源氏物語を読む 現代文比較 ⑤

HOME表紙へ 源氏物語 目次

源氏物語は様々な文人や学者によりまた市井の愛好家によって、現代文にされている。
源氏の求愛を、前斎宮の朝顔の君が迷い、断ろうとする心中の葛藤を書いた場面である。
朝顔の巻から。

原文
†げに、人のほどの、をかしきにも、あはれにも、思し知らぬにはあらねど、 もの思ひ知るさまに見えたてまつるとて、 おしなべての世の人のめできこゆらむ列にや思ひなされむかつは、軽々しき心のほども見知りたまひぬべく恥づかしげなめる御ありさまを」と思せば、「なつかしからむ情けも、いとあいなしよその御返りなどは、うち絶えでおぼつかなかるまじきほどに聞こえたまひ、人伝ての御応へ、はしたなからで過ぐしてむ。年ごろ、沈みつる罪失ふばかり御行なひを」とは思し立てど、 「にはかにかかる御ことをしも、もて離れ顔にあらむもなかなか今めかしきやうに見え聞こえて、人のとりなさじやは」と、世の人の口さがなさを思し知りにしかば、かつ、さぶらふ人にもうちとけたまはず、いたう御心づかひしたまひつつ、やうやう御行なひをのみしたまふ。
朝顔の巻


与謝野晶子 1912年/1938年
斎院は源氏の価値をよく知っておいでになって愛をお感じにならないのではないが、
好意を見せても源氏の外貌がいぼうだけを愛している一般の女と同じに思われることはいやであると思っておいでになった。接近させて下にかくしたこの恋を源氏に看破されるのもつらく女王はお思いになるのである。友情で書かれた手紙には友情で酬むくいることにして、源氏が来れば人づてで話す程度のことにしたいとお思いになって、御自身は神に奉仕していた間怠っていた仏勤めを、取り返しうるほど十分にできる尼になりたいとも願っておいでになるのであるが、この際にわかにそうしたことをするのも源氏へ済まない、反抗的の行為であるとも必ず言われるであろうと、世間が作るうわさというものの苦しさを経験されたお心からお思いになった。女房たちが源氏に買収されてどんな行為をするかもしれぬという懸念から女王はその人たちに対してもお気をお許しにならなかった。そして追い追い宗教的な生活へ進んでお行きになるのであった。

谷崎潤一郎 1939年/1965年
ほんに人柄のすぐれていらっしゃいますこと、しんみりしたところがおありになることなど、お分かりにならないのではありませんが、お慕い申し上げる様子をお見せしたところで、世間の多くの女たちがむやみに君をおめするのと等し並みに思われもしよう、また軽はずみな心の底を見透みすかされでもしたら、ああいうお立派なお姿に対しても恥ずかしいとお思いになりますので、なまじなさけは無用である。ただ何でもないおん文のお返しなどは絶やさないで、疎々うとうとしくならないようにし、人づての御返事などは如才じょさいなく申して行こう、そして年頃佛事に遠ざかっていた罪ほろぼしに、勤行ごんぎょうもしなくてはとお思い立ちになるのですけれども、急にこういう係り合いを打ち切り顔に振舞うのも、かえって気取っているように見えて、いろいろ噂されずにはいないであろうしと、世間の人の口さがなさを知りつくしていらっしゃいますので、一方ではお附きの人々にも気をお許しにならないで、ひどくお心づかいをなさりながら、だんだんと勤行ばかりに心を入れておいでになります。

玉上琢弥 1965年
「ほうんとうに、人がらをごりっぱなとも、お優しいともおわかりにならないのではないのだが、おこころにおこたえ申しても、世間一般の人が(君を)おほめ申すのと、ひとしなみに思われもしよう。また、軽はずみなみずからの心の底もすぐお見とおしになるだろう。身がちゞむほど御りっぱなお姿だもの」と思しめすと、優しくしてみせてもなんにもならないよそよその御返事だけでも、ひきつづきまどおにまどおにならないようになり、とりつぎをおいての御返事を、失礼のないようにしてゆこうと深くお考えになる。長年遠ざかっていた罪が消えるほど勤行をしたくお思いだが、急に君との御仲のことを、うちきり顔にふるまうのもかえってきざなように見えもし聞こえもし、世間がとりざたしまいかと、人の口さがなさをよく御存じになったことで、一方では侍女たちにもお気をお許しにならず、たいそうお気をつけなさりながら、だんだんに勤行おつとめばかりをなさる。

瀬戸内寂聴 1997年
たしかに女房たちの言う通り、お人柄のすばらしいことも、しみじみ慕わしいお方でいらっしゃることも、姫宮にはおわかりにならないわけではないのですけれど、
「そのお心の内をわかっているような様子をお目にかけたところで、それを世間の多くの女たちが、源氏の君をむやみにほめ称えているのと同列に、源氏の君に思われるのはいやだし、またこちらの浅はかな心の底もすっかりお見通しになってしまわれるだろう。何につけてもこちらが恥ずかしくなるような御立派なお方なのだから」
とお考えになり、
「この上お慕いしているようなやさし態度をお見せしたところで、どうしようもない。これからも当たり障りのないお返事などは、適当にさしあげて、女房などを通してのお返事などを通してのお返事なども失礼にならぬように気をつけて、さりげなくお付き合いしてゆこう。これからは、長年斎院として神に仕え、仏道から遠ざかっていた罪ほろぼしに、お勤行つとめにも精をださなくでは」
と思い立たれます。それでも急に源氏の君とのこうしたお付き合いを、打ち切るように振舞うのも、かえって思わせ振りと見られもして、人の噂に上るにちがいないと、世間の人の口さがなさを知りつくしていらっしゃいます。お側にお仕えする女房にも気をお許しにならず、ずいぶん気をお遣いになりながら、次第にお勤行つとめ一途にお励みになるのでした。

渋谷榮一 1996年
なるほど、君のお人柄の、素晴らしいのも、慕わしいのも、お分かりにならないのではないが、
「ものの情理をわきまえた人のように見ていただいたとしても、世間一般の人がお褒め申すのとひとしなみに思われるだろう。また一方では、至らぬ心のほどもきっとお見通しになるに違いなく、気のひけるほど立派なお方だから」とお思いになると、「親しそうな気持ちをお見せしても、何にもならない。さし障りのないお返事などは、引き続き、御無沙汰にならないくらいに差し上げなさって、人を介してのお返事、失礼のないようにしていこう。長年、仏事に無縁であった罪が消えるように仏道の勤行をしよう」とは決意はなさるが、「急にこのようなご関係を、断ち切ったようにするのも、かえって思わせぶりに見えもし聞こえもして、人が噂しはしまいか」と、世間の人の口さがないのをご存知なので、一方では、伺候する女房たちにも気をお許しにならず、たいそうご用心なさりながら、だんだんとご勤行一途になって行かれる。

大塚ひかり 2008年
姫君は、なるほど、君の魅力や優しさが分からないわけではないものの、
それが分かったような態度を見せたところで意味がない。世間一般の人がお褒めするのと、同列に思われるだろう。一方では軽々しい心のほどを見透かされてしまいzそうな、気後れするようなお方なのに」と思われるので、
「好意のあるそぶりを見せたところで意味がない。色恋以外のお手紙のお返事なんかは絶やさずに、疎遠にならないていどにやりとりして、人づてのお返事は失礼にならないように申し上げて切り抜けよう。長年、神に仕え、仏事を離れていた罪を消すだけの勤行をしなくては」と思い立たれますが、
「急にこんなつきあいとも無縁な顔をして見せるのも、かえって今どきの流行に乗ったみたいに見られて、人があれこれ言うのでは」と、世間の人の口さがなさをよくご存じなので、一方では、お仕えする女房たちにもお心を許されることはなく、周到にお心づかいなさっては、だんだんと仏のお勤めだけをなさいます。

上野榮子 2008年
///

角田光代 2017-2020年
///

KT 2023年
実に、源氏のお人柄が、ご立派ともお優しいとも思っていない訳ではなく、
†「もし物のあわれが分かる女としてお付き合しても、世の一般の女たちが君に憧れるのと同類に見られでしょうし、また、こちらの浅い心根も見すかされてしまうでしょう、ご立派なお方だもの」と思うと、「優しい心遣いで応じても、何にもならない、失礼にならぬ程度にご返事は途切らせず、人づてのいらえなども、ほどほどにしよう。年ごろ仏事から遠ざかっていた罪が消えるようにお勤めを」と思っていたので、「このようににわかな求愛を、避けているような気色を見せるのも、かえってきざで人目を引いてしまうだろう、人びとが取りざたするのではないか、と世の人の口さがなさを知っているので、側に仕える女房たちにも気を許さず、たいへん気を遣って、少しずつお勤めに専念するのであった。

Arthur Waley 1925-1933年
As a matter of fact, she had no distaste for him whatever.His beauty delighted her and she was sure that she would have found him a most charming companion. But she was convinced that from the moment she betrayed this linking he would class her among the common ruck of his admirers and imagine that she would put up with such treatment as they were apparently content to endure.A position so humiliating she knew that she could never tolerate. She was resolute, therefore, in her determination never to allow the slightest intimacy to grow up between them. But at the same time she was now careful always to answer his letters fully and couteously, she allowed him to converse with her at second hand whenever he felt inclined. It was hardly conceivable that, submitted to his treatment, he would not soon grow weary of the whole affair. For her part she wished to devote herself to the expiation of the many offences against her own religion that her residence at Kamo had involved. Ulmately she meant to take orders;but any sudden step of that kind would certainly be attributed to an unfortunate love-affair and so give colour to the rumours which already connected her name with his. Indeed, she had seen enough of the world to know that in few people is discretion stronger than the desire to tell a good story, and she therefore took no one into her confidence, not even the gentlewomen who waited daily upon upon her.Meanwhile she devoted herself more and more ardently to preparation for the mode of life which she soon to embrace.
Asagao

Edward G.Seidensticker 1976年
She knew well enough that he was a most admirable and interesting man, but she wanted no remark from her to join the anthems she heard all about her. He was certain to conclude that she too had succumberd - he was so shamelessly handsome.No an appearance of warmth and friendliness would not serve her purposes. Always addressing him through an intermediary, she expressed herself carefully and at careful intervals, just short of what he might take for final silence. She wanted to lose herself in her devotions and make amends for her years away from the Good Law, but she did not want the dramatics of a final break. They too would amuse the gossips. Not trusting even her own women, she withdrew gradually into her prayers.
The Morning Glory

公開日2023年3月31日