イエス伝

29 最後の日々

エルサレムに来て四日目であった。過越祭と除酵祭の二日前である。

141 さて、過越祭と除酵祭の二日前になった。祭司長たちや律法学者たちは、なんとか計略を用いて イエスを捕らえて殺そうと考えていた。 2 彼らは、「民衆が騒ぎだすといけないから、祭りの間はやめておこう」と言っていた。 (『マルコ伝』14:1-2)

祭りの間は、民衆の気持ちが高揚し、これまでも幾度も騒動が持ち上がっていたので、不測の事態に備えてローマ兵も 増派して待機していた。こうしてイエスの逮捕と処刑は、祭りの間は避けるられることになったが、となれば祭司や律法学者たち にとっては、祭りが始まるまであと二日しかない。祭りが終わるとイエスはガリラヤへ帰ってしまうだろう。そのようなことは、 今日のわれわれにとってはまったくの想定外であろうが、当時の体制派にとってはありうることであった。

この日はイエスは ベタニアの重い皮膚病のシモンの家にいて、一人の女が高価なナルドの香油持ってきて、イエスの頭に注ぎかけた出来事が語られている。 マタイでも同様にイエスの頭に香油を注いでいる。ヨハネでは、女はイエスの足に注いで髪の毛でイエスの足を ぬぐったとある✽1。 ルカにはこの出来事は語られていない。それを見た弟子の一人は、 三百デナリオン✽2以上もする高価な香油を 売れば貧しい人々に施すことが出来るのにと憤慨する。ということはこの時になっても、イエスの死が近いということを、 この無名の女ほどにも認識していなかったということになります。

この日はイエスは一日エルサレムに行かなかったのではないかと思われます。というのも、弟子の一人ユダが単独行動を しているからです。ユダはイエスを裏切る決心をして、この日に祭司たちのところに行っている。祭司たちがイエスを殺す方法について 謀議していたところに、ユダが出頭してきたようなタイミングである。彼らは大いに喜び、銀貨三十枚を与える約束をして、イ エスを捕える段取りの打ち合わせがなされた。おそらくイエスの逮捕は、出来るだけ民衆に知られない時と場所を選ばなければ ならなかったろう。ユダはそれをよく知っていた。このことによって、ユダは史上最悪の裏切り者になってしまったのである。

最後の時になって、イエスの身内から裏切る者がでたというのは衝撃的である。ユダは何故イエスを裏切ったのだろうか。 マタイは金目当てにユダがイエスを売ったように書いているが、マルコやルカはそのようには書いていないし、ヨハネはこの辺り の場面は書いていない。イエスの死は、イエスにとっては予定されたことである。ユダの裏切りが有る無しに関わらず、イエスは 死を免れなかったであろうし、それがイエスの最後の使命であった。どうしてあだ花のようなユダの裏切りが起きたのだろう。 ・・・

こうして四日目が過ぎていった。


✽1『ヨハネ伝』12:3。
✽2 当時の通貨の価値では、一イデナリオンは一日分の労賃に 相当するので、三百デナリオンはおよそ一年分の稼ぎにあたると推定できます。またナルドの香油とは、ネパール・ヒマラヤに 生える甘松という顕花植物の根から精製して採集され、当時のギリシャ・ローマ・エジプトの貴族階級やユダヤの富裕層にも珍重された 最高級の香料である。おそらくインドから輸入されていた。 旧約にも出てくる香油である。
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公開日2009年10月22日