源氏物語 51 浮舟 うきふね

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原文 現代文
51.1 匂宮、浮舟を追想し、中君を恨む
宮、なほ、かのほのかなりし夕べを思し忘るる世なし。「ことことしきほどにはあるまじげなりしを、人柄のまめやかにをかしうもありしかな」と、いとあだなる御心は、「口惜しくてやみにしこと」と、ねたう思さるるままに、女君をも、
「かう、はかなきことゆゑ、あながちに、かかる筋のもの憎みしたまひけり。思はずに心憂し」
と、恥づかしめ怨みきこえたまふ折々は、いと苦しうて、「ありのままにや聞こえてまし」と思せど、
やむごとなきさまにはもてなしたまはざなれど、浅はかならぬ方に、心とどめて人の隠し置きたまへる人を、物言ひさがなく聞こえ出でたらむにも、さて聞き過ぐしたまふべき御心ざまにもあらざめり
さぶらふ人の中にも、はかなうものをものたまひ触れむと思し立ちぬる限りは、あるまじき里まで尋ねさせたまふ御さまよからぬ御本性なるにさばかり月日を経て、思ししむめるあたりは、ましてかならず見苦しきこと取り出でたまひてむ。他より伝へ聞きたまはむはいかがはせむ。
いづ方ざまにもいとほしくこそはありとも、防ぐべき人の御心ありさまならねば、よその人よりは聞きにくくなどばかりぞおぼゆべき。とてもかくても、わがおこたりにてはもてそこなはじ」
と思ひ返したまひつつ、いとほしながらえ聞こえ出でたまはず、異ざまにつきづきしくは、え言ひなしたまはねば、おしこめてもの怨じしたる、世の常の人になりてぞおはしける
匂宮は、ちらっと見た夕べの女のことを忘れられない。 「大した身分ではなさそうだが、気立てがとてもよかったな」と、ひどく浮気な性分なので、「心残りのままで終わって、とても残念だ」と、いまいましく思って、中の君を、
「こんな何でもないことに、一方的に、憎らしくも嫉妬している、情けない」
と、けなして恨む折々は、とてもつらくて、「ありのままに言ってしまおうか」と思うが、
「薫君が表立って重々しい扱いにはしないが、並々ならぬ愛着で心に留めて、こっそり住まわせているので、余計な口出しをしたら、匂宮がそのま聞きのがす性分でもない。
お付きの女房の中にも、一時の慰みにしようと思い立ったときは、女房の実家まで追いかけてゆくよからぬ性分なので、こんなに月日が経っても執着されているようだから、女房どころか、必ず見苦しいことが起きるだろう。他から聞いたのならどうしようもないが。
どちらの方に対しても、お気の毒なことになるが、匂宮は、止められるようなご性格ではないので、浮舟は、赤の他人より不体裁なことになるだろう。どうなろうとも、自分の不注意から下手なことはすまい」
と思い直しては、困ったこととは思いながら、ほんとうのことは話さない、ありもしない嘘をついて、言い繕ったりできないので、黙って嫉妬している世間並みの人を演じている。2021.2.14〇
51.2 薫、浮舟を宇治に放置
かの人は、たとしへなくのどかに思しおきてて、「待ち遠なりと思ふらむ」と、心苦しうのみ思ひやりたまひながら、所狭き身のほどを、さるべきついでなくて、かやしく通ひたまふべき道ならねば、神のいさむるよりもわりなし。されど、
「今いとよくもてなさむ、とす。山里の慰めと思ひおきてし心あるを、すこし日数も経ぬべきことども作り出でて、のどやかに行きても見む。 さて、しばしは人の知るまじき住み所して、やうやうさる方に、かの心をものどめおき、わがためにも、人のもどきあるまじく、なのめにてこそよからめ
にはかに、何人ぞ、いつより、など聞きとがめられむも、もの騒がしく、初めの心に違ふべし。また、宮の御方の聞き思さむことも、もとの所を際々しう率て離れ、昔を忘れ顔ならむ、いと本意なし」
など思し静むるも、例の、のどけさ過ぎたる心からなるべし。渡すべきところ思しまうけて、忍びてぞ造らせたまひける。
薫は、この上なくのんびり構えていて、「待ちくたびれたと思うだろ」と、かわいそうだと気遣いされるが、自由にならない身で、しかるべき用務のついででなければ、たやすく通えないので、神の禁じる恋路よりも難儀である。けれど、
「いずれ充分な世話をしよう、と思っている。山里の慰めにするつもりなので、少し日数のかかる用務をつくって、のんびり行って逢おう。しばらくは、人が知らない住処で、少しずつそういうものだと、浮舟の心を馴れさせて、自分も、人に批判されないように、目立たぬように振舞うのがいい。
急に、誰だろう、いつから女を迎えたのか、などと聞き咎められるのも、煩わしく、初心にもとるだろう。また、中の君が聞いて思うことも、宇治を離れて、亡き大君を忘れたように振舞うのも、本意でない」
と、冷静に考えるのも、悠長過ぎる気持ちからだろう。連れ出す場所を決めて、こっそり作るのだった。2021.2.14〇
51.3 薫と中君の仲
すこしいとまなきやうにもなりたまひにたれど、宮の御方には、なほたゆみなく心寄せ仕うまつりたまふこと同じやうなり。見たてまつる人もあやしきまで思へれど、世の中をやうやう思し知り、人のありさまを見聞きたまふままに、「これこそはまことに昔を忘れぬ心長さの、名残さへ浅からぬためしなめれ」と、あはれも少なからず。
ねびまさりたまふままに、人柄もおぼえも、さま殊にものしたまへば、宮の御心のあまり頼もしげなき時々は、
「思はずなりける宿世かな。故姫君の思しおきてしままにもあらで、かくもの思はしかるべき方にしもかかりそめけむよ」
と思す折々多くなむ。されど、対面したまふことは難し。
年月もあまり昔を隔てゆき、うちうちの御心を深う知らぬ人は、なほなほしきただ人こそ、さばかりのゆかり尋ねたる睦びをも忘れぬに、つきづきしけれ、なかなか、かう限りあるほどに、例に違ひたるありさまも、つつましければ、宮の絶えず思し疑ひたるも、いよいよ苦しう思し憚りたまひつつ、おのづから疎きさまになりゆくを、さりとても絶えず、同じ心の変はりたまはぬなりけり。
宮も、あだなる御本性こそ、見まうきふしも混じれ、若君のいとうつくしうおよすけたまふままに、「他にはかかる人も出で来まじきにや」と、やむごとなきものに思して、うちとけなつかしき方には、人にまさりてもてなしたまへば、ありしよりはすこしもの思ひ静まりて過ぐしたまふ。
少し忙しくなったようであるが、中の君に対しては、以前と変わらず心を寄せてお世話するのだった。それを見ている女房たちも尋常でないと思っていたが、中の君も世の中のことをだんだん分かってくるにつれ、世間の人の有様も見聞きするにつれ、「これこそは昔を忘れない気長さ 名残りの深い例だろう」と、深く感じ入るのだった。
薫が年を重ねるにつれて、人柄も世間の評判も、格別に優れているので、匂宮が頼りなく思われる時は、
「思ってもみなかった宿世であった。故大君の思い通りにしないで、どうして物思いの絶えない結婚をしたのか」
と思う折々が多くなった。けれど、薫と対面できるときは滅多にない。
歳月もたち、昔が遠くなり、内々の事情を知らぬ人が増えて、身分も低く並みの者なら、以前の付き合いも忘れず親しくしているのもふさわしいが、こんな格式のある高い身分で、世間の常識から見ればありえない交際も、気がひけるが、匂宮が絶えず疑っているのも、いっそうつらく苦しく気にして、どうしても疎遠になるのであるが、薫は一向に昔に変わらぬ気持ちを持っていた。
匂宮も浮気な本性こそ困ったものだが、嫌な思いをすることもあるが、若君がすくすくと成長されて、「ほかにはこんな御子も生まれないのでは」と、とても大事にするので、気兼ねのいらない処として、誰よりも大切にされるので、昔よりは落ち着いて過ごすのであった。2021.2.15〇
51.4 正月、宇治から京の中君への文
睦月の朔日過ぎたるころ渡りたまひて、若君の年まさりたまへるを、もて遊びうつくしみたまふ昼つ方、小さき童、緑の薄様なる包み文の大きやかなるに、小さき鬚籠ひげごを小松につけたる、また、すくすくしき立文とり添へて、奥なく走り参る。女君にたてまつれば、宮、
「それは、いづくよりぞ」
とのたまふ。
「宇治より大輔のおとどにとて、もてわづらひはべりつるを、例の、御前にてぞ御覧ぜむとて、取りはべりぬる」
と言ふも、いとあわたたしきけしきにて、
「この籠は、金を作りて色どりたる籠なりけり。松もいとよう似て作りたる枝ぞとよ」
と、笑みて言ひ続くれば、宮も笑ひたまひて、
「いで、我ももてはやしてむ」
と召すを、女君、いとかたはらいたく思して、
「文は、大輔がりやれ」
とのたまふ。御顔の赤みたれば、宮、「大将のさりげなくしなしたる文にや、宇治の名のりもつきづきし」と思し寄りて、この文を取りたまひつ。
さすがに、「それならむ時に」と思すに、いとまばゆければ、
「開けて見むよ。怨じやしたまはむとする」
とのたまへば、
「見苦しう。何かは、その女どちのなかに書き通はしたらむうちとけ文をば、御覧ぜむ」
とのたまふが、騒がぬけしきなれば、
「さは、見むよ。女の文書きは、いかがある」
とて開けたまへれば、いと若やかなる手にて、
「おぼつかなくて、年も暮れはべりにける。山里のいぶせさこそ、峰の霞も絶え間なくて」
とて、端に、
「これも若宮の御前に。あやしうはべるめれど」
と書きたり。
正月の朔日が過ぎた頃、匂宮が来て、若君が二才になって、遊び相手をしていた昼頃、小さい童が、緑色の薄い包みに文を大ぶりに包んで、小さい鬚籠ひげごに入れたものを小松につけて、ほかに改まった感じの立文を添えてわきまえもなく走ってくる。中の君に渡せば、匂宮が、
「それはどこからだ」
と尋ねた。
「宇治から大輔様にとのことですが、使いがまごついていたので、いつものように中の君様にお届けします」
と言うが、ひどくせかせか気色で、
「この籠は銅を細工して緑青で彩色したものです。松も本物によく似せてあります」
と、微笑んで言うので、匂宮も笑って、
「では、わたしも一緒に賞玩しよう」
と取り寄せるのを、中の君は腹立たしく思って、
「文は大輔のところに持ってお行き」
と中の君が言う。顔が赤らんだので、匂宮、「薫がさりげなく装った文なのか。宇治というのもそれらしい」と思いついて。この文を取った。
さすがに、「もし本当にそうだったら」と思って宮は、気が咎めて、
「開けますよ。お恨みになるかな」
と言えば、
「見っともないですね。何で、女房たちがやり取りする文を、見るのですか」
と言うが、あわてるふうもなく、
「では見るよ。女の文はどんなものか」
とて、開ければ、若々しい手で、
「ご無沙汰のまま、年も暮れました。山里住まいの気が晴れませぬ、峰の霞もずっとかかって」
とて、端に、
「これも若宮にさしあげてください。不出来ではありますが」
と書いてある。2021.2.15〇
51.5 匂宮、手紙の主を浮舟と察知す
ことにらうらうじきふしも見えねど、おぼえなき、御目立てて、この立文を見たまへば、げに女の手にて、
「年改まりて、何ごとかさぶらふ。御私にも、いかにたのしき御よろこび多くはべらむ。
ここには、いとめでたき御住まひの心深さを、なほ、ふさはしからず見たてまつる。かくてのみ、つくづくと眺めさせたまふよりは、時々は渡り参らせたまひて、御心も慰めさせたまへ、と思ひはべるに、つつましく恐ろしきものに思しとりてなむ、もの憂きことに嘆かせたまふめる。
若宮の御前にとて、卯槌うずちまゐらせたまふ。大き御前の御覧ぜざらむほどに、御覧ぜさせたまへ、とてなむ」
と、こまごまと言忌もえしあへず、もの嘆かしげなるさまのかたくなしげなるも、うち返しうち返し、あやしと御覧じて、
「今は、のたまへかし。誰がぞ」
とのたまへば、
「昔、かの山里にありける人の娘の、さるやうありて、このころかしこにあるとなむ聞きはべりし」
と聞こえたまへば、おしなべて仕うまつるとは見えぬ文書きを心得たまふに、かのわづらはしきことあるに思し合はせつ。
卯槌をかしう、つれづれなりける人のしわざと見えたり。またぶりに、山橘作りて、貫き添へたる枝に、
まだ古りぬ物にはあれど君がため
深き心に待つと知らなむ

と、ことなることなきを、「かの思ひわたる人のにや」と思し寄りぬるに、御目とまりて、
「返り事したまへ。情けなし。隠いたまふべき文にもあらざめるを。など、御けしきの悪しき。まかりなむよ」
とて、立ちたまひぬ。女君、少将などして、
「いとほしくもありつるかな。幼き人の取りつらむを、人はいかで見ざりつるぞ」
など、忍びてのたまふ。
「見たまへましかば、いかでかは、参らせまし。すべて、この子は心地なうさし過ぐしてはべり。生ひ先見えて、人は、おほどかなるこそをかしけれ」
など憎めば、
「あなかま。幼き人、な腹立てそ」
とのたまふ。去年の冬、人の参らせたる童の、顔はいとうつくしかりければ、宮もいとらうたくしたまふなりけり。
特に才気のある書きぶりにも見えないが、心当たりがなく、この立文を見ると、なるほど女の手で、
「年が改まって、ご機嫌いかがでしょうか。あなた様では、いかによろこばしいお正月をお迎えのことでしょうか。
こちらは、まことに結構な住いですが、でもふさわしい扱いではないように存じます。こうして所在なく物思いなさっているよりは、時々はそちらを尋ねて、気持ちを晴らせばよいのにと思いますが、身もすくむような恐ろしいことを思い出して気の進まぬことと嘆いているようです。
若宮の御前にと、卯槌うずちを作りました。ご主人様のいらっしゃらない時に、ご覧になってください、とある」
と、くどくどと、縁起でもない言葉を慎むことも忘れて、匂宮は泣きごとを並べ立てた書きぶりを繰り返し怪しい感じて、
「もう話してもいいでしょう。誰の文ですか」
と宮が言えば、
「昔、宇治の山里に仕えていた女房の娘が、仔細があって、この頃宇治に寄宿していると聞いております」
と答えたので、並みの女房とは思えぬ文の書きぶりに、厄介なことがあったとの文面に、宮は思い当たった。
卯槌うずちは趣向を凝らしたもので、暇な人が作ったものと思われた。二股に、山橘をつくって、それを貫いた枝に、
「まだ年を経た松ではありませんが、
君のみ栄を願う心をくみ取ってください」
と、格別のこともない歌の主は、「あのわたしが思う人だ」と思い当たって、目に留まると、
「返事を書きなさい。風情がありませんよ。隠すべき文でもないのに、機嫌が悪いですね。退散します」
と言って、立ち去った。中の君は、少将などに、
「気の毒なことをしてしまった。童が取ったのを、女房は見ていなかったのか」
などとこっそり言う。
「見ていたらこちらへ届けさせなかったでしょう。大体がこの子は出過ぎたことをします。子供はおっとりしているのが、生い先見込みがあります」
などと怒るので、
「まあ静かに。子供を叱ってはいけません」
と言う。去年の冬、ある人が奉公にさし上げた童が、顔がたいそう美しかったので、宮がたいそう可愛がったことがあった。2021.2.16〇
51.6 匂宮、大内記から薫と浮舟の関係を知る
わが御方におはしまして、
「あやしうもあるかな。宇治に大将の通ひたまふことは、年ごろ絶えずと聞くなかにも、忍びて夜泊りたまふ時もあり、と人の言ひしを、いとあまりなる人の形見とて、さるまじき所に旅寝したまふらむこと、と思ひつるは、かやうの人隠し置きたまへるなるべし」
と思し得ることもありて、御書のことにつけて使ひたまふ大内記なる人の、かの殿に親しきたよりあるを思し出でて、御前に召す。参れり。
「韻塞すべきに、集ども選り出でて、こなたなる厨子に積むべきこと」
などのたまはせて、
「右大将の宇治へいますること、なほ絶え果てずや。寺をこそ、いとかしこく造りたなれ。いかでか見るべき」
とのたまへば、
「寺いとかしこく、いかめしく造られて、不断の三昧堂など、いと尊くおきてられたり、となむ聞きたまふる。通ひたまふことは、去年の秋ごろよりは、ありしよりも、しばしばものしたまふなり。
下の人びとの忍びて申ししは、『女をなむ隠し据ゑさせたまへる、けしうはあらず思す人なるべし。あのわたりに領じたまふ所々の人、皆仰せにて参り仕うまつる。宿直にさし当てなどしつつ、京よりもいと忍びて、さるべきことなど問はせたまふ。いかなる幸ひ人の、さすがに心細くてゐたまへるならむ』となむ、ただこの師走のころほひ申す、と聞きたまへし」
と聞こゆ。
匂宮は自分の部屋に戻って、
「怪しいな。宇治に大将(薫)が通うのは、年中だと聞いているが、秘かに夜泊まる時もあると、人から聞いているが、いくら恋しい人の思い出の地といっても、そんな所に旅寝したいと思うのは、しかるべき人を隠し置いているからだろう」
と思い立って、書物のことで仕えている大内記にいる人で、薫の邸にも親しくしているのを思い出して、御前に召し出した。
「韻塞ぎするので、詩集を選んで、こちらの厨子に置いておくように」
と言って、
「右大将(薫)が宇治へ行くのは、まだ続いているのか。立派な寺を造ったそうだが、何とか見たいものだ」
と言えば、
「寺は大規模なもので、不断の念仏を修する三昧堂なども立派にできている、と聞いております。通っているのは、去年の秋ころからしばしばお出かけのようです。
下々の者が申すには、『女をかくまっているようです、憎からず思っておいでの方なのだろう。あのあたりの所々の荘園の人々は、皆仰せによって参集して、宿直などの当番をして、京からも内密に、必要な品々を尋ねてきているようです。いかに幸い人といっても、さすがに山里では寂しくしておられるでしょう』と、この師走には申しておった、と聞いております」
と話すのだった。2021.2.16〇
51.7 匂宮、薫の噂を聞き知り喜ぶ
「いとうれしくも聞きつるかな」と思ほして、
「たしかにその人とは、言はずや。かしこにもとよりある尼ぞ、訪らひたまふと聞きし」
「尼は、廊になむ住みはべるなる。この人は、今建てられたるになむ、きたなげなき女房などもあまたして、口惜しからぬけはひにてゐてはべる」
と聞こゆ。
「をかしきことかな。何心ありて、いかなる人をかは、さて据ゑたまひつらむ。なほ、いとけしきありて、なべての人に似ぬ御心なりや。
右の大臣など、『この人のあまりに道心に進みて、山寺に、夜さへともすれば泊りたまふなる、軽々し』ともどきたまふと聞きしを、げに、などかさしも仏の道には忍びありくらむ。なほ、かの故里に心をとどめたると聞きし、かかることこそはありけれ。
いづら、人よりはまめなるとさかしがる人しも、ことに人の思ひいたるまじき隈ある構へよ」
とのたまひて、いとをかしと思いたり。この人は、かの殿にいと睦ましく仕うまつる家司の婿になむありければ、隠したまふことも聞くなるべし。
御心の内には、「いかにして、この人を、見し人かとも見定めむ。かの君の、さばかりにて据ゑたるは、なべてのよろし人にはあらじ。このわたりには、いかで疎からぬにかはあらむ。心を交はして隠したまへりけるも、いとねたう」おぼゆ。
「よし、いいことを聞いた」と思って、
「確かに誰とは言わなかったのか。あそこに元からいる尼を、訪うと聞いているが」
「尼は廊に住んでいます。この女人は、新築したばかりの寝殿に、こざっぱりした女房をたくさん伴なって、それなりに見苦しくなく暮らしています」
と言うのだった。
「おかしなことだ。何のつもりで、どんな女を隠しているのか。やはり薫は一癖あって、普通の人とは違っている性分だな。
右の大臣(夕霧)などが、『薫はあまりに道心が強くて、山寺に、夜も修行で泊まっているというが、軽率だ』と非難していると聞いたが、全くなんで人に隠れて寺参りするのだろう。やはり、あの山里が忘れられないのだと思っていたが、こういう事情があったのか。
どうだ、人よりまじめで分別顔をしている者の方が、人の思いつかない隠しごとをするのよ」
と匂宮は言って、たいそうおもしろいと思った。この大内記は、薫の邸に親しく仕えている家司の婿なんので、隠していることも聞いているのだろう。
匂宮は、心の内で、「どうして、この女を、逢ったあの女だと確かめられよう。薫が、それほどまでに隠しているのは、並みの女ではあるまい。中の君とは、どうして親しい付き合いがあるのだろう、二人で企んで隠しているのだ、くやしい」と思う。2012.2.17〇
51.8 匂宮、宇治行きを大内記に相談
  ただそのことを、このころは思ししみたり。賭弓のりゆみ、内宴など過ぐして、心のどかなるに、司召つかさめしなど言ひて、人の心尽くすめる方は、何とも思さねば、宇治へ忍びておはしまさむことをのみ思しめぐらす。この内記は、望むことありて、夜昼、いかで御心に入らむと思ふころ、例よりはなつかしう召し使ひて、
「いと難きことなりとも、わが言はむことは、たばかりてむや」
などのたまふ。かしこまりてさぶらふ。
「いと便なきことなれど、かの宇治に住むらむ人は、はやうほのかに見し人の、行方も知らずなりにしが、大将に尋ね取られにける、と聞きあはすることこそあれ。たしかには知るべきやうもなきを、ただ、ものより覗きなどして、それかあらぬかと見定めむ、となむ思ふ。いささか人に知るまじき構へは、いかがすべき」
とのたまへば、「あな、わづらはし」と思へど、
「おはしまさむことは、いと荒き山越えになむはべれど、ことにほど遠くはさぶらはずなむ。夕つ方出でさせおはしまして、亥子いねの時にはおはしまし着きなむ。さて、暁にこそは帰らせたまはめ。人の知りはべらむことは、ただ御供にさぶらひはべらむこそは。それも、深き心はいかでか知りはべらむ」
と申す。
「さかし。昔も、一度二度、通ひし道なり。軽々しきもどき負ひぬべきが、ものの聞こえのつつましきなり」
とて、返す返すあるまじきことに、わが御心にも思せど、かうまでうち出でたまへれば、え思ひとどめたまはず。
匂宮は、この頃はただそのことばかり、思い詰めていた。賭弓のりゆみ、内宴などが過ぎて、のんびりしたころ、司召つかさめしなど、皆が気にもむ任官昇進のことは、何の関心もないので、宇治へ秘かに行くことのみ思いめぐらすのだった。この内記は、望みの官職があり、夜昼、宮のご機嫌を取ろうと思っているから、いつもより親し気にご用をいいつけて、
「どんな難儀なことも、わたしの言うことは、やってくれるようか」
などと言うと、かしこまって承る。
「まことに具合の悪いことだが、あの宇治に住んでいる女は、前に少しかかわりがあって、行方知らずになっていて、薫に見付けられて引き取られたのだ、そなたの話から思い当たることがある。確かめるすべもないのだが、ただ物陰から覗いたりして、その女かどうか確かめたいと思う。人に知られずにできるだろうか」
と言えば、「相当に厄介だ」と思ったが、
「宇治にお越しになるには、荒々しい山越えになりますが、それほど遠い所ではありません。夕方出立すれば、亥子いね の刻(午後9時から御前1時ころ)にはお着きになるでしょう。そうして、暁には帰れるでしょう。誰か知るとしても、供の者たちだけでしょう。それも深い事情は知られないでしょう」
と言う。
「いかにも。自分も昔一度、二度、通ったことがある。身分をわきまえぬと非難される恐れがあり、世間に知れたら困るのだ」
とて、返す返すしてはならないので、自分も反省しているが、こうまで口に出してしまったので、思い止ることはなかった。2021.2.17〇
51.9 匂宮、馬で宇治へ赴く
御供に、昔もかしこの案内知れりし者、二、三人、この内記、さては御乳母子の蔵人よりかうぶり得たる若き人、睦ましき限りを選りたまひて、「大将、今日明日よにおはせじ」など、内記によく案内聞きたまひて、出で立ちたまふにつけても、いにしへを思し出づ。
「あやしきまで心を合はせつつ率てありきし人のために、うしろめたきわざにもあるかな」と、思し出づることもさまざまなるに、京のうちだに、むげに人知らぬ御ありきは、さはいへど、えしたまはぬ御身にしも、あやしきさまのやつれ姿して、御馬にておはする心地も、もの恐ろしくややましけれど、もののゆかしき方は進みたる御心なれば、山深うなるままに、「いつしか、いかならむ、見あはすることもなくて帰らむこそ、さうざうしくあやしかるべけれ」と思すに、心も騷ぎたまふ。
法性寺のほどまでは御車にて、それよりぞ御馬にはたてまつりける。急ぎて、宵過ぐるほどにおはしましぬ。内記、案内よく知れるかの殿の人に問ひ聞きたりければ、宿直人ある方には寄らで、葦垣し籠めたる西表を、やをらすこしこぼちて入りぬ。
我もさすがにまだ見ぬ御住まひなれば、たどたどしけれど、人しげうなどしあらねば、寝殿の南表にぞ、火ほの暗う見えて、そよそよとする音する。参りて、
「まだ、人は起きてはべるべし。ただ、これよりおはしまさむ」
と、しるべして入れたてまつる。
従者に、昔お供をして案内を知っている者、二人、三人、この内記、それに乳母子蔵人から叙爵した若い者、気心の知れた者を選んで、「薫は、今日明日は宇治へ出かけない」などと、内記がよく調べて、出立にしても昔通ったことを思い出すのだった。
「不思議なほど気が合って連れて行ってくれた薫に後ろめたい気がする」とさまざまに思い出すこともあり、京の中でも人に知られむ忍び歩きは、そうはいっても、してはいけない身分なのに、ひどく見すぼらしい姿で、馬に乗ってお出かけになるのも、恐ろしく気が咎めたが、女に対する好奇心が人一倍強い性格なので、山が深くなるにつれて、「早く着かないかな。逢えずに帰るのこそ、がっかりするし何のための苦労か分からない」と思うと心騒ぐのだった。
法性寺のあたりまでは、車で行き、それから馬にかえた。急いだので、宵が過ぎるころ山荘に着いた。内記は、様子をよく知っている邸の者に聞いていたので、宿直人のいる方には寄らないで、芦垣で囲った西表を、少し破って入った。
内記はそうはいっても初めてのお邸だったので、不案内だが、大勢人がいるわけでもないので、寝殿の南面gs、ほの暗く見えて、衣擦れの音がする。近寄って、
「まだ人が起きているようだ。かまわずここから入りましょう」
と、案内して宮を入れる。2021.2.18〇
51.10 匂宮、浮舟とその女房らを覗き見る
やをら昇りて、格子の隙あるを見つけて寄りたまふに、伊予簾はさらさらと鳴るもつつまし。新しうきよげに造りたれど、さすがに粗々しくて隙ありけるを、誰れかは来て見むとも、うちとけて、穴も塞たがず、几帳の帷子うちかけておしやりたり。
火明う灯して、もの縫ふ人、三、四人居たり。童のをかしげなる、糸をぞ縒る。これが顔、まづかの火影に見たまひしそれなり。うちつけ目かと、なほ疑はしきに、右近と名のりし若き人もあり。君は、腕を枕にて、火を眺めたるまみ、髪のこぼれかかりたる額つき、いとあてやかになまめきて、対の御方にいとようおぼえたり。
この右近、物折るとて、
「かくて渡らせたまひなば、とみにしもえ帰り渡らせたまはじを、殿は、『この司召のほど過ぎて、朔日ころにはかならずおはしましなむ』と、昨日の御使も申しけり。御文には、いかが聞こえさせたまへりけむ」
と言へど、いらへもせず、いともの思ひたるけしきなり。
「折しも、はひ隠れさせたまへるやうならむが、見苦しさ」
と言へば、向ひたる人、
「それは、かくなむ渡りぬると、御消息聞こえさせたまへらむこそよからめ。軽々しう、いかでかは、音なくては、はひ隠れさせたまはむ。御物詣での後は、やがて渡りおはしましねかし。かくて心細きやうなれど、心にまかせてやすらかなる御住まひにならひて、なかなか旅心地すべしや」
など言ふ。またあるは、
「なほ、しばし、かくて待ちきこえさせたまはむぞ、のどやかにさまよかるべき。京へなど迎へたてまつらせたまへらむ後、おだしくて親にも見えたてまつらせたまへかし。このおとどの、いと急にものしたまひて、にはかにかう聞こえなしたまふなめりかし。昔も今も、もの念じしてのどかなる人こそ、幸ひは見果てたまふなれ」
など言ふなり。右近、
「などて、この乳母をとどめたてまつらずなりにけむ。老いぬる人は、むつかしき心のあるにこそ」
と憎むは、乳母やうの人をそしるなめり。「げに、憎き者ありかし」と思し出づるも、夢の心地ぞする。かたはらいたきまで、うちとけたることどもを言ひて、
「宮の上こそ、いとめでたき御幸ひなれ。右の大殿の、さばかりめでたき御勢ひにて、いかめしうののしりたまふなれど、若君生れたまひて後は、こよなくぞおはしますなる。かかるさかしら人どものおはせで、御心のどかに、かしこうもてなしておはしますにこそはあめれ」
と言ふ。
「殿だに、まめやかに思ひきこえたまふこと変はらずは、劣りきこえたまふべきことかは」
と言ふを、君、すこし起き上がりて、
「いと聞きにくきこと。よその人にこそ、劣らじともいかにとも思はめ、かの御ことなかけても言ひそ。漏り聞こゆるやうもあらば、かたはらいたからむ」
など言ふ。
そっと上って、格子の隙を見つけて寄ってみると、伊予簾はさらさらと鳴ったのが、気がひける。新しく美しく造っていたが、さすがに荒造りで隙があるのを、誰かが来て覗くとも、気を許して、穴を塞がず、几帳の帷子をかけて押しやっている。
灯火をともして、縫物をしている人が、三、四人いる。童の可愛らしいのが、糸を縒っている。この童の顔は、あのとき見た顔だった。とっさの見間違いかと、疑わしかったが、右近と名乗っていた若い女房もいる。姫君は、腕を枕に、火を眺めていている様は、髪がかかっている額つきがたいそう品があり、中の君に似ていた。
この右近が、布を折りながら、
「こうしてお移りしたからには、すぐには帰れないでしょうに、殿(薫)は『この司召を過ぎて、朔日ころには必ず来るでしょう』と、昨日の使いも言っていました。文には何と書きましたか」
と言っているが、答えもせず、物思いしている気色だった。
「君がお越しになるときに、隠れるようにするのは、いけません」
と言えば、向かいにいた女房が、
「それなら、こうして出かけますと、文を出されたらよろしいでしょう。軽率にも、知らせもせずに、出かけたりなされますか。参拝の後は、すぐにそのままこちらにお帰りください。この邸は心細いようですが、気兼ねなく住まうのに馴れましたので、京の本宅の方が旅寝のように思われましょう」
などと言う。また一方で、
「今しばらく、このまま待っていて、落ち着いているのがよいでしょう。薫君が姫を京へ迎えられてから、気兼ねなく母君にお会いなさいませ。乳母が急がせているのです。この人はせっかちな人で、にわかにこんなお参りを勧めたのでしょう。昔も今も、辛抱して気長に構えている人が、最後は幸福になるのです」
と言うのだった。右近は、
「どうしてこの乳母を止められなかったのだろう。年寄りは、むつかしいことを考えるものです」
と憎むのは、乳母を悪者にしたのであろう。「そうそう、あの時も邪魔した婆さんがいた」と匂宮が思い出し、夢かと思う。女房たちは、聞きにくいほど内輪話をして、
「宮の上(中の君)こそ、幸せな方でしょう。右の大臣(夕霧)がご威勢盛んな折ですから、大仰に騒いでいらっしゃるようですが、若君が生まれてからは中の君はとても重んじられているようです。こんな小賢しい人もお側にいないので、中の君は賢くしておられるのでしょう」
と言う。
「薫様が、姫を大事にしていただくことに変わりなければ、姫も中の君様に劣ることがありましょうか」
と言うのを聞いて、姫は、少し体を起こして、
「なんて聞き苦しいことを。よその人なら劣らないとも何とも思いませんが、あの方については決して口にしないで。漏れ聞こえたら、困ったことになりましょう」
などと言う。2021.2.18〇
51.11  匂宮、薫の声をまねて浮舟の寝所に忍び込む
「何ばかりの親族にかはあらむ。いとよくも似かよひたるけはひかな」と思ひ比ぶるに、「心恥づかしげにてあてなるところは、かれはいとこよなし。これはただらうたげにこまかなるところぞいとをかしき」。よろしう、なりあはぬところを見つけたらむにてだに、さばかりゆかしと思ししめたる人を、それと見て、さてやみたまふべき御心ならねば、まして隈もなく見たまふに、「いかでかこれをわがものにはなすべき」と、心も空になりたまひて、なほまもりたまへば、右近、
「いとねぶたし。昨夜もすずろに起き明かしてき。明朝のほどにも、これは縫ひてむ。急がせたまふとも、御車は日たけてぞあらむ」
と言ひて、しさしたるものどもとり具して、几帳にうち掛けなどしつつ、うたた寝のさまに寄り臥しぬ。君もすこし奥に入りて臥す。右近は北表に行きて、しばしありてぞ来たる。君のあと近く臥しぬ。
ねぶたしと思ひければ、いととう寝入りぬるけしきを見たまひて、またせむやうもなければ、忍びやかにこの格子をたたきたまふ。右近聞きつけて、
「誰そ」
と言ふ。声づくりたまへば、あてなるしはぶきと聞き知りて、「殿のおはしたるにや」と思ひて、起きて出でたり。
「まづ、これ開けよ」
とのたまへば、
「あやしう。おぼえなきほどにもはべるかな。夜はいたう更けはべりぬらむものを」
と言ふ。
「ものへ渡りたまふべかなりと、仲信なかのぶが言ひつれば、驚かれつるままに出で立ちて。いとこそわりなかりつれ。まづ開けよ」
とのたまふ声、いとようまねび似せたまひて、忍びたれば、思ひも寄らず、かい放つ。
「道にて、いとわりなく恐ろしきことのありつれば、あやしき姿になりてなむ。火暗うなせ」
とのたまへば、
「あな、いみじ」
とあわてまどひて、火は取りやりつ。
「我、人に見すなよ。来たりとて、人驚かすな」
と、いとらうらうじき御心にて、もとよりもほのかに似たる御声を、ただかの御けはひにまねびて入りたまふ。「ゆゆしきことのさまとのたまひつる、いかなる御姿ならむ」といとほしくて、我も隠ろへて見たてまつる。
いと細やかになよなよと装束きて、香の香うばしきことも劣らず。近う寄りて、御衣ども脱ぎ、馴れ顔にうち臥したまへれば、
「例の御座にこそ」
など言へど、ものものたまはず。御衾参りて、寝つる人びと起こして、すこし退きて皆寝ぬ。御供の人など、例の、ここには知らぬならひにて、
「あはれなる、夜のおはしましざまかな」
「かかる御ありさまを、御覧じ知らぬよ」
など、さかしらがる人もあれど、
「あなかま、たまへ。夜声は、ささめくしもぞ、かしかましき」
など言ひつつ寝ぬ。
女君は、「あらぬ人なりけり」と思ふに、あさましういみじけれど、声をだにせさせたまはず。いとつつましかりし所にてだに、わりなかりし御心なれば、ひたぶるにあさまし。初めよりあらぬ人と知りたらば、いかがいふかひもあるべきを、夢の心地するに、やうやう、その折のつらかりし、年月ごろ思ひわたるさまのたまふに、この宮と知りぬ。
いよいよ恥づかしく、かの上の御ことなど思ふに、またたけきことなければ、限りなう泣く。宮も、なかなかにて、たはやすく逢ひ見ざらむことなどを思すに、泣きたまふ。
「どれほどの親族なのか。よくも中の君に似ているなあ」と思い比べると、「気おくれするくらい立派で上品なところは、中の君の方が格段に優れているが、こちらはかわいらしく目鼻立ちの一つ一つが美しい」。仮に十人並みで、どこかよからぬ点を見つけても、これほど思い詰めた女を、目の前に見て、引き下がるような気性でないから、ましてすっかり見てしまったので、「どうしてこれを我が物にしようか」と、我を忘れて、見つめていると、右近が、
「もう眠い。昨夜も夜明かしして、今朝まで縫っていた。明朝までにこれはやりましょう。早くても、お迎えの車は日が高くなってからでしょう」
と言って、縫いさしのものを取りまとめ几帳にかけたりして、うたた寝するように臥した。姫君も少し奥に入って臥した。右近は来た表に行って、しばらくたってから来た。姫の近くに臥した。
眠たいと思っていて、右近がいよいよ寝入る様子を見ていて、宮はほかに手立てもないので、秘かに格子を叩いた。右近がそれを聞きつけて、
「誰か」
と言う。声づくりをしたので、右近は高貴な方の咳払いと聞き分けて、「殿(薫)が来られたのだ」と思って。起き出た。
「まずここを開けてくれ」
と言えば、
「おかしな。思いがけない時刻にお越しですね。夜はずいぶん更けましたのに」
と言う。
「よそへお出かけの予定だと仲信なかのぶが言ったので、驚いて出立した。ひどい目にあった。とにかく開けてくれ」
という声はよく薫に似せていたので、低い声なので、右近は思わず、掛け金を外す。
「途中、恐ろしいことがあったので、見苦しい姿になっている。火を暗くせよ」
と言えば、
「あら、大変」
とあわてて火を取りのけた。
「わたしの姿を人に見せるな。来たと言って人を起こしてはいけない」
と、全くその場の知恵の回る方で、元々薫とは声が似ていたので、気配だけは薫をしっかりまねて入った。「ひどい目にあったと言っていたが、どんな姿になったのだろう」と気になって、右近は隠れて見ていた。
たいそうほっそりしてなよやかな衣装で、香の香ばしいのは薫に劣らない。近く寄って、衣を脱ぎ、馴れた様子で臥すと、
「いつものご寝所にどうぞ」
などと言うが、宮は何も言わない。衾を用意し、寝ている女房たちを起こし、少し離してまた寝させた。お供の者たちは、この邸は世話しないので、 
「お志の深い夜のお越しですこと」
「殿の深い志を姫はご存じないのですね」
などとわけ知り顔の女房もいるが、
「黙って、静かに。ひそひそ声が響くのよ」
など言いながら寝た。
姫は、「違う人だ」と思ったが、あまりのことに驚いて、声も出させない。とても憚られる所でも、自分を通して無体なことをする人だから、何とも言いようのない所行だ。初めから、違う人と分かっていたら、何とか抗うすべもあったろうに、夢を見ている思だが、ようやく、あの時の残念な思いを語るので、匂宮と分かるのだった。
姫君は、いっそう恥ずかしく、あの中の君のことを思うと、ほかにどうすることもできず、ただもう泣くばかりだった。宮もかえって容易に逢えないことを思うと、泣くのだった。2021.2.19〇
51.12  翌朝、匂宮、京へ帰らず居座る
夜は、ただ明けに明く。御供の人来て声づくる。右近聞きて参れり。出でたまはむ心地もなく、飽かずあはれなるに、またおはしまさむことも難ければ、「京には求め騒がるとも、今日ばかりはかくてあらむ。何事も生ける限りのためこそあれ」。ただ今出でおはしまさむは、まことに死ぬべく思さるれば、この右近を召し寄せて、
「いと心地なしと思はれぬべけれど、今日はえ出づまじうなむある。男どもは、このわたり近からむ所に、よく隠ろへてさぶらへ。時方は、京へものして、『山寺に忍びてなむ』とつきづきしからむさまに、いらへなどせよ」
とのたまふに、いとあさましくあきれて、心もなかりける夜の過ちを思ふに、心地も惑ひぬべきを、思ひ静めて、
「今は、よろづにおぼほれ騒ぐとも、かひあらじものから、なめげなり。あやしかりし折に、いと深う思し入れたりしも、かう逃れざりける御宿世にこそありけれ。人のしたるわざかは」
と思ひ慰めて、
「今日、御迎へにとはべりしを、いかにせさせたまはむとする御ことにか。かう逃れきこえさせたまふまじかりける御宿世は、いと聞こえさせはべらむ方なし。折こそいとわりなくはべれ。なほ、今日は出でおはしまして、御心ざしはべらば、のどかにも」
と聞こゆ。「およすけても言ふかな」と思して、
「我は、月ごろ思ひつるに、ほれ果てにければ、人のもどかむも言はむも知られず、ひたぶるに思ひなりにたり。すこしも身のことを思ひ憚からむ人の、かかるありきは思ひ立ちなむや。御返りには、『今日は物忌』など言へかし。人に知らるまじきことを、誰がためにも思へかし。異事はかひなし」
とのたまひて、この人の、世に知らずあはれに思さるるままに、よろづのそしりも忘れたまひぬべし。
夜は、ただ過ぎてゆく。供の者たちが咳払いをする。右近がそれを聞いて、やって来た。匂宮は帰る気はなく、愛おしいので、また来ることも難ければ、「京の方で騒ごうとも、今日ばかりはこうしていたい。何ごとも生きている間だけのこと」。ただ今帰るのは、まことに死ぬに等しく思うので、この右近を召して、
「まったく無分別の仕業と思われるかも知れぬが、今日はとても帰る気になれない。男たちはこの辺りの近い所にうまく隠れておれ。時方は、京へ戻って、『山寺に参籠している』とうまく言い繕って、適当に答えておけ」
と仰せになるので、右近は、あまりのことにすっかりあきれて、不注意だった昨夜の自分の失態に気もおかしくなりそうなのをじっとこらえて、
こうなったら、いくらあたふたしても、どうしようもないし、失礼に当たる。あの時に深く執着されたのも、逃れられない宿世だったのだ。誰が悪いということでもない」
と思い直して、
「今日お迎えの車がくるのは、どうするつもりでしょう。こんな逃れられない宿世は、もはや何とも申し上げるすべもない。でもちょうど具合の悪い折でございます。やはり、今日はいったんお引き取り願って、志がございましたら、改めてゆっくりと」
右近がと申し上げる。「一人前の口をきく」と思って、
「わたしは、ずっと思い詰めてしまっているので、世間がどう思おうとかまわず、一途な気持ちになっている。少しでもわが身を考えれば、こんな遠出をしますまい。返事に、『今日は物忌』などと言っておきなさい。人に感づかれない算段を、どちらのためにも考えるのだ。他のことは御無用だ」
と匂宮は仰せになって、姫の、またとなくかわいいと思われるままに、どんな非難も忘れてしまうのだった。2021.2.20〇
51.13  右近、匂宮と浮舟の密事を隠蔽す
右近出でて、このおとなふ人に、
「かくなむのたまはするを、なほ、いとかたはならむ、とを申させたまへ。あさましうめづらかなる御ありさまは、さ思しめすとも、かかる御供人どもの御心にこそあらめ。いかで、かう心幼うは率てたてまつりたまふこそ。なめげなることを聞こえさする山賤などもはべらましかば、いかならまし」
と言ふ。内記は、「げに、いとわづらはしくもあるかな」と思ひ立てり。
「時方と仰せらるるは、誰れにか。さなむ」
と伝ふ。笑ひて、
勘へたまふことどもの恐ろしければ、さらずとも逃げてまかでぬべし。まめやかには、おろかならぬ御けしきを見たてまつれば、誰れも誰れも、身を捨ててなむ。よしよし、宿直人も、皆起きぬなり」
とて急ぎ出でぬ。
右近、「人に知らすまじうは、いかがはたばかるべき」とわりなうおぼゆ。人びと起きぬるに、
「殿は、さるやうありて、いみじう忍びさせたまふけしき見たてまつれば、道にていみじきことのありけるなめり。御衣どもなど、夜さり忍びて持て参るべくなむ、仰せられつる」
など言ふ。御達、
「あな、むくつけや。木幡山は、いと恐ろしかなる山ぞかし。例の、御前駆も追はせたまはず、やつれておはしましけむに、あな、いみじや」
と言へば、
「あなかま、あなかま。下衆などの、ちりばかりも聞きたらむに、いといみじからむ」
と言ひゐたる、心地恐ろし。あやにくに、殿の御使のあらむ時、いかに言はむと、
「初瀬の観音、今日事なくて暮らしたまへ」
と、大願をぞ立てける。
石山に今日詣でさせむとて、母君の迎ふるなりけり。この人びともみな精進し、きよまはりてあるに、
「さらば、今日は、え渡らせたまふまじきなめり。いと口惜しきこと」
と言ふ。
右近は部屋を出て、この声を出した人に、
「このように言っておりますので、やはり見苦しいので、諫めてください。あきれるばかりの宮様のなさりようです、いくら宮が思っても、あなた方供人の一存なのでしょう。こんなにも無分別に案内するのでしょう。無礼な振舞いをする山賤もいるでしょうから、どんなことになりますやら」
と言う。内記は、「ほんとうに面倒なことになった」と思い立っている。
「時方と言われる方はどなたですか。こう言っておられました」
と伝える。笑って、
「あなたのお叱りが、恐ろしいので、仰せがなくても京へ帰りましょう。実のところ、宮の並々ならぬご執心を見れば、誰だって命懸けでお供するでしょう。まあよい。宿直人も皆起きてくるようだ」
とて、急いで出立した。
右近は、「人に感づかれないようにするには、どうごまかしたらいいだろか」と途方にくれた。女房たちが起きてくるので、
「殿(薫)は、ある深い訳があって、たいそう人目を避けていますし、道中恐ろしい目にもあいました。衣を夜中に忍んで持ってくるように仰せになりました」
などと言う。年輩の女房たちは、
「まあ気味の悪いこと。木幡山は恐ろしいところです。いつものように、前駆もさせず、お忍びでお越しになったでしょうに、ああ。怖い」
と言って、
「静かに、静かに。下々の者が、ちょっとでも聞いたら、大変なことになる」
と言ったが内心ひやひやしてる。折あしく殿(薫)の使いが来たら何と言い逃れようと、
「初瀬の観音様、今日一日無事でありますように」
と大願を立てる。
今日石山寺にお参りするため、母君が迎えに来るのだった。ここの女房たちも皆精進して、清めているので、
「では、今日はお出かけになるのは無理でしょう。残念だこと」
と言う。2021.2.20〇
51.14  右近、浮舟の母の使者の迎えを断わる
日高くなれば、格子など上げて、右近ぞ近くて仕うまつりける。母屋の簾は皆下ろしわたして、「物忌ものいみ 」など書かせて付けたり。母君もやみづからおはするとて、「夢見騒がしかりつ」と言ひなすなりけり。御手水など参りたるさまは、例のやうなれど、まかなひめざましう思されて、
「そこに洗はせたまはば」
とのたまふ。女、いとさまよう心にくき人を見ならひたるに、時の間も見ざらむに死ぬべしと思し焦がるる人を、「心ざし深しとは、かかるを言ふにやあらむ」と思ひ知らるるにも、「あやしかりける身かな。誰れも、ものの聞こえあらば、いかに思さむ」と、まづかの上の御心を思ひ出できこゆれど、
「知らぬを、返す返すいと心憂し。なほ、あらむままにのたまへ。いみじき下衆といふとも、いよいよなむあはれなるべき」
と、わりなう問ひたまへど、その御いらへは絶えてせず。異事は、いとをかしくけぢかきさまにいらへきこえなどして、なびきたるを、いと限りなうらうたしとのみ見たまふ。
日が高くなって、格子を上げて、右近が近くでお世話する。母屋の簾はすっかり下ろして、「物忌ものいみなど書いて付けた。母君が自ら来られた場合に、「夢見が悪かった」と言うのだった。手水などが持って来られると、いつものようだけれど、宮は介添えを不満に思って、
「そなたが先に洗いなさい」
と宮が言う。姫は、たいそう奥ゆかしい人(薫)を見馴れているので、束の間も会わなければ死んでしまう程思い焦がれているこの人(匂宮 )は、「心ざしが深いのだ」と思い知られて、「不思議な巡り合わせだ。どちらの方も、聞いたら、何と思われるだろう」と、まず中の君のことを思うが、
「宮は思いも寄らず、何といっても情けない。やはりありのまま教えてください。どんなに身分が低くても、いっそういとおしく思うでしょう」
と、しつこく問うが、決っして答えようとしない。他のことは、とても愛嬌があってうちとけて答えるが、宮のいいなりになっているのをこの上なくかわいいと思うのだった。2021.2.21〇
51.14  右近、浮舟の母の使者の迎えを断わる
日高くなるほどに、迎への人来たり。車二つ、馬なる人びとの、例の、荒らかなる七、八人。男ども多く、例の、品々しからぬけはひ、さへづりつつ入り来たれば、人びとかたはらいたがりつつ、
「あなたに隠れよ」
と言はせなどす。右近、「いかにせむ。殿なむおはする、と言ひたらむに、京にさばかりの人のおはし、おはせず、おのづから聞きかよひて、隠れなきこともこそあれ」と思ひて、この人びとにも、ことに言ひ合はせず、返り事書く。
「昨夜より穢れさせたまひて、いと口惜しきことを思し嘆くめりしに、今宵、夢見騒がしく見えさせたまひつれば、今日ばかり慎ませたまへとてなむ、物忌にてはべる。返す返す、口惜しく、ものの妨げのやうに見たてまつりはべる」
と書きて、人びとに物など食はせてやりつ。尼君にも、
「今日は物忌にて、渡りたまはぬ」
と言はせたり。
日が高くなってから、迎えの人が来た。車二台、騎馬の人々、例によって、荒々しい七、八人。男が多く、いつものように、品のない言葉をしゃべりながら入って来た。女房たちは恥ずかしく思って、
「向こうに隠れていなさい」
などと伝えさせる。右近は、「どうしようか。殿(薫)がお越しになった、と言ったら、京ではそれほどの身分の人の所在は、自ずから分かるだろうから、すぐ嘘がばれては大変だ」と思って、女房たちにも相談せずに、返事を書くのだった。
「昨夜から月の障りがあり、残念なのを嘆いていますが、今宵、悪い夢を見まして、今日ばかりは慎んでいたいと、物忌させてくださるようお願い申し上げます。かえすがえす、残念で、何かが邪魔しているようにも思われます」
と書いて、迎えの人々に食事を供して帰した。尼君にも、
「今日は物忌です。京へは行きません」
と言伝た。2021.2.21〇
51.15  匂宮と浮舟、一日仲睦まじく過ごす
例は暮らしがたくのみ、霞める山際を眺めわびたまふに、暮れ行くはわびしくのみ思し焦らるる人に惹かれたてまつりて、いとはかなう暮れぬ。紛るることなくのどけき春の日に、見れども見れども飽かず、そのことぞとおぼゆる隈なく、愛敬づきなつかしくをかしげなり。
さるは、かの対の御方には似劣りなり。大殿の君の盛りに匂ひたまへるあたりにては、こよなかるべきほどの人を、たぐひなう思さるるほどなれば、「また知らずをかし」とのみ見たまふ
女はまた、大将殿を、いときよげに、またかかる人あらむやと見しかど、「こまやかに匂ひきよらなることは、こよなくおはしけり」と見る。
硯ひき寄せて、手習などしたまふ。いとをかしげに書きすさび、絵などを見所多く描きたまへれば、若き心地には、思ひも移りぬべし。
「心より外に、え見ざらむほどは、これを見たまへよ」
とて、いとをかしげなる男女、もろともに添ひ臥したる画を描きたまひて、
「常にかくてあらばや」
などのたまふも、涙落ちぬ。
長き世を頼めてもなほ悲しきは
ただ明日知らぬ命なりけり

いとかう思ふこそ、ゆゆしけれ。心に身をもさらにえまかせず、よろづにたばからむほど、まことに死ぬべくなむおぼゆる。つらかりし御ありさまを、なかなか何に尋ね出でけむ」
などのたまふ。女、濡らしたまへる筆を取りて、
心をば嘆かざらまし命のみ
定めなき世と思はましかば

とあるを、「変はらむをば恨めしう思ふべかりけり」と見たまふにも、いとらうたし。
「いかなる人の心変はりを見ならひて」
など、ほほ笑みて、大将のここに渡し初めたまひけむほどを、返す返すゆかしがりたまひて、問ひたまふを、苦しがりて、
「え言はぬことを、かうのたまふこそ」
と、うち怨じたるさまも、若びたり。おのづからそれは聞き出でてむ、と思すものから、言はせまほしきぞわりなきや。
姫は、いつもは時間をもてあまし、霞める山際を見ては所在なく眺めていたが、時がたつのを焦っている宮に惹かれて、知らぬ間に暮れてしまった。宮は、誰に邪魔されることもないのどかな春の日に、姫を見ても飽きることなく、全く難がなく、愛嬌があって可愛らしい、と思う。
しかし実のところ、あの中の君に似ているが劣っている。夕霧の六の君の匂うような女盛りに並べると、ひどく見劣りがするのに、夢中になっているので、「出会ったこともなくすばらしい」とご覧になっている。
姫は、また薫を、世間にこのような美しい人はまたとあるまいと思ったが、宮の「顔立ちが整って輝くような美しさ」は、格別と思った。
匂宮は硯を引き寄せて、手習いをする。たいそう上手に書くので、絵などの見所が多く描くので、若い女としては、気持ちも移ることであろう。
「思うにまかせず、来られないときは、この絵を見てください」
と言って、たいそう美くしい男女が一緒に添い寝している絵を描いてみせて、
「いつもあなたとこうしていたい」
などと言って涙を落とすのだった。
「長い仲を約束しても悲しいのは
明日をも知れぬはかない命です
全く実にこのように思うなんて、縁起でもない。思うままに動けず、何をするにも、あれこれ算段をしなければならず死にたい気持ちだ。つらかったときは、どうして所在を見つけられよう」
など言うのだった。女は濡れた筆をとって、
「心変わりなど嘆くことはないでしょう
定めないのは命だけだと思うならば」
とあるのを、「心変わりを恨めしく思うのだな」と見るのも、かわいらしい。
「どんな人の心変わりを経験して詠むのか」
など微笑んで、大将(薫)が初めてここに移したときのことを、何度も聞いて知りたがったが、つらがって、
「言いたくないことを、しつこく聞かれる」
とつらがるのも幼い気がする。いずれそれは探り出せるだろう、と思っているのに、本人の口から言わせたいのは困ったものです。 2021.2.22〇
51.16  翌朝、匂宮、京へ帰る
夜さり、京へ遣はしつる大夫参りて、右近に会ひたり。
「后の宮よりも御使参りて、右の大殿もむつかりきこえさせたまひて、『人に知られさせたまはぬ御ありきは、いと軽々しく、なめげなることもあるを、すべて、内裏などに聞こし召さむことも、身のためなむいとからき』といみじく申させたまひけり。東山に聖御覧じにとなむ、人にはものしはべりつる」
など語りて、
「女こそ罪深うおはするものはあれ。すずろなる眷属の人をさへ惑はしたまひて、虚言をさへせさせたまふよ」
と言へば、
「聖の名をさへつけきこえさせたまひてければ、いとよし。私の罪も、それにて滅ぼしたまふらむ。まことに、いとあやしき御心の、げに、いかでならはせたまひけむ。かねて かうおはしますべしと承らましにも、いとかたじけなければ、たばかりきこえさせてましものを。奥なき御ありきにこそは」
と、扱ひきこゆ。
参りて、「さなむ」とまねびきこゆれば、「げに、いかならむ」と、思しやるに、
「所狭き身こそわびしけれ。軽らかなるほどの殿上人などにて、しばしあらばや。いかがすべき。かうつつむべき人目も、え憚りあふまじくなむ。
大将もいかに思はむとすらむ。さるべきほどとは言ひながら、あやしきまで、昔より睦ましき仲に、かかる心の隔ての知られたらむ時、恥づかしう、またいかにぞや。
世のたとひに言ふこともあれば、待ち遠なるわがおこたりをも知らず、怨みられたまはむをさへなむ思ふ。夢にも人に知られたまふまじきさまにて、ここならぬ所に率て離れたてまつらむ」
とぞのたまふ。今日さへかくて籠もりゐたまふべきならねば、出でたまひなむとするにも、袖の中にぞ留めたまひつらむかし。
明け果てぬ前にと、人びとしはぶき驚かしきこゆ。妻戸にもろともに率ておはして、え出でやりたまはず。
世に知らず惑ふべきかな先に立つ
涙も道をかきくらしつつ

女も、限りなくあはれと思ひけり。
涙をもほどなき袖にせきかねて
いかに別れをとどむべき身ぞ

風の音もいと荒ましく、霜深き暁に、おのが衣々も冷やかになりたる心地して、御馬に乗りたまふほど、引き返すやうにあさましけれど、御供の人びと、「いと戯れにくし」と思ひて、ただ急がしに急がし出づれば、我にもあらで出でたまひぬ。
この五位二人なむ、御馬の口にはさぶらひける。さかしき山越え出でてぞ、おのおの馬には乗る。みぎはの氷を踏みならす馬の足音さへ、心細くもの悲し。昔もこの道にのみこそは、かかる山踏みはしたまひしかば、「あやしかりける里の契りかな」と思す。
夜になって、京へ遣わせた太夫が帰って来て、右近に会った。
「后の宮(明石の中宮)からも使いが来て、右の大殿(夕霧)も機嫌が悪く、『人に知られぬお忍びの出歩きは、軽率で、無礼な目にあうこともあるでしょうから、内裏のお耳に入っては、わが身の責任になりかねない』と厳しく申された。東山に聖に会いにゆかれたと、人には申し上げておきました」
などと語って、
「女こそ罪深いものです。何のかかわりもない者も巻き込んで、嘘を言わせるのですから」
と言えば、
「聖の名前さえ言っておけば、上出来と思いますわ。嘘つきの罪もそれで帳消しになるでしょう。ほんとうに、どうしてこんな性癖がついてしまったのでしょう。早くからお越しになると承っていたら、恐れ多いことですが、それなりに策を講じましたものを。とても無謀なお出かけでした」
と右近は口出しする。
右近は御前に参じて、「しかじかでございます」とその通りに申し上げると、「あちらでは、どんな騒ぎになっているだろう」と思いやると、
「自由のきかぬ身が嫌になる、身軽に動ける殿上人などにしばらくなってみたい。どうしたらいいか。世間の目を憚るにしても、構っていられない。
大将(薫)も、何と思うだろう。不思議なほど、昔から仲が良かったのに、このような背信を知られたら、顔向けできないし、また世間の言い草もあるし。
世のたとえにあるが、女を待たせた自分の怠慢を棚に上げて、あなたが恨まれるのを心配するなんて。人に知られる恐れのない所に、連れ出して、他の所に連れてゆきたい。
とも言うのだった。今日までも籠ってはいられないので、京に帰るにしても、女の袖の中に自分の魂を置いておきたい。
夜が明ける前にと、人々の咳払いが聞こえる。宮は妻戸まで一緒に連れ出して、なかなか出てこない。
「すっかり道に迷ってしまってどうしてよいか分からない
涙で道をふさぐので」
女も限りなくあわれと思った。
「涙も小さい袖では止められません
どうして宮様との別れを止められましょう」
風の音も荒々しく、霜深い暁に、互いの衣も冷えた気がして、宮は馬に乗ったが、引き返し始める有様で、供の人たちも、「ほんとに冗談じゃない」と思って、とにかく急がせたので、匂宮は魂も抜けてしまったような感じで出立した。
この五位の二人(大内記と時方)は、宮の馬の口を取っていた。険しい山越えを過ぎて、それぞれが馬に乗った。水際の氷を踏みならす馬の足音さえ、心細く悲しい。昔もこの道を通って、山越えをしたが、「不思議な縁がある里だな」と思う。2021.2.23〇
51.17  匂宮、二条院に帰邸し、中君を責める
† 二条の院におはしまし着きて、女君のいと心憂かりし御もの隠しもつらければ、心やすき方に大殿籠もりぬるに、寝られたまはず、いと寂しきに、もの思ひまされば、心弱く対に渡りたまひぬ。
何心もなく、いときよげにておはす。「めづらしくをかしと見たまひし人よりも、またこれはなほありがたきさまはしたまへりかし」と見たまふものから、いとよく似たるを思ひ出でたまふも、胸塞がれば、いたくもの思したるさまにて、御帳に入りて大殿籠もる。女君も率て入りきこえたまひて、
「心地こそいと悪しけれ。いかならむとするにかと、心細くなむある。まろは、いみじくあはれと見置いたてまつるとも、御ありさまはいととく変はりなむかし。人の本意は、かならずかなふなれば
とのたまふ。「けしからぬことをも、まめやかにさへのたまふかな」と思ひて、
「かう聞きにくきことの漏りて聞こえたらば、いかやうに聞こえなしたるにかと、人も思ひ寄りたまはむこそ、あさましけれ。心憂き身には、すずろなることもいと苦しく」
とて、背きたまへり。宮も、まめだちたまひて、
「まことにつらしと思ひきこゆることもあらむは、いかが思さるべき。まろは、御ためにおろかなる人かは。人も、ありがたしなど、とがむるまでこそあれ。人にはこよなう思ひ落としたまふべかめり。誰れもさべきにこそはと、ことわらるるを、隔てたまふ御心の深きなむ、いと心憂き」
とのたまふにも、「宿世のおろかならで、尋ね寄りたるぞかし」と思し出づるに、涙ぐまれぬ。まめやかなるを、「いとほしう、いかやうなることを聞きたまへるならむ」と驚かるるに、いらへきこえたまはむ言もなし。
ものはかなきさまにて見そめたまひしに、何ごとをも軽らかに推し量りたまふにこそはあらめ。すずろなる人をしるべにて、その心寄せを思ひ知り始めなどしたる過ちばかりに、おぼえ劣る身にこそ」と思し続くるも、よろづ悲しくて、いとどらうたげなる御けはひなり。
「かの人見つけたることは、しばし知らせたてまつらじ」と思せば、「異ざまに思はせて怨みたまふを、ただこの大将の御ことをまめまめしくのたまふ」と思すに、「人や虚言をたしかなるやうに聞こえたらむ」など思す。ありやなしやを聞かぬ間は、見えたてまつらむも恥づかし。
二条の邸に着いて、中の君が浮舟の居所を隠していたことが気に障るので、気楽な自室に入って床についたが、寝られず、寂しいので、物思いがつのって、我慢できず、対に渡った。
中の君は、何があったか全くご存じなく、たいそう美しくしておられた。「またとなく美しいと思った人より、中の君はもっと美しい」と宮は思い、よく似ていると感じたので、胸いっぱいになり、たいそう物思いにふける様子で、御帳台に入ってお寝みになった。中の君も中へお誘いなさって、
「気分が悪いです。どうなることかと、心細いです。わたしがいくら愛情深くあっても後に残ったあなたは、すぐに心変わりするのでしょうね。人の一念は必ず叶うといいますから」
と宮が言う。「とんでもないことを、実に真面目に仰るものだ」と中の君は思って、
「こんな人聞きの悪いことが、世間に(薫)漏れたら、わたしが何を言ったのかと、人(薫)もいぶかしく思うでしょう。浅ましい。わたしのようなものには、何でもないことでもつらいのです」
と言って背を向けた。宮も真剣になって、
「まことに、あなたをひどい方と思っているとしたら、何とお思いでしょう。わたしはあなたにとって不誠実ですか。世間でもありえない厚遇だと咎める声もあるのに、大将より見下しているのです。誰もが因縁でつながっていると分かっているが、やはり隠し立てするのは情けない」
と仰ったが、「宿世が深いので、浮舟を探し当てたのだ」と思うと、涙ぐむのだった。宮の様子がただごとでないので、「どうしよう、薫とのどんな噂を聞いたのだろう」ぎょっとしたが、返事もできない。
正式な縁組ではなく、見初められて通うようになったので、宮はわたしを何かにつけ軽く推し量るのだろう。縁故もない薫を中に立てて、その好意を受け入れたのがで過ちで、軽くあしらわれるわが身なのだ」と思うも、悲しくて、その気配はかわいらしい。
「浮舟を見つけたことは、しばらく黙っていよう」と宮は思ったので、「他のことに思わせて恨み言を言い、薫とのことを言われているのだ」と思っていたが、「誰かがありもしないことを言ったのかしら」などと思った。実否を確かめないうちは、宮に顔を合わせるのも気がひけた。 2021.2.23〇
51.18  明石中宮からと薫の見舞い
内裏より大宮の御文あるに、驚きたまひて、なほ心解けぬ御けしきにて、あなたに渡りたまひぬ。
「昨日のおぼつかなさを。悩ましく思されたなる、よろしくは参りたまへ。久しうもなりにけるを」
などやうに聞こえたまへれば、騒がれたてまつらむも苦しけれど、まことに御心地も違ひたるやうにて、その日は参りたまはず。上達部など、あまた参りたまへど、御簾の内にて暮らしたまふ。
夕つ方、右大将参りたまへり。
「こなたにを」
とて、うちとけながら対面したまへり。
「悩ましげにおはします、とはべりつれば、宮にもいとおぼつかなく思し召してなむ。いかやうなる御悩みにか」
と聞こえたまふ。見るからに、御心騷ぎのいとどまされば、言少なにて、「聖だつと言ひながら、こよなかりける山伏心かな。さばかりあはれなる人を、さて置きて、心のどかに月日を待ちわびさすらむよ」と思す。
例は、さしもあらぬことのついでにだに、我はまめ人ともてなし名のりたまふを、ねたがりたまひて、よろづにのたまひ破るを、かかること見表はいたるを、いかにのたまはまし。されど、さやうの戯れ事もかけたまはず、いと苦しげに見えたまへば、
「不便なるわざかな。おどろおどろしからぬ御心地の、さすがに日数経るは、いと悪しきわざにはべり。御風邪よくつくろはせたまへ」
など、まめやかに聞こえおきて出でたまひぬ。「恥づかしげなる人なりかし。わがありさまを、いかに思ひ比べけむ」など、さまざまなることにつけつつも、ただこの人を、時の間忘れず思し出づ。
かしこには、石山も停まりて、いとつれづれなり。御文には、いといみじきことを書き集めたまひて遣はす。それだに心やすからず、「時方」と召しし大夫の従者の、心も知らぬしてなむやりける。
右近が古く知れりける人の、殿の御供にて尋ね出でたる、さらがへりてねむごろがる
と、友達には言ひ聞かせたり。よろづ右近ぞ、虚言しならひける。
内裏から明石の中宮の文があり、驚いて、まだ腑に落ちぬ気色で、寝殿に移った。
「昨日お見えになりませんでしたが、具合が悪かったとのこと、よくなったら、来てください。久しく会っていませんので」
などと書かれているが、大げさに心配されるのも困るけれど、ほんとうに気分が悪く、その日は参内しなかった。上達部など、たくさん見舞いに来たが、御簾の内で暮らした。
夕方、右大将(薫)が来た。
「こちらへどうぞ」
とくつろいだ姿で対面した。
「具合が悪いと聞きましたので、中宮におかれても大変心配されております。どんな具合ですか」
と御挨拶申し上げる。薫を見るなり、胸の動悸が騒いで、言葉少なに、「修行者ぶると言いながら、とんだ山伏風情だな。あれほど可愛らしい人を、おいて置いて、のんびり待ち遠がらせるとは」と思う。
いつもは、些細なことにも、薫の堅物ぶりを、くやしがってあれこれけちをつけるのに、こんな大発見して、何と言って困らせてやろうかと思ってもよさそうだが、しかしそのような冗談も言わず、たいそう苦しそうに見えたので、
「いけませんね。たいして悪くないといった状態が、長く続くのは、気をつけないといけません。風邪には十分ご養生を」
など、ねんごろなお見舞いを言って帰っていった。「薫にはとても太刀打ちできない。わたしと比べて何と思うだろう」などと、何かのことにつけても、浮舟のことを、片時も忘れず思うのだった。
宇治では、石山詣でも中止になり、所在なくしている。宮の文には、たいそうなことをたくさん書いて遣わせた。それさえ心配で、「時方」と呼んでいた太夫の従者を召して、何も事情を知らない者をやる。
「右近の古くからの知り合いで、殿の供をしている者が、蒸し返して私を口説いているのです」
と女房たちには言っている。何もかも右近が嘘をついていることになった。2021.2.24〇
51.19  二月上旬、薫、宇治へ行く
月もたちぬ。かう思し知らるれど、おはしますことはいとわりなし。「かうのみものを思はば、さらにえながらふまじき身なめり」と、心細さを添へて嘆きたまふ。
大将殿、すこしのどかになりぬるころ、例の、忍びておはしたり。寺に仏など拝みたまふ。御誦経せさせたまふ僧に、物賜ひなどして、夕つ方、ここには忍びたれど、これはわりなくもやつしたまはず。烏帽子直衣の姿、いとあらまほしくきよげにて、歩み入りたまふより、恥づかしげに、用意ことなり。
† 女、いかで見えたてまつらむとすらむと、空さへ恥づかしく恐ろしきに、あながちなりし人の御ありさま、うち思ひ出でらるるに、また、この人に見えたてまつらむを思ひやるなむ、いみじう心憂き。
「『われは年ごろ見る人をも、皆思ひ変はりぬべき心地なむする』とのたまひしを、げに、そののち御心地苦しとて、いづくにもいづくにも、例の御ありさまならで、御修法など騒ぐなるを聞くに、また、いかに聞きて思さむ」と思ふもいと苦し。
この人はた、いとけはひことに、心深く、なまめかしきさまして、久しかりつるほどのおこたりなどのたまふも、言多からず、恋し愛しとおり立たねど、常にあひ見ぬ恋の苦しさを、さまよきほどにうちのたまへる、いみじく言ふにはまさりて、いとあはれと人の思ひぬべきさまをしめたまへる人柄なり。艶なる方はさるものにて、行く末長く人の頼みぬべき心ばへなど、こよなくまさりたまへり。
「思はずなるさまの心ばへなど、漏り聞かせたらむ時も、なのめならずいみじくこそあべけれ。 あやしううつし心もなう思し焦らるる人を、あはれと思ふも、それはいとあるまじく軽きことぞかし。この人に憂しと思はれて、忘れたまひなむ」心細さは、いと深うしみにければ、思ひ乱れたるけしきを、「月ごろに、こよなうものの心知り、ねびまさりにけり。つれづれなる住み処のほどに、思ひ残すことはあらじかし」と見たまふも、心苦しければ、常よりも心とどめて語らひたまふ。
月も変わった。匂宮は、このように気持ちは焦っているが、宇治へ行くことは無理だった。「こんなに切ない思いしていては身がもたない」と心細く嘆くのだった。
大将殿(薫)は、少し暇になったころ、例によって、秘かにお出でかけになった。寺に入って仏などを拝んでいる。読経を頼む僧に、布施を賜って、夕方、山荘に着いたが、それほどやつした姿ではなかった。烏帽子直衣の姿、ほんとうに申し分なく美しく、部屋に入るときから、格別立派なたしなみが見えた。
女は、どうしてお会いすることができようかと、空にさえも恥ずかしく恐ろしく、強引に振舞った宮の有様を思い出して、また薫にお会いするのを思うと、ひどく情けない。
「『わたしは日ごろ一緒に過ごして来た女人でさえ、すっかり気持ちが冷えてしまった気がする』と宮が仰せになったのを、本当にその後、具合が悪い、とどこにも出かけず、修法などの騒いでいると聞くと、また、どんな風に聞いて何と思うだろう」と思うのも苦しかった。
このお方(薫)は、気配が格別で、情が深く、優雅で、久しくご無沙汰した挨拶でも言葉少なに、恋しい愛おしいと直接は言わないが、いつも会えない恋の苦しさは、ほどよい加減で口にする具合が、言葉多く言うより効き目があって、女の胸にしみじみと訴えかけるような処がおありだった。優美な美しさはもちろんのこと、末長く頼みになる人柄は、宮に勝っているのだった。
「思ってもいないことを、漏れ聞いてしまったら、大変なことになるだろう。不思議なほど一途に思いこがれる宮を、あわれと思うのも、道に外れた軽率なことだ。薫様に嫌な女だと思われて、見限られたりしたら」心細さはどんなものか、骨身にしみているので、浮舟の思い乱れた気色を、「しばらく来ないうちにすっかり情が分かる女になったものだ。所在ない山里の住まいをしていては、物思いの限りを尽くしていることだろう」とご覧になるにつけ、いつもより心を込めて語らうのだった。2021.2.24〇
51.20  薫と浮舟、それぞれの思い
造らする所、やうやうよろしうしなしてけり。一日なむ、見しかば、ここよりは気近き水に、花も見たまひつべし。三条の宮も近きほどなり。明け暮れおぼつかなき隔ても、おのづからあるまじきを、この春のほどに、さりぬべくは渡してむ」
と思ひてのたまふも、「かの人の、のどかなるべき所思ひまうけたりと、昨日ものたまへりしを、かかることも知らで、さ思すらむよ」と、あはれながらも、「そなたになびくべきにはあらずかし」と思ふからに、ありし御さまの、面影におぼゆれば、「我ながらも、うたて心憂の身や」と、思ひ続けて泣きぬ。
御心ばへの、かからでおいらかなりしこそ、のどかにうれしかりしか。人のいかに聞こえ知らせたることかある。すこしもおろかならむ心ざしにては、かうまで参り来べき身のほど、道のありさまにもあらぬを」
など、朔日ごろの夕月夜に、すこし端近く臥して眺め出だしたまへり。男は、過ぎにし方のあはれをも思し出で、女は、今より添ひたる身の憂さを嘆き加へて、かたみにもの思はし。
「今作っている邸はようやく目鼻がたちました。先日見に行きましたが、ここよりはやさしい川のほとりで、花見もできます。三条の宮にも近いです。いつもどうしているかご無沙汰しているのも、自ずからなくなりましょう。この春には、都合がつけばお移ししましょう」
と薫は言うのだが、「匂宮が、気兼ねなく会えるところを用意した、と昨日文があったのに、このようなことも知らずにそんなことを思っている」と、あわれに思うのも、「宮になびくべきではないのだ」と思うのだが、あの時の面影を思い出すと、「自分ながら、情けない身の上だ」と浮舟は思い続けて泣くのだった。
「あなたの気持ちが大らかであってので、わたしも落ちついていられてうれしいのです。人が余計なことを言ったのでしょう。あなたを疎かに思うのなら、道中はるばる苦労してここまで来ませんでしょうに」
など、朔日の夕月夜に、少し端に座って外を眺めている。薫は過ぎたことの悲しみを思い、浮舟は今からわが身に添うつらさを思い、互いに物を思うのだった。2021.2.25〇
51.21  薫と浮舟、宇治橋の和歌を詠み交す
山の方は霞隔てて、寒き洲崎に立てる鵲の姿も、所からはいとをかしう見ゆるに、宇治橋のはるばると見わたさるるに、柴積み舟の所々に行きちがひたるなど、他にて目馴れぬことどものみとり集めたる所なれば、見たまふたびごとに、なほそのかみのことのただ今の心地して、いとかからぬ人を見交はしたらむだに、めづらしき仲のあはれ多かるべきほどなり。
まいて、恋しき人によそへられたるもこよなからず、やうやうものの心知り、都馴れゆくありさまのをかしきも、こよなく見まさりしたる心地したまふに、女は、かき集めたる心のうちに、催さるる涙、ともすれば出でたつを、慰めかねたまひつつ、
宇治橋の長き契りは朽ちせじを
危ぶむ方に心騒ぐな

今見たまひてむ」
とのたまふ。
絶え間のみ世には危ふき宇治橋を
朽ちせぬものとなほ頼めとや

さきざきよりもいと見捨てがたく、しばしも立ちとまらまほしく思さるれど、人のもの言ひのやすからぬに、「今さらなり。心やすきさまにてこそ」など思しなして、暁に帰りたまひぬ。「いとようもおとなびたりつるかな」と、心苦しく思し出づること、ありしにまさりけり。
山は霞がかかって、寒い洲に立っているかささぎの姿も風情があり、宇治橋を遠くに見渡すと、柴を積んだ舟が所々に行き交っている。他では見馴れないものばかりが多くある処なので、見るたびごとに、やはり昔のことがたった今のように思い出されて、ほんとに大君ゆかりではない女と見交わす、そんなめったにない逢瀬のあわれがあふれるのだった。
まして、浮舟が大君によく似ているのも悪くはなく、浮舟がようやく物の心を知り、都馴れしたのも、初めの頃より格段によくなった気がして、 浮舟は、あれこれかき集めた思いの内に、思わずあふれる涙が出るのを、薫は慰めかねて、
「宇治橋のように二人の長い契りは朽ちることがないのに
危ぶんで不安に思うな
いずれお分かりでしょう」
と詠む。
「隙間だらけの危うい宇治橋を
朽ちないから頼みとしなさい言われるのですか」
前よりもいっそう置いて帰り難く、もっと一緒に居たいと思うが、世間の噂も気になるので、「今さら長居もできない。京に引き取って気楽な所で」などと思って、暁に帰った。「よくもまあ女らしくなったものだ」と、いじらしく思うのも、以前と違っていた。2021.2.25〇
51.22  二月十日、宮中の詩会催される
†† 如月の十日のほどに、内裏に文作らせたまふとて、この宮も大将も参りあひたまへり。折に合ひたる物の調べどもに、宮の御声はいとめでたくて、「梅が枝」など謡ひたまふ。何ごとも人よりはこよなうまさりたまへる御さまにて、すずろなること思し焦らるるのみなむ、罪深かりける。
雪にはかに降り乱れ、風など烈しければ、御遊びとくやみぬ。この宮の御宿直所に、人びと参りたまふ。もの参りなどして、うち休みたまへり。
大将、人にもののたまはむとて、すこし端近く出でたまへるに、雪のやうやう積もるが、星の光におぼおぼしきを、「 闇はあやなし」とおぼゆる匂ひありさまにて、
衣片敷き今宵もや
と、うち誦じたまへるも、はかなきことを口ずさびにのたまへるも、あやしくあはれなるけしき添へる人ざまにて、いともの深げなり。
言しもこそあれ、宮は寝たるやうにて、御心騒ぐ。
「おろかには思はぬなめりかし。片敷く袖を、我のみ思ひやる心地しつるを、同じ心なるもあはれなり。侘しくもあるかな。 かばかりなる本つ人をおきて、我が方にまさる思ひは、いかでつくべきぞ
とねたう思さる。
明朝、雪のいと高う積もりたるに、文たてまつりたまはむとて、御前に参りたまへる御容貌、このころいみじく盛りにきよげなり。かの君も同じほどにて、今二つ、三つまさるけぢめにや、すこしねびまさるけしき用意などぞ、ことさらにも作りたらむ、あてなる男の本にしつべくものしたまふ。「帝の御婿にて飽かぬことなし」とぞ、世人もことわりける。才なども、おほやけおほやけしき方も、後れずぞおはすべき。
文講じ果てて、皆人まかでたまふ。宮の御文を、「すぐれたり」と誦じののしれど、何とも聞き入れたまはず、「いかなる心地にて、かかることをもし出づらむ」と、そらにのみ思ほしほれたり。
二月の十日ほどに、内裏で漢文の会を催すというので、匂宮も大将(薫)も参上した。季節に応じた雅楽の調べに、匂宮の声がすばらしく、「梅が枝」などの催馬楽を、謡った。宮は何ごとも人にすぐれた資質があって、女などつまらぬことに熱中してしまうのが、玉に傷で罪深いのだった。
雪がにわかに降って、風が激しくかったので、遊びは早くに中止になった。宮の宿直所に、人々が集まった。宮は、食事などをして、休んでいる。
大将(薫)は誰かに用を言い付けようと、少し端近くに出ると、雪がだんだん積もってきて、星の光にぼうと映る景色を、「闇でも香る」と思われる香りを放って、
「今宵も独り寝してわたしを待っているだろう」
と薫が誦じて、和歌を口ずさむのも、なぜかしみじみ胸をうつ風情が備わって、たいそう奥ゆかしい。
言うにこと欠いて、匂宮は寝入ったふうをされながら、心は騒ぐ。
「薫だっていい加減な気持ちではないだろう。独りで私を待っていると思っているが、薫も同じ思いか。つらいな。これほど初めから思っている男を差し置いて、私の方に勝った愛情がくるとも思えない」
と宮は恨めしく思う。
翌朝、雪が深く積もったが、詩文を帝に献上するため、御前に参上したが、宮の容貌が、この頃すばらしい男盛りで美しい。薫も同じ年頃で、二つ、三つ年上だったか、少し老成したような様子や態度などが、わざわざ作ったようであって、高貴な殿方のお手本にしたいくらいだった。「帝の婿になって、何一つ不足はない」と世間の人も認めている。詩文の才も、政事向きの力量も誰にも負けない。
詩の朗誦も終わって、皆退出する。匂宮の詩も「すばらしい出来だ」と人は騒ぐが、うれしくもなんともない、「どうしてこんな詩など作ったのだろう」と、上の空であった。2021.2.25〇
51.23  匂宮、雪の山道の宇治へ行く
かの人の御けしきにも、いとど驚かれたまひければ、あさましうたばかりておはしましたり。京には、友待つばかり消え残りたる雪、山深く入るままに、やや降り埋みたり。
常よりもわりなきまれの細道を分けたまふほど、御供の人も、泣きぬばかり恐ろしう、わづらはしきことをさへ思ふ。しるべの内記は、式部少輔しょうなむ掛けたりける。いづ方もいづ方も、ことことしかるべき官ながら、いとつきづきしく、引き上げなどしたる姿もをかしかりけり。
かしこには、おはせむとありつれど、「かかる雪には」とうちとけたるに、夜更けて右近に消息したり。「あさましう、あはれ」と、君も思へり。右近は、「いかになり果てたまふべき御ありさまにか」と、かつは苦しけれど、今宵はつつましさも忘れぬべし。言ひ返さむ方もなければ、同じやうに睦ましくおぼいたる若き人の、心ざまも奥なからぬを語らひて、
「いみじくわりなきこと。同じ心に、もて隠したまへ」
と言ひてけり。もろともに入れたてまつる。道のほどに濡れたまへる香の、所狭う匂ふも、もてわづらひぬべけれど、かの人の御けはひに似せてなむ、もて紛らはしける。
薫の気配に、匂宮ははっとして、無理に算段して宇治へ出かけた。京には友を待つかのように消え残った雪があって、山深く入るにつれて降り積もっていた。
いつもより難儀な人もめったに通らない細い道を分け入ると、供の者たちも泣きたいほど恐ろしく、迷惑なことだと思う。案内の大内記は、式部少輔しょうを兼務していた。どちらの地位も重々しい官であるが、いかにもこんなお供らしく、裾をからげてかいがいしい姿だった。
宇治では、今夜来ると連絡があったが、「こんな雪に」と気を許していたが、夜更けて右近に到着の知らせがあった。「何とまあ、深いお気持ちか」と姫も思った。右近は、「浮舟は、この先どんなことになってしまうのだろう」と心配に思うが、今宵は憚るのも忘れた。断るすべもないので、右近同様に信頼されて若い女房で思慮深いのを、味方にして、
「もうとても困っています。心を合わせて、周りに隠してください」
と言って、二人して宮を中に入れた。道中濡れた香が、あたり一面に匂うので、扱いに困るところだが、薫殿の気配に似せて、周囲を紛らわすのだった。2021.2.26〇
51.24  匂宮と浮舟、橘の小島の和歌を詠み交す
夜のほどにて立ち帰りたまはむも、なかなかなべければ、ここの人目もいとつつましさに、時方にたばからせたまひて、「川より遠方なる人の家に率ておはせむ」と構へたりければ、先立てて遣はしたりける、夜更くるほどに参れり。
「いとよく用意してさぶらふ」
と申さす。「こは、いかにしたまふことにか」と、右近もいと心あわたたしければ、寝おびれて起きたる心地も、わななかれて、あやし。童べの雪遊びしたるけはひのやうにぞ、震ひ上がりにける。
「いかでか」
なども言ひあへさせたまはず、かき抱きて出でたまひぬ。右近はこの後見にとまりて、侍従をぞたてまつる。
いとはかなげなるものと、明け暮れ見出だす小さき舟に乗りたまひて、さし渡りたまふほど、遥かならむ岸にしも漕ぎ離れたらむやうに心細くおぼえて、つとつきて抱かれたるも、いとらうたしと思す。
有明の月澄み昇りて、水の面も曇りなきに、
「これなむ、橘の小島」
と申して、御舟しばしさしとどめたるを見たまへば、大きやかなる岩のさまして、されたる常磐木の蔭茂れり。
「かれ見たまへ。いとはかなけれど、千年も経べき緑の深さを」
とのたまひて、
年経とも変はらむものか橘の
小島の崎に契る心は

女も、めづらしからむ道のやうにおぼえて、
橘の小島の色は変はらじを
この浮舟ぞ行方知られぬ

折から、人のさまに、をかしくのみ何事も思しなす。
かの岸にさし着きて降りたまふに、人に抱かせたまはむは、いと心苦しければ、抱きたまひて、助けられつつ入りたまふを、いと見苦しく、「何人を、かくもて騷ぎたまふらむ」と見たてまつる。時方が叔父の因幡守なるが領ずる荘に、はかなう造りたる家なりけり。
まだいと粗々しきに、網代屏風など、御覧じも知らぬしつらひにて、風もことに障らず、垣のもとに雪むら消えつつ、今もかき曇りて降る。
夜の明けぬうちに帰るのも、かえって来なかった方がましなので、この邸の人目も気になるので、時方にはかって計画して、「川の向こうの家に連れて行く」予定で、時方を先に遣わせていたのが、夜更けて帰って来たのだった。
「万事支度してあります」
と申し上げる。「これはどうされるお積りなのか」と右近も仰天して、寝ぼけて起きた心地がして、身体が震えて、正体もない。子供が雪遊びした時のように、震えるのだった。
「どうされますか」
などとも言うまもなく、宮は浮舟を抱いて出た。右近は邸に留まって人目をつくろい、侍従を付けた。
頼りない舟と明け暮れ見ていた小さな舟に乗って、渡っている間、遙かな向こう岸に向かって漕いでゆくようで心細く思い、宮にくっ付いていて、かわいらしいと宮は思う。
有明の月が澄んで昇り、水の面も曇りなく、
「これが橘の小島です」
と船頭が言って、舟を止めて見れば、大きな岩があって、趣ある橘が繁っている。
「あれをご覧になってください。千年も持ちそうな緑の深さです」
と宮は言って、
「年を経ても私の気持ちは変わりません
橘の小島に契る約束は」
浮舟も初めての旅路のように思われて、
「橘の小島の色のようにみ心は変わらないでしょうが
この浮舟のようなわが身はどこへ行くのでしょう」
折も折、女も美しく、何ごともすばらしく思うのだった。
向こう岸に着いて、他人に抱かせるのは、つらいので、宮は自分で抱いて、助けられて中へ入るのは、見苦しく、「どんな貴人か、こんなに大騒ぎしているのか」と供の者たちは見ている。時方の叔父の因幡守の所領で、造作中の家であった。
まだ出来上がっていないのに、網代屏風など、見たこともないしつらいで、風も防がず、垣根のもとに雪が残り、今も空はかき曇っている。 2021.2.26〇
51.25  匂宮、浮舟に心奪われる
日さし出でて、軒の垂氷の光りあひたるに、人の御容貌もまさる心地す。宮も、所狭き道のほどに、軽らかなるべきほどの御衣どもなり。女も、脱ぎすべさせたまひてしかば、細やかなる姿つき、いとをかしげなり。ひきつくろふこともなくうちとけたるさまを、「いと恥づかしく、まばゆきまできよらなる人にさしむかひたるよ」と思へど、紛れむ方もなし。
なつかしきほどなる白き限りを五つばかり、袖口、裾のほどまでなまめかしく、色々にあまた重ねたらむよりも、をかしう着なしたり。常に見たまふ人とても、かくまでうちとけたる姿などは見ならひたまはぬを、かかるさへぞ、なほめづらかにをかしう思されける。
侍従も、いとめやすき若人なりけり。「これさへ、かかるを残りなう見るよ」と、女君は、いみじと思ふ。宮も、
「これはまた誰そ。わが名漏らすなよ」
と口がためたまふを、「いとめでたし」と思ひきこえたり。ここの宿守にて住みける者、時方を主と思ひてかしづきありけば、このおはします遣戸を隔てて、所得顔に居たり。声ひきしじめ、かしこまりて物語しをるを、いらへもえせず、をかしと思ひけり。
「いと恐ろしく占ひたる物忌により、京の内をさへ去りて慎むなり。他の人、寄すな」
と言ひたり。
日が出て、軒の垂氷に光があたり、女の容貌もいっそう美しく見える。宮も人目を避けた厄介な道中で、身軽な衣であった。女も表着を脱がせた姿なので、細い身体つきが、たいそう美しい。浮舟は、身づくろいをすることもなくしどけない有様を、「とても恥ずかしく、まぶしいほど美しい方に向かい合っている」と思うが、身を隠すすべもない。
手触りも柔らかい白い衣だけ五枚ほど重ねて、袖口、裾の重なりも優美で、さまざまな色を重ねたのよりも、感じよく着こなしている。いつも見馴れている方々でも、これほどうちとけた姿は見たことがなく、こんなことまで、初めてのことで趣あることと思う。
侍従も難のない若い女房だった。「この女房まで、二人の仲を残りなく見てしまう」と浮舟は、つらく思う。宮も、
「そこにいるのは誰だ。わたしの名を漏らすな」
と口止めするのを、侍従はすばらしいことと思った。ここの宿守で住んでいる者は、時方を一行のぬしと見て、かしずいているので、時方は二人がいる遣戸を隔てて、得意顔にしていた。宿守が緊張した声でかしこまって話すのを、返事もできずに、おかしく思った。
「占いでたいそう恐ろしい物忌が出て、京の内にも居られず慎んでいる。他の人を近づけるな」
と言っていた。2021.2.27〇
51.26  匂宮、浮舟と一日を過ごす
人目も絶えて、心やすく語らひ暮らしたまふ。「かの人のものしたまへりけむに、かくて見えてむかし」と、思しやりて、いみじく怨みたまふ。二の宮をいとやむごとなくて、持ちたてまつりたまへるありさまなども語りたまふ。かの耳とどめたまひし一言は、のたまひ出でぬぞ憎きや。
時方、御手水、御くだものなど、取り次ぎて参るを御覧じて、
「いみじくかしづかるめる客人の主、さてな見えそや」
と戒めたまふ。侍従、色めかしき若人の心地に、いとをかしと思ひて、この大夫とぞ物語して暮らしける。
雪の降り積もれるに、かのわが住む方を見やりたまへれば、霞の絶え絶えに梢ばかり見ゆ。山は鏡を懸けたるやうに、きらきらと夕日に輝きたるに、昨夜、分け来し道のわりなさなど、あはれ多う添へて語りたまふ。
峰の雪みぎはの氷踏み分けて
君にぞ惑ふ道は惑はず

木幡こはたの里に馬はあれど」
など、あやしき硯召し出でて、手習ひたまふ。
降り乱れみぎはに凍る雪よりも
中空にてぞ我は消ぬべき

と書き消ちたり。この「中空」をとがめたまふ。「げに、憎くも書きてけるかな」と、恥づかしくて引き破りつ。さらでだに見るかひある御ありさまを、いよいよあはれにいみじと、人の心にしめられむと、尽くしたまふ言の葉、けしき、言はむ方なし。
誰も来ないので、宮は気を許して女と終日語り合う。「薫が来た時にも、こうしてうちとけて逢ったのだろう」と思いやって、ひどく恨めしく思う。 薫が正室の二の宮を大切に扱っている様子などを、宮は語ったが、あの詩会の夜、耳に留まった「衣かたしき」の一言は、言わない。
時方が、手水、くだものなどを、取り次いで供するのをご覧になって、
「大切にかしずかれている主が、そんなところを見られていいのか」
とひやかすのだった。侍従は、色恋に惹かれる若い女房なので、すばらしいと思って、この時方と話をして過ごした。
雪が降り積もり、川向うの自分の宿る家の方を見やると、霞の切れ切れに木々の梢ばかりが見えた。山は鏡のように、きらきらと雪に映えて夕日が輝いて、昨夜、分けて来た道の難渋したことなど、あわれ多く語るのだった。
「峰の雪や水際の氷を踏み分けて
君には惑いますが道に迷わず来ました
木幡こはたの里に馬はありますが、徒歩で来ました」
など、粗末な硯を取り寄せて、思い付きで書いた。
「降り乱れて水際に凍り付く雪よりも
中空でわたしは消えてしまうでしょう」
と浮雲は書いて消した。この「中空」を宮は咎める。「「ほんとうに、生意気なことを書いてしまった」と、気がひけて破った。ただでさえ見とれるような美しさなのに、いっそう感激してすばらしいと、女の心に印象強く残す言葉を尽くして、その様子は、言いようもないほどだった。 2021.2.27〇
51.27  匂宮、京へ帰り立つ
御物忌、二日とたばかりたまへれば、心のどかなるままに、かたみにあはれとのみ、深く思しまさる。右近は、よろづに例の、言ひ紛らはして、御衣などたてまつりたり。今日は、乱れたる髪すこし削らせて、濃き衣に紅梅の織物など、あはひをかしく着替へてゐたまへり。侍従も、あやしきしびら着たりしを、あざやぎたれば、その裳を取りたまひて、君に着せたまひて、御手水参らせたまふ。
「姫宮にこれをたてまつりたらば、いみじきものにしたまひてむかし。いとやむごとなき際の人多かれど、かばかりのさましたるは難くや」
と見たまふ。かたはなるまで遊び戯れつつ暮らしたまふ。忍びて率て隠してむことを、返す返すのたまふ。「そのほど、かの人に見えたらば」と、いみじきことどもを誓はせたまへば、「いとわりなきこと」と思ひて、いらへもやらず、涙さへ落つるけしき、「さらに目の前にだに思ひ移らぬなめり」と胸痛う思さる。怨みても泣きても、よろづのたまひ明かして、夜深く率て帰りたまふ。例の、抱きたまふ。
「いみじく思すめる人は、かうは、よもあらじよ。見知りたまひたりや」
とのたまへば、げに、と思ひて、うなづきて居たる、いとらうたげなり。右近、妻戸放ちて入れたてまつる。やがて、これより別れて出でたまふも、飽かずいみじと思さる。
匂宮の物忌は二日と京にはとりつくろっているので、ゆっくりと、互いにあわれと感じて、深く思うのだった。右近は、何やかやと女房たちに言いつくろって、浮雲に衣を届けさせた。浮雲は今日は、乱れた髪を少し削らせて、濃い紫の袿に紅梅の織物の表着を着て、色合いも美しいのに着替えている。侍従もお粗末なしびらを着ていたのを、さっぱり着替えて、宮はその裳を取って、浮船に着せて、手水の世話をした。
†「姉の一の宮に浮舟を差し上げたら、すばらしい女房になるだろう。身分の高い人が多いが、これほどの美しい人はいないのではないか」
と思った。夢中になって遊び呆けて過ごした。秘かに隠したいことを繰り返し仰せになる。「それまでの間、薫には逢わない」と、とても無理なことを浮舟に誓わせるので、「どうしたらよいか」と困って、返事もしない、涙を落とす気色なので、「目の前に私がいても薫から心を移さないのだ」と痛く思うのだった。恨んだり泣いたり、言葉を尽くして、夜も更けてから浮船を連れて帰った。例によって抱えて。
「あなたの思い人、こうまではしないでしょう。よく覚えておいて」
と言うと、本当だ、と思ってうなずいているのが、かわいらしい。右近は、妻戸を開け放って中へ入れた。そのまま、ここで別れるて出立するのも、名残りも尽きずつらいと思う。2021.2.28〇
51.28  匂宮、二条院に帰邸後、病に臥す
かやうのかえさは、なほ二条にぞおはします。いと悩ましうしたまひて、物など絶えてきこしめさず、日を経て青み痩せたまひ、御けしきも変はるを、内裏にもいづくにも、思ほし嘆くに、いとどもの騒がしくて、御文だにこまかには書きたまはず。
かしこにも、かのさかしき乳母、娘の子産む所に出でたりける、帰り来にければ、心やすくもえ見ず。かくあやしき住まひを、ただかの殿のもてなしたまはむさまをゆかしく待つことにて、母君も思ひ慰めたるに、忍びたるさまながらも、近く渡してむことを思しなりにければ、いとめやすくうれしかるべきことに思ひて、やうやう人求め、童のめやすきなど迎へておこせたまふ。
わが心にも、「それこそは、あるべきことに、初めより待ちわたれ」とは思ひながら、あながちなる人のおんことを思ひ出づるに、怨みたまひしさま、のたまひしことども、面影につと添ひて、いささかまどろめば、夢に見えたまひつつ、いとうたてあるまでおぼゆ。
このようなお忍びの帰りは、やはり二条院だった。気分がたいそうすぐれず、宮は物も召し上がらない、日に日に青く痩せて、気配も変っていくのを、内裏もどちらも、思い嘆き、たいそう騒がしく、浮舟へ文も細やかには書けない。
宇治でも、あのやかましい乳母は、娘の出産で出かけていたので、帰ってくると、宮の文を落ち着いて読めない。今は心細い住まいだけれど、薫殿が世話するのということを待ち遠しく、母君も安心して、表立ってではないが、京の本邸近くに移ることを思えば、世間体もよくうれしいことと思って、しかるべき女房を求め、童の見栄えのいいのを雇って、宇治へ寄こすのだった。
浮船は自分でも、「京に住むのは初めから希望していた」とは思いながら、夢中になっている人のことを思い出すと、恨みがましいことを言っていたことを面影がちらついて、まどろめば夢にまで現れて、困ったことになると思うのだった。2021.2.28〇
51.29  春雨の続く頃、匂宮から手紙が届く
雨降り止まで、日ごろ多くなるころ、いとど山路思し絶えて、わりなく思されければ、「親のかふこは所狭きものにこそ」と思すもかたじけなし。尽きせぬことども書きたまひて、
眺めやるそなたの雲も見えぬまで
空さへ暮るるころのわびしさ

筆にまかせて書き乱りたまへるしも、見所あり、をかしげなり。ことにいと重くなどはあらぬ若き心地に、
†† 「いとかかる心を思ひもまさりぬべけれど、初めより契りたまひしさまも、さすがに、かれは、なほいともの深う、人柄のめでたきなども、世の中を知りにし初めなればにや、かかる憂きこと聞きつけて、思ひ疎みたまひなむ世には、いかでかあらむ
いつしかと思ひ惑ふ親にも、思はずに、心づきなしとこそは、もてわづらはれめ。かく心焦られしたまふ人、はた、いとあだなる御心本性とのみ聞きしかば、かかるほどこそあらめ、またかうながらも、京にも隠し据ゑたまひ、ながらへても思し数まへむにつけては、かの上の思さむこと。よろづ隠れなき世なりければ、あやしかりし夕暮のしるべばかりにだに、かう尋ね出でたまふめり。
まして、わがありさまのともかくもあらむを、聞きたまはぬやうはありなむや」
と思ひたどるに、「わが心も、きずありて、かの人に疎まれたてまつらむ、なほいみじかるべし」と思ひ乱るる折しも、かの殿より御使あり。
雨が降り止まず、日数も数えて、ようやく山路を越えるのをあきらめて、たまらない気持ちでいると、「親に可愛がられる子は窮屈なもの」と思うのも、恐れ多いことだ。尽きぬ思いを書き連ねて、
「遠く眺めるそちらの雲も見えぬほど
空が曇って暮れるわびしさ」
筆にまかせて書き乱しているのも、見所があり、趣があった。格別思慮深くもない浮舟の若い心には、
「宮のこれほど思い詰めた気持ちも勝っているが、薫がはじめから末長くと約束した様子も、さすがに、薫様は深く、人柄が好ましく、男女の仲を知った初めての人だからか、こんな裏切りを聞いて、嫌われたら、どうやって生きていけよう。
早く京に迎えられるようにと気をもんでいる母君にも、嫌な娘と厄介者扱いされるだろう。今思い焦がれている人は、浮気性な方の噂だが、このように熱中している間は、またこんなことが続いて、京に隠し処を用意して行く末長く通いどころとしても、あの中の君が何と思うだろう。隠しごとのできない世であれば、、あの夢のような夕暮れの出来事を手掛かりに、薫の君が探し出すことだろう。
まして、わたしがかくまわれていることを、薫君が耳にしないことがあろうか」
と次々と思いめぐらすに、「自分は道を踏み外しているので、あの方に疎まれたら、大変なことだ」と思い乱れる折しも、薫より文があった。 20231.3.1〇
51.30  その同じ頃、薫からも手紙が届く
これかれと見るもいとうたてあれば、なほ言多かりつるを見つつ、臥したまへれば、侍従、右近、見合はせて、
「なほ、移りにけり」
など、言はぬやうにて言ふ。
「ことわりぞかし。殿の御容貌を、たぐひおはしまさじと見しかど、この御ありさまはいみじかりけり。うち乱れたまへる愛敬よ。まろならば、かばかりの御思ひを見る見る、えかくてあらじ。后の宮にも参りて、常に見たてまつりてむ」
と言ふ。右近、
「うしろめたの御心のほどや。殿の御ありさまにまさりたまふ人は、誰れかあらむ。容貌などは知らず、御心ばへけはひなどよ。なほ、この御ことは、いと見苦しきわざかな。いかがならせたまはむとすらむ」
と、二人して語らふ。心一つに思ひしよりは、虚言もたより出で来にけり。
後の御文には、
「思ひながら日ごろになること。時々は、それよりも驚かいたまはむこそ、思ふさまならめ。おろかなるにやは」
など、端書きに、
水まさる遠方の里人いかならむ
晴れぬ長雨にかき暮らすころ

常よりも、思ひやりきこゆることまさりてなむ」
と、白き色紙にて立文たてぶみなり。御手もこまかにをかしげならねど、書きざまゆゑゆゑしく見ゆ。宮は、いと多かるを、小さく結びなしたまへる、さまざまをかし。
「まづ、かれを、人見ぬほどに」
と聞こゆ。
「今日は、え聞こゆまじ」
と恥ぢらひて、手習に、
里の名をわが身に知れば山城の
宇治のわたりぞいとど住み憂き

宮の描きたまへりし絵を、時々見て泣かれけり。「ながらへてあるまじきことぞ」と、とざまかうざまに思ひなせど、他に絶え籠もりてやみなむは、いとあはれにおぼゆべし。
かき暮らし晴れせぬ峰の雨雲に
浮きて世をふる身をもなさばや

混じりなば
と聞こえたるを、宮は、よよと泣かれたまふ。「さりとも、恋しと思ふらむかし」と思しやるにも、もの思ひてゐたらむさまのみ面影に見えたまふ。
まめ人は、のどかに見たまひつつ、「あはれ、いかに眺むらむ」と思ひやりて、いと恋し。
つれづれと身を知る雨の小止まねば
袖さへいとどみかさまさりて

とあるを、うちも置かず見たまふ。
両方の文を並べて見るのも嫌なので、言葉数の多い方を見ながら、臥していれば、侍従も右近も、見合わせて、
「心移りされたのだ」
など口には出さず目で言う。
「無理もないです。殿(薫)様の顔立ちを、この上ないものと見ていましたが、匂宮の美しさはすばらしいです。冗談を仰るときの仰り様。わたしなら宮のご執心を知ったら、こうしてはいられません。明石の中将の処に仕えて、いつも見ていたい」
と侍従が言う。右近は、
「まあ、安心できない人ね。殿(薫)に勝る人はいませんよ。顔立ちなどは知らず、お人柄がすばらしいのです。宮とのことは見苦しいです。何とするつもりなのでしょう」
と二人で語らう。ひとりで嘘をついているより、一緒にする仲間ができた。
薫の文には、
「心にかけながらご無沙汰しています。時々は、文をくだされば、申し分ないです。おろそかには思っていません」
などと、端書に、
「水かさが増す遠方の里人はいかがお過ごしですか、
気も晴れない長雨にぼんやり暮らしています
いつもより、案ずる気持ちが強いのです」
白い色紙に立文たてぶみにしてある。筆跡は趣があって美しいというのではないが、書きぶりにたしなみの程がうかがわれる。宮は、言葉数が多く尽くし、小さい結びにしている、それぞれに趣があった。
「先にあちら(匂宮)のご返事を、人目につかぬうちに」
と勧める。
「今日は書けません」
と恥ずかしがって、手すさびに、
「里の名はわが身と知って山城の
宇治の地はいっそう住み憂しと思う」
宮の描いた絵を時々見て泣いている。「宮との仲は長く続くはずもない」と、あれこれと思うが、他所へ行って宮にすっかり会えなくなるのは、悲しいだろうと思うのだった。
「晴れない空を暗くして峰にかかる雨雲
その浮雲になって中空に漂いたい
煙となって雲に混じったら」
と書いた文に、宮は声をあげて泣いた。「それでも、わたしを恋しく思っているのだろう」と思い物思いに沈んでいる浮舟の面影を思うのだった。
薫は、ゆったりと返事の文を見て、「かわいそうにどんな物思いをしているのか」と思いやって、恋しく思う。
「つれづれのわが身を知る雨がやまないので
涙に濡れる袖の水かさが増しています」
とあるのを放さず見ている。2021.3.1〇
51.31  匂宮、薫の浮舟を新築邸に移すことを知る
女宮に物語など聞こえたまひてのついでに、
「なめしともや思さむと、つつましながら、さすがに年経ぬる人のはべるを、あやしき所に捨て置きて、いみじくもの思ふなるが心苦しさに、近う呼び寄せて、と思ひはべる。昔より異やうなる心ばへはべりし身にて、世の中を、すべて例の人ならで過ぐしてむと思ひはべりしを、かく見たてまつるにつけて、ひたぶるにも捨てがたければ、ありと人にも知らせざりし人の上さへ、心苦しう、罪得ぬべき心地してなむ」
と、聞こえたまへば、
「いかなることに心置くものとも知らぬを」
と、いらへたまふ。
「内裏になど、悪しざまに聞こし召さする人やはべらむ。世の人のもの言ひぞ、いとあぢきなくけしからずはべるや。されど、それは、さばかりの数にだにはべるまじ」
など聞こえたまふ。
「造りたる所に渡してむ」と思し立つに、「かかる料なりけり」など、はなやかに言ひなす人やあらむなど、苦しければ、いと忍びて、障子張らすべきことなど、人しもこそあれ、この内記が知る人の親、大蔵大輔なるものに、睦ましく心やすきままに、のたまひつけたりければ、聞きつぎて、宮には隠れなく聞こえけり。
「絵師どもなども、御随身どもの中にある、睦ましき殿人などを選りて、さすがにわざとなむせさせたまふ」
と申すに、いとど思し騷ぎて、わが御乳母の、遠き受領の妻にて下る家、下つ方にあるを、
「いと忍びたる人、しばし隠いたらむ」
と、語らひたまひければ、「いかなる人にかは」と思へど、大事と思したるに、かたじけなければ、「さらば」と聞こえけり。これをまうけたまひて、すこし御心のどめたまふ。この月の晦日方に、下るべければ、「やがてその日渡さむ」と思し構ふ。
「かくなむ思ふ。ゆめゆめ」
と言ひやりたまひつつ、おはしまさむことは、いとわりなくあるうちにも、ここにも、乳母のいとさかしければ、難かるべきよしを聞こゆ。
女二の宮(薫の正室)に話をするついでに、
「御無礼かと、恐れながら、いつか長年になるのですが、ひどい田舎に捨て置いた者がいて、たいそう嘆いているのが不憫で、近くに呼び寄せようと思います。わたしは昔から人と違った考えをしていまして、この世を、ひたすら世捨人として過ごそうと思っておりましたが、こうしてご一緒申しあげるにつけて、世を捨てるわけにもいかず、世間にも知られていない者ですが、かわいそうで、罪障にもなろうかと思いまして」
と言うと、
「どのようなことをお考えなのか知りませんが」
と女二の宮が答える。
「帝にも、悪しざまに言う人がいないとも限りません。世の人のもの言うこと、まことにたちの悪いものでございます。それでも大した分際の者でもございません」
などと薫は言う。
「新築した邸に浮舟を移そう」と思い立って、「このためだったのか」など、派手に言いふらす人もあろうと、案じられるので、秘かに、襖障子を張る仕事を、何とこともあろうに、この内記の妻の親で、大蔵大輔というものに、気心が知れて何でも言えるので、言い付けたので、情報が伝わって、宮には筒抜けになった。
「絵師なども、随身の中から、気心の知れた者を選んで、隠れ家ながらやはり念を入れて、させている」
と内記が申すに、宮は気が気でなく、自分の乳母で遠国の受領の妻として下る家が、下京にあるので、
「ごく内密の女を、しばらく隠したい」
と頼んだので、「どんな人だろう」と思ったが、大事な方なのだろう、と思って「どうぞ」と返事をした。こういう隠れ家を用意されて、少し安心される。乳母はこの月の晦ころ下る予定なので、「その日に移そう」と計画する。
「このように心積りしている。人に決して知られぬように」
と何度も文を送るだけで、行くことはできなかったので、宇治の方でも乳母がうるさくて、難しいと返事を出した。2021.3.1〇
51.32  浮舟の母、京から宇治に来る
† 大将殿は、卯月の十日となむ定めたまへりける。「誘ふ水あらば」とは思はず、いとあやしく、「いかにしなすべき身にかあらむ」と浮きたる心地のみすれば、「母の御もとにしばし渡りて、思ひめぐらすほどあらむ」と思せど、少将の妻、子産むべきほど近くなりぬとて、修法、読経など、隙なく騒げば、石山にもえ出で立つまじ、母ぞこち渡りたまへる。乳母出で来て、
「殿より、人びとの装束なども、こまかに思しやりてなむ。いかできよげに何ごとも、と思うたまふれど、乳母が心一つには、あやしくのみぞし出ではべらむかし」
など言ひ騒ぐが、心地よげなるを見たまふにも、君は、
「けしからぬことどもの出で来て、人笑へならば、誰れも誰れもいかに思はむ。あやにくにのたまふ人、はた、八重立つ山に籠もるとも、かならず尋ねて、我も人もいたづらになりぬべし。なほ、心やすく隠れなむことを思へと、今日ものたまへるを、いかにせむ」
と、心地悪しくて臥したまへり。
「などか、かく例ならず、いたく青み痩せたまへる」
と驚きたまふ。
「日ごろあやしくのみなむ。はかなきものも聞こしめさず、悩ましげにせさせたまふ」
と言へば、「あやしきことかな。もののけなどにやあらむ」と、
「いかなる御心地ぞと思へど、石山停まりたまひにきかし」
と言ふも、かたはらいたければ、伏目なり。
大将殿(薫)は、浮舟の移転を四月の十日と決めた。浮舟は「誘う水あればどこへでも」と思っているわけではなく、困って、「どうすればいいのか」と決心がつかず、「母君のもとへしばらく帰って、考える時間はあるだろう」と思ったが、少将の妻の出産が近く、修法、読経など忙しくしているので、石山詣でもできないだろう、と母君が宇治へ来られた。乳母が出て、
「殿(薫)より、女房たちの装束などを細かに配慮があった。どうかし見た目もよくと何につけ思うが、わたしひとりではお粗末なことしかできません」
などと乳母ははしゃぐが、うれしそうなのを見て、浮舟は、
「とんでもないことが起こって、笑い者になったら、乳母も女房も難と思うか。一途に思っている人は、たとえ八重山に隠れても、必ず探し当てて、自分も宮様も身を滅ぼしてしまうだろう。やはりさっさと隠れ家を逃げ出しなさい、と今日も文で勧めている、どうしよう」
と気分が悪くなって、臥している。
「どうしてこんなに痩せてしまったのか」
と母君が心配される。
「この頃ずっとおかしいのです。少しも召し上がりません、ご気分が悪い様です」
と乳母が言えば、「おかしいこと。物の怪のせいでは」と、
「どんな具合ななかしら。石山詣でも中止になったことだし」
と女房が言うが、浮舟は恥ずかしいので、伏目にしている。2021.3.2〇
51.33  浮舟の母、弁の尼君と語る
暮れて月いと明かし。有明の空を思ひ出づる、「涙のいと止めがたきは、いとけしからぬ心かな」と思ふ。母君、昔物語などして、あなたの尼君呼び出でて、故姫君の御ありさま、心深くおはして、さるべきことも思し入れたりしほどに、目に見す見す消え入りたまひにしことなど語る。
「おはしまさましかば、宮の上などのやうに、聞こえ通ひたまひて、心細かりし御ありさまどもの、いとこよなき御幸ひにぞはべらましかし」
と言ふにも、「わが娘は異人かは。思ふやうなる宿世のおはし果てば、劣らじを」など思ひ続けて、
「世とともに、この君につけては、ものをのみ思ひ乱れしけしきの、すこしうちゆるびて、かくて渡りたまひぬべかめれば、ここに参り来ること、かならずしもことさらには、え思ひ立ちはべらじ。かかる対面の折々に、昔のことも、心のどかに聞こえ承らまほしけれ」
など語らふ。
「ゆゆしき身とのみ思うたまへしみにしかば、こまやかに見えたてまつり聞こえさせむも、何かは、つつましくて過ぐしはべりつるを、うち捨てて、渡らせたまひなば、いと心細くなむはべるべけれど、かかる御住まひは、心もとなくのみ見たてまつるを、うれしくもはべるべかなるかな。世に知らず重々しくおはしますべかめる殿の御ありさまにて、かく尋ねきこえさせたまひしも、おぼろけならじと聞こえおきはべりにし、浮きたることにやは、はべりける」
など言ふ。
「後は知らねど、ただ今は、かく思し離れぬさまにのたまふにつけても、ただ御しるべをなむ思ひ出できこゆる。宮の上の、かたじけなくあはれに思したりしも、つつましきことなどの、おのづからはべりしかば、中空に所狭き御身なり、と思ひ嘆きはべりて」
と言ふ。尼君うち笑ひて、
「この宮の、いと騒がしきまで色におはしますなれば、心ばせあらむ若き人、さぶらひにくげになむ。おほかたは、いとめでたき御ありさまなれど、さる筋のことにて、上のなめしと思さむなむわりなきと、大輔が娘の語りはべりし
と言ふにも、「さりや、まして」と、君は聞き臥したまへり。
日が暮れて月が明るい。浮舟は、有明の空を思いだし、「涙が止まないのは、いけない料簡だ」と思う。母君は昔の思い出話などをして、あちらの尼君を呼んで、故大君のお人柄などを聞いて、物事を深く考える方で、姉君として当然の心配に胸を痛めていた様子や、まもなく亡くなったのを知る。
「もしご存命でしたら、中の君と同じような立場になって、二人で睦まじく消息を交わしながら、幸せになっていたでしょう」
と言うのだが、「わたしの娘だって何の違いがあろう。思うような宿世がこのまま続いたら、劣らないものを」などと思い続けて、
「いつもいつもこの浮舟については、心配ばかりしておりましたが、少し安心して、こうして京に移るのであれば、こちらに伺うことも必ずしもわざわざ思い立つ必要もないでしょう。このような対面の折々に、昔のことも、ゆっくりお伺いしたいものです」
などと語らう。
「縁起でもない忌々しきわが身として身にしみていますので、姫君にゆっくりお会いしてお話するにしても、何かと遠慮されるので、私をここに置いて、京へ移られれば、心細いことでございましょうが、こんな山里住まいは、不安なこともありましょうし、これでひと安心です。薫君は世にまたとないほど慎重にことを運びますので、こうしてわざわざ姫君をお迎え申すのも、並々の志ではないと申し上げましたのですが、やはり軽い気持ちではございませんでした」
などと尼君は言う。
「先のことは知りませんが、ただ今はこうしてお見捨てにならないように仰せになるのも、ただもうあなた様のお導きのお蔭と思います。中の君がかたじけなくもお目をかけていただいたのも、憚り多いることがございまして、寄る辺のない身の上だ、と思い嘆いていましたが」
と母君が言う。尼君が笑って、
「この宮は、本当に次々に色好みの振舞いがありまして、しっかりした若い女房は、奉公しにくいのです。他のことではすべてとても結構なのですが、そちらの方面で、中の君が無礼なと思うのではないか、と大輔の娘が言っておりました」
と言うと、「やっぱりそうか。まして私は」と浮舟は臥して聞いている。2021.3.2〇
51.34  浮舟、母と尼の話から、入水を思う
あな、むくつけや。帝の御女を持ちたてまつりたまへる人なれど、よそよそにて、悪しくも善くもあらむは、いかがはせむと、おほけなく思ひなしはべるよからぬことをひき出でたまへらましかば、すべて身には悲しくいみじと思ひきこゆとも、また見たてまつらざらまし
など、言ひ交はすことどもに、いとど心肝もつぶれぬ。「なほ、わが身を失ひてばや。つひに聞きにくきことは出で来なむ」と思ひ続くるに、この水の音の恐ろしげに響きて行くを、
「かからぬ流れもありかし。世に似ず荒ましき所に、年月を過ぐしたまふを、あはれと思しぬべきわざになむ」
など、母君したり顔に言ひゐたり。昔よりこの川の早く恐ろしきことを言ひて、
「先つころ渡守が孫の童、棹さし外して落ち入りはべりにける。すべていたづらになる人多かる水にはべり」
と、人びとも言ひあへり。君は、
「さても、わが身行方も知らずなりなば、誰れも誰れも、あへなくいみじと、しばしこそ思うたまはめ。ながらへて人笑へに憂きこともあらむは、いつかそのもの思ひの絶えむとする」
と、思ひかくるには、障りどころもあるまじく、さはやかによろづ思ひなさるれど、うち返しいと悲し。親のよろづに思ひ言ふありさまを、寝たるやうにてつくづくと思ひ乱る。
「まあ嫌なこと。薫殿は帝の娘をもらっている人ですが、縁戚ではなく、他人ですから、良くも悪くも、お咎めがどうなろうと、関係ありません、恐れ多いことですが。しかし匂宮とはよからぬことが生じましたら、わが身に悲しくつらいことですが、親子の縁を切ります」
などと話しているのを、娘は肝をつぶす思いで聞いた。「やはり、この身を亡くしてしまいたい。最後は聞きにくいことになるだろう」と思い続けると、水の音が恐ろし気に響くのを、
「こんな激しくない川もあるのに。ひどく荒々しいところに、長年過ごすのを、薫殿もあわれと思ったのでしょう」
など、母君が当然のように言う。昔からこの川が流れが速く恐ろしいのが言われていて、
「先ごろ、渡守の孫の童が棹を差し違えて落ちたそうです。何にしろ命を落とすことの多い川なのです」
と女房たちは口々に言った。浮舟は、
「そんなことになって、わが身の行方が知れず、誰もが悲しんで、しばしの間思ってくれるだろう。あるいは、生きながらえて世間の笑い者になってつらいこともあるだろうが、いつかはそんな思いも絶えるだろう」
とそこまで考えると、死ぬのは何の障りもないだろうし、万事さっぱり片付くだろうが、また思い直すと悲しい。母君がいろいろ思い言うのを、寝たふりをして、あれこれ思い乱れる。20213.3〇
51.35  浮舟の母、帰京す
悩ましげにて痩せたまへるを、乳母にも言ひて、
「さるべき御祈りなどせさせたまへ。祭祓などもすべきやう」
など言ふ。御手洗川に禊せまほしげなるを、かくも知らでよろづに言ひ騒ぐ。
† 「人少ななめり。よくさるべからむあたりを訪ねて。今参りはとどめたまへ。やむごとなき御仲らひは、正身こそ、何事もおいらかに思さめ、好からぬ仲となりぬるあたりは、わづらはしきこともありぬべし。隠し密めて、さる心したまへ」
など、思ひいたらぬことなく言ひおきて、
「かしこにわづらひはべる人も、おぼつかなし」
とて帰るを、いともの思はしく、よろづ心細ければ、「またあひ見でもこそ、ともかくもなれ」と思へば、
「心地の悪しくはべるにも、見たてまつらぬが、いとおぼつかなくおぼえはべるを、しばしも参り来まほしくこそ」
と慕ふ。
「さなむ思ひはべれど、かしこもいともの騒がしくはべり。この人びとも、はかなきことなどえしやるまじく、狭くなどはべればなむ。武生の国府に移ろひたまふとも、忍びては参り来なむを。なほなほしき身のほどは、かかる御ためこそ、いとほしくはべれ
など、うち泣きつつのたまふ。
浮舟が具合悪そうにして痩せているのを、乳母にも言って、
しかるべき祈祷をしてもらいなさい、祭り祓などもすべきでしょう」
などと注意する。恋の病で御手洗川に禊したいのだが、それを知らずに母君は心配して言う。
「女房の数が少ない様です。筋のいいのを探して、新参者はここに留めよ。上のお付き合いは、ご本人が大らかに思っておられるでしょうが、下々がよくない仲となってしまったら、面倒なことも起きるでしょう。表立たず控え目にして」
などと、こと細かに言って、
「あちらで出産まじかの人も心配です」
と言って帰るのを、ひどくもの思わしく、すべてに心細いので、「これっきり母に会えずに死ぬのかもしれない」と思うと、
「気分が悪いにつけましても、お目にかからないのは、心細いので、今しばらくお側にいたい」
と慕うのだった。
「わたしもそう思いますが、あちらもお産で騒がしいのです。この女房たちも、家が狭いので不便でしょう。たとえあなたが武生の国府に移ったとしても、わたしは忍んで来ます。取るに足らないこの身では、あなたのために十分してやれないのが、お気の毒です」
などと、泣くのだった。2021.3.3〇
51.36  薫と匂宮の使者同士出くわす
殿の御文は今日もあり。悩ましと聞こえたりしを、「いかが」と、訪らひたまへり。
「みづからと思ひはべるを、わりなき障り多くてなむ。このほどの暮らしがたさこそ、なかなか苦しく」
などあり。宮は、昨日の御返りもなかりしを、
「いかに思しただよふぞ。風のなびかむ方もうしろめたくなむ。いとどほれまさりて眺めはべる」
など、これは多く書きたまへり。
雨降りし日、来合ひたりし御使どもぞ、今日も来たりける。殿の御随身、かの少輔しょうが家にて時々見る男なれば
真人まうとは、何しに、ここにはたびたびは参るぞ」
と問ふ。
「私に訪らふべき人のもとに参うで来るなり」
と言ふ。
「私の人にや、艶なる文はさし取らする、けしきある真人かな。もの隠しはなぞ」
と言ふ。
「まことは、この守の君の、御文、女房にたてまつりたまふ」
と言へば、言違ひつつあやしと思へど、ここにて定め言はむも異やうなべければ、おのおの参りぬ。
殿(薫)の文は今日もあった。具合が悪いそうだが、「いかがでしょう」と見舞うのだった。
「自ら赴こうと思うのですが、よんどころない用がありまして。今の暮らしにくさを、お気の毒で」
などとあった。匂宮は、昨日の浮舟からの返事がなかったので、
「何を考えているのですか。思わぬ方に風がなびくのが、心配です。一途に思いつめています」
など宮は言葉多く書いている。
雨の降る日、来合わせた文遣いが、今日も来ている。殿(薫)のこの随身が、あの少輔の家で時々見る下男なので、
「あなたは何の用でたびたびここに来るのか」
と問う。
「私用で訪ねなければならぬ人の所に来るのです」
と言う。
「私用の相手に恋文を届けるのか、どうも胡散臭いな。何で隠しだけするか」
と言う。
「ほんとうは主人の国主(時方)の文を、女房に届けています」
と言えば、後先いうことが違い、おかしいと思うが、ここで詮議するのもどうかと思い、それぞれ帰った。 2021.3.3〇
51.37 薫、匂宮が女からの文を読んでいるのを見る
かどかどしき者にて、供にある童を、
「この男に、さりげなくて目つけよ。左衛門大夫の家にや入る」
と見せければ、
「宮に参りて、式部少輔になむ、御文は取らせはべりつる」
と言ふ。さまで尋ねむものとも、劣りの下衆は思はず、ことの心をも深う知らざりければ、舎人の人に見現表はされにけむぞ、口惜しきや。
殿に参りて、今出でたまはむとするほどに、御文たてまつらす。直衣にて、六条の院、后の宮の出でさせたまへるころなれば、参りたまふなりければ、ことことしく、御前などあまたもなし。御文参らする人に、
「あやしきことのはべりつる。見たまへ定めむとて、今までさぶらひつる」
と言ふを、ほの聞きたまひて、歩み出でたまふままに、
「何ごとぞ」
と問ひたまふ。この人の聞かむもつつましと思ひて、かしこまりてをり。殿もしか見知りたまひて、出でたまひぬ。
宮、例ならず悩ましげにおはすとて、宮たちも皆参りたまへり。上達部など多く参り集ひて、騒がしけれど、ことなることもおはしまさず。
かの内記は、政官じょうかんなれば、遅れてぞ参れる。この御文もたてまつるを、宮、台盤所におはしまして、戸口に召し寄せて取りたまふを、大将、御前の方より立ち出でたまふ、側目に見通したまひて、「せちにも思すべかめる文のけしきかな」と、をかしさに立ちとまりたまへり。
「引き開けて見たまふ、紅の薄様に、こまやかに書きたるべし」と見ゆ。文に心入れて、とみにも向きたまはぬに、大臣も立ちて外ざまにおはすれば、この君は、障子より出でたまふとて、「大臣出でたまふ」と、うちしはぶきて、驚かいたてまつりたまふ。
ひき隠したまへるにぞ、大臣さし覗きたまへる。驚きて御紐さしたまふ。殿つい居たまひて、
「まかではべりぬべし。御邪気の久しくおこらせたまはざりつるを、恐ろしきわざなりや。山の座主、ただ今請じに遣はさむ」
と、急がしげにて立ちたまひぬ。
随身は才気のある者で、供の童を、
「この男から、目を離すな。左衛門大夫(時方)の家に入るかどうか」
と追跡させたところ、
「匂宮邸に入って、式部少輔に文を渡しました」
と言う。そこまで探られているとは、下衆の者は思わず、事情も深く知らずに、薫の随身の舎人に見破られてしまったのも情けない話だ。
薫の処に行って、お出掛になろうとしているとき、文を届ける。直衣で、六条の院に明石の中宮が里帰りしている頃なので、参上するのであったが、大げさに前駆なども大勢いない。文を取り次ぐ人が、
「あやしいことがありました。それを見届けるのに、今までかかりました」
と言うのを、小耳にして、出ようとするままに、
「どうしたのだ」
と問うた。側近に聞かれるのを憚って、随身はかしこまっていた。薫もそれを知って、出かけた。
明石の中宮は、病気で気分がすぐれず、親王たちも皆六条の院に見舞いに来た。上達部などは多く参上したが、格別悪そうでもなかった。
あの内記は、太政官の役人なので、遅れて参上した。文を届けるのだが、匂宮は台盤所にいて、戸口に呼んで取ったのを、薫は中宮の御前から下がって、横目で遠くからご覧になって、「深くご執心の様子の文だな」と薫は興味を覚えて、立ち止まった。
「宮が開けて見ている。紅の薄様に染めた紙に、こまごまと書いてある」と見た。文に気を取られて、夕霧大臣も外に出て来られるので、薫は襖口より出ようとして「大臣がお越しです」と知らせるべく咳払いして、宮にご注意する。
それで宮が文を隠したときに、夕霧が顔を出した。宮はいそいで直衣の入れ紐をさした。夕霧もひざまずいて、
「わたしは失礼します。物の怪が久しく起こらなかったで、恐ろしい。山の座主を、ただ今頼んで来てもらうべく遣いを出しました」
と夕霧は言って忙し気に立ち去った。2021.3.4〇
51.38 薫、随身から匂宮と浮舟の関係を知らされる
夜更けて、皆出でたまひぬ。大臣は、宮を先に立てたてまつりたまひて、あまたの御子どもの上達部、君たちをひき続けて、あなたに渡りたまひぬ。この殿は遅れて出でたまふ。
随身けしきばみつる、あやしと思しければ、御前など下りて火灯すほどに、随身召し寄す。
「申しつるは、何ごとぞ」
と問ひたまふ。
「今朝、かの宇治に、出雲権守時方朝臣のもとにはべる男の、紫の薄様にて、桜につけたる文を、西の妻戸に寄りて、女房に取らせはべりつる。見たまへつけて、しかしか問ひはべりつれば、言違へつつ、虚言のやうに申しはべりつるを、いかに申すぞ、とて、童べして見せはべりつれば、兵部卿宮に参りはべりて、式部少輔道定朝臣になむ、その返り事は取らせはべりける」
と申す。君、あやしと思して、
「その返り事は、いかやうにしてか、出だしつる」
「それは見たまへず。異方より出だしはべりにける。下人の申しはべりつるは、赤き色紙の、いときよらなる、となむ申しはべりつる」
と聞こゆ。思し合はするに、違ふことなし。さまで見せつらむを、かどかどしと思せど、人びと近ければ、詳しくものたまはず。
51.39 帰邸の道中、思い乱れる
道すがら、「なほ、いと恐ろしく、隈なくおはする宮なりや。いかなりけむついでに、さる人ありと聞きたまひけむ。いかで言ひ寄りたまひけむ。田舎びたるあたりにて、かうやうの筋の紛れは、えしもあらじ、と思ひけるこそ幼けれ。さても、知らぬあたりにこそ、さる好きごとをものたまはめ、昔より隔てなくて、あやしきまでしるべして、率てありきたてまつりし身にしも、うしろめたく思し寄るべしや」
と思ふに、いと心づきなし。
「対の御方の御ことを、いみじく思ひつつ、年ごろ過ぐすは、わが心の重さ、こよなかりけり。さるは、それは、今初めてさま悪しかるべきほどにもあらず。もとよりのたよりにもよれるを、ただ心のうちの隈あらむが、わがためも苦しかるべきによりこそ、思ひ憚るもをこなるわざなりけれ。
このころかく悩ましくしたまひて、例よりも人しげき紛れに、いかではるばると書きやりたまふらむ。おはしやそめにけむ。いと遥かなる懸想の道なりや。あやしくて、おはし所尋ねられたまふ日もあり、と聞こえきかし。さやうのことに思し乱れて、そこはかとなく悩みたまふなるべし。昔を思し出づるにも、えおはせざりしほどの嘆き、いといとほしげなりきかし」
と、つくづくと思ふに、女のいたくもの思ひたるさまなりしも、片端心得そめたまひては、よろづ思し合はするに、いと憂し。
「ありがたきものは、人の心にもあるかな。らうたげにおほどかなりとは見えながら、色めきたる方は添ひたる人ぞかし。この宮の御具にては、いとよきあはひなり」
と思ひも譲りつべく、退く心地したまへど、
「やむごとなく思ひそめ始めし人ならばこそあらめ、なほさるものにて置きたらむ。今はとて見ざらむ、はた、恋しかるべし」
と人悪ろく、いろいろ心の内に思す。
51.40 薫、宇治へ随身を遣わす
「我、すさまじく思ひなりて、捨て置きたらば、かならず、かの宮、呼び取りたまひてむ。人のため、後のいとほしさをも、ことにたどりたまふまじ。さやうに思す人こそ、一品宮の御方に人、二、三人参らせたまひたなれ。さて、出で立ちたらむを見聞かむ、いとほしく」
など、なほ捨てがたく、けしき見まほしくて、御文遣はす。例の随身召して、御手づから人間に召し寄せたり。
「道定朝臣は、なほ仲信が家にや通ふ」
「さなむはべる」と申す。
「宇治へは、常にやこのありけむ男は遣るらむ。かすかにて居たる人なれば、道定も思ひかくらむかし」
と、うちうめきたまひて、
「人に見えでをまかれ。をこなり」
とのたまふ。かしこまりて、少輔が常にこの殿の御こと案内し、かしこのこと問ひしも思ひあはすれど、もの馴れてえ申し出でず。君も、「下衆に詳しくは知らせじ」と思せば、問はせたまはず。
かしこには、御使の例よりしげきにつけても、もの思ふことさまざまなり。ただかくぞのたまへる。
「波越ゆるころとも知らず末の松
待つらむとのみ思ひけるかな
人に笑はせたまふな」
とあるを、いとあやしと思ふに、胸ふたがりぬ。御返り事を心得顔に聞こえむもいとつつまし、ひがことにてあらむもあやしければ、御文はもとのやうにして、
「所違へのやうに見えはべればなむ。あやしく悩ましくて、何事も」
と書き添へてたてまつれつ。見たまひて、
「さすがに、いたくもしたるかな。かけて見およばぬ心ばへよ」
とほほ笑まれたまふも、憎しとは、え思し果てぬなめり。
51.41 右近と侍従、右近の姉の悲話を語る
まほならねど、ほのめかしたまへるけしきを、かしこにはいとど思ひ添ふ。「つひにわが身は、けしからずあやしくなりぬべきなめり」と、いとど思ふところに、右近来て、
「殿の御文は、などて返したてまつらせたまひつるぞ。ゆゆしく、忌みはべるなるものを」
「ひがことのあるやうに見えつれば、所違へかとて」
とのたまふ。あやしと見ければ、道にて開けて見けるなりけり。よからずの右近がさまやな。見つとは言はで、
「あな、いとほし。苦しき御ことどもにこそはべれ。殿はもののけしき御覧じたるべし」
と言ふに、面さと赤みて、ものものたまはず。文見つらむと思はねば、「異ざまにて、かの御けしき見る人の語りたるにこそは」と思ふに、
「誰れか、さ言ふぞ」
などもえ問ひたまはず。この人びとの見思ふらむことも、いみじく恥づかし。わが心もてありそめしことならねども、「心憂き宿世かな」と思ひ入りて寝たるに、侍従と二人して、
「右近が姉の、常陸にて、人二人見はべりしを、ほどほどにつけては、ただかくぞかし。これもかれも劣らぬ心ざしにて、思ひ惑ひてはべりしほどに、女は、今の方にいますこし心寄せまさりてぞはべりける。それに妬みて、つひに今のをば殺してしぞかし。
さて我も住みはべらずなりにき。国にも、いみじきあたら兵一人失ひつ。また、この過ちたるも、よき郎等なれど、かかる過ちしたる者を、いかでかは使はむ、とて、国の内をも追ひ払はれ、すべて女のたいだいしきぞとて、館の内にも置いたまへらざりしかば、東の人になりて、乳母も、今に恋ひ泣きはべるは、罪深くこそ見たまふれ。
ゆゆしきついでのやうにはべれど、上も下も、かかる筋のことは、思し乱るるは、いと悪しきわざなり。御命まだにはあらずとも、人の御ほどほどにつけてはべることなり。死ぬるにまさる恥なることも、よき人の御身には、なかなかはべるなり。一方に思し定めてよ。
宮も御心ざしまさりて、まめやかにだに聞こえさせたまはば、そなたざまにもなびかせたまひて、ものないたく嘆かせたまひそ。痩せ衰へさせたまふもいと益なし。さばかり上の思ひいたづききこえさせたまふものを、乳母がこの御いそぎに心を入れて、惑ひゐてはべるにつけても、それよりこなたに、と聞こえさせたまふ御ことこそ、いと苦しく、いとほしけれ」
と言ふに、いま一人、
「うたて、恐ろしきまでな聞こえさせたまひそ。何ごとも御宿世にこそあらめ。ただ御心のうちに、すこし思しなびかむ方を、さるべきに思しならせたまへ。いでや、いとかたじけなく、いみじき御けしきなりしかば、人のかく思しいそぐめりし方にも御心も寄らず。しばしは隠ろへても、御思ひのまさらせたまはむに寄らせたまひね、とぞ思ひえはべる」
と、宮をいみじくめできこゆる心なれば、ひたみちに言ふ。
51.42 浮舟、右近の姉の悲話から死を願う
「いさや。右近は、とてもかくても、事なく過ぐさせたまへと、初瀬、石山などに願をなむ立てはべる。この大将殿の御荘の人びとといふ者は、いみじき無道の者どもにて、一類この里に満ちてはべるなり。おほかた、この山城、大和に、殿の領じたまふ所々の人なむ、皆この内舎人といふ者のゆかりかけつつはべるなる。
それが婿の右近大夫といふ者を元として、よろづのことをおきて仰せられたるななり。よき人の御仲どちは、情けなきことし出でよ、と思さずとも、ものの心得ぬ田舎人どもの、宿直人にて替り替りさぶらへば、おのが番に当りて、いささかなることもあらせじなど、過ちもしはべりなむ。
ありし夜の御ありきは、いとこそむくつけく思うたまへられしか。宮は、わりなくつつませたまふとて、御供の人も率ておはしまさず、やつれてのみおはしますを、さる者の見つけたてまつりたらむは、いといみじくなむ」
と、言ひ続くるを、君、「なほ、我を、宮に心寄せたてまつりたると思ひて、この人びとの言ふ。いと恥づかしく、心地にはいづれとも思はず。ただ夢のやうにあきれて、いみじく焦られたまふをば、などかくしも、とばかり思へど、頼みきこえて年ごろになりぬる人を、今はともて離れむと思はぬによりこそ、かくいみじとものも思ひ乱るれ。げに、よからぬことも出で来たらむ時」と、つくづくと思ひゐたり。
「まろは、いかで死なばや。世づかず心憂かりける身かな。かく、憂きことあるためしは、下衆などの中にだに多くやはあなる」
とて、うつぶし臥したまへば、
「かくな思し召しそ。やすらかに思しなせ、とてこそ聞こえさせはべれ。思しぬべきことをも、さらぬ顔にのみ、のどかに見えさせたまへるを、この御事ののち、いみじく心焦られをせさせたまへば、いとあやしくなむ見たてまつる」
と、心知りたる限りは、皆かく思ひ乱れ騒ぐに、乳母、おのが心をやりて、物染めいとなみゐたり。今参り童などのめやすきを呼び取りつつ、
「かかる人御覧ぜよ。あやしくてのみ臥させたまへるは、もののけなどの、妨げきこえさせむとするにこそ」と嘆く。
51.43 内舎人、薫の伝言を右近に伝える
殿よりは、かのありし返り事をだにのたまはで、日ごろ経ぬ。この脅しし内舎人といふ者ぞ来たる。げに、いと荒々しく、ふつつかなるさましたる翁の、声かれ、さすがにけしきある、
「女房に、ものとり申さむ」
と言はせたれば、右近しも会ひたり。
「殿に召しはべりしかば、今朝参りはべりて、ただ今なむ、まかり帰りはんべりつる。雑事ども仰せられつるついでに、かくておはしますほどに、夜中、暁のことも、なにがしらかくてさぶらふ、と思ほして、宿直人わざとさしたてまつらせたまふこともなきを、このころ聞こしめせば、
『女房の御もとに、知らぬ所の人通ふやうになむ聞こし召すことある。たいだいしきことなり。宿直にさぶらふ者どもは、その案内聞きたらむ。知らでは、いかがさぶらふべき』
と問はせたまひつるに、承らぬことなれば、
『なにがしは身の病重くはべりて、宿直仕うまつることは、月ごろおこたりてはべれば、案内もえ知りはんべらず。さるべき男どもは、解怠なく催しさぶらはせはべるを、さのごとき非常のことのさぶらはむをば、いかでか承らぬやうははべらむ』
となむ申させはべりつる。用意してさぶらへ。便なきこともあらば、重く勘当せしめたまふべきよしなむ、仰せ言はべりつれば、いかなる仰せ言にかと、恐れ申しはんべる」
と言ふを聞くに、梟の鳴かむよりも、いともの恐ろし。いらへもやらで、
「さりや。聞こえさせしに違はぬことどもを聞こしめせ。もののけしき御覧じたるなめり。御消息もはべらぬよ」
と嘆く。乳母は、ほのうち聞きて、
「いとうれしく仰せられたり。盗人多かんなるわたりに、宿直人も初めのやうにもあらず。皆、身の代はりぞと言ひつつ、あやしき下衆をのみ参らすれば、夜行をだにえせぬに」と喜ぶ。
51.44 浮舟、死を決意して、文を処分す
君は、「げに、ただ今いと悪しくなりぬべき身なめり」と思すに、宮よりは、
「いかに、いかに」
と、苔の乱るるわりなさをのたまふ、いとわづらはしくてなむ。
「とてもかくても、一方一方につけて、いとうたてあることは出で来なむ。わが身一つの亡くなりなむのみこそめやすからめ。昔は、懸想する人のありさまの、いづれとなきに思ひわづらひてだにこそ、身を投ぐるためしもありけれ。ながらへば、かならず憂きこと見えぬべき身の、亡くならむは、なにか惜しかるべき。親もしばしこそ嘆き惑ひたまはめ、あまたの子ども扱ひに、おのづから忘草摘みてむ。ありながらもてそこなひ、人笑へなるさまにてさすらへむは、まさるもの思ひなるべし」
など思ひなる。児めきおほどかに、たをたをと見ゆれど、気高う世のありさまをも知る方すくなくて、思し立てたる人にしあれば、すこしおずかるべきことを、思ひ寄るなりけむかし。
むつかしき反故など破りて、おどろおどろしく一度にもしたためず、灯台の火に焼き、水に投げ入れさせなど、やうやう失ふ。心知らぬ御達は、「ものへ渡りたまふべければ、つれづれなる月日を経て、はかなくし集めたまへる手習などを、破りたまふなめり」と思ふ。侍従などぞ、見つくる時は、
「など、かくはせさせたまふ。あはれなる御仲に、心とどめて書き交はしたまへる文は、人にこそ見せさせたまはざらめ、ものの底に置かせたまひて御覧ずるなむ、ほどほどにつけては、いとあはれにはべる。さばかりめでたき御紙使ひ、かたじけなき御言の葉を尽くさせたまへるを、かくのみ破らせたまふ、情けなきこと」
と言ふ。
「何か。むつかしく。長かるまじき身にこそあめれ。落ちとどまりて、人の御ためもいとほしからむ。さかしらにこれを取りおきけるよなど、漏り聞きたまはむこそ、恥づかしけれ」
などのたまふ。心細きことを思ひもてゆくには、またえ思ひ立つまじきわざなりけり。親をおきて亡くなる人は、いと罪深かなるものをなど、さすがに、ほの聞きたることをも思ふ。
51.45 三月二十日過ぎ、浮舟、匂宮を思い泣く
二十日あまりにもなりぬ。かの家主、二十八日に下るべし。宮は、
「その夜かならず迎へむ。下人などに、よくけしき見ゆまじき心づかひしたまへ。こなたざまよりは、ゆめにも聞こえあるまじ。疑ひたまふな」
などのたまふ。「さて、あるまじきさまにておはしたらむに、今一度ものをもえ聞こえず、おぼつかなくて返したてまつらむことよ。また、時の間にても、いかでかここには寄せたてまつらむとする。かひなく怨みて帰りたまはむ」さまなどを思ひやるに、例の、面影離れず、堪へず悲しくて、この御文を顔におし当てて、しばしはつつめども、いといみじく泣きたまふ。
右近、
「あが君、かかる御けしき、つひに人見たてまつりつべし。やうやう、あやしなど思ふ人はべるべかめり。かうかかづらひ思ほさで、さるべきさまに聞こえさせたまひてよ。右近はべらば、おほけなきこともたばかり出だしはべらば、かばかり小さき御身一つは、空より率てたてまつらせたまひなむ」
と言ふ。とばかりためらひて、
「かくのみ言ふこそ、いと心憂けれ。さもありぬべきこと、と思ひかけばこそあらめ、あるまじきこと、と皆思ひとるに、わりなく、かくのみ頼みたるやうにのたまへば、いかなることをし出でたまはむとするにかなど、思ふにつけて、身のいと心憂きなり」
とて、返り事も聞こえたまはずなりぬ。
51.46 匂宮、宇治へ行く
宮、「かくのみ、なほ受け引くけしきもなくて、返り事さへ絶え絶えになるは、かの人の、あるべきさまに言ひしたためて、すこし心やすかるべき方に思ひ定まりぬるなめり。ことわり」と思すものから、いと口惜しくねたく、
「さりとも、我をばあはれと思ひたりしものを。あひ見ぬとだえに、人びとの言ひ知らする方に寄るならむかし」
など眺めたまふに、行く方しらず、むなしき空に満ちぬる心地したまへば、例の、いみじく思し立ちておはしましぬ。
葦垣の方を見るに、例ならず、
「あれは、誰そ」
と言ふ声々、いざとげなり。立ち退きて、心知りの男を入れたれば、それをさへ問ふ。前々のけはひにも似ず。わづらはしくて、
「京よりとみの御文あるなり」
と言ふ。右近は徒者の名を呼びて会ひたり。いとわづらはしく、いとどおぼゆ。
「さらに、今宵は不用なり。いみじくかたじけなきこと」
と言はせたり。宮、「など、かくもて離るらむ」と思すに、わりなくて、
「まづ、時方入りて、侍従に会ひて、さるべきさまにたばかれ」
とて遣はす。かどかどしき人にて、とかく言ひ構へて、訪ねて会ひたり。
「いかなるにかあらむ。かの殿ののたまはすることありとて、宿直にある者どもの、さかしがりだちたるころにて、いとわりなきなり。御前にも、ものをのみいみじく思しためるは、かかる御ことのかたじけなきを、思し乱るるにこそ、と心苦しくなむ見たてまつる。さらに、今宵は。人けしき見はべりなば、なかなかにいと悪しかりなむ。やがて、さも御心づかひせさせたまひつべからむ夜、ここにも人知れず思ひ構へてなむ、聞こえさすべかめる」
乳母のいざときことなども語る。大夫、
「おはします道のおぼろけならず、あながちなる御けしきに、あへなく聞こえさせむなむ、たいだいしき。さらば、いざ、たまへ。ともに詳しく聞こえさせたまへ」といざなふ。
「いとわりなからむ」
と言ひしろふほどに、夜もいたく更けゆく。
51.47 匂宮、浮舟に逢えず帰京す
宮は、御馬にてすこし遠く立ちたまへるに、里びたる声したる犬どもの出で来てののしるも、いと恐ろしく、人少なに、いとあやしき御ありきなれば、「すずろならむものの走り出で来たらむも、いかさまに」と、さぶらふ限り心をぞ惑はしける。
「なほ、とくとく参りなむ」
と言ひ騒がして、この侍従を率て参る。髪脇より掻い越して、様体いとをかしき人なり。馬に乗せむとすれど、さらに聞かねば、衣の裾をとりて、立ち添ひて行く。わが沓を履かせて、みづからは、供なる人のあやしき物を履きたり。
参りて、「かくなむ」と聞こゆれば、語らひたまふべきやうだになければ、山賤の垣根のおどろ葎の蔭に、障泥といふものを敷きて降ろしたてまつる。わが御心地にも、「あやしきありさまかな。かかる道にそこなはれて、はかばかしくは、えあるまじき身なめり」と、思し続くるに、泣きたまふこと限りなし。
心弱き人は、ましていといみじく悲しと見たてまつる。いみじき仇を鬼につくりたりとも、おろかに見捨つまじき人の御ありさまなり。ためらひたまひて、
「ただ一言もえ聞こえさすまじきか。いかなれば、今さらにかかるぞ。なほ、人びとの言ひなしたるやうあるべし」
とのたまふ。ありさま詳しく聞こえて、
「やがて、さ思し召さむ日を、かねては散るまじきさまに、たばからせたまへ。かくかたじけなきことどもを見たてまつりはべれば、身を捨てても思うたまへたばかりはべらむ」
と聞こゆ。我も人目をいみじく思せば、一方に怨みたまはむやうもなし。
夜はいたく更けゆくに、このもの咎めする犬の声絶えず、人びと追ひさけなどするに、弓引き鳴らし、あやしき男どもの声どもして、
「火危ふし」
など言ふも、いと心あわたたしければ、帰りたまふほど、言へばさらなり。
「いづくにか身をば捨てむと白雲の
かからぬ山も泣く泣くぞ行く
さらば、はや」
とて、この人を帰したまふ。御けしきなまめかしくあはれに、夜深き露にしめりたる御香の香うばしさなど、たとへむ方なし。泣く泣くぞ帰り来たる。
51.48 浮舟の今生の思い
右近は、言ひ切りつるよし言ひゐたるに、君は、いよいよ思ひ乱るること多くて臥したまへるに、入り来て、ありつるさま語るに、いらへもせねど、枕のやうやう浮きぬるを、かつはいかに見るらむ、とつつまし。明朝も、あやしからむまみを思へば、無期に臥したり。ものはかなげに帯などして経読む。「親に先だちなむ罪失ひたまへ」とのみ思ふ。
ありし絵を取り出でて見て、描きたまひし手つき、顔の匂ひなどの、向かひきこえたらむやうにおぼゆれば、昨夜、一言をだに聞こえずなりにしは、なほ今ひとへまさりて、いみじと思ふ。「かの、心のどかなるさまにて見む、と行く末遠かるべきことをのたまひわたる人も、いかが思さむ」といとほし。
憂きさまに言ひなす人もあらむこそ、思ひやり恥づかしけれど、「心浅く、けしからず人笑へならむを、聞かれたてまつらむよりは」など思ひ続けて、
「嘆きわび身をば捨つとも亡き影に
憂き名流さむことをこそ思へ」
親もいと恋しく、例は、ことに思ひ出でぬ弟妹の醜やかなるも、恋し。宮の上を思ひ出できこゆるにも、すべて今一度ゆかしき人多かり。人は皆、おのおの物染めいそぎ、何やかやと言へど、耳にも入らず、夜となれば、人に見つけられず、出でて行くべき方を思ひまうけつつ、寝られぬままに、心地も悪しく、皆違ひにたり。明けたてば、川の方を見やりつつ、羊の歩みよりもほどなき心地す。
51.49 京から母の手紙が届く
宮は、いみじきことどもをのたまへり。今さらに、人や見むと思へば、この御返り事をだに、思ふままにも書かず。
「からをだに憂き世の中にとどめずは
いづこをはかと君も恨みむ」
とのみ書きて出だしつ。「かの殿にも、今はのけしき見せたてまつらまほしけれど、所々に書きおきて、離れぬ御仲なれば、つひに聞きあはせたまはむこと、いと憂かるべし。すべて、いかになりけむと、誰れにもおぼつかなくてやみなむ」と思ひ返す。
京より、母の御文持て来たり。
「寝ぬる夜の夢に、いと騒がしくて見えたまひつれば、誦経所々せさせなどしはべるを、やがて、その夢の後、寝られざりつるけにや、ただ今、昼寝してはべる夢に、人の忌むといふことなむ、見えたまひつれば、驚きながらたてまつる。よく慎ませたまへ。
人離れたる御住まひにて、時々立ち寄らせたまふ人の御ゆかりもいと恐ろしく、悩ましげにものせさせたまふ折しも、夢のかかるを、よろづになむ思うたまふる。
参り来まほしきを、少将の方の、なほ、いと心もとなげに、もののけだちて悩みはべれば、片時も立ち去ること、といみじく言はれはべりてなむ。その近き寺にも御誦経せさせたまへ」
とて、その料の物、文など書き添へて、持て来たり。限りと思ふ命のほどを知らで、かく言ひ続けたまへるも、いと悲しと思ふ。
51.50 浮舟、母への告別の和歌を詠み残す
寺へ人遣りたるほど、返り事書く。言はまほしきこと多かれど、つつましくて、ただ、
「後にまたあひ見むことを思はなむ
この世の夢に心惑はで」
誦経の鐘の風につけて聞こえ来るを、つくづくと聞き臥したまふ。
「鐘の音の絶ゆる響きに音を添へて
わが世尽きぬと君に伝へよ」
巻数持て来たるに書きつけて、
「今宵は、え帰るまじ」
と言へば、物の枝に結ひつけて置きつ。乳母、
「あやしく、心ばしりのするかな。夢も騒がし、とのたまはせたりつ。宿直人、よくさぶらへ」
と言はするを、苦しと聞き臥したまへり。
「物聞こし召さぬ、いとあやし。御湯漬け」
などよろづに言ふを、「さかしがるめれど、いと醜く老いなりて、我なくは、いづくにかあらむ」と思ひやりたまふも、いとあはれなり。「世の中にえあり果つまじきさまを、ほのめかして言はむ」など思すに、まづ驚かされて先だつ涙を、つつみたまひて、ものも言はれず。右近、ほど近く臥すとて、
「かくのみものを思ほせば、もの思ふ人の魂は、あくがるなるものなれば、夢も騒がしきならむかし。いづ方と思し定まりて、いかにもいかにも、おはしまさなむ」
とうち嘆く。萎えたる衣を顔におしあてて、臥したまへり、となむ。
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