出定後語 用語解説

出定後語を読む 用語解説

HOME表紙へ 目次 巻の上 巻の下 原文 用語解説 訓読文 はじめに

 

00序   ///
  著者富永仲基の名の一字。自称。
細席に   いちいち詳しく。
因縁する   経説の由来を探求する。
屬籍する   書籍に綴る。著述する。(水田)「属籍」の註で、付属する所の典籍である。関係ある経典の意(吉川・京戸)/ (水田註では)仲基が自説を本に書く意にとれるが、その他の註では、根拠を仏典に当たる、意にとれる。どちらの解釈もあり得るようだが、悩んだあげく最終的に管理人は後者をとった。
曰く、儒佛の道も亦猶是のごとく也。皆善を樹つるに在るのみ。然るに其の道の義を細席に因縁するに至りては、則ち豈に説無きことを得ん乎。即ち屬籍すること無きこと能はざるなり。是に於てか出定成りぬ。  
「あに説なきことを得んや」説明が必要だろう。「屬籍することなきことあたはざるなり」はじめはこの本(出定後語)を書かざるを得なかった、の意に解したが、最終的に、仏典・漢籍に当たらざるを得なかった、の意にとった。 以下、他の解釈を挙げておく。
① これらによって、儒教も仏教もそれぞれの道は、みな善をなすことにつきるということがわかった。そして、その(仏教の)道の意義を詳しくたどると、まさに仏説ではないことがわかり、(仏教の教えに直接)関係ある経典がないことがわかったのである。このことによって出定という考えが成立するのである。(『出定後語』普及版 隆文館 京戸慈光 訳・編集『現代仏教名著全集』の普及版 )意訳のし過ぎと思った。「このことによって出定という考えが成立するのである」も訳としては弱い。意味が分からない。・・・管理人
②これによって、「儒・仏の道もまたやはり同じようなものだなあ、みな善を樹立することを目的としているだけだ」と思った。しかしそれにもかかわらず、この考えについて、道の心(義)を詳細な例証に求めるという段になると、そのときはなにも説明を要しないとは限らない。そのときは関係の出典を示さないわけにはいかない。こうして『出定後語』が出来あがったのである。(日本の名著 富永仲基 石田梅岩 加藤周一編 訳者の記載なし)『天才 富永仲基』釈徹宗も同じ。
數箇个   数年。
頒󠄃白  (はんぱく)白髪が半分混じる。中老の人。 頒󠄃(はん)は、分ける。
側陋   身分の賤しい人。
夫の明者の部索して之を楔ぐ   (楔󠄃ふさぐ) 「明者」智慧の深い明らかな人。後世の学者。「部索」手分けして探し求める」「楔󠄃」この字に仲基自らカナをつけて「フサグ」つ打つ。塞ぐの意で、自説(出定後語)を更に補充する。
大故   大きな事故、自分の死をさす。
01教起の前後   ///
衛世師外道   印度六派哲学の一なる勝論宗のこと。六派の一。 (水田)
阿羅羅 (あらら)釈迦が出家後、この人について学び、道を求めたに対し空無辺拠のことについて語る。まもなくその空無辺拠を証得し、真のさとりの道ではないことを知り去って、鬱陀羅の処に行く。(京戸)
鬱陀羅 (うつだら)釈迦が出家後、阿羅羅あららを訪れ、のち鬱陀羅の処で修行する。釈迦は、非想非非想処まで修行が進みそれを証得し、真の道に在らざるを知って去る。(京戸)
非非想 非想非非のこと、三界の最上位、無色界の第四天のこと。この天に生ずるものは下地の如き瞑想なきを以て非想、叉は非有想と云う。外道では此処を訴真の涅槃処とする。
『ありのままに想う者でもなく、誤って想う者でもなく、想いなき者でもなく、想いを消滅したものでもない。・・・このように行じた者の形態は消滅する。けだしひろがりの意識は想いを縁として起こるからである。』(スッタニパータSn 874)(京戸)
加上   思想史における発展の原則で、ある思想は必ずしれ以前に成立している既存の思想を予想し、それを超克しようと努力する。そしてあらたな一つの思想が成立すると、さらに別の思想が起こって、これを超克しようとする。かくのごとくして超克の過程は無限に続くのであるが、その際に超克の行われるたびごとに、過去の思想には存しないところの要素があらたに付加される。
『翁の文』第九節に
「およそ古(いにしえ)より道をとき法をはじむるも、必ずそのかこつけて祖とするところありて、我より先にたてたる者の上に出んとするが、その定りたるならはしにて、後の人は皆これをしらずして迷ふことをなせり」(京戸)
天を宗とせり   天は、地上はるか上方にある理想世界。思想発達とともに複雑に階層化した。原始仏教成立の思想的背景になったのは、古代インドの生天説である。(水田)
因果經   過去現在因果經の略称、羅什の訳。釈迦の過去因と現在果の自伝形式の経典。(水田)
釋迦文   「釋迦文(しゃかもん)」は主に「釈尊」を指す言葉で、サンスクリット語の「シャーキャムニ」の音写(釈迦族の聖者)です。釈迦牟尼に同じ。釈迦は生天説では外道に勝てないので、七仏を提唱し生死を超越して神秘性で外道や印度人を帰依させた。(水田)
二十八天   [二十八天]三界にある天の総称。欲界六天、色界十八天、無色界四天の計。天ははじめ六欲天のみが説かれたが、次第に欲界(地獄・餓鬼・畜生・阿修羅・人間・六欲天)の観念が成立し、その上に色界が積み重ねられ、さらに空無辺処天・識無辺処天と、無色界の諸天が架設され、その上にアーラーラ仙人が無所有処天を説き、最後にウッダカ仙人が非想非非想処天(有頂天)を加え重ね説いた。(水田)
無所有   [無所有]無色界の第三天で無所得即ち空の異名である。空は無辺であると観じて空を破した人が、更に識が三世にわたって無辺であるを厭い、所縁共に所有無しと観じ、この行力によって生まれるところである。
『尊師(ブッダ)は答えた。「ウパシーバよ。よく気を付けて無所有を期待しつつ、「そこには何も存在しない」と思うことによって、煩悩の流れを渡れ。諸々の欲望を捨てて、諸々の疑惑を離れ、愛執の消滅を昼夜に観ぜよ。』『スッタニパータSn 1070f』 『尊者于パシバァがいった、「一切の欲望に対する貪りを離れ、無所有にもとづいて、他のものを捨て、最上の有想解脱で(原語は・・・・・で七等至のうちで最上のものである無所有処定をいう)において解脱した人ー彼は怠堕することなく、そこに安住するのでありましょうか?(Sn1071f)』とある。
識処   無色界の第二天。前地の空が無辺であるを厭い心を転じて識を縁じ、識と相応じ心定まりて動かず、三世の識悉く定中に現じて清浄寂静なる果報を云う。(京戸)
生天   生天説である。人間が死して後、修行苦行の深浅によって上天に生まれ得るとの説。
竺民   インドの民。
僧祇結集   仏弟子たちによる、多数の遺教の集成が行われた。阿僧祇のこと。僧祇とは数が多いという意味。 //釈迦入滅後、ただちに行われた、いわゆる第一回結集は魔訶迦葉を代表とする五百人の僧によって王舎城の郊外でおこなわれた「五百結集」である。経は阿難あなんが、律は優波離うはりが誦出し、全員の承認を得てできあがったと伝えられる。その後、百年ほど経て、戒律のことで異議が生じ、七百年の僧が参加していわゆる「七百結集」がおこなわれたというが、さらに滅後二百年ごろ、阿育王のとき第三回、下って紀元二百年ごろ迦膩色迦かにしか王のときに第四回がなされたとする。
三藏   経・律・論の三蔵
智度   大智度論。100巻、鳩摩羅什訳。竜樹の著した魔訶般若波羅蜜経の註釈。// 大智度論(だいちどろん、梵: Mahā-prajñāpāramitā-śāstra, マハー・プラジュニャーパーラミター・シャーストラ)は、大乗仏教中観派の祖である龍樹による『摩訶般若波羅蜜経』(大品般若経、二万五千頌般若経、梵: Mahā-prajñāpāramitā Sūtra)に対する百巻に及ぶ注釈書である。初期の仏教からインド中期仏教までの術語を詳説する形式になっているので、仏教百科事典的に扱われることが多い。漢訳は鳩摩羅什による(402-405年、大正蔵No.1509)(WIKipedia)
金剛仙   金剛仙論のこと。バスバンドウ(世親、インド唯識学派の僧)の『金剛般若経論』に対する弟子の金剛仙の註釈書。
  上座部と大衆部。//上座部と大衆部の違いは、 仏教の教団が分裂した際の根本的な教義の違い、特に律の解釈の違いにあります。上座部は戒律を厳格に守る保守的な立場から個人の悟りを重視し、大衆部は戒律に例外を認めようとする革新的な立場から大衆の救済を重視しました。上座部仏教は東南アジアに広まり、大乗仏教の出現につながった大衆部は初期の革新派として位置づけられます。
上座部
特徴: 釈迦の入滅後、戒律を厳格に守ることを主張した保守的な一派です。 重視する点: 個人の悟り(解脱)を目指すことを重視します。 教義: 戒律に例外を認めず、厳格に遵守することを主張しました。 現在: スリランカ、タイ、ミャンマーなど東南アジアに広まり、上座部仏教として現在も続いています。
大衆部
特徴: 戒律に例外を認めようとした革新的な一派です。 重視する点: 多くの人々(大衆)を救済することを重視します。 教義: 上座部とは異なり、戒律に柔軟な解釈を許容しようとしました。 現在: 大衆部の流れは、後に「すべての人々の救済」を目指す大乗仏教の教義につながっていきました。 (Google AI)
鉄囲山外  須弥山の外側の鉄山。//鉄囲山の外には、最後の「外海」が広がり、その中に我々が住むとされる南閻浮提(なんえんぶだい)など4つの大陸が浮かんでいるとされています。(我々が住んでいるこの世界を超えたところで)の意か。
閻浮提(えんぶだい) とは、仏教の世界観において、須弥山(しゅみせん)の南にある人間が住むとされる大陸(四大洲の一つ)を指し、もとは古代インドの地を意味しましたが、転じて我々が住むこの世界(人間世界・娑婆世界)そのものを指す言葉です。(Google AI)
十方   四方・四維・上下の計。全体。
既に没して   紀元前383年。釈迦没後部派仏教に分かれた。
方等   方正平等の意で大乗教をさす。 //大乗仏教の教え・経典:「方広」とも訳され、広大で多様な教えを意味します。/大乗の説は横に十方に遍き方広普遍の実理があり、縦に凡聖を問わぬ平等な教えであるから、この名がある。
方広   方等におなじ。大乗の教えをさす。
年数前後の説   諸経成立順序の説。
迦文   釈迦文、釈迦牟尼のこと。
十八部   小乗十八部のこと。仏滅後100年に、大衆と上座の二部に仏説が分かれた。第200年目に大衆部からまた分出する・・・・。(京戸)
七仏   過去七仏のこと。// 過去七仏(かこしちぶつ)とは、お釈迦様以前に出現したとされる仏に、お釈迦様を加えた合計七人の仏です。具体的には、毘婆尸仏(びばしぶつ)、尸棄仏(しきぶつ)、毘舎浮仏(びしゃふぶつ)、倶留孫仏(くるそんぶつ)、倶那含牟尼仏(くなごんむにぶつ)、迦葉仏(かしょうぶつ)、そして釈迦牟尼仏(しゃかむにぶつ)の七人を指します。 (Google AI)→もう一つの七仏参照
初成道   (しょじょうどう)35歳の12月8日の解脱。
釈提桓因   (しゃくだいかんいん) 帝釈天。忉利天(とうりてん)の王。
般若波羅密   (はんにゃはらみつ)真実の智慧。
智度論   大智度論(だいちどろん、梵: Mahā-prajñāpāramitā-śāstra, マハー・プラジュニャーパーラミター・シャーストラ)は、大乗仏教中観派の祖である龍樹による『摩訶般若波羅蜜経』(大品般若経、二万五千頌般若経、梵: Mahā-prajñāpāramitā Sūtra)に対する百巻に及ぶ注釈書である。初期の仏教からインド中期仏教までの術語を詳説する形式になっているので、仏教百科事典的に扱われることが多い。漢訳は鳩摩羅什による(402-405年、大正蔵No.1509)(WIkipedia)
初転法輪   釈迦の初説法。初転法輪(しょてんぼうりん)とは、お釈迦さまが悟りを開いた後、インドの鹿野苑(ろくやえん/サールナート)で、かつての苦行仲間である五比丘(ごびく)に対し、初めて仏教の教え(法)を説いた出来事を指します。法輪(ほうりん)とは仏の教えのことで、それが世に広まることを「法輪を転ずる(まわす)」と表現し、その最初の説法が「初転法輪」です。この説法で中道・四諦・八正道などの仏教の基本原則が説かれ、仏教教団が始まったとされる重要な出来事です。(Google AI)
転法輪経   釈迦が鹿野苑で説いた最初の説法。
大涅槃   釈迦の入滅。
大迦葉   迦葉。仏陀十大弟子のひとり。王舎城のバラモンの子。仏陀成道後三年目の頃に弟子となり、八日目に阿羅漢に入ったという。弟子中最も執着の念のない清廉な人格者で仏陀の信頼は最も厚かった。仏陀の入滅後、教団の統率者となり、王舎城において第一回の経典結集を行った。後に阿難を後継者にし、山に入って入定したまま生涯を終えた。特に禅宗でこの人を尊崇する。無執着の行で第一人者(頭陀第一)であった故であろうか(京戸)
阿難あなん   仏陀十大弟子のひとり。仏陀の従弟。出家してまもなく仏陀の常随(侍従)の弟子となったため、仏陀の教説を記憶している点では弟子中随一で、多聞第一と呼ばれた。釈迦入滅後、大迦葉の教誡をうけて大悟し、第一結集には選ばれて経を誦出した。また比丘尼教団成立の斡旋をした。
四十余年いまだ真実を顕わさず   無量義経に「四十余年未だ真実を顕さず」(四十余年未顕真実)と記されており、釈尊が法華経を説く以前の40年余りの間説いてきた諸経の教えは、方便・仮の教え(権経)であり、いまだ真実を明かしていない、と説いている。
四阿含   原始仏教経典。小乗経典。// アーガマの音写。原始仏教経典。実際に仏陀が説かれたと思われる経典が数多く含まれている。南方系仏教では、長部・中部・相応部・増支部・小部の五部に分けているが、北方系仏教では長阿含・中阿含・増一阿含・雑阿含に分類している。
修跖路法蔵   (しゅとろほうぞう) 十二部経。小乗経典。
仁王般若   (にんのうはんにゃ)『仁王経』(にんのうぎょう)は、大乗仏教における経典のひとつとされ、『仁王般若経』『仁王般若波羅蜜多経』等とも称される。なお、この経典は仏教における国王のあり方について述べた経典であり、天部に分類される仁王(=二王:仁王尊)について述べた経典ではない。
泛爾   (はんじ) はっきり述べずに、漫然と。
諸法の実相   一切のありのままの姿。諸現象の真実性。// 「諸法実相(しょほうじっそう)」とは、 あらゆる物事(諸法)が本来持っている、ありのままの真実の姿(実相)のことです。仏教、特に大乗仏教における重要な概念で、仏の智慧によって見極められる究極の真理を指します。この真実を理解すれば、森羅万象がそのまま仏の真実の現れであることが分かるとされています。(Google AI)
蔽する   「蔽」は断の意。断定・判断する。//「蔽する」は 「おおう」「隠す」「遮る」の意味。(Google AI)
出定如来   仲基自ら如来になぞらえかく自称した。
これ法華氏は   法華経を釈迦成道四十年後に説いた妙法だとかこつけて説いて、それ以前の経説を劣った教えとして、諸法実相にかこつけて従来の小乗や般若大乗を超克打破した。法華派はすなはち大乗の別派で、これまでの小乗と大乗をともに否定したのである。
// 「法華四十年(ほっけしじゅうねん)」とは、仏教において、釈迦が『法華経』を説くまでの約40年余りの教えは、すべて「仮の教え(方便)」であり、まだ真実の教えを明らかにしていない、という意味の仏教用語「四十余年未顕真実(しじゅうよねんみけんしんじつ)」を指す言葉です。 詳細は以下の通りです。 「四十余年未顕真実」の意味: 釈迦がその生涯で説いたとされる約50年の教えのうち、晩年の約8年間で説かれた『法華経』こそが最も重要な真実の教え(真実相)であるとし、それ以前の40年余りの教えは、人々を真実の教えへと導くための準備段階の教え(方便権教)であったと位置づける教義上の解釈です。 背景: この解釈は、中国の天台大師智顗(ちぎ)によって体系化されたもので、当時の様々な経典に対する優劣を定める「五時八教」という教判(きょうはん:仏教の教えを体系的に分類すること)に基づいています。 目的: 衆生の能力(機根)がまだ真実の教えを理解する準備ができていなかったため、様々な方便の教えを用意し、次第に機根を調えて『法華経』に至って初めてすべての衆生が成仏できるという真意(一乗思想)を説いたとされます。 宗派による重視: 特に日蓮宗(法華宗)系の各宗派では、この「四十余年未顕真実」の文言を非常に重視し、『法華経』こそが釈迦の教えの集大成であり絶対最高の教えであると位置づけています。 (Google AI)
并呑権実   (へいどんごんじつ) 方便真実を併せた説。// 権実(ごんじつ)とは、仏教用語で「方便(ほうべん)の教え(権)」と「真実の教え(実)」を対比する言葉です。特に天台宗では、釈迦が説いた初期の教えは方便であり、法華経こそが真実の教えであるという「開権顕実(かいごんけんじつ)」の思想で知られています。(Google AI)
初め小乗、中空教、後不空なか空教、のち不空「初小乗、中空教、後不空」は、日本の仏教、特に 真言宗における教義の発展段階を示す言葉であると考えられます。これは、仏教の教えが時代や人々の能力に応じて説き分けられたという解釈に基づいています。 この言葉は、仏教の教えを以下の3つの段階に分けて捉えています。 初小乗(しょしょうじょう): 初期の仏教や部派仏教(かつて小乗仏教と呼ばれた、特定の修行僧が自己の悟りを最終目的とする教え)を指します。この段階では、すべての存在には実体がないという「空」の思想の否定的な側面(あらゆるものへの執着を捨てること)が強調されます。 中空教(ちゅうくうきょう): 龍樹(ナーガールジュナ)に代表される大乗仏教の中観派(般若経典群など)の教えを指します。この段階では、「空」が単なる否定ではなく、すべての存在が相互の因縁によって成り立っており、固定的な実体(自性)を持たないという理法(縁起)として深く理解されます。 後不空(ごふくう): 密教、特に真言密教の教えを指します。唐代の僧である不空三蔵によって中国に広められた密教経典に基づいています。この教えでは、「空」の思想の肯定的な側面、すなわち「空」であるからこそ、様々な現象や仏の力が現れ、信じることで願いが叶い、空しい思いをさせない(不空)という考えに至ります。 この三段階は、教えの優劣ではなく、衆生の機根(能力や理解力)に応じて段階的に説かれたとする思想的変遷を示しており、最終的に密教が最も深い教えであるとする真言宗の立場を表しています。 //法相宗と関係がありそうだ。//法相宗(唯識)において、釈尊(ブッダ)の教えを時期や内容の深浅で3段階に分けた「三時教判(さんじきょうはん)」を指す言葉です。 唐の慈恩大師 基(き)などが、『解深密経(げじんみっきょう)』に基づき体系化しました。 // この検索で、特に(Google AI)検索するたびに説明がかわる。
普現   普賢菩薩に仮託した一派。
遍吉の語   大智度論にある普賢菩薩の法華経護持の語。 「遍吉」は普賢菩薩の異名。
解深密経   (げじんみつきょう) 五巻。唐の玄奘訳。法相宗の根本経典。唯識の深旨を論述するもの。
円満修多羅   (えんまんしゅうたら) 華厳経のこと。
ここにおいて   華厳経の作者は釈迦成道後の十四日目に華厳経を説いたとして、従来の小乗を排し、日光三照の譬えで従来の大乗説に優ることを主張している。
頓の頓   (とんのとん) 頓教中最も悟りが速い。//「頓教」(とんきょう)は、 修行の段階を経ないで直ちに成仏できると説く仏教の教えです。最初から深遠な大乗の教えを説くことを指し、これに対し段階的に教えを説くことを「漸教」(ぜんきょう)と呼びます。
すぐに成仏できる: 長い修業を経ずに、ただちに深い悟りの境地に達できるとする教えです。 「漸教」との対比: 仏教における教えの分類の一つで、やさしい教えから始め、段階的に深い内容へ導く「漸教」と対をなします。 具体的な例:
真言・天台・浄土などの宗派: これらの宗派で説かれています。
浄土宗: 浄土教こそが、究極の「頓教」であると位置づけられています。(Google AI)
二七日の前   「二七日の前」とは、故人の命日から14日目の「二七日(ふたなのか)法要」の直前の期間を指します。仏教の慣習では、命日から7日目の「初七日」に続き、14日目の二七日、21日目の三七日など、7日ごとに「中陰法要」が営まれます。二七日法要: 命日を1日目として数え、14日目に行う法要です。
二七日の前: 具体的には、命日から13日目までを指します。
※『華厳経』は、釈迦が悟り(成道)を開いてから14日目に初めて説かれた教えであるとされています。これは仏教の伝統的な解釈です。 (Google AI)
日輪のまづ諸大山を照らすに譬へて   「 日光三照(にっこうさんしょう)の譬え」とは、仏教、特に天台宗の教えにおいて、仏の教えが人々の能力(機根)に応じて説かれる様子を、太陽の光が当たる場所によって異なるように見えることに例えたものです。 この譬えは、主に以下の3つの段階で説明されます。
① 高山を照らす:太陽が昇る時、まず最も高い山の峰を照らすように、仏はまず最も優れた能力を持つ人(上根の機)に向けて、高度で深遠な教え(『華厳経』など)を説いた。
② 幽谷(ゆうこく)を照らす:次に、太陽の光が谷間や奥まった場所に届くように、仏は中程度の能力を持つ人(中根の機)に向けて、少し分かりやすい教え(『阿含経』など)を説いた。
③ 平地を照らす:最後に、太陽の光が平らな土地全体を平等に照らすように、仏はすべての衆生(あらゆる能力の人々)に向けて、分け隔てなく救済する普遍的な教え(『法華経』)を説いた。 これは、仏が衆生の能力に合わせて段階的に教えを説き、最終的にすべての人が成仏できる「一乗(いちじょう)」の真理へと導くという、教えの順序(教相判釈)を示すために用いられる譬喩です。
舎利弗   (しゃりほつ) 仏陀の十大弟子のひとり。マガダ国王舎城の北バラモンの家に生まれた。相弟子とともに、仏弟子となり、智慧第一と称せられた。仏陀より先に入滅した。
目連   (もくれん) 仏十大弟子のひとり。マガダ国王舎城の市外のバラモンの子に生まれた。隣村の舎利弗と親交があり、はじめはともにサンジヤッヤの弟子であったが後に釈尊の弟子になった。神通一(超自然的能力)といわれた。市内行乞中に仏教教団を嫉むバラモンに襲撃されてたおれた。
異時異処   仏弟子になった、時期と場所がそれぞれ異なりこと。
逗漏  (とうろ) 偽るの意。// 漏は煩悩の異名。逗はとどまる。まだ煩悩がぬけきらないもののこと。/
ここにおいて   華厳経の作者は釈迦成道後の14日目に華厳経を説いたとして、従来の小乗を排し、日光三照の譬えで従来の大乗説に優ることを主張した。
大集   (だいじゅう) 大方等大集経の略。仏の成道後第十六年目に、今や大衆が菩薩の法蔵を受け得可き機根に達したと見て、仏は深甚の大乗法門を説いたとされる。ここではこの経を説いた一派の学僧をいう。
泥洹   (ないおん)泥洹は、 涅槃のこと。涅槃と記せず泥洹と書く経がいくつかある。ここでは涅槃経を作った一派の学僧をいう。
兼部   (けんぶ)大小乗を兼ね併せて説を立てるもの、ここでは大集及び泥洹の作者たちをさす。/ 氏は、作者と訳すのがいいのか、の一派または輩(ともがら)。
捃捨教   (くんじゅうきょう) 天台宗で涅槃経の教えをいう法華経で漏れた衆生を拾う意。釈迦は法華経を説いて大衆を教化したが、なお、残ったものに涅槃経を説いた、とされる。// 捃拾教(くんじゅうきょう)とは、天台大師智顗が創始した天台教学における『涅槃経』の位置付けを指す。捃拾とは拾い集める、落ち穂拾いの意。日蓮もこの説を踏襲した。天台宗及び日蓮宗の各諸派や教団で、涅槃経は法華経よりも劣るとして、『涅槃経』をこう呼ぶ。
その十六年目にして初めて大集経を説く   大集は大方等大集経の略、仏の成道後十六年目に、今や大衆が菩薩の法蔵を受け得難き機根に達したと見て、仏は欲界と色界との中間に一大道場を開き、十方の仏菩薩並びに天竜鬼神を集め深甚微妙の大法門を説いたと云われる。ここではこの経を説いた一派の学僧を云う。空思想に加えて密教的要素が濃厚である。大乗仏教の重要な経とされている。
八十誦   優婆離の誦出した根本律蔵。
頓部氏   「頓経(とんぎょう)」とは、 仏教用語で修行の段階を踏まずに、いきなり(たちどころに)悟り(成仏)へと到達できると説く教え、または最初から深い道理を説く教えのことです。これに対し、段階を踏んで徐々に悟りに至る教えは「漸教(ぜんぎょう)」といい、この二つは仏教の教えを整理する「教相判釈(きょうそうはんしゃく)」で用いられます。天台宗では『法華経』、浄土宗では念仏信仰が頓教とされ、特に浄土宗では阿弥陀信仰を「頓中の頓(とんちゅうのとん)」と位置づけています。 (Google AI)
楞枷   『楞伽経(りょうがきょう)』は、** 大乗仏教の重要な経典で、唯識思想(すべてのものは心が生み出す)と如来蔵思想(すべての人に仏性がある)**を説き、初期の禅宗(達磨大師が重視)や密教にも影響を与えた、仏陀がランカー城(楞伽山)で説いたとされる対話形式の経典です。『楞伽経』は仏教の深遠な教えを伝えるとともに、禅や密教といった後世の多様な仏教運動の源流の一つとなった経典です。(Google AI)/ ランカー島(セイロン島)を訪れた釈迦がラーヴァナと対話する、という体裁をとる。 (Wikipedia)
畢竟不生なり   不生(ふしょう)。 煩悩も原因もすべて何もない。「不生」とは、「すべての存在は本来、生まれることも滅することもない」という真理を表す言葉です。(Google AI)//「不生不滅」「不生不滅(ふしょうふめつ)」とは 仏教用語で、「生じることも滅することもなく、永遠に変わらず存在し続ける」という意味で、悟りの境地や真如(しんにょ)、涅槃(ねはん)の状態を表し、「空(くう)」の概念を補足し、輪廻転生の世界観とは異なる絶対的な真理を指します。これは、私たちが認識する「生」と「死」の対立を超えた、本質的なあり方を示す言葉です。(Google AI)
名字を離るれば   (みょうじ) 言語文字等の形。文字表現。
唯一真心、一念不生なり  真心(しんしん)。 唯一真心があるだけ。「真心」人間に本来そなわる清浄な心。「一念不生」欲心が少しも起こらぬこと。
因陀羅   (いんだら) 旧来の複雑な旧説。「因陀羅」帝釈天の宝網の目につけた宝珠は他のすべての珠影を現じる、複雑重々無尽のたとえ。
菩提達磨   (ぼだいだるま) 達磨禅師。禅宗の祖。
乾尿橛   (かんしけつ) 糞を払うへら。目前の汚物。
拭瘡疣   (しょくそうゆう) はれものを払うこと。// 「 拭瘡疣」は、仏教、特に禅宗において、経典などの教えを「瘡(かさ、皮膚病)を拭う紙」のように、悟りを得るための手段や道具に過ぎないとみなす、過激で否定的な表現として用いられる言葉です。 「拭瘡疣」の意味と禅宗の教え 「拭瘡疣(しきそうゆう)」は、文字通りには「皮膚病(瘡、疣)を拭うための紙」を意味します。この言葉は、禅宗の古典籍において、以下のような文脈で登場します。 経典の軽視: 禅宗では、経典の文字や言葉に執着することを戒め、座禅などを通じた「直指人心(じきしじんしん、人の心に直接訴えかけること)」や「見性成仏(けんしょうじょうぶつ、自性を見極めて仏になること)」を重視します。 否定的な表現: 禅の祖師たちは、修行者が文字や教義に縛られることを避けるため、あえて過激な言葉で仏教の権威を否定することがありました。例えば、「達磨は老臊胡(体臭のある異民族)」「釈迦老子は乾屎橛(乾いた糞掻き棒)」などと言い放ち、十二分教(仏教の経典)を「鬼神簿(鬼神の名簿)」「拭瘡疣紙(瘡を拭く紙)」と呼びました。(Google AI)
六度経   大乗理趣六波羅密多経。巻一から引用。
阿難陀   釈迦十大弟子の一。多聞第一。釈迦の従弟で、成道の日、誕生す。
素咀続蔵   (そたららんぞう) 経典。
鄔波離  (うぱり) 釈迦十大弟子の一。持律第一。もと宮廷の理髪師の出で、諸王子とともに出家して仏弟子となる。戒律を守り、精通していること弟子中第一であった。第一次結集のとき、律を誦出したという。(京戸)
毘那耶蔵   (びなやぞう) 律蔵。
迦多衍那  (かたえな) 迦多衍那尼子。バラモンの名門の出。紀元前後 に活躍した説一切有部の学匠で、同派の根本所依の論書である阿毘達磨発智論二十巻を著した。(京戸)
阿毘達磨蔵   (あびだつまぞう) 論蔵。
曼殊師利菩薩   (まんじゅしりぼさつ) 文殊師利。
金剛手菩薩  (こんごうしゅぼさつ) 金剛手菩薩。// 金剛手菩薩(こんごうしゅぼさつ/ヴァジュラパーニ)は、「金剛杵(こんごうしょ)」を手に持ち、仏法と衆生を護る忿怒相(ふんぬそう)の菩薩で、**金剛薩埵(こんごうさった)**とも呼ばれ、密教で非常に重要視される尊格です。煩悩や障害を打ち破る力を持つとされ、火炎を背負い、虎皮の衣をまとうなど、激しい姿で表現されることが多く、大日如来と私たち(衆生)を繋ぐ役割も担います。'(Google AI)
総持門   (そうじもん) 総持は陀羅尼の意。密教。
方便道   衆生それぞれに応じて。
世尊は   大日経巻一に見える。
一切智智   仏智は一切智(すべてを知り尽くす智)の中で最も優れた智であるからかくいわれる。一切智は声聞・縁覚の智と仏の智とは共通するから、区別していう。(京戸)// いっさいち/一切智 一切の物事について完全に知る智慧。仏の智慧。仏智。原語はⓈsarvajñaⓈsarvajñatā。薩婆若と音写される。仏は一切智を具えるものとして一切智者、全智者といわれる。声聞・縁覚の一切智と仏の一切智を区別して、仏の一切智を一切智智という。仏に特有の一〇種の智力である十力は、仏が一切智者であることを示す。『俱舎論』破我品では、仏は気持ちを発動するだけで望むままに何ごとも知る能力が具わっていると示される。また仏陀が全智者であることは、インド仏教論理学において他学派からの批判に答える形で、法称や寂護によって活発に議論された。天台宗の別教では一切智・道種智・一切種智の三智を順次に証得すると説き、円教では三智を同時に一心に証得する一心三智を説く’一切智(浄土宗大辞典)
祇洹林   (ぎおんりん) 祇園精舎。正式名、祇樹給孤独園精舎。コーサラ国首都シュラーヴァスティー(舎衛城)城壁南端から西南約500mの位置にあった精舎(vihāra)である。
普光法堂   仏教の経典である『華厳経』において、釈迦が説法を行ったとされる場所(会座)の一つです。実際に存在する特定の建物や寺院の名称ではありません。
名数  (みょうすう) 数をつけ分類解説された教義。四諦、八正道、十二因縁、三界、五蘊、五位など。
『魔訶般若波羅密経』   摩訶般若波羅蜜経(まかはんにゃはらみつきょう)は、大乗仏教般若経典の一つである『二万五千頌般若経』(にまんごせんじゅはんにゃきょう、梵: Pañcaviṃśatisāhasrikā-prajñāpāramitā Sūtra, パンチャヴィンシャティサーハスリカー・プラジュニャーパーラミター・スートラ)の、鳩摩羅什による漢訳である。 90品(高麗大藏再雕本は27巻、思溪資福藏、普寧藏等は30巻)の比較的規模の大きな経であり、通常『大品般若経』(大品)と呼ばれている。 鳩摩羅什の訳した経の中には、『摩訶般若波羅蜜経』と名づけられるものがもう一つあるが、そちらは『八千頌般若経』の漢訳(408年)で、大品に対し29品(10巻)しかないので『小品般若経』(小品)と呼ばれる。 ナーガールジュナ(龍樹)が著した『大智度論』は、本経(『大品般若経』)に対する注釈書である。 (Wikipedia)
初地は乃ち八地   「初地は乃ち八地(しょちはすなわちはっち)」という言葉は、大乗仏教の修行段階(十地)において、 最初の段階である「初地(歓喜地)」に到達することは、そのまま「第八地(不動地)」までの到達を約束されたも同然である、あるいはその悟りの本質において通じているという意味で使われます。(Google AI)
魔雎羅伽   (まごらか) 天部に位置し仏法を守護する護法善神の八部衆には、天衆、龍衆、夜叉衆、乾闥婆衆、阿修羅衆、迦楼羅衆、緊那羅衆、摩睺羅伽衆がいます。天部は天界に住む者の総称で、古いインド神話の神々などの仏教以外の神が仏教に取り入れられて護法神となったものだと言われています。八部衆とは… 仏法を守護する八神で、天・龍・夜叉・乾闥婆・阿修羅・迦楼羅・緊那羅・摩睺羅伽の八部衆。この八神は仏教以前、古代インドの鬼神・戦闘神・音楽神・動物神などです。後に仏教に帰依し、仏の弟子となって護法を誓い、善神となりました。聖天ブログより。
一切智智道は一味なり   「一切智智道は一味なり」とは、 仏教の教えにおいて、悟りへと至る道(一切智智道)は、どの教えや修行法を通じても、最終的に得られる境地(味)は同一である、という深い意味を持つ言葉です。これは、多様な修行や宗派の存在を認めつつも、それらが目指す究極の目標は同じであるという「諸法一味(しょほういちみ)」の思想に基づいています 。この言葉は、様々な仏教の経典や論書、特に天台宗や華厳宗などの教義の中で説かれています。それぞれの修行は異なっても、最終的に仏の智慧に到達するという点では区別がなく、すべてが同じ真理に帰着する、という寛容で普遍的な見解を示しています 。(Google AI )
契経は乳のごとく、調伏は酪のごとく、対法は生蘇のごとく、般若は熟蘇のごとく、総持門は醍醐のごとし契経かいきょうは乳のごとく、調伏じょうぶくらくのごとく、対法は生蘇しょうそのごとく、般若は熟蘇じゅくそのごとく、総持門は醍醐のごとし。大乗理趣六波羅蜜多経の語。契経は経、調伏は律、対法は論、乳・酪・・・醍醐は牛乳より順次精製され上質化された酪品。// 調伏、対法、般若、総持は、仏教、特に天台宗における教えの深遠さを「酪(らく)・生蘇(しょうそ)・熟蘇(じゅくそ)・醍醐(だいご)」という乳製品の製造過程になぞらえた比喩表現です。これは、法華経が最も優れた教えであるとする天台大師智顗(ちぎ)の教義「五時八教(ごじはっきょう)」の中の「五味(ごみ)の比喩」に基づいています。
調伏(ちょうぶく)は酪のごとし: 釈迦が悟りを開いて最初に説いた教え(華厳経)を指します。乳製品の最初の段階である「酪」にたとえられ、煩悩を抑え(調伏)、仏教の基礎を説く段階です。
対法(たいほう)は生蘇(しょうそ)のごとし: 華厳経の次に説かれた阿含経(あごんきょう)を指します。酪よりも少し進んだ「生蘇」にたとえられ、声聞(しょうもん)や縁覚(えんがく)の二乗の衆生に対して、個々の能力に応じた対話形式(対法)で教えが説かれました。
般若(はんにゃ)は熟蘇(じゅくそ)のごとし: 阿含経の次に説かれた般若経(はんにゃきょう)を指します。生蘇よりもさらに精製された「熟蘇」にたとえられ、空の思想(般若)が説かれました。
総持門(そうじもん)は醍醐(だいご)のごとし: 般若経の次に説かれた法華経および涅槃経(ねはんぎょう)を指します。乳製品の最高級品である「醍醐」にたとえられ、すべての教えを包含し(総持)、あらゆる衆生を救う究極の真理(醍醐味)が説かれています。 (Google AI)。
法界性論   魏の菩提流支の著である。が、現存しない。『法華文句記』第四巻下に『菩提流支法界性論云。仏成道後四十二年説法華経』とあり。また『天台円宗四教五時西谷名目』下巻、に『菩提流支法界性論曰。阿含十二年。般若三十個年。法華八個年等有料簡之』(京戸)/『西谷名目下末に菩提流支の法界論として、この句の引用あり。(吉川)「法界性論(ほっかいしょうろん)」は、仏教、特に日蓮仏教や華厳宗などで言及される教義で、 この世のすべての存在(法界)が仏性(真実の性質)を持つという考え方や、それを論じたテキスト(現存せず)を指し、あらゆるものが相互に関連し、すべてが仏になれる(一切衆生悉有仏性)という思想の根拠となります。具体的には、事(現象)と理(真理)が相互に融け合う「四法界」(事法界、理法界、理事無礙法界、事事無礙法界)の思想と関連が深く、日蓮が『法華経』の説時を釈尊晩年の真実の教えとした根拠の一つとされます。/ 法界性論』は、漢訳は散逸しており現存しないと考えられています。 しかし、原典であるサンスクリット語の写本は、20世紀初頭にチベットで発見されたという報告があり、また、チベット語訳は現存しています。龍樹作といわれている。( Google AI)註、富永仲基はどこで読んだのだろう。
///   ///
///   ///
必ずしも牽合けんごうせざるも可なり   (みな異部の異言なので)必ずしも辻褄を合わせる必要はない。///
///   ///
///   ///
毘尼   毘尼(びに)は、サンスクリット語の「ヴィナヤ(vinaya)」の音写であり、仏教における「律」、すなわち僧団(サンガ)が守るべき規範や規則を指す言葉です。戒律や教団の規則そのものを意味し、これに随った行動を「随方毘尼」と呼びます。(聖教新聞) 随方毘尼(ずいほうびに)とは、仏教の律の一種で、TPOにあわせた規制や緩和を行うこと。随処毘尼などともいう。毘尼とはサンスクリット語で律を意味するVinaya(ヴィナヤ)の音写。 基本的に、仏教における戒律は仏によって制定されたものであった。しかし仏教がインドから東へ伝わっていくと、実際にはその地域などや風習など、また時代によって規定を変えなければならなかった。これを随方(あるいは随処)という。 したがって、仏の法に随順していれば、毘尼(戒律)の原則的な規制に関わらず、時や場所、またそのケースによって新たに制定したり、また反対に緩和したり廃止してもよいとされるようになった。これが随方毘尼である。 (Wikipedia) 「また何ぞ人に示すに毘尼をもってせん」富永仲基のここのニュアンスがわからない。・・・管理人
///   ///
言に物あるなり  言葉の成立している要素、ここでは時代性。。「言に三物あり 第十一」で論じられる。言語には三つの要素があり、その影響を受けると仲基は言う。世(時代の違い)・人(人やその思想を奉ずる派による影響)・類(意味の多様性によるもの)があると仲基はいう。// 『およそ言に類あり、世あり、人あり。これを言に三物ありと謂う。一切の語言を解するに三物を以てする者は、わが教学の立てるなり。苟くも此れを以て之を求むるに、天下の道法、一切の語言未だ 嘗て錯然として分れずんばあらざるなり。』(中村元 「近代日本の批判的精神」参照) // 「言に物あるなり」は、『論語』憲問篇にある「子曰く、徳有る者は必ず言有り。言有る者は必ずしも徳有らず」 に関連する漢文の教えとして知られ、「言葉の背後には、その人の人間性(実質・徳)が表れるものである」という意味です。 具体的な意味合いは以下の通りです。 言葉と実質: 話している内容には、単なる情報だけでなく、その人の教養、徳、実質的な中身が伴っているということ。 本質を見抜く: 相手が発する言葉によって、その人の人格や真価が判断できる。 『論語』の背景: 有徳者(徳の備わった人)は自然と信頼できる言葉を発するが、言葉が立派だからといって必ずしも人徳があるとは限らない、という戒めの文脈で語られます。(Google AI)
///   ///
オサオサ   「 をさをさし【長長し】」は、主に古語で「しっかりしている」「おとなびている」「重々しい」といった意味を持つ形容詞(シク活用)です。子供や若者が落ち着いて成熟している様子や、態度が安定している様子を指す言葉です。 (Google AI)
///   ///
仏の智慧は人に出でず   「仏の智慧は人に出でず(ほとけのちえはひとにいでず)」とは、 人間が頭で考えてひねり出す「知恵」や「知識」は、仏が持つ真理を見抜く「智慧(ちえ)」とは異なり、人間の浅はかな煩悩から出たものであるという意味です。
///   ///
  祝(いわい・のろい)「祝」という漢字は、一般的には「いわ(う)」や「シュク」と読みますが、実は訓読みで 「のろ(う)」と読むことができます。 この読み方に関連する背景は以下の通りです。
「祝」と「呪」の共通性 「祝」と「呪(ジュ)」は、もともとは同じ漢字の起源を持っていました。神への祈りを通じて、良い結果を願うものが「祝」、悪い結果(たたり)を願うものが「呪」として分化したと考えられています。
「祝う」と「呪う」 「祝う」は神に言葉を捧げて祝福する(ことほぐ)意味ですが、古くは「のろう」とも読み、神の力を用いて対象に働きかけることを指していました。現在では「祝う」=吉、「呪う」=凶と区別されています。(Google AI)
///
///   ///
///   ///
賢首師   賢首師(けんじゅだいし)は、 中国華厳宗の事実上の開祖である唐代の僧・法蔵(ほうぞう、644-712)の諡号・尊称。武則天に重用され『華厳経』を深く講じた。代表的著作に『華厳五教章』『華厳経探玄記』などがあり、華厳宗の教学を大成させたため、華厳宗は「賢首宗」とも呼ばれる。 (Google AI)
十信・十解   十信(じゅうしん)と十解(じゅげ/十住)は、 大乗仏教における菩薩の修行階位(菩薩五十二位)の一部です。十信は仏法を信じて疑わない最初の10段階(信心)、十解は信じた教えを正しく理解し悟りへ向かう次の10段階(理解・確信)を指し、退転しない不退転の境地を目指す過程。(浄土宗全解テキストベース/ Google AI) ///
///   ///
異部の名字   仲基が云う「異部の名字」とは、どんなニュアンスでつかっているのか、どう訳したらいいのか。「異説を主張している」か。「異部」とは、正統派と異なるあるいは別の説、「名字」は「主張・内容」の名称か。「異説を主張する宗派」とでもするか。「異説を主張して宗派をなしている」意か。(管理人)//同じ仏教であっても、流派や時代が違えば教義(名字)も異なります。ある宗派が後世になってから作った新しい教えを、お釈迦様が直接説いた教えであるかのように古い経典と結びつけたり(異部加上)、矛盾する各派の教えを「結局は同じことを言っているのだ」と強引に解釈したりする態度は間違っている、と仲基は批判しました。(Google AI)
///   ///
七仏   釈迦以前の六仏と釈迦。七仏」とは、主に釈迦牟尼仏(お釈迦様)以前に現れた6人の仏と釈迦を合わせた「過去七仏(かこしちぶつ)」を指し、毘婆尸仏・尸棄仏・毘舎浮仏・拘留孫仏・倶那含牟尼仏・迦葉仏・釈迦牟尼仏の7人を指します。これらは、仏教の普遍的な真理を象徴する存在として尊崇されています。
長阿含説。仲基はこれを非なりという。
「七仏通戒偈」: 7人の仏が共通して説いたとされる教えで、仏教の根本とされる教え(諸悪莫作・衆善奉行・自浄其意・是諸仏教)のこと。(Google AI)
///   ///
鑿空さくくうしてこれを出ださず   「鑿空して・・・」細かに詮索し明記することをしない。// 
「鑿空(さっくう)してこれを出ださず」は、漢文(書き下し文)の表現であり、主に「空(穴)を掘って、その中から(掘り出したものを)外に出さない」という意味になります。
「鑿空(さっくう)」は、主に2つの意味を持つ言葉です。
 1 穴を掘り開けること:山を切り通して道路を開通させるなど、道を切り開くこと。 2 根拠がないこと:でたらめ、空論、真実性の薄い説。この言葉は、物理的に穴を掘る意味と、理論的・根拠がない(=虚空に穴をあけるような)意味の双方が存在します。 (Google AI)
言に三物   富永仲基は、実に言語を手掛かりとして思想変遷の研究を行ったのであるが、その場合に言語に関しては諸原則を懐いていた。それはすなわち「三物五類」の原則である。『三物五類は立言の紀なり』という。そのうちの三物について、かれは次のように説明している。『およそ言に類あり、世あり、人あり、これを言に三物ありと謂う。一切の言語を解するに三物をもってする者は、わが教学の立てるなり。苟くも此れをもって之を求むるに、天下の道法、一切の語言、未だ嘗て錯然(さくぜん)として分れずんばあらざるなり。』(中村元選集第7巻『近代日本の批判的精神』214ページ参照)。」(京戸註)
16 肉食   ///
これ何ぞ特操なき   何ぞ(なんぞ):どうして、なんと。特操(とくそう):自分が正しいと信じる主義や志を、かたく守ること(節操)。なき(なき):ないこと。つまり、周囲の意見に流されたり、損得で態度を変えたりする人に対して、「信念というものがないのか!」と呆れているニュアンスですね。(Google AI)
七衆   七衆(しちしゅ)とは、仏教の教団を構成する出家者5種と在家者2種の仏弟子の総称です。比丘・比丘尼・沙弥・沙弥尼・式叉摩那(出家)と優婆塞・優婆夷(在家)で構成され、仏典において仏教徒全体の分類として用いられます。(Google AI)
肉葷辛   (にくぐんしん) 肉類と刺激性のある野菜類。ともに精力がつき亢奮効果がある。(水田)
熟食   (じゅくじき) 煮て食べる。(水田)
生啖   (しょうだん)なまでたべること、(水田)
恚(イ)   怒り恨む。憤る。
17有宗   ///
大天乖諍   「大天乖諍(だいてんかいそう)」は、仏教用語で、釈迦の死後(入滅後)に僧団(教団)が分裂・争乱した出来事を指す言葉です。大乗仏教の伝承において、特に教団分裂のきっかけを作った僧「大天(だいてん/マハーデーヴァ)」に起因する争いや、彼が唱えた「五事(ごじ)」に対する教団内の乖離(分裂)と諍(争い)を意味します。大天(だいてん): マハーデーヴァという名の僧。彼が唱えた5つの命題(大天五事)がきっかけで教団が保守派(上座部)と進歩派(大衆部)に分裂した。乖諍(けじょう): 意見が背き(乖)、争う(諍)こと。この出来事は、部派仏教の成立に関わる非常に大きな事件として記録されています。 (Google AI)
18空有   ///
迦文の時、いまだこれあらざるなり   釈迦在世中は空有両説の対立はなかった。それは現実とかけ離れているからである。対立があったと主張するものは、後世の仮託である。空有:現象を一切空とする説と、現象の本体は実在すると主張する説。(水田)
車匿(しゃのく)   車匿(しゃのく、Chandaka)は、釈迦(シッダルタ太子)が出家する際に、白馬カンタカを牽引して従った馬丁(従僕)です。のちに出家して弟子となり、最終的に阿羅漢果(さとり)を得ました。当初は高慢でしたが、釈迦の死に際に下された懲戒処分で更生したエピソードが有名です。主な特徴・エピソード出家の同行者: 太子がカピラ城を出て出家する(四門出遊)際、馬を引いてアノーマ河のほとりまで付き従いました。別れ: 出家の場所で太子から宝冠や装身具を預かり、城へ引き返すよう命じられた際、別れを悲しみ涙したとされます。性格とその後: 出家後は傲慢な態度で他の僧から「悪口車匿」と呼ばれましたが、のちに阿難(アーナンダ)から教えを受け、深く反省して修行に励みました。チャンナ: 梵語(サンスクリット語)のChandakaの音訳で、チャンナとも呼ばれます。仏教伝記において、釈迦の人間らしい一面(出家時の葛藤)を支える重要な人物として描かれています。(Google AI)
性あひ近し、習あひ遠し   「性相近し、習い相遠し(せいあいちかし、ならいあいとおし)」は、『論語』陽貨篇に由来する言葉で、「人間は生まれつきの性質(素質)は似たりよったりだが、後天的な環境や習慣、教育によって大きな差が生まれる」という意味です。(Google AI)
諸悪莫作しょあくまくさ衆善奉行しゅうぜんぶぎょう、みづからその意を浄む、これ諸仏の教へ諸悪莫作しょあくまくさ 衆善奉行しゅうぜんぶぎょう 自浄其意じじょうごい 是諸仏教ぜしょぶっきょう。この四言四句は七仏通誡偈という。増一阿含経巻一・四四、涅槃経巻一四等(水田)/ 七仏通戒偈(しちぶつつうかいげ)は、過去七仏(釈迦牟尼仏とその前の6人の仏)が共通して説いたとされる、仏教の根本的な教えをまとめた4句の詩(偈)です。「諸悪莫作、衆善奉行、自浄其意、是諸仏教」(悪いことをせず、善い行いを行い、自らの心を清めること。これが諸仏の教えである)この偈は『[法句経』(ダンマパダ)に由来し、仏教の真髄を簡潔に表現したものとして、宗派を超えて尊ばれています。(Goole AI)
法性   法性(ほっしょう)とは、仏教において万物(存在や現象)の根本にある「真のありのままの姿」や「不変の真理」を指す言葉です。すべての物事は法性(真如・実相)に拠っているとされ、動かしようのない真理を意味します。主なポイント本質: 万物が持つ不変の本性であり、仏の悟りの本質。意味: 「法」は物事・真理、「性」は本性を表す。別称: 「法性真如(ほっしょうしんにょ)」とも呼ばれ、全ての法(もの)に平等に備わる真実の性質。(Google AI)
慈氏じし   「慈氏(じし)」は、仏教において弥勒菩薩(みろくぼさつ)の異称・訳語です。梵語の「マイトレーヤ(Maitreya)」の訳で、慈悲深い者、慈しみを基本とする者を意味し、将来的に釈迦如来の次に現れる「当来仏」として信仰されています。
六竜りくちゅうの舞のみ   『易経』乾卦に『・・・時乗六竜以御天』とある。ここでは仮空の議論を自由勝手に立てることを嘲る意である。(京戸) / 空理空論を弄ぶたとえ。(水田)
中観派・唯識派   中観派(ちゅうがんは)と唯識派(ゆいしきは)は、大乗仏教の二大論理学派です。中観派は「全て(心も対象も)に実体がない(空)」と説き、唯識派は「対象は存在せず、すべては心の認識(識)である」と説きます。
前者は徹底した無自性を、後者は識の存在を肯定する点が主な違いです。主な違いのまとめ中心思想(空の解釈)中観派: すべての法(存在)は空である。実体(自性)は根本的に存在しない。唯識派: 認識する心(識)だけが存在し、認識される対象は心によって作り出されたもの(唯識)である。究極的には心も空である。
「識」の扱い中観派: 認識主体(心)も無自性である。唯識派: 第八識「阿頼耶識(あらやしき)」という「変転する心の根源」を実在と認める側面がある。(Google AI)
大道は泛焉たり   「大道は泛(はん)焉(えん)たり」という表現は、主に老子思想における。「大道(だいどう)」の捉えどころがなく、広大無辺で自由な様子を表す言葉です。出典は『老子』第34章。読みは「だいどうははんえんたり」。1. 意味大道: 老子の言う「道(タオ)」。宇宙の根源的な真理、自然のありのままの姿。泛(はん): 広々として水に浮かぶように、定まった形や場所がない様子。漂っている様子。焉(えん): ~である(状態を表す語気辞)。全体として、「宇宙の真理(大道)は、広大無辺で漂うようにどこにでも存在し、特定の形や場所に縛られることがない」という意味になります。(Google AI)/ 大道は変わらず常に存在している。(管理人試訳)
無明むみょうの指のごとし   くすり指が他の指とくらべて相対的に長いとも短いとも言えるように、現象の実在についても同様である。無明は無名の誤り。(水田)
出定の義、実はここに出づ   本書を『出定後語』と題したゆえんは、釈迦が禅定を出てのち、弟子たちの仏説解釈いずれも仏意そのままではないと斥けつつも、その所説を評価し、無下に否定しなかったとの経説にちなみ、「大乗諸説は本来の仏説ではなく、仏説にことよせ、後世その上に次第に加えかさねられて発達した思想である」という主題の表明である。(水田)
18南三北七   ///
南三北七   中国南北朝時代の仏教を智顗(ちぎ 天台大師)が南地三師、北地七師の十種の教判に分類した。法華玄義巻10の所説だが、仲基は法蔵(賢首大師)の説に拠っている。(水田)/ 南三北七(なんさんほくしち)は、中国の南北朝時代(5〜6世紀)に栄えた、様々な経典の解釈(教相判釈:きょうそうはんじゃく)を体系化しようとした10人の高僧の学説のことです。揚子江(長江)の南の3つの学派と北の7つの学派を指し、のちに天台大師智顗がこれらを批判・発展させて「五時八教」を確立しました。(Google AI)
///   ///
///   ///
///   ///
///   ///
19南三北七   ///
また異部の名字   出定後語(しゅつじょうこうご)』における「異部名字(いぶみょうじ)」とは、異なる宗派や後世の集団(異部)がそれぞれ勝手な名称(名字)を名乗って教えを伝えることを指します。富永仲基は「異部の名字は必ずしも和会(わかい)しがたし」と主張し、複数の異なる説を無理に一つにまとめようとしてはいけないと説きました。(Google AI)
有塞うそく   矛盾、不条理。(水田)
初後は一字も説かず   「初後」 初めと終わり。初めから終わりまで。終始。/ 「初後は一字も説かず(しょごはいちじもとかず)」と「出定後語(しゅつじょうごご)」は、いずれも仏教、特に禅宗(ぜんしゅう)において極めて重要視される言葉です。お釈迦様が悟りを開いてから(初)亡くなるまで(後)の45年間、「私は本当の真理を一文字も言葉にしていない」という意味です。本質: 悟りの境地や宇宙の真理は、言葉や文字(言語)で100%表現できるものではありません。意図: 言葉そのものに執着(文字の奴隷に)なってはならず、言葉の奥にある「真意」を自分で体得せよという戒めです。出定後語禅定(ぜんじょう:深い瞑想状態)から目覚めた(出定)のちに、言葉にできないはずの境地を、あえて人々に伝えるために発する言葉のことです。本質: 真理は不言実行のものですが、人々を救うためには言葉を使わざるを得ません。意図: 便宜上使われる「仮の言葉」であり、究極の真実そのものではないと理解した上で聞くべき言葉を指します。二つの関係性この二つは対になっており、禅の本質である「不立文字(ふりゅうもんじ:文字に頼らない)」と「大悲(だいひ:人々を救う慈悲)」の矛盾と調和を表しています。真理は言葉にできない(初後は一字も説かず)。しかし、人々を導くためにあえて言葉を用いる(出定後語)(Google AI)
華厳別教べっきょう   華厳教学で華厳経のみが超絶絶対的な、究極の別教一乗門であり、真実の円経(一乗教、五教 の最高)であると説く。(水田) /華厳宗の第三祖・法蔵(ほうぞう)などが提唱した「五教十宗(ごきょうじっしゅう)」という教えの分類に基づきます。別教一乗(べっきょういちじょう)の強調華厳宗では、お釈迦様が悟りを開いた直後にその悟りの世界をそのまま説いたとされる(google AI)
余をもって試みにこれを論ずるに   自分(仲基)の考えでは、諸仏教を釈迦一人がその生涯に説いたという前提で教判を立てる必要はない。同じ所説から聴き方の相違で異説が生じることは、小さなことなら起こりもしよう。が仏説の順序という重大問題に、多数の弟子が聴聞していて異説が発生するとは奇怪である。また、聴衆の程度に応じて釈迦が方便として教説に差をつけたということはあるが、はじめから三乗教を説いたなどという考えは、ともに聴衆を教化する上に矛盾を生じ妥当を欠く。もともと釈迦一代の教説に前後の相違があるはずはなく、実は後世教義の発達による別人の異説にすぎない。(水田)
幺麼ようまの事物   とるに足らぬちいさなこと。(水田)
20禅家祖承   ///
禅家ぜんけ祖承   釈迦の教えを正統に伝承したものの意で、後世の禅宗ではない。(吉川)
要するに、また異部に伝ふる所の説にして   宝林伝(法林伝)の順序は経典に見えず、智矩(慧炬)の偽作といわれる。他説を借用して無理に系統立てたり、達磨も心から認めぬなま悟りの愚かな人物を据えたりしている。これも異部の所説で信用できない。(水田)
一黙雷轟く   維摩の一黙が百雷にも値するように、菅原為長の緘黙(かんもく)には意義がある、と仲基は評した。(水田)
///   ///
21 曼荼羅氏 第二十一   ///
曼荼羅氏の業はまったく観相禁呪かんそうきんじゅにあり・・・   密教は止観と呪法が特色で、よく印度の習俗を留めている。中国でははやく失われ、不思議にもわが国に伝わっている。(京戸)
///   ///
22 外道 第二十二   ///
///   ///
大梵天はよく万物を生ずるもとなり   大梵天(だいぼんてん)とは、古代インドの最高神ブラフマーが仏教に取り入れられた守護神(天部)です。宇宙の創造神から仏法の護法善神へと姿を変え、慈悲と智慧を象徴する存在として帝釈天と対になって祀られることが多くあります。(Google AI)///
///   ///
23 仏出の朝代   ///
仏出朝代   釈迦が誕生した年代。(京戸)
///   ///
24 三教   ///
kokorominikorewoheisuruni"こころみにこれを蔽するに
///   ///
三教   儒(孔子の教え)・仏(釈迦の教え)・道(老子の教え)の三教。
こころみにこれを蔽するに・・・   仮に断定すると、儒教は修辞的傾向にに過ぎ、仏教は神秘的傾向に過ぎ、道教はいわば外道の類で、他の二教に遠く及ばない。(水田)・・・、///
///   ///
///   ///
///   ///
///   ///
///   ///
///   ///
///   ///
所属不明
阿毘達磨(あびだるま)    
薄伽梵   薄伽梵(ばがぼん/ばぎゃぼん)は、 サンスクリット語の「Bhagavat(バガヴァッド/バガヴァーン)」の音写で、仏教では「世尊(せそん)」や「覚れる者」と訳され、ブッダ(釈迦)の尊称の一つです。福徳や智慧、徳ある者、聖なる者を意味し、仏教以外でもインドで神や聖者に対して使われる敬称です。 主な特徴・由来:仏教用語: 如来の十号の一つ「世尊」の原語であり、煩悩を超越した徳のある人を指します。「天才バカボン」との関連: 漫画『天才バカボン』のタイトルは、この「薄伽梵」が由来であるという説が有名です。作中の「これでいいのだ」というセリフは、あるがままを受け入れる仏教の悟りの境地を象徴しているとされています。(Google AI)
///   ///
東人の絞における   「東人」=日本人。「絞」(こう) 論語の泰伯篇に「直にして禮なければ則ち絞・・・」とあり。正直にして禮にこだわらぬこと。直情径行を尊ぶ性質をいう。(吉川)
///   ///
///   ///
///   ///
///   ///
///   ///
///   ///
///   ///
///   ///
///   ///
///   ///
奚翅一咫一尺矣一咫いっし一尺いっせき 「 奚翅一咫一尺矣」の読み方は、書き下し文にすると「なんぞ一咫一尺(ひとあたいっしゃく)に翅(とど)まらんや」となります。 これは漢文における比較や反語の表現で、「どうして、たった一咫や一尺(のわずかな距離・量)だけであろうか(いや、それだけではない、はるかに大きい/多い)」という意味を表します。 構成要素の読みと意味 「一咫(ひとあた)」と「一尺(いっしゃく)」は、 古代中国や日本における身体を基準とした短い長さの単位です。一咫は開いた手の親指から中指までの約18cm(8寸)、一尺は22.5cm(10寸)を指し、両者を合わせた「咫尺(しせき)」は、非常に近い距離や親密な関係を表す言葉として使われます。
奚翅(なんぞ……にとどまらんや) 「奚(なんぞ)」は疑問・反語の副詞。 「翅(し)」はここでは「啻(ただ……のみ)」と同じ意味で使われており、「とどまる(〜だけである)」と訓読します。 文末の「矣(い)」とあわせて、「〜だけであろうか(いや、もっとだ)」という反語的な強調になります。
一咫(いっし) 「咫(し)」は長さの単位で、約15〜18cm(手のひらを広げた親指から中指までの長さ)を指します。 一尺(いっしゃく) 「尺(しゃく)」は約30cmを指します。
由来について このフレーズは、『孟子』告子章句下に見られる「奚翅食重。(なんぞ食の重きに翅(とど)まらんや。=どうして食べ物のことだけが重大なのだろうか、いや、もっと大切なことがある)」などの表現と同様の構文です。
咫 | 漢字一字 - 漢字ペディア あた。 日本の上代の長さの単位。 開いた手の親指の先から中指の先までの長さ。 「八咫鏡(やたのかがみ)」 ②ちかい。 www.kanjipedia.jp 「一分」「一尺」「一寸」「一間」の長さとは? | バンビハイム|奈良 2021/10/07 — 一尺(読み方:いっしゃく) とは一寸の10倍の単位です。 メートル法で換算すると約30.3センチメートル。 bambi-heim.com 奚 | 漢字一字
①なんぞ。 なに。 疑問・反語を表す助字。 www.kanjipedia.jp 「翅(し)」はここでは「啻(ただ……のみ)」と同じ意味で使われており、「とどまる(〜だけである)」と訓読します。 文末の「矣(い)」とあわせて、「〜だけであろうか(いや、もっとだ)」という反語。 (Google AI)

HOME表紙へ 目次 巻の上 巻の下 用語解説 訓読文 はじめに

出定後語 用語解説

公開日20//年//月//日