源氏物語  宿木 注釈

HOME表紙へ 源氏物語 目次 49 宿木
好き賭物のりものはありぬべけれど よい賭物はあるはずなのだが。「賭物」勝負に賭ける品。女二宮のことをほのめかしている。
垣根に匂ふ花ならば心のままに折りて見ましを 世の常のの垣根に美しく咲く花でしたら、思いのままに折り取って賞(め)でましょうものを(新潮)/ 世間普通の家の垣根に咲く花であったなら、自由に折って賞美しましょうものを(玉上)
霜にあへず枯れにし園の菊なれど残りの色はあせずもあるかな 霜に堪えきれず枯れてしまった園の菊であるが、残された花の色は移ろいもしないでいることだ(新潮)/ 霜にたえかねて枯れてしまった園の菊であるが、残っている花は色あせていないよ(玉上)
后腹におはせばしも 女二の宮が明石の中宮腹であればまた別だが。
かの按察使大納言の、紅梅の御方 紅梅の御方→宮御方、蛍宮の姫君。父蛍宮が亡くなり、母の真木柱は紅梅大納言の北の方になり、母とともに紅梅大納言邸に居候。結婚には無関心。/ 宮の御方。蛍兵部卿の宮の遺児で、母真木柱の再婚により按察使の大納言邸の東の対に住む。大納言が紅梅にたくして自分の実の娘中の君のことを匂宮にほのめかしたが、匂宮は宮の御方に関心がある(紅梅)。
女二の宮も、御服果てぬれば 服喪の期間も終わったので。母藤壺の死から一年、翌年の夏である。
やがて跡絶えなましよりは< このまま姿を隠すよりは/ あのまま世に知られず宇治にひっそり暮らしていたのなら、まだしも。
それを、いと深く、いかでさはあらじ、と思ひ入りたまひて、とざまかうざまに、もて離れむことを思して、容貌をも変へてむとしたまひしぞかし それをふかく考えて、どうかそんな目には会うまいと思い詰めて、あれこれと手を尽くして結婚を避けようとお思いになって、尼にでもなってしまおうと考えたのだ。/ それを、たいそう深く、どうしてそんなことはあるまい、と深くお思いになって、あれやこれやと、離れることをお考えになって、出家してしまいたいとなさったのだ。
何かは、かひなきものから、かかるけしきをも見えたてまつらむ いえ何で、今さらどうしようもないのに、こんな自分の悲しみを宮に悟られ申そう。
北の院 二条の院。/二条院は光源氏の生家であり、少青年期をここで過ごし、六条院が出来るまでは(「少女」巻)、この二条院が源氏の住居でありました。源氏の二条院は、桐壺の更衣の母の邸でありました。そこで更衣が生育し、光源氏が伝領。源氏は須磨に流謫する際、二条院や所領などを皆紫の上に贈ります(「須磨」)。紫の上が亡くなった後(「御法」)、この邸は養女の明石中宮に伝わって、その子の匂宮の居邸となり、匂宮は宇治の中の君を当邸の西の対に迎えたのでした(「早蕨」)。源氏一族のヒロインの住居が二条院ですね。紫式部存生の時代には、道長の屋敷の一つでもあったわけです。光源氏のモデルとして式部が誰をイメージしていたかがわかるでしょう。「光源氏の二条院はどこにあったか」(国研web 文庫より)。
御車率て帰りはべりにき 御車。 匂宮を内裏に御車で届けて、空になった車を従者が率いて邸に戻ってきたの意。
今朝の間の色にや賞でむ置く露の消えぬにかかる花と見る見る 今朝の間の色を賞美しようか、置いた露が消えずに残っているわずかの間に咲く花と思いながら(渋谷)/ 今朝の束の間の美しさに心を奪われもしようか、置く露の消えない間だけが命の花と見ながらも。消えやすい露よりも朝顔に心を寄せた、薫らしい歌(新潮)/ ほんの朝の間の一時の美しい色をめでようか、おく露が消えないわずかな間に命がかかっている花と知りながら(玉上)
なほ、世の中にもの思はぬ人は、えあるまじきわざにやあらむ やはり、この世の中に、恋の物思いに悩まない人はあり得ないことなのだろうか。この自分ですら、こうなのだから、という気持ち。
よそへてぞ見るべかりける白露の契りかおきし朝顔の花 あなたを大君と思って私のものにしておくのでした、亡きお方は、あなたを私の妻にとお約束下さったのではなかったでしょうか「白露」は大君をたとえる(新潮)/ その気になって見たらよかったのでした。白露が約束しておいた朝顔の花ですから(玉上)
消えぬまに枯れぬる花のはかなさにおくるる露はなほぞまされる 露の消えぬ間にしおれてしまった朝顔の花(大君)のはかなさよりも、消えおくれる露(あとに残された私)の方がずっと頼りないことです(新潮)/ 消えないうちに枯れてしまう花のはかなさよりも、残っている露の方がもっとはかないことです(玉上)
世を背きたまひし嵯峨の院にも 源氏の営んだ嵯峨野の御堂.大覺寺の南に当たり、紫の上主催の源氏の四十の賀がここで行われた。亡くなる前二三年の頃に出家した。源氏の出家の事情がここではじめて語られる。
宮たちなども方々ものしたまへば 明石の中宮腹の女一の宮(南の町の東の対)と二の宮(南の町の寝殿)(匂宮兵部卿)
世の憂きよりはなど 「山里はもののわびしきことこそあれ、世の憂きよりは住みよかりけり」(『古今集』巻十八雑下。読み人知らず)
侍の別当なる、右京大夫 二条院の侍所(侍の詰所)の主任。右京大夫。右京職の長官。従四位下相当。
思ひ隈なかりけむと 「思い隈なし」思慮分別がない。
大空の月だに宿るわが宿に待つ宵過ぎて見えぬ君かな 大空の月も入ってくるわたしの家に、お待ちする宵が過ぎてもお見えにならないあなたなのですね(玉上)/ 大空の月ですら宿るわが家に、お待ちしていた宵を過ぎてもお見えにならぬあなたです(新潮)
山里の松の蔭にもかくばかり身にしむ秋の風はなかりき 山里の松の木陰の住まいでも、これほど身を切られるようなつらい秋風の吹くことはありませんでした(新潮)/ あの宇治の山里の松のかげにも、こんなにまで身にしみる秋風はなかったことだ(玉上)
人のほど、ささやかにあえかになどはあらで、よきほどになりあひたる心地したまへる 六の君の身体つきは、小柄できゃしゃと言った風ではなく、ほどよく大人びている感じでいて。
いかならむ。ものものしくあざやぎて、心ばへもたをやかなる方はなく、ものほこりかになどやあらむ。さらばこそ、うたてあるべけれ どうだろう、しっかり者で気が強く、気立てもものやさしいところがなく、こわいものし知らずといった人柄だろうか、もしそうなら困ったものだな。
夜の間の心変はりこそ、のたまふにつけて、推し量られはべりぬれ 「夜のほどにおぼし変りたるか」をそのまま切り返して、あなたのお心変りこそ、と言った。
海人の刈るめづらしき玉藻にかづき埋もれたるを< すばらしい衣装の数々を肩に被いて。夕霧邸で与えられた使者としての禄。
継母の宮の御手なめり 六の君の養母落葉の宮。
女郎花しをれぞまさる朝露のいかに置きける名残なるらむ 女君はほとしおうち萎れております。どうしたお扱いゆえでございましょう(新潮)/ 女郎花が前より一層萎れています、朝霧がどのようにおいていったせいでしょうか(玉上)/ 女郎花が一段と萎れています朝露がどのように置いていったせいなのでしょうか(渋谷)
また二つとなくて、さるべきものに思ひならひたるただ人の仲こそ、かやうなることの恨めしさなども、見る人苦しくはあれ、思へばこれはいと難し。 ほかに二人と妻はいなくて、夫婦とはそういうものだ思っている、普通の身分の者の夫婦仲ならこのような立場に置かれた妻の恨めしい気持ちなども、はたの者は同情もしようが、考えてみればこれはとても難しいことだ。
つひにかかるべき御ことなり どうせこうなるはずの、匂宮のお立場なのだ。
筋ことに世人思ひきこえたれば、幾人も幾人も得たまはむことも、もどきあるまじければ、人も、この御方いとほしなども思ひたらぬなるべし。かばかりものものしくかしづき据ゑたまひて、心苦しき方、おろかならず思したるをぞ、幸ひおはしける 特別のお立場のお方だと、世間の人もお思いしているので、妻を幾人持っても、非難されるはずもないことだから、人も中君をお気の毒と思っていないだろう。これほど二条院に大切に住まわせておいたわしくお思いになること並々でなくご寵愛なのを、幸運な方と世間は思うだろう。
おほかたに聞かましものをひぐらしの声恨めしき秋の暮かな あのまま宇治の山荘にいたら何気なく聞き過ごしたであろうに、ひぐらしの声も悲しく聞かれる秋の暮れであることよ(新潮)/ あのまま宇治にいたら蜩の声も一通りのさびしさで聞くだろうに。今はその声が恨めしく思われる秋の暮れだ(玉上)
はじめよりもの思はせたまひしありさまなどを思ひ出づるも 匂宮が自分には最初からつらい思いをさせなさったことなど思い出すのも。匂宮は結婚第三夜までは宇治に通ったが、その後、母中宮に禁足を命じられて通いが途絶えた。
その日は 結婚第三夜の日。
主人の頭中将 主人役の頭中将。藤典侍腹の四男らしい。六の君と同腹の兄妹。
按察使の君 女三の宮に仕える女房の一人。ここだけに見える人物。呼び名からすれば上臈の女房。
うち渡し世に許しなき関川をみなれそめけむ名こそ惜しけれ 世間一般からとても認められませぬ身分の違いのあなた様との仲なのに、こんな冷たいおあしらいでは、なまなかお逢いするようになりました私への世間の噂がつろうございます(新潮)/ いったいに世間から認められない仲なのにお逢いし続けているという評判が立つのが辛うございます(渋谷)/ いったいに世間から認められない逢瀬ですのに、お会いしつけているという評判が立ってはつらいことです(玉上)
深からず上は見ゆれど関川の下の通ひは絶ゆるものかは 表面は深くないように見えるけれど、心の底に秘めたる愛情はどうして絶えることがありましょう(玉上)/ 深くもないように表面は見えようとも、内心はひそかにいつまでもあなた心をよせています(新潮)/ 深くないように表面は見えますが心の底では愛情の絶えることはありません(渋谷)
三条殿腹の大君 雲井の雁の長女。
やがて同じ南の町に、年ごろありしやうにおはしまして  そのまま六条の院の南の町に。匂宮が、女一の宮とともに紫の上の手許で育った所である。
さてあらましを このお方と一緒になっていたらよかった、というくらいのことはお思いになっていられるかもしれない(新潮)/ この人と一緒になればよかった(渋谷)/ この人といっしょになればよかったくらいはお思いになるのであろうか(玉上)/
二条院 源氏の二条院は、桐壺の更衣の母の邸でありました。そこで更衣が生育し、光源氏が伝領。源氏は須磨に流謫する際、二条院や所領などを皆紫の上に贈ります(「須磨」)。紫の上が亡くなった後(「御法」)、この邸は養女の明石中宮に伝わって、その子の匂宮の居邸となり、匂宮は宇治の中の君を当邸の西の対に迎えたのでした(「早蕨」)。源氏一族のヒロインの住居が二条院なのですね。光源氏の「二条院」はどこにあったか『源氏物語の謎』増淵勝一 著 - 国研ウェッブ文庫
山里にあからさまに渡したまへとおぼしく、いとねむごろに思ひてのたまふ 宇治にほんのちょっとお連れ頂きたいというお積りらしく、一途に思いつめてお頼みになる。「あからさま」②一時的に、ちょっと。しばらく。
かひなきものから、人目のあいなきを思へば、よろづに思ひ返して出でたまひぬ このまま帰るのは不本意なことではあるが、人目につく不都合さを思うので。
いと恥づかしと思したりつる腰のしるしに 消え入りそうにお思いだった懐妊のしるしの腹帯に気づいたので。衣装のふくらみに薫の手が触れたのであろう(新潮)/ 恥ずかしいと思っていらっしゃった腰の帯を見て、大部分それが気の毒に思われて遠慮してしまったのだな(玉上)/ とても恥ずかしいとお思いでいらした腰の帯を見て、大部分はお気の毒に思われてやめてしまったなあ(渋谷)
さらに見ではえあるまじくおぼえたまふも ぜひにも我が物にしなくてはいられないようなお気持ちなのも。
いたづらに分けつる道の露しげみ昔おぼゆる秋の空かな むなしく踏み分けて帰って来ました道の草に露がしとどに置いていましたので、昔のことが思われる秋の空です(新潮)/ 何のかいもなく歩きました道の露は多く、かっての夜が思い出される秋の空ですこと(玉上)
さばかりあさましくわりなしとは思ひたまへりつるものから、ひたぶるにいぶせくなどはあらで、いとらうらうじく恥づかしげなるけしきも添ひて、さすがになつかしく言ひこしらへなどして あれほど気が動転してどうしようと困り抜いていらっしゃるふうではあったものの、ただもう無言で押し通すといったことではなくて、いかにも聡明なこちらが気がひけるほどの品位も身にそなわって、お困りになりながらもやさしく言いなだめるなどして・・・・昔に較べると格段に立派になられた。(新潮)/ あんなにまで、あきれるほどひどいとはお思いになっていたものの、一途に困るといったふうでもなくて、とても立派にこちらが恥ずかしくなるほどの様子も加わって、それでいてやさしく言いつくろったりして、・・・・・昔に比べると立派になられた(玉上)
ただ消えせぬほどは、あるにまかせて、おいらかならむ」と思ひ果てて ただ死なないでいるうちは成り行きにまかせて、素直に宮をお迎えしよう、と心に決めて。
かかる方ざまにては、あれをもあるまじきことと思ふにぞ こうした男女の情がかまっていては、昨夜の薫とのこともとんでもない間違いだったと思うと。
かばかりにては、残りありてしもあらじ これほどなのなら(こんなに移り香が深くしみ込んでいるのでは、無事にすんだはずもないでしょう。何もかも許してしまったのだろう、の意。
思ひきこゆるさまことなるものを、我こそ先になど、かやうにうち背く際はことにこそあれ。また御心おきたまふばかりのほどやは経ぬる。思ひの外に憂かりける御心かな (匂宮)大切にお思い申している気持ちは格別ですのに、捨てられるのなら自分の方が先になどと、こんなふうに夫を裏切るのは、身分の低い女のすることです。「人よりは我こそ先に忘れなめつれなきをしも何か頼まむ」(『古今六帖』)
また人に馴れける袖の移り香をわが身にしめて恨みつるかな ほかの人に馴れ親しんだ袖の移り香を、身にしみて恨みます(新潮)/ あなたが他の人に親しくなって袖に移した香を、わたしは自分の身にしませて、心からあなたを恨んでいるのだ(玉上)
みなれぬる中の衣と頼めしをかばかりにてやかけ離れなむ 今まで馴れ親しんだ夫婦の仲とお頼りしていましたのに、こんな映り香くらいでこれきりになってしまうのでしょうか(新潮) / 馴れ親しんだ夫婦の間柄とお頼りしてきましたのに、こんな香くらいで、すっかり離れてしまうものでしょうか(玉上)
かかればぞかし こんなふうだから薫も心惹かれるのだ。/こんなふうだから、薫が愛するのだ。/
うしろやすくと思ひそめてしあたりのことを、かくは思ふべしや 何ごともなくお幸せにとはじめから思っていた中の君のことを、こんなふうに思っていいものか。匂宮と末長くと念じて今までお世話してきたのに、の意。
結びける契りことなる下紐をただ一筋に恨みやはする 他のお方と契りを結んでしまわれたあなたなのですから、一途にお恨み申すわけにもいかないことです(新潮)/ 結んだ契りの相手が違うので今さらどうして一途に恨んだりしようか(渋谷)/ 他の人と結ばれたあなたを今さらどうして一途に恨みなどしましょうか(玉上)
大輔たいふの君 中の君の女房。
疎からむあたりには、見苦しくくだくだしかりぬべき心しらひのさまも、あなづるとはなけれど、「何かは、ことことしくしたて顔ならむも、なかなかおぼえなく見とがむる人やあらむ」と、思すなりけり 先方が親しくない間柄だったら、立ち入り過ぎたあまりこまごましていると思われかねない心遣いぶりも、軽く見るつもりはないのだけれど、いや何、大げさに特別整えたふうなのも、かえって今までにないことで、不審に思う者がいるかもしれない、とのお考えからだった(新潮)/ 親しくない相手だったら、見苦しくごたごたするにちがいない心配りの様子も、軽蔑するというのではないが、「どうして、大げさにいかにも目につくようなのも、かえって疑う人があろうか」と、お思いになるのであった(渋谷)/ 親しくない間柄では見苦しくごたごたしているに違いない心づくしの贈り物も、中の君を侮っているのではないが、何の、仰々しくわざと調えたような顔をするのも、かえって意外に思い不審の感じる人もあるかもしれない、とお思いになってのことだった(玉上)
疎きものからおろかならず思ひそめきこえはべりしひとふしに、かの本意の聖心は、さすがに違ひやしにけむ 親しくはしていただけませんでしたが、ひとかたならぬ深い思いをおかけ申すようになりましたそのことがもとで。大君のこと。/ 「疎きものから」疎遠なままで、関係を持たずに終わってしまったが(玉上)
さま異なる頼もし人にて 世間には例のないような頼りにするお方として。/ 普通でない信頼できる方として
思うたまへわびにてはべり。音無の里求めまほしきを、かの山里のわたりに、わざと寺などはなくとも、昔おぼゆる人形をも作り、絵にも描きとりて、行なひはべらむとなむ、思うたまへなりにたる ほとほと困り果ててしまいました。音なしの里を探し求めたい思いですが、宇治の山里のあたりに、大げさに寺と言う程でなくとも、亡き人にかたどった像でも作り、絵に写したりして、後世を弔いたいものと、思うようになりました。「音無しの里」「恋ひわびぬ音をだに泣かむ声たてていづれなるらむ音無しの里」(『古今六帖』)通釈:恋しさに耐え切れなくなった。せめて声あげて泣こう。どこにあるのだろうか、音が聞こえないという音無の里は。 中世読み人知らず歌3和歌
おりたちて練じたる心ならねばにや 経験を積んで恋の道に手馴れているといった人柄でないせいか。
宮よりも 匂宮の夫人。中の君のこと。
今すこし今めかしきものから、心許さざらむ人のためには、はしたなくもてなしたまひつべくこそものしたまふめるを もっとあけひろげな性格ではあるものの、気を許せない相手に対しては取りつく島もないようなおあしらいをなさりかねないところがおありのようだが。
兵部卿宮の北の方 兵部卿宮(匂宮)の北の方(中君)匂宮の北の方、中君のこと。
宿り木と思ひ出でずは木のもとの旅寝もいかにさびしからまし 前にここに泊まったことがあると思い出さなかったら、この深山木のもとの旅寝もどんなにさびし かったことだろう。巻名出所の歌。「宿木やどりき」はここでは蔦のこと。「宿りき」をかける。(新潮)/ むかし宿ったことがあると思い出さないならば、この深山木のもとの旅寝もどんなに寂しいことだろう(玉上)/ 宿木の昔泊まった家と思い出さなかったら木の下の旅寝もどんなにか寂しかったことでしょう(渋谷)
荒れ果つる朽木のもとを宿りきと 思ひおきけるほどの悲しさ 荒れ果てた朽木のもとを、前に泊まったことがあると覚えていて下さるにつけても悲しゅうございます-亡き姫君のことが思われまして。「朽木」は尼になってこの山里に隠れ住む自分をいう。(新潮)/ 荒れ果てた朽木のもとを昔の泊まった家と思っていてくださるのが悲しいことです(渋谷)
南の宮より 薫の邸。三条の宮。薫の側から二条の院は「北の院」と呼ばれていた。
かしこは、げにさやにてこそよく、と思ひたまへしを、ことさらにまた巌の中求めむよりは、荒らし果つまじく思ひはべるを、いかにもさるべきさまになさせたまはば、おろかならずなむ 寝殿は、仰せのように、お寺にするのが一番よいと存じますが、わざわざ、ほかに山奥の隠れ処を探したりいたしますよりは、あそこを荒らしてしまわないようにと思っておりますので、どのようにでも適当にご処置いただけますれば、ありがたく存じます。/ あちらでは、おっしゃるとおりにするのがよい、と存じておりましたが、特別にまた山奥に住処を求めるよりは、荒らしきってしまいたくなく思っておりますので、どのようにでも適当な状態になさってくれたら、ありがたく存じます(渋谷)
穂に出でぬもの思ふらし篠薄招く袂の露しげくして 表には現わさない何か悩みでもおありのようですね。露にうちしおれて人恋し気な薄の風情さながらですよ(新潮)/ 外に出さない物思いをしている様だね篠薄は、お招きがしきりで(玉上)/ あなたは、穂の出ていない「しのすすき」のように、表には出さないけれど薫のことをひそかに慕い、まるで女性とは思えぬほど忍ぶ恋にひどく苦しんでいるようですね。あなたの方から薫をたもとで招いたのでしょうが、そのたもとが、「しのすすき」に露がびっしり置くように、涙でしとどに濡れていますから。・・・皮肉をたっぷり込めてこう歌ったのだ耳鳴り・脳鳴り・頭鳴り治療の『夜明け前』by sofashiroihanaのブログから。
秋果つる野辺のけしきも篠薄ほのめく風につけてこそ知れ もうわたしをすっかり嫌いにおなりになったあなた様のお気気持ちは、それとないそぶりでわたしには分かります。「秋果つる」に「飽き果つる」を掛けている。(新潮)/ 秋が終わる野原の様子もしのすすきをすこししかおとずれない風につけて知ることです(玉上)「秋はつる(秋がおわる)」は「飽きはつる(すっかり嫌になった)」をかけている。/ 秋が終わる野辺の景色も篠薄がわずかに揺れている風によって知られます(渋谷)
このころ、見るわたり 近頃わたしの行くあたりでは、六の君のこと。「見る」は逢うという程の意。
后の宮よりも 母の明石の中宮。匂宮の第一子の出産である。
産養うぶやしない 出産後、三夜、五夜、七夜、九夜に近親、縁者から産婦の食事や祝いの品を贈り、産婦側で宴を催す。屯食とんじき、強飯(こわいい)を卵型に握り固めたもの、下々への御馳走。碁手ごての銭、碁の賭け物にする銭、椀飯わんばん、 椀にもった飯に料理を添えたもの。子持こもちの御前、産婦の召し上がりもの。衝重ついがさね、折敷に台を取り付けたもの。食事を載せる。御衣五重襲ぞいつえがさね、赤子のお召し物、五枚一揃え、御襁褓むつき小児用の衾(ふすま、掛け布団)
藤壺の宮の御裳着の事ありて 女二の宮。母女御の御殿だった藤壺がその居所。
焼けて後 「椎本」に「その年、三条の宮焼けて」とあり、「早蕨」によると、翌年の二月に新築なった三条の宮に移った。
故朱雀院の 亡き朱雀院。帝と女三の宮は、いずれも朱雀院の御子、異腹の兄妹の間柄。
さらなることなれば 父母ともにお美しい方だから。(匂宮と中の君の子ゆえ)いうまでもないことだから、・・・可愛らしくないはずがない。
言ふかひなくなりたまひにし人の、世の常のありさまにて、かやうならむ人をもとどめ置きたまへらましかば はかなく亡くなってしまった大君が、普通に自分と結婚していて、こんなかわいらしい子供でも残しておかれたのであったら、とばかり思われて
しか悪ろびかたほならむ人を  そんなにみっともないまともでない人を(帝が特別に選んで無理にも婿になさって親しくお扱になるはずもないでしょうに)
まことしき方ざまの御心おきてなどこそは、めやすくものしたまひけめ ちゃんとした方面についてのお考えなどは、しっかりしているのだろう、と推察しなくてはしけないのでしょう。
粉熟ふずく 五穀を五色にかたどりて粉にして餅になしてゆでて、甘葛(あまずら)をかけてこね合わせて、細き竹の筒をしてその中にかたく押し入れてしばし置きて、つき出でて、その姿双六(すごろく)の調度のごとくまなぶなり(『花鳥余情』)
三条の宮 三条の宮、母女三宮と薫が住んでいる邸。三条の宮は、夏になったら女二宮のいる宮中からは方違えになる。薫の住まい
按察使大納言 。按察使を兼ねる大納言。大納言は正三位相当。按察使は、地方官を監督する役で、この時代、陸奥と出羽に置かれた。故致仕の大臣(昔の頭の中将)の次男で、長子柏木の弟。紅梅大納言。
すべらきのかざしに折ると藤の花及ばぬ枝に袖かけてけり 天下をしろしめす帝のかざしを折ろうと、藤の花の手の届かぬ枝に袖をかけました(新潮)/ 陛下のおんためにかざしを折るつもりで藤の花の枝にお及びもつかないわたしの袖をかけてしまいました(玉上)/ 帝の插頭に折ろうとして藤の花をわたしの及ばない袖にかけてしまいました(渋谷)
よろづ世をかけて匂はむ花なれば今日をも飽かぬ色とこそ見れ 万世の末までも美しく咲き匂う花なのだから、今日も見飽きぬ美しい色と見ることだ。薫の将来を祝福する(新潮)/ いつまでも変わらずに匂う花であるから、今日も見あかぬ色として見るのです(玉上)/ 万世を変わらず咲き匂う花であるから今日も見飽きない花の色として見ます(渋谷)
君がため折れるかざしは紫の雲に劣らぬ花のけしきか 陛下のおために折ったかざし花は、極楽浄土の紫雲にもまけない様子です(玉上)帝の御ために手折ったかざしの藤の花は、紫の雲にも劣らぬ美しさであることよ(新潮) 
世の常の色とも見えず雲居までたち昇りたる藤波の花< 世間普通の色とも見えません。宮中にまで立ちのぼってきた藤の花は(玉上)ありふれた色とも見えません。宮中にまで生いのぼった藤の花は(新潮)/ 世間一般の花の色とも見えません宮中まで立ち上った藤の花は(渋谷)
その夜ふさりなむ、宮まかでさせたてまつりたまひける。 翌日、夜に入って、薫は女二の宮を退出させ申し上げなさった。(新潮)/その夜に、宮をご退出させなさった。(渋谷)/ その夜、女二の宮を宮中から退出おさせ申し上げなさった(玉上)
この寝殿はまだあらはにて もとの寝殿を山寺に移したあとに建てた新しい寝殿。
鈍色青色にびいろあおにびいろ 鈍色(薄墨色)や青色(あおにびいろ、鈍色に青花を加えた色)尼の着用の料である。前に薫から援助のあったことが見える。
貌鳥かおどりの声も聞きしにかよふやと茂みを分けて今日ぞ尋ぬる 美しい大君に似た人の、声も昔聞いた声に似ているかと、草の茂みを分けて今日ここまでやってきたのです。「貌鳥かおどり」は万葉集に「容鳥」「貌鳥」の表記が見え、「容鳥の間なくしば鳴く」と詠まれる。もとは鳴き声から来た名で、かっこうの別名とするのが有力であるが、この歌も「顔」に思いを寄せて「声も」と詠んでいるいるように、平安時代には字面から美しい鳥とする理解が生じたようである。「かほどりの間なくしば鳴く春の野の草の根しげき恋もするかな(『万葉集』巻十)「夕されば野辺に鳴くてふかほどりの顔に見えつつ忘られなくに」(『古今六帖』六、かほどり)(新潮)/ かお鳥の声も昔聞いた声に似ているかしらと草の茂みを分け入って今日尋ねてきたのだ(渋谷)/ かお鳥の声もかって聞いたのによく似通っているかと、草の茂みを分けて今日こそ尋ねて来たのです(玉上)
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公開日2021年1月19日