天平勝宝ニ年三月一日の暮に、春苑の桃李の花を眺矚して作る二首
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春の苑 紅にほふ 桃の花 下照る道に 出で立つ妹子
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4139
眺矚―高い所から見下ろす意。
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堅香子草の花を攀ぢ折る歌一首
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もののふの 八十娘子らが 汲みまがふ 寺井の上の 堅香子の花
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4143
堅香子草―かたくり。
もののふの―八十の枕詞。八十は沢山いること。
汲みまがふ―マガフは入り乱れる。群がる。
寺井の上―寺の辺りにある井戸。ウヘはほとり。
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二十三日に、興に依りて作る歌二首
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春の野に 霞たなびき うら悲し この夕影に うぐひす鳴くも
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4290
天平勝宝五年二月二十三日。家持36歳。すでに2年前に、少納言となって都に帰っている。以下同じ。
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我がやどの いささ群竹 吹く風の 音のかそけき この夕かも
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いささ群竹―イササは数量や程度のわずかであることを示す。
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二十五日に作る歌一首
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うらうらに 照れる春日に ひばり上がり 心悲も ひとりし思へば
春日遅々に、ウグヒス正に啼く。悽惆の意、歌にあらずしては撥ひ難きのみ。仍りてこの歌を作り、式て締緒を展べたり。ただし、この巻の中に作者の名字を称はずして、ただ年月所処縁起のみを録せるは、皆大伴宿禰家持が栽作れる歌詞なり。
大伴家持の代表作といえる5首。歌はどれも解説の必要がないほど平明である。特にあとの3首は素晴らしい。36歳と若いのだが、失意の中にあって詠まれたもの。現代でも充分共感できる心情である。
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4292
悽惆―共に心が晴れ晴れせず痛むことを表す。失意を表す字。
締緒―もつれ結ぼれた心。
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