イエス伝研究

イエスは何故ユダヤで受け入れられなかったのか

イエスが死んだ後、イエスの教えは異邦人のローマ世界に広がったが、パレスティナのユダヤ人たちの間には定着しなかった。ユダヤ人たちはイエスを受け入れなかったのである。イエスの生存中は群れをなして集まってきた人たちは、結局のところ、イエスの病気治癒の奇跡に集まってきたのであって、あるいは新しい預言者が出現したとのうわさで集まってきたのであって、イエスの説くところを信奉したからではなかったと思われます。イエスはユダヤの伝統の中で育ったが、最終的にユダヤ社会に拒否されたのである。それではユダヤの伝統あるいはユダヤ教といわれるものは、どんな教義なのであろうか。そしてイエスは何故ユダヤで受けいれられなかったのだろうか。

普通、国を失った民は、そこで自分たちのアイデンティティをも失い、離散して歴史上から消えてしまうものである。同じユダヤの民であった北のイスラエル王国のユダヤ十部族がそうであった。イスラエルの失われた十部族といわれている。しかし南のユダ王国に残ったユダヤ人たちはそうではなかった。紀元前六世紀にユダ王国が滅びバビロンに捕囚されたユダヤの人たちのなかに、自分たちに振りかかった過酷な運命を、自分たちが犯した罪のために神の怒りが落ちたのだと考えた人たちがいた。神殿を失い、国を失ったが、ユダヤの最も大切な宝物はまだ失われていない。それは族長の時代から口承で伝えられてきたヤーウェ神との契約であった。神は約束通りユダヤ人たちを隷属していたエジプトから連れ出し、乳と蜜の流れるカナンの地へ導き、そこの土地を与えた。しかしユダヤ人はカナンの地に定住してから、神から与えられた律法を忘れ、それを順守しなかった。ユダヤの民は神との契約を履行しなかったために、神の怒りが自分たちに振り向けられたのである。このように考えたユダヤの最良の人々は、ユダヤの本来の伝統を復興すること、すなわち神との契約を思い起こし、その律法を順守し、それによってユダヤ人のアイデンティティを取り戻し、ユダヤの民と国家の再建をはかろうと考えた。バビロンからの帰還を許された人たちは、こうしてそれまで口承で伝えられたものを成文化し、それを実践するため様々な解釈を施し、ユダヤの人々の日常生活に浸透させようとした。エルサレムに神殿を再建し、村や町々に会堂を作り、トーラー(モーセ五書)を学び実践する環境を整備した。このような流れのなかで民衆にユダヤの伝統を浸透させることに最も力を注いだのがファリサイ派の人々である。ファイサイ派といえば、イエスが口を極めて批判した宗派であり、イエスの側に立って福音書を読めば、世に存在する害悪の最たるものの印象を持ってしまう。しかしファリサイ派の人々こそ、ユダヤ教を成立させ、それを民衆に浸透させてきたのである。

それではユダヤ教とはどんな教えなのだろうか。元来、神がモーセを介してユダヤの民に与えた律法は、エジプトで奴隷の地位にあった人々が、カナンの地で自分たちの土地を持ち、自分たちの共同社会を築いてやってゆくために定められた行動規範である。エジプトから逃れたユダヤ民族は十二部族から成っていた。それぞれの部族が互いに争うことなく平和を維持し、またそれぞれの共同体にあってはその成員の間で上下の隔てなく互いに助け合って暮らしてゆくために定められたものである。神はユダヤ人を選んだのでユダヤの気質と慣習が反映されているとはいえ、人間の定めたものではなく、神が与えたものであるから、律法には人間の思慮を超えたものがあった。したがって、律法の成立経緯からいって、それはユダヤ人が共同生活を円滑に営むために必要なものであり、日々の生活のなかで実践すべきものであった。そして神の律法の基本にあるのは、正義と慈しみである ✽1。預言者たちは、「悪を行うことをやめ、善を行うことを学び、裁きをどこまでも実行して、搾取する者を懲らし、孤児の権利を守り、やもめの訴えを弁護せよ」 ✽2と激しく叫び警告していた。

紀元前一世紀に生きたユダヤの賢者に、ヒレルというラビがいる。ヒレルはトーラー(モーセ五書)を徹底的に研究した偉大なラビであった。ヒレルに有名な逸話が残っている。あるとき異邦人がきて、片足で立っている間にトーラのすべてを教えて下さいと乞うた。ヒレルは次のように答えたという。

あなたがいやだと思うことを、あなたの隣人にしてはならない。これがトーラーの全てである。 その他はその説明なのだ。行って学びなさい。

これは膨大なトーラーのなかから最重要な教えを異邦人にわかるように簡潔に要約したものであり、極めて実際的で、かつ実行に即した言い方である。こうして神が与えた律法は、民衆の日常生活にそって伝えられていった。そしてもちろんこれは、神がユダヤの人々に与えたものであるから、人が考え出して人に教えたものではないというところに、その権威があったのである。

ユダヤの伝統とイエスの教えの違いは、次の記述によく言い表わされている。

タルムードで言われているように、貧しい者に施しをする人は自分のための財産を天国に蓄えたことになるが(旧約聖書が借用している比喩的な表現)、自分が貧乏になるほどまで慈善を施す必要はないのだ。賢者たちは現実を充分にわきまえていたので、貧困が死に等しいほど辛いものだということがわかっていた。自分が貧困に陥って、だれかに頼らなければならなくなるまでたくさんの施しを与えたとしても、社会にとってどんな利益になるというのか?イエスはかって一人の若者に、「あなたがもっているすべてのものを売って、貧しい人にあげなさい」と忠告したが、ラビたちはこの忠告に同意しなかっただろう。貧しい人に対する施しの義務を果たした結果、自分自身や家族に対する義務を怠ることになってはならないのだ。他人に対する愛は社会的な自己破滅をもとめてはいないのである。人はもっているものの五分の一以上の施しをしてはいけないと、ラビたちは断言する。また、他の町の貧しい人を助ける前に、まず自分が住んでいる共同体の貧しい人に手を差し伸べることを、ラビたちは鉄則にしていた。 ✽3

ユダヤのラビたちは常に現実的なのである。なぜなら日々の生活の中で神との約束を実践する必要があったからである。イエスは、上記に引用した言葉を言ってから、財産家の若者が悲しげに去った後、次のように言っている。「はっきり言っておく。金持ちが天の国に入るのは難しい。重ねて言うが、金持ちが神の国に入るよりも、らくだが針の穴を通る方がまだ易しい」 ✽4 。イエスは完全を求めているのである。そしてそれは人間には不可能なことである。イエスは地上に生きてゆく教えを語ることはない。イエスにとって、地上は永く子々孫々が生きてゆく場所と想定していないのである。なぜなら「天の国は近づいた」という認識がせまっているからである。それを警告するためにイエスは宣教を始めたのである。地上に生きてゆくには、まずもって日々の労働が必須であるが、イエスは労働について何も語っていない。しかしラビたちは労働について実に事細かに、また多くの時間をかけて説いているし、ラビたちも手に職をもって働いていたのである。何よりも神が安息日を定めたことは、労働の日々にあって休息を得、地上に生きていく目的を理解するために必要であった。

ラビたちはイエスをどのように見ていたであろうか。ユダヤでは人を信仰の対象とすることはないし、人が神になることもありえない。神は唯一のものであり、見えないものであり、隔絶したものである。地上から天の国へつながる手立てもない。トーラーに書かれたことを成就させる舞台はユダヤ人の共同体であり ✽5、ユダヤ教のラビたちが理想としたのは、地上に天の国を打ち立てることであった。それははるかなる道のりであろうが、少なくとも不可能ということはないし、律法を順守して生きることの論理的帰結でもあった。ラビたちから見れば、一気に地上の世界が終末を迎え、天の国が来るというイエスの教えは、ラビたちの常識に反するものであった。ユダヤ教から見れば、イエスは幻想を見たのであり、ユダヤの伝統の中から咲きでたあだ花であった。


参考図書 『タルムードの世界』モリス・アドラー著 河合一充訳 ミルトス 1991年
✽1「万軍の主は正義のゆえに高くされ/聖なる神は恵みの御業 のゆえにあがめられる。」(『イザヤ書』5:16)
✽2『イザヤ書』1:15-16
✽3 参考図書「十章ラビたちの社会的教え 貧困と施しについての考え方」
✽4『マタイ伝』19:23-24
✽5 参考図書「十章ラビたちの社会的教え 共同体を通して生きる」
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公開日2009年12月21日