イエス伝

32 裁判

祭司長たちの遣わした群集はイエスを捕えると、 大祭司カイアファ✽1の屋敷に連れて行った。 この時、時間はおそらく夜中の3時頃であったろうと思われます。ペトロは、こっそり大祭司の中庭にもぐりこんで、 ことの成り行きを見守っていたのだが、裁判の進行中に鶏が二度 鳴くのを聞いているからである。まもなく祭司たちや律法学者や長老たちがそこに集まって来た。大祭司の屋敷の中庭で、 緊急の最高法院が開かれた。夜中に逮捕して暗いうちにすぐ裁判が始まるとは、異様な事態である、そして朝になって正式な審議が されたことになっている。中庭には暖をとる火がたかれていた。明日は祭りの初日であり、また安息日でもある ので裁判をすることは出来ない。今日中に決着をつけなければならなかった。イエスを告発する証人たちが次々と呼び出され証言するが、 それぞれの証言が一致せず、立証できない。とにかく急いで、どたばたで証人たちをかき集めたようだ。 それぞれの証言にたいして、イエスは黙っていて、何も反論しない。業を煮やした大祭司は苛立って叫ぶ。

2662そこで、大祭司は立ち上がり、 イエスに言った。「何も答えないのか、この者たちがお前に不利な証言をしているが、どうなのか」 63イエスは黙り続けておられた。大祭司は言った。「生ける神に誓って我々に答えよ。 お前は神の子、メシアなのか」64イエスは言われた。「それは、あなたが言ったことです。 しかし、わたしは言っておく。あなたたちはやがて、/人の子が全能の神の右に座り、/天の雲に乗って来るのを見る」 65そこで、大祭司は服を引き裂きながら言った。「神を冒涜した。これでもまだ証人が必要だろうか。 諸君は今、冒涜の言葉を聞いた。66どう思うか」人々は、「死刑にすべきだ」と答えた。 (『マタイ伝』26:62-66)

実はこの審問の実際の様子は、福音書以外には伝えているのものがないのであるが、福音書からはよく分からないのである。 というのも、大祭司カイアファの中庭に忍び込んだのはペトロ であった✽2。 「ペトロは遠く離れてイエスに従い、大祭司の屋敷の中庭まで入って、下役たちと一緒に座って、 火にあたっていた 」✽3のであるが、 最高法院には大勢の祭司や長老や律法学者たちが集まっていたのである。サンヘドリンともいわれる最高法院は、 正式には七十一人の議員で開かれるのであるが、小ヘドリンでは二十三人で死刑の裁判ができるとされている。 ペトロの立っていた場所は、同じ中庭の内とはいえ、イエスが立っていた裁判の場所から離れていたであろうし、また裁判中に、 大祭司の女中やそばに居た者たちに三度も「あなたもガリラヤのイエスと一緒にいた」疑われているのである。 三度目はペトロのガリラヤ方言まで指摘されて、イエスの一味だと疑われている。それに対して、 ペトロは「そんな人は知らない」と三度とも否定するのであるが、自分がいつイエスの仲間として捕まるか、 気が気でなかったろうと思われます。すぐ逃げられるように出口の方に寄っていたかも知れません。 イエスと大祭司のやり取りが、聞こえていたかどうかはなはだ疑わしいのです。 そのときペトロは、鶏が二度鳴く前に三度わたしを知らないと言うだろう、とのイエスの言葉を思い出して、 激しく泣いたと書かれている。

イエスは、裁判中おおむね沈黙で通したと思われます。イエスは、仕組まれた裁判の場で、弁明するつもりもその必要もなかったから、 まともに答えることはなかったと思われます。福音書のなかでは、引用した章句のように、「お前は神の子、メシアなのか」と聞かれて、 「それは、あなたが言ったことです」応答し、また同じ質問に「わたしがそうだとは、あなたたちが 言っている」✽4と言葉を返している。 これが真相だったろうと思います。大祭司は、イエスがメシアかどうか質問しますが、それに対して、マルコでは、 沈黙を通してから、最後にそうだと答えますが、他の福音書ではすべて答えていません。 またローマ総督ピラトは、ユダヤの王かどうか質問しますが、どの福音書でも、イエスはそうだと答えていません。 イエスは実に論理的で言葉巧みであったから、このような応答は大いにありえます。引用した「人の子」発言も福音書記者の 創作のように思えます。結局マルコの一箇所のみ、イエスは自分はメシアだと答えたことになっています。

この最高法院の裁判のやり方は、ユダヤの伝統的裁判手続きにそったものではありません。まず裁判は神殿で行われることに なっていますが、大祭司カイアファの邸宅の中庭で行われています。死刑の裁判は、昼間行わなければなりませんが、 夜間あるいは早朝行われています。その判決は即日ではなく翌日にしなければならないが、その場で判決がなされています。 このように、イエスを裁いた最高法院のやり方は、伝統的ユダヤの裁判手続きをへたものではなく、いわば大祭司カイアファ はその権力を用いて自分の流儀を通したものといえよう。最高法院のなかでそれに異議を唱える者はなかったのは、カイアファ の影響力が大きかったことを物語っています。 裁判のなかで大祭司が「服を引く裂く」のは、裁判中に神を冒涜した言葉を聞いたときのユダヤの伝統的所作であり、 カイアファはそれを示すために演技したのである。「あなたがたは何も分かっていない。一人の人間が民の代わりに死に、 国民全体が滅びないで済む方が、あなたがたに好都合だとは考えないのか。」 ✽5とカイアファの言ったとおり 極めて政治的判断にもとづいて仕組まれたものです。ちなみにユダヤの伝統的死刑は、石打ちの刑であった。

こうして、夜が明けた。最高法院でイエスの死を議決した祭司たちは、イエスをローマ皇帝から派遣されていた 総督ピラト✽6のところに連れて行った。当時、ローマ 総督の管轄下にあったユダヤでは、法廷で死刑にする権限がなかったのである。ピラトは、 ユダヤ人の宗教的感情を逆なですることを何度かやっており、 ユダヤ人からは警戒と敵意をもって見られていて、決して賢い統治者とはいえないが、イエスの裁判のこの場面はなかなか 立派に振舞うのである。

2711さて、イエスは総督の前に立たれた。 総督がイエスに、「お前がユダヤ人の王なのか」と尋問すると、イエスは、「それは、あなたが言っていることです」 と言われた。12祭司長たちや長老たちから訴えられている間、 これには何もお答えにならなかった。13するとピラトは、 「あのようにお前に不利な証言をしているのに、聞こえないのか」と言った。14それでも、 どんな訴えにもお答えにならなかったので、総督は非常に不思議に思った。15ところで、 祭りの度ごとに、総督は民衆の希望する囚人を一人釈放することにしていた。16そのころ、 バラバ・イエスという評判の囚人がいた。17ピラトは、人々が集まって来たときに言った。 「どちらを釈放してほしいのか。バラバ・イエスか。それともメシアといわれるイエスか」18人々が イエスを引き渡したのは、ねたみのためだと分かっていたからである。19一方、 ピラトが裁判の席に着いているときに、妻から伝言があった。「あの正しい人に関係しないでください。 その人のことで、わたしは昨夜、夢で随分苦しめられました」20しかし、 祭司長たちや長老たちは、バラバを釈放して、イエスを死刑に処してもらうようにと 群衆を説得した。21そこで、総督が、「二人のうち、どちらを釈放してほしいのか」 と言うと、人々は、「バラバを」と言った。22ピラトが、「では、メシアといわれている イエスの方は、どうしたらよいか」と言うと、皆は、「十字架につけろ」と言った。23ピラトは、 「いったいどんな悪事を働いたというのか」と言ったが、群衆はますます激しく、「十字架につけろ」 と叫び続けた。24ピラトは、それ以上言っても無駄なばかりか、 かえって騒動が起こりそうなのを見て、水を持って来させ、群衆の前で手を洗って言った。 「この人の血について、わたしには責任がない。お前たちの問題だ」25民はこぞって答えた。 「その血の責任は、我々と子孫にある」(『マタイ伝』27:11-25)

水を持ってこさせ、群集の前で手を洗い、「この人の血について、わたしには責任がない。お前たちの問題だ」 とやるところなど、ピラトは堂々たるものである。裁判のときから、群集はかってイエスに集まってきた 群衆とはまるで違ってしまった。群集は口々にイエスを十字架にかけろとわめいていた。 このように誰も彼もが突然手のひらを返したように、イエスを殺せとわめいている様子は、戯画的である。 このような中で、「その血の責任は、我々と子孫にある」 ✽7と群集は口走しり叫んだのである。 これらの群集は、祭司たちに金で駆り集められた連中で、深夜から待機していて役割を演じているようである。 こうしてイエスの死の責任を「我々と子孫に」引き受けたことは、この後2000年にわたって、キリスト教徒たちが ユダヤ人を差別し迫害する格好の口実となった。実に愚かなことである。

最高法院が挙げたイエスの告発の罪状は、神にたいする冒涜(ぼうとく)罪である。これはユダヤでは死罪に あたるのである✽8。 イエスは、メシアまたは神の子を僭称したというものである。ローマ人のピラトは、これがどうしても分からなかった。 ピラトはイエスを死罪にする理由が見出せないまま、死刑の判決をだしたのは、祭司たちは「もし、この男を釈放するなら、 あなたは皇帝の友ではない。王と自称する者は皆、 皇帝に背いています。」✽9 とピラトに迫ったので、ピラトはローマ皇帝に直訴されることを恐れたのである。 こうしてピラトはイエスに死刑の判決を下すと、イエスを鞭打ち、そして兵士たちにイエスを引き渡した。 十字架刑にかけるためである。

エルサレムに来てから七日目の夜明けのことです。過越しの準備の日であり、その小羊を屠る日であり、 夕方から除酵母祭が始まる日です。


✽1大祭司カイアファ又はカヤパ―在位A.D.18-36  前大祭司であったアンナスの婿で、ローマ総督の任命によって大祭司となった。
✽2ヨハネだけは、もう一人の弟子の手引きでカイアファの屋敷の 中に入ったと書いています。「シモン・ペトロともう一人の弟子は、イエスに従った。 この弟子は大祭司の知り合いだったので、イエスと一緒に大祭司の屋敷の中庭に入ったが、ペトロは門の外に立っていた。 大祭司の知り合いである、そのもう一人の弟子は、出て来て門番の女に話し、ペトロを中に入れた。」(『ヨハネ伝』18:15-16)。 このもう一人の弟子が誰であったか分かりませんが、これが真相だったかも知れません。しかし福音書によって イエスの応答の記述が異なる点は疑問として残ります。
✽3『マルコ伝』14:54。
✽4『ルカ伝』22:70。
✽5『ヨハネ伝』11:49-50。
✽6ローマ総督ポンテオ・ピラト―ローマ帝国の第5代ユダヤ総督、 在位A.D.26-36。
✽7「あなたがたはよく知っておけ。死刑事件の裁判は財産事件の 裁判のようなものでないこと。財産事件の場合、人は金を返済し、彼に償いをすればよいが、死刑事件はその宣告を受けた者の 血に対し、また(ありえたであろう)彼の子孫の血に対して世の終わりまで責任があるということを。なぜならわれわれは この同じことを、弟を殺したカインにも見ているからである。それは「あなたの弟の血(damin 複数形)が叫んである」(『創世記』 4:10)と言われている通りである。それは、あなたの弟の血(dam 単数形)と言わないで、あなたの弟の血(damin)と言っている。 すなわちそれは彼の血と彼の(ありえたであろう)子孫の血である。(『原典新約時代史』2:11裁判手続き  サンヘドリン4:3-5aより  蛭沼寿雄・秀村欣二・新見宏・新井献・加納正弘著 山本書店 1986年)
✽8「あなたはイスラエルの人々に告げなさい。神を冒涜する者はだれでも、 その罪を負う。主の御名を呪う者は死刑に処せられる。共同体全体が彼を石で打ち殺す。神の御名を呪うならば、 寄留する者も土地に生まれた者も同じく、死刑に処せられる。」 (『レビ記』24:15-16)
✽9『ヨハネ伝』19:12。
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公開日2009年10月27日
更新11月8日