イエス伝

27 律法のうち第一のものは何か

次に律法学者が、イエスを試そうとして質問する。というよりも、この律法学者はイエスの言うことは本物だとすでに 理解し、日頃自分が学び考えていることを確認しようとしたと思われます。あえて言えばヒレル派の律法学者であったろう。 メシアといわれているこの方は、律法の精神を本当にどこまで深く知っているのだろうか。

1228彼らの議論を聞いていた一人の 律法学者が進み出、イエスが立派にお答えになったのを見て、尋ねた。「あらゆる掟のうちで、 どれが第一でしょうか」29イエスはお答えになった。「第一の掟は、これである。 『イスラエルよ、聞け、わたしたちの神である主は、唯一の主である。30心を尽くし、 精神を尽くし、思いを尽くし、力を尽くして、あなたの神である主を愛しなさい』31 第二の掟は、これである。『隣人を自分のように愛しなさい』この二つにまさる掟は ほかにない」32律法学者はイエスに言った。「先生、おっしゃるとおりです。 『神は唯一である。ほかに神はない』とおっしゃったのは、本当です。33そして、 『心を尽くし、知恵を尽くし、力を尽くして神を愛し、また隣人を自分のように愛する』ということは、 どんな焼き尽くす献げ物やいけにえよりも優れています」 34イエスは 律法学者が適切な答えをしたのを見て、「あなたは、神の国から遠くない」と言われた。もはや、 あえて質問する者はなかった。(『マルコ伝』12:28-12:34)

イエスから完璧な答えが返ってきた。もうあえてイエスを試そう、言質をとろうとするものはいなかった。 イエスはアラム語の聖書を読んだのであろうか、 あるいは会堂で朗誦されるのを聞いて学んだのであろうか。イエスは厖大な律法の教えの中から、 真のエッセンスをいとも簡単に取り出して示したのである。イエスがラビたちのもとで律法を学んだことは、おそらくなかった であろう。ナザレの田舎で、どのようにして聖書を学んだのだろうか。しかし、これらがイエス自ら学んだものだとしても、 この律法理解はもちろんイエスの独創ではない。すでにモーセの律法の中に述べられているのである ✽1。これがイエスがユダヤの伝統のなかで育った、真のユダヤ人だという ことである。

もう敢えてイエスに質問する者がいなくなると、イエスはファリサイ派や律法学者たちを、 激しく非難し始めた。彼らとやり取りしているうちに、腹の虫がおさまらなくなったのだろうか。 ありとあらゆる罵詈雑言を浴びせるのである。曰く、偽善者、ものの見えない案内人、愚かでものの 見えない者たち、蛇よ、蝮の子らよ、預言者を殺した者たちの子孫、等々と口を極めて罵っている。 彼らを白く塗った墓に喩える。「律法学者たちとファリサイ派の人々、あなたたち偽善者は不幸だ。 白く塗った墓に似ているからだ。外側は美しく見えるが、内側は死者の骨やあらゆる汚れで満ちている」 ✽2。実に強烈な批判である。 口先や形式だけは律法を守っているように見せかけながら、 実際は見栄えを気にしたり自分たちの権益を守ることに得々としている体制派の祭司たちに我慢がならなかったようである。

一行が神殿を出ると、弟子の一人が神殿の建物のすばらしさ、積んである石の見事さを賞賛した。 神殿はヘロデ大王によって紀元前二十年に大規模な改築に着手しており、 すでに四十六年が経ってまだ工事途上であった。イエスは「これらの大きな建物を見ているのか。一つの石もここで崩されずに 他の石の上に残ることはない。」 ✽3と暗示的なことを言う。神殿の完全な崩壊を予告しているのである。 これは世の終わりの予兆である。この話は、夕方になりベタニアに帰ってから詳しく語られるのである。

こうして、三日目の夕刻になり、イエスの一行はベタニアへ帰って行った。


✽1「あなたは心を尽くし、魂を尽くし、力を尽くして、あなたの神、 主を愛しなさい。」(『申命記』6:5)。「復讐してはならない。民の人々に恨みを抱いてはならない。 自分自身を愛するように隣人を愛しなさい。わたしは主である。」(『レビ記 』19:18)。
✽2『マタイ伝』23:27-28。
✽3『マルコ伝』13:2。
頁をめくる
次頁
頁をめくる
前頁

公開日2009年10月20日