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日東 富永仲基造自訳
出定後語 序
※基、幼にして閒暇なり。儒の籍を読むことを獲たり。もって少しく長ずるに及んで、また閒暇なり。仏の籍を読むことを獲たり。もって休しぬ。※曰く、儒仏の道もまたかくのごとし。みな善を樹つるにあるのみと。しかるに、その、道の義を※細席に※因縁するに至りては、則ち、
あに説なきことを得んや。即ち※屬籍することなきことあたはざるなり。ここにおいてか、出定成りぬ。基、この説を持する者、かつ十年ばかり、もって人に語るに、人みな漠たり。たとひ、われ長ずること
※數箇、もって※頒󠄃白の年に及ぶとも、天下儒仏の道、また儒仏の道のごとくんば、これ何の益かあらん。ああ、身の
※側陋にして痡める。すでに、もって人に及ぼして徳することあたはず。またこれを限るに、
※大故をもってして伝ふることなからんか。基や、いますでに三十もって長じぬ。また、もって、伝へざるべからざるなり。願ふ所は、即ちこれをその人通邑大都に伝へ、及ぼしてもって、これを韓もしくは漢に伝へ、韓もしくは漢、及ぼしてもって、これを湖西に伝へ、もって、これを釈迦牟尼降神の地に伝へ、人をして、みな道において光ることあらしめば、これ、死して朽ちざるなり。しかりといへども、何をもっていはゆる悪慧にあらざるを知らん。これは則ち、かたし。これは則ち、かの
※明者の部索して、これを楔󠄃ぐを待つのみ。
延享元年秋八月 富永仲基識す
いま、まづ教起の前後を考ふるに、けだし※外道に始まる。その言を立つる者、およそ九十六種、みな※天を宗とす。曰く「これを因に修すれば、乃ち上、天に生ず」と。これのみ。
※因果經に云く、「太子、因に※雪山に入り、遍く諸仙に扣ふ。何の果を求めんと欲すと。仙人答え言ふ、天に生まれんと欲すがためと」。乃ちこれ。
※衛世師外道、仏の前に在ること八百年、これ最も久遠。その最も後に出づる、阿羅羅・鬱羅鬱陀羅なり。けだし※二十八天、非非想をもって極となす。これ鬱陀の宗とする所、無所有を度てここに生まるとなせるなり。これもと阿羅の無所有をもって極となせるに上す。しかして無所有は則ちもと識處に上ず。識處は則ちもと空處に上す。空處は則ちもと色界に上す。空處・色界・欲界・六天、みなあひ※加上してもって説をなせり。その実則ち漠然、何ぞその信否を知らん。故に外道の所説、非非想をもって極となす。釈迦文これに上せんと欲するも、また生天をもってこれに勝ちがたし。ここにおいて、上、宗七仏を宗として、生死の相を離れ、これに加ふるに大神変不可思議力をもって、示すにその絶えてなしがたきをもってす。乃ち外道服して竺民帰す、これ釈迦文の道のなれるなり。
釈迦文すでに没して、※僧祇の結集あり。※迦葉始めて※三藏を集め、※大衆また三藏を集め、分れて両部となって、のちまた分かれて※十八部となれり。しかるにその言述ぶる所、※有をもって宗となす。事みな※名数にありて、全く方等微妙の義なし。これいはゆる小乗なり。ここにおいて、※文殊の徒、般若を作りてもってこれに上す。その述ぶる所、空をもって相となす。しかして事みな※方広なり。これいはゆる大乗なり。
※智度・※金剛仙、二論に云く、「※如来この※鉄囲山外にありて、文殊及※十方の仏と共に、大乗法蔵を結集す」と。乃ちこれ。
この時、大小二乗、いまだ年数前後の説あらず。その大乗を張る者は、即ち曰く、「※得道の夜より、涅槃の夜に至るまで、常に般若を説く」と。
智度論の文しかり。論また※迦文※初成道の事を説きて云く、「※この時、世界主梵天王名は式弃および色界の諸天等、※釈提桓因および欲界の諸天等、みな仏の所に詣して、世尊に初転法輪を勧請す。またこれ菩薩の念じて、もと願ふ所、およ大慈大悲の故に、請を受けて法を説く。諸法甚深の者は、※般若波羅密これなり。この故に、仏、魔訶般若波羅密経を説く」と。乃ちこれ。
その小乗を張る者は、即ち曰く、「※転法輪経より※大涅槃に至るまで、集めて※四阿含を作る」と。
智度論に云く、「※大迦葉、阿難に語る。転法輪経よる大涅槃に至るまで、集めて四阿含を作る。増一阿含・中阿含・長阿含、相応阿含、これを※修跖路法蔵と名づく」と。乃ちこれ。
これおのおのその終始を命じて、いまだ年数前後の説にあらざるなり。故にその仁王般若の序に云ふ、「世尊、前にすでに四般若を説く。三十年正月仁王を説く」者も、またただ※泛爾としてこれを言ふ。阿含の後、正当三十年と言ふにはあらざるなり。しかるに※法界性論これを説きて云く、「十二年阿含を説き、三十年※大品を説き、八年法華を説く」と。これ法華四十年余年の文のために転ぜられてしか云ふ。その実は非なり。ここにおいて、法華氏の言輿こる。この言に云く、「成正覚よりこのかた四十余年を過ぐ。無数の方便、衆生を引導す。わが所説の諸経、法華最第一。ただし菩薩のためにして、小乗のためにせず、観※諸法の実相を観ず。これを菩薩の行と名づく」と。無量義経もまた云く、「四十余年、いまだ真実を顕はさず、種々の説法は方便力をもってす」と。これ見つべし、※そのこれを四十余年の後に託して、従前の諸家を愚法にし、またこれを実相に託して、従前の有空を破るを。これ法華氏は、乃ち大乗中の別部、従前の二乗を并せてこれを斥する者なり。しかるに後世の学者は、みなこれを知らず。いたずらに法華を宗として、もって世尊真実の説経中の最第一となせる者は誤る。年数前後の説は、実に法華に昉まる。※并呑権実の説もまた、実に法華に昉まる。広大の方便力、古今の人士を※熒惑するは、何ぞ限らん。ああたれかこれを※蔽する者ぞ。出定如来にあらざればあたはざるなり。
解深密経に云く、「※初め小乗、中※空教、後※不空」と。また法華氏の党なり。また案ずるに、※三藏の目、始めて迦葉に起これり。しかして法華の文に三藏学者あり。ここに知る、法華経後に出でたるを。また案ずるに、法華はけだし※普現の徒作る。※大論の※遍吉の語、見るべし。
※ここにおいて、華厳氏の言興こる。乃ちこれを二七日の前、円満修多羅を説くに託して、もって従前の小乗を斥し、またこれを日輪のまづ諸大山王を照らすに譬へて、もって従前の大乗を斥し、特に一家の経王を作れり。誠に加上する者の魁なり。後世あるいはまたこの方便を信じて、この経を最上至極、※頓之頓と曰ふ者は、また誤る。
※舎利弗・目連は、異時異処、ともに仏法に入れり。しかるにこの会、即ち舎利弗等五百の声聞あり。※祇洹林・※普光法堂は、この時並びにいまだ建立せず。しかしてこの文、つぶさにこれを述べたり。これみな作者の方便※逗漏処。また案ずるに、華厳に諸法実相・般若波羅蜜の語あり。ここに知る、この経もまた二経の後に出でたるを。
※ここにおいて、大集・泥洹・兼部氏の言興こる。乃ちその二経を作為して、もって大小二乗を合はせ、かつもってその重きを涅槃に帰せり。その※十六年始めて大集を説くと云ふがごとき、※これ暗に般若の前に託して、しかも二乗の中間に出づるなり。かつその※律を説きて、※かくのごとき五部、おのおの別異なりといへども、しかもみな諸仏法界および大涅槃を妨げずと云ふがごとき、これ五部津の異を合はするなり。しかるに五部律はみな、もと※八十誦中より出づ。後世※五師、分れて五部となるも、仏の滅度を去ることいくばくぞ。ここに知る、この経、後に出でたるを。涅槃もまた同手の作なり。故に言語多くあひ類す。これ則ちこれを仏滅に託して、もってこの経の出でたる、年数の最後にあるを証し、またこれを譬ふるに醍醐をもってして、もってこの経に義、最も純粋なるを証し また※毘尼ならびに※戒乗の緩急を挙げて、もって大小二乗のならびに遠ざけがたきを説く。後世、※捃捨教と名づくる者のごとき、これ兼部氏たるを知らざればなり。
按ずるに、※法顕の伝に云く、「某の国は小乗の学、某の国は大乗の学、某の国は兼大小乗を兼ぬ」と。この兼と云ふは、乃ち兼部氏なり。また按ずるに、※哀嘆品は新体の伊字をもって秘密の蔵に譬ふ。ここに知る涅槃もまた後に出でたるを。
ここにおいて、頓部氏の説興こる。その契経およそ二十。楞枷はその尤なるものなり。従前の諸経は、言みな煩重、その趣※牛毛にして迂遠なるをもって、故にさらに激切の語を立てて云く、「※一切の煩悩は、本来おのづから離る。断および不断と説くべからず。一切の衆生は、みなこれ一切、畢竟※不生なり。諸※名字を離るれば、即ち一切法は唯一※真心、※一念不生なり。即ちこれ仏、一地より一地に至らず、※初地は乃ち八地」と。その言直切、また※環回の説なし。、もって従前の※因陀羅を破る。その窮まり離披して、※菩提達磨氏となり、その東来して、楞枷をもって衆生の心を印す。また微とすべし。義によりて文字によらず。終始一字を説かず。実に禅家の鼻祖たり。その窮まりて変幻奇怪、乃ち乾尿橛をもって仏性を語り、拭瘡疣して経巻を斥
ここにおいて、秘密曼荼羅金剛手氏
※六度経に云く、「わが滅度の後、阿難陀をして所説の※素 咀続蔵そたららんぞう を受持し、※鄔波離うぱり をして所説の※毘那耶蔵びなやぞう を受持し、※迦多衍那かたえな をして所説の阿毘達磨蔵あびだつまぞう を受持し、曼殊師利菩薩まんじゅしりぼさつ 、をして所説の大乗般若密多を受持せしむ。その金剛手菩薩こんごうしゅぼさつ は、所説の甚深微妙の※総持門そうじもん を受持す」と
その教へに云く、「※世尊は※一切智智を得て、無量の衆生のために広演分布し、種種の趣、種種の欲性、種種の※方便道に随ひて、一切智智を宣説す。あるいは※声聞乗道
大論に云く、※仏滅百年、※阿輸迦王
いまこの六者をもってこれを推すに、ここに知る、仏滅よりして久遠、人に定説なく、また依憑
金剛般若
またその勝鬢
むかし、※秦緩
如是我聞、我
※その仏経の初首に何らの語をなすと云う者は、これ当時の俗説にして、もと大論に出づ。涅槃は則ち特にこれを撮
これを見るべし、当時すでにこの疑ひあるを。それ、魔訶衍の法は、当時の諸賢聖、親しく仏説を聞くも、なほかつ信解
須弥楼山
その地の深さを説くがごとき、※増含
また、その※世界建立を説くがごとき、※俱舎は水論前にあり、楞巌
また、その天を説くがごとき、薩婆多
又如其論無色界身処、婆沙俱舎瑜伽経部成実為無、起世増含華厳仁王化他大衆為有、又如其説人非人、金光明為結八部、又如其説阿修羅、仏地論為天、対法為鬼、正法念経為鬼畜二趣、伽陀経為三趣摂、又如其婆沙云、有余部立阿素洛為六趣、非也、契経惟説五趣故、大論云、問経説有五道、云何言六道、答、仏去久遠、経法多有別異、唯法華経、説有六趣、義意応然、要亦皆異部所命、固非一音所演出也
独明代志磐師、解之以三意云、一者、仏赴機所説不同、二者、結集部別不同、三者、伝訳前後不同、嗚呼、是何妄之甚、如為仏赴機而説之、是乃妄語、亦何示人以毘尼、又以為結集部別不同乎、是何在其為仏所説、経説亦何足取信、何其濫也、又以為伝訳前後不同、是訳師亦為難信也、夫般若之為滅度、或為円寂、是則在訳師知解、無論其有不同、如以其名物度数前後不同解之、是何漠然、是何足以為説、要皆不知之云爾、其実不然、
釈迦譜亦云、経変華戎、訳人斟酌、出経之人、各有所受故、住住不同已、夫史漢延書、猶分糅相反、況万理之外、千歳之表哉、明昔者、固宜択善而従、嗚呼亦何妄也、如為択善而従、是己自高以出経典者也、亦何足以為経典、要亦首鼠之説、窘于其有不同云爾、是実古今一大疑城、出定経典出、而後始瞭然也、
世界之説凡五、一須弥世界、是梵志初説、蓋其本也、其所謂小千世界、中千世界、三千大千世界、又三千世界外、別有十世界者、是皆以後加上者也、梵網所謂蓮華蔵世界者、又一層加上之説、其広大則至華厳世界海面極矣、世界之説、其実漠然、不過以語心理、亦何知然否、故曰、世界随心起、是也
三藏、小乗之名、出于迦葉、大論云、仏在世時、無三藏名、大迦葉等、集三藏、又云、三藏是声聞法、魔訶衍是大乗法、法華経云、貧着小乗三藏学者、是也、是竜樹時、三藏之名、属于小乗、天台四教、依以立蔵者、得之、澄観師云、大乗亦有三藏、是自後世之義、言有物也、又普超経、入大乗論、謂三乗為三藏者、乃別義、非此謂也、按増一序品云、契経一蔵、律二蔵、阿毘曇経為三藏、出曜経云、仏在鹿苑、告五比丘、此苦本原、所未見未聞、広説此法、為契経蔵、仏在羅問城時、迦蘭陀子須陳那、出家学道、最初犯罪、故説戒蔵、仏在毘舎離、見跋耆子本末因縁、告諸比丘、諸々無五畏恚恨之心者、便不堕悪趣、亦復不生入地獄中、広説如阿毘曇、大論亦云、阿難説、仏在波羅奈、為五比丘、説四真諦法、是名修妬路蔵、憂波利説、仏在毘舎離、須隣那初作淫欲、以是因縁、初結大罪、如是八十部、作毘尼蔵、阿難説、仏在舎婆提城、告諸比丘、五怖五罪怨不除不滅、此身心受苦、後世堕悪道中、如是名為阿毘曇
今以是文推之、三藏之義加知、三藏、蓋本一書名、皆取類近似賛之、其初迦葉等所誦出、纔一二三章、各々命以類、而仮別之、非如後世有四阿含五部律種種昆曇類分捴命以此名者比也、其有四阿含五部律種種昆曇者、皆後世僧迦之増多也、故婆沙云、修多羅中、多説心法、昆尼之中、多説戒法、阿毘曇中、多説慧法、而或亦互兼、但従多分故名之、是知三蔵本但一書名、各命其所誦以別之、其実義亦互兼、後世難于阿毘曇独無経者、不知之也、婆沙云、問、誰造此論、答、仏世尊、問、若爾、此論何故伝言迦多衍尼子造、答、由彼尊者受持演説、広令流布、是故、此論名称、帰彼、然是仏説、是得之矣、其実本但命為跋耆者、而後尼子等、広益説之、如以其後出疑之、唯経律亦皆後出也
大論云、三種法門、一者、蜫蜫*勤門、二者阿毘曇門、三者空門、蜫蜫*勤有三百二十万言、仏在世時、大迦旃延之所造、阿毘曇、仏自説諸法義、或仏自説法名、又云、如仏、直説世間第一法、不説相義、一一分別相義、是名阿毘曇門、今以是文推之、阿毘曇、蓋解釈相義之名、其訳以対法、亦以其対法而分別之也、其以得慧法者、亦分別相義是慧法也、瑜迦論亦云、問答決択諸法性相故、名阿毘曇、是得之矣、故雖仏説、其分別相義者固是阿毘曇、非独概契経也、故楞厳云、此阿毘達磨、十方薄伽梵、一路涅槃門、是可見也、又十二文教中所謂優波提舎亦同其義、大論云、仏所説論議経、及魔訶迦旃延所解修多羅乃至像法凡夫人、如法説、亦名優波提舎、是知亦同其義、後世訳以論議、独以契経属仏者、此之儒家経伝之義、其実未為得矣
修多羅之義、取之線、線取之能貫穿、何也、蓋経説之本体在伽陀、故数経説以幾偈、涅槃亦云、除修多羅及緒戒律、其余有説四句之 是名伽陀、修多羅之為線、取之以此貫穿、衆偈次第皆依焉、仏地論貫摂為義、雑集論綴茸云者、皆得之矣、是修多羅之為線也、其訳以契経者、亦此之儒家之書、義意大別、修多羅有総有別、十二分教中修多羅、是与伽陀等対、別也、一切経蔵 称修多羅者、総也、何也
伽陀唯誦読之便、而文理所属、却在修多羅也、然則契経之本体在伽陀者何也、是支那教学、必託之操縵󠄄、詩書易管仲老聃之書、皆託言韻語、本朝神代古語、及祝詞、亦皆誦読之便者、三国俱一其致、何也、口口相伝、説誦之際、固不能不然、且神祇亦所楽也、仁王般若云、普明王依七仏教法、請百法師、設百高座、一日二日講設般若八千憶偈、是可見也、是知契経之本体、実在伽陀、而但取之誦読之便也
長水師解之云、経多立頌、略有八義、一、少字摂多義故、二、讃嘆者多以偈頌故、三、為鈍根一重設故、四、為後来之徒故、五、随意楽故、六、易受持故、七、増明前説故、八、長行未説故、是但第五六義得之、其余皆口弁也、桉付法蔵経云、馬鳴於果華氏国、遊行教化、作妙妓楽、名頼吒和羅、其音清雅、宣説若空無我之義、時此城中五百王子、同時開梧、出家為道、増一賢愚経云、迦葉仏時、均提出家、少年声好、善巧讃唄、人所楽聴、毘尼母経云、不聴高声作歌音誦経、有五過患、同外道歌音説法、是知当時経説全託歌音、不啻誦読之便
九部十二部、是共指一切経蔵之辞、後世或就分大小乗者、誤矣、何以知之、涅槃云、<聖行品>、従仏出十二部、是言自仏出一切経蔵、故下文揀異之云、出方等、又如四相品以九部対方等大乗亦然、法華亦云(方便品)、我此九部法、随順衆生説、入大乗為本、是共指一切経蔵、未揀異大小之辞、可見也、故大論有大小乗共九部之説、亦足以発、又涅槃云小乗無方広部者、是言小乗独無方等、其実砭小乗之言、雖小乗亦随分有方広、後世小乗亦有十二部之説、得之、是方広則独属之大乗云爾
涅槃又云、十一部経、二乗所持、方等部為菩薩所持、摩得勤伽論亦云、唯方広部、是菩薩蔵、十一部是声聞蔵、亦同
方等、乃方云、其義無別、但就十二部中、揀異大乗命之、別無其経、涅槃云(聖行品)、従仏出十二部経、従十二部経出修多羅、従修多羅出方等経、又云(四相品)、半字者、謂九部経、毘伽羅論者、謂方広大乗経、大論云、法華経諸余方等経、何以属累喜王菩薩、普賢経云、此方等経、是諸仏眼、又有力等大乗経典之語、又涅槃有大方等大涅槃之語、皆讃大之辞、非別有其経也、又如其華厳円覚勝*獅子吼皆命以方広、又大論有方広道人、亦皆讃大之辞、其義無別、後世学者、或不知之、以是為理方等、別立時方等者、誤矣、声聞法是二乗小乗、菩薩法是大乗、大乗菩薩乗之上、別有仏乗一乗之説、亦一部立言也、大乗同性経云、所有声聞法、辟支仏法、菩薩法、諸仏法、如是一切諸法、皆悉流入毘盧遮那智蔵大海、智藏大海、乃仏第十地名、是別有仏乗也、楞伽経云、無有乗建立、我説為一乗、引導衆生故、分別説諸乗、梁訳摂論釈云、如来成立正法有三種一小乗、二大乗、三一乗、第三最勝、故名善成立、是別有一乗也、一乗之上、復有無乗、楞伽経云、諸天及梵乗、声聞縁覚乗、諸仏如来乗、我説此諸乗、乃至有心転、諸乗非究竟、若彼心滅尽、無乗及乗者、是別有無乗也、是皆一層層加上者之説也、又按、唐訳摂論釈云、菩薩乗即仏乗、更無有上、是亦一部異言、与上不同、又按、法華経云(方便品)、唯有一乗法、無二亦無三、又云、但以一乗道教他諸菩薩、又云、為此諸仏子、説是大乗経、声聞若菩薩、皆成仏無疑、是菩薩乗仏乗一乗無有別也、又按、涅槃経云、一切衆生、同有仏性、皆同一乗、是兼家一乗之説也
涅槃経聖行品曰、譬如従牛出乳、従乳出酪、従酪出生酥、従生酥出熟酥、従熟酥出醍醐、醍醐最上、仏亦如是、従仏出十二部経、従十二部経、出修多羅、従修多羅、出方等経、従方等経、出般若波羅蜜、従般若波羅蜜、出大般若、猶如醍醐、是譬於仏性、比喩、本由無垢蔵王嘆涅槃教最勝、仏乃印可、喩之以五味、以示其最濃也、十二部経、乃一切経典、修多羅、乃所謂別部、大小未揀異之者、般若波羅蜜、乃方等中之粋者、又兼智慧、大般若、乃大円寂、又為般若之粋、皆就其中、揀異其粋者、是乃其本義、然而後世学者、皆誤解云、十二部是華厳、修多羅是阿含、方等是維摩思益等、以合之天台大師五教、十二部修多羅、説既見于上、是何限于華厳阿含、但乳粗于酪、而華厳則冶于鹿苑、是全不合、且原経之旨、五味濃淡、喩教最勝而彼則以合其五教、故云、取之下劣根性、或云、取之相生次第、亦失其義
又華厳経性起品曰、譬如日先照諸大山王、次照大山、次照金剛宝山、然後普照大地、日光不作是年、但地有高下、故照有先後、如来亦然、智慧日輪、常放光明、先照菩薩山王、次照縁覚、次照善根衆生、然後悉照一切衆生、如来本不作是念、但衆生善根不同、故菩薩衆以上、実被之化、従其斯以下、縁覚声聞、随分領承、皆各々成其徳、然而求最高者、固不出初説、最妙者、固不出華厳、是乃経本旨也、然而後世学者、復誤解云、華厳第一照、阿含第二照、方等第三照、法華経涅槃第四第五照、亦以合之天台大師五教、夫華厳之為第一照、固不侍弁、唯阿含之最愚法、而為第二照、又法華涅槃之最妙者、而徒為第四第五照、是甚不円満、是知此喩亦不合、且経所列、但有四照、而彼則合之五時、亦失其義
/要此二喩、涅槃則託之終、以推醍醐之最醇、華厳則託之始、以崇日之先照山王、順逆設喩、各々妙其教、其実胡越之異也、天台大師、合此二喩、以証其五教者、亦豈不知之乎、偶々見此喩有足以使人易了解者、故仮撮以成其趣、非以証其設也、豈如後世学者固執之以五時全出于此二喩者然乎、是則天台大師之本旨也、又或後世以疚天台大師者、亦非也、又如其以有長含四種言論、月燈三昧四種修多羅、涅槃四菩提、因立其四教者、亦唯仮撮以成之已、後世章案等則皆牽強以解其義、亦不合也、妙玄真記云、非以証成、亦有此意、是則得之
竺人之俗、好幻為甚、猶之漢人好文、凡設教設道者、皆必由此以進、苟非由此、民不信也、阿毘曇云、不如支払但以神通、以悦衆生、不能説法、大論云、菩薩為衆生故、取神通現諸希有奇特、令衆生心清浄、又云、鳥無翅、不能高翅、菩薩無神通、不能随意教化衆生、是也、当時諸外道、亦皆以幻而進、迦文*而上之、亦不能不仮之以通
大論云、有悪邪人、懐嫉妬心、誹謗言、仏智慧不出於人、但以幻術惑世、断彼貢高邪慢意故、現無量神通無量智慧力、又云、種々諸物、皆能転変、外道輩転、極久不過七日、諸仏及弟子、変転自在、無有久近、宝積経云、如来為調伏憍慢衆生、故現諸神変、是也、外道謂之幻、仏謂之神通、其実一也、於是、諸弟子伝其道者、亦皆託以進其説、諸蔵所説、十分之九、皆是已
試就十二分教言之、阿浮陀達磨之為未曾有、是真幻也、伊帝越迦之為本事、闍陀伽之為本生、和伽那之為授記、尼陀那之為因縁、皆事之幻也、毘仏略之為方広、説之幻也、是幻居其半矣、 又大衆部、三藏之外、集禁呪経、地持論、四陀羅尼有呪、能起呪術、有神験故、是亦幻也、且諸蔵中、幻喩偏多、何則天竺多見聞、且其所好也、又如諸弟子、託言迦文、以立其言、///
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