源氏物語を読む 澪標・注釈

源氏物語  澪標・注釈

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14 澪標

直し立てたまひて もとの地位に戻す、意。
世の中のことなども、隔てなくのたまはせつつ、御本意のやうなれば 政治のことも、(帝が源氏によく相談して)隔てなくのたまわせつつ、(帝の)本意のようになるので。
下りゐなむの御心づかひ 退位のご決断。
名残なきさまにてとまりたまはむとすらむ あなたはこれまでとは別の境遇に生き残るだろう。「とまり」主上が崩御後、尚侍が生き残ること。(昔の)名残なきさまに、(わが亡き後には)とまりたまうらん。/ 「とまる」[止まる、留まる、停まる]③後に留まる。生き残る。
人には思ひ落としたまへれど 「人」源氏を暗示する。(源氏に比して)人には、(我を)思ひおとし(軽蔑)たまへれど。「おもいおとし」[思い貶す]劣ったものに思う。見下げる。
みづからの心ざしのまたなきならひに 我(帝)自身の、君(朧月夜)への情愛(心ざし)が、又とない(他に類がない)習慣ー癖になっているために。
御ことのみなむ、あはれにおぼえける。 朧月夜のことだけが。/ ただあなただけがいとしく思われる。
立ちまさる人、また御本意ありて見たまふとも (わが亡き後はわれよりも勝れた人(源氏)が君(朧月夜)の御本望があるのでもう一度、君を世話なさる(夫婦になる)とも。/ わたし以上の方が、改めてお望みどおりご結婚なさとしても。わたし以上の方と、改めてあなたのお望みどおりご結婚なさとしても。
おろかならぬ心ざしはしも、なずらはざらむと思ふさへこそ 並々でない情愛は、なんとしても我には比較にならないであろう」と思うことまで。「なずらう」肩を並べる。「おろか」[疎か]実が十分にこもっていないこと。
契り深き人のためには、今見出でたまひてむ 「契り深き人」源氏のこと。「今見出でたまいてむ」すぐにも、お子を見出す(持つ)であろう。
限りあれば、ただ人にてぞ見たまはむかし 性を賜っても、臣下となる源氏の子は、どうしても、只の人(臣下)として、ご覧に(育てる)あるであろう。
もの思ひ知られたまふままに 物事が自然にわかるにつれて。
さしも思ひたまへらざりしけしき、心ばへなど さほど思ってくださらなかった源氏の様子や心ばえ。
いみじうかたはらいたきことに、あいなく御心を尽くしたまふ (秘密が露見セせぬか)たいへん気がかりで、甲斐なく、御心を痛める。「かたわらいたい」側にいて、気が気でないこと。
坊には承香殿そきょうでんの皇子ゐたまひぬ 坊は、「春宮坊」のこと。東宮という位。承香殿、朱雀帝の女御の一人、右大臣の娘。この女御腹の皇子を東宮にとの心づもりは、すでに決められていた。明石。
宰相中将 元の頭中将。「権」は定員外。宰相の正四位相当から中納言の従三位相当になった。
かの四の君の御腹の姫君 頭の中将の正妻四の君が生んだ姫。
大殿腹の若君 葵の上が生んだ長男。夕霧と呼ばれる。このとき八歳。
心苦しき人びと 源氏の他には頼りにする人もない女君たち。
おろかならず【疎かならず・愚かならず】ひと通りでない。/div>
相人 これまでの源氏の運勢を判断した、高麗の相人・倭相・宿曜の人・夢判断の人など。
もて離れたまへる筋は、さらにあるまじきこと 自分が帝位につくなどありえないこと。
宿世遠かりけ 帝位には遠い運命だった。
めづらしきさまにてさへあなるを思すに 安産の上、珍しく女の子だという報告を思うと。源氏には、冷泉院、夕霧と男子が続いている。それに加えて、女子を重んじた当時の貴族の考え方もある。「あなる」の「なり」は伝聞。
宣旨 女房の召し名。「宣旨」とは勅旨を述べ伝える公文書であるが、宣旨がくだる場合、これを受け取る役をつとめた女房を、のちのち宣旨と呼ぶことがあったようである。
おぼえぬ住まひに結ぼほれたりし例を思ひよそへて 考えられない(思いもかけない)住まいに、かって心が沈んでいた例を思い寄せて。「結ぼほる」気がふさぐ。
取り返しつべき心地こそすれ (そなたの明石行きを)取り返しつべき心地こそすれ。/ 明石にと決めたのをやめて、こちらの者にした。
かねてより隔てぬ仲とならはねど別れは惜しきものにぞありける 以前から隔てのない間柄として親しんできたのではないけれども、しかし別れというものは名残惜しいものであった。(小学館古典セレクション)/ 前々から親しい間柄になっていたのではないが、別れはおしいものである。(玉上)
うちつけの別れを惜しむかことにて思はむ方に慕ひやはせぬ このわたしとの別れが名残惜しいなどとおっしゃるのはなおざりの口実に過ぎなくて、じつは思う方の方にいらっしゃりたいのではありませんか。(小学館古典セレクション)/ おあいしたばかりの私、お別れするのをおしいとおっしゃるのはかこつけで、恋しい方の所にお行きなさいませんか。/ 「かごと」言い訳、口実。
いつしかも袖うちかけむをとめ子が世を経て撫づる岩の生ひ先 早くこのわたしの袖で撫でてあげたいものです。天が長い年月その羽衣で撫でる岩のように生い先長姫君を。(小学館古セレクショ)/ いつになればわが袖に抱きとれようぞ。天女が一世に一度ずつ撫でるという岩のように、長い将来をもつ姫をば。(玉上)
この御おきての 源氏の乳母を派遣するなどの処置。「おきて」は、指図して取り決めること。
ひとりして撫づるは袖のほどなきに覆ふばかりの蔭をしぞ待つ この私ひとりで姫君を撫でるのには袖が狭すぎるので、覆うばかりの、広いあなたのお袖の庇護をお待ちしております。(小学館古典セレクション)/ 私一人で姫君を撫でいつくしみますにはあまり袖が狭ま過ぎますもの、十分お力のある御庇護(おたすけ)をお待ちします。(玉上)/ 「ほどなき」③小さい。狭い。
あやしうねぢけたるわざなりや うまくいかないものですね。
さもおはせなむと思ふあたりには、心もとなくて そうあってほしい(子が生まれてほしい)と思われるお方には。「心もとない」待ち遠しい。
女にてあなれば、いとこそものしけれ 女の子だということですから、全く気に入りません。「ものし」[物し]気に入らない。不愉快だ。
尋ね知らでもありぬべきことなれど 放っておいてもかまわないが。気をつけてやらなくてもよいことなのですが。その女児をこち(私=源氏)より尋ねて世話をする(知る)ことなくても、たしかにありうることですが。
あやしう、つねにかやうなる筋のたまひつくる心のほどこそ、われながら疎ましけれ いやですこと、いつもそんな意味の(嫉妬しないようにという)ご注意を頂く私の心のほどが、われながら厭になります。変ですこと。いつもこのようなご注意をいただきます性分が自分ながらいやになります。/ 「かようなる筋」源氏に注意される嫉妬心。「のたまひつくる心」源氏が仰せになる身についた嫉妬心。「つく」身についた。
人の心より外なる思ひやりごとして 私の考えもしない邪推をして。
思はずにぞ見えたまふや (私は身に覚えがないのに)心外にお見受けしますよ。思いもかけないことをなさるものね。 / (わたしが)考えもしない事を、姫はなさると見えますよ。
よろづのこと、すさびにこそあれ」と思ひ消たれたまふ (明石の君のことも含め、紫上以外の女性との関係は)すべてが、その時々の慰み事にすぎないのだと、どうでもいいことに思われなさる。何もかも一切が冗談にすぎないのだと否定するお気持ちになる。/ 紫の上心境。
この人を 明石の君を(これほどまでに気遣って見舞うのは)
まだきに聞こえば、またひが心得たまふべければ (私の考えを)今から申し上げると、また変な具合にお考えになるだろうから。「まだきに」そのときにならないうちに。
言ひしことなど 明石の君の返歌「かきつめてあまのたく藻の思ひにも今はかひなきうらみだにせじ」をさす。前の句は源氏の贈歌「このたび立ちわかるとも藻しほ焼くけぶりはおなじかたになびかむ」
われは、われ あなたはあなた、わたしはわたし、お互い別の心なのですね。
思ふどちなびく方にはあらずともわれぞ煙に先立ちなまし 思いあった同士が同じ方向になびくとおっしゃる、その方向でないにしても、私はその煙に先立って死んでしまったらよかったのかしら。(小学館古典セレクション)/ 思う同士の煙りがなびく、その方向とはちがいましょうが、私は煙より先に死んでしまいたいですわ。(玉上)
誰れにより世を海山に行きめぐり絶えぬ涙に浮き沈む身ぞ いったい誰ゆえにこのつらい世を海や山にさすらって、絶えぬ涙に浮き沈みしたわたしだったのでしょう。(小学館古典セレクション) /いったい誰の為にこの憂き世を海に山にさすらって、尽きぬ涙に浮き沈みする私なのでしょう。(玉上)
心おかれじ 「こころおく」心遣いする。思いやる。気を配る。/ 人に恨まれては寿命を短くする。
海松や時ぞともなき蔭にゐて何のあやめもいかにわくらむ 海松、いつとても変わらず水中の岩陰に隠れていそれと同じように、寂しい海辺に暮す姫君は、今日の五十日の祝いを、またあやめの節句を常の日と変わりなく迎えるのであろうか。(小学館古典セレクショ)/ 海松、あのいつも変わらない海辺の松の陰に居たのでは、今日は五日といかにして特にわかろうぞ。五十日(いか)の祝いが特にできようぞ。(玉上)
心のあくがるるまでなむ 飛んでゆきたい気持ちです。心がそちらへ浮かれて行きそうなくらいです。心がそわそら落ち着かない。「あくがる」(何かにさそわれて)魂が肉体から離れる。物事に心を奪われて落ち着かない。
生けるかひもつくり出でたる 「生けるかひ」に「かひをつくる」(べそかく)をかけた。泣き顔をすることを、「かひをつくる」と言う。
ここにも 当の明石でも。
闇の夜にてこそ暮れぬべかりけれ 闇夜の錦のこ9と。見栄えせず張り合いのなたとえ。
こよなく衰へたる宮仕へ人などの 零落の意、老衰の意ではない。
巌の中尋ぬるが落ち止まれるなどこそあれ 「巌の中尋ぬる」隠遁や出家を志した者。「いかならむ巌のなかに住まばかは世の憂きことの聞こえこざらむ(古今雑下読み人知らず)/ 「落ち留まる」居残る。生き残る。
こよなうこめき思ひあがれり 「こめく」おっとりして、品があること。 子どもらしい。上品な。ほめ言葉。「思ひあがる」自負する。
げに、かく思し出づばかりの名残とどめたる身も、いとたけくやうやう思ひなりけり ほんとうの源氏ほどのお方が、こうまでお心に止めてくださるよすがを残している(姫君を産んだ)自分も、大層えらいものだと、だんだん思うようになった。/ ほんとうにこれほど思い出してくださる形見(姫君)を生んだ自分も偉いものだと次第に思うようになった。
数ならぬみ島隠れに鳴く鶴を今日もいかにと問ふ人ぞなき とるにたらないわたしの側にいる姫君を、五十のお祝いの今日さえ、どんなだと尋ねてくださる方んはございません。(玉上) / 島陰に啼く鶴のように、人数にも入らぬこのわたしを頼りにしております姫君を、今日の五十日の祝いにも、いかに過ごしているかと尋ねてくださる人はいないのです。(小学館古典セレクション)
よろづに思うたまへ結ぼほるるありさまを 何かにつけて物思いにふさいでおります(わたしの)有様で。/ 「思ひ結ぼほる」おもいむすぼる、に同じ。思いが解けない。気がふさぐ。
かくたまさかの御慰めにかけはべる命のほども、はかなくなむ このように時たまのお慰めにおすがりして生きる私の命もいつまでのことかと、心細く存じます。///
後ろやすく 「後安し」あとの心配がない。
浦よりをちに漕ぐ舟の 「み熊野の浦より遠(をち)に漕ぐ船のわればよそに隔てつるかな」(古今六帖・三 伊勢)下二句で暗に嫉妬心をいう。
かく、この御心とりたまふほどに こうして女君(紫の上)のご機嫌をとっているうちに。
思ひしづめたまふなめり 慎重にしていらっしゃるのであろう。
よそながらも 源氏自身は来訪せずとも。
今めかしう心にくきさまに、そばみ恨みたまふべきならねば 当節の女性の世ように様子ぶって、すねたり嫉妬したりするはずもないので。/ 「心にくい」思わせぶりな。
女御の君 麗景殿の女御。花散里の姉。
いとめやすし 「めやすし」見苦しくない。感じがよい。
水鶏 夏の風物。鳴き声が戸をたたく音ににて、男の来訪を暗示する言葉でもある。
水鶏だにおどろかさずはいかにして荒れたる宿に月を入れまし (花散里の歌)せめて水鶏だけでも戸をたたいて驚かしてくれないのでしたら、どうしてこの荒れはてた宿に月・・あなた様をお迎え申すことができたでしょう。(小学館古典セレクション)/水鶏でも戸をたたいてくれませんでしたら、どうしてこの荒れた宿に月を、あなた様を、迎え入れられましょう。(玉上)
言ひ消ちたまへるぞ 「いいけつ」[言い消つ]言いかけてやめる。
おしなべてたたく水鶏におどろかばうはの空なる月もこそ入れ どの家の戸をも一様にたたく水鶏に驚いていたのでは、うわの空の月- 気まぐれな男も入ってくるかもしれませんよ。(小学館古典セレクション)/ いつで門をたたく音に戸をあけていたら、思わぬ月も、変な人も入ってきましょう。(玉上)/ 「うしろめたい」後のことが気になる。
あだあだしき筋 「あだあだし」実がない。浮気っぽい。
空な眺めそ 須磨「行きめぐりつひにすむべき月影のしばし雲らむ空な眺めそ」 再びめぐってきて結局は澄み輝くことになる月影がしばらくの間曇っているのを、愁わしげごらんにならないでください。源氏が送った歌。
などて、たぐひあらじと、いみじうものを思ひ沈みけむ。憂き身からは、同じ嘆かしさにこそ 花散里の言葉「どうしてあの時は、別れのつらさをまたとあるまいと、ひどく嘆き悲しんだのでしょう。(ご帰京なさってもなかなか訪れていただけぬ)不幸せなわたしですから、同じ悲しさでございますのに。
え紛れたまはず こっそり会えない。「まぎる」ものに交じって隠れる。
親はよろづに思ひ言ふこともあれど いろいろ思案して縁談を持ちかけてもみるが。/親は何かと言い聞かせたりするが。
世に経むことを思ひ絶えたり 結婚は断念している。/ 人並みな結婚生活を送ることは断念している。
御封みふ賜らせたまふ 皇族、諸臣に、官位や勲功に応じて賜る戸口。その租の半分、庸調の全部が封主の収入になる。太上天皇は二千戸、中宮は千五百戸。
いと恥づかしげに仕まつり 大后が恥ずかしく思うほど丁重に仕える。
なかなかいとほしげなるを (源氏が心遣いをするのを)かえって見ていられないほどであるのを。そのことが気の毒に見える。
年ごろの御心ばへのつらく思はずにて (源氏の心理)須磨流謫(るたく)の間のお仕打ちが冷たく心外ななさりようで/「思わず」心外であるさま。
なべての世には 世間一般の人びとに対しては。
いとほしう本意なきことに見たてまつりたまへり 困った不本意なこととお思い申し上げていらっしゃる。/ 「いとおしい」見ていられないほどかわいそである。困ったことである。
権中納言の御女 もとの頭の中将の娘。
人よりまさりたまへとしも思さずなむありける 中の君が特にすぐれたお身の上(帝の妃)になられよともお考えにならないのだった。入内にために、いろいろ斡旋すことがなかったことをいう。
楽人、十列 楽人十人が青摺りの衣を着けて社前で東遊びを舞う。その楽人を厳選。
げに、あさましう、月日もこそあれ ほんとうにあきれたこと、今日以外にも月日もあろうに。/我ながらあきれたもの、参詣には他にも日があるものを。
かけ離れたてまつらぬ宿世ながら さすがに切っても切れぬご縁があるものを。とはいえ、高貴な源氏との間に姫君を出産するという宿世。/ 離れられないご縁ながら。
もの思ひなげにて、仕うまつるを色節に思ひたるに  「もの思ひなげにて」何の屈託もなさそうに。「色節」晴れがましい。名誉なこと。
おぼつかなう 気になる。どうしていられるかと心配。
花紅葉をこき散らしたると見ゆるうえの衣の、濃き薄き、数知らず 花や紅葉をしごいて散らしたかのような、人々の袍(ほう・うえのきぬ)の紅紫の濃淡の点々たるさまは数え切れない。位の上下によって、色に深浅あり。一位深紫、二位三位浅紫、四位深緋、五位浅緋、六位深緑、七位浅緑、八位深縹(はなだ)、初位浅縹であるが、平安中期には乱れていた。ここは、四位五位の供奉の者が目に付くのだろう。/
良清も同じ佐にて 良清(よしきよ)。播磨の守の子で、源氏の家来。須磨明石にお供した。「同じ佐」は同じく衛門府の(次官、従五位相当)
紫裾濃むらさきすそごの元結 中央は白く両端にいくにつれて濃い紫に染めた元結。元結は髪を縛る細い紐。
みづら結ひて 童の髪型。頭の中央で分けた髪を左右の耳のあたりで束ねる。
大殿腹の若君 夕霧。
若君の数ならぬさまにてものしたまふを わが腹の姫君が人数にも入らぬ有様でお育ちなのを。
国の守参りて、御まうけ 摂津の守が参上して、供応の準備を。「御まうけ」饗応の準備。
帰らむにも中空なり 「中空(なかぞら)」中途半端。住吉参詣もできなければ明石にも帰れない。
住吉の松こそものはかなしけれ神代のことをかけて思へば 住吉の松を見るにつけても、まず胸にこみ上げてくるものがございます。住吉の神の昔、流離の昔のことが思い出されまして。(小学館古典セレクション)/ 住吉の岸で松を見ましても、何よりもまず感慨無料でございます。昔のことを忘れられず思いますので・・・。(玉上)
荒かりし波のまよひに住吉の神をばかけて忘れやはする 恐ろしかった須磨の波風、あのころの苦境を思うにつけても、住吉の神のことは決して忘れられまい。(小学館古典セレクション)/ あの恐ろしかった須磨の波風に苦労して、住吉の神を忘れようか。いついつまでも忘れはせぬ。(玉上)
あからさまに立ち出でたまへるに 「あからさまに」にわかに。急に。ちょっと。かりに。予定にない行動として、社殿の外にふとでたのである。
今はた同じ難波なる 「わびぬれば今なた同じ難波なるみをつくしても逢わむとぞ思ふ」(拾遺・恋五元良親王)嘆きの辛さを思うと、同じことなら、心身のありたけを尽くして逢おう、が大意。あなたにお逢いできなくて) このように思いわびて暮らしていると、今はもう身を捨てたのと同じことです。いっそのこと、あの難波にあるみおつくしという名前のように、この身を捨ててもお会いしたいと思っています。
みをつくし恋ふるしるしにここまでもめぐり逢ひけるえには深しな 身を尽くして恋い慕うかいがあって、澪標(みをつくし)のあるこの難波までもやってきてめぐり会ったのです。あなたとの宿縁は深いのですね。(小学館古典セレクション)/ 身を尽くして恋い慕う甲斐があって、ここ、澪標のある浪速までも来て、めぐり会った、私たちの縁は深いのだな。(玉上)
数ならで難波のこともかひなきになどみをつくし思ひそめけむ 人数にも入らぬ身の上で、何の生きる甲斐もないこの私なのに、どうして身を尽くして、君を思いはじめてしまったのでしょう。(小学館古典セレクション)/ 身分の低いわたくし、何事もあきらめているわたくし、なぜ身を尽くしてまでお慕いすることにしましたやら。(玉上)
露けさの昔に似たる旅衣田蓑の島の名には隠れず 涙の露に濡れているわたしの旅衣は流離の昔に似ている。田蓑の島というけれども、それは名ばかりでこの身は隠れず涙の雨に濡れている。(小学館古典セレクション)/ 海辺をさすらったあのころのように私の旅行服は涙で濡れている。田蓑の島というのにその蓑には隠れないで。(玉上)
おのが心をやりて、よしめきあへるも疎ましう思しけり 「おのが心をやりて」得意げに。「よしめきあえる」よしある様子をする。遊女特有の仕草をする。嬌態を見せる。
島漕ぎ離れ 「ほのぼのと明石の浦の朝霧に島隠れゆく舟をしぞ思ふ」(古今・覉旅 読み人知らず)
なかなかならむ名残は見じ 昔の愛情が今どのような形で現れるか、ひどいことになろう。/ また昔ながらのつれなさを見るようなしないがましの嘆きはすまい。
あながちに動かしきこえたまひても、わが心ながら知りがたく 御息所の心を動かして逢瀬をとげてみても、その後はわが心ながら疎遠になるかも知れず。
いかにねびなりたまひぬらむ 「成人してどんなりなられたか」と会いたく思う。斎宮下向は十四歳、今は二十歳。
かけかけしき筋にはあらねど 懸想(色恋)の仲ではないが、時節の情趣などを言い交わせる関係。
なほさる方のものをも聞こえあはせ、人に思ひきこえつるを やはり、風雅に関することでお話し相手になる方とお思い申していたのに。/ 「きこえ合はせ人」一語であるから「びと」と読む。「きこえ」は「言う」の受手尊敬「きこゆ」の連用形。相談できるお相手の意。やはり相当の相談相手にはお思い申し上げていたのに。(玉上)
///"> 
絶えぬ心ざしのほどは、え見えたてまつらでや 変わらぬわたしの気持ちを理解してもらえぬまま終わるのか。
心細くてとまりたまはむを 自分の死後、心細い状態で生き残ることになるであろうから。
数まへきこえたまへ 一人と数える。世話をしてやる人の中に数える。
また見ゆづる人もなく 「見ゆづる」は、世話を他人に頼むこと。結婚してもらうことも含まれるが、ここは親代わりになること。
思ほし人めかさむにつけても 愛人扱いなさるとしたら。/ ご寵愛の人といったお扱いをなさるとしたならば。
あぢきなき方やうち交り、人に心も置かれたまはむ 妻妾の間で嫉妬しあうなど、他の女たちから恨まれたりする。///
うたてある思ひやりごとなれど いやな気のまわしようですけれども。「うたて」いやだ。どうしようもない。心に染まぬ。
かけてさやうの世づいたる筋に思し寄るな /どうぞ決してそのような色めいたことはお考えくださいますな。娘を好色がましく扱うな。「かけて・・・な」強い禁止。
いかでさる方をもて離れて、見たてまつらむと思うたまふる 「さる方」男女関係。娘を独身で押し通すようにする。/ 斎宮は、どうかそういうつらい目には縁のない身の上でいらして頂きたいと存じています。普通の結婚をして妻妾の一人とすることを望まぬ気持ち。
あいなくものたまふかな 言いにくいことをズケズケ言う。ばつの悪いことをおっしゃるなあ。
年ごろに、よろづ思うたまへ知りにたるものを 近年は、何事にも思慮深くなったのに。
主上の同じ御子たちのうちに数まへきこえたまひしかば 故院は父宮に早く死別したこの前斎宮を後見したいと望んでいた。
さこそは頼みきこえはべらめ 故院の皇女としてつまり自分の妹として。「頼み」にするとは、自分を卑下する言い方。
年ごろの御心ばへ 今までの冷たい仕打ちも、これからはまたちゃんとしてくださりそうに思われる。
殿の人びと、数もなう仕うまつらせたまへり 源氏の二条院で仕えている家司や女房たち。
あはれにうち眺めつつ、御精進にて、御簾下ろしこめて行はせたまふ (以下源氏の行い)しみじみと物思いにふけっては、精進し、御簾を下ろして僧に勤行をおさせになる。/ しんみりと物思いにふけりながら御精進なさり、御簾をおろし引きこもってお勤行(つとめ)なさる。
降り乱れひまなき空に亡き人の天翔るらむ宿ぞ悲しき 雪や霙が絶え間なくひふり乱れる中空に、亡き母君がお邸を離れて天翔っておいでなのだろうと、悲しく存じ上げるのです。(小学館古典セレクション)/ 雪や霙のひまなく降り乱れている中を、なき母君の御霊はお家の上を離れず天がけっていらっしゃるだろうと思われて悲しい。(玉上)
消えがてにふるぞ悲しきかきくらしわが身それとも思ほえぬ世に 雪が消えかねるほど降るように、身も消えかねて生き長らえておりますのだ悲しゅうございます。わが身がわが身であるとも分別のつかぬこの世の中に生きておりまして。(小学館古典セレクション)/ 涙にかきくれ、わが身がわが身で分からないような世の中に、消えもせず日を送っているのが悲しゅうございます。(玉上)/ 消えそうもなく(死にもせず)日を送っているのが悲しゅうございます。涙にくれてわが身がわが身と分からぬ世の中に。(新潮日本古典集成)
下りたまひしほどより 伊勢へ下向された時分から。div>
なほあらず思したりしを 「なほあらず」そのままにしておけない。/ 斎宮が伊勢下向の時、源氏がただならず斎宮に執着したこと。
今は心にかけて、ともかくも聞こえ寄りぬべきぞかし いつも心に置いてどのようにもわ思いをお打ち明け申せるのだとお思いになる一方では。/ 今は心にかけてなんなりとも言い寄ることが出来るのだ、とお思いになるにつけても。
世の中の人も、さやうに思ひ寄りぬべきことなるを、引き違へ、心清くてあつかひきこえむ 世間の人も、そのように(御息所と同じように)邪推しそうなことだから、その予想をひっくり返して、下心なしにお世話申そう。
さうざうしきに、かしづきぐさにこそ 手持ち無沙汰だから大切にお世話申そう。「かしづきぐさ」大切に養育する対象のこと。
主上うえの今すこしもの思し知る齢にならせたまひなば 帝(冷泉院)がもう少し世間のことがお分かりになる歳になられたら。帝は現在十一歳。
離れたてまつらぬわかむどほりなどにて 「わかむどほり」皇族出身。前斎宮と血縁の離れていな皇族たち。
人知れず思ふ方のまじらひをせさせたてまつらむに、人に劣りたまふまじかめり 源氏がひそかに考えている後宮生活をさせるのに、他の方々にひけをとるまい。
限りある道にては、たぐひきこえたまはずなりにしを 「限りある道にては」死出の道には。「たぐひきこえたまはずなりにしを」お供申し上げることができなくなってしまった」
御乳母たちだに、心にまかせたること、引き出だし仕うまつるな たとえ乳母でも、自分勝手なこと(勝手に男を取り持つこと)を、しでかしてはならぬぞ。
斎院など /桐壺院の皇女、女三の宮。母は弘徽殿の大后。朱雀院と同腹。葵の巻で斎院に立ち、賢木の巻で桐壺院崩御により朝顔の斎院と交代した。
ねむごろに院には思しのたまはせけり 朱雀院の懇請は続いているのであった。
人の御ありさまのいとらうたげに、見放たむはまた口惜しうて 前斎宮が実に可愛らしくて、手放すのは残念であるかた。
さも聞き置き、心にも残すまじうこそは、さすがに見おきたまひけめ、と思ひたまふるにも、忍びがたう 「さも聞き置き」私をそのような、後事を託するに足る者とかねて聞き置いて。「心にも残すまじうこそは」心に残すものなく打ち明けようとこそ。「見おきたまいけむ」あらかじめ決めていたのだろう。「忍びがたう」耐えられない。忍びない。
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もよほしばかりの言を、添ふるになしはべらむ 私(源氏)の方は、ただ、わきからお勧めする程度のお口添えをすることにしましょう。「もよほしばかりの言」承諾させるための言。
とざまかうざまに、思ひたまへ残すことなきに、かくまでさばかりの心構へも、まねびはべるに あれこれと、考えつくしたことを、これほどまで詳細に申し上げたのですが。「まねぶ」見聞したことをそのまま人に語り告げる。
大殿の御子 祖父の養女としたのは、太政大臣という臣下最高の位によって格式を与え、後宮での存在を重からしめようとする意図による。」権中納言は太政大臣の御子で、の意と解する説もある。
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公開日2018年//月//日