、さま悪しくもせさせたまはず。
「まことにその人か。よからぬ狐などいふなるものの、たぶれたるが、亡き人の面伏なること言ひ出づるもあなるを、たしかなる名のりせよ。また人の知らざらむことの、心にしるく思ひ出でられぬべからむを言へ。さてなむ、いささかにても信ずべき」
とのたまへば、ほろほろといたく泣きて、
わが身こそあらぬさまなれそれながら
そらおぼれする君は君なり

いとつらし、いとつらし」
と泣き叫ぶものから、さすがにもの恥ぢしたるけはひ、変らず、なかなかいと疎ましく、心憂ければ、もの言はせじと思す。
「中宮の御事にても、いとうれしくかたじけなしとなむ、天翔りても見たてまつれど、道異になりぬれば、子の上までも深くおぼえぬにやあらむ、なほ、みづからつらしと思ひきこえし心の執なむ、止まるものなりける。
その中にも、生きての世に、人より落として思し捨てしよりも、思ふどちの御物語のついでに、心善からず憎かりしありさまをのたまひ出でたりしなむ、いと恨めしく。今はただ亡きに思し許して、異人の言ひ落としめむをだに、はぶき隠したまへとこそ思へ、とうち思ひしばかりに、かくいみじき身のけはひなれば、かく所狭きなり。
この人を、深く憎しと思ひきこゆることはなけれど、守り強く、いと御あたり遠き心地して、え近づき参らず、御声をだにほのかになむ聞きはべる。
よし、今は、この罪軽むばかりのわざをせさせたまへ。修法、読経とののしることも、身には苦しくわびしき炎とのみまつはれて、さらに尊きことも聞こえねば、いと悲しくなむ。
中宮にも、このよしを伝へ聞こえたまへ。ゆめ御宮仕へのほどに、人ときしろひ嫉む心つかひたまふな。斎宮におはしまししころほひの御罪軽むべからむ功徳のことを、かならずせさせたまへ。いと悔しきことになむありける」
など、言ひ続くれど、もののけに向かひて物語したまはむも、かたはらいたければ、封じ込めて、上をば、また異方に、忍びて渡したてまつりたまふ。
物の怪はひどく懲らしめられて、
「人払いをしてください。あなたにのみ言いましょう。わたしを月ごろ懲らしめ容赦なく調伏されるので、取りついたついでに、息絶えさせようと思いましたが、君が命懸けで、一心に祈っているのを見ますと、いまでこそ悪道に堕ちた身ですが、昔の愛執が残っており、お側にきたのですから、お気の毒な様子を見過ごすことができず、とうとう正体を現しました。決して知られまいと思っておりましたのに」
といって、顔を隠そうと髪を振りかけて泣く様は、昔見た物の怪と同じと見た。こんなことがこの世にあろうか恐ろしいことだ、と思ったことも同じく思い出され、この童女の手を取って、引き据え、無様な振舞いをさせない。
「本当にあなたなのか。質の悪い狐の狂ったのが、亡き人の不名誉になることを口走るのもあるようだ、はっきり名乗りなさい。他の人が知らないことで、わたしにはっきり思い当たることを言ってみるがよい。それが示せたら、いささかでも信じよう」
と仰せになると、ほろほろとひどく泣いて、
(物の怪)「わが身は変わり果てた姿になりましたが、
あなたは昔の通りで素知らぬふりをするのですか。
ほんとにひどい、ひどいこと」
と泣き叫び、恥じらいを見せている気配は、昔のままなので、かえって嫌らしく、気味悪く、喋らせまいと思う。
「中宮のことは、うれしくかたじけないと思う。霊界で天かけって見ておりましたが、世界が違うので、子の身の上まで深く思いやれずに、自分がつらいと思ったあなたへの執念に、思いがとどってしまうようです。
その中でも、生きていた世で、人よりも軽んじられて捨てられたことよりも、思い出すままに語られた話の中で、ひにくれて扱いにくい女だったと仰っていたことが、ひどく恨めしい。今は死んだ者と大目に見て、他人が悪口を言っても、否定してかばってください。こんな恐ろしい身になったので、思い通りにできないのです。
紫の上を心底憎いと思っているわけではないが、あなたの身の守りが強く、お側に寄れず、近づけず、あなたの声がかすかに聞こえるだけです。
ぜひ今は、わたしの罪が軽くなる法要をやってください。修法、読経とののしることも、この身には苦しくつらい炎に包まれているので、尊いお経も聞こえず、大そう悲しいです。
中宮にもこの由をお伝えください。宮仕えにも、人と争って妬む心を持ってはいけません。斎宮の頃のお勤めで仏事を遠ざけていた罪もあり功徳を積んでください。必ずするようにしてください。心から悔やまれます」
などと言い続けるが、物の怪に向かって話をするのも、具合が悪いので、別室に憑坐よりましを封じ込めて、紫の上はまた別の部屋へ秘かに移した。
2020.5.14/ 2021.12.9/ 2023.7.14
35.50 紫の上、死去の噂流れる
かく亡せたまひにけりといふこと、世の中に満ちて、御弔らひに聞こえたまふ人びとあるを、いとゆゆしく思す。今日の帰さ見に出でたまひける上達部など、帰りたまふ道に、かく人の申せば、
「いといみじきことにもあるかな。生けるかひありつる幸ひ人の、光失ふ日にて、雨はそほ降るなりけり」
と、うちつけ言したまふ人もあり。また、
「かく足らひぬる人は、かならずえ長からぬことなり。『何を桜に』といふ古言もあるは。かかる人の、いとど世にながらへて、世の楽しびを尽くさば、かたはらの人苦しからむ。今こそ、二品の宮は、もとの御おぼえ現はれたまはめ。いとほしげに圧されたりつる御おぼえを」
など、うちささめきけり。
衛門督、昨日暮らしがたかりしを思ひて、今日は、御弟ども、左大弁、藤宰相など、奥の方に乗せて見たまひけり。かく言ひあへるを聞くにも、胸うちつぶれて、
何か憂き世に久しかるべき
と、うち誦じ独りごちて、かの院へ皆参りたまふ。たしかならぬことなればゆゆしくや、とて、ただおほかたの御訪らひに参りたまへるに、かく人の泣き騒げば、まことなりけりと、立ち騷ぎたまへり。
式部卿宮も渡りたまひて、いといたく思しほれたるさまにてぞ入りたまふ。人の御消息も、え申し伝へたまはず。大将の君、涙を拭ひて立ち出でたまへるに、
「いかに、いかに。ゆゆしきさまに人の申しつれば、信じがたきことにてなむ。ただ久しき御悩みをうけたまはり嘆きて参りつる」
などのたまふ。
「いと重くなりて、月日経たまへるを、この暁より絶え入りたまへりつるを、もののけのしたるになむありける。やうやう生き出でたまふやうに聞きなしはべりて、今なむ皆人心静むめれど、まだいと頼もしげなしや。心苦しきことにこそ」
とて、まことにいたく泣きたまへるけしきなり。目もすこし腫れたり。衛門督、わがあやしき心ならひにや、『この君の、いとさしも親しからぬ継母の御ことを、いたく心しめたまへるかな』、と目をとどむ。
かく、これかれ参りたまへるよし聞こし召して、
「重き病者の、にはかにとぢめつるさまなりつるを、女房などは、心もえ収めず、乱りがはしく騷ぎはべりけるに、みづからもえのどめず、心あわたたしきほどにてなむ。ことさらになむ、かくものしたまへるよろこびは聞こゆべき」
とのたまへり。督の君は胸つぶれて、かかる折のらうらうならずはえ参るまじく、けはひ恥づかしく思ふも、心のうちぞ腹ぎたなかりける。
紫の上がこうして、死んだという噂が世の中に満ちて、弔いに訪れる人々があって、源氏は縁起でもないと思う。葵祭の斎院の帰りの日の見物をした上達部たちは、道々にこの話題を出せば、
「それは大へんなことになったものだ。この世の栄華を極めた人が、亡くなる日だから、雨がそぼ降るのですね」
と突然言う人もある。また、
「このように満ち足りた人は、必ずしも長生きしない。『何を桜に』という古言もある。このような人の、長生きして、世の楽しみを尽くしたなら、はたの人が困るというものだ。いまこそ女三の宮は、本来のご寵愛を受けるだろう。おいたわしくも紫の上に圧されていた寵愛を」
などと、噂しあっていた。
柏木は、昨日の過ごしがたいつれづれに懲りて、今日は、弟たち、左大弁、藤宰相などと、奥の方に乗って見物に出かけた。こんな噂話に、胸ふさがって、
「桜は早々と散る、世に久しいものはない」
と吟じて独りごとを言って、二条の院へ皆行くのだった。確かではないので、縁起でもないことになっては、とて、普通の訪問を装って参上したが、人々が泣き騒いでいるので、本当だ、と騒ぐのであった。
式部卿の宮も二条院を訪問して、悲しみにご放心した様子で入っていった。人の来訪にも、ご挨拶もできず、夕霧の君が涙を拭って出てくると、
「一体どうしたのですか。縁起でもないことを皆が言っている、信じがたい。久しく病気と承っていたのでお見舞いに来ました」
などと仰せになる。
「病気が重くなって、月日が経ちますが、この暁に息が絶えたのですが、物の怪の仕業でありました。ようやく息をふきかえしたと聞いております。今皆ほっとしているようですが、まだ安心できません。おいたわしい限りです」
と言って、本当にひどく泣いた気色であった。目元が少しはれていた。柏木は、自分の恋心にてらして、『この君も、さして親しくもしていない継母のことを、ずいぶん心に思っていたのか』、と目に止めた。
このように見舞客が来てるのを源氏は聞いて、
「病気が重くなって、にわかに臨終かと思われる様子になり、女房たちは、落ち着かず、騒がしいので、わたしも落ち着きもなくなって、あわただしい。後日改めて、こうしてお出で下さったお礼は申し上げることにしよう」
と源氏は仰せになった。柏木は胸がつぶれて、このような事情がなければ参上できず、気が引けるのも、心のうちが、後ろめたいからだ。
2020.5.14/ 2021.12.9/ 2023.7.14
35.51 紫の上、蘇生後に五戒を受く
かく生き出でたまひての後しも、恐ろしく思して、またまた、いみじき法どもを尽くして加へ行なはせたまふ。
うつし人にてだに、むくつけかりし人の御けはひの、まして世変はり、妖しきもののさまになりたまへらむを思しやるに、いと心憂ければ、中宮を扱ひきこえたまふさへぞ、この折はもの憂く、言ひもてゆけば、女の身は、皆同じ罪深きもとゐぞかしと、なべての世の中厭はしく、かの、また人も聞かざりし御仲の睦物語に、すこし語り出でたまへりしことを言ひ出でたりしに、まことと思し出づるに、いとわづらはしく思さる。
御髪下ろしてむと切に思したれば、忌むことの力もやとて、御頂しるしばかり挟みて、五戒ばかり受けさせたてまつりたまふ。御戒の師、忌むことのすぐれたるよし、仏に申すにも、あはれに尊きこと混じりて、人悪く御かたはらに添ひゐて、涙おし拭ひたまひつつ、仏を諸心に念じきこえたまふさま、世にかしこくおはする人も、いとかく御心惑ふことにあたりては、え静めたまはぬわざなりけり。
いかなるわざをして、これを救ひかけとどめたてまつらむとのみ、夜昼思し嘆くに、ほれぼれしきまで、御顔もすこし面痩せたまひにたり。
こうして生き返った後も、恐ろしくて、またまた大そうな修法を数多く尽くして、加持祈祷を行わせた。
六條御息所は生きていたときでさへ、恐ろしい人だったのに、まして死んでから、妖しい物になってしまったことを思うと、まことに気味が悪く、中宮をお世話すのも、この際は物憂くとどのつまりは、女というものは、皆同じく罪深い根源になっているのだ、男女の仲のすべてが厭わしく、あの、他の人が聞いていないはずの寝間の睦言も、すこし言い出したので、確かにそうだった、と思うと、ひどくわずらわしく思うのだった。
病人が剃髪出家したいと切に望んでいるので、持戒の功徳で回復することもあろうかと、頭髪にしるしばかりに鋏をいれて、五戒だけを受けさせた。戒を授ける師は、持戒の功徳が大きいことを、仏に申すにも、尊い言葉も交っていて、源氏は見苦しくまでに側に添って、仏を一心に念じ申し上げる様、世に偉い方も、このように心惑うことにあっては、冷静ではいられないのだ。
どんなことをしても紫の上を救いたいと思いつめていたので、夜昼思い嘆くに、腑抜けになってしまったように、顔も痩せてしまった。
2020.5.15/ 2021.12.9/ 2023.7.14
35.52 紫の上、小康を得る
五月などは、まして、晴れ晴れしからぬ空のけしきに、えさはやぎたまはねど、ありしよりはすこし良ろしきさまなり。されど、なほ絶えず悩みわたりたまふ。
もののけの罪救ふべきわざ、日ごとに法華経一部づつ供養ぜさせたまふ。日ごとに何くれと尊きわざせさせたまふ。御枕上近くても、不断の御読経、声尊き限りして読ませたまふ。現はれそめては、折々悲しげなることどもを言へど、さらにこのもののけ去り果てず。
いとど暑きほどは、息も絶えつつ、いよいよのみ弱りたまへば、いはむかたなく思し嘆きたり。なきやうなる御心地にも、かかる御けしきを心苦しく見たてまつりたまひて、
世の中に亡くなりなむも、わが身にはさらに口惜しきこと残るまじけれど、かく思し惑ふめるに、空しく見なされたてまつらむが、いと思ひ隈なかるべければ」、思ひ起こして、御湯などいささか参るけにや、六月になりてぞ、時々御頭もたげたまひける。めづらしく見たてまつりたまふにも、なほ、いとゆゆしくて、六条の院にはあからさまにもえ渡りたまはず。
五月になって、梅雨がちで晴れることのない空の気色で、すっきりした気分にはなれないが、以前よりは良くなった。それでも、絶え間なく物の怪に悩まされる。
御息所の死霊の罪を救うべく、毎日法華経を一部ずつ供養させた。日ごとにあれこれと尊い供養をさせるのだった。枕上近くで、不断の読経、声の好い僧ばかりで読ませた。物の怪は現れそうになり、時々悲しげなことを言うが、それでもまったく消え去ることはなかった。
暑くなると、紫の上は息も絶えそうになるが、いよいよ弱ってくると、言いようもなく源氏は思い嘆いた。意識もないような状態でも源氏の悲しむ様子を心苦しく見て、
「世の中からわたしが亡くなっても、わたしは未練がないが、このような心痛をされて、はかなくなった自分の姿を空しくご覧に入れるのは、わたしの思いが至らないからだ」と気を奮い起こして、薬などを飲んだせいか、六月になって、時々頭をあげるようになった。源氏は、久しぶりのことと喜ばれるが、まだとても心配で、六条の院には、時折も帰らなかった。
2020.5.15/ 2021.12.9/ 2023.7.14
35.53 女三の宮懐妊す
姫宮は、あやしかりしことを思し嘆きしより、やがて例のさまにもおはせず、悩ましくしたまへど、おどろおどろしくはあらず、立ちぬる月より、物きこし召さで、いたく青みそこなはれたまふ。
かの人は、わりなく思ひあまる時々は、夢のやうに見たてまつりけれど、宮、尽きせずわりなきことに思したり。院をいみじく懼ぢきこえたまへる御心に、ありさまも人のほども、等しくだにやはある、いたくよしめきなまめきたれば、おほかたの人目にこそ、なべての人には優りてめでらるれ、幼くより、さるたぐひなき御ありさまに馴らひたまへる御心には、めざましくのみ見たまふほどに、かく悩みわたりたまふは、あはれなる御宿世にぞありける。
御乳母たち見たてまつりとがめて、院の渡らせたまふこともいとたまさかになるを、つぶやき恨みたてまつる。
かく悩みたまふと聞こし召してぞ渡りたまふ。女君は、暑くむつかしとて、御髪澄まして、すこしさはやかにもてなしたまへり。臥しながらうちやりたまへりしかば、とみにも乾かねど、つゆばかりうちふくみ、まよふ筋もなくて、いときよらにゆらゆらとして、青み衰へたまへるしも、色は真青に白くうつくしげに、透きたるやうに見ゆる御肌つきなど、世になくらうたげなり。もぬけたる虫の殻などのやうに、まだいとただよはしげにおはす。
年ごろ住みたまはで、すこし荒れたりつる院の内、たとしへなく狭げにさへ見ゆ。昨日今日かくものおぼえたまふ隙にて、心ことにつくろはれたる遣水、前栽の、うちつけに心地よげなるを見出だしたまひても、あはれに、今まで経にけるを思ほす。
三の宮は、あの思いがけない出来事を思い嘆いて以来、いつもの具合ではなく、病気がちになり、ひどい病状ではなく、月が改まって、食欲もなく、青ざめてやつれている。
柏木は、思い堪えかねる時々には、夢のようにはかなく文を遣ったが、宮は、どこまでも無体なことと思っていた。源氏をひどく怖がっていて、所作や人柄も、柏木は源氏と同列と言えようか、とんでもない、ひどく気取っている様子など、大かたの人には、並みの人より優れていてると見えるだらうが、幼いころから源氏の類ない素晴らしさに馴れた身には、柏木を身の程知らずと見ていて、こんな胤を宿して病んでいる身には、あわれな宿世だった。
乳母たちは気が付いて、源氏がお越になるのもほんのたまになのに、とつぶやいている。
こうして宮が病気がちと聞いて、源氏が六条院に来た。紫の上は、暑くうっとうしいので、髪を洗って、少しさっぱりした風情であった。横になったまま、髪を広げて、すぐには乾かないので、少し湿気を含んで、いささかも癖はなく毛筋はまっすぐ伸びて、美しくゆらゆらして、青味がかってやつれた顔が白くはえて、透き通るように見える肌の色など、この上なく愛おしかった。脱皮した虫の殻などのように、まだひどく頼りなさそうであった。
長く住んでいなかったので、少し荒れた二条の院の中は、大分狭くさへ見える。昨日今日と気持ちのはっきりした隙に、心をこめて作った鑓水、前栽の突然に心地よげなのを紫の上は見出して、今まで生きてこられたあわれを思った。
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35.54 源氏、紫の上と和歌を唱和す
池はいと涼しげにて、蓮の花の咲きわたれるに、葉はいと青やかにて、露きらきらと玉のやうに見えわたるを、
「かれ見たまへ。おのれ一人も涼しげなるかな」
とのたまふに、起き上がりて見出だしたまへるも、いとめづらしければ、
「かくて見たてまつるこそ、夢の心地すれ。いみじく、わが身さへ限りとおぼゆる折々のありしはや」
と、涙を浮けてのたまへば、みづからもあはれに思して、
「消え止まるほどやは経べきたまさかに
蓮の露のかかるばかりを

とのたまふ。
「契り置かむこの世ならでも蓮葉に
玉ゐる露の心隔つな

出でたまふ方ざまはもの憂けれど、内裏にも院にも、聞こし召さむところあり、悩みたまふと聞きてもほど経ぬるを、目に近きに心を惑はしつるほど、見たてまつることもをさをさなかりつるに、かかる雲間にさへやは絶え籠もらむと、思し立ちて、渡りたまひぬ。
池は、実に涼し気で、蓮の花が咲き、葉は青く、露がきらきらと玉のように見えて、
「あれを見てごらんなさい。自分ひとりで涼し気だ」
と仰せになって、紫の上が起き上がり見ようとすると、最近ないことなので、
「こうして見ていることが、夢のようだ。悲しみのあまり、この身も終わりかと思った折もあったが」
と源氏が涙を浮かべて仰せになるので、紫の上もあわれをもよおし、
(紫の上)「消え残る露の間ほども生きていけるでしょうか
ひととき蓮の露が残っているような私ですのに」
と紫の上が詠む。
(源氏)「お約束しよう、あの世でも同じ蓮の葉の上にいると
私に露ほども隔てをおいてくださるな」
源氏は気が進まなかったが、帝も朱雀院もどうお聞きになるか、その手前もあり、宮の具合が悪いと聞いてほど経ているので、目前のことにかまけて、しばらくお逢いしてなかったので、このような雲の晴れ間に籠っているわけにはゆかない、と出かけた。
2020.5.15/ 2021.12.9/ 2023.7.15
35.55 源氏、女三の宮を見舞う
宮は、御心の鬼に、見えたてまつらむも恥づかしう、つつましく思すに、物など聞こえたまふ御いらへも、聞こえたまはねば、日ごろの積もりを、さすがにさりげなくてつらしと思しけると、心苦しければ、とかくこしらへきこえたまふ。大人びたる人召して、御心地のさまなど問ひたまふ。
「例のさまならぬ御心地になむ」
と、わづらひたまふ御ありさまを聞こゆ。
あやしく。ほど経てめづらしき御ことにも
とばかりのたまひて、御心のうちには、
「年ごろ経ぬる人びとだにもさることなきを、不定なる御事にもや」
と思せば、ことにともかくものたまひあへしらひたまはで、ただ、うち悩みたまへるさまのいとらうたげなるを、あはれと見たてまつりたまふ。
からうして思し立ちて渡りたまひしかば、ふともえ帰りたまはで、二、三日おはするほど、「いかに、いかに」とうしろめたく思さるれば、御文をのみ書き尽くしたまふ。
「いつの間に積もる御言の葉にかあらむ。いでや、やすからぬ世をも見るかな」
と、若君の御過ちを知らぬ人は言ふ。侍従ぞ、かかるにつけても胸うち騷ぎける。
かの人も、かく渡りたまへりと聞くに、おほけなく心誤りして、いみじきことどもを書き続けて、おこせたまへり。対にあからさまに渡りたまへるほどに、人間なりければ、忍びて見せたてまつる。
「むつかしきもの見するこそ、いと心憂けれ。心地のいとど悪しきに」
とて臥したまへれば、
「なほ、ただ、この端書きの、いとほしげにはべるぞや」
とて広げたれば、人の参るに、いと苦しくて、御几帳引き寄せて去りぬ。
いとど胸つぶるるに、院入りたまへば、えよくも隠したまはで、御茵の下にさし挟みたまひつ。
宮は、気が咎めて、源氏に会うのが空恐ろしく気が引けるので、源氏の質問にも答えられないでいると、源氏は日ごろのご無沙汰を、さすがに表には出さないがひどいと思っているのだと気の毒になったので、何かとなだめるのだった。年配の乳母を呼んで、気分のほどを問う。
「普通とは違ったお加減です」
と患いの様子を申し上げる。
「どうしたのだろう、今頃になって珍しいこともあるものだ」
と仰せになって、心の内では、
「長く連れ添った夫婦でも子に恵まれないのもあるのに、確かなのか」
と思うに、源氏は特にあれこれと仰ることもなく、ただ、苦しんでいらっしゃる様子がとても痛々しげなのを、あわれと見るのだった。
ようやく思い立って六条院に来たので、すぐにも帰らず、二、三日いるうちに、「紫の上はどうしているか」と心配で、文をのみたくさん書くのだった。
「いつの間にか積もる言葉もあるのでしょう。何かと、心配なのでしょう」
と姫君の過ちを知らない女房は言う。侍従だけはこのようなことに胸騒ぎした。
柏木も、源氏が三の宮の元へ行っていると聞くと、身の程知らずにも料簡違いを起こして、文を届けた。東の対に、源氏が束の間行った時を見はからって、人が少なくなった時、秘かに見せた。
「厄介なものを見せるのね、気が進まないときに。気分が悪いのです」
と言って臥していると、
「でも、この端書がかわいそうで。」
と広げると、誰か来る。処置に困って、几帳を引き寄せて行ってしまった。
どきっとしていると、源氏が入って来たので、よく隠すこともできず敷物の下に挟んだ。
2020.5.16/ 2021.12.10/ 2023.7.15
35.56 源氏、女三の宮と和歌を唱和す
夜さりつ方、二条の院へ渡りたまはむとて、御暇聞こえたまふ。
「ここには、けしうはあらず見えたまふを、まだいとただよはしげなりしを、見捨てたるやうに思はるるも、今さらにいとほしくてなむ。ひがひがしく聞こえなす人ありとも、ゆめ心置きたまふな。今見直したまひてむ」
と語ひたまふ。例は、なまいはけなき戯れ言なども、うちとけ聞こえたまふを、いたくしめりて、さやかにも見合はせたてまつりたまはぬを、ただ世の恨めしき御けしきと心得たまふ。
昼の御座にうち臥したまひて、御物語など聞こえたまふほどに暮れにけり。すこし大殿籠もり入りにけるに、ひぐらしのはなやかに鳴くにおどろきたまひて、
「さらば、道たどたどしからぬほどに」
とて、御衣などたてまつり直す。
「月待ちて、とも言ふなるものを」
と、いと若やかなるさましてのたまふは、憎からずかし。「その間にも、とや思す」と、心苦しげに思して、立ち止まりたまふ。
「夕露に袖濡らせとやひぐらしの
鳴くを聞く聞く起きて行くらむ

片なりなる御心にまかせて言ひ出でたまへるもらうたければ、ついゐて、
「あな、苦しや」
と、うち嘆きたまふ。
「待つ里もいかが聞くらむ方がたに
心騒がすひぐらしの声」
など思しやすらひて、なほ情けなからむも心苦しければ、止まりたまひぬ。静心なく、さすがに眺められたまひて、御くだものばかり参りなどして、大殿籠もりぬ。
夜になって、二条院へ行くために、暇を乞うた。
「あなたは、具合が悪そうには見えないし、紫の上はまだ頼りなげな様子で、見捨てたように思われたらかわいそう、わたしを悪しざまに言う人もいるでしょうが、気にしないでください。いずれ分かってくれます」
と源氏が仰せになる。いつもは、子供っぽい冗談も、無邪気に話すのだが、三の宮がひどく沈んでまともに顔を合わせないのは、いつもそばにいないのでねているのだと理解した。
昼の御座に臥して、三の宮に物語などするうちに日も暮れてきた。少しうとうとして、ひぐらしが派手に鳴いているのに驚いて目が覚めると、
「それでは、途中暗くならないうちに」
とて、衣などをあらためる。
「月の出を待ってから、と歌にもあります」
女三の宮がいかにも初々しく仰るのは、愛くるしい。「その間にも」と仰せになると、心苦しげに思って立ち止まった。
(女三の宮)「夕暮れの露に袖を濡らして泣けとや
ひぐらしの鳴くのを聞いて起きて行かれるのですね」
子供のようにあどけない気持ちのまま詠うのも可憐だった。膝まづいて、
「ほんとうに困りました」
と源氏は嘆くのであった。
(源氏)「帰りを待っている里ではどんな気持ちで聞くことだろう
心騒がすひぐらしの声だ」
などと思って、それでも薄情なのもお気の毒なので、泊まった。あちらが気にかかって、さすがに気持ちが沈んで、果物ばかり食べて、寝た。
2020.5.17/ 2021.12.11/ 2023.7.15
35.57 源氏、柏木の手紙を発見
まだ朝涼みのほどに渡りたまはむとて、とく起きたまふ。
「昨夜のかはほりを落として、これは風ぬるくこそありけれ」
とて、御扇置きたまひて、昨日うたた寝したまへりし御座のあたりを、立ち止まりて見たまふに、御茵のすこしまよひたるつまより、浅緑の薄様なる文の、押し巻きたる端見ゆるを、何心もなく引き出でて御覧ずるに、男の手なり。紙の香などいと艶に、ことさらめきたる書きざまなり。二重ふたがさねねにこまごまと書きたるを見たまふに、「紛るべき方なく、その人の手なりけり」と見たまひつ。
御鏡など開けて参らする人は、見たまふ文にこそはと、心も知らぬに、小侍従見つけて、昨日の文の色と見るに、いといみじく、胸つぶつぶと鳴る心地す。御粥など参る方に目も見やらず、
いで、さりとも、それにはあらじ。いといみじく、さることはありなむや。隠いたまひてけむ
と思ひなす。
宮は、何心もなく、まだ大殿籠もれり。
「あな、いはけな。かかる物を散らしたまひて。我ならぬ人も見つけたらましかば」
と思すも、心劣りして、
「さればよ。いとむげに心にくきところなき御ありさまを、うしろめたしとは見るかし」
と思す。
まだ朝涼しい頃に帰ろうとして、早く起きた。
「昨夜、扇を落としてしまった。この扇は風がぬるいな」
といって、扇を置いて、昨日うたた寝したあたりを、立って見回しすと、敷物の少しめくれた端から浅緑の薄様な文の、少し巻いた端が見えるので、何気なく引き出して見ると、男の手の文だった。紙の香りなどたいそうしゃれていて、ひどく気取った書き方であった。二重ふたがさねにこまごまと書いてあるのをよく見ると、「まぎれもなくあの柏木の手だ」と見た。
鏡をかかげる女房は、源氏の見るべき文だろうと、事情も知らないでいると、小侍従が見つけて、昨日の文の色と見て、大へんなことになった、胸がどきどきした。お粥の方には目もくれず、
「まさか、あの手紙ではないだろう。そんなことがあるはずがない。きっと隠したに違いない。」
と思い直す。
宮は何心もなく、まだ寝ている。
「何と幼い。このような文を、こんな処に放置して。わたし以外の人が見たら」
と思うが、見下す気持ちが生じて、
「やっぱりだ。もう全くたしなみ深いところがないお人だから、心配させるのだ」
と思う。
2020.5.18/ 2021.12.11/ 2023.7.15
35.58 小侍従、女三の宮を責める
出でたまひぬれば、人びとすこしあかれぬるに、侍従寄りて、
「昨日の物は、いかがせさせたまひてし。今朝、院の御覧じつる文の色こそ、似てはべりつれ」
と聞こゆれば、あさましと思して、涙のただ出で来に出で来れば、いとほしきものから、「いふかひなの御さまや」と見たてまつる。
「いづくにかは、置かせたまひてし。人びとの参りしに、ことあり顔に近くさぶらはじと、さばかりの忌みをだに、心の鬼に避りはべりしを。入らせたまひしほどは、すこしほど経はべりにしを、隠させたまひつらむとなむ、思うたまへし」
と聞こゆれば、
「いさ、とよ。見しほどに入りたまひしかば、ふともえ置きあへで、さし挟みしを、忘れにけり」
とのたまふに、いと聞こえむかたなし。寄りて見れば、いづくのかはあらむ。
「あな、いみじ。かの君も、いといたく懼ぢ憚りて、けしきにても漏り聞かせたまふことあらばと、かしこまりきこえたまひしものを。ほどだに経ず、かかることの出でまうで来るよ。すべて、いはけなき御ありさまにて、人にも見えさせたまひければ、年ごろさばかり忘れがたく、恨み言ひわたりたまひしかど、かくまで思うたまへし御ことかは。誰が御ためにも、いとほしくはべるべきこと」
と、憚りもなく聞こゆ。心やすく若くおはすれば、馴れきこえたるなめり。いらへもしたまはで、ただ泣きにのみぞ泣きたまふ。いと悩ましげにて、つゆばかりの物もきこしめさねば、
かく悩ましくせさせたまふを、見おきたてまつりたまひて、今はおこたり果てたまひにたる御扱ひに、心を入れたまへること
と、つらく思ひ言ふ。
源氏がお帰りになり、女房たちが空いたので、小侍従が寄って、
「昨日の文はどうされましたか。今朝院がご覧になっていた文の色が似ていたようですが」
と問うと、大へんだと驚いて、ただ泣いてばかりだった、小侍従はかわいそうになり、「どうしようもないお方だ」と思うのだった。
「どこに置かれたのですか。女房たちが来たので、わけあり顔に近くにいてはいけないと、わたしはこんな気を遣っているのに。源氏の君が入って来た時は、少し間があったので、きっと隠したに違いない、思いましたが」
と言えば、
「いいえそれが、見ているときに君が入ってこられたので、すぐにも仕舞えずに、敷物の下にさし挟んで、忘れてしまったのです」
と言うので、あきれて返事のしようがない。寄って探したが、どこにあろうか。
「あら、大へんだ。柏木の君も、源氏の君をひどく恐れて、露ほども知られまいと、恐れていましたので、いくばくも経たないでこんなことになるなんて。大体が、幼くて不用心にも、外から人に見られたので、相手が忘れがたくなり、わたしをも恨んで、手引するよう言い続けまして、これほどまでに思い込んだのです。誰にとっても、困ったことになってしまった」
と、あけすけに言うのであった。気の置けない若い同士なので、馴れているのであろう。宮は答えることもせず、ただ泣きじゃくっている。つらそうに、何も食べないので、
「こちらはこんなに具合が悪いのに、それを放置して、すっかり良くなった方の世話をやいている」
と源氏の仕打ちに不平を言う。
2020.5.20/ 2021.12.11/ 2023.7.15
35.59 源氏、手紙を読み返す
大殿は、この文のなほあやしく思さるれば、人見ぬ方にて、うち返しつつ見たまふ。「さぶらふ人びとの中に、かの中納言の手に似たる手して書きたるか」とまで思し寄れど、言葉づかひきらきらと、まがふべくもあらぬことどもあり。
「年を経て思ひわたりけることの、たまさかに本意かなひて、心やすからぬ筋を書き尽くしたる言葉、いと見所ありてあはれなれど、いとかくさやかには書くべしや。あたら人の、文をこそ思ひやりなく書きけれ。落ち散ることもこそと思ひしかば、昔、かやうにこまかなるべき折ふしにも、ことそぎつつこそ書き紛らはししか。人の深き用意は難きわざなりけり」
と、かの人の心をさへ見落としたまひつ。
源氏は、この文を不審に思ったので、人に見られなところで、繰り返しご覧になる。「お付きの人の中で、あの柏木の手に似せて書いたのか」とまで思ったが、言葉遣いははっきりして、本人に間違いようがなかった。
「長年思い続けたことの、本意がたまたまかなって、それ以来不安でならない恋心を連綿と書き綴った言葉は、見る者の心を打ったが、こんなにはっきり書くものだろうか。柏木ともあろう人が、迂闊な文を書いたものだ。落として人に見られることもあろうに、昔は、細かく書きたいときでも、言葉を省略して分からないようにしたものだ。深く用心することはむつかしい」
と柏木の心根さえ見分けるのだった。
2020.5.20/ 2021.12.11/ 2023.7.15
35.60 源氏、妻の密通を思う
「さても、この人をばいかがもてなしきこゆべき。めづらしきさまの御心地も、かかることの紛れにてなりけり。いで、あな、心憂や。かく、人伝てならず憂きことを知るしる、ありしながら見たてまつらむよ」
と、わが御心ながらも、え思ひ直すまじくおぼゆるを、
なほざりのすさびと、初めより心をとどめぬ人だに、また異ざまの心分くらむと思ふは、心づきなく思ひ隔てらるるを、ましてこれは、さま異に、おほけなき人の心にもありけるかな
帝の御妻をも過つたぐひ、昔もありけれど、それはまたいふ方異なり。宮仕へといひて、我も人も同じ君に馴れ仕うまつるほどに、おのづから、さるべき方につけても、心を交はしそめ、もののまぎれ多かりぬべきわざなり。
女御、更衣といへど、とある筋かかる方につけて、かたほなる人もあり、心ばせかならず重からぬうち混じりて、思はずなることもあれど、 おぼろけの定かなる過ち見えぬほどは、さても交じらふやうもあらむに、ふとしもあらはならぬ紛れありぬべし
かくばかり、またなきさまにもてなしきこえて、うちうちの心ざし引く方よりも、いつくしくかたじけなきものに思ひはぐくまむ人をおきて、かかることは、さらにたぐひあらじ
と、爪弾きせられたまふ。
「帝と聞こゆれど、ただ素直に、公ざまの心ばへばかりにて、宮仕へのほどもものすさまじきに、心ざし深き私のねぎ言になびき、おのがじしあはれを尽くし、見過ぐしがたき折のいらへをも言ひそめ、自然に心通ひそむらむ仲らひは、同じけしからぬ筋なれど、寄る方ありや。わが身ながらも、さばかりの人に心分けたまふべくはおぼえぬものを」
と、いと心づきなけれど、また「けしきに出だすべきことにもあらず」など、思し乱るるにつけて、
「故院の上も、かく御心には知ろし召してや、知らず顔を作らせたまひけむ。思へば、その世のことこそは、いと恐ろしく、あるまじき過ちなりけれ」
と、近き例を思すにぞ、恋の山路は、えもどくまじき御心まじりける
「さて、この宮をどのように遇したものだろう。妊娠しているのも、このことのせいだろう。いや、嫌だ。こうして人伝ではなく嫌なことを知っても、今まで通り妻としてお世話するのだろうか」
と、自分の心ながら、決して昔に戻れないと感じていた。
「軽い遊びの気持ちで、初めから愛してもいない女でも、他の男に秋波を送る女は、興覚めの気持ちになるものだが、まして、これは全く違う、身の程知らずの柏木は大胆なことをしたものだ。
「帝の妻にも、過ちは昔もあったが、それはまた別の事情だ。宮仕えでも、男も女も同じ帝に馴れ仕えるのだから、自ずと、それ相応のいきさつがあって、心を交わし合うようになり、密事もいろいろあって不思議はない。
女御、更衣といっても、あれこれ事情もあり、どうかと思われる人もあって、必ずしも心ざしやたしなみが深いとはいえぬ人も混じっていて、思いもかけないこともあるが、はっきりと不始末が人目につかないまま、表沙汰にならないでしまうこともある。
これ程にも、この上なく丁重なお世話をして、本当に惹かれている紫の上よりも、いっそう大切な人とお世話している自分をさしおいて、こんなことは例がないだろう」
と非難するのだった。
「帝に仕えるといっても、ただ、内裏の宮仕えを務めているだけで、後宮が面白くなく、思い込んだ男の熱意に靡き、それぞれが思いを尽くして、見過ごせない文に返事もするようになり、自然に心が通うような仲になるのは、けしからんことだが、まだ許せるというものだ。自分のことながら、柏木ごときの男に宮が心を傾けるとは思えないのだが」
と、不愉快だが、また、「決して態度に出してはいけないこと」などと思い乱れるにつけ、
「故桐壷帝も、このようにすべてを知っていて、知らん顔をしていたのだろうか。思えば、あの昔の一件こそ、恐ろしいことで、あるまじき過ちだった」
と、自分のことを思い恋の山路は非難できないという気持ちになる。
2020.5.22/ 2021.12.11/ 2023.7.15
35.61 紫の上、女三の宮を気づかう
つれなしづくりたまへど、もの思し乱るるさまのしるければ、女君、消え残りたるいとほしみに渡りたまひて、「人やりならず、心苦しう思ひやりきこえたまふにや」と思して、
「心地はよろしくなりにてはべるを、かの宮の悩ましげにおはすらむに、とく渡りたまひにしこそ、いとほしけれ」
と聞こえたまへば、
「さかし。例ならず見えたまひしかど、異なる心地にもおはせねば、おのづから心のどかに思ひてなむ。内裏よりは、たびたび御使ありけり。今日も御文ありつとか。院の、いとやむごとなく聞こえつけたまへれば、上もかく思したるなるべし。すこしおろかになどもあらむは、こなたかなた思さむことの、いとほしきぞや
とて、うめきたまへば、
「内裏の聞こし召さむよりも、みづから恨めしと思ひきこえたまはむこそ、心苦しからめ。我は思し咎めずとも、よからぬさまに聞こえなす人びと、かならずあらむと思へば、いと苦しくなむ」
などのたまへば、
げに、あながちに思ふ人のためには、わづらはしきよすがなけれど、よろづにたどり深きこと、とやかくやと、おほよそ人の思はむ心さへ思ひめぐらさるるを、これはただ、国王の御心やおきたまはむとばかりを憚らむは、浅き心地ぞしける
と、ほほ笑みてのたまひ紛らはす。渡りたまはむことは、
「もろともに帰りてを。心のどかにあらむ」
とのみ聞こえたまふを、
「ここには、しばし心やすくてはべらむ。まづ渡りたまひて、人の御心も慰みなむほどにを」
と、聞こえ交はしたまふほどに、日ごろ経ぬ。
源氏は、何気ない風をよそおっているが、物思いに悩んでいるのは、明らかで、紫の上は、命を取り留めたので、こちらへ来ているのだ、「自分のために、心配しているのでは」と思い、
「気分は良くなりました。あの宮はご病気でいらっしゃるのに、こちらへ来るのが、お気の毒です」
と紫の上が申し上げると、
「そうですね。普通のお身体ではないようですが、別段病気でもないので、これなら安心と思って戻りました。帝からもたびたび使いがある。今日も文を使わされたようです。朱雀院から格別に頼まれているので、帝も気遣っているのです。 少しでも宮を疎略に扱おうものなら、お二人はどう思うであろうか、困ったことです」
と嘆息されたので、
「帝が何と思召されるかよりも、宮ご自身が自分を責めているのが、お気の毒です。自分で自分を咎めずとも、周りの者が良からぬ噂を言う人々が、必ずあることだから、わたしもつらい」
など紫の上が仰せになるので、
「なるほど、わたしがひたすら愛しく思っているあなたには、宮は煩わしい縁者になるでしょうが、あなたは万事につき深い思慮をめぐらして、女房たちがどう思うかまで思いめぐらすが、わたしはただ帝の機嫌ばかり気にして、考えが浅かった」
と微笑んで仰せになられる。宮のもとへお越になることは、
「一緒に六条院に帰ってから、のんびり過ごしましょう」
とだけ仰せになるのだった。
「わたしはしばらくここ二条院で、 のんびりしましょう。まず君が渡って三の宮の心を慰めてください」
と言葉を交わすうちに、日が経った。
2020.5.24/ 2021.12.11/ 2023.7.15
35.62 柏木と女三の宮、密通露見におののく
姫宮は、かく渡りたまはぬ日ごろの経るも、人の御つらさにのみ思すを、今は、「わが御おこたりうち混ぜてかくなりぬる」と思すに、院も聞こし召しつけて、いかに思し召さむと、世の中つつましくなむ。
かの人も、いみじげにのみ言ひわたれども、小侍従もわづらはしく思ひ嘆きて、「かかることなむ、ありし」と告げてければ、いとあさましく、
「いつのほどにさること出で来けむ。かかることは、あり経れば、おのづからけしきにても漏り出づるやうもや」
と思ひしだに、いとつつましく、空に目つきたるやうにおぼえしを、「ましてさばかり違ふべくもあらざりしことどもを見たまひてけむ」、恥づかしく、かたじけなく、かたはらいたきに、朝夕、涼みもなきころなれど、身もしむる心地して、いはむかたなくおぼゆ。
「年ごろ、まめごとにもあだことにも、召しまつはし参り馴れつるものを。人よりはこまかに思しとどめたる御けしきの、あはれになつかしきを、あさましくおほけなきものに心おかれたてまつりては、いかでかは目をも見合はせたてまつらむ。さりとて、かき絶えほのめき参らざらむも、人目あやしく、かの御心にも思し合はせむことのいみじさ
など、やすからず思ふに、心地もいと悩ましくて、内裏へも参らず。さして重き罪には当たるべきならねど、身のいたづらになりぬる心地すれば、「さればよ」と、かつはわが心も、いとつらくおぼゆ。
「いでや、しづやかに心にくきけはひ見えたまはぬわたりぞや。まづは、かの御簾のはさまも、さるべきことかは。軽々しと、大将の思ひたまへるけしき見えきかし」
など、今ぞ思ひ合はする。しひてこのことを思ひさまさむと思ふ方にて、あながちに難つけたてまつらまほしきにやあらむ。
姫宮は、源氏が来ない日々に、これまでは源氏のすげなさのせいにしていたが、今は、「わたしの不始末のせいだ」と思うと、朱雀院もお聞きになったらどう思うだろうと、世間に顔向けできない気持ちだった。
柏木も、切なさそうに文を使わして手引を頼むが、小侍従もわずらわしく思い、「源氏が文を見付けた」と告げると、柏木は、唖然として、
「いつそんなことがあったのだろう。こんなことは、日が経てば自ずから、気配で知れることだろう」
と思うと、身もすくむ思いで、空から見られているように覚えたので、「ましてあれほど間違えようもない文を見られたのでは」恥ずかしく、恐れ多く、いたたまれない思いで、朝夕、暑い頃でもあったが、身も凍るような気持ちがして、言いようもなく恐ろしく思った。
「年来,何かにつけて源氏のお側近くに参じて親しくさせていただいた。特に細かく目をかけていただいた、その気持ちがありがたく身にしみて感じているのに、あきれた不届き者と思われては、どうして顔を出すことができよう。しかし、まったくご無沙汰して参上しないのも、人が変に思うだろうし、源氏もやはり思い合わせるのが、恐ろしい」
などと、不安にさいなまされ、気分も重くすぐれず、内裏にも参上しない。さして重い罪にはならないだろうが、身の破滅になる心地がして、「やはりそうか」と自分でも思い、ひどくつらく思うのだった。
「考えてみれば、たしなみ深い配慮が見えなかったのではないか。あの御簾の隙間も、あってはならなかった。軽薄だ、と夕霧が思ったのが見えた」
などと、柏木は、今思い合わせるのだった。しいて宮への思いを冷まそうとして、身勝手に宮を責めるのであろうか。
2020.5.25/ 2021.12.11/ 2023.7.15
35.63 源氏、女三の宮の幼さを非難
「良きやうとても、あまりひたおもむきにおほどかにあてなる人は、世のありさまも知らず、かつ、さぶらふ人に心おきたまふこともなくて、かくいとほしき御身のためも、人のためも、いみじきことにもあるかな」
と、かの御ことの心苦しさも、え思ひ放たれたまはず。
宮は、いとらうたげにて悩みわたりたまふさまの、なほいと心苦しく、かく思ひ放ちたまふにつけては、あやにくに、憂きに紛れぬ恋しさの苦しく思さるれば、渡りたまひて、見たてまつりたまふにつけても、胸いたくいとほしく思さる。
御祈りなど、さまざまにせさせたまふ。おほかたのことは、ありしに変らず、なかなか労しくやむごとなくもてなしきこゆるさまをましたまふ。気近くうち語らひきこえたまふさまは、いとこよなく御心隔たりて、かたはらいたければ、人目ばかりをめやすくもてなして、思しのみ乱るるに、この御心のうちしもぞ苦しかりける。
さること見きとも表はしきこえたまはぬに、みづからいとわりなく思したるさまも、心幼し
いとかくおはするけぞかし。良きやうといひながら、あまり心もとなく後れたる、頼もしげなきわざなり
と思すに、世の中なべてうしろめたく、
女御の、あまりやはらかにおびれたまへるこそ、かやうに心かけきこえむ人は、まして心乱れなむかし女は、かうはるけどころなくなよびたるを、人もあなづらはしきにや、さるまじきに、ふと目とまり、心強からぬ過ちはし出づるなりけり
と思す。
「高い身分の方といっても、あまりにただおっとりした高貴な人は、世間の様子も知らず、かつ、お付きの女房たちに用心もせず、自分自身にとっても、相手にとっても、大へんなことになるものなのだ」
と、宮の身の上を心配する気持ちも、念頭を離れない。
宮は、大そう痛々しく気分の悪い様子で、源氏はそれがお気の毒で、こうして宮を見限ってしまうにしても、かえって、疎うだけの気持になれない恋しさもつのり、六条の院に渡って、見るにつけても、胸が痛く愛おしく思うのだった。
祈祷なども、さまざまにさせた。宮の日常のことは、以前と変わらず、かえって思いやり深く大切にお世話するのだった。夫婦で近くで睦まじく語らうことは、源氏は、すっかりよそよそしい気分になっていて、体裁が悪いので、人目を気にしてとりつくろっているが、源氏の思い乱れる心は苦しかった。
そのような手紙を見たと言っていないのに、自分で苦しんでいるのも、子供っぽかった。
「まったくこのようなお人柄のせいなのだ。高貴な人というのは、あまりしっかりせず頼りないのは困ったものだ」
と思うと、男女の仲がすべて気がかりになり、
「女はあまりに素直で内気なのは、柏木のような思い込んだ男の心を、いっそう乱すのだろう。女は心の晴らしどころがなく強い所がないと、人も軽く見るのだろうし、あってはならないが、ふと目が止まって、自制心のない過ちも犯すのだ」
と源氏は思った。
2020.5.26/ 2021.12.12/ 2023.7.16
35.64 源氏、玉鬘の賢さを思う
「右の大臣の北の方の、取り立てたる後見もなく、幼くより、ものはかなき世にさすらふるやうにて、生ひ出でたまひけれど、 かどかどしく労ありて、我もおほかたには親めきしかど、憎き心の添はぬにしもあらざりしを、なだらかにつれなくもてなして過ぐし、髭黒の大臣の、さる無心の女房に心合はせて入り来たりけむにも、けざやかにもて離れたるさまを、人にも見え知られ、ことさらに許されたるありさまにしなして、わが心と罪あるにはなさずなりにしなど、今思へば、いかにかどあることなりけり。
契り深き仲なりければ、長くかくて保たむことは、とてもかくても、同じごとあらましものから、心もてありしこととも、世人も思ひ出でば、すこし軽々しき思ひ加はりなまし、いといたくもてなしてしわざなり」と思し出づ。
「右大臣の北の方玉鬘は、取り立てて後見もなく、幼少より、はかない世にさ迷って、成長し、利発で思慮深く、源氏も表向きは親のように振舞ったが、憎からぬ気持ちも持っていたが、玉鬘は、かどを立てずにさりげなく受け流して、髭黒の大臣が、心無い女房の手引きで入って来たときも、自分のせいではない、と人にもはっきり分からせて、最終的にはわざわざ実父の内大臣にも源氏にも正式に許された結婚として、自分が罪にならないようになしたのは,今思えば、大そう賢明であった。
髭黒と玉鬘の宿世が深かったので、長くこうして絆を保っているのは、始めはどうあれ、同じことであったが、自分も気があったのだと、世人も思い出せば、少し軽率な感じはするが、大そう見事に身を処したものだ」と思った。
2020.5.26/ 2021.12.12/ 2023.7.16
35.65 朧月夜、出家す
二条の尚侍ないしのかみの君をば、なほ絶えず、思ひ出できこえたまへど、かくうしろめたき筋のこと、憂きものに思し知りて、かの御心弱さも、少し軽く思ひなされたまひけり。
つひに御本意のことしたまひてけりと聞きたまひては、いとあはれに口惜しく、御心動きて、まづ訪らひきこえたまふ。今なむとだににほはしたまはざりけるつらさを、浅からず聞こえたまふ。
海人の世をよそに聞かめや須磨の浦に
藻塩垂れしも誰れならなくに

さまざまなる世の定めなさを心に思ひつめて、今まで後れきこえぬる口惜しさを、思し捨てつとも、避りがたき御 回向えこうのうちには、まづこそはと、あはれになむ」
など、多く聞こえたまへり。
とく思し立ちにしことなれど、この御妨げにかかづらひて、人にはしか表はしたまはぬことなれど、心のうちあはれに、昔よりつらき御契りを、さすがに浅くしも思し知られぬなど、かたがたに思し出でらる。
御返り、今はかくしも通ふまじき御文のとぢめと思せば、あはれにて、心とどめて書きたまふ、墨つきなど、いとをかし。
「常なき世とは身一つにのみ知りはべりにしを、後れぬとのたまはせたるになむ、げに、
海人舟にいかがは思ひおくれけむ
明石の浦にいさりせし君

回向には、あまねきかどにても、いかがは」
とあり。濃き青鈍の紙にて、しきみにさしたまへる、例のことなれど、いたく過ぐしたる筆づかひ、 なほ古りがたくをかしげなり。
朧月夜の君を、源氏は絶えず思い出していたが、このような後ろめたいことは、情ないことと思いながら、相手の弱い心も、少し見下していた。
女がついに、出家の本懐を遂げたと聞いて、大そうあわれに、また口惜しく思い、心が動いて、まず訪問した。今出家すると露ほども言わなかった仕打ちに、心から恨むのだった。
(源氏) 「尼になること、他人事に聞けません、
須磨の浦に、海女の詫び住まいをしたのはこのわたしですから
さまざまな世の無常を心に思い知りましたが、今では出家に後れた口惜しさに、わたしを見捨てても、せめて修行の廻向のうちに、わたしを入れて下さるでしょうね」
など、多く書くのであった
朧月夜は早くに思っ立ったが、源氏の反対でのびて、人にははっきり言わなかったが、心のうちは感無量で、昔からつらい契りを、さすがに浅い縁とは思わず、あれこれと思い出すのだった。
返事の文は、今はこれが最後の文と思えば、あわれを感じ、心を込めて書いた、墨付きなど、趣があった。
「世の無常はわたしも知っておりましたが、先を越されたとの仰せは、実に、
(朧月夜)なぜわたしの出家に後れたのでしょう
明石の浦で漁をしたあなたが
廻向は、あまねく至りますのに、入らぬことがありましょうか」
とあり。濃い青鈍の紙に、しきみにさした、おきまりの趣向ながら、ひどくしゃれた筆使い、いつまでも古くならない趣があった。
2020.5.26/ 2021.12.12/ 2023.7.16
35.66 源氏、朧月夜と朝顔を語る
二条院におはしますほどにて、女君にも、今はむげに絶えぬることにて、見せたてまつりたまふ。
「いといたくこそ恥づかしめられたれ。げに、心づきなしや。さまざま心細き世の中のありさまを、よく見過ぐしつるやうなるよ。なべての世のことにても、はかなくものを言ひ交はし、時々によせて、あはれをも知り、ゆゑをも過ぐさず、よそながらの睦び交はしつべき人は、 斎院とこの君とこそは残りありつるを、かくみな背き果てて、斎院はた、いみじうつとめて、紛れなく行なひにしみたまひにたなり。
なほ、ここらの人のありさまを聞き見る中に、深く思ふさまに、さすがになつかしきことの、 かの人の御なずらひにだにもあらざりけるかな。女子を生ほし立てむことよ、いと難かるべきわざなりけり。
宿世などいふらむものは、目に見えぬわざにて、親の心に任せがたし。生ひ立たむほどの心づかひは、なほ力入るべかめりよくこそ、あまたかたがたに心を乱るまじき契りなりけれ。年深くいらざりしほどは、さうざうしのわざや、さまざまに見ましかばとなむ、嘆かしきをりをりありし。
若宮を、心して生ほし立てたてまつりたまへ。女御は、ものの心を深く知りたまふほどならで、かく暇なき交らひをしたまへば、何事も心もとなき方にぞものしたまふらむ。御子たちなむ、なほ飽く限り人に点つかるまじくて、世をのどかに過ぐしたまはむに、うしろめたかるまじき心ばせ、つけまほしきわざなりける。限りありて、とざまかうざまの後見まうくるただ人は、おのづからそれにも助けられぬるを」
など聞こえたまへば、
「はかばかしきさまの御後見ならずとも、世にながらへむ限りは、見たてまつらぬやうあらじと思ふを、いかならむ」
とて、なほものを心細げにて、かく心にまかせて、行なひをもとどこほりなくしたまふ人びとを、うらやましく思ひきこえたまへり。
尚侍かむの君に、さま変はりたまへらむ装束など、まだ裁ち馴れぬほどは訪らふべきを、袈裟などはいかに縫ふものぞ。それせさせたまへ。一領は、六条の東の君にものしつけむ。うるはしき法服だちては、うたて見目もけうとかるべし。さすがに、その心ばへ見せてを」
など聞こえたまふ。
青鈍の一領を、ここにはせさせたまふ。作物所つくもどころの人召して、忍びて、尼の御どものさるべきはじめのたまはす。御しとね上席うわむしろ、屏風、几帳などのことも、いと忍びて、わざとがましくいそがせたまひけり。
二条院へ行っていたときに、紫の上にも、今はすっかり関係のない人なので、文を見せた。
「すごく恥をかかされたものだ。実に、自分に愛想が尽きました。様々に心細い世の中の有様を、よく見過ごしてきたものだ。普通の世間の、取りとめもない文を交わし、時々に寄せて、あわれを知り、深い情趣も見逃さず、さっぱりした親しい付き合いのできる人は、前斎院(朝顔の君)とこの朧月夜の君だけになってしまいました、こうして皆出家してしまって、斎院はまた熱心に仏前のお勤めをしています。
なお、たくさんの女性の有様をあれこれと見聞きするなかで、思慮深く心やさしいという点では、あの朝顔の君に比べられる人はいないのです。女子を教え育てるということは、なんと難しいことでしょうか。
宿世などというのは、目に見えないことでして、親の思い通りにならないものです。女を一人前になるまでの親の配慮は、それでも力を入れるべきものです。よくぞ、たくさんの女子の身の振り方について心配しなくてもよかった定めであった。若い頃は、物足りない、たくさんの女子がいればいいと、嘆いたものだが。
若宮を、大事に育ててください。母の女御はまだ物の心を深く知れる年ではないので、帝の寵愛厚く暇がなく交じらっていて、何事にしろ行き届かないでしょう。御子たちは、できる限り人に非難されることなく、世の中を穏やかに過ごせるように、心配のないように育ててほしい。宮は身分の制約があり、普通の人はあれこれの後見になる夫を持って、自ずからそれに助けられることもあるので」
などと仰せになると、
「きちんとお世話はできませんまでも、世に生きている限りは、面倒見させていただきますが、どうなりますやら」
とて、紫の上は、それでも心細げに、思い通りに、お勤めも滞りなくする人を、うらやましく思うのだった。
尚侍かむの君に、出家の装束など、まだ裁ち馴れていないうちはお世話するべきだが、袈裟などはどう縫うものか。やってください。一領は、六条の東の君の花散里にお願いしよう。正式な法服では見た目もなじめないでしょう。しかし一応は法衣らしく調えてください」
など、仰せになる。
青鈍の法衣一領を、紫の上方で用意させる。作物所つくもどころの人を呼んで、内々に、尼として使用する手道具類を作るように下命する。御しとね上席うわむしろ、屏風、几帳なども内々に特別念を入れて支度させた。
2020.5.27/ 2021.12.12/ 2023.7.16 ◎
35.67 女二の宮、院の五十の賀を祝う
かくて、山の帝の御賀も延びて、秋とありしを、八月は大将の御忌月にて、楽所がくそのこと行なひたまはむに、便なかるべし。九月は、院の大后の崩れたまひにし月なれば、十月にと思しまうくるを、姫宮いたく悩みたまへば、また延びぬ。
衛門督えもんのかみの御預かりの宮なむ、その月には参りたまひける。太政大臣居立ちて、いかめしくこまかに、もののきよら、儀式を尽くしたまへりけり。督の君も、そのついでにぞ、思ひ起こして出でたまひける。なほ、悩ましく、例ならず病づきてのみ過ぐしたまふ。
宮も、うちはへてものをつつましく、いとほしとのみ思し嘆くけにやあらむ、月多く重なりたまふままに、いと苦しげにおはしませば、院は、心憂しと思ひきこえたまふ方こそあれ、いとらうたげにあえかなるさまして、かく悩みわたりたまふを、いかにおはせむと嘆かしくて、さまざまに思し嘆く。御祈りなど、今年は紛れ多くて過ぐしたまふ。
こうして、山の帝の御賀も延びて、秋の予定だったが、八月は夕霧の母の忌月なので、夕霧が音楽のことを仕切るのは不都合だろう。九月は弘徽殿の皇太后の亡くなった月なので、十月を予定したが、姫宮の病が悪くなって、また延びた。
柏木が預かる二の宮は、十月には院の元に参上した。太政大臣が仕切って、厳かに細々と、気品に満ちて、儀式を尽くして行った。柏木も、ついでに、意を決して出かけた。まだ、気分がすぐれず、いつもと違って病気がちに過ごしていたのである。
三の宮も、引き続いて、世間に顔向けできないとの思いがつのって嘆くからか、懐妊の月が多くなるにつれ、苦し気になっていったので、源氏は、情けないことをしてくれたとの思いはあったが、つらそうにか弱くしている様子に、このように苦しんでいるのでどうなるかと心配であった。祈祷など今年は何かと取り込みが多く過ごした。
2020.5.27/ 2021.12.12/ 2023.7.16
35.68 朱雀院、女三の宮へ手紙
御山にも聞こし召して、らうたく恋しと思ひきこえたまふ。月ごろかくほかほかにて、渡りたまふこともをさをさなきやうに、人の奏しければ、いかなるにかと御胸つぶれて、世の中も今さらに恨めしく思して、
「対の方のわづらひけるころは、なほその扱ひにと聞こし召してだに、なまやすからざりしを、そののち、直りがたくものしたまふらむは、そのころほひ、便なきことや出で来たりけむ。みづから知りたまふことならねど、良からぬ御後見どもの心にて、いかなることかありけむ。内裏わたりなどの、みやびを交はすべき仲らひなどにも、けしからず憂きこと言ひ出づるたぐひも聞こゆかし」
とさへ思し寄るも、こまやかなること思し捨ててし世なれど、なほ子の道は離れがたくて、宮に御文こまやかにてありけるを、大殿、おはしますほどにて、見たまふ。
「そのこととなくて、しばしばも聞こえぬほどに、おぼつかなくてのみ年月の過ぐるなむ、あはれなりける。悩みたまふなるさまは、詳しく聞きしのち、念誦のついでにも思ひやらるるは、いかが。世の中寂しく思はずなることありとも、忍び過ぐしたまへ。恨めしげなるけしきなど、おぼろけにて、見知り顔にほのめかす、いと品おくれたるわざになむ」
など、教へきこえたまへり。
いといとほしく心苦しく、「かかるうちうちのあさましきをば、聞こし召すべきにはあらで、わがおこたりに、本意なくのみ聞き思すらむことを」とばかり思し続けて、
「この御返りをば、いかが聞こえたまふ。心苦しき御消息に、まろこそいと苦しけれ。思はずに思ひきこゆることありとも、おろかに、人の見咎むばかりはあらじとこそ思ひはべれ。誰が聞こえたるにかあらむ」
とのたまふに、恥ぢらひて背きたまへる御姿も、いとらうたげなり。いたく面痩せて、もの思ひ屈したまへる、いとどあてにをかし。
朱雀院も、宮のことを聞き、いとおしく会いたいと思った。月ごろ、源氏が二条の院にいて、宮をに訪問していないと奏上する人があり、どんな事情かと胸が騒ぎ、世の中を今さらに恨めしく思い、
「紫の上が重態だったころは、その看病のためと聞いていたときも、心穏やかならぬものがあったが、その後も源氏の態度が元の通りにならないのは、そのころに、不都合なことが起こったのであろう、宮の責任ではないにしても、料簡のよくない女房がいて、何かあったのだろう。内裏でも、雅を交わす仲間内で、ありうべからざる不愉快な噂を耳にすることがあった」
とまで思い寄るが、肉親の情は捨てて出家したのだが、それでも親子の情は捨てがたく、宮にこまやかな文を遣わしたのを、源氏はそばにいたので、見たのだった。
「改まった用事もないので、しばしご無沙汰していましたが、様子も分からぬまま、年月が過ぎました。具合が悪いと聞きましたので、念誦をしながらも思いやられましたが、いかがですか。男女の仲は寂しくなる時もありますが、我慢が必要です。夫を恨むような素振りは、いい加減なことで、心配顔をするのは、品のいいことではありません」
などと諭している。
(源氏は、)帝をお気の毒に思い、「こうした内々の不始末はお聞きになるはずもなく、皆わたしの薄情のせいにして、不満に聞いておられるだろう」とばかり思って、
「どのように返事をするのか。お気の毒なお手紙ですが、わたしこそ苦しいです。わたしは仮に心外に思っても、つれない振る舞いをして、人に咎められることだけはしまいと思っている。誰が告げ口したのか」
と仰せになるに、宮が恥じらって背を向けている姿は、痛々しい。ひどく面痩せして物思いに沈んでいる様は、いよいよ気品があった。
2020.5.28/ 2021.12.12/ 2023.7.16
35.69 源氏、女三の宮を諭す
††「いと幼き御心ばへを見おきたまひて、いたくはうしろめたがりきこえたまふなりけりと、思ひあはせたてまつれば、今より後もよろづになむ.かうまでもいかで聞こえじと思へど、上の、御心に背くと聞こし召すらむことのやすからず、いぶせきを、 ここにだに聞こえ知らせでやはとてなむ
いたり少なく、ただ、人の聞こえなす方にのみ寄るべかめる御心にはただおろかに浅きとのみ思し、また、今はこよなくさだ過ぎにたるありさまも、あなづらはしく目馴れてのみ見なしたまふらむも、かたがたに口惜しくもうれたくもおぼゆるを、院のおはしまさむほどは、なほ心収めて、かの思しおきてたるやうありけむ、さだ過ぎ人をも、同じくなずらへきこえて、いたくな軽めたまひそ。
いにしへより本意深き道にも、たどり薄かるべき女方にだに皆思ひ後れつつ、いとぬるきこと多かるを、みづからの心には、何ばかり思しまよふべきにはあらねど、今はと捨てたまひけむ世の後見に譲りおきたまへる御心ばへの、あはれにうれしかりしを、ひき続き争ひきこゆるやうにて、同じさまに見捨てたてまつらむことの、あへなく思されむにつつみてなむ。
心苦しと思ひし人びとも、今はかけとどめらるるほだしばかりなるもはべらず。女御も、かくて、行く末は知りがたけれど、御子たち数添ひたまふめれば、みづからの世だにのどけくはと見おきつべし。その他は、誰れも誰れも、あらむに従ひて、もろともに身を捨てむも、惜しかるまじき齢どもになりにたるを、やうやうすずしく思ひはべる。
院の御世の残り久しくもおはせじ。いと篤しくいとどなりまさりたまひて、もの心細げにのみ思したるに、今さらに思はずなる御名の漏り聞こえて、御心乱りたまふな。この世はいとやすし。ことにもあらず。後の世の御道の妨げならむも、罪いと恐ろしからむ
など、まほにそのこととは明かしたまはねど、つくづくと聞こえ続けたまふに、涙のみ落ちつつ、我にもあらず思ひしみておはすれば、我もうち泣きたまひて、
人の上にても、もどかしく聞き思ひし古人のさかしらよ。身に代はることにこそ。いかにうたての翁やと、むつかしくうるさき御心添ふらむ
と、恥ぢたまひつつ、御硯引き寄せたまひて、手づから押し磨り、紙取りまかなひ、書かせたてまつりたまへど、御手もわななきて、え書きたまはず。
かのこまかなりし返事は、いとかくしもつつまず通はしたまふらむかし」と思しやるに、いと憎ければ、よろづのあはれも冷めぬべけれど、言葉など教へて書かせたてまつりたまふ。
「院はあなたの幼い心ばえをよくご承知の上で、たいそう心配されているのを思い合わせると、これからも心配です。こんなことまで申し上げるのは何ですが、院が、わたしが約束に背いていると仰せになるのが、心外で安心できず、気が滅入るのですが、せめてあなたにだけには言っておきます。
あなたは、考えが浅く、ただ人の言う方にのみ寄りがちなので、わたしがつれなくて愛情が薄いとばかりお考えで、今は盛りを過ぎたこの年を見くびって飽き飽きしていると思うのも、残念で情けないが、それでも院の在世中は、心に納めて、院のお考えもあったでしょうから、盛りを過ぎた人にも、父院と同じようにお考えになって、軽蔑しないようにしてください。
昔から出家願望がありました仏道の道にも、本来思慮の浅いはずの女方に後れをとっておりますが、実にはっきりせずにおりましたが、わたしとしては、何も思いまどうことはありませんが、院がいよいよと世を捨てて出家された後見にと譲られた心ばえが、あわれにうれしく、まるで競争するように、わたしも同じように出家して院をがっかりさせてはならない、と思いとどまっているのです。
わたしの出家後が心配な人々も、出家の妨げになる人々もいません。女御もこうして、行く末は分かりませんが、御子たちもたくさんいらっしゃるので、わたしが生きている間は、無事でいると見てよいでしょう。そのほかは、それぞれが、事情によって、一緒に出家するもよし、悔いのない年になりましたので、ようやく安心できます。
院の余生も長くはないでしょう。病気が重くなって、心細げに思っているのに、今さら思いもしない噂が漏れ聞こえて、御心を乱すことはしないように。この現世だけのことなら、問題ありません。院の成仏の妨げになりかねない、その罪は恐ろしいのです」
など、まともに柏木の件とは言っていないが、しみじみと話続けるうちに、宮は涙を流し、心もここにない様子で悲しみに沈んでいるので、源氏も涙を流して、
「他人のこのような話を昔はおせっかいなと聞いていました。今は自分がするようになりました。ひどい爺と、うっとうしく思うでしょう」
と源氏は恥じながら、硯を引き寄せて、自ら硯を摩って、紙を取って用意して、書かせようとしたが、宮は手が震えて、まったく書けないのであった。
「あの細々した柏木の文の返事は、これほど気後れすることなく書くであろう」と思いやると、憎らしいが、すべてに興醒めしてしまって、言葉を教えて書かせた。
2020.5.29/ 2021.12.12/ 2023.7.16
35.70 朱雀院の御賀、十二月に延引
参りたまはむことは、この月かくて過ぎぬ。二の宮の御勢ひ殊にて参りたまひけるを、古めかしき御身ざまにて、立ち並び顔ならむも、憚りある心地しけり。
霜月はみづからの忌月なり。年の終りはた、いともの騒がし。また、いとどこの御姿も見苦しく、待ち見たまはむをと思ひはべれど、さりとて、さのみ延ぶべきことにやは。むつかしくもの思し乱れず、あきらかにもてなしたまひて、このいたく面痩せたまへる、つくろひたまへ」
など、いとらうたしと、さすがに見たてまつりたまふ。
衛門督をば、何ざまのことにも、ゆゑあるべきをりふしには、かならずことさらにまつはしたまひつつ、のたまはせ合はせしを、絶えてさる御消息もなし。人あやしと思ふらむと思せど、「見むにつけても、いとどほれぼれしきかた恥づかしく、見むにはまたわが心もただならずや」と思し返されつつ、やがて月ごろ参りたまはぬをも咎めなし。
おほかたの人は、なほ例ならず悩みわたりて、院にはた、御遊びなどなき年なれば、とのみ思ひわたるを、大将の君ぞ、「あるやうあることなるべし。好色者は、さだめてわがけしきとりしことには、忍ばぬにやありけむ」と思ひ寄れど、いとかく定かに残りなきさまならむとは、思ひ寄りたまはざりけり
女三の宮が院の賀に参画する予定の十月はこうして過ぎた。二の宮が格別のご威勢で参られたので、身籠った身で、競うようにするのも、気が引けた。
「十一月は父桐壷院の忌月です。年の瀬は何かとせわしない。また身籠った姿も見苦しく、お待ちかねの院がご覧になるだろうと思うと、どうして延せようか。くよくよ思い悩んだりせず、気分を切り替えて明るく振舞って、そのひどく面痩せした姿をつくろいなさい」
など、痛々しいとさすがに思うのであった。
柏木は、何のことであれ、趣向をこらす催しには必ずつくろって、召されていたが、ぴったり来なくなり案内も出さなくなった。人は変に思うだろうと思ったが、源氏は「会えば、自分の馬鹿さ加減が恥ずかしくなるだろうし、また会えば平静ではいられなくなるだろうし」とあれこれ思い、やがて来なくても、咎めなくなった。
世間一般の人は、例によって病気がすぐれないし、管弦の遊びなどない年だったので、とだけ思っていたが、夕霧は、「何か子細があるのだろう。柏木のような好き者は、わたしの勘では、恋心が修まらないのだろうと思うけれど、まさか、これほど収拾がつかないまでになっているとは思わなかった。
2020.5.30/ 2021.12.13/ 2023.7.16
35.71 源氏、柏木を六条院に召す
十二月になりにけり。十余日と定めて、舞ども習らし、殿のうちゆすりてののしる。二条の院の上は、まだ渡りたまはざりけるを、この試楽によりてぞ、えしづめ果てで渡りたまへる。女御の君も里におはします。このたびの御子は、また男にてなむおはしましける。すぎすぎいとをかしげにておはするを、明け暮れもて遊びたてまつりたまふになむ、過ぐる齢のしるし、うれしく思されける。試楽に、右大臣殿の北の方も渡りたまへり。
大将の君、丑寅の町にて、まづうちうちに調楽のやうに、明け暮れ遊び習らしたまひければ、かの御方は、御前の物は見たまはず。
衛門督を、かかることの折も交じらはせざらむは、いと栄なく、さうざうしかるべきうちに、人あやしと傾きぬべきことなれば、参りたまふべきよしありけるを、重くわづらふよし申して参らず。
さるは、そこはかと苦しげなる病にもあらざなるを、思ふ心のあるにやと、心苦しく思して、取り分きて御消息つかはす。父大臣も、
「などか返さひ申されける。ひがひがしきやうに、院にも聞こし召さむを、おどろおどろしき病にもあらず、助けて参りたまへ」
とそそのかしたまふに、かく重ねてのたまへれば、苦しと思ふ思ふ参りぬ。
十二月になった。十余日と定めて、舞などを練習して、六条の院の邸中が大騒ぎであった。紫の上は、まだお越しにならかったが、試楽の当日、落ち着いてもおられず、お越しになった。女御の君も里帰りしていた。この度の御子は、また男子であった。次々とかわいらしくていらっしゃるので、明け暮れ遊び相手をして過ごしていた。長生きしたおかげとうれしく思うのだった。試楽には、右大臣の北の方の玉鬘もお越しになった。
夕霧は、丑寅の町で、内々に練習を、毎日していたので、花散里は、御前での試楽はご覧にならなかった。
柏木が、このような催しにも参加しないのは、いかにも催しが引き立たず、物足りないので、世間の人が不審に思うので、参加するよう催促されたが、病が思いということで、断るのだった。
しかし、はっきりとどこが悪いという病でもないので、自分に気がねしているのではと思い、特別に文を遣るのであった。父大臣も、
「どうして辞退するのか。不届きな態度のように、源氏も聞くであろうが、重病でもないので、何とかして行きなさい」
と父大臣が重ね重ね催促するので、つらいと思いながらも参上した。
2020.5.30/ 2021.12.13/ 2023.7.16
35.72 源氏、柏木と対面す
まだ上達部なども集ひたまはぬほどなりけり。例の気近き御簾の内に入れたまひて、母屋の御簾下ろしておはします。げに、いといたく痩せ痩せに青みて、例も誇りかにはなやぎたる方は、弟の君たちにはもて消たれて、いと用意あり顔にしづめたるさまぞことなるを、いとどしづめてさぶらひたまふさま、「などかは皇女たちの御かたはらにさし並べたらむに、さらに咎あるまじきを、 ただことのさまの、誰も誰もいと思ひやりなきこそ、いと罪許しがたけれ」など、御目とまれど、さりげなく、いとなつかしく、
「そのこととなくて、対面もいと久しくなりにけり。月ごろは、いろいろの病者を見あつかひ、心の暇なきほどに、院の御賀のため、ここにものしたまふ皇女の、法事仕うまつりたまふべくありしを、次々とどこほることしげくて、かく年もせめつれば、え思ひのごとくしあへで、型のごとくなむ、斎の御鉢参るべきを、御賀などいへば、ことことしきやうなれど、家に生ひ出づる童べの数多くなりにけるを御覧ぜさせむとて、舞など習はしはじめし、そのことをだに果たさむとて。拍子調へむこと、また誰れにかはと思ひめぐらしかねてなむ、月ごろ訪ぶらひものしたまはぬ恨みも捨ててける」
とのたまふ御けしきの、うらなきやうなるものから、いといと恥づかしきに、顔の色違ふらむとおぼえて、御いらへもとみに聞こえず。
まだ上達部たちが集っていない頃であった。源氏は、いつもの御座所で,柏木を近くに招じ入れて、母屋の御簾は下ろしてあった。実際、柏木は、ひどく痩せていて青味がかって、普段の陽気で華やかな様子は、弟君たちに圧倒されて、いかにも物静かな所作だが、今日は一段と物静かで、「皇女たちの側に夫として並べても、まったく遜色がない、ただ今度のことはどちらも配慮が足りない点が、許しがたいのだ」など気にかけてこだわっていたが、何事もなくさりげなく、やさしく語りかける、
「これといった要件もなく、会うのは久しぶりですね。この頃は、いろいろな病人の世話をして、隙がなかったので、院の御賀のため女三の宮が法事を執り行うことになっていたが、次々と延び延びになって、こうして年も詰まってくれば、思いどおりもできず、型通りに、精進料理をさしあげる予定ですが、御賀などといえば、大げさなので、家に生まれた子らが数多くなりましたので、ご覧に入れようと、舞など習わし、そのことだけでもやろうと思い、拍子調えることを、誰に頼もうかと思いめぐらしていましたが、幾月も顔を見せぬ恨みを捨ててあなたにお願いしようと思います」
と源氏が仰せになる気色の、何のこだわりもないようで、柏木は顔も上げられず、顔色も変わる気がして、すぐにも返事はできなかった。
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35.73 柏木と御賀について打ち合わせる
「月ごろ、かたがたに思し悩む御こと、承り嘆きはべりながら、春のころほひより、例も患ひはべる乱り脚病といふもの、所狭く起こり患ひはべりて、はかばかしく踏み立つることもはべらず、月ごろに添へて沈みはべりてなむ、内裏などにも参らず、世の中跡絶えたるやうにて籠もりはべる。
院の御齢足りたまふ年なり、人よりさだかに数へたてまつり仕うまつるべきよし、、致仕の大臣思ひ及び申されしを、『冠を掛け、車を惜しまず捨ててし身にて、進み仕うまつらむに、つくところなし。げに、下臈なりとも、同じごと深きところはべらむ。その心御覧ぜられよ』と、催し申さるることのはべしかば、重き病を相助けてなむ、参りてはべし。
今は、いよいよいとかすかなるさまに思し澄ましていかめしき御よそひを待ちうけたてまつりたまはむこと、願はしくも思すまじく見たてまつりはべしを、事どもをば削がせたまひて、静かなる御物語の深き御願ひ叶はせたまはむなむ、まさりてはべるべき
と申したまへば、いかめしく聞きし御賀の事を、女二の宮の御方ざまには言ひなさぬも、労ありと思す
「ただかくなむ。こと削ぎたるさまに世人は浅く見るべきを、さはいへど、心得てものせらるるに、さればよとなむ、いとど思ひなられはべる。大将は、公方おおやけがたは、やうやう大人ぶめれど、かうやうに情けびたる方は、もとよりしまぬにやあらむ。
かの院、何事も心及びたまはぬことは、をさをさなきうちにも、楽の方のことは御心とどめて、いとかしこく知り調へたまへるを、さこそ思し捨てたるやうなれ、静かに聞こしめし澄まさむこと、今しもなむ心づかひせらるべき。かの大将ともろともに見入れて、舞の童べの用意、心ばへ、よく加へたまへ。物の師などいふものは、ただわが立てたることこそあれ、いと口惜しきものなり
など、いとなつかしくのたまひつくるを、うれしきものから、苦しくつつましくて、言少なにて、この御前をとく立ちなむと思へば、例のやうにこまやかにもあらで、やうやうすべり出でぬ。
東の御殿にて、大将のつくろひ出だしたまふ楽人、舞人の装束のことなど、またまた行なひ加へたまふ。あるべき限りいみじく尽くしたまへるに、いとど詳しき心しらひ添ふも、げにこの道は、いと深き人にぞものしたまふめる
「月ごろ、方々のご病気のことをお聞きしまして、胸を痛めておりましたが、わたしも春ころから、普段からの脚気を病んでます。大そうひどく苦しみまして、しっかり立ち歩むこともできず、月が経つにつれて、弱ってきました。内裏などにも参上せず、世間とも交渉を絶って籠っておりました。
朱雀院がちょうど五十になる年です。心を込めてお祝いするべき由、致仕の大臣も申しておりました、『冠を挂け、車を惜しまず捨てて官職を退いた身で、進んでお祝い申し上げるのも、どうかと思われる。そなたはまだ卑官の身であるが、同じ深い敬愛の気持ちを御覧に入れなさい』と、申されましたので、重い病をおして、参上しました。
院には、穏やかな日々でひっそりお暮しのようですし、静かに仏道に余念がないようですので、盛大な儀を待ち望んではおられないと思われますので、諸事簡略にして、親娘のしみじみとした対面が叶うようにしてさしあげるのが、上策かと思います」
と申し上げれば、盛大に執り行った女二の宮の賀を夫として仕切ったことを、一言も言わないのも、大したものだと思うのであった。
「ただご覧の通りの支度なのです。簡略にしたのを世間は志が浅いと見るでしょうが、よく分かってそう言って下さるので、安心しました。夕霧は、お役目の方は段々一人前になるようですが、このような風情の面では得手ではないのでしょう。
朱雀院は何事も心得ていらっしゃるので、楽の方は格別に造詣が深く、お話のように、すっかりこの世とを思い捨てたようですが、静かに耳をすましてお楽しみいただけるようにするべきでしょう。夕霧と一緒に面倒みていただいて、舞の童の準備や、心構えなど、よく教えてやってください。音楽の師などというものは、自分の専門の分野はともあれ、他はどうしようもないものです」
など、打ち解けてお頼みするので、うれしくも、苦しく身のちぢむ思いで、言葉少なく、御前を早く立去りたい思っていたので、いつものように、親しいお話も申し上げず、やっとの思いでさがった。
東の御殿で、夕霧が整えさせた楽人、舞人の装束のことなど、柏木がまた手を加えて教える。夕霧が念入りに手立てを尽くしたものに、事細かな趣向が加わって、柏木は音楽の道にはいかにも造詣が深かった。
2020.5.31/ 2021.12.14/ 2023.7.17
35.74 御賀の試楽の当日
今日は、かかる試みの日なれど、御方々物見たまはむに、見所なくはあらせじとて、かの御賀の日は、赤き白橡しらつるばみに、葡萄染えびぞめ下襲したがさねを着るべし、今日は、青色にの蘇芳襲すほうがさね、楽人三十人、今日は白襲しらがさねを着たる、辰巳の方の釣殿に続きたる廊を楽所にて、山の南の側より御前に出づるほど、「仙遊霞せんゆうか」といふもの遊びて、雪のただいささか散るに、春のとなり近く、梅のけしき見るかひありてほほ笑みたり。
廂の御簾の内におはしませば、式部卿宮、右大臣ばかりさぶらひたまひて、それより下の上達部は簀子に、わざとならぬ日のことにて、御饗応あるじなど、気近きほどに仕うまつりなしたり。
右の大殿の四郎君、大将殿の三郎君、兵部卿宮の孫王の君たち二人は、「万歳楽まんざいらく」。まだいと小さきほどにて、いとらうたげなり。四人ながら、いづれとなく高き家の子にて、容貌をかしげにかしづき出でたる、思ひなしも、やむごとなし。
また、大将の典侍腹の二郎君、式部卿宮の兵衛督といひし、今は源中納言の御子、「おうじやう」。右の大殿の三郎君、「陵王りょうおう」。大将殿の太郎、「落蹲らくそん」。さては「太平楽」、「喜春楽」などいふ舞どもをなむ、同じ御仲らひの君たち、大人たちなど舞ひける。
暮れゆけば、御簾上げさせたまひて、物の興まさるに、いとうつくしき御孫の君たちの容貌、姿にて、舞のさまも、世に見えぬ手を尽くして、御師どもも、おのおの手の限りを教へきこえけるに、深きかどかどしさを加へて、珍らかに舞ひたまふを、いづれをもいとらうたしと思す。老いたまへる上達部たちは、皆涙落としたまふ。式部卿宮も、御孫を思して、御鼻の色づくまでしほたれたまふ。
今日は、試楽の日であったが、夫人方たちが見物するので、見所があるようにと、御賀の当日は、赤い白橡しらつるばみに、葡萄染えびぞめ下襲したがさねを着る予定であったが、今日は、青色に蘇芳襲すほうがさねを着せて、楽人三十人、今日は白襲しらがさねを着せていた。辰巳の方の釣り殿に続く廊を楽所にして、山麓の南の側から御前に来るにつれて、「仙遊霞せんゆうか」を演奏し、雪がちらつき、春がちかく、梅の花がほころんでいた。
源氏は、御簾の中にいるので、式部卿の宮と髭黒の右大臣ばかりが側に控えていて、それより下の上達部は、簀子に、事々しくない試楽のなので、饗応なども手軽な感じでお出しになる。
右大臣の四郎君、夕霧の三郎君、蛍兵部卿の宮の孫王の君たちの二人は、「万歳楽まんざいらく」を舞う。まだ幼い年頃で、可愛らしい。四人とも、誰もかれも、高い家柄の子で、容貌はよくよそおわれている、そう思うせいか、気品がある。
また、夕霧の典侍腹の二郎君、式部卿宮の兵衛督という人の、今では源中納言になっている御子は、「おうじやう」。右大将の三郎君は、「陵王りょうおう」、夕霧の子の太郎は、「落蹲らくそん」。そして、「太平楽」、「喜春楽」を舞った、同じ一族の君たちや、大人たちも一緒に舞った。
夕暮れになって、御簾を上げて、興が高じて、とても可愛らしい孫たちの容貌、姿、舞の様子も、素晴らしい秘技を尽くしていて、師たちも手を尽くして教えたので、深い利発さもあって、めったに見られぬ舞で、どの子も可愛らしいのだった。老いた上達部たちは、皆涙を流した。式部卿も、孫を思って、鼻の色が赤く色づくまで泣くのだった。
2020.5.31/ 2021.12.14/ 2023.7.17
35.75 源氏、柏木に皮肉を言う
主人の院、
「過ぐる齢に添へては、酔ひ泣きこそとどめがたきわざなりけれ。衛門督、心とどめてほほ笑まるる、いと心恥づかしや。さりとも、今しばしならむ。さかさまに行かぬ年月よ。老いはえ逃れぬわざなり」
とて、うち見やりたまふに、人よりけにまめだち屈じて、まことに心地もいと悩ましければ、いみじきことも目もとまらぬ心地する人をしも、さしわきて、空酔ひをしつつかくのたまふ。戯れのやうなれど、いとど胸つぶれて、盃のめぐり来るも頭いたくおぼゆれば、けしきばかりにて紛らはすを、御覧じ咎めて、持たせながらたびたび強ひたまへば、はしたなくて、もてわづらふさま、なべての人に似ずをかし。
心地かき乱りて堪へがたければ、まだことも果てぬにまかでたまひぬるままに、いといたく惑ひて、
「例の、いとおどろおどろしき酔ひにもあらぬを、いかなればかかるならむ。つつましとものを思ひつるに、気ののぼりぬるにや。いとさいふばかり臆すべき心弱さとはおぼえぬを、言ふかひなくもありけるかな」
とみづから思ひ知らる。
しばしの酔ひの惑ひにもあらざりけり。やがていといたくわづらひたまふ。大臣、母北の方思し騷ぎて、よそよそにていとおぼつかなしとて、殿に渡したてまつりたまふを、女宮の思したるさま、またいと心苦し。
源氏が仰せになる、
「年をとると、酔って泣いてしまう。柏木が、目を止めて微笑んでいるのが、わたしは気恥ずかしく思う。しかしそれも、しばらくのことです。逆さまに時は流れて行かぬもの。年をとるのは、逃れられない」
とて、簀子にいる柏木を見やると、人よりかしこまって元気がなく、気分も悪そうなので、素晴らしい舞も見ていられないような気分の人を相手に、酔ったふりをしてこう仰せになる。冗談のように聞こえるが、柏木は源氏の言葉がこたえて、盃がめぐってくるのも、頭が痛いので、形ばかりで紛らわすのを、ご覧になって、無理に盃を強いると、柏木が困りきっている様子は、並みの人と違って優雅であった。
気分が相当悪く、堪えがたいので、まだ宴が終わっていないのに退出したが、ひどく苦しく、
「いつものように、悪酔いしたわけでもないのに、どうしてこんなに気分が悪いのだろう。御前で、つつましく控えていたので、のぼせてしまったのか、そんなことで臆する自分ではないはず、何とも府甲斐ない」
と自ら思い知るのだった。
一時の悪酔いの苦しみではない。やがて本当に病気になった。大臣、母北の方が心配されて、別々に住んでいては不都合と考えて、実家に戻した。二の宮の心配される様子、お気の毒であった。
2020.6.1/ 2021.12.14/ 2023.7.17
35.76 柏木、女二の宮邸を出る
†ことなくて過ぐす月日は、心のどかにあいな頼みして、いとしもあらぬ御心ざしなれど、今はと別れたてまつるべき門出にやと思ふは、あはれに悲しく、後れて思し嘆かむことのかたじけなきを、いみじと思ふ。母御息所も、いといみじく嘆きたまひて、
「世のこととして、親をばなほさるものにおきたてまつりて、かかる御仲らひは、とある折もかかる折も、離れたまはぬこそ例のことなれ、かく引き別れて、たひらかにものしたまふまでも過ぐしたまはむが、心尽くしなるべきことを、しばしここにて、かくて試みたまへ」
と、御かたはらに御几帳ばかりを隔てて見たてまつりたまふ。
「ことわりや。数ならぬ身にて、及びがたき御仲らひに、なまじひに許されたてまつりて、さぶらふしるしには、長く世にはべりて、かひなき身のほども、すこし人と等しくなるけぢめをもや御覧ぜらるる、とこそ思うたまへつれ、いといみじく、かくさへなりはべれば、深き心ざしをだに御覧じ果てられずやなりはべりなむと思うたまふるになむ、とまりがたき心地にも、え行きやるまじく思ひたまへらるる
など、かたみに泣きたまひて、とみにもえ渡りたまはねば、また母北の方、うしろめたく思して、
「などか、まづ見えむとは思ひたまふまじき。われは、心地もすこし例ならず心細き時は、あまたの中に、まづ取り分きてゆかしくも頼もしくもこそおぼえたまへ。かくいとおぼつかなきこと」
と恨みきこえたまふも、また、いとことわりなり。
「人より先なりけるけぢめにや、取り分きて思ひならひたるを、今になほかなしくしたまひて、しばしも見えぬをば苦しきものにしたまへば、心地のかく限りにおぼゆる折しも、見えたてまつらざらむ、罪深く、いぶせかるべし。
今はと頼みなく聞かせたまはば、いと忍びて渡りたまひて御覧ぜよ。かならずまた対面賜はらむ。 あやしくたゆくおろかなる本性にて、ことに触れておろかに思さるることありつらむこそ、悔しくはべれ。かかる命のほどを知らで、行く末長くのみ思ひはべりけること」
と、泣く泣く渡りたまひぬ。宮はとまりたまひて、言ふ方なく思しこがれたり。
†何事もなく過ごした日々は、当てにならない先のことを当てにして、格別の愛情はなかったが、今は死出の門出と思うのだろうか、あわれに悲しく、二の宮が自分の死後に残って嘆くのを、恐れ多いと、柏木は思うのだった。二の宮の母の御息所も、嘆いて、
「世の通例として、親はひとまずさしおいて、このような夫婦の仲は、どういうことがありましょうとも、離れないのが普通です。別れ別れに生活して、すっかり治癒するまで過ごすのは、心配でならないでしょうから、しばらくは、こちらで養生したらどうでしょう」
と母御息所は病床の傍らに几帳だけを隔てて看病した。
「ごもっともです。数ならぬ身で、及びもつかぬ夫婦という縁に、無理にもお許しいただきまして、長く世に生きて、はかない身で少しは人と肩を並べるところまでは出世をしてご覧に入れられると、思っておりましたが、残念ながらこんなことになりましたので、深い心ざしもご覧んにいれられないと思うと、この世にはもう留まれなくても、あの世には安心して行けそうにないように思われる」
などと、互いに泣きつくして、すぐにも父邸に移らないのを、母北の方は、心配されて、
†「どうして、まずわたしに顔を見せようとしないのでしょうか。わたしは少しでも心細いときは、多くの子らの中で、そなたに会いたいともまた頼りだとも思われるのです。どうしておられるか」
と母が恨みがましく言うのも、またもっともなことだ。
「人より先に生まれたからでしょう。取り分けかわいがっていただいたのを、今なお私を愛おしく思っていて、少し見ないとつらいと言ってくるのに、もう駄目かと思うときに、会えないのは、罪深く気にかかかるのでしょう。
今はもう最後です、となれば、忍んでも来ることでしょう。必ず対面できるでしょう。どうしたわけか、わたしは気がきかないなおざりな性分で、何かにつけて疎略にお扱いしたのではないか、と後悔しております。こうした短い命とも知ず、末永く生きられると思っていました」
と、柏木は泣く泣く父の邸に帰っていった。宮は残って、たいそう思いこがれた。
2020.6.2/ 2021.12.14/ 2023.7.17
35.77 柏木の病、さらに重くなる
大殿に待ち受けきこえたまひて、よろづに騷ぎたまふ。さるは、たちまちにおどろおどろしき御心地のさまにもあらず、月ごろ物などをさらに参らざりけるに、いとどはかなき柑子などをだに触れたまはず、ただ、やうやうものに引き入るるやうに見えたまふ。
さる時の有職の、かくものしたまへば、世の中惜しみあたらしがりて、御訪らひに参りたまはぬ人なし。内裏よりも院よりも、御訪らひしばしば聞こえつつ、いみじく惜しみ思し召したるにも、いとどしき親たちの御心のみ惑ふ
六条院にも、「いと口惜しきわざなり」と思しおどろきて、御訪らひにたびたびねむごろに父大臣にも聞こえたまふ。大将は、ましていとよき御仲なれば、気近くものしたまひつつ、いみじく嘆きありきたまふ。
御賀は、二十五日になりにけり。かかる時のやむごとなき上達部の重く患ひたまふに、親、兄弟、あまたの人びと、さる高き御仲らひの嘆きしをれたまへるころほひにて、ものすさまじきやうなれど、次々に滞りつることだにあるを、さて止むまじきことなれば、いかでかは思し止まらむ。女宮の御心のうちをぞ、いとほしく思ひきこえさせたまふ。
例の、五十寺の御誦経、また、かのおはします御寺にも、 摩訶毘盧遮那まかびるさな の。
父大臣邸では柏木を待ち受けていて、何かと大騒ぎである。そうはいっても、急に重態になったわけではない。月ごろ、食事も召し上がらず、軽い柑子なども手に触れない。ただ、何か少しづつ物に引き込まれるように弱っていくように見えるのだった。
このような、当代の重要人物が、病気になって、世の人惜しみ残念がって、お見舞いに次々と来た。内裏からも院からもしばしばお見舞いがやって来て、たいそう残念がった、いよいよ深まる親たちの心配も気も狂わんばかりだ。
源氏も、「大そう残念なことだな」と思い驚いて、たびたびお見舞いに遣わせて、父大臣にも見舞いの文を遣るのであった。まして夕霧は、とりわけ仲の良い友人なので、近くに寄って、ひどく嘆くのだった。
朱雀院の御賀は、二十五日になった。このようなとき、身分の高い上達部が重い病にかかって、親、兄弟、多くの人々など、多くの身分の高い仲間たちが嘆きしおれている折に、興醒めのようであるが、次々に延期したので、中止にできないので、どうして源氏が思いとどまることがあろう。三の宮の心のうちを、推察し、ひどくお気の毒に思った。
例によって、五十の寺に読経を依頼する。院がおられる御寺にも。摩訶毘盧遮那まかびるさな の。
2020.6.2/ 2021.12.14/ 2023.7.17

やっと、若菜(上下)が終わった。長かった。それでも、まだ全体の57%である。どれだけ長い小説を書いたのだろう。若菜を読み始めたのが、3月2日、今日が6月2日およそ3か月、90日かかったということか。約98,000字1日1,100字平均読んだことになる。コロナで自粛が続いたときだったので、頑張ったと思う。角田光代さんのインタビュー記事を読んだ。「三年間かけて『源氏』をやってほしいと言われたんです。・・・私自身は特別好きという気持ちを抱いたことはないんですよ。だからといって、嫌い、というわけでもなく。そもそも「嫌いだ」と思う根拠もないくらいに関わりがなかったんです」彼女の訳はまだ読んだことはないが。源氏に対するスタンスはわたしとほぼ同じ。好きでもなく嫌いでもない。それでも全部読んだ。彼女は個人編集日本文学全集の池澤夏樹氏に指名され依頼があったので訳した。管理人

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読書期間2020年4月23日 - 2020年6月2日