源氏物語 27 篝火 かがりび

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原文 現代文
27.1 近江君の世間の噂
このごろ、世の人の言種に、「内の大殿の今姫君」と、ことに触れつつ言ひ散らすを、源氏の大臣聞こしめして、
「ともあれ、かくもあれ、人見るまじくて籠もりゐたらむ女子を、なほざりのかことにても、さばかりにものめかし出でて、かく、人に見せ、言ひ伝へらるるこそ、心得ぬことなれ。いと際々きわぎわしうものしたまふあまりに、深き心をも尋ねずもて出でて、心にもかなはねば、かくはしたなきなるべし。よろづのこと、もてなしからにこそ、なだらかなるものなめれ」
と、いとほしがりたまふ。
かかるにつけても、「げによくこそと、親と聞こえながらも、年ごろの御心を知りきこえず、馴れたてまつらましに、恥ぢがましきことやあらまし」と、対の姫君思し知るを、右近もいとよく聞こえ知らせけり。
憎き御心こそ添ひたれど、さりとて、御心のままに押したちてなどもてなしたまはず、いとど深き御心のみまさりたまへば、やうやうなつかしううちとけきこえたまふ。
この頃、世間の人の噂で、「内大臣の今姫君」と、ことに触れて言い触らすのを、源氏の大臣が耳にされて、
「本当のことはどうあれ、人目に触れずに籠っていた女子を、いい加減な口実であっても、あんなに大げさに引き取って、人にも見せ、噂にされるとは、してはいけないことだ。はっきりしようとするあまり、詳しい内情も調べずに連れ出して、心にかなわなければ、こんな心ない扱いになったのだろう。 何ごとも、やり方次第で、おだやかにすむのに」
と、気の毒がるのだった。
このような噂をきくにつけ、「玉鬘はよく来たものだ。内大臣が親と言いながらも、年来の親の考えを知らずにそばに来たら、恥がましく感ずることもあったであろう」と、右近にもよく言い聞かせていた。
源氏は、いやなお心はおありだが、かといって、思うがままに行動することはなかったし、いよいよ深い愛情がまさり、玉鬘もようやく素直に打ち解けてきた。
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27.2 初秋の夜、源氏、玉鬘と語らう
秋になりぬ。初風涼しく吹き出でて、背子が衣もうらさびしき心地したまふに、忍びかねつつ、いとしばしば渡りたまひて、おはしまし暮らし、御琴なども習はしきこえたまふ。
五、六日の夕月夜は疾く入りて、すこし雲隠るるけしき、荻の音もやうやうあはれなるほどになりにけり。御琴を枕にて、もろともに添ひ臥したまへり。かかる類ひあらむやと、うち嘆きがちにて夜更かしたまふも、人の咎めたてまつらむことを思せば、渡りたまひなむとて、御前の篝火のすこし消えがたなるを、御供なる右近の大夫を召して、灯しつけさせたまふ。
いと涼しげなる遣水のほとりに、けしきことに広ごり臥したるまゆみの木の下に、打松おどろおどろしからぬほどに置きて、さし退きて灯したれば、御前の方は、いと涼しくをかしきほどなる光に、女の御さま見るにかひあり。御髪の手あたりなど、いと冷やかにあてはかなる心地して、うちとけぬさまにものをつつましと思したるけしき、いとらうたげなり。帰り憂く思しやすらふ。
「絶えず人さぶらひて、灯しつけよ。夏の月なきほどは、庭の光なき、いとものむつかしく、おぼつかなしや」
とのたまふ。
篝火にたちそふ恋の煙こそ
世には絶えせぬ炎なりけれ

いつまでとかや。ふすぶるならでも、苦しき下燃えなりけり」
と聞こえたまふ。女君、「あやしのありさまや」と思すに、
行方なき空に消ちてよ篝火の
たよりにたぐふ煙とならば

人のあやしと思ひはべらむこと」
とわびたまへば、「くはや」とて、出でたまふに、東の対の方に、おもしろき笛の音、箏に吹きあはせたり。
「中将の、例のあたり離れぬどち遊ぶにぞあなる。頭中将にこそあなれ。いとわざとも吹きなる音かな」
とて、立ちとまりたまふ。
秋になった。初風が涼しく吹いて、背子の衣の裾をひるがえす様子もさびしく、我慢できずに、しばしば玉鬘の元に行って、一日過ごし、琴などを教えたりした。
五、六日の夕月は早く山に没し、すこし雲に隠れる様子、荻を渡る風のさやぎもようやく物寂しい頃になった。琴を枕辺において、そろって添い寝するのだった。こんな男女の仲もあるのかと、嘆きながら夜をふかすが、女房たちが咎めだてすることを思い、自室に帰り際に、前庭の篝火がすこし消えそうになっているのを、右近の大夫を呼んで、灯りをつけさせた。
涼しげな遣水のそばに、たいへん風情のある低いまゆみの木の下に、目立たない程度の松の割り木を置いて、すこし奥の方で灯せば、お部屋の方は涼しげに、風情のある光に照らされ、女の様子も見る甲斐があった。髪の手あたりなどは冷ややかで品がある心地して、打ち解けず、恥ずかしいと思っている気配が、たいそう可愛らしかった。帰りがたく、ぐずぐずしている。
「ずっと人をつけて、灯し続けなさい。夏の月のない夜は、庭に光がないと、気味が悪く心もとない」
と仰せになった。
(源氏)「篝火に立ち上る煙こそ
いつまでも消えぬわたしの思いです
いつまで待てばいいのか。くすぶっているのも、苦しい下火です」
とおっしゃる。玉鬘は、「奇妙な二人の仲だこと」と思い、
(玉鬘)「あてどない空に消してください
篝火の煙にたとえるのなら
人があやしいと思いますよ」
と心配するので、「それでは」と、出たが、東の対の方で趣きある笛の音が、筝と合奏していた。
夕霧の中将が、例によって側を離れぬ連中と遊んでいるのだ。柏木であろう。格別に響く音だな」
とて、立ちどまるのだった。
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27.3 柏木、玉鬘の前で和琴を演奏
御消息、「こなたになむ、いと影涼しき篝火に、とどめられてものする」
とのたまへれば、うち連れて三人参りたまへり。
「風の音秋になりけりと、聞こえつる笛の音に、忍ばれでなむ」
とて、御琴ひき出でて、なつかしきほどに弾きたまふ。げん中将は、「盤渉調ばんしきじょう」にいとおもしろく吹きたり。頭中将、心づかひして出だし立てがたうす。「遅し」とあれば、弁少将、拍子打ち出でて、忍びやかに歌ふ声、鈴虫にまがひたり。二返りばかり歌はせたまひて、御琴は中将に譲らせたまひつ。げに、かの父大臣の御爪音に、をさをさ劣らず、はなやかにおもしろし。
「御簾のうちに、物の音聞き分く人ものしたまふらむかし。今宵は、盃など心してを。盛り過ぎたる人は、酔ひ泣きのついでに、忍ばぬこともこそ」
とのたまへば、姫君もげにあはれと聞きたまふ。
絶えせぬ仲の御契り、おろかなるまじきものなればにや、この君たちを人知れず目にも耳にもとどめたまへど、かけてさだに思ひ寄らず、この中将は、心の限り尽くして、思ふ筋にぞ、かかるついでにも、え忍び果つまじき心地すれど、さまよくもてなして、をさをさ心とけても掻きわたさず
御案内します。「こちらに、火影の涼しい篝火にありますよ」
と源氏が案内すると、三人連れ立って来た。
「風の音が秋になったと笛の音が知らせるので、がまんできない」
とて、源氏は琴をだして、心ひかれる音で弾きだした。夕霧は盤渉調ばんしきじょうで趣きある調子で吹いた。柏木は、気をつかって謡いにくそうにしている。「遅い」と言われ、弁の少将が拍子を打ち出して、静かに歌う声、鈴虫にまがうほどだった。二度ほど謡わせてから、琴を中将に譲られた。実に、あの父大臣の弾き方に劣らす、中将ははなやかに弾くのだった。
「御簾のうちに、演奏の分かる人がおりますよ。今宵は盃は控えましょう。盛りのすぎた者は、酔い泣きして、あらぬことをしゃべってしまうかも」
と仰せになると、姫君も身にしみて聞いていらっしゃる。
姉弟の強い絆は、並大抵のものではないからだろうか、この君たちを玉鬘は隠れてしっかり目にも耳にも留めていたが、まったくそうとは知らずに、柏木は、心の限りを尽くして、思いの丈を、このような機会でも、抑えきれない気持ちがするが、よく抑えて、気を緩めることなく、弾き続けた。
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読書期間2019年8月14日 - 2019年8月15日